互いの陣営が戦闘準備を終えたのはほぼ同時だった。母艦を中心にそれぞれの戦

 力を展開する。マザーバンガードの方は言うまでもなく多種多様で統一性に欠け、

 スフィンクス級の周辺は見事に同型の量産機で囲まれていた。いや、二種類の機体
 
 が存在するようである。それを目ざとく発見したのは住井であった。

 「ん…? サイクロプス…にしては随分ごついな。新型か?」

  住井は愛機のコンソールで、敵機体の情報を照合する。結果は該当なし。但し、

 同型、或いは上位機種と推測される機体のデータが一つ上がっていた。確認するま

 でもなくそのデータの呼び出しを行う。照合されたデータは――サイクロプス。

  ラプターシリーズの中でも接近戦に特化したタイプで、主に上半身と両腕を強化

 外装甲でカバーした機体である。だが、照合されたデータに比べ、現在目の前に展

 開されている機体は一回り大きく、従来のタイプよりもパワーアップされている印

 象を受ける。

 「住井よりブリッジ。敵は新型を投入してきているようです、データを転送します
  ので分析をお願いします」

 『了解です』

  データ転送を行い、住井は眼前の敵を見据えた。青い地球をバックに、数十個の

 黒い点が目に映る。その全てが敵だ。

  住井の乗る機体は倉田重工で開発されたガンダムの発展機である。黒と青のツー

 トンカラーでフレームはνガンダムをやや小型にしたようなデザイン。一機のMS

 に乗せるには十分すぎるほどの情報収集、分析能力に優れている。戦闘能力は基本

 的な武装に加えて、エネルギーの調整で威力の変わるVariavle・Dist

 anceランチャーを装備している。機動力重視でミノフスキーフライトも積んで

 いる為、重力下でも飛行しての高機動戦闘が可能。すでに自分の前面に立っている

 近接重視のMS、リファインガンダムエピオンを駆る留美とコンビを組む事が多い

 為、彼は後方からの情報支援と援護射撃が主になっている。

  目立つ役割ではないが、欠く事は大きな戦力ダウンを意味する。そんな彼の機体

 の名は――シェイド。

  陰の名を与えられたガンダム、シェイドガンダム。自身は日の目を見ずとも、勝

 利という太陽を拝む為、奔走する住井の愛機。

 「七瀬さんー、あんまり突っ込みすぎるなよー」

 『わかってるわよっ!』

 「この間みたく、近づきすぎたからって何も敵をまとめて投げ飛ばしたりしなくて
  いいからなー」

 『う、うるさい! ………って! ちょっと住井! オープン回線で何言ってんの
  よ、アンタはぁぁぁぁぁ!!』

  留美の叫びに混じって他のパイロットの失笑が漏れる。前言撤回、どうやら多少

 は日の目を見たいようだ、彼も。そんな一悶着の後、戦艦から何かが射出された。

 その反応を見逃すほど住井はお調子者ではない。

 「……地球に向かって何か撃ち出したか……っ!?」

  ここからでは距離が遠すぎる、目視で確認するにも遠すぎる。

 『ちょっと! 今あの戦艦何か撃たなかった? 七瀬、見えた?』

 『す、すみません、ひかりさん。あたしの位置からもちょっと…』

  どうやら自分以外にも感づいた者がいたらしいが、確認は出来ない。一応レーダ

 ーの反応を確認してみる為、住井は別のコンソールを上げつつ、敵の動きにも配慮

 する。

  多重思考――人間の頭は本来複数の事柄を同時に処理するようには作られていな

