戦況は刻一刻と変化し、あちこちで柔軟な対応が求められている。デュランダル
もまた例外ではなく、秋子が資料を片手にあれやこれやと色々と考えていたりする
のだが、現場の人間には命令が来るまではあまり関係が無い。
そんなこんなで、浩平は空いた時間を利用してνガンダムの調整を一弥と共に行
っていた。新しい機体のため、出来るだけ触れて慣れておこうと考えての事だった
のだが。
「ふう…」
「浩平さんお疲れ様です。どうでしたか?」
「いや、問題ない。レスポンスも早いし、駆動系と間接系も十分ついてきてる。少
し慣らし運転しておこうと思ったけど、こりゃあいつも通りに使えるよ」
浩平の想像を遥かに上回るほど、調整は仕上がっており自分のする事が殆どなか
った浩平は肩透かしを食らったほどだった。
「そうですか、それならよかったです」
浩平の満足そうな返答に、笑顔で答える一弥。どうにも姉に似ている所為か、中
性的な特徴の目立つ彼は、浩平をはじめとした男性陣に、
(こいつ、未だにこんな可愛い系の顔つきで将来大丈夫か?)
等という下世話な心配をされていたりするのだが、まあそれはそれとして。
「しかし…本当悪いな」
「え、何がですか?」
「いや、前のリ・ガズィといいこいつといい倉田重工でわざわざカスタムしてもら
ってるだろ? 企業が個人相手に商売してても儲からないだろうに悪いなって」
「あはは、浩平さんらしくないですねえ。それは浩平さんがうちの商品で戦果を上
げた、って事で十分元が取れてるはずですから大丈夫ですよ」
「そんなもんかねえ…」
「そんなもんです。売り込みの文句としては十分ですよ。エースパイロットご用達
って感じで」
「……お前本当ドライというか子どもっぽくないところあるよな。何歳だっけ?」
「今年13になりましたが」
「13歳で、大人顔負けのメカニックの仕事が出来て、プログラムの解析から、M
SのOS作りまで完璧ときたか。天才かオノレは」
多少やっかみ――というか全部だが――半分の口調で浩平は一弥をからかう。
「いやあ、機械いじりが好きなだけですよ。プログラムの方はそれのおまけみたい
なもので。その代わり学校は出てません。一応中学までの義務教育相当の教育は
受けてますけど」
「そうだったのか?」
「意外と思うかもしれませんけど、小さい頃は病弱でろくに外にも出られなかった
んです。幼稚園くらいの時に死にかけた事すらありますよ」
いやあ、あの時は大変だったですねえと笑顔混じりに語る一弥だが、それがどれ
だけ大変な事なのか、浩平は実体験からそれを知っている。
「おい……それは笑い事じゃないだろう」
「まあ、そうなんですけどね。でも、今となってはいい思い出ですから」
死にかけた事すらいい思い出と括る一弥。それが強がりではない事は見ればわか
る浩平だが、それとは別に疑問に思う事があった。
「分かんないなー。何で拾った命をこんなところで使う気になったんだ? お前っ
て一応、倉田の跡取り息子だろ? 何も何時死ぬか分からない戦艦なんかに乗り
込む事ないじゃんか」
たとえ非戦闘員であろうと、戦艦に乗っている以上弾は当たる。それがたまたま
自分の居た場所を直撃するかもしれないし、戦艦もろとも木っ端微塵になる可能性
だって0ではない。おまけにマザーバンガードは最前線で戦う戦艦であることを考
