――連邦軍基地 北アメリカ北部

  月光の下、静寂に包まれた夜を紅蓮の炎が妖しく揺らめく。夜の闇に溶け込むよ
 
 うな黒煙が風に流され舞い上がる。瓦礫の山はかつて基地と呼ばれた場所の建物の

 物で、辛うじて人型の機動兵器のものと思われる腕や脚部がそれに紛れて無残に散

 っていた。

  数時間前までは其処は正常に機能する基地であった。しかし今、その場所に在る

 のは硝煙と血の匂い、周辺を焦土と変えた炎、そして積み重なった瓦礫の山。そし

 て埋もれる死体。もはや肉片と呼ぶのが相応しいくらい血達磨の死体が、瓦礫の下

 に、或いは無造作に撒き散らされ、場所と状態は違えど共通するのは既に命の鼓動

 が失われた抜け殻である、と言う事だけだった。

 「……参ったねこりゃ。まさか北米基地を壊滅させられるとはな」

  ガーリオンの指揮官機を駆る中年の男は思わずそんな言葉を口にした。目の前の

 結果がまるで信じられない、否、目の前にしたからこそ余計に男はそう思う。

  100機近い量産型のヒュッケバインマークVを配備した連邦軍の基地の中枢の

 一つ。極東支部を除けば、連邦軍の主力と呼べる基地はヨーロッパ地区に点在する

 いくつかの基地のみである。

  それゆえ、北米基地のような多数の戦力を保有し広大なアメリカ大陸の護り手で

 あったこの基地はRGにとっては目の上のタンコブといってもいいくらい厄介な存

 在であった。

 「……値段以上の買い物だった――そう言う事か」

  ククク、と笑いを殺せず男は愉悦に浸る。その視線の先には10機の黒いリオン

 タイプのアーマードモジュール――エルファリオン。可変型AMアルテリオンのデ

 ータから発展した新型のAMで、恒星間航行を目的としていたアルテリオンとは、

 開発コンセプトが当初から違い、通常の機動兵器を遥かに凌駕する航続性能を戦闘

 に利用する事のみを重点に置かれて開発されている。

  その為、単体では火力が高めではなかったアルテリオンとは違い、単機での作戦

 行動を考慮してのバランスの整った装備、そして高機動を利用しての奇襲、急襲作

 戦下においては想定以上の戦闘力を発揮する。

  事実、闇夜に紛れてのこの奇襲作戦はこのエルファリオンの先行がなければ、限

 りなく成功の確率は低かった。たった10機、AMを投入しただけで戦局が激変し

 たのだ。浮かれるのも無理は無い、ましてそんな事態を想定などしていなかった者

 からすれば。

 「グライド大尉、基地周辺に生命反応はありません」

 「へえ、全滅か? はッ、連邦の奴らも口ほどにもねえな」

  実際グライドの率いるRGの部隊は30数機で構成される小部隊だ。ゲリラ的な

 戦闘を展開しつつ小競り合いを続けてきたが、戦渦は思わしくなかった。しかし、

 最近手に入れた『買い物』のお陰で戦局は真逆に傾いた。少々大きな口を叩きたく

 なるほどグライドは増長していた。過ぎた玩具は何時の時代でも愚者を狂わせる。

 (ふん…これなら多少の無茶も許されるだろう。上のストイックな体制にはいい加
  減飽き飽きしていたからな)

  解放戦争を掲げたところで戦争は戦争。奪い、殺し、壊すのが主役であり、理想

 など大義名分に過ぎない。地球主義の支配からのスペースノイドの開放、多大な目
 
 的の為に戦う兵士達の影に、ただ血を好み、大地に広がる苦悶の声に悦びを見出す

 者も確かにいたのだ。人はそれを戦争屋と呼ぶのかもしれない。

 「おい、いくらか補給の目処は立ったか?」

 「いえ…作戦行動前に基地からいくらかの物資は押収出来ましたが、これもさほど
  長くは…」

 「よし…全軍に伝えろ。整備と簡単な補給が済み次第、次の場所を攻める」

 「大尉…畏れながら申し上げます。我々の軍事行動の目的はサイド4事件をはじめ
  とするスペースノイドへの弾圧と不当な制度・判決の是正、そしてコードSRの再
  確認です」

