――????
薄い暗がりの会議室のような部屋のスクリーンに、とある映像が映し出されてい
る。黒い機体と、OFの戦闘――つい先日行われたクラウ・ソラスとエルファリオ
ンの戦闘風景だった。
「――で、川崎君。これが君の言う『成果』かね?」
「は、はい…」
やや俯き加減に返事をする川崎の顔色は精彩を欠いている。僅かに指先が震え、
何かを恐れるように立ち尽くすのみだ。
「10機もPTを使って一機のOFも落とせない――何なんだねこれは」
「あれだけの時間と設備があってろくに結果もだせんとは…」
「大体二度に渡ってモルモットに逃亡を許しているようではね…」
長いテーブルを囲み、川崎以外の周囲の人間から批難と中傷の声が次々に浴びせ
られる。確かに、名誉挽回の研究成果といえばあまりにお粗末な結果である。アザ
ゼルは利益追求の団体であって、知識欲を満たす研究機関ではない。
「……まあ、そう言うな。見ようによっては当面の我らの目的の目を逸らすのに使
えん事もない。北米基地を壊滅させた手並みには及第点をやれる」
ややざわめきだした室内に重く響くしわがれた老人の声が発せられた。その途端、
一斉に口を開いて者達が沈黙する。
「川崎、既に量産のベルトは用意しておるのか?」
「は、はい。被験者さえいれば、同レベルのパイロットを一週間体勢で…」
「ならば、一週間でもう少しパイロットのレベルを上げろ。被験者はカテゴリーF
の最下層の若年組から補充するんじゃ。それを例のRGとやらに流せ。人間の兵
士の方が、連中も怪しむまいて」
「わ、わかりました。しかしファーストであるあのパイロットは…」
「メル・ウィンディじゃったな? 構わぬ、このレポートを見る限り奴らの手に渡
ったとて、ろくな情報は得られんし、偽善者揃いのアンリミテッドならこの情報
を連邦に流す真似もすまい」
「りょ、了解いたしました」
「うむ、ではすぐに作業に入れ」
「はい、失礼いたします!」
川崎はこれ幸いとばかりに慌てて部屋を出た。それでも敬礼をする事は忘れなか
ったのは、老人に対する畏怖ゆえか。川崎が去り、長テーブルの最奥の中央に腰掛
ける老人に意見が集中した。
「アグマイヤ様、今の処置はあまりに寛大すぎるのでは?」
「ズィクススネークヘッド・霧破か。寛大かね、ワシは?」
白髪の老人、黒いコートに身を包み顔も身体も老人のそれでありながら、眼光だ
けは年老いて尚衰えを知らぬ威厳の宿りし瞳。アグマイヤ・フォン、アザゼルを纏
めるリーダーは、己の手足たるスネークヘッドを名乗る幹部に視線を向ける。
「川崎はこれ以上アザゼルに貢献できるとは思えません。既に奴の後釜に相応しい
人材もリストアップされておりますので…」
「まあそう急くな。ワシとて奴の研究がアザゼルに利をもたらすとは思っておらん。
だが――隠れ蓑には使えるじゃろう? 各勢力にアザゼルという組織の実力を誤
認させるのにはな」
む、と霧破は顔をしかめた。つまり、子供の遊び程度の技術を主流に見せかける
事で敵にアザゼルという組織を過小評価させようというのがアグマイヤの狙いだと
今わかったからだ。
「それよりも――お前のところの下部組織が目をつけられておるようだな?」
「はい、いずれにせよ我らのところまで繋がるとは思えませんが…念の為手を打っ
ておきました。しばらくは誤魔化せるでしょう」
「うむ、ズィクス――六番目は汚れ仕事だからのう。敵が自然と増えるのも仕方な
き事。手を選ぶ必要はないぞ? 機は熟した、いずれこの世界は我らアザゼルが
支配する」
「勿体無いお言葉です。しかし、万全を期するに越した事はありませんので。既に
逃亡した被験者から我らの存在は明らかになっているでしょう。そんな時期だか
らこそ、慎重に慎重を重ねるべきだと思います」
そういって霧破は恭しく礼をした。満足そうにアグマイヤは頷く。すると隣の、
