――ノアシップ ブリッジ 「これは…!? ちょっと貴女達、この解析結果は間違いないのですね!?」 月詠はモニターに表示された結果を見て声を荒げる。それは取り乱す、という程 度では済まないほどだった。びくりと肩を震わせながらもオペレーターの女性はお ずおずと答えた。 「は、はい。間違いありません」 「そんな…」 どさっと月詠は後ろの席に倒れこむ。何かの間違いであってほしかった。 だが現実は残酷だ、三度目の計測でも寸分違わぬ結果が出た。彼女達にとって 最悪と呼べる結果が。 月詠はしばし思案するように俯いていたが、ようやく決意したのか顔を上げ、 「ノアシップ発進準備! 戦闘領域に至急向かいます!」 「了解!」 急な命令にも関わらず、オペレーター達はきびきびとした動作でコンソールを操 作する。 「メインエンジン始動、艦内に発進警報」 「艦内の各員に通達、これよりノアシップは発進準備に入る、各員所定の位置へつ け!」 「各銃座、砲撃手は準備に入れ。到着予定地では戦闘の恐れもあり、繰り返す…」 発進の準備を整えるため、にわかに騒がしくなったブリッジで月詠は天上を見上 げただ祈る。 (いざとなればこの艦を盾にしてでも冥夜様を守らなくては…)エクブレTOPに戻るエクシードブレイブス 第3話彼の者の名は冥府の王吹雪は元々陸戦用の戦術機である。よって空戦を行うには脚部ブースターと背部 バーニアによる推進力を逐次作動させて推力を得て飛行せねばならないわけだが、 その調整と攻撃用の操作。いわばパイロットには二種類の異なる操縦技術が要求さ れ得意地形ではない地形で戦う事は、パイロットの技術に枷をつけるようなものだ。 だが、武は持ち前の技術と器用さを発揮し、空戦用機体に負けず劣らずな飛行を 見せている。 今も海面上を飛行しつつ、上空から迫り来るラプターをマシンガンで迎撃してい た。接近に持ち込まれるとかえって不利になるのがわかっているからだ。 「っと…このっ!」 つかず離れずの位置を維持し、確実にマシンガンを当てる事でラプターの耐久力 は落ちている。 そこへ、対艦刀を振り上げた武御雷がラプターの背後から迫る。容赦なく振り下 ろされる「皆琉神威」。その剣戟は海面の水を巻き上げ、周囲にラプターの残骸と 水しぶきを撒き散らした。 「豪快な刀だな…。扱う機体の動きもだけどよくあそこまで精密なモーションが再 現できるな…」 妙な事に感心する信哉だったが、言っている事はもっともである。機体の動きは、 登録されたパターン以外の動きは出来ない。今の武御雷のように手首の部分から腕 の返しまで。事細かに、より精密に、再現する動きが細かくなれば機体への負担は 大きくなる。だがあの武御雷の動きにはそう言った機体にかかる無理が見えない。 自然のまま振るい、それを苦もなくこなしているのが見て取れるのである。 水面から離れ上昇したクラウ・ソラスの前に、待ち構えていたかのようにラプタ ーが立ちはだかる。 「俺とやるのか? お前じゃ相手にならないッ!」 クラウ・ソラスの右腕にはブレードが収納されていて、攻撃時には右腕が延長さ れたような形にブレードが開く仕組みになっている。 対するラプターは両腕がブレードと化している。有人無人の違いはあれ、OF同 士ゆえ基本形式は似ているのだった。そしてこういう手合いは対して相手にしづら い。 接近戦で、ブレードによる打ち合いが始まる。右に左にと、振るわれる刃をラプ ターもまた同じようにしてブレードを打ちつけ威力を相殺する。 その度に互いの距離が開くが、反射的にその距離を詰めようとする――それがほ ぼ同時に起きるため、まるで二機がダンスでも踊っているかのように見ているもの には映るだろう。予想通りの展開に思わず舌を鳴らした。 「基本性能はこっちが上…だったら!」 多少、強引でも攻めそして押し切る。 キリのない円舞にクラウ・ソラスが変化を加えた。離れる瞬間に、より後方に一 度下がり、バーニアを点火し、高速移動で助走をつけてラプターに飛び込んだ。 「これでどうだっ!」 