 い。しかし、住井はまるで別人が頭の中にいるかのように別々の事柄を並列処理、

 しかも極めて高速に行う事が出来る。戦闘をしながらも情報を集め、敵を撃破しな

 がら得られた情報を整理する。文字通り一人で二人分の戦力として考えられる、彼

 を特務部隊は見逃さなかった。

  そしてそんな彼が使いこなすこの機体もまた――

 「大型のOFを射出してるな。ちっ、この部隊はそれの時間稼ぎか」

  彼の期待に答えられるほどに優秀だった。住井は得られた情報を簡潔にブリッジ

 に転送する。戦いの最中でありながら、情報を処理するというおよそ危険行為を彼

 はスリルとして認識していた。だから単純に敵の殲滅を行うだけの今回のような任

 務は――

 「――少し退屈だな」

  彼には物足りないようだ。



エクシードブレイブス 第19話


銀色の稲妻




  スフィンクス級から撃ち出されたのは拠点壊滅用の広範囲攻撃武装を装備した大

 型のOF、テンペスト。フレームランナーのボルケスは見る見る近づく地球を見な

 がら微笑を浮かべていた。これから目の前で繰り広げられる殺戮に心馳せて。

 『ボルケス、様子はどう?』

 「ファイナか、良好だ。このまま、大将の反応を探して合流する」

 『そう。私達はしばらく交戦した後、周辺で待機しているわ。イサイル様が帰還な
  される時には連絡を』

 「アイ、アイ、マム。まあお前さんも楽しむんだな」

 『貴方の趣味に付き合わせないで。楽しむ為の殺しなんて私はしないわ』

 「おいおい、そういう意味で取るんじゃねえよ」
 
  ボルケスはくっ、と失笑を浮かべた。何が気に食わなかったのかファイナは徐々

 に不機嫌になる。モニター越しに見ても判るほどに。

 「俺は結果を楽しむが、お前さんは過程を楽しむ。そういう事だ」

 『……言いたい事が判らないわ』

  ファイナの口調がおざなりになる。ボルケスに自分の知らない何かを見透かされ

 ているようで不機嫌さが増したからだ。美人ではあるが、少し顔立ちが幼いせいか

 視線が鋭くなっても相手を怯ませるには至らない。最も、並の女性でボルケスを怯

 ませられるかは怪しいが。

 「まあ、俺がとやかく言うことじゃねえか。それじゃあ大気圏に入るんで通信を切
  る」

 『ええ、せいぜい調子に乗って足元をすくわれない事ね」

  ボルケスの返事も待たずにファイナは一方的に通信を切った。そんな態度にボル

 ケスは腹を立てるでも、愚痴をこぼすでもなく一言――

 「自分が見えてない、ってのはつまらねえ事だぜ。折角のいい女が台無しだ」

  届くはずのない言葉は、テンペストと共に青い星地球に吸い込まれて消えていく。

 その背後では戦闘が始まった事を告げる、光と銃弾のすれ違いが始まっていた。

 「始まったか。無人機相手の戦いなんざ物足りねえだろうに」

  口元に浮かぶ笑みは残酷で。この男にとって戦いとは、

 「――血と悲鳴の上がらないモノに銃弾をぶち込んだってつまらん。そんなものは
  訓練と変わらねえ。返り血を浴びない相手に刃を叩き込んでもつまらん。そんな
  ものは人形を斬るのと変わらねえ。さて、ちっとは楽しませてくれるんだろうな、
  地球人」

  そういうものらしい。狂気ではなくあくまで自らの意思で。血と硝煙の匂いが、

 ボルケスの求む物。悲鳴が己の琴線を震えさせ、血が枯渇した飢えを満たす。ごく

 自然にボルケスが望む物。『暴風』が、今、地球に舞い降りる――。


 
 