 「ああ、それで? 遠回しなのは嫌いなんだよ、本題を言えや」

  グライドは部下の意見に表情一つ変えずに次を促す。男は言葉を選びつつも、そ

 の口を閉じることはしなかった。

 「しかしながら……この基地を攻撃する為だけに周辺の居住区からの略奪行為、こ
  の基地にしても降伏勧告を行わない一方的な虐殺。これは……目的に合致した手
  段なのでしょうか?」

 「うるせえなあ。お前本気でRGが勝てると思ってるのかよ。勝てるやつがこそこそ
  ゲリラ活動やると思うか? 真面目に付き合うことはない。ドサクサに紛れて奪
  うだけ奪って、終戦まで貯蓄しておくほうがずっと利口ってもんだろう」

 「な、なるほど。確かにそうですね」

 「分かったら、黙って俺についてきな」

  返事はしたものの男は納得のいく表情ではなかった。しかしここでグライドの機

 嫌を損ねれば、おそらく機体が持つ銃の引き金を引かれるだろう。その時きっと銃

 口は自分に向けられている。疑問に思いつつも彼も自分の命は惜しかったと言う事
 
 だ。

 「さあ、次の作戦に移るぞ。さっさと終わらせないとなあ、戦争は…クックック」

 「……次は何処へ?」

  尋ねる部下に、グライドは悪びれもせずに答えた。次に起こるだろう殺戮を、恐

 怖に歪み、慄くだろう人々の悲鳴を想像しながら。

 「――御剣重工とやらのオーストラリア地区の支部を襲撃し、物資を強奪する」

  その顔は下卑た笑みで満たされていた。



エクシードブレイブス 第22話


降りる暴風 迫る暴徒




――御剣重工 滑走路

  オーストラリアはシドニー。沿岸部の都市は既に大多数の市民が避難した後で、

 居住区には御剣重工のスタッフや関係者のみが住んでいる。最初のイレイザーが降

 下したのが、このオーストラリアだった事もありこの大陸にはいち早く避難勧告が

 出された。その後間髪いれずにRGの襲撃が開始された事もあり、イレイザーの襲

 撃を不幸中の幸いと見るものも少なくは無い。

  オーストラリアは高原と砂漠が占める部分も多く、機動兵器の演習や、様々なテ

 ストを行うには都合のいい環境が揃っていた事と、イレイザーが一つ所に留まらな

 かった為、御剣は早速この地区に機動兵器の生産ラインを整えた。

  当然テストパイロット達も、ここで訓練を積んでいる。今も訓練前のミーティン

 グなのかパイロットスーツを着た少女が三人で集まって話をしている。。一人はボ

 ブカットの少女で、もう一人は奇妙な毛玉のような生き物を連れたショートカット

 の少女、そして最後の一人はちょっとボリュームのあるロングヘアーの少女だった。

 どうやらボブカットの少女がリーダー格らしい。ボブカットの少女の話を聞きなが

 らしきりに頷いている様子からそれが伺える。校長先生の朝のお話、といった雰囲

 気が周辺に漂っていた。

 「いいですか、私達には単に戦う事を求められていません。抑止です抑止。戦う以
  上、命が失われる事は必然です。けれどそれを当たり前と思ってはいけないので
  す。長く続ければそれだけ多くの命が消えていく。けど、早く終わらせることが
  出来れば――結果として減る命は減るでしょう」

 「その通りでーす」

 「ピコピコー」

  ショートカットの少女と謎の毛玉の合の手に、ボブカットの少女はうんうんと満

 足げに頷く。

 「ただ戦うだけでなく、私達は戦場に咲いた一輪の花…。戦争と言う悲劇を愚かな
  事と知りながらも、己の心を痛めながら戦う…それを人は美少女と呼びますっ!」

  そんな馬鹿な、と叫びたくなるような理論である。しかし、ボブカットの少女の

 演説は止まらない。むしろ言葉で二人を取り込まんとばかりに勢いを増している。

 それは、ノンブレーキで高速道路をフルスロットルで駆け抜けるような暴走理論の

 展開だった。

 「美少女は国の宝である。どっかの誰かがそんな事を言ったとか言わないとか。ま
  あ、そんな二次元偏愛主義者の戯言はさておき、私達は幸運にも美少女を名乗る
  に相応しいヒロインたる資質を持っていると私は思います。というか確定です」

