謎の勢力による極東支部襲撃から二日が過ぎた。様々な方面から解析を急ぐも、

 破片や残骸すらなく、戦闘中のデータでも不明瞭な点が多く現状で判る事といえば

 『何も判らない』事だけだった。

  本部は今後あの敵を「エレメンター」と称する事を決定したが、はっきり言って

 「アンノウン」が体よく呼称を付けられただけである。RGとの戦闘が激化してい

 く中、新たな敵勢力の出現に上層部もアンリミテッドとの協力体制を取る事を渋々

 ながら許可した。結果としてエレメンターはアンリミテッドと連邦軍との橋渡しを
 
 したと言えなくもない。

  さて、当のアンリミテッドであるが極東支部より新たに桜井舞人を初めとした、

 士官候補生たちを仲間に加え、いざ宇宙に向けて出陣と行きたい所だったのだが

 ノアシップ改め、スペースノア級万能戦闘母艦ノア・プラチナムへの改修作業が、

 大幅に遅れているので、極東支部で足止めを喰らっていた。

  その主な原因は先の戦いでの各機体の消耗である。超高温の機体への影響は思い

 の他大きく、特に最初から出張っていた舞人達の機体は、装甲だけでなく電子部品

 に至るまで損失を起こしたため、機体のメンテナンスにかなりの人員が割かれてい

 る。そのため、ノア・プラチナムの改修作業も最低人員で行っているため、予定よ

 りも作業が進んでいないという状況だった。

  しかし、この状況を危惧した御剣財閥によって人員が提供され、先程から急ピッ

 チで作業が進められ始めていた。それが今日のことである。

  そんなわけで足止めを喰らったアンリミテッドであるが、ここのところの激戦続

 きもあり、長官は各員に自由訓練という名目で休暇を与えたのだった。

  では、彼らのちょっとした余暇である三日間を少しばかり振り返ってみよう。
 
 

エクシードブレイブス 第10話


一間の休息




――休日一日目

 「な!? ちょ、ちょっと待った御剣!」
 
 「戦いの最中に、そのような間などありえない!」

 「の、のわあああっ!!」

  祐一の悲痛な叫びを無視し、武御雷は一瞬で間合いを詰め対艦刀を水平に一閃し

 がら空きだったフラムベルクのボディを真っ二つにする。亀裂が入り、上半身がず

 れると同時に武御雷の背後で爆音が轟く。

 「や〜ら〜れ〜た〜」

 「ふう…いいからシミュレーターから出ろ、祐一」

  胸を押さえながら呻く、祐一に武が冷ややかな声をかける。先程までの光景は、

 勿論シミュレーター内でのことだ。祐一のフラムベルクと冥夜の武御雷での模擬戦。

 戦闘データは最新のもの。そして結果は…語るまでもない祐一の惨敗である。

 「くそ、あの馬鹿デカイ刀は反則だろ…」

 「何を言うか、相沢。元はといえば、そなたが間合いを計り損ねたのが原因であろ
  う?」

  事実である。先程の模擬戦は、中盤まではそこそこの結果を出していた祐一であ

 ったが、冥夜の武御雷のバランスをチェーンガンで崩しそこを狙ったまではよかっ

 た。だが、武御雷が体勢を立て直すまでの時間と、自身の必殺の間合いに入るまで

 の速度を読み違えた。結果、祐一のフェイズセイバーが届く距離に入るより先に、

 武御雷は必殺の皆琉神威を構え、迎撃体勢を整えるに至った。

  結果は、ピッチャーの投げた失投を捉える名バッターよろしく、武御雷は向かっ

 てきたフラムベルクを一撃の元に切り伏せたのである。

 「だな。狙いは悪くなかったと思うが、まだまだアマい」

  今の戦闘を見ていた武の評価も自然辛口になる。

 「相沢、敵を知り己を知れば百戦危うからず、という言葉もある。そなた、もう一
  度自分の搭乗機の性能を確認してはどうだ?」

 「…そうだな。ちょっとシングルシミュレーターで確認してみる」

  のろのろと身体を起こし、別のシミュレーターに入る祐一。

 「あ、そうだ、祐一。今のレポート香月センセに渡しとくから」

 「え?」

  よく言われる表現だが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった祐一。

 「え? じゃねえよ。ちゃんと提出するよう言われてたんだよ、俺」

 「聞いてないぞ、オレェ!?」

 「何でそこで声が裏返るんだ? まあ後でお達しが来ると思うから頑張ってな」

  無情にも武は今の戦闘レポートを持って部屋を出て行った。冥夜もそれに続き、

 シミュレーター室には祐一が一人残される。

 「い…いやああああああああっ!!」

  もはや日常茶飯事となりつつある祐一の絶叫は、たとえ休日と言えども響き渡る

 のだった。その後、祐一を休暇中に見たものはいない、合掌。

  