 「距離をとって! 囲まれたら不利よ!」

  雪見は味方のカバーに回りながら、周囲のラプターをけん制する。グラビトンラ

 イフルを構えたディープスノーが銃身を次々と別のラプターに向けて放つ。重力波

 を圧縮した紫の光がラプターの手足をもぎ取っていく。撃ち抜く、というレベルで

 はない、重力波は乱雑に荒々しく抉り取るように敵の機体を破壊していく。それは

 ビームのような「通す」だけではなく着弾点の周囲ごと根こそぎ奪っていく。

  散開したラプター達は長距離から一気に間合いを詰めてくる。ラプターにしろサ

 イクロプスにしろ、近接重視の機体である。無人機には一定のパターンが存在する

 為、どうしても攻めは単調になる。それをカバーするのが物量である。

  一機の有人機に対し、複数の無人機をぶつけるのがセオリーだ。だが、近接重視

 のラプターとサイクロプスでは、まず近づけなければどうしようもない。それが判

 っているので、デュランダルの面々は出来るだけ遠距離から数を削るべく散開した。

 無論、近接戦闘に特化した、石橋、ひかり、留美の機体はその限りではないが。

 「ええいっ、群がってくるだけうっとおしいってのよ!」

  エピオンのビームソードが眼前のサイクロプスを強化装甲ごと、一刀の元に切り

 伏せた。その鮮やかで迷いない太刀は見事と呼ぶに相応しい。

 「まだまだっ!」

  しかし留美の叫びが、エピオンの攻撃がまだ終わりではない事を告げる。左上か

 らまるで獲物を狙う蛇の如く伸びるヒートロッド。一直線に伸びたヒートロッドは

 ラプターの胸部を無碍もなく貫く。しかし、そのままヒートロッドは伸び続け、く

 るくるとラプターを絡め取る。すでに中枢部を破壊されたラプターが動くはずはな

 いのだが。

  ここに、イレイザーの有人機がいればそのパイロットは疑問に思うだろう。破壊

 されたラプターをわざわざ絡め取る意味を。その答えはここにある。

 「邪魔よーーっ!!」

  留美が吼える。その怒号、もし聞こえていたならば敵パイロットを怯ませるには

 十分だっただろう。それだけの威圧感が彼女にはあった。しかもあろうことかエピ

 オンは絡め取ったラプターごとヒートロッドを振り回す。ヒートロッドの部分もさ

 ることながら、絡め取られたラプターが周辺のサイクロプスを薙ぎ払う。まるでモ

 ーニングスターを振り回しているかのようだ。気持ちいいくらいにラプターが、サ

 イクロプスが、かつて同志であった機体に飛ばされる。

  もしも有人機でこれをやったのならば、誰もがそのパイロットに同情したくなる

 ようなある種恐ろしい攻撃である。その攻撃はやがて耐え切れなくなったラプター

 がバラバラに分解された事で終りを告げた。

  旋風の暴帝に巻き込まれた周辺のラプターは無数の残骸と化していた。サイクロ

 プスも稼動していると言えど、五体満足な物はない。ヒートロッドをしまい、ビー

 ムソードを片手にエピオンは、生き残りのサイクロプスに迫る。ここまでの一連の

 動作に、思考のタイミングはない。留美は次の手を瞬時に用意する。相手に考える

 隙など与えぬ、己のペースに持っていく。不退転の覚悟を常に秘める攻め重視の必

 殺剣。無人機であろうと、有人機であろうと、敵が脆弱であろうと、強大であろう

 と。

 ――勝機が見える限り退かぬが、七瀬留美の剣――

 「あたしの前に立つな!!」

  留美の叫びに呼応するかのように、両手に持ち直したビームソードを袈裟斬りに

 振り下ろすエピオン。その太刀筋は留美のように真っ直ぐで澱みがない。

  爆発音を背にエピオンが駆け抜ける。サイクロプスを撃破したことは語るまでも

 ない。しかし、敵は質はともかく量は多かった。次の敵がまた目の前から迫る。留

 美は無言でまた、次の敵を落とす為に剣を取る。

  それは、彼女がいかに優れた剣士であるかをどんな言葉よりも雄弁に語る。そん

 な彼女のエピオンの傍を、二機のOFが横切った。

 「なっ!? ちょ、ちょっと何の冗談よ!?」

  留美が叫びたくなるのも無理はない。二機の間の距離は一定。しかし、戦場をま

 るで縦横無尽に駆けているのだ。上下左右天上天下、360度全てが戦いのフィー

 ルドである宇宙において、敵も味方も気にせずに、眼前の敵だけを見据えて高速で

 の戦いなど、およそ正気ではない。

  先程一瞬だけ捉えた、留美が見覚えのある機体それは――



 「――っ! 速い! 追いつくので精一杯…!」

 『やるわね、本気のライトニングに離されないだけでも立派なものよ』

  しかしそんな言葉を賞賛としては受け取れない。真理奈は唇をかみ締め、その言

 葉を無視する。ほんの一瞬でも目を離せば、距離が開く。追いつけない、という事

 は離されればより距離が開くのだ。しかもただの追いかけっこではない。互いに、

 中距離か遠距離に適した武装を持ち、同じような速度を持つとなれば射撃戦になる。

  スピードで翻弄された方が負けだ。二人は互いにそう認識した。

 『…貴女もよくやるわ。一人で私を抑えようなんて』

 「…あなたの援護射撃は怖いですから」

  そう、ファイナはこの高速をもって、無作法に動く無人機達の合間を縫って攻撃

 してくるのだ。連携を取り合った有人機ならいざ知らず、眼前の敵を倒す事のみを

 優先する無人機の行動など、パターン化は出来るため容易い。しかし、ここに変則

 が加わったらどうなるだろうか? 即ち、無人機の間を縦横無尽に駆け抜け、適確

 に敵機を狙い撃ってくる有人機がいたとすれば?