  ノリノリである。バサッ、とわざわざ肩に羽織ったストールをはためかせる辺り、

 この少女只者ではない。しかるべき設備、しかるべき場所、手段を講じれば、おそ

 らくそっち系の大きいお兄さん方を即座に下僕化出来そうなほどの過剰演出である。

 こういったのもやはりもって生まれた才能によるところがあるのだろう。

  周りの奇異と興味の入り混じった視線も意に介さず、少女はさらに演説を続ける。

 まるで天まで届けと吼えんばかりだ。あらゆる意味で只者ではない。

 「私達はそんな戦場を舞う妖精のような存在で無ければならないのです。蝶の様に
  舞い、蜂の様に刺す。その為には訓練を怠らず己の腕を磨く事は必然なのです!
  さあ、私達の手で知らしめましょう、立てよ美少女! ですっ」

 「じーくしおりんー♪」

 「ジークしおりんー!」

  合の手を入れる少女達も実にノリがいい。

 「さあ、佳乃さん、小町さん。声高らかに叫びましょう。私達は愛を持って奇跡を
  呼ぶ、戦場の妖精…私達の愛は奇跡(ミラクル)!」

 「愛は奇跡(ミラクル)!」

 「愛は奇跡(ミラクル)!」

  たった三人の叫びだと言うのに、その場はまるで何かの宗教団体かのような異様

 なオーラに包まれていた。結論から言うと――ネジが一本ずれているのではと思い

 たくなる。というか戦場に咲く一輪の花じゃなかったのかと。むしろ戦場に咲き誇

 るラフレシアを想像せずにはいられない。

  ストールの小悪魔、美坂栞。謎の毛玉使い霧島佳乃。最後の良心に見せかけた起

 爆剤、雪村小町。この訓練所であらゆる意味で有名な三人娘パイロットとは彼女達

 の事であった。

 「…あれが、新型のパイロットの女の子達なんですか?」

 「ああ、そうだが…。そうか、君は今日から配属されたのだったな。まあ若い女の
  子が三人では驚くのも無理はあるまい」

 「いえ…霧島博士、根本的に驚くポイントが違うんですが」

  やや彼女達から離れた場所に立っていた若い技術者と、ここの技術顧問である霧

 島聖はあの三人の少女について語っていた。

 「あの子達は自分達の行いがどれほど重い事かを受け止めつつも、その業に耐えつ
  つ戦場に出る覚悟を決めている。ああして毎朝、訓練の前にな」

 「そうなんですか。僕はてっきり怪しい儀式の下準備かと思いましたが」

  中々歯に衣着せない青年である。

 「妹を戦場に送る手伝いをするのは苦渋の決断だったが…よき友に恵まれたようで
  よかった。後は私が最大限の仕事をするだけだ」

 「あれを果たしてよき友…? って博士! 泣くところじゃないです、ここって絶
  対感動のポイントじゃないですからー!」

  白いハンカチで目頭を押さえつつ、妹の姿に涙する聖。それは本心からなる感動

 の涙であり、彼女が妹偏愛癖の持ち主である事を証明する涙でもある。愛は深し。

 まあ色々な意味で。

 「佳乃…お前の心意気は十分に伝わった。後は私がお前を如何なる戦場であっても
  守り抜いてくれるだろう機体をプレゼントするからな」

 「うわあ、この人全然聞いちゃいねえー!?」

  青年は思った。今から転属願い出しても受理されないだろうなあ…と。そして、

 この日から青年の受難の日々は始まったのだが、それはまた別の話である。

 

