――ノア・プラチナム 機関室 数分前
尊人に連れられるままに機関室に入った武はきょろきょろと辺りを見回していた。
何しろパイロットならば、この近辺に入る事は滅多にない。巨大なエンジンを始め、
複雑な機械に埋め尽くされたこの部屋で、武の出来る事は多くはない。
「おい、尊人。俺達はどこで何をすればいいんだ?」
エンジン音は正常に聞こえている気がするし、素人目にも異常があるようには見
えず、また整備班の人間も見えないので、武は何をしたらいいのか全然わからなか
った。
「ん? ああ、ちょっと待ってね」
うーん、といいながら尊人はポケットを探った。すると、中から取り出されたの
は一枚のメモ。作業の指示か? と武は思ったが口にはしなかった。その後、尊人
は携帯の端末をいじりながら、周囲を見渡し、確認するように頷くと、端末をしま
った。
「――もう、そんな時間だったんだ。気づかなかったよ」
「はぁ? おい尊人、何か忘れてたのか?」
その言葉の意味を、武は言葉通りに受け取った。そう――受け取ることが当然で
ある。彼は仲間なのだから。
「あはは、違う違う。ちょっと勘違いしていただけだよ」
「何だよ、場所はここじゃなかったのか? まあ、異常があるようには見えないか
ら、おかしいとは思ったんだけどよ」
そう、異音がするわけでもないし、機関が暴走しているようにも見えない。また
レッドランプの点滅による危険が表示されているわけでもないし、エンジン音とは
別に何かが聞こえているわけでもない。
ここに異常は見受けられないのだ。武がおかしいと思って当然だ。
「うん、そうだね。――もう、ここはボクのいていい場所じゃなさそうだ」
そう、今も鳴り響いているはずの警報と、緊急出撃命令のアナウンスすら聞こえ
ない。――聞こえていなければならない筈の『異常』すらここには――ない。
「は? お前何言って」
その言葉の続きが紡がれる事はない。武は全身を駆け巡る衝撃に言葉を失った。
感覚を一気に奪われる感触。視線と横になった風景だけが、自分が横に倒れた事を
教えてくれた。そんな武の目にはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべる尊人の姿があっ
た。
問いただす、理由を聞く。様々な身体を動かさねばならない理由があるのに、身
体は自分の命令に従わない。意識すらも抵抗を諦め闇に沈もうとする。必死に抗う
様に武は顔を上げるが、その目に映るのはただ――悠々と去っていく尊人の後姿。
轟音が響く。尊人がエンジンに向かって何かするのが見えた。それが、武が見た
最後の光景だった。そして瞳が閉じられ視界が黒く染まった時、武の意識も闇に覆
われていく。
「じゃあね、タケル。楽しかったよ――本当に」
「……尊……人……っ……」
掠れるような声が武の口から漏れた。それが、この轟音の中で尊人に届いたかは
わからない。そうして、武は意識を手放した。
エクシードブレイブス 第27話
独奏 第一楽章 裏切りの旋律
――極東支部 戦闘区域
「お、おいどうする…?」
「どうする…ってもなあ」
外の戦闘は混乱を極めていた。両軍とも、である。奇襲を仕掛けられた方が混乱
する、というのならわかるが仕掛けた側にも混乱が発生しているというのは奇妙な
話である。
しかし今回に限っては仕方がない。何しろ――
「そんな大雑把な攻撃は当たらないわよ!」
「そんな豆鉄砲いくら当たっても効きやしませんよ! お姉ちゃんと一緒で地味ー
な攻撃ですねっ!」
「ふん、何言ってるのよ。そっちこそ、誰かさんの体型みたいに幼稚な攻撃じゃない!」
「なんですか!」
「なによ!」
ミラクル3の金色の大剣が振り下ろされる。刀身から金の剣閃が大地を駆け、ア
スファルトもろとも土砂を巻き上げる。その射線上から、飛びのくように逃げる、
ギラ・ドーガがいれば、ベルガ・ゼーベの放つ無造作なドラグーンからのビームの
乱射から、巻き添えを食らわぬよう逃げ惑うギラ・ドーガもいる。
既に両者の頭には目の前の敵を殲滅するという事しか頭にない。栞は、基地に及
ぶ被害などまるで考えていないし、香里は香里で戦況を把握し的確な指示を出す、
という指揮官の役目を完全に放棄してしまっている。意図的にではないが。
まあ――両軍とも互いに抱えた火種の所為でまともな戦況を展開できる状況では