えると、むしろその確率は比較的高いと言えるだろう。
戦艦に乗る、という事はパイロット達と等しく命を危険に晒す行為だ。何故そん
な危険な場所へわざわざ来たというのか、そんな疑問が浩平によぎった。
「その事が、一弥を追い詰めたからですよ」
「あ、姉さん」
その疑問に答えたのは、一弥ではなく突如現れた佐祐理であった。どんな場所で、
どんな服を着ていても、どこか高貴な雰囲気というのを相応しい人間は纏っている
ものだ。とはいっても佐祐理の場合、どうにも庶民的というか気さくなので、そん
な高貴オーラに押されて話が出来ないなどという人間はデュランダルにはいなかっ
たが。
「倉田さん、聞いていたんですか?」
「あははーっ、ごめんなさい。一弥が楽しそうにお話してたので、ちょっとだけ隠
れて見てました」
「…私もいる」
「それはともかく、追い詰めたというのはどういう意味ですか?」
「私もいる」
「それはですね……」
「私もいる」
浩平と佐祐理が話を進めようとする中、舞は必死に自分もいる事をひたすらアピ
ールしているのだが、故意か偶然かは不明だが浩平も佐祐理も舞に話を振ろうとは
しない。それでも必死に訴える舞の姿が哀れだったのか、一弥は困ったような顔を
しつつ、舞に声をかけた。
「舞さん、向こうにお茶でも飲みに行きませんか? 七瀬さんがお土産に持ってき
たみたらし団子もあるそうですよ」
「みたらし団子………相当に嫌いじゃない」
無表情ながらもこくこくと頷く舞を肯定の意と取った一弥は早速連れて行こうと
するが、耳ざとくその会話を聞いていた佐祐理が普段の二割増のニコニコ顔で二人
を見た。
「わーっ、一弥ったら大胆ー。お姉ちゃんの前で、お姉ちゃんの親友を誘惑するな
んて。ううん、大丈夫だよ一弥。お姉ちゃん、一弥と舞なら心から祝福するから。
でもちょっと妬けちゃうなあ」
ノリノリだ。
ひたすらにノリノリだ。からかい半分なのか、本気なのか。しかし、何時も以上
に楽しそうなのは確かだ。当の舞は既にお茶菓子に心奪われているからなのか、親
友の態度を全く気にしていなかったが、一弥の方は顔を真っ赤にして姉を諫めよう
とした。
「姉さん!」
「あははーっ、冗談だよ冗談」
本当に冗談だったのだろうか、今のは結構本気だった気がするんだが、と浩平は
思ったが口には出さないでおく。
「まったくもう。舞さん行きましょう」
「(こくり)」
無言で頷いた舞を、先頭に立ってエスコートする一弥。あの歳でしっかりと女性
の扱いを心得ているとはやるな、などと浩平は的外れな感心の仕方をしていた。何
気に紳士としての処世術は何人もの女性をその気にさせた父親仕込である、という
話を後に聞いて浩平は納得するのだがそれはまた別の話。
「耳まで真っ赤になっちゃって。一弥ったらかわいいー」
「……仲いいッすね、倉田さん」
およそお嬢様、という言葉が最も似合う女性だっただけに、今のはしゃぎっぷり
は浩平でも意外に思うほどだった。しかし、浩平の言葉にまるで夢から覚めたよう
に佐祐理の表情は憂いを帯びたものに変わる。
「それも、今では……ですけどね」
「今では……って、昔は仲悪かったとか?」
「いえ、そうではないんです。むしろ仲が悪かったというほうがよかったかもしれ
ません。佐祐理もお父様も一弥にはむごいことをしたと思ってます」」
仲が悪かったほうがよかった?