  ともすれば、自らの射撃で無人機を落としかねないような隙間から、ファイナ

 は的確にデュランダルの面々を攻撃してきた。その射撃は実に正確で、その一撃が

 致命的なものもあれば、その射撃によって難なく避けられたであろうラプターの一

 撃を回避できなかったものもいた。このままでは追い詰められる、そう感じた真理

 奈は単身、ファイナの駆るライトニングに特攻をかけた。機動力、射程、近くで対

 応出来るのは自分だけ。そう分析した後の真理奈の行動は早かった。

  自身もラプターやサイクロプスの間を抜け、小賢しく立ち回る雷光の如きOFを

 追う。その意図にファイナも気づいたのか、挑発的な動きでライトニングを動かし

 アルテミスを翻弄する。そして現在に至る――という訳だ。

  二人の機体の残した軌跡は本当に無茶苦茶だとしか表現の仕様がない。スラロー
 
 ム、ループにジグザグ。加えてその軌道が戦場の真っ只中に残されているのだから

 言葉もない。

  にもかかわらず、アルテミスはクレッセントから光の矢を、ライトニングは右手

 のライフルから閃光の弾丸を放ちあう。どこの戦闘機のドッグファイトだと声を大

 にして言いたくなる高速戦闘であった。

 『けれど、いつまで続くかしら?』
   
  ファイナの嘲笑と同時にライトニングのライフルからビームが放たれる。間を置

 かずに連続して撃ち出されたビームは、アルテミスの進路上にまで及ぶ。

 「いつまででしょうね! あなたが落ちるまで続けるつもりですけど!」

  しかし、間一髪で軌道を直角に変更し今度は逆にライトニングを包囲するように、

 アルテミスは光の矢を連続で放つ。こちらも神業、急激な方向転換をしつつも目標

 を見失わず撃つという離れ業をやってのける。もうすでに技量というよりは相手に

 付いていくという意地のようなものだけが、真理奈を突き動かしていた。

  そんな状態で放たれた矢は、やはり紙一重でライトニングを掠めることなく宇宙

 の闇に消える。もう何度同じ事を繰り返しただろう。一歩気を抜けば、すぐさまあ
 
 の矢が自分を貫くだろう、という事が判っていながらどこか冷静になりきれない、

 自分がいる事にファイナは気がついた。

 (……何だ、この妙な高揚感は…?)

  その問いに答えを出すものはない。だが、その疑問、本当にそれを考えた僅かな

 時間が命運を分けた。

 「とった!」

 『…な…っ? しまった…っ…!」
  
  思考に気を取られた僅かな隙が、アルテミスに十分な攻撃準備時間と距離を与え

 た。単調な射撃程度の攻撃ならいくらでも防げたが、相手の武器である弓を見れば
 
 その攻撃が必殺に値する事は瞬時に理解できた。螺旋を描く光をまとった眩い一矢。

 エネルギー、速度共におそらく先程まで自分が知る攻撃とは比べ物にならぬだろう。

  だが、それで諦めに入るほど――

 『だが…まだ甘いっ!』

  ファイナは安い女ではなかった――

 「えっ? それはっ!」

  ライトニングは近場に浮遊していたサイクロプスを徐に掴むと、アルテミスに向

 かって放り投げた。一瞬真理奈は思考する。避けるか、撃つか。避ければ狙いが無

 駄になる、そう考えて真理奈はトリガーを引く。

 「スパイラルピアース……いってぇっ!!」

  アルテミスの右手から矢が離れ、クレッセントは螺旋描く閃光の一矢を解き放つ。

 刹那の瞬きの如く放たれた一閃は、あっさりとサイクロプスを貫き、それでも尚勢

 いは止まず、その向こうにいるだろうライトニングを仕留める――はずだった。

  光が通り過ぎた時、その黄色の機体は健在だった。無論無事とは言い難い、右腕

 がごっそり抜け落ちている。だが、直撃は避けたのだ。あの速度、あのタイミング

 と距離ではどうあっても回避不可能だった攻撃をライトニングとファイナは避けて

 見せたのだ。
 
  貫通力のあるレーザーを上回るような一矢がサイクロプスを貫いた事で衰える筈

 もない。では、ライトニングに回避させたのは一体何か?

