「くっ! 右だ! 右から追い込め!」
「ダメだ! あのOFは速すぎる! ヴァイスの方を狙え!」
ニ機対二機、母艦を狙うべく突貫してきたベルガ・ゼーベ。混迷する戦況の中で、
頭を一気に狙うその潔さは賞賛に値する。
しかし、彼らの相手は白き盾を持つ白銀の天使と、百発百中の獣の弓を持つ狩人
だったのだ。竜騎兵の槍は天使の盾には届かず、獣の弓でもって撃ち落される。白
いパウダースノーのような煌きを纏いながら、懸命に狙いをつけつつ応戦するヴァ
イスリッター。
あゆの操縦技術はさほど高くは無い。というのも本人の技術というよりは、彼女
の念動力が不安定だというのに起因する。当然の事ながら彼女のヴァイスリッター
にもT−LINKシステムは搭載されているのだが、彼女の念動力は出力の幅が安
定しない。エンジェルダスト(AD)シールドは常に自分の意思で発動させられる
ほどには安定したのだが、機体の出力調整、操縦補助のレベルにまで応用しようと
するとムラが大きく、性能が安定しないのである。
その為、あゆは現在の操縦はほぼ自分の操作技術に頼っている。涙ぐましいほど
の努力を積んで、一端にはなっているものの、デュランダルに搭乗している他のメ
ンバーと比べるとどうしても見劣りせざるを得ないのであった。
しかし、そんなあゆを戦場で生き残らせてきたのには訳がある。
一つは、常にアルテミスを駆る真理奈と行動を共にしてきた事。共に遠距離用武
装を装備した高機動型の機体ということと、付き合いの長い真理奈とのタッグは、
あゆの力を十二分に引き出せるパートナーであった。
もう一つは、――あゆが決して諦めない事である。窮地に追い込まれようと、孤
立し、死が目前に迫ってもあゆは生きる事を諦めなかった。その想いが紙一重のと
ころであゆの生と死を分けてきたのだ。
そんなあゆと真理奈を相手にした時点で、ベルガ・ゼーベのパイロット達が辿る
道は決まってしまった。たとえ互いに譲れぬ信念を持っていたとしても――
「動きが止まった! ヴァイスを狙うんだ!」
「よし任せろ!」
一機がアルテミスを牽制しヴァイスリッターとの連携を強引に断つ。半ば無理や
りとも呼べる方法でヴァイスリッターとの距離を詰めるもう一機のベルガ・ゼーベ。
「ランス射出! 消し飛べ」
ブーストフルスロットル。ドラグーンランスを突き出すように構えつつ突進。最
大加速に到達した時点で、ショットランサーを撃ち出した。確実に仕留められる距
離を計り、一度きりの切り札を確実に切る。この兵士は優秀だ、優秀であったが。
いささか、あゆを侮っていたようである。
「パターン…D! うん、思いっきりやれば!」
ヴァイスリッターが脚部のブースターを点火、ショットランサーの軌道上よりや
や上方の位に移動。しかしそれではまだランサーはヴァイスリッターの下半身を
直撃する。そこへ、ADシールドを展開しランサーの衝撃をすべて受け止める!
炸薬式のランサーは、シールドと接触すると同時に爆発した。爆炎はシールドは
おろかその向こう側にいたヴァイスリッターすらも包み込む。
「かかったな!」
あれだけの爆発を前面を覆うだけのシールドでは防ぎきれまい、パイロットは勝
利を確信し、笑みを浮かべた。だが、それは早計だった。確実に仕留めるつもりな
らば、ランサーの威力を過信せず、後一手用意すべきだった。何故なら――
「えーいっ!」
なんと、ヴァイスリッターは形成されたシールドを蹴り、一気にベルガ・ゼーベ
の上部をとった。いかにシールドを破られようともエンジェルダストはあゆの意思
一つで瞬時にヴァイスリッターの元へと集結する。そこらの使い捨てのシールドと
は訳が違う。彼女にしか扱えぬ盾は、攻撃に防御にと変幻自在の活躍を見せる。
オクスタンライフルを構え、反撃の態勢に移るヴァイスリッター。右に左にと揺
れるロックオンサイトの真ん中に確実にベルガ・ゼーベを捕らえる。
「オクスタンライフル、Eモード! 当たってぇ!」
ヴァイスリッターの腰に銃身を当てて固定、既に敵はサイトの内に捕らえている
その時点で引き金を引けば――閃光の槍がベルガ・ゼーベを貫く…!
