独特の威圧感を放つPT。構えた二刀の小太刀。それが放つ重圧に誰もが息を飲

 み、足を止める中、恭也の戦術機『八景』がそのPTの前に立ちふさがる。

  僅かな間の後に個人通信が入る。恭也はそれを緊張の面持ちで受けた。

 「………今のを見ていたのなら」

  相手の画像にややノイズが走る。けれど、その声、僅かに映ったその顔に恭也は
 
 覚えがある。覚えがあるが、信じたくはない。

 「…………そこを……どいてくれないか?」

 「………お断りします」

  ぐ、と恭也は腕に力を込める。恭也の感覚は戦術機の中にあって、外で小太刀を

 握る八景と連動している。普通に小太刀を取って戦うのと変わらない感覚。それを

 実現したのが戦術機のシステムだ。

  条件はおそらく相手もおそらく同じ。あれだけの大立ち回りをやってのけたのだ。

 人型機動兵器に乗っているから――などというハンデは無きに等しい。

  恭也の拒絶の言葉を戦いの合図とみたか、相手のPTから伝わる威圧感が増大す

 る。それだけが、無言で語る。立ちふさがるならば――斬り伏せる、と。

 (…………武装は最善。機体の異常は無し。……やるしかない)

  恭也の目に光が宿る。駆け抜ける疾風が如く、右の小太刀で斬りつける! それ
 
 を受ける敵のPTの小太刀は左。恭也の剣閃が稲妻ならば、相手の剣閃は紫電。ど

 ちらも電光石火の速度で持って相手の命を最速で狙っていく……!

 「あ……っ……!」

  その斬撃を見て美由希が思わず声を漏らす。そのPTが放った斬撃は、美由希や

 恭也にとってどれだけ馴染みのある斬撃だったか。互いの放った一撃は拮抗し、周

 囲に衝撃をまき散らして互いに弾かれる。恭也はすかさず左手から投擲用の小刀を

 放つ、投げのモーションに入った。

  恭也達の戦術機は、パイロットのイメージが戦術機と連動して武装を使用する形

 になっている。そうすることで恭也達が違和感なく戦えるようにするためだ。そし

 て、恭也が今イメージしたものは、御神流の剣士が基本的に使う鋼糸、小太刀、そ

 して投擲用の小刀の内、相手に隙を作る事を目的としながら、必殺の意思をもって

 放てば、十分に相手の命を奪える、小刀の投擲――!

  八景の左手から、小刀が撃ち出される。瞬時に小太刀をしまい掌のギミックから

 高速で撃ち出される小刀が、相手のPTに向かって飛翔する。

  だが、相手のPTはそれを左の小太刀で容易に弾く。しかし、恭也はそんなこと

 顔色一つ変えない。相手がどれだけ強大かは既に承知。無数の攻防の内のたかだか

 一つでいちいち一喜一憂する暇など無い。瞬間、御神流の奥義の一つが静かに発動

 する。

 (……………神速……!)