ないという事である。RG軍は完全に奇襲によるアドバンテージをなくしたが、ア
ンリミテッドも、あの金色の破壊神を制御できない為に油断ならない状況、と変な
形で膠着が生まれてしまった。
時間はバラバラだったが、それでも順次出撃したアンリミテッドのメンバーはこ
の状況に唖然とした。何しろどっちが敵かわからない状況である。いや、機体を見
ればわかるのだが、行為が。少なくとも基地に被害を与えているという意味では、
栞の方が圧倒的であったのだが、誰も彼女を止めようとは思わなかった。怖いから。
「………これが最近のキレやすい若者という奴でしょうか?」
「遠野さん、多分ちょっと違うと思うな…」
上空からギラ・ドーガの部隊を攻撃していた美凪はポツリとそんな事を呟いた。
純夏が呆れたように突っ込むが、あながち間違ってもないかなあ、と考えてしまう。
しかし、そこへ変化が現れた。一機のPTが数機のモビルスーツを引き連れて、
戦場へ現れたのだ。
「レーダーに反応! 敵の増援来たぞ!」
「はぁ!? 何だよまだ来るのかよ!?」
クラウ・ソラスが蒼の剣撃でベルガ・ゼーベを退けるのと同時に信哉は叫ぶ。フ
ラムベルクが、強引にギラ・ドーガにマシンガンを叩き込むのと同時に祐一が答え
る。幸か不幸か、信哉はこの混乱を利用して立ち回っていた。何しろ指揮系統が整
っていない奇襲など単に数の上での脅威しかない。混乱に乗じ自分がかく乱戦闘に
回れば十分にこの不利を跳ね除けられると思っていたが、やはり敵はそう甘くなか
った。
「何をやっているのですか、貴女は」
「天野さん!? なによ、こっちはそれどころじゃないのよ!」
激情に駆られすぎているのか、現れた援軍の通信にすら悪態をつく香里。一方的
に通信を切られ、これはダメか、と少女――天野美汐は呆れてしまった。
「全軍に通達。美坂さんはとりあえず放っておきます。各自フォーメーションをF
からパターンEにシフト。全方位一斉攻撃でノアを落とします」
「「「了解!!」」」
そのパーソナルトルーパー――ビルトファルケンが現れた途端に、敵軍の動きに
統一感が生まれたのを、信哉は一目で見抜く。
(拙いな…あれ指揮官機か)
この状況下を利用していたアンリミテッド側としては冷静な指揮官に現場を立て
直されるのは不利に働く。だが、信哉にはそれを止める手段が無い。そうこうして
いるうちにそのパーソナルトルーパーのパイロットは次々と部隊を立て直す指示を
出していく。
「北川さん、聞こえていますね?」
「よう、来てくれたか。こっちの仕事は終わった。後は…あれをどうすっか?」
「申し訳ありませんが、ビルガーで強引に連れ帰ってもらえますか? 私は陣頭指
揮を取らなければなりませんから
「……お前オレに死ねってのか」
縦横無尽に放たれる金色の剣閃。予測不可能なビームの弾雨。その中に飛び込ん
で機体を一機確保しろ、と無表情な美汐は淡々と北川に告げたのである。
「北川さんの腕を信頼していますので」
「ほう? 作戦から帰る度にオレの方法に難癖をつけていた天野の台詞とは思えん
な」
「気のせいでしょう」
「……反論は許さないってか。変なところで強引だなお前も」
あー、はいはいわかりましたよ、とまるでちょっとプリントをそこまで運んでと
言われた学生の如く北川は隠していたビルガーを基地周辺の森から急発進させた。
狙いは香里の乗るベルガ・ゼーベ。迷わず一直線に飛ぶが、果たして突然戦場に
現れ、傍目にはミラクル3に向かって飛んでいるように見える敵機をアンリミテッ
ドのメンバーがどう思うか。
「お、おい! あれってシャトル護衛の時に出てきたヤツじゃ!?」
「「何っ!?」」
舞人の言葉に信哉と祐一が同時に反応する。身体が反射的にその姿を確認しよう
とする。そこには、乱戦状態で敵味方入り乱れる戦場を、一気に駆け抜けるビルガ
ーの姿があった。
「北川かっ!」
しかし信哉のクラウ・ソラスはその場を動けない。今、自分がここを離れれば、
抑えていた敵機が一気にノア・プラチナムに向かってなだれ込む。
「うおおおっと!?」
振り下ろされる大剣をバレルロールで回避し、縦横斜めと交差する剣閃を僅かに
発生する隙間から潜り込み、スライドブーストを利かせた方向転換で、しかしスピ
ードは落とさずにビームの弾雨を潜り抜け、ビルガーは一気にベルガ・ゼーベに詰
め寄る!