それはどんな意味の言葉なのか。浩平は自分が聞いていい事なんだろうかと思い
つつも、佐祐理の発現を遮る事はしなかった。周りではまだ作業が行われていて、
それなりに騒がしいというのに、佐祐理の声は浩平の耳によく届く。
「浩平さんの仰るとおり、一弥は倉田家でも待ち望まれていた長男でした。だけど
それだけにお父様や周囲の期待は大きかったのです」
それは―何となくだが浩平にも想像出来た。待望の跡継ぎなどという大層な肩書
きに期待しない人はいないだろう。まして、倉田家のような大きな家ではよくある
事なんじゃないだろうか、そんな風に浩平は考えていた。
浩平は頷きつつ佐祐理の話の続きを促した。
「佐祐理は……お父様の言い付けで、一弥を厳しくしつけました。姉として。です
けど……」
その独白は、今も佐祐理の胸を埋め尽くす暗い――過去。
「生まれつき体の弱かった一弥には、それがとんでもない重荷だったのだと思いま
す。親に甘える事もできず、姉と呼ぶ人には厳しく当たられ、あの家に一弥が心
休まる場所は何一つ無かったんです。そんな日々を過ごしたからでしょう、ある
日、一弥が言葉をしゃべる事が出来ないという事が明らかになりました」
「……それって、いわゆるストレスから来るっていう病気の一種?」
「はい。心因性の失語症と軽い自閉症から、一弥は言葉を発する事が出来なかった
んです」
浩平は、その言葉がどれだけ重いかを――知っている。佐祐理の話は、埋もれた
自分の古傷を鏡で見ているような気分だった。
「その後、一弥はどんどんストレスで衰弱していきました。日に日に弱る一弥を見
て、佐祐理とお父様は自分達の過ちにようやく気がついたんです。本当なら遅す
ぎるんですけどね」
「でも、助かったんですよね? あいつはああして元気なんですから」
「はい。お医者様には感謝してもしきれません。昔なら絶対助からなかったと言わ
れました」
「……そうか」
古傷は掘り起こされ、浩平は遠き日を思い出す。そんな思いをおくびに出さず、
少し笑顔が戻ってきた佐祐理の話に黙って耳を傾ける。
「それから、お父様は一弥に重荷を背負わせるのを止めました。佐祐理にもお姉ち
ゃんらしく接してやれ、と仰って。一弥はそれから、見違えるように生き生きと
しだして元気になりました。でも、どうして機械弄りに興味を持ったのかだけは
わからないんですよねえ」
「それは確かに。でも、アイツ毎日楽しそうだからいいんじゃないですか?」
「ええ、ちょっと心配しましたけど、けど一弥が笑っているのでよかったんじゃな
いかなって思います」
そうして笑顔で答える佐祐理はもう、いつもどおりの佐祐理だった。年中無休で
笑顔を振りまいているような人だ。出来れば、そうやって笑顔の方がいいはずだ、
浩平は、自分の過去を思い出しつつ現実に無理やり目を向ける。
「……ま、心配した姉に付き添いで乗艦されてるあたり、まだまだ子どもなのかも」
「そんなことないですよー。ほんとは佐祐理が弟離れできないだけで……あっ!」
何かに気がついたように佐祐理は口に両手を当てた。そして申し訳なさそうに、
浩平を見る。
「どうかしました?」
「い、いえ、ごめんなさいっ。浩平さんの前でこんな話して」
「……え? ああ」
突然ぺこぺこと謝りだした佐祐理にどうしたのかと、首を傾げた浩平だったが、
謝られる理由に一つだけ心当たり曖昧に頷いた。
「妹さんを亡くされている人の前で話す話では無かったです。本当にごめんなさい」
けれど、平謝りに謝る佐祐理とは裏腹に浩平はどこか晴れやかな顔で答えた。
「気にしないでくれ、倉田さん。もう、オレはその事は克服したからさ」
かつて、自分を縛り付けていたモノ。忘れた振りをして、蓋をして、見ないよう
に目を背けてきた、事実を――
(そう……オレはもう、みさおのことを受け入れたんだ)