 ――1時間後

  敵部隊との接触もなく、ノア・プラチナムは無事、シドニーにある御剣重工の施

 設に到着した。代わる代わるに運び込まれる物資、数十人のスタッフと整備用マシ

 ンを導入してのプラチナムの整備。一つ一つの流れがまるで巨大な歯車の如く噛み
 
 合い作業を進めていく。さて、その間パイロット達はというと、

 「おお!? 何だあの戦闘機変形合体したぞ!?」

  巨大な50インチモニターに映し出される、光景に武は思わず声を上げた。四角

 い枠の中で、三機のそれぞれ特色のある戦闘機が華麗な飛行と、変形を惜しみなく

 披露している。

 「八重樫先輩…これは○ッターじゃ?」

 「あ、やっぱマックスは判る? や、あたしも一目で見抜いたけど。中々かっちょ
  いいじゃない、あれ」

  隠れ(もっとも翼はオープンだが)ロボットファンの牧島と翼はその見事な勇姿

 に感嘆の声を漏らす。三機の戦闘機は元の形を無視したとしか思えないような、人

 型の巨大ロボに変形するのだ。可変機は存在するが、数人のパイロットと複雑な訓

 練が必要な複数機による合体型のロボットの開発は、実はこの世界ではさほど進ん

 でいない。一機を複数のパイロットで動かす事はあるが。

  様々な理由が存在するが、まずはコストの問題。合体変形はそのプロセス上、通

 常の可変式のロボットよりもより複雑な構造が求められる。加えて、強度、性能、

 バランスなどの基準点が、通常の兵器開発に比べて高くなる。非常に開発しにくい

 割に、研究の段階で多額の費用が必要になるという点であまり実用的ではないとい

 う点がまず一つ。

  二点目、パイロット同士の連携を考える事が必須になる為、おいそれと人員の補

 充が出来ず、通常の操縦よりも複雑な機体を扱えるレベルのパイロットの育成とな

 ると時間がかかり効率的ではないという点も上げられる。

  機動性に優れた特機は少ないため、戦闘機型の機体が複数で合体し状況に応じて
 
 様々な戦術を取れるスーパーロボットは非常に戦力になるのだが、抱える問題点が

 容易に解決できるものではない為、合体変形式の兵器開発は殆どの企業がスルーし

 ている実情である。

  だが、その御剣にふらりと現れた風変わりな人間がそんな開発陣に一石を投じた。

 「ふむ、同年代の少年少女に受け入れられた、となれば彼女達も喜ぶだろう」

  モニターを観戦していたアンリミテッドの面々の前に後ろから声をかける白衣の

 女性。胸元のポケットにうっすらと光るメス。鋭い眼光をたたえた瞳、そして何よ

 り目を引くのが彼女の上半身――

 (何故通天閣?)

  その場で彼女を見た人間が同時に抱いた感想がそれだった。最も、ある三人を除

 いて。

 「…霧島先生?」

 「やあ、久しぶりだな遠野さん。壮健そうで何より。ほう、どうやら後ろの食いつ
  め者も生きてはいるようだな。心なしか町にいたときより血色がいいじゃないか」

  不思議そうに首をかしげながら彼女――霧島聖――に声をかける美凪と、嫌な奴

 に会った、とばかりに顔をしかめる往人とそんな往人を苦笑い交じりに見つめる観

 鈴。

 「聖、何でお前がこんなところに…」

 「愚問だな。怪我人が出たと聞けば山を越え、病人がいると聞けば海を渡る。そん
  な医師だぞ、私は」

 「ほう、しばらく会わないうちに芸人の魂にでも目覚めたのか? 中々小粋なジョ
  …オーケーわかった。聖さんは立派な医者です、だからこの光るメスをしまって
  下さい」

