――???

  あまり遠慮のないノックの音に銀色の髪の青年はベッドから起き上がり、

 ロックを解除する。自然にドアは開き、その向こうには一人の少年が立っている。

 「武か…どうした?」

  寝起きの所為で愛想がないのではない。この青年には元々愛想というものが

 欠落している。それを知ってか武は青年の態度に腹を立てることなく用件を告げる。
 
 「月詠さんが出撃準備をしてくれって」

 わかりやすい簡潔な内容だ。ボリボリと頭を掻くと青年は仏頂面で尋ねる。

 「また『イレイザー』どもが来たのか?」

 青年の問いに武は静かに首を縦に振る。

 「ああ、さっき地球に降下した一団がいるらしい。それだけでも頭が痛いのに、接
  触ポイントに所属不明の機体同士でドンパチやってんだとさ」

 「なんだ、そりゃ。難題がまとめて二つか、給料以上に働いていないか、俺ら」

 「ま、恨むんなら今の情勢を恨んでくれ」

 「あーはいはい、わかってるよ」

 「急いだ方がいいぜ、国崎さん」

 「ああ」

 ぶっきらぼうな返事だったが往人は手早く支度を始めた。既に武は部屋を出ている。

 往人は傍のテーブルに置いてあった古ぼけた人形を手に取る。

 「今日も働くとするか、行こうぜ相棒」









エクシードブレイブス 第2話
訪問者












 「すまない月詠、少し遅れたか?」

 挨拶をしながら長めのポニーテールの少女が入ってきた。

 凛とした佇まいに隙のない身のこなし。長い黒髪も手伝って容姿端麗という言葉が

 よく似合う少女だ。

  既にブリッジに入っていた女性は恭しく少女に礼をして告げる。

 「いいえ、冥夜様。時間通りでございます」

 冥夜と呼ばれた少女に深く頭を下げる女性――月詠。

 御剣財閥が自発的に興した自衛集団「アンリミテッド」、そしてその母艦ノアシッ

 プ。月詠が礼をした少女こそ、その御剣財閥の後継者である御剣冥夜である。何故

 そんな少女が一軍の兵として戦っているか、それには相応の理由があるのだが今は

 割愛する。

  ブリッジに入ってきたのは冥夜が最後であった。他の主だったメンバーは既に集

 まっており、中には武や、往人、加えてパイロットスーツを着た女性が数名立って

 いる。

  見渡してメンバーが集まったことを確認すると月詠がモニターの前に立つ。

 「それでは揃ったようなので状況を説明します。現在、ノアシップの9時方向に所
  属不明の機体同士の小競り合いが発生しています」

  ノアシップは日本のほぼ真南に位置する海上を移動中だ。目視で日本が見えるほ
 
 どの距離ではあるが。

  モニターの表示する位置には、緑の光点で所属不明機の位置が表示されている。

 数個存在するそれが徐々に減っていくのが判る。

 「そちらの方はどうやら少数勢力側が圧倒的に事が進んでいるようです。どうもP
  TとOFの二機らしいのですが…」

 「PTとOF? そりゃ随分と奇妙な組み合わせですね。機体はどんな奴なんです
  か、月詠さん?」

  武が機体の種類に興味を示したらしく月詠に問いかける。

 「PTの方は識別的にはゲシュペンストのカスタムタイプ…データベースで形式が
  もっとも近いのはアルトアイゼンのようですね。OFの方はジェフティタイプの
  物であると報告がありました」

 「ジェフティタイプ? あれって量産していいんでしたっけ?」

 「いいえ、火星側の要請であれの同型は開発してはいけない取り決めになっていま
  す。ですからあくまで参考にした程度でしょうね。あくまで近似値からタイプを
  参照したに過ぎませんから」

 「で、相手している方は?」

 「AM…ガーリオンですね。こちらは特に何の変哲もない機体です。パイロット達
  の動きにも特に目立ったものはありません」

  そこへ往人が口を挟む。

 「どっちにしろ一般人の可能性は低いだろ。よくわからんけど、ジェフティの資料
  なんてそんな簡単に手に入る代物じゃないんだろ?」

 「その通りです、国崎さん。状況を推測するとあの二機が残りの機体と争っている
  のは明確です。こちらとしては二機の機体のパイロットに接触するのが目的なん
  ですが…」