胸の内を確認してもなお、あの虚無のような痛みはない。大丈夫だ、浩平はそう
強く確信していた。
エクシードブレイブス 第18話
彼方からの呼び声
――マザーバンガード ブリッジ
一方その頃、RGの軍事衛星の攻略概要を練っていた秋子は、資料を片手にブリ
ッジで考え事をしていた。しかし、他の人間の考え事と違い表情は変わらず、穏や
かなままで、変化に乏しく目を開けたまま寝ているのではないだろうか、と思われ
てもおかしくない様子であった。
「…くー」
まあ、その実娘の名雪は操舵席に座りながら本当に舟を漕いでいたのだが。ここ
だけの話、戦闘時に気を張りすぎる反動か、平時のブリッジで名雪が寝ているとい
うのは見慣れた光景である。その胸に抱える様々な苦痛を忘れ、幸せそうに眠る糸
目の表情に、束の間の平和を実感するクルーは多い。しかしまあ、慣れるまでは操
舵手が居眠り運転しているこの光景は肝を潰しかねないものでもある。
ともかくも名雪の寝息を環境音楽に、ブリッジクルー達はのんびりと警戒やメン
テナンスの仕事をしていた。
「……? ちょっと、これ見て」
「どうしました、沢渡少尉」
そんな時、周辺のデータを見ていた真琴がおかしなものを発見した。それは未識
別の戦艦クラスの質量の物体が緩慢ながら地球に接近している記録をソナーが捉え
たものだった。
「秋子さん、レーダーに変なのが映ってるんだけど」
「変なモノ? 何かしら?」
資料をおいて前面の巨大モニターに映し出されるデータに目を向ける秋子。そこ
には大まかにまとめられた移動物のデータが出されている。
所属不明。
外観データ。
熱源反応多数。
少なくともRG関係のものではないようだが、得られた情報からこれが戦艦であ
る事は疑いようがないようだ。
「RGのとは違うみたい。んー…どこのだろ?」
「あれ…? こいつはひょっとすると…」
真琴が首をかしげる横で、何かに気づいたように住井がデータを眺め始めた。無
言だが、その頭の中に蓄えられた膨大なデータベースの中から、気になる情報を引
っ張り出しているのだろう。
「真琴ちゃん、コード10478で連邦のデータベースに繋いでみてくれないか」
「えーっと…ぽちぽちぽちっと…」
真琴は住井に言われたとおりにデータベースにアクセスする。そして得られた情
報から合致するデータを見つけたと、コンピューターは報告する。
そこに現れた詳細なデータに一同は息を飲んだ。
「イレイザーの…主要戦艦…!? ちょっと住井! これってどういう事よ!」
その場にいた留美がいち早く住井に問い詰める。しかし、いくらなんでも問い詰
める相手を間違っている気がしないでもない。
「落ち着けよ七瀬さん。イレイザーだって火星から直で地球まで来るはずないだろ?
過去に何度か戦艦でこっちに来てるんだ、情報くらいあるさ」
「あれ? でもそれじゃあなんでマザーバンガードのデータベースに入ってないの
よ」
留美をたしなめる住井に真琴は当然の疑問を口にした。
「まあデュランダルに対する当て付けだろ。データベースの管理をしているのは、
反水瀬派の筆頭の年寄りだからな。全く水瀬艦長に直接文句も言えないくせに、
こういうセコイ嫌がらせしてんだからしょうもないったらないぜ」
やれやれ、とジェスチャーと一緒に首を振る住井。まあそれはさておき、イレイ
ザーの戦艦が地球に向かっているのは事実だ。加えてRGの妨害で地球は宇宙の情
報が入手しづらい。これの発見が遅れるのは大いにありえる事だった。
「イレイザーが地球に対して行っているのは散発的な攻撃と略奪。軍事的な行動と
いうよりは無差別テロですね。攻撃する地域に一貫性がなく、略奪も現状維持に
必要な分だけ、その癖主要地域への攻撃はしない、とどうにも読めないんですよ
ね、動きと目的が」
住井の言うとおり、イレイザーの地球への攻撃は適当という言葉が一番的確な程、