「そうらよっと!」
「きゃあっ!?」
口ではあれだけ悪態をつきながらも、北川は見事に無傷で香里のベルガ・ゼーベ
を捕縛して見せた。クラッシャーで摘むように機体を確保する。仕込まれた炸裂弾
を動作させなければ、こんな使い方も出来るのである。
「ちょっと! 北川君、離しなさい! 邪魔よ!」
「すっかり血が上ってんなー、それじゃな天野。オレはこのオオトラを連れて帰る
わ」
それでも北川を撃ってまでその捕縛から逃れようとしない香里は、流石に敵味方
を分けるくらいの分別は残っていたらしい。苦笑い混じりに北川はそう告げる。
「ええ、お願いします」
ビルガーが徐々にベルガ・ゼーベを連れて見えなくなる。しかし、その姿に反応
したミラクル3が猛突進を始める。
「……! 逃がしませんよ、お姉ちゃん!」
「いいえ、貴女の相手は私が」
ファルケンがその前に立ちはだかる。その機動力を利用した縦横無尽なアクショ
ンを交えた移動。重厚な銃身を構えながら、ビームと実弾の射撃を織り交ぜた、テ
クニカルな攻撃で、ミラクル3の頭部、脚部と撃ち抜き速度を落としたところへ、
実弾の連射を本体に叩き込む。
「きゃあああっ!?」
「し、栞さん! ちょ、ちょっと冷静にならないとあの敵はー!」
ミラクル3は完全に速度を殺され棒立ちになる。反撃に移ろうと考えた時には、
ファルケンは既に距離を取っている。ビルトファルケン――ヴァイスリッターをベ
ースに開発された高機動フレーム採用型のPT。北川のビルガーと同じくバージョ
ンアップが施されており、PTの中では異例の運動性を誇るPTだ。
先程見せたように、ビームと実弾の切り替えが可能なオクスタンライフルによる
精密な射撃と、速度に振り回されない操縦技術の両方が求められる機体だが、美汐
はそんな機体を苦もなく乗りこなす。
「うう…だ、大丈夫です。まだ負けた訳じゃ」
「そうでしょうか?」
美汐の問いかけに応えるかのようにノア・プラチナムから轟音が響いた。出力を
上げ浮上し始めていたノアは徐々にその高度を落としやがて基地内に不時着する。
「な、なに!? エンジントラブルなの!?」
ノアの近くで戦っていた千鶴は慌てて雪崩をノアから離す。危うくその巨大な戦
艦に潰されるところであった。
『各機に通達! 船内で異常発生! 敵は…』
「ああ、いらないよ月詠さん。そんな通信は」
その言葉を遮るように、一機の機体がノアから飛び出した。誰もが見慣れた白と
緑のシャープなデザインの戦術機――疾風。
だが、その言葉はアンリミテッドのメンバーを硬直させる。
「だって――機関部に細工したのボクだから」
「え――?」
その台詞は誰の返答だったろう。特にアンリミテッドの中でも戦術機のメンバー
達は、その言葉の意味を理解するまでに時間を要した。
「…どういう事なのだ、鎧衣」
「やだなあ、冥夜。言ったとおりの意味。ボクはね――RGの間者なんだよ」
「う…嘘…?」
動揺を隠しつつも尋ねる冥夜と、呆然とする純夏に、尊人は悪びれもなく、答え
る。その表情に罪悪はなく、迷いも後悔もない。ただ――愉悦だけが彼を包んでい
る。
「……じゃあ、鎧衣は敵?」
「うん、そうだねー、そういう言い方をすれば敵かな?」
「……そう、それだけわかればいい」
慧はそれだけ言うと金剛を空に向けて飛翔させる。しかしいくら空中の敵に仕掛
けるとはいえ、相手は飛行能力を有した戦術機。機動力と空中戦闘では完全に尊人
に分がある。疾風に向けて放たれる、空を裂くようなサマーソルトは、文字通り、
空を切った。
「鎧衣さん、貴方もすぐに撤退を」
「うーん、心配は要らないよー、もうちょっと皆と遊んでいきたいしね」
「……作戦に支障がない程度でお願いします」
美汐はため息混じりに答えた。北川、香里、尊人とどうしてこうも癖の強すぎる
人たちばかりなのか。胃が痛い、とまでは行かないが自分のポジションが非常に損