  廊下に出た武は思いもよらない人間に出くわした。それは隣に立つ冥夜も同じだ

 ったのではないだろうか。赤い髪を揺らし、特徴的な前髪の触覚がピコピコと揺れ、

 武を見つけるや否や、それがハートの形になった実に前衛的な髪を持つ少女がそこ
 
 にいた。

 「やっほー、タケルちゃん!」

 「なっ…!?」

 「純夏!? いつ戻ったのだ?」

  驚きのあまり、声も出ない武と別の意味で驚いた冥夜の反応。ふっふっふーと、

 何か裏がありそうで、実は何も考えていないときの鏡純夏の妙に自信ありげな顔が

 武に色んな意味で不安を抱かせる。

 「ついさっきだよー。わたしと、榊さんと、彩峰さんの戦術機がやっと出来上がっ
  たんだから」

 「あ、ああ、出来たんだ。ん? ってことは!?」

 「ふふー、そう! ようやくタケルちゃん専用の戦術機の開発が始まったのだー!」

 「よっしゃあ! やっとか! 待ちくたびれたぜホント!」

  廊下にも関わらず歓声を上げて、ガッツポーズを取る武。ところが後ろからそん

 な武をたしなめる声があがった。

 「全く…基地の中なのよ。もう少し声は抑えた方がいいんじゃない?」

 「……白銀、お子様」

 「うわっ!? って何だ委員長に彩峰か。ああ、そっか純夏が来たってことはお前
  らもいるよな、そりゃ」

  眼鏡の向こう側から少しキツめの視線が覗く少女、榊千鶴と、無表情かつ読めな

 い表情の佇まいの少女、彩峰慧。

  純夏も含め、武を中心とした戦術機のチームメンバーがこれでアンリミテッドに

 全員集合した事になる。

 「…ねえ、白銀くん? いい加減その委員長って呼び方どうにかしてほしいんだけ
  ど?」

 「なんだよ、硬い事言うなって。委員長は委員長だろ?」

 「はあ…まあ言っても無駄のようね。それで? 私達がいない間に随分動きが合っ
  たみたいだけど?」
 
  千鶴の口調は、とりあえず説明して欲しいという意味が含まれていた。ふう、と

 ため息をつくと武は、

 「なんだよ、相変わらず仕事熱心だなあ〜。もうちっと肩の力抜いていこうぜ委員
  長?」

 「勿論リラックスするときはするわよ。でも、現状把握は必要な事でしょ?」

 「はいはい、全く相変わらずおカタイことで」

  とりあえずどっか場所移ろうぜとばかりにきびすを返す武。

 「そういえば…尊人の奴どこ行ったんだ?」

 「鎧衣か? さて…私は見ていないが」

  冥夜の答えに慧も首を縦に振り、知らないと答える。純夏や千鶴に「知らないか

 ?」という意味の視線を投げる武だが、二人とも黙って首を横に振る。
 
 「あいつ時々消えるんだよなー、どこで何やってるんだか。まあいつもの事だけど」

  少し疑問に思ったが、武はそう片付けて移動を再開する事にした。

 「……ところで白銀?」

  歩き始めた武を慧が止めた。

 「あん? なんだよ?」

 「……シミュレーション室の角でさめざめ泣いてる男、あれ新人?」

 「……………」

  武は祐一の事を案じてか、それも含めて後で説明すると言ってこの場を濁した。



 ――休日二日目

 「あれ、遠野?」

 「…こんにちは緋神さん」

  12時になろうかという時、そろそろ昼食をと思っていた信哉は廊下で美凪と遭

 遇した。

 「ああ、こんにちは」

 「………」

  美凪は返事を返した信哉に、何も言わず、とりあえずそのどこを見ているかよく

 わからない不思議な目で信哉を見ていた。

 「……あのさ、どうかしたのか?」

 「……腹ペコさんですか?」

 「あ、ああ腹は減っているけど」

  というか昼過ぎなのだから大半の人間は腹ペコだと思う、とは口に出せない信哉。

 「…何か食べますか?」

 「そう思って食堂に向かってたんだけど」

 「…ではこれをどうぞ」

  そう言って美凪は何か封筒のようなものを信哉に手渡した。訝しげに見ながら、
 
 封筒を開ける信哉。そこには一枚の紙がありこう書かれていた。

 「お米券?」

 「…日本人はお米族」

 「その意見は否定しないが、今すぐは食えないだろ、コレ」

 「………?」

 「いや、? は対応として間違ってると思う」

 「……お気に召しませんでしたか?」

