影が――テンペストを過ぎる。
その眼に、獲物を捕らえ三機の飛鳥が暴風に挑む。
――蒼と銀のラインを刻んだブルーライン
――派手すぎず、しかし太陽の如く輝く黄金のゴールドフレーム
――鋭利な刃、その身は敵を断ち渇望する勝利を求むエクスカリバー
少女達は、己が機体で空を翔る。
これは実戦だ。訓練ではない。しくじれば死だ。自分と言う存在を打ち消す恐怖
が付きまとう戦場だ。己のうちに恐れはある。しかしそれを克服せずして何が戦い
か。新兵が抱えるような臆病さは少女達にはない。
――何故なら、皆が皆、同じ場所、同じ立場で戦っているから――
友人がいた。方法は違えど確かに彼女は戦っている。
先輩がいた。想いは伝わる事はなかったが、代わりに得たものがある。
そして――どっちかというと目立ちたかった。割と本気で。
三者三様、全く別でいて、それでいて何処か共通項のある思いは様々な垣根を越
えて一つになる。
三機の戦闘機はテンペストの周囲を旋回しつつ、そのアームを狙いながら砲撃を
開始した。先端に取り付けられたレーザーカノンである。威力は並だが、大型の機
体に対してピンポイントでの攻撃を行うなら有効な攻撃であったと言える。
「ほ、五月蝿いハエがきやがったな、叩き落してやるぜ!」
当然、ボルケスもそんな援軍を意にも介さない。その六本のアームの狙いは正確
だ。いくら機体のサイズ差があろうと、その軌道、動きを読めば先端のビームソー
ドで切り裂く事は造作もない…!
小町のブルーラインが射程内に入る。急速な方向転換でも間に合わない、相手の
動きを完全に先読みした一撃だ。
「まずはぁ! 一匹ー!」
「いいえ! まずは一本です!」
そのままであれば振り下ろされた凶手の刃は小町のブルーラインを切り裂いただ
ろう。だが、目の前の現実は違った。確実にブルーラインを捉えたと言う事は、逆
に言えばアームの軌道は間違いなくブルーラインに向かって行くという事。
栞の駆るエクスカリバーの先端からツインレーザーが放たれる。蒼い閃光はアー
ムの根元を見事に切断した。いかにアームが脅威と言えど根元から断てば、恐れる
道理はない。
「なにぃ!? しまった最初からそれが狙いか!」
「これで二本だよぉ!」
続いて動きの止まった反対側のアームを佳乃のゴールドフレームのレーザーが薙
ぎ払う。このタイミングで更に小町のブルーラインも続けて援護に入る。
テンペスト自慢のロボットアームは一気に残り一本まで追い込まれた。互いが互
いを信頼しつつ行った見事な連携である。
「さあて雪村たちに降参する覚悟は出来ましたか?」
すっかり勝利を確信した小町達は相手を威嚇するように、しかし決して油断はせ
ずテンペストの周囲を飛び回る。
(そろそろ潮時かねえ…)
「そうだなあ…覚悟は出来たな」
「へ? い、意外と素直と言うかなんというか…」
飛び出した台詞が意外だった為、張っていた緊張感が微妙に緩むのを感じた小町。
しかし――
「小町さん! 急速旋回して下さい、危険です!」
栞の叫びが小町を反射的に動かした。瞬間テンペストの本体から巨大な砲門が現
れた。内蔵されていた武器らしい。
「まずい! 皆、射線軸から避けろ!」
信哉の合図で、その場にいた他の機体もテンペストの直線状の位置から離脱する。
それと同時にボルケスの雄叫びが響いた。
「それではこれよりテンペスト大暴れしていくとするか! 大将にどやされる覚悟
も出来たしなあ! あーはっはっは!」
ブルーラインが数秒後に飛び込んでいたであろう空間に、極悪な紫のレーザーが
放たれ空を裂く。斜線上にあった建物は崩壊の渦に飲まれ、抗う事許されず塵と化
す。テンペストの本体に内蔵された大砲門波動砲。直線距離上にいた場合、果たし
てマミーを展開したクラウ・ソラスでも満足に生き残れたかどうか――
これがボルケスのもうひとつの楽しみである。勝利を確信した相手を、隠してい
た切り札で驚愕の後に倒す。少々歪んだ勝利の味を占めているボルケスには、これ
こそ戦場の至高の楽しみと疑わない。
「ふふふ――それで勝ったつもりですか。お笑い種ですね」
だが――今回ばかりは相手が悪かったかもしれない。
エクシードブレイブス 第25話
超絶合体! ミラクル3発進!