  恭也の世界がモノクロに変わる。

  全てがスローモーションへと変化する世界。

  自身もまるで泥の中を進むような遅さに――けれどその速度は僅かに速く。
  
  瞬間的に知覚力を増大させ、あたかも周囲が止まっているように振る舞うことが

 出来る御神流の奥義の歩法『神速』――

  如何なる理由か、発動者には世界から色が失われる。モノクロの世界を、他の人

 間よりも圧倒的な速さだけ駆け抜け、敵を伏せる。これが――御神流を現在にあっ

 てなお驚異と感じさせる奥の手の一つである。

  八景は正面からの小太刀を左で払ったPTの左脇に回り込み、もう一度投擲用小

 刀を近距離で放つ。この位置、この速度なら小太刀を構え直して斬りつけるよりも

 小刀を放った方が早い、と恭也が判断したからだ。
 
  さしもの相手方のPTもその一撃を防ぐことは敵わず、二本の小刀がPTの脇に、

 刺さる。機械相手に致命的な一撃とは言えないが、多少の効果はあっただろう。

 「……………くっ………」

  恭也は押し殺した息を吐く。神速はメリットばかりではない。爆発的に高まった

 知覚力とそれに従って動かされる肉体は、当然のようにかかる負荷が増大する。恭

 也は『ある理由』により、その負荷に長時間耐えることは出来ない。自らを苛むよ

 うに痛む『とある箇所』からの激痛に思わず声が漏れてしまったのである。

 「………………驚いた」

  その声はオープン回線で流れる。隠すつもりがないのか、その声と姿はその場に

 いる全員の通信用モニターに表示される。

 「…………その歳で『神速』を使うのか……」

 「………神速………」

  その静かな女性の声に、美由希が呆然と呟く。しかし、それで解った、と言わん

 ばかりに敵のPTは独特の構えを取る。弓を引き絞るように左手を引き、右手には

 逆手で小太刀を構える。放たれる威圧感が増大する。ビリビリと周囲の空気がまる

 で弾けるように震え出す。身体が重くなるほどの殺気をその場にいる誰もが感じた。

 「……………殺しはしたくない――だから、防げ………」

  首を狩る鎌のような曲線を描く右の剣閃。その速度、その威力。斬られるずとも

 予想が付く。容易く戦術機の首を飛ばす。無論、実際の首ではなく――コックピッ

 トに位置する、いわば人と機械の両方にとっての急所。咄嗟に八景はその斬撃を右

 の小太刀で受け流す。しかし、そこで生まれた隙を狙い、引き絞られた敵の左手が

 動く。

 (………長い間合いから来る高速の突き………かわせない…!)

  恭也の中でもう一度スイッチが入る。世界を変える儀式。色が失われ、時が止ま

 ったかのような世界で、恭也は相手のPTがスローになるのを――

 (……………ならない!)

  感じなかった。



エクシードブレイブス 第29話


月が導く新たな船を




 御神流・裏 奥義の参

 「小太刀二刀御神流裏……奥義の参――射抜」

 「………………!!」

 射抜

  それは点の軌跡に等しかった。僅かな一点が残す軌道。故に一筋の直線が瞬間的

 に走ったかのようにしか見えない。そんな糸のような軌跡を見切るなど、並大抵の

 事ではない。恭也といえどもそれは例外ではなく、彼女のPTが放った必殺の突き

 をかわすことは出来なかった。

  その一閃は八景の右肩を掠め、しかしその速度でもって抉るように装甲をまき散

 らした。この威力、直撃を喰らえば、単純に穴を穿つのではなくその衝撃は周囲を

 こそぎ取り、内部まで破壊するに至るまさしく必殺の一撃であった。

  対して、交差する瞬間に八景の放った小太刀は、彼女のPTに僅かなかすり傷を

 残す程度に掠めた程度であった。あの状況でなお反撃の動作に移った恭也の力量は

 驚嘆に値するが、それですら彼女には通じなかった。

 「……ふむ…なかなか使う……」
  
  だが、彼女の関心を引くには十分だったようだ。八景の方を見て、彼女は通信を

 開いたまま厳かに語る。

 「だけど、それなら……今の攻防の意味はわかるね?」

 「………………」

  『射抜』は、放った先から自在に派生する奥義である。それの意味するところは、

 すなわち。

 (…………俺は今彼女に手加減されたのか………)
  