 そこへやや縮小された地図が表示される。黄色い光点が緑の光点の集合点に向かっ

 て移動している。

 「先程、レーダーが捉えた無人機の集団です。識別コードはラプター。
  おそらくイレイザーの偵察部隊かと。しかも一機有人機がまぎれているんです」

 「有人機…!?」

  有人機と聞いて武が表情を変える。

 「そう、イレイザーは常に無人機による偵察行動を繰り返していましたが、今回は
  間違いなく有人のOFが一機地球に来ているのです」

  モニターが再び拡大日本近海の地図に戻る。
 
 「今回のミッションは迅速に目標のPT及びOFのパイロットに接触すること。後
  にイレイザーの迎撃に移る、以上何か質問はございますか?」

 「パイロットがこちら側の意思に従わなかった場合はどうする?」

  往人が冷静に問いかける。月詠はしばらく思案していたが、

 「こちらへの敵対行動がなければ、極力こちらからの攻撃は控えてください。どう
  も素人とは思えない動きをしていますので、この戦力で二つの勢力を同時に相手
  するのは自殺行為です」

 「了解、それじゃミッションに入る」

  往人の返事を合図にパイロット達は三々五々、ブリッジを出て行く。
  

 








 ――ノア・シップ 格納庫

 「ったくご苦労なこったぜ。地球は地球で大変だってのに」

 武はぶつくさといいながらコックピットに座り込んだ。慣れ親しんだシートの感触

 を味わう間もなくハッチが閉じるとすぐに通信が入った。

  武はすぐさま回線を開ける。

 「仕方あるまい。この間の戦闘でほとんどのメンバーの戦術機は修理中なのだ。動
  ける我々だけでなんとかせねば」

 通信の主は冥夜だった。ちょっと諫めるような口調だったので、武は苦笑いをして

 こう返した。

 「わかってるよ。ちょっとぼやいただけだからさ」

  冥夜は通信の向こうで微笑んだ。

 「…お二人とも準備はよろしいですか?」

  通信相手を映すモニターにややぽーっとした表情の少女が映る。

 「ああ、大丈夫だ遠野。こっちはいつでもいけるぞ」

 「武に同じく。私もいつでも出れるぞ」

 「…そうですか」

  遠野――美凪は安心したように微笑んだ。

 「よしそれじゃ行くか!」

 「うむ、参ろう!」
 
 「……美凪、行きまーす…」

  美凪の台詞だけやや元気が足りなかったが、各々を乗せた機体はカタパルトから

 順次発信していく。

  そしてそれを眺めながら、甲板に佇む男が一人。

 「ダァァイブ、トゥゥゥ…ブルゥゥゥ!!」

  高らかに、そして天まで届くかのような叫びが響き渡り、そして――彼の持つ人

 形が空へと踊る。







 ――日本近海上

  武達が発信した時、信哉達は既に追っ手のガーリオンを全て撃墜し、再び日本に

 向けて飛んでいた。そんな折、モニターに機体接近ありとの表示が出る。

  機体の進行方向からしてどうやら日本側だと気がついた信哉は、

 「お、今度はどうやら日本からの迎えだぜ」

 楽しそうにそうつぶやいた。

 祐一はため息をついて、

 「いきなりドカン! はないだろうなあ…」

 「やめろよ縁起でもない」

 と軽口で返した信哉だったが少し考えが甘かったかもしれない。

 その直後、爆音と共にクラウ・ソラスが傾いた。

 「うわったあっ!?」
 
 反射的にレバーを傾けて姿勢を整える信哉。それによって事なきを得たが二人は慌

 ててモニターを見直す。

 「…だから言ったじゃねえか…」

 祐一は不運を恨むようにそういった。

 「言ってる場合か! 状況を確認しないと!」

 自分達の後方に別の機体が接近しているのを確認する。攻撃を仕掛けてきたのは、

 そっちだと判断すると、二人は再び戦闘態勢に入る。

 だが敵機体のタイプを照合し終えると、二人の間に戦慄が走る。
 
 「…無人OF…タイプ…ラプター!?」

 信哉の反応に祐一も驚きを隠せない。

 「馬鹿な! バフラムが全滅したのって1年前だろ!? 何でバフラムの戦闘機体
  がここに!?」

 いかに研究所に閉じ込められていてもそれなりに世界情勢の知識は入ってきている

 二人だ。

  バフラムの機体がここにある、ということはにわかに受け入れがたい事実であっ

 た。

  一年前の戦役によって、強引な武力制圧によって地球からの独立運動を進めた組

 織「バフラム」は、同じ火星側の人間達の手によってその野望を阻止され、その立

 役者達の盟約により、火星は結局のところ地球から独立を果たしたのである。

  よって今の地球でバフラムの機体を見る理由はない。

 「バフラムじゃないのか…? いやでもOF関連は殆どが火星の技術だから…」

 「そうだ、特にバフラムの機体の資料なんて手に入らないんだろ? 火星から
  『買った』としたら別だけどさ」

 「いや…今の火星政府は非常に出来た人たちが仕切っているはずだからな。地球連
  邦のお偉いさんとは違って。だから間違っても、情勢が不安定な地球にそんな情
  報は流さないと思うんだが…」