それは、そもそも戦闘機と呼ぶには大型だった。ボルケスはその違和感に気づく
べきだったのだ。いや、気がついたところでどうにもならなかったかもしれないが。
「さあ、行きますよ二人とも! ミラクルフォーメーション!」
「金色の光をその身に宿した…」
「戦う力を今ここにぃ!」
三機の戦闘機が並ぶ、その飛行はいつしか足並みを揃え、まるで集いあう三本の
光のように交じり合い一つになる。ブルーラインが手足となるならば、ゴールドフ
レームはその金色の身体を作り上げる。エクスカリバーは文字通り敵を滅す剣とな
って、巨神の武器となる。
「合体! ミラクル3!」
銀腕と金色の身体に、強大な剣を持った武神がそこに存在していた。それは元の
戦闘機から想像もつかない――というかどういう変形をしたらそんなになるんだと
主張するようなロボットへと変貌していた。
「ほう、合体機か。中々面白いモン作ってるじゃねえか」
少なくとも大きさではテンペストに引けを取らないようだった。もっともその程
度で怯むようなボルケスではないが。
「合体成功! 各部異常なしだよぉ」
「でも、出力が上がってませんねー。幾つかの武器が使用レベルに達してません」
佳乃の言うとおりコンソールにはオールグリーンの表示があるので、ミラクル3
合体自体は上手くいったのだろう。しかし無理を押して出撃した為、小町のコンソ
ールには幾つかの兵装が使用不可と表示されていた。出力も予定の7割程度しか出
ていない。
「ふふふ、その程度は問題ではありません。今あるものを最大限に利用すれば、あ
んな大クラゲの一つや二つ、私たちの敵じゃありませんよ!」
しかし栞はノリノリでテンペストに向かって行く。戦闘機ほどの敏捷性はミラク
ル3にはない。しかし、栞はその状況を理解した上で、テンペストを恐れるに足ら
ないと豪語した。すさまじいまでの自信家っぷりである。
「ミラクルキャノンセットアップ! 小町さん狙いは任せますよ!」
「はいっ、雪村にお任せです!」
ミラクル3の肩にショックアブソーバーを兼ねた台座が現れる。背中から四連の
砲門のロケットランチャーがゆっくりと移動し、重厚な金属音を立てて台座にセッ
トされた。
「ゾンビにぶっ放すだけが使い道じゃないんですよ!」
「伊達に四連になってる訳じゃありません!」
「後、ぬるゲーマーって言っちゃダメだよぉ!」
なんというか色々危険極まりない発言で放たれるミラクルキャノン。それは、旧
式の四連式のロケットランチャーだ。対大型兵器用に改造された大砲門のもので、
直撃すればかなりの威力を見込める代物である。
初弾点火時から一気に最高速まで到達する高速砲は目に留まらぬスピードで、ク
ラゲ、もといテンペストを穿つべくその牙を剥き出しにして襲い掛かる。
(ちぃっ、この角度じゃアームが届かん!)
