わたしは草原の中に立っている。
 ユキに肩を抱かれながら、眼下に広がる街並みを見ている。
 これからのわたしたちを受け入れてくれる街。
 ユキの故郷。
 街は光に照らされて輝いて見える。
 街に降り注いでいる光は、透き通っている。
 空気が澄んでいるから、汚されることがないのだろう。
 その光に照らされている街を、滑るように雲の影が流れていく。
 雲の影は、すべて同じ速さで同じ方向へ流れていく。
 流れ着く先なんてないけれど。
 わたしは素直に感動した。
 聞こえてくる音は、風が草の間を通る音だけ。
「ユキ…」
「…何?」
「綺麗な街ですね」
 それで、会話は終わる。
 ユキが両腕で、わたしを後ろから抱きしめる。
 わたしは、ユキがわたしと同じものを見ていることを、確認できた。
 きっと、感じているものも同じ。
 だから、会話はいらなかった。
 未来。
 将来。
 希望。
 不安。
 その不安でさえも、何か心地よいものに感じられる。
 この街で紡がれていく未来を感じる。
 わたしたちがこれから作っていく、たくさんの物語。
「秋子」
「なんですか」
「結婚式……結婚式をやるぞ」
「結婚式ですか」
「今、ここで」
「今、ここで?」
「そう。今、ここで」
「これからは、時間がたくさんあるから、そんなに急がなくても」
「時間はある。しかし、お金はない。そして何より…
 今やると、心に残る。いつまでも」
「そうかも知れませんね」
 これからはユキとわたし。そして、わたしたちの子供と一緒に生きていく。
 今からこの場所で、生まれる物語。
 物語は、眼下に広がる街で育っていく。
 わたしたちは、この綺麗な街で、
 この街のいたるところで、
 たくさんの物語を紡いでいくのだ。
 築いていく未来への契約を交わすには、ここは最適な場所だろう。
 街そのものが、わたしたちの物語の舞台なのだから。


「よし、できた」
 ユキは、木の枝で十字架を作っていた。
「わたしもできました」
 わたしの方は、わたしの手よりも小さなブーケ。
「で、どうすればいいんだ?」
 わたしはユキのとなりに歩み寄る。
「ユキの好きなように…」
「好きなようにか…」
 ユキが考え込んでいる。
 俯いていたユキが頭を上げる。
「秋子」
「はい」
「結婚おめでとう」
「かなり違いますよ。
 結婚するのは、わたしたちです」
「いや、とりあえず祝ってやろうかなと…」
「嬉しいですよ」
「ほんとに?」
 少しの沈黙の後、お互いの顔を見て笑う。
 この瞬間が、何よりも愛しい。
 ユキがわたしを正面から抱きしめる。
 足元には、背の低い十字架。
「汝、永遠を誓いますか」
 ユキに抱かれながら。
「誓います」
 わたしの誓い。
 そしてユキ。
「永遠を誓いますか」
 風が吹いている。
 ユキの前髪が揺れる。
「誓います」
 ユキの背中にまわしていた腕に、ぎゅっと力を入れる。
 ユキも、わたしを力いっぱい抱きしめてくれる。
 空から降りてくる光も。
 草の間を通りぬける風も。
 やわらかな土も。
 見下ろす街も。
 すべてが、わたしたちの誓いを特別なものにしてくれる。
「後はこの子ですね」
 わたしは自分のおなかを触りながら言う。
「そうだな、一人だけ除け者はかわいそうだよな」
 ユキは、中腰になってわたしのおなかに優しく触れた。
 穏やかな声でユキは言う。
「永遠を誓いますか」

「…」
「…」

「誓いますって、言ってます」
「おお、そうか。返事がないんで、嫌われてるのかと思ったぞ」
 わたしは立ちあがったユキと口付けを交わす。
 そして、ブーケを投げた。
 風に乗ってブーケは飛んで行く。
 花びらが、一枚一枚に分かれて、どこまでも。








次へ

SSのTOPへ