  切実に、喉元に突きつけられ僅か数ミリ近づくだけで、肌を裂き、血を吸うだろ

 うメスを見て往人は僅か数秒で発言の内容を撤回した。

 「だが、医者としての仕事だけをしにきたわけではないがな。君達が今感心して眺
  めている三機の変形型戦闘機は、私が開発したものだ」

 「……マジか?」

 「ああ」

  訝しげに尋ねる往人に聖は表情を変えずに頷いた。

 「それ以上はこの場で語るつもりはない。あまり公にする事でもないのでな」

 「……まあ、アンタが言いたくないというのならそれはそれでいいさ。それで? 
  どうせ佳乃も一緒なんだろう、何処なんだ?」

 「あそこだ」

  聖があごでしゃくる様に指した方角には先程まで見つめていたモニターが。

 「ほう、まさか一つ次元を超えた存在になったのか。流石にアンタの妹だけはある」

 「国崎君、よければいい医者を紹介するぞ? 脳医学の権威に一人知り合いがいる」

 「冗談だ、本気にするなよドクター」

  つまらん冗談だ、と本当につまらなさそうに聖は呟いた。モニターを見つめる瞳

 が普段のそれと違う。妹を思う時の、聖が聖である時の視線。短い付き合いながら、

 霧島聖という人物を少なからず知る往人だからこそ、その視線の意味に気がついた。
 
 「…乗ってるのか、あれに」

 「ああ、こっちに来てから出会った友人達と一緒にな。可笑しいものだ、生まれも
  育ちも考え方すら違う三人の少女達が、三つ子以上のシンクロを平気でこなして
  いるんだぞ。あんな使い物にならないような兵器の開発を推した自分も道化だと
  思うが、それを私の想定以上に使い物にされたお陰でますますそんな気がするよ」

  何か、吹っ切れたような聖の笑顔。妹の身を案じながらも、ここで何か得るもの

 があったのだろう。その笑顔は姉として妹を見守りつつも誇らしさも同居した、実

 に気持ちのいい笑顔だった。

  やがてモニターは真っ黒な画面を映し出した。どうやら訓練が終わり、その風景

 を映す必要がなくなったらしい。だが、どうやらその認識は間違っていたようだ。
 
 けたたましい警報が鳴り響く。敵の襲撃を告げる開戦の鐘。まだ歳若い少年少女と

 言えど、それより前に彼らは戦士である。警報を聞くと同時に切り替わる顔。

  平和な一時に身を置く時の顔と、戦いに赴く顔。二つの顔を持ち合わせるのが彼

 ら、アンリミテッドである。
 
 「うお!? このサイレン何? 新型の目覚まし時計?」

 「…祐一、お前今寝てただろ」

  信哉の辛辣な突っ込みと、刺すような視線が祐一に突き刺さる。同じ場所からの

 逃亡者という事で身内の恥のようなものを感じるからだ。

  先程の二つの顔を持つ、という点は訂正しよう。祐一のように常日頃から常時自

 然体のある種、心臓に毛が生えたような人物もいた。

 「市街地に敵襲あり! 市街地に敵襲あり! 非戦闘員は所定のルートより避難せ
  よ! 繰り返す…」

  市街地、ほぼ無人のオーストラリア地区を襲撃するメリットを考えると自明の理

 とも言える。豊富な物資を奪う――その一点のみだが。

  信哉は傍にあった室内電話で局内のオペレーターを仲介し、月詠に繋ぐ。

 「月詠さん、状況は?」

 「市街地にリオンタイプのAMの部隊による襲撃が確認されました。現在防衛部隊
  が避難の為の時間を稼いでいます。数は10機、おそらく少数精鋭の奇襲部隊と
  考えられますが…」