セミロングのスーツ姿の女性が立ち上がる。いかにもキャリアウーマンと表現する
のが似合う、キツイ表情の美人だった。
「アグマイヤ様、よろしいでしょうか」
「ズィーベンスネークヘッド・リアン。何かね?」
「連邦軍の特務の一部がそれぞれデュランダルとアンリミテッドに配属されるよう
です。どうやら彼らは連邦軍が当てにならないと踏んだのでしょう」
「やれやれ、あそこの部隊はどうにも扱いにくいのう。陣内とか言ったか?」
「ええ、連邦軍零部隊。通称『特務』。陣内啓吾が指揮をとる特殊部隊です。どう
も独自に動き始めたらしく、表面上以外の動きは我々でも掴めておりません」
ふむ、とアグマイヤは考える仕草をしながらリアンを見る。しばしそんな姿勢で
思案していたが、やがてその口を開く。
「……『奴』に話を通しておけ。最悪、そうすればしばらく時間を稼げるであろう」
「了解いたしました」
そう言ってリアンは着席する。そしてアグマイヤは改めて長テーブルについてい
る七人の顔を見渡す。
「さて、前置きが長くなったが――これより定例会議を始めるとしよう」
――堕天使の会合が今、始まる。その手に踊らされるのは誰だ――
エクシードブレイブス 第26話
Strange Fight
――極東支部
オーストラリアから再び極東支部に戻ったノア・プラチナムは現在、最終的な調
整段階に入っていた。物資の積み込み、各機関の最終調整等、大掛かりな準備が進
められていた。
日の高い午後の日差しの中、パイロットであるアンリミテッドのメンバー達も、
あくせくと働いている。
「遠野さん、こっちの荷物はどこに置くのかな?」
「……神尾さん、それは重いから国崎さんに任せるといいです」
「大丈夫、わたしでもこれくらいなら…」
と、言いつつそのダンボールに両手をかけ力をこめて持ち上げようとするが、箱
はビクともしない。
「が、がお…」
「何をやっているお前は」
やり取りを聞いていたのか、或いはたまたま通りがかっただけか。どちらにせよ
観鈴が難儀しているのを見ていた往人は呆れたように声をかけた。そして無言のま
まその箱をひょいと持ち上げる。
「こっちはいい、お前は中で荷物の整理をしてろ」
「あ、うん。にはは、ありがとう往人さん」
「…礼はいい。その気持ちは今日の夕食の量で示してもらう」
「うん、何がいい?」
「ラーメンセット、炒飯大盛りだ」
即答だった。何の迷いもなく即答した往人に、観鈴は驚きもせず頷き了承した。
心なしか二人の足取りは軽かった。
――ノア・プラチナム内
「なあ、何でわざわざ極東支部まで戻ってきたんだ?」
倉庫の整理をしながら舞人がそんな事を呟いた。箱という箱から、決まった場所
に物を移動させる単調な作業に飽きたのか、作業の速度は遅い。
「桜井さん、何も聞いてないんですか? デュランダルとの合流作戦の為だって、
今朝言っていたじゃないですか」
小柄な身体の割に、手際のいい栞がそう言うが、舞人は違う違うと手を振って否
定する。
「作戦は知っている。何で極東支部まで戻ってきたのかということを俺は問いたい。
時間は無限ではないのですよ、急ぐのなら尚更すぐさま宇宙へダイブ、颯爽と合
流を果たすべきではないかと、時間に律儀な紳士的理由という奴で」
「はあ…やっぱり桜井さんはお馬鹿さんなんですね…」
「待て、そこな少女。二言目に人を馬鹿呼ばわりとはこれいかがなものか」
「あのですねえ…そこらへんから飛び上がったりしたら合流地点までの位置とか、
計算とかが大変じゃないですか。だから決まった時刻、場所から宇宙での到達点
を予測するためにわざわざ極東支部まで戻ってきたんですよ?」
「へ? そういうもんなの?」
周りで作業をしていた他の仲間に同意を求める。うんうん、と頷き栞の言葉を否
定するものは誰もいない。