  真理奈が一瞬だけ取った思考の時間である。真理奈はおよそ秒という単位がつけ

 られないほどの時間だけ、タイミングがずれた。そう、サイクロプスを見た瞬間に

 『迷った』からだ。ほんの取るに足らない一瞬だ。だが、戦場では時としてそんな

 瞬間が命運を分ける事がある。それが今だった、ただそれだけの事。

 『……怖い切り札。手に汗を握ったのは何時以来かしらね?』

  それでも相手に対して恐怖を悟られないよう、虚勢の笑みを浮かべながらファイ

 ナは何とか言葉を返した。真理奈は千載一遇のチャンスを外した悔しさからか、咄

 嗟に言葉が出ない。アルテミスとライトニングの周囲にもう敵はいない。元々視界

 に見えてはいなかったが、少し戦闘区域からは離れたようだ。そしてどちらもすぐ

 に動けない。互いに互いの事情で動けなかった。アルテミスは大技を使用した後の

 硬直で、ライトニングはランナーがまだ生を実感しておらず固まっている。

  実際ファイナが汗をかいたのは手だけではない。背中には冷や汗をかいているし、

 僅かに足だって震えていた。当然だ、あの光の矢の向こうに自分の死が見えたのだ。

 死を恐れるのは生物の本能。理性で押しとどめるのも限度がある。

  手の震えが止まる。レバーを手に取る。その動作が見えたはずもない、ライトニ

 ングが動いたわけでもないのに――真理奈はライトニングが動くと直感した。

 「させないっ!」

 『遅いわね!』

  接近と同時に、クレッセントからのけん制の一矢を放つアルテミスと、それを悠

 々と回避し、上昇するライトニング。アルテミスはそのままライトニングの後を追

 うように進路を変えた。最高速に達するのは初動が先だったアルテミスだったが、

 二人がほぼ最高速に到達すると、やはり先程と同じようになる。

 (……可笑しい。私は今この状況を楽しんでいる)