 「それもちょっと違うんだが…」

  一向に話が進まない。とはいえ善意(?)でくれた物に対し無下に扱う事も出来

 ず信哉は何か打開策は無いかと思考を張り巡らせる。

 「…とりあえずこれは貰っておくよ。それより、今すぐ何か食べられるかな?」

 「……食堂に行けば材料はありますよ。緋神さん料理は出来ますか?」

 「まあ基本的なものなら一通りは。そうか、今日は食堂の人達は休みだったな」

  特別部隊、というかはみ出し者の集まりのようなアンリミテッドではとかく人員

 がいない。よってこのように基地内で休息を取る人間がいたりする場合、自分で出

 来る事は自分で、という高校生の演習のような暗黙の了解が成り立っているのであ

 る。

 「……私もご一緒してよろしいですか?」

 「それは食べる方? 作る方?」

 「……両方です。私も料理は得意ですから、えっへん」

  心なしか誇らしげに胸を張る美凪。僅かに顔が綻んでいるあたりが、何となく背

 伸びをする幼児を思い浮かばせる。さすがに口に出したら失礼だが。
 
 「じゃあ、一緒に行こうか。話してたらますます腹減ってきたよ」

 「…そうですね」

  二人は連れ立って歩き、道中美凪によって繰り出される不思議ワールドの対応に

 難儀しつつも信哉は食堂へとたどり着いた。

  大きめのテーブルが等間隔で並べられ、調理場と一体化している学校の食堂とほ

 ぼ似たような作りの空間が目の前に広がった。テーブルについている者も数名おり、

 中に見知った顔もいる。ラーメンをすすっていた観鈴が、美凪の姿に気がつき、手

 を振って呼びかける。

 「あ、遠野さん〜」
 
 「…神尾さん、こんにちは」

  てくてくと、誘われるように美凪と信哉は観鈴の傍へ行く。

 「こんにちはー、遠野さんもお昼?」

 「…私だけではないですけど」

  そう言って後ろに立つ信哉に目配せする。

 「あ、緋神さんも一緒だったんだ」

 「ああ、神尾も昼メシか?」

 「うん、往人さんも一緒だよ」

  そう言う観鈴の視線の先には、往人が必死というか鬼をも殺すかのような表情で

 一心不乱にラーメンを食べていた。その表情は鬼気迫るものがあり、気のせいか、

 遠まわしに彼の周囲には人がいない。さすがに、この表情の近くでは美味しくご飯
 
 が食べられないのか。ある意味、この表情を目の前に据えてもにこにこ笑っている

 観鈴は往人の最大の理解者かもしれない。

 「往人さん、ラーメンセットが好きだから」

 「……あれは好きとか嫌いとか言うレベルじゃない気がするんだけど」

  観鈴がフォローするも本人が苦笑いの上、往人がまるっきりラーメンしか目に入

 っていない様を見せられては説得力がない。

 「…何のん気な事を」

  食べ終わったのか、往人は顔を上げると瞳に力を込めて語った。演説者のオーラ

 を纏った往人はその過酷な(?)経験から実感した事をそのまま言葉にした。

 「いつでも食えると思うな! 食べられる事は幸せなんだ! お前は…お前は…泥
  水をすすった事があるか!? 食べられる、これイコール幸せなんだ! ビバ!
  食べもの! イヤッホーウ、食べ物最高ー!」

 「ゆ、往人さん落ち着いて、わたし恥ずかしいよ…」

  ラーメンスープの残ったどんぶりを片手に、テーブルに片足を乗せて興奮しなが

 ら力説する往人をなだめる観鈴。見ているとどっちが年上かわからなくなる光景だ。

 飢えは人を変えるというが、往人もそのような経験を経てこのような結論に至った

 のか。信哉はわかるようなわかりたくないような気持ちで一杯だった。

 「なあ、遠野。あの人戦闘中あまり見ないけどどこにいるんだ?」

 「……? ちゃんと参加していますけど…?」

 「いや、何であれだけ濃い人があんまり目立たないんだろうなあって」

  さりげなく酷い事を言っている信哉。美凪は意味がわからず首を傾げるばかり。

 「ああっ! 俺が近所のコンビニから苦労して運んだ白滝がっ!」
 
 「や、ゴメン。いつまでも残してるから食べないのかと思って」

  突然、食堂内で何となく情けない大声が上がる。そちらに視線をやると、どうや

 ら内容から察するに、舞人が基地内のコンビニ(長官の趣味で入っているらしい)