紫色の閃光がその穂先に獲物を貫かんと宇宙を奔る。ベルガ・ゼーベがその光か
ら逃れんと回避行動を取る――が、ライフルの射線軸から逃れることは敵わず、間
光の槍はベルガ・ゼーベに迫る。パイロットはその光の先に己の死を見た。
「くっ…回避…ダメだ間に合わん!」
回避行動空しく、深々と光の槍に貫かれたのはベルガ・ゼーベの方であった。あ
ゆの努力と意思がまた一つ彼女の命を繋げた瞬間が紡がれたのである。
エクシードブレイブス 第16話
無限の可能性
激突する鋼と鉄。
交差する拳と剣。
凌ぎ合う心と志。
「ぬっ!」
「くっ!」
グラディエーターとサーペントが交差する。蛇の牙にも似た疾風の拳と、魂を乗
せた稲妻の如き太刀が、同時に二人の機体に初めて届いた。
グラディエーターの太刀はサーペントの左肩に食い込み、サーペントの左腕のブ
レードはグラディエーターの腹部に見事な切り口を作っていた。
機体の損傷としては互いに重度ではない。まだ闘える、だが。
「時間か、頃合だな」
「…何だと?」
マスタッシュの真意を問いただす前に、マザーバンガードより通信が入った。
『各機に連絡! 現在戦闘中域に大型の戦闘艦が接近中。各自警戒せよ!』
既にその姿を捉える事が可能な位置までに移動してきている戦艦。赤をベースに
やや先端を伸ばし気味の直線的なデザイン。
「RGはあれを旗艦にしていたのですか…」
佐祐理が、そのシルエット、その姿から浮かび上がるたった一つの心当たりのあ
る戦艦の事を思い浮かべ言葉に詰まる。
外宇宙探査航行艦ヒリュウ。かつての戦いで中破したその戦艦は、対異星人用戦
闘艦として改修された。それをベースに作り上げられたRGの旗艦、その名も――
ヒリュウ・轟――
突如現れたスペースノア級の戦艦と同等の戦闘力を持つ戦艦の姿に、デュランダ
ルの面々は虚を突かれた。しかし、その静寂は突如起こった異常に破られる。
『敵艦艦首に、エネルギー収束反応! 重力砲がスタンバイしています、狙いは…
マザーバンガードです!』
艦首超重力衝撃砲、ヒリュウに備わっている主砲で巨大なG・インパクトキャノ
ンと言っても差し支えはない。しかしPTの携帯武器ではなく戦艦の砲門である。
その威力は段違いだ。
秋子は考えるより先に叫ぶ。一撃、一撃で落とされる。ここで、手を誤まる訳に
はいかないのだ。
「シールドを緊急展開、敵主砲の方向予測を行ってください。名雪、主砲回避パタ
ーンへ移行して頂戴」
「う、うん。わかったよお母さん」
名雪の舵を取る手に思わず力がはいる。
「シールド展開率89%へ上昇! 敵主砲エネルギーチャージ率76%!」
「シミュレート結果出ました! 超重力衝撃砲発射まで残り5分」
「こちらの主砲のチャージ率は50%を切っています。先制は不可能!」
「敵の射程外に出るのはほぼ不可能です、艦長!」
敵の主砲の射程から逃れるのは無理。では射線軸から逃れねばなるまいが、固定
砲台と化した敵の主砲の射線から逃れるのは困難を極める。
撃たれる前に撃つ、という手段も間に合わず直撃を避けたところで艦が受ける被
害は甚大。冷静に戦況を見つめつつも秋子はやや判断を決めあぐねている。
『艦長! 水瀬艦長、応答願います!』
「……深山さん? どうぞ、こちら水瀬」
『敵の主砲発射までの時間は出ていますか!?』
「ええ、残り4分と言ったところですが」
『4分…ギリギリ間に合う』
「……! 深山さん、あなたはまさか…」
『お察しの通りです、水瀬艦長。パターンDICでヒリュウの動きを止めます。許
可を』
「………現状ではそれしか打つ手がありません。マザーバンガード及びヒリュウに
比較的近い味方機で最短距離を開きます。深山さん、そして結城さん。お願いし
ます」
『了解』
僅かな時間の少ない言葉での打ち合わせにデュランダルの命運を賭ける事になっ
た。