  自分が死に近づけたからか、生を勝ち取れたからか、或いは全く別の理由か。ど

 れかはファイナには判らない。だが、あの瞬間、アルテミスから放たれた死の宣告

 を逃れて自分が生きている、とわかった瞬間、声を高らかに笑いたかった。心の内

 から湧き上がる高揚感に身を任せてしまいたかった。何だ、この気持ちは何だ。

 『…くす…』

 「……っ…!」

  その薄ら笑いに真理奈は背筋が寒くなった。目の前の敵が怖いと感じるのは一度

 や二度ではないが、今回はその比ではない。気を抜けば恐怖心からすぐさまライト

 ニングを追うのをやめてしまいそうになる。

  駄目だ。

  駄目だ。

  駄目だ。

  心を必死に奮い立たせる。目の前の敵から目を背けるな。恐怖心に抗い、真理奈

 は閉じたくなる目を無理やりライトニングに向ける。

 『……あら。全滅か、強いわねデュランダルは』

 「え?」

  気がつくとライトニングは周囲をデュランダルの機体に囲まれて停止していた。

 何時の間にこちら側に戻ったのか、真理奈もよくわからない。

 『佐伯、無事ね!?』

 『よかったー、真理奈ちゃん心配したんだよ?』

  ひかりとあゆの声を聞いて、真理奈は今、心底ほっとしていた。やはり自分一人

 で暴走するものではない。それがよくわかった。

 『……やはり侮れませんね。デュランダル』

  ファイナのその口調には嘯いたものはない。むしろ押し隠した敵意が見られる。

 侮っていたつもりはないのだろうが、こうも短時間で自らの部隊が敗れたとなれば

 相手の認識を改めなければならない、と言ったところだろうか。

 『さあ、どうするのかしら? 貴女一人でわたし達を相手にする?』

  不適なまでの雪見の挑戦だったが、そんな彼女に臆することなくファイナは答え

 る。

 『いいえ、折角ですが私はこの辺で失礼させていただきます。貴女方も私を追って
  いる余裕はないでしょう?』

 『えっ!?』

  ファイナの言う通り、デュランダルの当面の敵はRGと、その脅威から地球を守

 ることだ。イレイザーを追って、地球から離れるわけにはいかない。

   だが、そんな理屈以前に、彼女を追えぬ理由が突如として湧き上がった。そう、

 文字通り湧き上がったのだ。耳障りな音をきっかけに。
 
 『えっ!? なに?』

 『なんだ、カメラが……』
 
  一瞬、ほんの一瞬だった。その場にいる機体が皆、動揺とも取れる無意味な四肢

 の動作を行った。視界が、正確にはカメラに妙なノイズが入ったのだ。どうやらそ

 れは敵のファイナも同じらしい。

 『な、何あれ……!?』

  それはあまりに唐突で非常識な光景だった。地球という球形の皮を突き破らんと、

 何かがせりあがってくる。いや、そんな馬鹿な現象が存在するわけはない。住井の

 機体は、すぐさまその原因を感知した。

 『空間歪曲反応……!? いや、違う、なんだこの異常な空間干渉は?』

 『ちょ、ちょっと住井! あたし達にもわかるように説明しなさいよ!』

 『………何かが出てくる。それは間違いない。何かが空間に干渉して、地球から出
  てこようとしている』

  分かるのは、空間に異様な負荷がかかっていること。それが原因で、この視覚的

 に非常識な光景が演出されているということだけだ。

 『どうやら、異常事態発生のようですね。処理はそちらにお任せするわ』

  全員があっけに取られている、その隙を好機とばかりにライトニングは囲みを悠

 々突破した。

 『あ、待ちなさいよ!』

 『待て、と言われて待つ人はいないわ。使い古された台詞ですけどね』

  留美の制止も意に介さずライトニングはどんどん距離を離していく。虚を突かれ

 た形ではビッグバイパーでも追跡は不可能だろう。だが、ファイナは最後に――

 『……私はファイナ。ファイナ=カディーラル。貴女の名前は?』

 「…佐伯、真理奈」

 『そう……真理奈。貴女がそこにいる限り、私達はまた会える。次に、戦場で会う
  時は――最高の悦びの中で貴女を殺してあげる。』

  それは理由もなく心を折ろうとする笑みだった。その冷たい瞳がモニター越しで

 すら自分の心を握る。その腕の中に己の生死を抱かれたかのように錯覚する。
  
  恐怖に心が射抜かれる。怖気に心がへし折られそうになる。けれど、目を閉じた

 時に真っ先に浮かんだ「それ」が真理奈の勇気を奮い立たせる。

 「………私は…負けません……! あなたが来るというのなら、何度でも私はあな
  たを射落としてみせる…!」
  
  絶望も恐怖も跳ね除ける強い意志の宿った瞳で、ファイナの視線を跳ね返す。モ

 ニター越しのやり取りだというのに、まるで直接顔を突き合わせたかのように錯覚

 する二人だった。だが、ファイナはそんな真理奈の態度に尚も顔をほころばせる。

 『……久しく忘れていたわ。それを思い出させたのは貴女。そんな瞳をする女の子
  もいるのね、その瞳から…輝きが失われるのはどんな時かしら』

 「……あなたも…そんな人では」

 『……忘れたわ。では、また会いましょう』

  その言葉を最後に通信が切れる。決して狂ってはいない、彼女の純然たる意思の

 宿った瞳に見つめられ、真理奈は凍りついた。へし折られそうな程の強さの意志に、

 自らの意思を貫き通せたのは――遠き日の少年の姿だ。

 『……佐伯さん!? 何しているの、一旦隊形を組みなおして!』

  雪見の叫びで我に返る。そうだ、まだ終わったわけじゃない、と真理奈は息を飲

 んだ。

 「は、はいっ!」

  幸い大きく友軍機から離れていなかったので、アルテミスを移動させるのにさほ

 ど時間はかからなかった。しかし、地球の隆起は止まらない。視覚的にそう見える

 だけ、と分かっていてもその光景は大いに不安を煽る。奇術師の手品と呼ぶには、

 あまりに人知を超えている。

 「……何だ…何が来るんだ……」

 ぽつりと呟いた浩平だったが、それに答えるものはいない。だが、心臓は早鐘のよ

 うに警鐘を上げ続ける。

  やがて、地球より膨れ上がった水泡が彼らの前で弾けた。水滴が水面を打つよう

 な音を響かせて――
                             第二十話に続く

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