はじめてのおふろ(祐一編)



 ガチャ
「……え? きゃ! 祐一!?」
「うぉ? な、名雪!?」
 再び慌しく閉じられる風呂のドア。
「いきなり入ってくるな!」
「うー、だって、明かりついてなかったから誰も入ってないと思って」
「入ってる間に電球が切れた。でもゆっくり温まって、上がってから替えようと思ってのんびりしてたんだ。大体お前だって電気のスイッチいじったんだろうから判るだろ」
「うん、だから替えの電球もってきたの。だけど誰かが先に入ってるかどうかなんてこれまで考えた事なかったよ」
「そっか、秋子さんとふたり暮しだったんだもんな」
「うん。それで、部活で汗かいたから早く流そうと思って」
「で、帰ってきて速攻で入ろうと思ったのか」
「うん、汗でべたべたするんだよ」
「ああ」
「だから早く入りたいんだよ」
「そうか」
「……」
「……」
「早く入りたいんだよ」
「なら一緒に入るか?」
「……! 祐一、なんてこと訊くんだよっ」
「冗談だ。早く上がるから待ってろ」

 という具合に風呂のドア越しの会話をした翌日。

「名雪は注文なんにする?」
「……今日はカレーにするよ」
「Aランチじゃないの!?」
 名雪の注文を聞いた香里が眉を引きつらせる。
「水瀬、学食来るといつもAランチだったじゃないか」
 北川も少々うろたえている。
「たまには違うの頼みなさいって言ったけど……」
「水瀬、いつもデザートのイチゴ目当てでAランチにこだわってたろ?」
「……今日は、イチゴは、ちょっと」
 名雪は赤面して呟いていた。

 学食から戻る途中で名雪に小声で聞く。
「なあ名雪、ひょっとして、お前も昨日、あの時のこと思い出していたのか?」
「う〜、誰にも言わないでよ? あのことは」
「言えるか、俺だって恥ずかしい」



 あれは、6歳頃の冬、名雪の誕生日だったと思う。
 イチゴが乗ったケーキを切り分けていた記憶があるからだ。
 で、秋子さんが写真を取ろうとして、名雪が頬にクリームをつけた状態でカメラ目線を取った隙を突き、俺は名雪のイチゴを強奪した。
 人間は大きく分けて2種類に分けられる。
 好物は最後まで取っとく派と、真っ先に食べてしまう派だ。
 そして、名雪は前者だった。
 なお、俺はそれほどイチゴが好きな訳ではなかった。単純に名雪の好物を奪って怒らせるのが楽しかったんだと思う。
 瞬く間に租借し飲み込んで、名雪が目線を戻したときには俺は平然として紅茶を飲んでいた。
 そして知らないとか隠したとか言ってすっとぼけているうちに名雪は唸り始めた。
 本人は激しい怒りと共に睨みつけてるつもりだったのだろうが、ちっとも怖くはない。


 あの時も、今も、名雪は意図して人に恐怖を与えられるタマではない。
 むしろ、素の行動にこそ名雪の怖さがある。


 にらみ合いの均衡が破れ取っ組み合いの乱闘が始まった。
 家中転げまわってた記憶がある。
 そういやあいつ、俺にケーキのスポンジをちぎっては投げちぎっては投げして牽制し、自分は残ったイチゴとスポンジの隙間にあるスライスされたイチゴまで貪るように食ってたな。


 リビングにはあの頃のアルバムが置いてあった。
 その中に俺が名雪のイチゴを強奪する決定的瞬間と、乱闘の光景が載っていた。
 名雪は、スカートがめくれ上がり猫がプリントされたパンツが丸見えになるほどの勢いで俺に掴みかかっていた。
 背景にさほど破壊の痕跡は見受けられない。
 それ以降の破壊活動にはさすがに秋子さんも腹を据えかね、写真を取る余裕などなかったのだろう。