 「…………私の………願いのために出された条件は……まだ終わっていない」

  彼女は淡々と告げる。それは、今の戦いを見せて己の実力を誇示した上での、静

 かな――脅迫。

 「…………命が惜しければ………私の邪魔はしないことだ………」

  その言葉に、誰もが一瞬臆しただろう。当然である。単機で、止まったとはいえ

 戦艦を落とし、大立ち回りをやってのけ、あまつさえ数の上では圧倒的に不利だと

 いうのに、怯むどころか敵を寄せ付けないほどの威圧感を放った女性の言葉である。

  けれど、恭也だけが、恭也だけが見抜いた。彼女の瞳、その向こう側に宿る意思

 と、彼女の放った御神流。

 「…………では」

  その言葉を最後に彼女のPTは戦線から悠々と離れていった。誰もがそれを追わ

 ない。追えるはずがない、今この場の全員を相手にしてもなお、勝ち目を感じなか

 った相手だ。――ただ一人を除いて。

 「恭ちゃん!?」

 「…………すぐに戻る………!」

  恭也は短く告げて、八景を飛ばした。その背、立ち去るその背中に感じた僅かな

 悲哀を信じて。




 ――極東支部より外れの海岸

 「……………美沙斗さん!」

  連絡待ちなのか、やや外れの海岸でたたずむPTへの通信に、恭也はその名を呼

 んだ。確信めいた何かがあったのだ、彼女は自分の知るあの人だと。

 「………………覚えていたか」

  応答がある。それはあたかも、背を向けていた彼女がゆっくりと振り返るような

 そんな印象すら与えた。

 「最後に会ったのは……君がまだ、本当に小さかった頃だけど」

 「……忘れません…とても……優しくしてもらった」

  御神美沙斗――恭也の父である高町士郎の妹。しかし、恭也にとってはそれ以上

 の意味がある。

  義妹――美由希の実の母親という、もう一つの意味が。

 「…………どうしてこんな事を」

 「…………君は今、連邦に?」

  恭也の質問には答えず、美沙斗は逆に質問を返す。

 「……いえ、籍だけは連邦に置く、ちょっと変わった部隊に所属しています。……
  大切な人と、友人を護るために」

 「………そうか。君も……護るために剣を……兄さんとそっくりだな」

  恭也には画面越しでも、その言葉を語る美沙斗の姿は優しく、そして儚く見えた。

 そして解る。この人は、やはり昔のままの優しさを持っているのだと。

 「…………出来れば、君も、あの部隊の子達も……傷つけたくはない」

  それは本心だろう。何故なら、おそらく最初からあの場に潜んでいた美沙斗にな

 ら、別にRGの襲撃が終わるのを待たずともノアを落とすことが可能だった。しか

 し、あえて、RGの襲撃が一段落し、艦内から人が出るのを待って仕掛けたことを

 考えれば、無駄な犠牲を出したくないという、彼女の意見には真実みが増す。

 「…………だから、君からも伝えてくれ。私の………機体を見たときは仕掛けるな」

  こちらの邪魔をしなければ命までは取らない、と。美沙斗はそう告げて欲しいと、

 その言葉で恭也に頼む。それは懇願に近い。まるで無意味な命を散らせないで欲し

 いと、戦場に立つには矛盾した考え。

  けれど、恭也にはもっと別な気がかりがある。

 「……美由希には」

 「………あの子の母親であることは……もう、ずっと昔に捨てた…。いまさら、ど
  の顔を下げて…」

 「………美由希は……」

  恭也は知っている。美由希は――実の母親のことを好いてはない事を。けれども

 今となっては恭也だけが知る真実を美由希はまだ知らない。故に、恭也は思う。本

 当の事を知れば、と。

 「美由希は、本当のことを知ったら………」

 「言うな……………10年以上かけて、やっとここまできた……。ここを逃したら
  次はいつになるかわからない……」

  それは何のことなのか恭也には見当も付かない。ただ、それを伝える彼女の意志

 の強さは伝わってくる。だから、本気になれば例え何であろうと斬り伏せて彼女は

 進むだろう事も理解できた。それが――悲しいことであることも。

  すっと、周囲の空気が冷たくなったように恭也は感じた。

 「………邪魔をする気なら……たとえあの人の息子でも……斬り伏せるだけだ」

  恭也はずっと動けなかった。彼女の放つ剣気、それに気圧されてしまった事もあ

 ったのだが、そう言い放つ彼女の瞳がますます悲しみに包まれていくのを感じ取っ

 てしまったせいでもあった。

  無言のまま、彼女のPTは背を向ける。それすらも絶対の自信。例え背を向けて

 も負けはしないと。

 「………もうすぐ、合流の時間だ。厄介なことになる前に……行くといい」

 「…………ええ」

  複雑な感情を抱いたまま、恭也は静かに八景をその場から退かせた。

  ただ一人知る真実。

  彼女が何を目的として動くのか。

 (………………俺は………………一体どうすればいい…………)