ここに来てアームを落とされたことが仇となったボルケスはその凶悪な砲弾を避
けることも出来ず、テンペストは爆炎と衝撃によって吹き飛ばされる。あの質量の
OFを吹き飛ばすほどの威力である。当然、周囲にもその余波は生じた。
土砂を巻き上げ、テンペストを中心に波紋が広がるように砂塵が舞い上がる。
「うおおっと!? おいおい、どういう威力だよありゃあ」
風圧に機体を揺らされた山彦が驚愕がそれとも呆れているのか微妙な感想を口に
した。
「なんていうか…怪獣対怪獣って感じだなあ」
「……大クラゲVS金色巨人…くす」
もはや言葉もないといった感の漂う信哉と、何か想像したのか微笑をたたえる美
凪を他所に、栞達はますますヒートアップしていく。
「出力が不安定なら尚更時間はかけられません! 小町さん、佳乃さん! アレで
一気にケリをつけますよ!」
「やっちゃいましょうー! ってえええ!? アレですか!? アレってほら、そ
の色々と危ないから別のにしようって…」
「小町さん、時には恐れず突き進む勇気も必要なんです。今がその時です」
「し、栞さん? 目が怖いんですけど?」
「何言ってるんですか。ほら、鏡の中には美少女しかいませんよ」
「え、ええ!? ここでそんな台詞が飛び出すんですかー!? 雪村ちょっとカル
チャーショックですー!」
「大丈夫、今、啓示が届きました。神も恐れず突き進めと」
どうしたものか。少女達を止めるものはもはや神ですら温いらしい。何かを極め
ると言う事は、何かを捨てるという事なのか。そんな周りの不安を他所に、栞は手
元のボタンをこれでもかと言わんばかりにノリノリに押した。
――コード認証 エクスカリバー近接フィールド展開――
栞の搭乗していたエクスカリバーは他の機体よりも頑丈、およびシャープに作ら
れている。ミラクル3合体時に巨大な長剣として利用するからだ。その為合体時に
は栞がメインコックピットに入ることになる。
コックピットを離脱したエクスカリバーはその名の通り完全な武器となる。出力
が不安定ゆえ、最大出力は出せぬがそれでも攻性の「EX・フィールド」を展開す
ると全てを寸断する最強の近距離兵器となる。
物質同士が繋がりあおうとする分子の結合そのものから寸断、すなわち分子分解
の特性を強く引き出す性質のフィールドをミラクル3のジェネレーターより出力す
る事で、エクスカリバーは巨大な分子剥離兵器となるのである。もちろん、特性を
強く引き出す、というレベルなので短時間での分子分解が可能なわけではないが、
通常兵器を遥かに凌駕する切れ味は保障される。
「さあ、約束された――」
「ダメー! 栞さん、その台詞は色々と拙いですからそれだけはやめましょう。後
生ですから、雪村に切腹させないで下さい! ハラキリー!」
「むう、小町さんは意外と細かい事を気にしますね。ねえ、佳乃さん?」
「うん、ポテトも気にしないのにねぇ?」
「ぴ、ぴこ?」
おいおい、そこで俺に振るのかよ? という視線を佳乃のコックピットにいたポ
テトは送るが、恐れるものなき美少女達にそんな視線は通じない。割と良識が残っ
ていた小町を除いて。
「さあ、ミュージックもかかって盛り上がってきましたよー!」
「ひいい! 脳内でもギリギリのBGMをかけないで下さいー!」
「どうして私の脳内のBGMが小町さんにわかるんですか?」
「わからいでかー! というかノリと勢いが信条の雪村さんでもそんな怖い事でき
ませんっ! CM! CMはまだですかー!」
「嫌ですねえ、こんな盛り上がってきたところでCMなんて。売れないバラエティ
じゃないんですよ? 今は生きるか死ぬかの戦場ドキュメンタリーですから」
「変なところで現実的です!?」
「金色の勝利を掴みに――行きます!」
「ああ、もう何かなし崩し的にー!」
もはや周りそっちのけで盛り上がりつつあるミラクル3の面々は、それでも最後
にキメるべき時は見誤らなかった。その銀腕が金色の光に包まれた長剣をずしりと
構える。背面のブースター、脚部ブースターを全開にし、高速でテンペストに迫る!