 いや、それだけではなかった。
 あの後、とてつもなく凄惨な事態が発生したのだ。


 お互い体力の限界に達し、膠着状態に陥っていた。
 そのとき、胸から腹にかけて圧迫感が走ると共に視点が突然高くなった。隣には同じ高さに名雪の顔がある。
 名雪のスカートのサスペンダーがほっそりとした手で掴まれていた。俺のトレーナーの襟首も同じ状態のようだ。
 宙吊りになった俺たちはそのままどこかへ運ばれていった。
「ふふふ……ふたりとも元気ですね」
 後ろから聞こえてくる秋子さんの声はいつものように優しい感じだったけど、何かが違った。背中から禍々しい気配がひしひしと伝わり、どうしても振り向けない。
 そして脱衣所で下ろされる。
「体、奇麗にしなさいね」
 あくまでも優しい口調でそう言った後、秋子さんの足音は遠のいていった。
 後ろから伝わっていた禍々しい気配による硬直がとけ、互いに顔を見合わせる。
 お互い、顔といい体といいクリームまみれだった。
「名雪……どっち先に入る?」
「うーん……」
 今になって思えば、居候より家主の娘が先に入るべき、いや、そもそも一緒に入るべきなんだろうが、当時の俺にそんな考えはなかった。
 俺の両親は多忙な事もあって、風呂は元々ひとりで入ることが多かった。それに女の子と一緒に入ることに抵抗を感じたのだ。
 そのとき横から手が伸び、反対側にあった棚から雑巾を引っ張り出した。
「ふたりともさっさと入って寝てしまいなさい、夜更かしはいけませんよ?」
「「う……うん」」
 ふたりとも秋子さんに顔を向けることもなく返事する。またも禍々しい気配が渦巻き、お互い息をするのも忘れたかのように硬直していた。
 その気配の主が去ることでようやく呪縛から解放され、大きく息を吐く。
「……入るか」
「……うん」
 頷きあったあと、名雪は平然とセーターとシャツを脱ぎだし、俺は慌てて目をそらせた。
 理屈ではない。見てはいけないものだと本能的に感じていたような気がする。
「祐一、どうしたの?」
 名雪は恥ずかしがるそぶりも見せず、きょとんとした顔で俺を見ていた。
「ど、どうしたって……」
「へんなの」
 釈然としないまま、名雪はスカートを下ろす。
 へぇ、スカートってああやって脱ぐのか。などと妙な事に感心していたら、名雪はそのままお尻に猫がプリントされたパンツも脱いで風呂場に入った。
 名雪はシャワーでかけ湯を済ませ湯船に入る。脱衣所が寒かったため俺もさっさと入りたいのだが、そうもいかない。
 父さんから、湯船に入る前にチンコをしっかり洗っとけと厳しく躾けられていたのだ。
 シャワーの水流をチンコに当てる。水流が皮の中に入って渦を巻き膨らんだ。
 はっきり言って痛い。
 こんな所に水が入り込んで病気になったりしないだろうかと不安なのだが、面倒くさがってそのまま湯船に入ろうとして父さんに拳骨食らった経験から、どうしてもサボる事ができなかった。