 「――まだ人が」

 「ええ、加えてアンリミテッドの戦術機がまだオーバーホールが済んでいないので
  出撃が出来ない機体が多数…」

  それに加え空戦機のリオンに対し、地上用の戦術機で相手をするのは分が悪い。

 先程の試作機の事が一瞬信哉の頭によぎったが即座に否定する。あれはまだ実戦投

 入出来る段階ではない。動きや挙動を見れば、まだ幾分か調整の余地が残っている

 のは、ある程度機体の操作に関わっている者から見れば明らかだった。

  思考を張り巡らせる。リオンタイプであるという事は所属はRGである可能性が

 高い。ここで彼らを勢いづけるわけには行かないし、ここの人員の命も重要だ。残

 存戦力と、市街地での戦闘、この二つの材料を正確に把握し、信哉は月詠に告げた。

 「月詠さん、俺が出ます。おそらくリオンタイプは先発隊だ。ここで戦力を無駄に
  浪費したら相手の思う壺だ」
 
 「緋神さん単独で!? 無茶な、それは自殺行為です!」

 「いえ、俺はあくまで先発です。複数のリオンタイプを同時に相手できるようなの
  は、ウチには俺だけです。国崎さんの機体じゃパワーで勝ててもスピードで劣る。
  遠野のは、どうしたって市街に被害が出る。祐一のは問題外。むしろ市街地に爆
  弾を落すようなものです」

 「さ、さりげなく酷い事を友人が言ってるし!? ていうか撃墜が前提!?」

 「祐一、うるさい」
  
  喚き散らす友人を一言で切って捨てる友人。誰も信哉の意見に異議を唱えないの

 で、部屋の隅で膝を抱え、のの字を書き始める祐一。心なしか背中に黒いものを背

 負っている。そんな祐一に意も解さず、信哉は要点だけをまとめて月詠に話す。

 「俺が先手を打って敵部隊をかく乱しますので、その間にに空戦可能なメンバーを
  出撃させてください。後、基地周辺の警戒は怠らないで、幾分かの戦力を基地に残
  して置くのがいいと思います」

 「……緋神さん」

 「何でしょう?」

 「……随分と状況判断が早く、的確ですね」

 「チェスと将棋は得意なもので」

  関係があるようでないような事を信哉は告げた。その口元、かすかに苦笑いじみ

 たものが浮いている。

 「わかりました、その作戦内容に異議はありません。では、3分程時間を稼いでく
  ださい。その間に市街地の人間の避難を完了させます」

 「了解、では内容のほうは月詠さんからお願いします」

  受話器を置くと、信哉はその場にいたメンバーに内容を説明し、部屋を飛び出し

 た。何か胸騒ぎしたのだ。言葉にしがたい不安が、先程から頭を離れない。

 (……こう言う時の勘に限って外れないんだよな)

  不安に背中を押されるように、信哉は愛機の元へと走り出した。



 ――御剣重工 ハンガー

 「どうしてですかっ!? まだ敵がいるのにどうして私達が出撃しちゃいけないん
  ですか!?」

  栞達は当然、市街地に敵が降りるのを直前に見てからハンガーに帰還した。迫り

 来る危機、今こそ自分達が立ち上がるべき時だというのに、聖から出撃不許可の連

 絡を受け、その理不尽さに激昂していた。

 「うぬぬ〜、お姉ちゃん街の人たちがどうでもいいっていうの?」

 「ひ、聖先生はそこまで言ってないと思いますけど」

  佳乃や小町も控えめ(?)ながら反論する。しかし聖は己が意見を変える事はな

 い。その視線の鋭さに、栞も少しだけ肩をびくつかせた。

 「言っただろう、まだこの機体は微調整が必要だ。不完全な兵器で戦場に立つなど
  愚者の所業。美坂君、勘違いをしてもらっては困る。私は君達を死なせる為に、
  この機体を作ったのではないぞ」