その速度、その迷いの無さがミラクル3の速度を倍化させた。回避するには間に
合わない。迎撃には――波動砲をチャージする時間がない。
「くっ…野郎ぉぉぉぉ!!」
「美少女に野郎なんて使わないで下さいっ!」
ツッコミどころはそこではない――そんな台詞が一同の頭に浮かんだ。ミラクル
3はテンペストの間合いに一気に入り込んだ。瞬間、振り上げられた剣が光の線を
刻む。
――振り下ろされる斬撃は避けるほか無し。
物理的に受けるのは自殺行為。かといって分子剥離を引き起こすフィールドに対
しては張ったシールドを『維持』するのではなく常に秒単位での『作成』、すなわ
ち張り直しを行うしかない。
一方的に相手を防戦に追いやれる金色の剣は、まさしく振るわれれば勝利の一撃
となる。もっともそれは当たれば、という前提の話なので作成者である聖博士は、
あまり重要視していなかったが、栞はこの武器をいたく気に入っていた。
「いっけぇぇぇぇ、しおりんー!」
「ぴこぴこー!」
小町の心配など何処吹く風で、佳乃とポテトは声援を送る。それに応えるのか、
エクスカリバーは速度を緩めずテンペストを両断――
「っどらああああああ!!」
には至らなかった。
雄叫びを上げながらボルケスは強引にテンペストの向きを変え、残っていたアー
ムで僅かにミラクル3の腕を外側へ押し出したのだ。そう、エクスカリバーは直線
での攻撃しか出来ない。威力はあれど、当たらねば意味がない。しかし、それでも
テンペストの一部分は見事に両断された。全体の三分の一くらいは削れたのでは、
ないだろうか。
「くっ、まさかここまで一発逆転を狙うとは…あなどれませんねクラゲのパイロッ
ト!」
「嬢ちゃん達にやられっぱなしって訳にはいかねえからな。しかし、残念だ。こっ
から反撃、と行きたいがどうやらお迎えが来たらしい」
「えっ?」
栞がきょとんとすると、テンペストのさらに後方に一機のOFがいた。その姿、
信哉達は忘れようはずもない、あの機体の姿だった
「オシリス…イサイルか!」
「やあ、すまない信哉。やる気を出しているのはいいんだが今日は戦いに来たわけ
じゃないんだ。用件はわかるね、ボルケス?」
「へいへい、ちーっと調子に乗りやした。悪いな大将」
とても上役に対してするような謝罪ではなかったが、イサイルはそんな事は気に
しなかったようだ。というよりもそれがボルケスとイサイルの関係を示しているよ
うにすら、周りの者たちは感じたのだった。
「いいさ、君が何もせずに合流してきたらそれはそれで不気味だ。さ、行くよ。手
配は済んだ。後は確認だけはしておかないとね」
「イエッサー、そういうわけだ嬢ちゃん達。決着はまたの機会に――な」
そう言うとテンペストとオシリスは去っていった。その後姿に誰も追撃を行おう
としない事に、
「ちょ、ちょっと皆さん。どうして追いかけないんですか!?」
「いや…この状況じゃ…なあ」
山彦は下の惨状を見る。人的被害はおそらくないだろうが、御剣重工の関係者が
集う市街地は見るも無残な状況である。流石にこれを放って追撃とは行かないだろ
うし、
「それに、あのOF…結構ヤバイらしいからな。深追いは禁物って奴だ。なあ、緋
神?」
「……ああ。何もしないで帰っていっただけに不気味だったな」
それも追えなかった理由のひとつだった。どちらにしろ、たださえ相手にならな
い相手に、満身創痍のクラウ・ソラスで挑めるわけもないと理性で押し留めたに過
ぎないのだが。
「…そういえば…先程のAMはどうしたのでしょう?」
「そういえばいつの間にか奴らいなくなっているな。離脱したのか?」
美凪の言葉に牧島が周囲を見渡すが、少なくとも当たりに反応は無かった。静か
な戦場の跡に、風の音が響くのみである。
「戦闘に紛れて逃亡したんだろう。一応、状況を把握する事も出来るみたいだな」
信哉の言葉に一同は頷いた。
「さあ、引き上げよう。戦場の片付けもしないとな」
――ノア・プラチナム リビング
二時間後、戦後処理を終えたアンリミテッドのメンバーは補給と整備を終え、オ