  だとすればあれはなんだ、という結論に陥る二人。だが、さらに接近を告げるア

 ラームで二人は我に帰る。
 
  その疑問に答えてくれるものはいない。

 「とにかく無人機は無差別で対象を攻撃する。祐一! 日本に一機たりとも通すな!」
 
 「了解! たかがAIで俺達が落とせると思うなよ!!」

 二人は待つより、先手を打つことに決めた。日本に近い位置であればあるほど敵を

 阻めなかった時の危険性が強まるからだ。

  だがそんな二人の機体に同時に通信が入った。発信元は隠されておらず後ろから

 自分達を追っている機体から発信されていた。

  正直、話す時間も惜しかったが、とりあえず信哉は相手の誘いに乗ることに決め

 た。

 「そちらの機体のパイロットの者、応答願う。私は自衛団ノア・シップの御剣冥夜
  と申す者だ」

 飛び込んできたのは自分と年の変わらない少女の姿だった。

 だが妙にかしこまった口調がミスマッチで信哉はなんとも調子を狂わされた。

 「自衛団? そんなのがいなきゃならないほど今の地球連邦は腑抜けなのか?」

 「私は私の意思で戦う為に、この組織を作り上げたのだ。だがその言葉を否定する
  つもりはないが」
 
 「それで? わざわざコンタクトを取るからには理由があるんだろう?」
 
 「そなた達に我らに敵対する意思がなければ、『アレ』を落とすのを手伝ってほし
  い」

 「元々、日本に帰るつもりだったからな、『アレ』と戦うのにこっちは異存はない」

 「承知した、それでは後ほどそなた達を我が艦に迎え入れる」

 「オーケー、商談成立だな」

 通信が切れると同時に、後方の機体の速度が上がった。どうやら信哉たちと合流す

 る事を決めたらしい。

 「祐一、後ろの機体の連中と連携してあれを止めるぞ」

 「それはいいが、ちょっと変わり者揃いの気がしないか、後ろの奴ら」

 「……お前がそれを言うなよ」

  自覚症状のない祐一にちょっと呆れ気味に信哉は返す。

 敵機が接近するより先に、後方から彼らの方が合流する。その不揃いな様に信哉と

 祐一は唖然とした。

  PTやモビルスーツ(MS)とも違う人型機動兵器。学習蓄積型で量産型でもそ

 れぞれのパイロットに合った形にチューンナップし、個々の長所を発揮させやすい

  ――量産型機動兵器、戦術機。

  量産型の中でももっともポピュラーな『吹雪』を駆る武。

  そして御剣財閥で冥夜専用に開発された大型の対艦刀を振るう『武御雷』

  そして後ろからその頭上を舞うのは、大型の鳥型の兵器。

 黒を基調にデザインされ、鋭いくちばしに大きな翼は空に浮かぶ烏を連想させる。

  そしてそのさらに後方からは二枚のウイングユニットをつけたガンダムが

 後を追ってきている。あの機体には信哉は見覚えがあった。バスターライフルを搭

 載し単機で大気圏突入を可能にしたガンダムの内の一機であったはずだと。

  空を駆ける白いガンダムの名は――ウイングガンダム。






 「武、往人、遠野。どうやらあの者たちには敵意は無いようだ」

 武は少し唖然として、

 「いや…あれだけのやりとりでわかるもんなのか?」

 と尋ね返した。正直、あの短いやり取りだけで信じてしまうには不安が残る。