  帰還の後、事情を説明することの気の重さも手伝って、恭也は思考の海に深く、

 沈み込んでいく。


 
 ――極東支部

  恭也が極東支部に戻ると、アンリミテッドのメンバーは戦後処理に追われていた。

 局地的な戦闘としては、戦艦が落とされるほどの派手な戦闘だった。それらの事後

 処理に加え、けが人も出ているのだから作業が大がかりになるのも仕方がない。

  味方に戦死者がいない事がせめてもの救いだった。
 
  恭也は八景から降り、近くにいたクルーに尋ね、月詠の元を訪れた。色々と報告

 しなければならない事情があるからだ。

 「…失礼します。月詠艦長」

 「はい、高町恭也様ですね、先程妹の美由希様からお話は伺いました。『特務』の
  方からの出向だと」

 「ええ、上司の陣内隊長の命でこちらの部隊に参加するようにと。護衛対象がこち
  らに合流する予定があったもので」

 「そういう事情だったのですね。一時は驚きましたが、アンリミテッドのみで使用
  されているはずの戦術機が何故外にあるのかと」

 「……すみません。その件については、護衛対象が謝らねばならない件かと」

  恭也は苦笑して頭を下げた。

 「いえ、こちらの方から依頼したことですし。それに『特務』であれば、原型の流
  出はありえないでしょう。それに、戦術機も随分と戦場に出すぎました。いずれ
  亜種が出るのは避けられないでしょうから」