な役回りだなと。この歳からこんな苦労をしなければいけないのだろうか、と自ら
の運の悪さを嘆く。
「さて…それじゃ行こうか、疾風――楽しませてくれるといいけどね」
先程まで追い風であったはずの風は、向かい風となってアンリミテッドにその刃
を向けた。
――ノア・プラチナム 医務室
「いつまで寝てんのよ、とっとと起きなさい白銀」
「……う……」
突然開けた視界の明るさに、思わず武は呻く。気がつくと背中には硬い床の感触
ではなく、簡素なベッドと消毒薬のにおいがした。
「……香月博士…」
一瞬何がどうなったのか理解できなかった武だが、ここに至るまでの経緯を思い
出し、突然立ち上がる。身体はふらついたが、不調という程ではない。
「博士…アイツは…尊人は!?」
「……外で戦ってるわよ――敵として」
もしかしたら、という想いが何処かにあったのかもしれない。けれど、それほど
ショックを受けずに受け止めている自分も確かにそこにいた事を武は感じた。それ
で理解してしまった。やはりあれは現実の事だったのだ。
尊人が自分にスタンガンをつきつけ、機関部を破壊したあの光景は。そして、今
でも思い出すと怒りが込み上げてきそうな尊人の邪悪な笑顔。あの本質を見抜けな
かった自分が愚かなのか。それとも、その姿すらもブラフなのか。ぐるぐると疑問
だけが回り、届かない答えを渇望する叫びだけが武の脳を軋ませる。
それでも――やらねばならない事がある。先に、何より先に自分が為すべき事。
「博士――もうアレは使えるんですか?」
「アタシを誰だと思ってんの? ――行きなさい、もうエンジンも入れてあるわ」
「どうもっす」
それだけを告げると武は一目散に駆け出した。相変わらず緊急事態のサイレンが
鳴り続けている。けれどまだ――ノアは生きている。まだ戦いは終わっていない。
終わっていない限り抗う事は出来る。そうだ、悩むより先にする事なんて――
「アイツを――締め上げた方が早いだろうが!」
――極東支部 戦闘区域
「くっ……流石に強い」
「………一人だけ空にいるしね」
致命的な損傷こそ無いが装甲が傷だらけの武御雷と、思うように攻撃を当てられ
ず苦戦する金剛が揃って同時に膝を突く。パイロットの冥夜と慧の消耗も激しい。
何しろ相手は戦術機髄一の機動力を持つ疾風だ。加えてさほど威力の高くないはず
のリボルバーによる射撃はピンポイントで戦術機の弱い間接部分や、同じ箇所への
連続命中などで、攻撃力以上の効果のダメージを蓄積させた。
金剛が援護射撃を加えても難なく回避し、動きが硬直したところへ閃光が狙い済
ました一撃を撃っても、まるで直感が働くかのように攻撃を回避する。
純夏の霞は――飛び上がり疾風に近づく前に迎撃された。霞の本領は地上戦にあ
る。突進力が殺される空ではその力を発揮する前に落とされるのは必至だった。
「さて、そろそろノアに止めを刺そうかな。ボクもきちんと仕事をしないと微妙な
立場だからさ」
「待ちなさい鎧衣君! 貴方…本気なの!?」
「嫌だなあ、そんなの聞くまでもなく――本気に決まってるじゃない」
その二丁のリボルバーがノアに向けられる。鎧衣の言葉より、表情より、仕草よ
り――その疾風の行為が如実に真実を物語る。
「チェックメイト、さ!」
「それは――どうかな!?」
その言葉は誰の言葉だっただろう。
同時にノアのハッチが開き、飛び出した見慣れぬシルエットから放たれた大口径
のレーザーは疾風を正面から穿つとばかりに迫った。
「え、ちょ、ちょっとぉ!?」
疾風は辛うじてその光を回避する。しかし姿勢制御を誤ったか、高度と速度を維
持できなかった。そこへ畳み掛けるようにシルエットは疾風に迫る。
振るわれる長剣による斬撃の連撃に次ぐ連撃。斬撃の嵐は、裏切りの風を飲み込
まんとその怒涛の一撃を振るい続ける。その一撃は何より重く、元々パワーに欠け
る疾風の貧弱な武装では受けきるのは無理だ。
「その動き――タケルだね? もう起きたんだ、普段は寝坊が多いのに」