「シールド展開を中止。変わりに充填してある全ての副砲で、ヒリュウ周囲の敵を
攻撃します」
「りょ、了解」
「名雪、回避行動から接近行動へシフト。出来る限り敵を射程に入れなさい」
「近づけばいいんだね? わかったよ、お母さん」
「真琴、当たらなくても構いません。但し、ヒリュウと敵の機体を出来るだけ離す
よう、攻撃して頂戴」
「まっかせてー、撃てる数全部、真琴が当ててあげるよー」
「では…マザーバンガード全速力で突撃開始。ディープスノー及びシャインブレイ
ブの援護に向かいます」
「ひかり! パターンDIC、ぶっつけ本番で行くわよ!」
「こだまの構築したアレね? いいわよ、いつでも行ける!」
既に作戦内容をやり取りした雪見とひかりは、全速力でヒリュウへと接近する。
周囲の敵には目もくれない。最高速を維持しなければ間に合わない。いくら、敵を
倒そうと、ヒリュウを止めない限りデュランダルの敗北は免れない。
しかし、そうと知ってむざむざ敵機を通すほどRGは甘くない。接近戦で止める
と判断したのかベルガ・ゼーベはニ機の前に立ちふさがりその進路を妨害する。
「やらせんぞ、デュランダル!」
勝利を目前に興奮気味のRGの兵士が勝ちを得たりとばかりに叫ぶ。舌打ちをし
て雪見は忌々しげにベルガ・ゼーベに視線を向けた。
「くっ…目の前だって言うのに!」
「……止まらないで、行って」
声と同時にベルガ・ゼーベを白い閃光が切り裂いた。一秒にも届かぬ刹那の瞬間。
止まらなければ高速で激突しただろうベルガ・ゼーベは見事なまでに上半身と下半
身を真っ二つに裂かれている。
ビッグバイパー人型変形時――それは白き剣を振るう音速の剣士――
「な…っ…に!? はや…」
捨て台詞を言い切る前にベルガ・ゼーベは二機同時に爆発する。もう片方のパイ
ロットは捨て台詞を言う瞬間すら与えられなかった。
「助かったわ、舞!」
「……急いで、時間がない」
雪見は後ろを振り返らずに舞に礼を言う。ディープスノーとシャインブレイブは
ビッグバイパーの隣を最高速のまま通り抜ける。
人型に変形したビッグバイパーの主導権は舞が持っている。彼女の独特のセンス
とビッグバイパーの持つ超スピードは相手に斬撃ではなく閃光を見せる。剣を振る
瞬間ではなく、その剣の軌跡が届く頃には既に斬られているという恐るべき剣。
その剣でもって舞は見事に雪見達の道を切り開いた。
「ひかり! 打ち合わせ通りに頼むわよ」
「OK、こっちはいつでも行ける! 遠慮しないでやっちゃいな雪見!」
「ええ! それじゃ…ライフルセットアップ!」
シャインブレイブが先行し、その進路をグラビトンライフルを構えたディープス
ノーが援護する。シャインブレイブの周囲を縫うように重力を圧縮した光線が駆け
抜ける。その一撃一撃が、的確にヒリュウの艦首を直撃する。
『な、なにっ!? あの位置と速度で当ててきただと!?』
『艦首エネルギー12%霧散しました! 再チャージまで42秒!』
決死の覚悟で放ったディープスノーの一撃はヒリュウのオペレーター達を大いに
震撼させた。しかし、この程度では止まらない、ディープスノーとシャインブレイ
ブ、グラビコンシステムをフルに搭載したこの二機の連携戦闘はこの程度ではない。
「グラビティナックル! これだけぶち込めば多少は効くでしょう!」
さらに艦首周辺に取り付いたシャインブレイブが、Gフィールドを発生させた、
拳で一撃、二撃、三撃、と止まらぬ連打を浴びせる。一撃ごとに重力と衝撃でひし
ゃげる艦主砲は既に使い物にならなくなっていた。
「グラビコンシステム連結! フィールド出力最大! 雪見! 後は任せるわよ!」
シャインブレイブが両手を合わせ、先程よりもより強大なGフィールドを発生さ
せる。その両の手で掌底を作るかのように握り、綺麗に両手を並べ突き出すように
その手を放つ!