 「あの者の言葉…嘘偽りは無いと思う」

  そう言うと冥夜は黙ってしまった。

 「…御剣さんが言うなら間違いはないでしょう」

  美凪の後押しによって、武も納得したらしくそうだな、と返した。

 「今はグチグチ言ってる状況じゃねぇからな!」

 「わかってるなら、そろそろ行くぞ。俺は腹が減った」

  ぶっきらぼうに往人がそう答えた。

 「…国崎さん、そういえば起き抜けで何も食べていないのでは?」

 「…言うな、遠野」

  そう言うと、往人のマシン「空」は先陣を切って特攻する。

 「今は冥夜の直感を信じてみることにするぜ!」

 「…すまない武。そなたに感謝を」

  武の吹雪がそれを追い、冥夜の武御雷と美凪のウイングガンダムもそれに続く。

 信哉たちの方の戦闘は既に佳境に入っているようだった。







 「ちっ…この!!」

 フラムベルクは近寄ってくるラプターを三連マシンガンで迎撃する。無数の弾丸が

 ラプターのボディを蜂の巣にし、やがて爆音と共にラプターが落下していく。

  しかし、行き着く間もなく上下左右から次のラプターが襲ってくるため、絶えず

 自分の周りを気にしていないとならないこの戦闘は想像以上に集中力を使う。

  一瞬でも気を抜けば袋叩きにされるであろう。信哉も先ほどから無言だった。

  クラウ・ソラスは高機動力を駆使し、一撃離脱を繰り返しつつ戦っている。しか

 し360度が敵というのはあまり好ましい状況では無いらしく徐々に手数が減りラ

 プター側の動きが活発になっているのが祐一にもわかった。

  そこへ、あの黒い翼が舞い降りる。その翼を見た瞬間、怖気の走った祐一は

 すぐさまレバーを倒した。

 「おい、そこの赤いの。死にたくなかったらもっと下降しろ」
 
 「言われなくたって下がるわ!」

  そう、『空』の翼はそれ自体が剣なのだ。それが高スピードで戦場を駆け抜けれ

 ばどうなるか。

  翼をよけ切れなかったラプターは次々に真っ二つに裂かれる。実にストレートな

 攻撃方法だ。味方の事を考えなければ、攻防一体の攻撃といえる。

  バラバラに散開したラプターを頭上から狙う影があり、

 「…射程内、捕らえました」

  引き金を引くと、その砲身から海を割るほどの威力のビーム砲が放たれる。ニ、

 三体の直線状に並んでいたラプターをまるで薙ぎ払うかのようなウイングガンダム

 のバスターライフル。

 「…同時に仕留めました、えっへん」

 ともかくその二機の暴れっぷりというか傍若無人振りに、祐一はあっけに取られて

 いたが、

 「と、とにかく援軍が来たってことか?」

 信哉は少し考えたが、
 
 「多分、な。あの後ろの人型機動兵器の方はともかく、こっちの方は油断してたら
  俺たちごと巻き込みそうな雰囲気だけど…な」

 そういって信哉も体勢を立て直し飛び立った。

 「…まあ…多分大丈夫だろ」

 そういいつつも、信哉の背中には何か薄ら寒いものが走るのだった。

                             第三話に続く


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