「誰かさんが五月蝿くて寝てらんなかったんだよ」
その戦術機は――どの戦術機とも違った。
機体は一回り大きく、シルエットも既存の戦術機に当てはまらない。しかし、建
御雷をも上回るはずの機体なのに、疾風を逃がさないほどの機動力を有している。
「完成したんだ――次世代型戦術機」
「ああ、機体性能を向上させるオプションパーツと、戦闘中に使用用途によって変
形可能なパワードプロテクターを装着する事で完成した――」
それは、戦術機をコアとして動かす強化パワードスーツと一体化した大出力戦術
機。ヒュッケバインのアーマードモジュールとの合一システムをヒントに、香月博
士が考案した高機動次世代戦術機。
「大和――それがコイツの名前だ」
「へえ、随分と洒落が聞いた名前だね」
「どうするんだ、この状況で――オレとやるのか?」
大和一機だけ、そう、アンリミテッドの援軍はそれだけだ。それだけなのに――
武の言葉がその援軍をまるで一騎当千だと告げている。
「――やめとく、撤退命令出てるし。上の指示は守らないとね」
「そうかよ、けどな覚えとけ。――オレは絶対にテメエを許さねえ」
「そうだね、ボクも許してもらおうとは思わないかな」
「――198戦中99勝99敗だったな。100勝はオレが先にもらうぜ」
「あはは、楽しみにしてるよタケル。次に会う時は手加減無しの本気の勝負だ」
そう言い残し、尊人は想像以上にあっさりと撤退した。
嘘だ、そんなにあっさり納得できるはずがない。本当は、問いただしたかった、
本当なのかと。心から渇望する答えを尊人自身の口から聞きたかった。けれど、尊
人の瞳が、問いかける言葉をなくした。目は――口ほどに物を語る。
だから、武は戦士としての自分を優先させた。悲鳴を上げる心に蓋をして、感情
を目の前の敵を倒す事に向けさせ、そして――悲しみを、殺せなかった仲間達を守
るために。
傷ついた戦術機はそのまま、仲間達の心情を表しているだろう。そんな事はわざ
わざ尋ねなくてもわかる事だ。鈍い武でもそれくらいの事は推し量れる。だから、
彼まで膝を折るわけに行かなかった。残酷な現実も、目の前の裏切りも、受け止め
て戦う、その覚悟を決めた。
だから――このやり場のない怒りは申し訳ないが目の前の敵にぶつけさせてもら
う事にした。
「今のオレはブチ切れ寸前だ。テメエらにまで、退けとは言わねえし恨むなとも言
わねえ。そんなのは――お互い様だからな」
大和は一気に空を翔る。両腕から大型のメガビームライフルが飛び出し、地上を
走るギラ・ドーガにビームの雨を降らせる。それは槍の雨と形容しようか、突き刺
さる重厚なビームの音が、恐怖を加速させる。
「う、うわああっ!?」
「くっ、怯むな! 足を止めずに撃て…わああっ!」
しかし、容赦のない攻撃は敵を次々と撃ち抜くが同時にすぐに弾切れとなる。空
になった銃を邪魔だとばかりに捨て、今度は両肩からサブマシンガンを引き抜いた。
やはり両手に構えたそれを、今度は地上スレスレを飛行しながら、敵の群れに向け
て乱射する。360度、左、右にと逆回転も加えながら行うそれは掃討射撃だ。
「やらせるか!」
「敵は冷静さを欠いている! 陣形を組んで…」
しかしその言葉は続かない。敵が反撃を行ったも、まるで見えているように大和
はその攻撃を回避し、相手に鉄の弾丸を叩き込む。そして、マシンガンの弾も撃ち
つくしても、まだ敵はいる。周囲を確認した。この方向には敵はいないし、被害も
少ない。武は冷静にそう判断すると、何の躊躇いもなく大和の切り札のを引いた。
「大和、神剣モード機動。コード『草薙』入力」
肩部のブースターユニットの一部が腕へと取り付けられる。両手を合わせ、出力
を連結させる。やがて、波動砲を圧縮したかのような超エネルギーを固定化した、
緑の光のエネルギーソードが、大和の両手に握られた。
かつて、神剣天叢雲剣は、ヤマトタケルが窮地に陥ったときに振るわれ、その故