スピードを乗せて身体ごとぶつけるブレードの突き。ラプターの頭部にヒットし たそれは勢いに乗ってラプターを後方まで吹き飛ばす。 そのまま流れるように、ニ撃、三撃と横に縦にブレードを振るうクラウ・ソラス。 そしてラプターが姿勢制御に翻弄される隙に一度チャージを行い、エネルギーを纏 わせたブレードを遠心力に乗せて一気に回転斬りとして放つ! その一撃でラプターは真っ二つどころではなくバラバラに空中分解した。 クラウ・ソラスの一撃、バーストブレード。連続攻撃からつなぐ事でチャージ時 の硬直時間を短く出来る事に気が付いた信哉お得意の戦法である。 「おーおー、相変わらず綺麗に決めるなー、信哉」 「茶化すなよ、これくらいしか有効な戦法がないんだ」 苦笑しながら信哉は答えた。クラウ・ソラスはオリジナルのジェフティ同様、様 々なサブウェポンプログラムを搭載しているはずだったのだが、その全てがアンイ ンストールされていたのに気が付いたのは戦闘中だった。 祐一も、信哉がハンドガンとブレードしか使ってないのでその事には気が付いて いた。 「まあ、サブウェポンを全部取り上げられている今じゃ無理もないか。けどさ、そ れって掴んで投げたりとか出来なかったか?」 「……ああ」 忘れていた、とばかりに信哉は頷いた。 「忘れてたのかよ」 「仕方ないだろ。モビルアーマーやスーパーロボットには、まず通用しない戦法な んか忘れてても」 「まあ、そうだけどな」 無重力下なら別かもしれないが、重量を考えるとOFのパワーではちょっと無理 な話である。 「さて…これで全部片付いた…!?」 そこまでつぶやいて信哉は妙な空気を感じ取った。 まるであってはならないものの放つ異様な雰囲気である。いや、そんな陳腐なもの ではない、少なくとも二人にとっては。 「何だ…! この異常な念は…!?」 「何処だ…何処から…ッ!?」 するとそこに…丁度信哉達の機体ににかこまれるような形で一機のOFが現れた。 全身が主に赤で統一されたカラーで頭部はまるで犬のような機体。 そして威圧的な5枚の翼に、特徴的な長いロッド。身体とほぼ同じ長さのロッドは かなり広い間合いを支配できそうな印象を与える。 信哉は自分の知る知識の中からあれと似た――同じ機体を思い出した。 「アヌビス…!? いや…そんな…!?」 「アヌビスって…まさか」 武はそれ以上言葉にできなかった。 「…数年前バフラムが火星で反乱を起こした際にバフラムのリーダーが使用してい た最凶のOF…。たった一機で地球軍の戦力の3分の2を削り、火星を火の海に した未だ悪魔の伝説として残る機体だ…」 信哉が代わりに説明した。 「だが…あれは地球軍の手に確保されたジェフティとその仲間たちが破壊したはず だ!」 祐一は思わず怒鳴り声を上げた。 「落ち着け祐一。じゃあここにあるクラウ・ソラスのモデルはなんだ?」 「…! まさか…」 祐一に浮かんだのは最悪の答えだった。 「現状、火星側のデータベースにしかOFのデータは残っていない事になっている が、元々ジェフティとアヌビスの研究は地球連合軍が進めていたプロジェクトだ ったはず。結局バフラム軍の研究施設の襲撃の所為で、データの所在はうやむや になっていたが流用されてあちこちに流れた可能性は低くない」 信哉と祐一が会話をしている間も無反応のアヌビス。 だが、それは一瞬のことだった。彼らの目の前からアヌビスは消えたのである。 「…どこだ!?」 だが次の瞬間祐一のフラムベルクが突如海に向かって叩き落された。アヌビスが 背後から攻撃したのである。背後から背中を軋ませるほどのGに、祐一はたまらず 声をあげた。 「うわああぁ!?」 叫びつつも機体の体勢を立て直す祐一。だが、急な姿勢制御が出来るような楽なG ではない。スラスターのレバーを引くことが出来ず、フラムベルクは水面に叩き付 けられる――かに見えた。 「がっ!?」 背後からの衝撃が突如、正面からのものに変わる。まるで突き上げられたかのよ うな感触を感じる祐一。