 「……そう言っていただけると助かります。それで月村とはもうお会いになりまし
  たか」

 「ええ、先程輸送艦から降りてこられて。大破したノアの方を見に行くと」

 「……そういえばこちらの問題もありましたね」

  見上げた先には既に戦艦としての機能を無くしたノアが半分瓦礫の山と化してい

 た。否応なく敗北感を漂わせるそれは、恭也のみならず周りで作業に従事している

 者達にも影を落とす。

 「ですが、パイロットやクルーが無事なだけよかったものです。命に替えはありま
  せんから」

 「……そうですね」

  恭也はその言葉に心底同意した。現実的な問題として、デュランダルとの合流作

 戦が完全に駄目になっていることとか、今後の活動に大きく影響するなど沢山の難

 題を抱えている。その上で、先に命の無事を喜べるこの人の言葉は信頼できるだろ

 う、と恭也は思う。

  戦場跡に視線を移せば、皆、必死に救助作業や瓦礫をどける作業に従事している。

 人手が足りているとは言い難い状況だったので、恭也も率先し手伝うことを決めた。

 「……艦長、続きの話は後でもよろしいですか? 俺も彼らを手伝ってきます」

 「はい、構いません。どうかよろしくお願いいたします。こちらからもすぐに人を
  出しますので」

  軽く頷いて恭也もまた人波に消えていく。さて、何処を手伝ったものかと視線を

 走らせると――

 「ちょ、ちょっと冥夜!? 動いちゃ駄目だってば、危ないよ!」

 「う……純夏か。私のことなら……大丈夫だ。他の者の救助を……」

 「だ〜め〜だってば! 見た感じ怪我はないけど痛みはあるんでしょ!? 骨とか
  折れてたらどうするの!」

 「しかし………」

  純夏の制止を聞かず、自分の足で基地まで戻ろうとする冥夜と、それを支えつつ

 止める純夏の姿があった。冥夜は見た目には派手な怪我はないが、やはり久瀬との

 交戦が堪えたのだろう。動きに精彩がなかった。その事にいち早く気がついたのは、

 近くで作業をしていた純夏だった。流石にライバルの動向の変化には鼻がきくらし

 い。

 「いや、大丈夫だこれしきの事――」

 「駄目ですよ。無理をすれば、大したことのない怪我でも重くなります。ここはお
  友達の言うことを聞いてください、ね?」

  なおも動こうとする冥夜をやんわりと静止する小さな手があった。流れる銀髪、

 しかし、大人びた口調とは裏腹に子どものような背格好と姿。それでいて白衣をき

 っちり着こなしている何ともアンバランスな外見の少女がいた。

 「そなたは――」

 「あ…申し遅れました。私、フィリス・矢沢と言います」

  微笑み、冥夜の身体を丁寧に支え、それから外傷の確認、次に内部の方へと手際

 よく調べていく。

 「目立った外傷はないので…筋肉かもしれませんね。何処か身体に違和感とかはあ
  りますか?」

 「…いや、痛みはあるがそう言ったものはないようだ」

 「でしたら、骨折の心配はなさそうですね。基地の方できちんと手当を受けてくだ
  さい。私は他の方々も見て回ってきますので」

 「……申し訳ない、純夏、肩を借りても良いか?」
 
 「あったりまえでしょ! ほらほら、危ないから行くよ。それじゃ、えっと矢沢先
  生、ありがとうございましたー」

 「はい、お大事に」

  フィリスは冥夜達が奥の方に消えるのを見て、再び戦場跡へと向かう。後に兵士

 達は言う。彼女は戦場に舞い降りた天使だった――と。



 ――極東支部 支部長室

 「手痛い損害ですな。ノアの消失に基地機能の停止」

 「いえ、基地機能の停止はこちらにも原因が」

  珠瀬長官の言葉に月詠は苦笑した。負傷者の収容や、戦場跡の片付けも済んだ二

 時間後。恭也達特務のメンバーも含めて、月詠は事後処理に当たっていた。何しろ

 今回は、作戦の出鼻を挫かれたばかりか、アンリミテッドの『足』を断たれたので

 ある。今後の作戦展開に大きく支障をきたす事態に、自然と室内の空気は重くなる。

  ただ、恭也達と共に入ってきた、紫の長い髪の女性や、その隣に静かに控える長

 身のメイド、さりげなく恭也の隣の位置をキープしているもう一人の巫女装束の少

 女と、何だかとりとめのない人物が勢揃いしているので、重いを通り越して底の見

 えない闇鍋を見たかのような雰囲気といった方が正しいかもしれない。まあその程

 度で戸惑うほど、常識人が揃っているわけではないのだが。

 「それで、どうしてそんな重要な会議に俺達まで?」

  信哉が不思議そうな顔でそう言った。祐一はちなみにこういった雰囲気が苦手な
 
 のか居心地悪そうに何度もソファにかけ直したりしている。ちなみに、冥夜があん

 な目に遭ってるというのに、この男は無傷で生還した。いったい、どういう強運の

 持ち主なのかと周りは呆れるばかりだが、もはや毎度の事にになりつつあるので驚

 きはしない。

 「………済まない。こちらの事情を説明するのに君達にも聞いておいてもらった方
  がいいと思ってな」

 「確か『特務』だっけ。わざわざ民間の自衛団に連邦の組織が介入するにはそれな
  りの理由がある、ってことか」
 
 「ああ。俺達が来た第一の理由、それはアザゼルについてだ」

  恭也の口から思いもよらぬ単語が飛び出した。信哉は絶句し、祐一も一瞬だけ目

 を丸くした。そして、ソファーごと後ろにひっくり返った。助ける者は……ない。

 「………俺達の上司、陣内啓吾氏は一年ほど前から世界各地での失踪事件と、謎の
  秘密組織の関連性に目をつけていた。緋神達から提供された情報を元に、もう一
  度洗い出しをしてみた結果、アザゼルに拉致された可能性のある人物の事件から
  一つの組織に辿り着いた」

 「それが…アザゼル……なのか?」

  いや、と恭也は頭を振った。

 「…………『龍』と呼ばれるテロ組織の事だ。だが、この組織自体ももっと別の組
  織の手足である可能性が、最近浮上した。それがアザゼルではないか、と陣内さ
  んは言っていた」

 「成る程、つまり高町様が合流された理由は」
 
 「ええ、ひょっとしたら緋神達の近くにいれば、奴らの足取りが掴めるかもしれな
  い。それが第一の理由です」

  そう言い、恭也は言葉を切った。珠瀬長官は納得したように頷き、祐一はまだ何

 を考えたものかと、呆けていた。

 「……第二の理由が、アンリミテッドへの連邦の直接介入を防ぐためです。最近、
  連邦上層部で、アンリミテッドの行動を制限するべきではないか、という動きが
  ありまして。名目上、連邦の組織に準ずる我々が『同行』していれば、これ以上
  の連邦の介入は、民間組織に対する連邦の圧力と取られかねない、と反論の用意
  が出来るから、と」

 「つまり建前ですね」
  
  恭也の言葉に月詠がにこりと微笑みながら答えた。恭也も安心したように表情を

 崩して答える。

 「……ええ。陣内さんは、アンリミテッドとデュランダルが上層部のいいように使
  われるのは避けるべきだと判断したようです。保持戦力や戦績もそうですが、何
  か間違いがあったときに『抑止力』となることが出来るこの部隊を、連邦に預け
  る訳にはいかない、それと、あまり大きな声では言えませんが……」