規則性や目的がなかった。その為、連邦上層部はイレイザーはただのゲリラ的集団
と見て、それほど主だった対応をしていない。何故なら自分たちが安全だったから
だ。
過去、バフラム軍の使用していたOFが使われている事から、イレイザーはバフ
ラムの残党という見方が連邦上層部ではお決まりだった。ゆえに彼らは焦った。バ
フラム戦役での報復という名目で、お門違いな復讐を仕掛けられたと思ったからだ。
ところが、行われるのは実に適当な攻撃と略奪のみ。自分たちの下に火の粉が来
ないのを知るや否や、優先すべき事項があるなどと尤もらしい意見を並べ立て、イ
レイザーへの連邦軍の対処はおざなりになったのである。
それがアンリミテッド結成に繋がり、御剣財閥を中心とした自衛団繋がりで財閥
界にも動きがあったりしたのが、ここ最近の地球の情勢である。
「真琴、イレイザー艦の動きは?」
「うんっと、こっちには気づいていると思うけど無視されてる気がする。だって、
航路上ですごい接近してたのに、何にもされてないし。ステルス機能のせいかも。
けど、何で急に見えたのかな」
「さあなあ、ただこちらを無視したって事は地球へ接近するか降りるのが最優先事
項ってことだろうな。艦長、どうしますか?」
このまま無視し合うのが双方の為かもしれない。とはいえ、仮にも地球連邦軍に
属している部隊が、地球に害を為すつもりの相手を、発見しておきながら素通りさ
せたとあっては大問題だ。秋子の決断は早かった。
「住井さんの言うとおりだとしたら、あの戦艦を地球に近づけるのは得策ではあり
ません。RGの事も気になりますが、イレイザーも無視するわけにはいきません」
「今なら、まだ追いつけるよ、お母さん〜」
いつの間にか眠りから覚醒し、しっかりと舵を取る名雪に秋子は無言で振り返り
頷く。
「名雪、全速力で追尾して頂戴。総員、第一級戦闘配備。イレイザー艦の地球降下
を阻止します!」
「「了解!」」
――イレイザー戦艦 スフィンクス級大型戦闘艦
スフィンクス級大型艦――とはいっても別に神話のスフィンクス型の戦闘艦とい
う訳ではない。バフラム戦役の際に使用された戦闘艦を参考に、OFの搭載数の増
大、戦艦前面部や底部の副砲および主砲の強化、ステルス機能の搭載と大幅な性能
強化を施した艦がこのスフィンクス級である。
「よう、ファイナ。俺のテンペストは仕上がっているのか?」
「ええ、カタパルトにすでに準備されているはずよ。それよりもボルケス、貴方本
当に大丈夫なの?」
「なあに、適当に派手な行動を起こせば大将のほうから見つけてくれるさ」
「…別に地球を攻撃することに文句は言わないけど、その大雑把な性格どうにかし
たら?」
「いやあ、無理無理。もう根付いちまってるからな、ガハハハハ!」
銀色の長い髪の女性にため息をつかれているというのに、それを笑い飛ばす見た
目熊のような大男は見た目どおりの大雑把さだった。
ファイナとボルケス。イレイザーを率いるイサイル直属の三人の配下。通称「フ
ォース・ディザスター」と呼ばれる内の二人だ。
彼らは機体に彼らの「フォース・ディザスター」としての名を与えられている。
ボルケスには「テンペスト」
ファイナには「ライトニング」
イサイルの特に信頼の厚い三人は、実質上イレイザーの半分を動かしているとい
っても過言ではない。
「本来の目的を忘れないでね。封印の解除、それを可能にする『鍵』を探すのが、
私達の目的なんだから」
「わかってるって。しっかし大将は本気かねえ? 俺はどうにもオカルトは信じな
い、口なんだが…」
「私もその意見には半分賛成よ。けれど、目の前に答えがある以上否定しても意味
のない事ではなくて? あのラプター達が真実よ」
「違いねえ。どっちにしろ小難しいこたぁ、お前やカロンに任せる。俺はただ適当
に暴れられりゃいいんだよ。それじゃ、ちょっくら行って来るぜ」