 「ですけど……っ!」

 「出るな、とは言わん。だがしばし待て。このまま出撃すれば予期せぬ事態を招き
  かねん。それに敵もあれが本陣ではない、迂闊に動けば敵の思う壺だぞ」

  正論だ。しかし、栞がその程度の説得で納得するはずがない。彼女は、一番理不

 尽に苦しめられた者だから、その痛みを誰より知っていた。故に彼女は見過ごせな

 い。全てを救い上げる事が不可能でも、足掻く事で、自分と同じ痛みを感じる人を

 減らせるなら、それはどんなに――

 「やっぱり譲れません。聖先生、どいてください。私達はこの――」

 「やれやれ、君は普段は頭が回るくせに肝心な時になると感情に支配されるな。そ
  れが悪いとは言わないが、他者の言葉を理解する事も淑女には必要なことだぞ?」

 「む…淑女と言われては…ですが…ここで引くわけには」

 「いいか? 出るな、とは言ってないぞ私は。待てといった時間は――」

  聖がにやりと笑みを浮かべて断言する。案ずるな、私に任せておけ――無言のま

 まに語る姉の意思を佳乃だけはその時知ったという。

 「――10分だ。10分で、アレの調整を終わらせる」

  それはすなわち――10分で出撃をしても構わないと暗に告げていた。

 「は……? 10分、ですか」

 「無論だ。訓練のプロセスは全て合格点で完了。本人達の心構えやよし。後は完璧
  に仕上げた武器さえあれば君達は誰にも負けることはあるまい」

  そして聖は、よく響くハンガーの隅々にまで広がるような声を上げた。

 「――聞いていたな、諸君? 私が先程挙げた調整箇所を10分で仕上げろ! 出
  来ぬ、とは言わせぬぞ。具体的には言わないが弱音を吐いたものには、金属か液
  体か好きな方を選ばせる。拒否は認めない。私からは以上、返事はどうした!?」

 「イエス、マム!」

  この瞬間、作業員達の心は一つになったと後に栞は語った。


 ――御剣重工市街地上空

  いち早く出撃したクラウ・ソラスの眼前には可変型のリオンタイプAM――エル

 ファリオンの部隊が展開していた。

  さほど密集型の配置になっていない割と広々とした街の概観はむしろ格好の的だ

 った。エルファリオンの進路を遮る高所の建物がないため、低空飛行をしながら街

 を蹂躙する――炎が街を蝕んでいく光景が広がろうとしていた。

  レバーを握る信哉の手に力が入る。統率の取れた少数部隊、無駄のない連携、瞬
 
 く間に蹴散らされる戦術機を見て、恐れるどころかなおも闘志が沸いて来るのを信

 哉は感じた。

 「――これ以上好き勝手をさせるか。一応目的は時間稼ぎだが」

  コンソールのロックオン表示を見る。狙いは全機、クラウ・ソラスには無数の敵

 を射抜く必中の魔弾が存在する。仕留める必要はない、ただ敵に知らしめればいい。

 「――全機ロック完了。T−LINKシステム作動、ベクタートラップオープン」

  クラウ・ソラスの背に一瞬にしてミサイルが展開される。数にして20、一機辺

 り二発ずつの念動追尾型の広範囲攻撃兵器。信哉は思う、我が駆るは不敗の剣。
  
  不敗とは勝つ事のみが不敗にあらず――信哉の信念であり、戦いの根源。勝つこ

 とと敗けない事とは同意ではない……!

 「挨拶代わりだ、託された三分――俺の全力でお前らから市街地の人を護ってみせ
  る――!」

  その言葉が引き金となり、クラウ・ソラスからテレキネシスミサイルが発射され

 た。尾を引き、まるで各々に意思が在るかの如く、敵の眉間を撃ち抜くという命令

 を実行する為に空を舞う!

  ある一機は、為すがままに撃墜され、ある一機は必死に回避行動をとり、ある一

 機はにべもなくミサイルを撃ち落し、切り払う。
 
  決して結果は同じではないが、実にクラウ・ソラスの放った魔弾は10機の敵を

 8機に減らしかつ敵の部隊に損害を与えた。

  信哉は敵の動きを常に視界に入れている。敵の動きを把握しろ、死角を突かれれ

 ば自分はもちろん、まだ避難の完了してない誰かが被害に遭うかもしれない。

  其の為には確実な敵機の撃破と、最小限に被害を抑える事。さして先制のミサイ

 ルの攻撃に動揺した風も見せない敵機の部隊に信哉は怯む事無く立ち向かう。

 「なら次の手だ――行くぞ! クラウ・ソラス!」

  知らしめるは己が不敗の護り手たる事。この剣は勝利を告げる剣ではなく、不敗

 をもたらす護り手の剣である事を。敵機を前に、増大した不安を押し隠すように、

 信哉は自らを奮い立たせるようにクラウ・ソラスを進撃させた。

  その時――誰かが、笑みを浮かべたことを信哉は知らない。

                             第二十二話に続く

エクブレTOPに戻る