 「何だね?」

 「件の秘密結社は相当根が深いようで、連邦上層部にもそこに連なるものがいるの
  ではないか、という疑いも持っているようです」
 
 「……相変わらず君ら『特務』の動きは素早いな。私が最近入手した情報を既に入
  手しているばかりか、既に先の先まで対応策まで用意済みとは」

 「………それが仕事ですので」

  珠瀬長官の言葉に、恭也は苦笑いした。これで、特務の目的は判明した。次に相

 談すべきは――

 「なお、今回の件は『アンリミテッドに協力する人物が、旧家の令嬢であり、RG
  に拉致されるようなことがあれば、利用されかねない。故に、特務のメンバーで
  彼女を保護する』という事情になっています。そこで……」

 「わたし、月村忍がやってきた、という次第でしてー」

  重苦しい雰囲気が一転して華やかになる。いや、何というか華やかを通り越した

 気がするが。

 「…あーっと、失礼しました。月村家の長女で月村忍です。そこの高町君の内縁の
  妻」

 「誰が誰の内縁の妻だ」

  掴みを失敗した、と言わんばかりに忍がボケを上塗りするが、恭也に間髪入れず

 に切り込まれた。何というか、一転したこの場の雰囲気に、誰もがついていけない。

 「……失礼。月村は重苦しい雰囲気になると無理矢理にでも明るくしようとする癖
  がありまして」

 「あ、ひどいなー。わたしだって空気は読むよ、ねーノエル」

 「コメントは控えさせていただきます」

  傍に控えていたメイド――ノエルは、主人の同意をやんわりと拒否した。ぶーぶ

 ー、言いながらむくれる忍を余所に、恭也は何とか話を修正しようとする。元来、

 真面目な美由希と隣の巫女装束の少女、神咲那美は話についていけず苦笑いをこぼ

 すばかりだった。

 「では月村様は、例の戦術機の改変型のテストと改良をかねて?」

 「ええ、そうです。今運用されているのと、同じ物を作っても依頼には答えられな
  い、と思ったので友人の高町君達に運用してもらおうと思って」

 「現在、こちらの戦術機でも一機ほど、パイロットトレースシステムを採用してま
  すが、明らかにそれを上回る再現度でしたが……」

 「二人とも、こっちの想定を遙かに上回る運動能力だったもので、システムから改
  良しちゃいました」

  えへへ、とごまかし笑いをする忍。しかし、月詠はただただ感嘆するばかりだ。

 元々、戦術機の別の発展性を見いだすため、技術面での依頼を月村にしたのは御剣

 である。戦術機の他の機動兵器には見られない独特のシステム群の開発元は、全て

 月村家――というか忍の手によって開発された物だ。

  一部、というか御剣でその事実を知っているのは当主を除けば、月詠と冥夜くら

 いだが。現状、高いコストのかかる戦術機は量産体制には入れず、質を追求する開
 
 発プランがメインだったため、そこで新しい開発を月村に依頼したというのが経緯

 である。

  まあ、それが何故か連邦軍の組織で運用されていた、と勘違いするような登場だ

 ったので、恭也達が現れたときに月詠が驚いたのも無理無きことである、と。

 「まだ完成系じゃないですけど、とりあえずプログラムの改良案を持ってきたので
  それでアップデートすれば、今、運用してる機体の操作性は向上すると思います
  よ」

 「そうですか。こちらの依頼以上の結果を上げていただいて、感謝の言葉もありま
  せん」

  月詠は深々と頭を下げる。いいよいいよー、と忍は言うが、途端に神妙な顔つき

 になり、話し始めた。

 「……それのお礼代わりというわけじゃないんですけど、話を聞いてもらっても構
  いませんか?」

 「何なりと。こちらで出来ることでしたら対処いたしましょう」

 「……ありがとうございます。実は、月村の眷属の一人が消えました」

 「ふむ、その方の捜索ですか?」

 「……いえ、そんな生やさしい物じゃないです。あいつ、何をするか解らないから、
  もしかしたら敵に回ってるかもって」

 「………詳しい事情をお聞かせ願えますか」

  話が一転してシリアスムードに切り替わる。どうも特務の参加というのは複雑な

 事情が絡んでいるらしい。祐一は既に話半分モードになっている。真面目に聞け。

 「…………わたしが、お話しいたします」

  そこで口を開いたのはノエルだった。静かに、だが何処か怒りや悲しみが混じっ

 たような声が響く。

 「………数年前に月村家の当主が亡くなり、遺産の分配が行われました。それ自体
  は滞りなく進み、多くの親戚の方々もそれで納得されました。莫大な遺産でした
  から」