 で購入してきたおでんの具をつばさがつまみ食いしたようだ。その程度でぎゃあぎ

 ゃあ怒るなんて舞人も器の小さい奴だ、などとは思わないでやってほしい。

  昼食、それも限られた時間で食べる食事というのはある意味至福のときである。

 楽しみにしていたお弁当の最後のおかずを取られたときの苦しみに匹敵する苦悩を

 今、舞人は味わっていた。しかし運命は非情、さらなる苦難が彼を襲う。

 「こ、この…それを運ぶのに俺がどれだけ苦労したか…」

 「あれ? 舞人それ食べないのか? もらいっ」

 「ああああああああ! 俺の最後の砦のはんぺんと大根様がぁぁぁ!」

  たまたま通りがかった武が、器に残っていたはんぺんと大根を持っていた箸で、

 素早く掻っ攫った。まるで野鳥が水面の魚を狩るが如く。エースパイロットはつま

 み食いの腕も一流でないといけないのか、そんな事が窺える様子であった。しかし

 舞人も何故大根だけが様付けなのか。彼の中にはおでんの具にも優劣があるらしい。

 「……美凪、とりあえず何か作ろうか」

 「そうですね」

  なんだか相変わらず飽きのこない連中だなあと思いつつどこか疲れた風味の信哉

 は、美凪を伴って調理場のほうへ移動する。

 「あれ? 緋神君、自分で作るんだ?」

 「星崎か。ああ、自分で食べる分くらいはな」

  そこでは希望がエプロンを付けてフライパンをゆすっていた。なんだか、施設内

 の制服にエプロンとはかなりシュールな光景なのだが、家庭的な雰囲気が醸し出さ

 れるのはやはり彼女の人柄なのか。

  しかし、彼女が作ったであろう料理の分量は結構多い。1.5人前はあるんじゃ

 ないのか。失礼を承知で信哉は訪ねた。

 「結構量あるんだな、星崎って見た目より食べる方?」

 「あ、ううん、違うよ。それ舞人君の分も入っているの」

  信哉のぶしつけな質問にも笑顔で対応する希望。成る程この人柄ならば基地内で

 人気が出るのも無理ないのかもしれないと信哉は納得した。そして舞人が基地内で

 嫉妬される理由も同時に。

 「さっき八重ちゃんが来てね、『さくっちのおでん狙ってるからその分何か用意し
 といてやって〜』って」

 「……成る程」

  つまりつばさには舞人があれほど絶叫し怒り狂うのを承知でやっていたわけだ。

 しかもアフターケアまで用意して。恐ろしい意味で策士だった。

 「あ、奥の方にも調理器具はあるから使っていいよ」

 「ああ、そうする。って…遠野はもう始めてるし」

  気がつくと、美凪は既に包丁で材料を切り始めていた。そんなうちに、希望は料

 理を乗せた皿を持って食堂に移動する。

  調理場にフライパンが材料を炒める音が響き始めるとさすがに食堂の喧騒も気に

 ならなくなるが、その中でやたらと感激した舞人の喜びの声が聞こえたのは言うま

 でもない。




 ――休日三日目

  ノア・プラチナムの改修作業が間もなく終る、ということもあり前日のような休

 日モードはすっかり基地内から消え去り、厳粛な訓練風景があちこちで繰り広げら

 れている。

  そんな中、新たに編入されたメンバーの戦力や機体配置等の部隊編成を行ってい

 た月詠のところへ、来客があった。

  コンコンと控えめなロックに、月詠は読んでいた資料から頭を上げて、

 「入りなさい」

  とドアに向かって告げた。静かにドアが開けられ入ってきたのは御剣の諜報員の

 一人だ。

 「月詠様、デュランダルから定時報告が来ています。現状までの戦果や状況をまと
  めたレポートが送られてきています」

 「ご苦労様、それではそれは私が預かります」

 「はい、それでは失礼します」

  一礼し、その諜報員は出て行った。月詠は先程までの書類を手放し、受け取った

 封筒の中の数十枚近いレポート用紙を手に取った。

 「…あの少数戦力でよくもまあここまで…流石は水瀬艦長ですね。連邦軍を相手に、
  ここまで派手に動く権限を得られるとは思いませんでした」

  そのレポート用紙には地上で奮戦したアンリミテッド同様、デュランダルも少な

 い戦力と不利な状況の中、現状を打破する作戦を遂行した事が綴られている。それ

 に伴う地上への影響、今後の宇宙での作戦行動に敵側の予想行動まで実に事細かに

 まとめられている。

 「…水瀬艦長、実務能力にも長けてらっしゃるんですねえ…」

  メイド長を兼任する月詠も顔負けの能力ようだ。

 「それにしても……」

  天井を仰ぎ見、そのはるか先の宇宙にいるデュランダルのマザーバンガードの姿

 を思い浮かべながら月詠は溜息をつく。

 「宇宙では一体何が起きているのでしょう?」

  月詠の呟きに応える声はなかった。
    

                             第十一話に続く

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