やや乱暴にボルケスはブリッジから去った。ファイナはやはり、またため息をつ
いて椅子に深く腰掛ける。ボルケスは、単純なのだがそれだけにどうも扱いに困る。
いらぬ気遣いをさせるという点では、そこらの部下よりよっぽど性質が悪い。もっ
とも無人機を主力とするイレイザー軍にはさほど、人員は乗っていなかったりする
のだが。
「ファイナ司令官。先程、接近した連邦軍の艦がこちらに向かっています」
「何ですって?」
突如、オペレーターがありえない発言をしたのでファイナはいらただしげに、そ
のオペレーターをにらむ。この艦にはステルス機能を搭載してある。まだ本格的に
接触していない連邦軍に、解析出来るはずがないのだがとファイナは疑問を抱く。
「どうもテンペストの射出準備をしたときに、ステルス機能の一部に不具合が発生
したみたいです。その時に位置情報が向こうに漏れてしまったのかと」
「……相変わらず不安定で使えない機能ね」
最終的に敵に発見されるステルス機能など何の意味があろう。ボルケスに降下の
中止を提言したところで聞きはしないだろう。そうなると、積んであるOFで、足
止めをしなければならない。全く、今日は厄日なの? とファイナの疲れは一層増
した。
「……ボルケスのテンペストは予定通り射出。この宙域で待機し、私達は敵の足止
めよ」
「了解しました」
「ああ、そうそう。サイクロプスUのテストするからラプターと一緒にスタンバイ。
ライトニングも一緒に頼むわよ」
「司令自ら出るんですか!? 未知数の敵に対してそれは…」
あまりに無茶だ、そう言ってオペレーターはファイナを諌めようとしたが、ファ
イナは静かに首を振る。
「おそらく、アレは無人機だけじゃ止められないわ。報告に上がっていたでしょう
連邦軍の独立遊撃部隊の話」
「ああ、確かデュランダルとか…。あれが、そうだと?」
「確証はないけどね。念の為データの照合をしておいて頂戴。場合によっては一時
撤退も考えるから、その準備はしておいて」
「了解しました…司令もお気をつけて」
無言で頷き、ファイナはブリッジを出た。誰もいない廊下を歩きながら、一人思
う。自分の在るべき場所は、安全なブリッジではない。
「血と硝煙の煙る…戦場だけが私の居場所か…」
自分が望んだわけではない。しかし、結果として彼女は自分にはそれしかないと
思わされた。それを理解してなお、考えを改めることはできなかった。ましてボル
ケスのように破壊と殺戮を当然と思うことも――彼女には出来なかった。
ファイナに出来るのはただ、自分の胸に飛来する虚無を復讐という形で埋める他
はなかった。しかもその復讐すら誰の復讐かもわからない。ただ、このまま安穏と
生きるには、自分に足りないものが多すぎる。
死んだ同僚、名前のわからぬ同僚、復讐を捧げる相手はかつてのバフラム戦役で
の死者。
恋人、家族、親友。そんな大層な相手ではない。ただ誰の為の復讐かと問われれ
ば彼女にはそう答えるしか相手がいなかった。
気がつけばライトニングのコックピットの前に立っていた。アージェイトと同じ
く女性型のフレームを採用された高速遠距離射撃型のOF。近接戦闘での弱さはあ
るものの、それを補って余りある豊富なサブウェポンとスピードが売りの、文字通
り「雷」の如き機体である。
コックピットに座ると、否が応でも戦う自分が蘇る。虚無を抱えるがゆえに虚空
の目的を胸に、虚しい戦いを続けるファイナ。彼女はそれを受け入れている。
「――それじゃ、行こう。ライトニング」
銀髪の女性が、虚空の雷を伴って宇宙に出る。満たされぬが故に、失うものはな
い。奪うつもりはない、ただ、彼女は――戦いが何時かこの虚無を無くしてくれる
と信じているから――戦場を駆ける。
第十九話に続く
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