  つまり、今回の件は相続問題とかそう言った物ではないといいたいのだろう。ノ

 エルは言葉を続ける。

 「………しかし、ただ一人、最近になって異議を申し立てる方がいらっしゃいまし
  た。それが――月村安次郎様です。度重なる忍様への抗議を行っておりましたが、
  先日、ご自身の財産と共に姿をお消しになりました」

 「えーっと、ノエルさん。それって単なる夜逃げとかそういうんじゃないの?」
 
  ここぞとばかりに祐一が口を挟んだ。どうやら、会話に混ざれず退屈だったらし

 い。いいえ、とノエルは首を振る。
  
 「……夜逃げなさる理由が不明ですし、そもそも、十分な資産はまだあったと思わ
  れます。それらを使い込んでなお、というのであれば理解できますが、姿を消し
  たのは、何か考えがあってのことだと言うのが妥当です」

 「……その考えとはやはりろくなものではない、と?」

  月詠が静かに尋ねるとノエルと忍は二人揃って首を縦に振る。少なくとも、この

 場にいる全員に安次郎という人物のイメージがどんなものかを語るには十分だった

 ようだ。

 「大がかりな組織のスポンサーになれる収益も持ってたしね。お金のためなら、多
  分あの人地球だろうがコロニーだろうが関係ないと思うの」

 「……それは厄介な話ですね」

 「……それだけではなく、得た人脈によって忍様に害為す恐れもあります。その為、
  高町様に護衛を依頼したのですが」

 「高町様はこちらの仕事がある。しかし、考えようによっては、忍様の護衛も出来
  るし、その安次朗という方を探すのにも都合がいい」

 「……ご理解いただけましたか」

 「ええ、わかりました。では忍様は、当分の間はアンリミテッド内でその才をご振
  るいください」

 「…どうも、ありがとうございます」

  忍はうれしそうに頭を下げた。内面はやはりどうしたって不安な所もあるのだろ

 う。護衛という名目で自由を封殺されるのも忍としては不本意だったため、アンリ

 ミテッド内で自由を保障してもらえるのなら、願ったりである。

 「後は基地の損壊の件ですが……珠瀬長官、申し訳ありませんが処罰の方は私の方
  から……」

 「ああ、構わんよ。だが、あまり厳しいことは言わなくても構わん。元より世界各
  地に戦況が広がっている中、この程度の損害など連邦にとっては支障にはならん。
  表向きは誠意ある対応をしていただけたと、上の方には通しておくとも」

 「重ね重ね長官の厚意に感謝いたします」

  月詠は深々と頭を下げた。実質的にアンリミテッドの責任は月詠が負っている。
  
 個人的に珠瀬長官という橋があれど、連邦につけいる隙を与えては、アンリミテッ

 ドの自由が失われることになる。この部隊をあの上層部の都合のいい駒にするわけ

 にはいかないという思いがある月詠にとって、珠瀬長官の言葉は何よりありがたか

 ったものだろう。

  これで、問題の一つは片付いた。しかし、この場にいる全員が知る最大の問題が

 まだ残っている。失われた足。アンリミテッドの母艦。

 「後は、艦の問題ですね…」

 「そうだな、急造の船を造っても一ヶ月は」

 「だいじょうーぶ! 船ならすぐに用意できますっ!」

  月詠と長官の深刻そうな言葉を、忍が実に明るい声で断ち切った。

  閉ざされたかに見えた未来。深く沈み込む闇の中に、月光が差す。

  新たなる希望の箱船への道を――

                             第三十話に続く

  登場数の割に恭也人気が高く、改めてとらハの知名度の高さを思い知った前回。
 少々気を遣いましたが、何とか書き上げることが出来ました。これで地上クールは
 次でラストになります。もはやごった煮感がどんどん強くなってます。
  しかしまあ、それは良いのですが、これを執筆している間にちと、ショック!
 な事がありまして、テンションだうーんしてます。だうーんー。
  次はまた時間がかかるやもです。気長にお待ちください。

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