 ふと視線に気付く。
 いつのまにか湯船から上がっていた名雪が、俺のチンコと自分の股間を交互に見比べていた。
 名雪は女の子なので当然ながらチンコなどない。だけど股間に全く何もないわけではなく、Yの字を描く足の付け根、胴体の一番下のところにぴっちりと合わさった小さな割れ目が見える。
 へえ、女の子ってああなってるんだ。などと感心してすぐ我に帰り、目をそらす。
「祐一、なにそれ?」
「じ、じろじろ見るなよ。チンコにきまってるだろ」
「チンコ?」
 首を傾げた。
「おちんちんだよ」
「あ、それがそうなんだ」
 合点がいったように頷く。
 おおっぴらに見せ付けるものではないし、名雪にはなぜか父親がいないみたいだから見る機会がなかったのだろうか?
 それにしたって知らないなんてことないと思うんだが。
 そう思いながらシャワーを止める。
 すると、名雪は顔をちょっと赤くしながら上目遣いで
「あの、触ってみていい、かな?」
 などと言ってきた。
「な……?」
「だめ?」
 ……恥ずかしいけど仕方ないか。名雪には父親がいないんだ。俺が代わりに色々教えたり守ってやらくちゃだめだよな。
 そんなませた考えと共に、了解し腰を突き出す。
「ありがと」
 名雪は俺のチンコに手を伸ばした。
「う……」
 はっきり言ってくすぐったい。勝手に腰が引けてしまいそうになるのをどうにか堪える。
「ふうん、こんなふうになってるんだ。ぷよぷよして面白い」
 先端を摘んで捻ったりしていた指を根元に伸ばす。
「わ、ウズラの卵みたいのがあるよ」
「ふぐっ!?」
 内臓をこねくり回すような鈍痛が走る。
「そ、そこダメ。男の急所だ」
「きゅうしょ?」
 またも首を傾げる。
「き、金玉って言って、そこを攻撃されると痛くて動けなくなるんだ」
「……そうなんだ」
 手を引っ込めた。
「でも、これはか弱き女を守るために神様が取り付けた安全装置だ。もし知らないおじさんに変なことされそうになったら容赦なく蹴飛ばしてやれ」
 父親の代わりとして、名雪に護身術も教えておかねば、そんな考えと共にとんでもないことを教えてしまった。
 名雪はよく解ってないようだったが、ふたたびチンコの先端をいじり始めた。
「あれ? 何か赤いのがある」
 そう言って先端の皮を両手で摘み、引っ張って広げた。
「え? 赤いの?」
「あーっ! さっきのイチゴそんな所に隠してるー!」
「イチゴ?」
「返してよっ!」
 名雪は摘んだ皮に力を込めた。
「ひぎっ!?」
 根元の方に押し下げられた皮は、自分では痛くてそれ以上引き下げられなかった領域をあっさり突破し、先端を完全に露出させてしまった。
 チンコの先端に露出していたピンク色の塊は、大きさや色こそ違うが父さんのと同じ形だった。