実際に突き上げられたのだ、アヌビスと思われる機体に。 その機体は落ちるフラムベルクよりも先に、フラムベルクの落下点に回りこみ、 フラムベルクを手に持つロッドで突き上げたのだ。その間は僅か数秒にも満たない。 その場にいた人間には何が起こったのかさせ理解できなかったろう。 その熾烈な一撃は、決して薄くはないフラムベルクの装甲を削り、中の祐一にま でも届く強烈な震動を立て続けに叩き込んでいく。 「祐一!!」 さらに突き上げられたフラムベルクより、やはり先に上昇点に回りこんだその機 体は右手に高めたエネルギー球を手にフラムベルクが来るのを待っていた。 急速に機体ごとかき回されたかのような衝撃で祐一の意識はフラフラだった。機 体の操作も覚束ないまま、やがてフラムベルクは例の機体の前まで上昇し―― 機体全体を包み込むほどのエネルギー弾で射抜かれた。 ブースターでもここまでの速度は出ない。既に呼吸をすることすら困難な衝撃に 祐一は意識を失っていた。そしてフラムベルクは徐々に水面近くまでエネルギー弾 に落とされかけ、水面に達するか否かの地点で弾は弾けた。 轟音と爆発の衝撃波が円状に周囲に散る。水面に波紋を残し大きく波立たせフラ ムベルクが海中に沈んでいく。 「祐一ィィッ!!」 信哉が叫びフラムベルクのところまで行こうとするが、そこへ先程の機体が行く 手を遮った。 「! テメエ…あくまで邪魔する気か?」 「……この程度かい?」 「何?」 突如、相手から声のみの通信が伝わってきた。やや中性的な声だが、おそらく男 性のものだろうという事がわかる。 「わかるんだよ、君も…そして彼も。同じだろう…僕と?」 その言葉と同時に、信哉の頭に痛みが走る。まるで脳に針でも刺さったかのよう なこの僅かな痛みには覚えがある。 ――サイコドライバー同士の共鳴 「どの程度か見てみたかったんだけどね、まるで期待ハズレだ」 「…試される覚えはないっ!」 その叫びと共に、信哉はクラウ・ソラスを発進させ相手の機体に飛び込んだ。だ が、ダッシュのスピードも乗せたその突きをロッドで難なく受け止められる。 「無理だね。君もパイロットとしての腕はさほどでもないね。これはアヌビスの原 型、いやジェフティとアヌビスのプロトタイプだよ。あまりの危険性に製作者達 が抹消した品なのだけれどね…。名を…ウオン・ネフェル。君達にはオシリスと いったほうが、聞こえがいいかな」 オシリス。 救世主にして死の神を名乗るエジプトの神である。 「それでわざわざ地球まで来た理由は何だ?」 「観光」 「…本気で答えろ」 相手のからかうような対応に一々反応していては相手の思う壺なのは理解してい るが目の前で祐一を落されたからか、今の信哉に普段の冷静さはない。 「いつも偵察は無人機に任せていたんだけどね。たまには自分の目で見ないとわか らないものもあるだろう? そうしたら…自分と同じ人間の反応がするじゃない か。ちょっかいを出したくなるのは人情だと思わないかい?」 「成る程ね、それでお前は何処の手の人間だ?」 「あれ? 君は知らないの? そうか…てっきりそこの人達の仲間だと思ったんだ けど」 「生憎、彼らとは行きずりの関係だ。お前はおろか、そこの奴らの事だって詳しく は知らない」 「それは失礼したね。僕はイサイル、反地球組織『イレイザー』に所属するパイロ ットと言ったところかな」 「イレイザー…バフラムのようなものか?」 「んー、まあ大半の戦力が彼らの残した品だし、マーシャンの中でも未だに反地球 精神の消えきらない人間で構成されているから似たようなものだと思ってもいい かもね」 「つまり俺達の敵だな、もっとも確認する必要もなかったと思うが」 「怖いなあ、そんなに睨まれたら逃げたくなるじゃないか」 「はっ、言ってろ!」 静止状態から、即座に背部バーニアを点火して高速移動で距離を詰めるクラウ・ ソラス。真正面からの攻撃が無理なら背後、側面を狙うのは基本手段である。 OFのように機動性、小回りの利くものであれば特にである。