戦艦の装甲を打ち破り、Gフィールドをその周辺に発生させ外部と内部から破壊
する、シャインブレイブの奥の手、ツイン・グラビティナックル。
艦首を攻撃したというのにその衝撃は艦全体に及んだ。その震動はクルー達の心
すら大きく揺さぶった。ヒリュウが完全に沈黙し動きが止まる。
「ランチャー、インパクトモード…」
そして相手が止まるという事は、雪見にとっては格好の的も同然。ディープスノ
ーの切り札は、通常使用でも威力の高いグラビティランチャーのインパクトモード。
本来、ヒュッケバイン系列に搭載されていた「インパクトキャノン」は、外部から
砲身を射出する必要があった。その砲身を接続して初めて撃つ事が可能だったから
だ。しかし、このグラビトンランチャーの改良型はインパクトキャノンの出力に、
十分耐えうる強靭な砲身として使用できるため、ディープスノーは歴代のヒュッケ
バインに比べて扱いやすさが向上している。
そして機体の高さとほぼ同程度の長さの砲門へと変形したランチャーを両手で構
え、的と化したヒリュウに狙いを定めるディープスノー。
「デッドエンド、シュート!」
放たれる黒い重力波。否、それは重力波などという生易しいものではない。ブラ
ックホールキャノンと比べても遜色のないほどに圧縮された重力砲だった。
『か、艦長! 敵の砲撃が来ます!』
『回避だ! 回避!』
『ダメです間に合いません!』
『ならば超重力衝撃砲を撃て! 相殺しろ!』
シャインブレイブとディープスノーの連携戦闘パターン――デュアルインパクト
クロス――その最後の決め手となる重力砲が決まるか否かの間際に、ヒリュウはか
ろうじて衝撃砲を放った。
真正面から二つの重力砲がぶつかり合う。轟音と衝撃が波紋状に周囲に広がる。
ここが比較的何もない宙域であったのは不幸中の幸いだろう。この衝撃はそれだけ
で戦艦を揺るがし、機動兵器の動きを封じ、そしてコロニーなどの建物の中にすら
その震動を伝えただろう。
やがて衝撃が収まり、各々が目を向けた先には――艦首が丸々吹っ飛んだヒリュ
ウがかろうじて存在している姿があった。
「威力は相殺できたのね…」
「けれど、ヒリュウはこれで主砲を撃てない。この勝負はわたし達の勝ちよ」
直前までヒヤヒヤしていたひかりと、落ち着いて言い切る雪見。
「そのようだな、あの僅かな時間で状況をひっくり返すとは。流石はデュランダル」
サーペントをヒリュウの前につけマスタッシュは自虐的にそう言った。彼を追う
ように生き残ったベルガ・ゼーベが集まる。残ったのは4、5機と言ったところか。
倍以上の戦力で挑んだはずのRGの方が明らかに被害が大きい事がうかがえる。
「退くのか、マスタッシュ」
「玉砕を選択するシチュエーションではあるまい。まあ、お望みならばとことん付
き合ってやってもいいぞ」
「……全員攻撃停止。行かせてやれ」
「賢明な判断だ。各員、負傷者を回収して離脱しろ」
石橋とマスタッシュの会話はあくまで自然なやり取りのはずだった。だが、まる
で剣を突きつけあうような妙な緊張感を生み出すのは、彼らの空気が未だ穏やかに
なっていないからである。
生き残ったベルガ・ゼーベがヒリュウに帰り、最後にサーペントが残る。だが、
そのサーペントも徐々にヒリュウに吸い込まれるように小さくなっていく。誰も追
う者はいない。追ったところで、あの部隊は氷山の一角に過ぎない。仮に潰せたと
してもデュランダルも相応の被害をこうむる。深追いが出来る状態ではなかったの
だ。
「全機帰還してください。我々もこの宙域から離脱します」
オペレーターの通信にようやく我に返り、皆がマザーバンガードへ帰還する。