ーストラリアを離れた。今は、新しく加入した栞たちを交えて軽い談話の時間とと
いうところである。
だが、そんな穏やかな雰囲気とは対象的に、信哉は同行した聖博士と香月博士か
ら、あまり嬉しくないニュースを聞いていた。
「結論から言おう――失われた寿命を取り戻すことは出来ない。あれは、脳を通し
て、著しく生命の活動を低下させる。人間が処理するには大きすぎる情報が、負
担をかけてしまうのだ」
「兵士としての運用としてはまずまずの手法ね。――限りなく下種だけど」
二人の博士が手を尽くして調べた結果だろう、信哉は特に反論は出来なかった。
信哉はあの後、祐一が捕まえた(故意ではないが)エルファリオンと残っていたパ
イロットを調査してもらうよう二人に依頼した。そこから、メルを救出する手立て
を探ろうとしたのだ。
「戦闘をせず、適切な薬物治療を施せば延命は出来るわ。でも、何年持つかは、そ
の子の生きる意志次第。まあ、その生きる意志なんてものがあるのかが怪しいけ
どね」
「そのパイロットはどうなりました?」
「…さっき息を引き取ったわ」
「……!」
「そんな顔しないの。相沢があのサンプル捕まえてこなかったら、そのメルって子
も対処できずに死んでたのよ」
「……くそ…!」
「どうする? アンタは、それでもそのメルって子を救うの?」
香月は試すような視線で信哉に問いかける。その問いに迷うべき答えなどあるは
ずもなかった。
「ああ。エルファリオンのコックピットから引きずり出せばいいんだろう? クラ
ウ・ソラスならやれる」
「どの道、その子に救いはないわよ?」
「それでも――僅かな時間でも望んだ時間を与えられる。自由を」
そうだ、少女はいつだって信哉に言ったのだ。知らない外を見てみたいと。つた
ない言葉で、口数が少なかったメルだが、自分の気持ちを偽る事はなかったのだ。
「俺の自己満足でいいんだ。死なせてやるのが彼女の為だ、なんて結論は認めない。
短かろうが長かろうが、人はその命を最後まで生きる権利は認められるべきだ。
それは――誰もが同じ事でしょう?」
誰も自分の寿命を正確に知らない。助かる事がない病状だから、そういった理由
で知ることはあれど、誰もがいつ訪れるか解らない死に恐怖を抱く。
「ま、それがアンタの結論ならいいんだけどね。やりたいようにやればいいんじゃ
ない?」
「言われなくてもそうしますよ」
そんな意見に香月は反対も賛成もしなかった。元々彼女は研究者だ、実験に生物
を使う事も、当然ある。ゆえにアザゼルのやった事を絶対悪とは糾弾できない立場
にある。ただ、やり方だけを単純に見たら、下種だと彼女ははっきり言い切るだろ
う。自分ならそんな無駄に犠牲を生まないと、一人の犠牲で十人分の成果を出して
みせる、と。
「私の方でも出来る限りバックアップはする。だから、緋神君、君は思った方法で
その少女を救いたまえ」
「ええ、ありがとうございます、聖先生」
その信哉の笑顔には何の迷いもなかった。外を望んだ少女を救う、短い命ならそ
れに余るだけの幸福を彼女に与えてやる為に。
「ええーっ、栞ちゃんその背中なに!?」
突然、リビングから聞こえてきた叫び声に、聖の目が見開かれる。そして、聖は
血相を変えてリビングへと走っていった。
「何かあったのかな?」
よくは分からないが、『興味ないな』とか放置できるほどクールでもない。人並み
の野次馬根性で、なし崩し的に信哉もリビングに向かう。
「ああ、これ私の持病なんです。高機能性遺伝子障害…ってまあ私のは先天的じゃ
なくて、後天的なんですけど」
と、あははと困ったように笑う栞の背にはコウモリの翼がパタパタと揺れていた。
「普段はちゃんとしまっておけるんですけど…すみません、ちょっと初陣で気が高
ぶっちゃったみたいです」
「やれやれ…美坂君、気をつけるようにと言っただろう」
「大丈夫ですよ聖先生、ちゃんと説明したらみんなわかってくれますよ」
「ふう、仕方がない。誤解をまねかないよう医師の私から説明しよう。美坂君のそ