だが、今回は相手 が悪かった。 いくらOFでも、間に合わないタイミングでのクラウ・ソラスの一撃。頭部を狙 ったブレードの鋭い突きは、空を切る。 「なっ!?」 「残念賞…だね。賞品は…君の命?」 その声と同時に背後から小刻みの震動が伝わってくる。すぐに機体を反転させる もそうなればその衝撃が正面からのものに変わるだけだ。 ロッドの先端を使った高速連打の突き。機体の挙動を封じるように繰り出される その連撃は多少の動きや移動では逃げられないしつこさを持っていた。 「くっ…こ…のっ!」 何とかブレードを横凪ぎに振るうも、その次の動作に移る前に再び連撃の嵐が来 る。頭部を強打され、上向きに浮かされたかと思うと今度は機体の首を掴まれた。 「さあ、僕の速度を体感してごらん。…死ななければね」 何が起こったのかを知ることは信哉には出来なかった。身体を襲うGの衝撃が全 身を揺さぶり、意識を強制的に手放させようとする。 そして周りで手を出せずにいた者達もそれは一緒だった。 クラウ・ソラスが掴まれた、そう思った次の時には派手な水しぶきがあがった。 海面には、僅かにクラウ・ソラスの頭部が見える。身体は完全に海に没している。 その近くに佇むオシリスの姿によって、クラウ・ソラスは高高度から、一気に海面 まで引き摺り下ろされたのだと言う事が窺えた。 「野郎!」 武がその惨状に、腹を立て吹雪を駆り一気にオシリスまでの距離を詰めようとす る。だがそこへ一筋の閃光が走った。 オシリスを僅かに掠めるように抜けて行ったのはメガ粒子砲の光。 「むっ?」 不信に思いイサイルが振り返った先には、巨躯をものともせず果敢に向かってく る一隻の戦艦が迫っていた。 「ノアシップが動いている…月詠か」 冥夜が感心したように頷いた。ノアシップは相変わらずオシリスに目掛けて機関 砲や粒子砲を撃ち続けている。 「やれやれ無粋だな。せっかく闘いを盛り上げていたのに水を差してくれちゃって」 イサイルがそう言うとオシリスが徐々に高度を上げる。 「てめえ、逃げるのか!?」 「言葉は選んでほしいな。逃げるというのは相手が強いときに使う言葉だよ。僕は ねあえて引いてあげるの。今、君達を潰した所で馬鹿な連中を喜ばせるだけに過 ぎないだろうしね」 憎たらしいが事実である。おそらく彼が本気を出せばここの数機の部隊などあっ という間に全滅できるだろう。アヌビスではなかったとはいえ、高スペックのOF がどれだけの戦力を持っているかはしっかりと再現して見せたのだから。 「あー、君? 聞こえているよね、そこのOFの彼。君の名前は?」 まだ完全に沈みきっていないクラウ・ソラスに向けて通信するイサイル。僅かな 沈黙の後、搾り出すような声で信哉は告げた。 「緋神…信哉…だ。この借りは絶対に返す…覚えておけ…ッ!」 息も絶え絶えに、だが目は闘志を失わずモニター越しにもその殺気はイサイルに 伝わった。何故かその態度に満足そうにイサイルは頷いた。 「また僅かに力が上がる、か。いいだろう受けて立つよ」 そう言い残し、オシリスは空へ向かって消えていく。そしてクラウ・ソラスもま た完全に海中に没した。 「おい、武。あの二人まだ生きてるぞ、サルベージしてやったほうがいいんじゃな いのか?」 「ああ、そうだな。ったく運のいい奴等だな」 武はそう言いながらまだ海面に見えるクラウ・ソラスの腕を掴み引っ張り上げる。 向こうでは武御雷が同じようにフラムベルクを引き上げていた。 直接叩き込まれたクラウ・ソラスと違い、フラムベルクは左半身が完全に無くな っていた。数センチずれていれば、コックピットにも被害があったことを思うとぞ っとしない有様である。 「……信哉」 吐き気がし、今にも失いそうな意識を総動員し、祐一は信哉に話しかける。 「……何だ」 「…強く…なろうぜ」 「……当たり前だ。…このまま…引き下がって…たまるか」 ノアシップに運び込まれ、意識を失うまでの間。二人はその最後まで強く思い続 けていた。――強く、ただひたすらに強くなることを 第四話に続く