「……マスタッシュ・スネーク…か。スネーク…いや、まさかな」
戻る間も、しきりにヒリュウの去った方向を振り返り、自分の考えを打ち消すよ
うに石橋は呟いていた。
―― ヒリュウ・轟 独房
拿捕されたジェガンから出された南は、捕虜を収容する独房に入れられた。てっ
きり拷問なり尋問なりが待っているかと覚悟していたが、意外に悪くない待遇に拍
子抜けした。
この独房、簡素なベッドがある以外には特に何もないが、捕虜を閉じ込めるには
贅沢な設備と言えなくもない。まあそんな事はどうでもいいか、と考える事を放棄
した南の耳に、廊下を歩く足音が届いた。一組の足音だ。
「おい、メシだ」
「メシね…悪いが食べる気分じゃないんだ。よかったらお前が食ったらどうだ?」
別に食事に薬や毒を盛られたというような心配をしたわけではない。色々と変化
がありすぎて、本当に食欲が失せていた南は、その食事を運んできた兵士、に食べ
る事を薦めた。
「お、いいのか? じゃあ遠慮なく」
鉄格子の前に座り込み、持ってきたパンとスープを乗せた盆を床に置き、貪るよ
うにパンにかじりつく兵士。
「お前大人しいな」
「そうでもない。どうでもいいだけだ」
その言葉が疑いようもなく真実であるかを雄弁に語る無気力な南の言葉。
「連邦の連中にしては珍しいな。捕まった事とか腹が立ったりしないのか」
「別に…むしろ死ななかっただけマシさ。それに連邦も俺みたいな一兵如きどうだ
っていいんだろう。あそこに俺のような無能者の居場所はないのさ」
「そうか…そうだな。連邦のやり方なんて変わらないんだな。実は俺も元連邦兵な
んだ」
「本当か?」
「ああ、作戦中にここの連中とやりあって、旗色悪くなったうちの隊長が俺を見捨
てて逃げやがったんだ」
南はそんな事をしそうな連中には腐るほど心当たりが有った。ありすぎて誰かを
絞り込むのが不可能なほどだ。
「連邦じゃ珍しくないが…酷い上官に当たったんだな、あんた」
「まったくだぜ。それでムカついたから洗いざらい持ってる情報ぶちまけてやった
んだ。今じゃすっかり身も心もRGさ。ここにはそんなやつも結構いるよ。ああ、
そうだ、お前出身は?」
「……サイド3」
「へえ、奇遇だな。俺もだよ」
「本当か?」
「ああ、本当さ。あそこはコロニーの中でも木々の移植に力を入れてたよな。セン
トラルパークの記念樹の大きさも今でも思い出せる」
「…そうだな、あの木は本当にでかかった。いつかコロニーを破っちまうじゃない
かって思うほどにな」
思いがけず故郷の話が出て南も兵士も思わず顔が緩む。在りし日の情景、その景
色が互いに重なっている事は今のやり取りで明らかになる。南は、こいつは嘘をつ
いていないと、理性ではなく本能で感じ取った。
「なあ、お前さ、俺達と来ないか?」
「え?」
兵士の意外な誘いに南は思わず面食らった。
「連邦なんかに未練は無いだろう? 元々あいつらのスペースノイドに対するやり
方に我慢ならない奴らの集まりみたいなもんだ。同郷の奴をこんなとこに入れっ
ぱなしにするのも心苦しい」
「いや…だけど俺は」
「大丈夫だ、お前にその意思があるってわかれば俺の上官が使ってくれるさ。スネ
ーク大尉は人を見る目がある」
「スネーク…大尉」
「よし、ちょっと待ってろよ。今から話つけてきてやるからな」
「ちょ、ちょっと待てよ」
走り去ろうとする兵士を慌てて呼び止める南。断るつもりではない、ただ、聞い
ておかねばならない事が一つある。
「あんた、名前は?」
「ジョニー。ジョニー・佐々木」
「…そうか。いい名前だ」
人懐っこさにつられてか、南は思わず親指まで立てて応じてしまった。やりすぎ
かと、すぐに引っ込めようとしたが、ジョニーも親指を立てて応じる。