の翼は一種の疾患でな。遺伝子の障害により、超能力を持った患者の疾患をHG
Sとそう呼ぶんだ」
聖の説明に皆が頷く。驚いたり、戸惑ってはいるが、栞の奇異の視線を向けるも
のは誰一人いない。
「聖センセー、それって念動力とかとは違うのか?」
「念動力者は遺伝子で言うならば普通の人と変わらんのでな、疾患とは呼ばない。
しかし、美坂君のような患者の場合、見ての通り背中に「フィン」と呼ばれる翼
を持つ事が特徴でね」
「はー、コウモリの翼ねえ…」
祐一はしげしげと翼を眺めた。その真剣な視線に栞はちょっとばかり悪戯心が芽
生えた。
「もう、祐一さん、そんなじっと見たら嫌です。えっちですよ」
「え、えっちなのか!? 俺変態!? 変態認定!?」
んー、と栞は口元に人差し指を持っていって考える仕草をする。
「うおおお、即否定はされないくらいにはエッチなのかああああ!!」
「……えっと、相沢さんになんて声をかけたらいいのかな?」
「しっ、観鈴見るな。あれはもう完全に堕ちた人間だ。救いようがない」
頭を抱え絶叫する祐一から、まるで汚物だから見るなと言わんばかりに観鈴を遠
ざける往人。実に仲間甲斐のない男だ。相手が祐一では無理もないが。
「そういえば気になったんだけど、栞ちゃん、後天的って言わなかった?」
「はい、そうですよ星崎さん」
「それって……やっぱり何か原因があったの?」
「ええ。まあ、ちょっとタチの悪い流行性感冒にやられちゃいまして」
ここまで饒舌に語ってきた栞の口が急に大人しくなる。その些細な変化が、場の
空気を変えた事に気がついた希望は慌てて取り繕うように、
「あ、もしかして私聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな…?」
「いえ、気にしないで下さいー。ちょっと恥ずかしい病気にかかっただけですから」
「は、恥ずかしい病気!? そ、それはもしや…ヘブロバッ!?」
暴走しかけた祐一に間髪入れずに信哉はツッコミを入れた。具体的にはグーで顔
に。だが、そんなやり取りのお陰で場の空気が気まずくなるのは避けられた。
「えっとですね、それでその時に私を助けてくれたのが、矢沢先生っていう立派な
お医者さんです」
栞がそう笑顔で語ることで周りの空気を和ませた。
「ああ、矢沢医師は遺伝子研究の権威でな。先天的な遺伝子障害の研究にも携わっ
ている。美坂君の治療も矢沢医師の指導のお陰で、私のような若輩者でも何とか
行えているのだよ」
栞の説明に聖が更に付け加える。そんな会話を交わしていたからか、次第に空気
は先程の和やかなものに戻る。
「しかし…栞の羽はコウモリねえ…何か似合ってるな」
いつの間にか復活した祐一がにこやかにそんな事を言う。ご機嫌取りのつもりな
んだろうか。
「ふふふ、祐一さん? そんな事言う人嫌いです」
「何故に!? 褒めたのに何故に!?」
「…本気で褒めてるんなら尚更性質が悪いです…」
そんなドタバタなノリで、ノア・プラチナムは次の目的地へと、戦う少年少女た
ちを運んでいく。
第二十六話に続く
お、今月は二回更新できた(その発言ちょっと待った) という訳で、ミラクル
3初登場編改め御剣重工編、これにて完です。随分引っ張りましたが、地上編第二
クールも次でラストチャプターに入ります。はい、メインキャラが勢ぞろいします。
何でこんなに長くなったんだろう。
栞は校正担当が以前書いたSSの栞をベースに作り上げてあります。その為、原
作よりはっちゃけぶりがすさまじいですが、このくらいのものは内包していると思
います。原作では表に出す機会が中々なかっただけで。雪玉に石を入れてもいいで
すか発言の辺りに、うちの栞に通ずるものがあると思っていただければ幸いです。
さて、次話からはまた新展開です。既に誰が登場するかはお分かりだと思います
が楽しみに待っていただければ作者としては嬉しいです。
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