事より『草薙剣』とも呼ばれている。人の手によって振るわれた『草薙』と神の手
によって振るわれた『天叢雲』と、二つの名を持つ神剣の名を冠した大和の切り札。
その威力は、今まさにその故事の如く。草を刈るように、振るわれるその剣は、
周囲の敵を悉く薙ぎ払う。
「うおおおおおーっ! 吼えろ、草薙ぃぃぃぃっ!!」
その緑の剣閃は止まる事を知らない。蜘蛛の子を散らすように敵陣を駆け抜ける
大和。しかし、このままでは終わらない――そう草薙とは別のもう一つの名が。
「パワードプロテクター解除! 変形! 神剣『天叢雲』モード起動!」
パワードプロテクターから戦術機が分離し、パワードプロテクターはその姿を次
々と可変させ、やがて、巨大な砲門のようなパーツへと変化した。その姿は、かつ
て戦場を駆けたヒュッケバインガンナーの砲身に似ている。
連結した戦術機はそのまま戦場を高速で駆ける。そして空へと昇り、武はその上
空とレーダーから、味方を巻き込まぬ射撃位置を探す。5秒。それが、位置を決め
るのに要した時間だった。すぐさま降下し、正面に大量の敵を見据え、
「これが――大和の切り札だ」
武は引き金を引く。ヤマタノオロチの尾から生まれたと言われる神剣の名を冠し
た、光の砲門は、その名に違わぬ戦艦クラスの波動砲でその名を知らしめる…!
「ひいいいいいっ!?」
「に、逃げろあんなのに敵う訳…わああああああ!!」
恐怖は伝染する。それはそうだろう、獅子奮迅の如きこの活躍を見せられ、加え
てこの波動砲である。戦艦の主砲を突然目の前に突きつけられ、恐怖を感じない人
間はそうはいない。
その光は、軌道を抉られた溝として大地に残し、眩いばかりの光でその存在を主
張する。基地を駆け抜けた一閃は、戦局を一気にひっくり返した。
「……すごい…武の技術もそうだけど…あの戦術機も」
そう、信哉の言うとおり、いかに優れた機体といえども、パイロットがその力を
十二分に使えなければ、名機は名機とはなりえない。敵機の群れを駆け抜けた操縦
技術、あれだけの大出力の砲門を、味方に被害を出さない位置を瞬時に探し出して
撃つ度胸。そのどれもが武を一流のパイロットである事を証明している。
「さあ、お前ら! 一気にこの場を切り抜けるぞ!」
「あ、ああ! 行くぜ!」
武の声に呼応するように、皆の士気が上がっていく。
「…まずい、ですね。この状況は」
あの戦術機の登場で一気に場の流れが変わった。不本意だが撤退しかないのか、
そう美汐が感じ始めた時の事だった。
「残念だな、そう都合よく行かないのが戦場というものだよ」
武の圧倒的な戦いで、何処かに気の緩みがあったのだろうか? 電光石火の如き
速さで突進してきた一機の赤いベルガ・ゼーベが、ノア目掛けて一直線に突き進む。
何千、いや何万分の一の確率だろうか? ノアへの道が出来る、まさに必殺の一瞬
を一陣の風が駆け抜ける。
「まずい! そいつを止めろ!」
ビルトラプターで上空から動きを察知していた山彦がそう叫ぶ。だが――
「遅いな! これで本当にチェックメイトだ!」
撃鉄を跳ね上げる音と共に――真紅の鉄槍が白金の機関部を貫いた。
第二十八話に続く
あっさりひっくり返させてはくれない状況。今だ劣勢の続くアンリミテッドです
が、果たしてどうなるやら? 壮絶な姉妹喧嘩はひとまずここで中断。しかし、ど
っちも自分から引くことは頭になさそうです。命をチップに賭ける生涯一度きりの
大勝負? 肉親同士でやるもんじゃないですが。
最後に出てきたのは無論あの人です。そして、いよいよ次話にてレギュラーキャ
ラが勢揃いです。いやはや、なんと展開の遅い事か。
さて怒涛の勢いの更新もそろそろヒートダウンしそうです。流石に疲れてきまし
たので。そう遠くないうちに次話を書きたいとは思っています。
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