「ありがとう。よく言われるよ。ああ、そうだ、お前の名前は?」
「…南だ。南明義」
「よし、それじゃすぐに行って来るから待ってろよ南」
そう言ってジョニーは盆を置いたまま走り去っていった。同じ境遇の者が珍しい
のか、或いは単に彼の性格なのか。南は静かになった廊下で何を考えるでもなく壁
によりかかる。
やがて二組の足音が廊下に再び響き始める。おそらくジョニーが上官を連れて戻
ってきたのかと思った南は身体を起こし鉄格子に視線を向ける。そこに立っていた
人物を見て、南は目を見開いた。
「久しいな、南」
「…渡辺…先生」
「今の俺はマスタッシュ・スネークだ。覚えておけ」
あまりに突然の事に言葉が出てこない南。何を言うべきか、話すべきか。口を開
けたままの南に、マスタッシュは淡々と告げる。
「お前のジェガンの戦闘データを見て驚いた。まさか一機で、数でも性能でも上回
るベルガ・ゼーベを四機も落とすとはな」
「……ですが、それも意味のあったことじゃありません」
そう、南は脳裏に瞬時に浮かんだ男を思い浮かべる。かつて同じ周辺警備にあた
っていた際に、折原浩平は不慣れなリ・ガズィで六機の敵機を落とし、かつ役にも
立たない浮き足立った連邦の警備隊を護りつつ戦い抜いたのである。
それに比べれられれば、自分の戦果など無きに等しい。
「そうだな、連邦にいたのではお前という存在は認められはせんだろう。折原がい
るからではない。大局を見ようとしない上層部がいるからな」
マスタッシュは、南の劣等感の源を見抜いている。しかし、それを南本人に直接
言ったところで通じはしないし理解しようとはしないだろう。何故なら南は根本的
な勘違いをしているのだから。
折原浩平がいようといまいと、連邦という場所では南という存在が認められない
のだ。上層部は、全体を把握しようとなどしないから。たとえ頂上に近づけそうな
存在がいたところで、頂上に最も近い人間を見れば、そんな存在は意味が無いのだ。
少なくとも連邦にとっては。
「だが、俺はお前の腕を買おう。お前にその意思が、連邦に向ける剣を持つのなら
俺の元でRGの中にお前の居場所を造らせてやる。但し、俺が与えるのはきっか
けだけだ。欲しいのならば自分で掴んで見せろ。その意思がお前にあるか?」
チャンス。
己の存在を、南明義という人間を、他でもない自分の力でその存在を証明するチ
ャンス。南はマスタッシュを見た。かつて見た時の昼行灯のようなとぼけた中年の
男はそこにはいない。戦士だ、そこにいたのは底の知れない闇をその双眸にたたえ
た戦士がいた。
「オレは……闘います。RGとして」
「それはいかなる理由だ?」
「オレの…存在を認めさせる為です」
「よかろう、そしてそれがもたらす結果がスペースノイドの未来であるならば、R
Gは同郷の人間を拒む事はない。ジョニー、鍵を開けてやれ」
「了解。ありがとうございます、大尉」
「気にするな。あんな失態だらけの戦闘、ボスには報告できん。礼ならこっちが言
いたいくらいだ」
ジョニーが、鉄格子の傍のパネルを操作すると鉄格子は床の中に消えた。
南はまるで自分が生まれ変わったかのような錯覚を感じていた。ここには何もな
い――まだ。
これから作る、自分の手で、自分の場所を。
「まずは自分の機体をもぎ取る事から始めろ。それと、後で俺の部屋に来い。連邦
の情報を訊ねさせてもらう」
「了解です、マスタッシュ大尉」
その意思がはっきりと南に宿った時、一人の戦士がRGの旗艦ヒリュウ・轟で産
声を上げた。
第十七話に続く
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