 という光景は今だから冷静に考えられるのであって、当時の俺は包皮そのものの張り裂けそうな痛みと狩首が包皮に締め付けられる痛み、これまで包皮に保護されていた亀頭が空気に晒される痛み、とどめに名雪の指で捻り回される刺激でそれどころではなかった。
 このとき皮が剥けたわけだが、当時の俺は文字通り皮膚が剥がれるという意味で皮が剥けたと思っていた。


「えっと、こうすればいいのかな?」
 名雪は、初めはおっかなびっくり、やがて徐々に力を込めて摘み、引っ張り、捻る。
「か……はっ、うぐ」
 激痛に言葉も出せない。
「う〜、取れないよ〜」
「ぎ、や、やめ……」
 硬く瞑っていた目をどうにか開くと、名雪が口を大きく開けて俺のチンコに顔を近づけていた。どうしても取れないことに痺れを切らして俺の『イチゴ』を噛み千切ろうとしているのか!?
 これから俺はどうなる? チンコがなくなったら女になってしまうのか? などと考えた瞬間に秋子さんが駆け込んできてどうにか俺のチンコは助かった。

 それから秋子さんに手当てを受け、ベッドに寝かされた。
 股を広げっぱなしという普段はとらない体勢を長時間保っていたため股関節が痛かったが、股を閉じようとすると今度はチンコの先端がすれて痛いという究極の選択が待ち構えていた。
 どっちがマシかと逡巡していたらドアが開く。
「……祐一、ごめん」
 ドアからベッドの上の俺を覗いた名雪は心底済まなそうに俯く。
「いいよ、もとはと言えば俺が悪かったんだから」
 どうにか股関節に負担をかけず、なおかつチンコの先端が擦れない角度に落ち着いた。
 しばらく沈黙が続く。
 ようやく女の子としてあるまじき行為をしでかした事を自覚したのかと思ったが、表情に恥じらいは感じられない。
「もうイチゴはいいから、隠し方教えて」
 そう言ってパジャマのズボンとパンツを一気に下ろした。
「え? え?」
 名雪は少し足を広げた状態で、何も隠すものを身につけていない腰を突き出した。
「この秘密のポケットに何か入れたら、さっきの祐一みたいに出っ張りができるんでしょ?」
 Yの字を描く足の付け根には、風呂の中で見たぴっちりと合わさっている一本の割れ目が見える。
「え? ひ、秘密のポケット!?」
「ここにそんなのがあるなんて知らなかったよ。ねえ祐一、意地悪しないで教えて」
 そう言って更に腰を突き出す。
 ポケット? あの割れ目のことだろうか? あそこに何かが入るのか?
 そういえば、女の子はチンコが無いんだったらどうやっておしっこするんだろう? 考えてみたら不思議だ、
 ひょっとしたら、あの割れ目の間に何かすごいしかけがあるんじゃないか? この前見た特撮の秘密基地からメカが上ってくるように何か凄い装置が出てきて、それでおしっこを飛ばすんだろうか?
 そこを見ていると、股間から何だかムズムズとした感覚が芽生えてきた。
 そのムズムズが徐々に強まっていくような気がするが、股間の観察を続ける。
「ポケット、ねえ……」
「うん、ここを広げるとあるでしょ?」
 名雪が割れ目に指を当てた、まさに、その瞬間。
「……!? うぎゃー!!」
 チンコが激しく張る感覚と、傷付いた俺の『イチゴ』に皮と包帯が食い込む激痛が走る。
「ど、どうしたの?」
「名雪のせいだ! バイキン入って腫れちゃったじゃないか!」
 股間を押さえる。てのひらに何か固いものの感触を感じるとともに俺の『イチゴ』に激痛が走る。
 俺の悲鳴を聞いたのか秋子さんが血相を変えて駆け込んできた。
 名雪は下半身丸出しでうろたえていて、俺は股間を押さえ悶絶しているという異様な光景に秋子さんは呆然と立ちすくんでいた。

 しばらくして落ち着きを取り戻した秋子さんが包帯をほどくと、チンコは大きく腫れ上がって空間に突き立っていた。
 秋子さんが傷薬を塗ってくれるのだが、そのヌルヌルした感触が名雪のポケットを観察したときのようなムズムズをよみがえらせると共に、腫れがひどくなる。
 チンコが張り裂けそうに痛い。
 秋子さんは顔を赤らめながら、落ち着いて静かにしていれば腫れは引くと言ってチンコが丸見えのままの俺を置いて名雪を連れて出て行ってしまった。
 冷たい、と思うのだが、皮を剥かれたチンコは包帯巻いても痛いので当然ながらパンツ穿いても痛い。このままフリチンにするのが一番マシだった。
 考えてみれば見られるのは恥ずかしいのだから、ひとりにしてくれるほうがずっとありがたかった。
 しばらくしたら、秋子さんが言ったとおり腫れは引いていつもの大きさに戻った。あの傷薬はとてもよく効くようだ。
 下のリビングから話し声が聞こえる。男女の体の違いについて教えているのだろうか。
 これで俺のチンコをイチゴだと思って触ってきたりしなくなるならいいんだが。
 そのとき、名雪が少し大きな声で何か言い出した。
「……ちょうだい……おちんちん……ほしいのよ……おちんちんがほしいの!」
 げ、イチゴじゃなくてチンコそのものが欲しいってのか?
 名雪は男になりたいのか? 一体なに考えてるんだ……。
 とにかく、一緒に風呂はいるのはもうやめとこう。


 あれが、名雪と風呂をご一緒した最初で最後の経験だった。

 でも、恥ずかしいところを見せ合った仲ゆえにふたりの距離が縮まったんだと思う。
 とんでもない内容だが、それでも俺達にとってはかけがえのない思い出だった。
 名雪も思うことは同じらしい。
「そうだよな? 名雪?」
「うん、祐一」




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