「そういうものなんです。ただでさえRGが電波妨害してるんですから、極東支部
くらいの設備が整ってないと上空の安全確認ができないんですよ。宇宙に出た瞬
間、敵の大軍とランデブーとかしてみたいですか?」
「め、滅相もございませんっ」
想像した状況の恐ろしさに、舞人がぶんぶんと首を振ってみせる。その様子を、
周りの仲間は冷ややかな目で見ていた。
「年下に諌められるとは落ちるとこまで落ちたな舞人」
「ま、本人の勉強不足だから仕方がないんじゃない?」
山彦と千鶴が遠慮のない言葉を浴びせ、更に、
「……桜井はフラグを立てすぎ」
「フラグ? 何の事だ彩峰さん」
山彦が不思議そうに尋ねる。
「…………死亡フラグ」
振り向き際にクスリと小さい笑みを浮かべて慧は言う。全く意味不明な発言だが、
不吉さだけは漂うその発言に舞人もやや慌て気味に否定する。
「ば、馬鹿を言っちゃいけませんよ! そう、今のはだな、あえてわからない振り
をする事で、今後の内容を再確認させるという俺の愛と優しさに溢れた虚言なの
ですよ! 強いて言うならバファリンだ」
「……泥沼ですね」
ふうー、とこれ見よがし、というかあからさまに見せ付けるほどの呆れぶりを演
出する栞。この前の祐一といい、愚者をいたぶるのがとことん好きなのか、はたま
た小悪魔の悪戯っ娘属性が騒ぐのか。多分両方だと思う。
「タケルー、ちょっといいー?」
「ん、尊人か。どうかしたのか」
そんな騒ぎの中に別の声が混じる。尊人の呼びかけに、武は抱えていたポリタン
クを下ろし倉庫の入り口を振り返る。
「何か機関室でトラブルがあったみたいだから、男手がいるんだって、タケル来て
くれない?」
「あー、そういうことならしゃーねーな」
立ち上がる武の背を見ながら、山彦が手を止めて尊人に尋ねる。
「俺も行こうか? 鎧衣」
「いや、一人くらいでいいって言ってたからだいじょーぶだよ」
山彦の申し出を尊人はやんわりと断った。やがて倉庫の扉が閉まり、会話の流れ
を中断されたからか、再び皆は作業に没頭した。だが、それは突然の振動と警報に
よって破られた。
「っとと、何だ!?」
「結構揺れたな…ぐは!」
バランスを保ち状況を把握しようとする山彦とは対照的に、舞人は崩れてきたダ
ンボールの直撃を頭に受けた。気を失わなかったのは不幸中の幸いだろう。
『パイロット各員に告ぐ。基地内に敵部隊侵入。各自迎撃に当たれ、繰り返す…』
その扉を開け放ったのは誰だったか。それを知る必要はない。その警報に無言で
頷きあい、我先にとパイロット達は飛び出した。その動きはまさしくプロのそれで、
とても素人の集まりとは思えないほどだったのだが、
「くおおお、皆が影分身をー!」
「黙って走りなさい!」
千鶴の叱責を受ける舞人の声が何処か緊張感に水を差すのだった。
――極東支部
「くっ、既に包囲されていますか…。何故この距離に来るまで気づかなかったので
す!?」
「それが…レーダーには何の反応もありませんでした。艦だけではなく、基地のレ
ーダーも同様です」
(どういう事でしょう…敵側の新タイプのステルス機能? それとも…宇宙からの
妨害衛星の機能が向上したのか? どちらにせよここまで接近を許すほど、索敵
が妨害されるとは思えないのですが…)
部下の報告に月詠は思考をめぐらせるが答えはない。現状はこの囲みからノア・
プラチナムを守る事を考えねばならない。配置はギラ・ドーガにベルガ・ゼーベの
二種類が混合で配置されている。陸路を来た事も発見が遅れた事に拍車をかけたの
だろうか。
パイロット達も各作業で各所に散らばっていただろうから、出撃には個人差が出
るはず、その事を考慮に入れた上で指揮を取らねばならない。敵の数は包囲のみな
らず、こちらの退路を断った上で攻めに出られるだけの数だ。
加えて基地の防衛も考えねばならない。こんな時に連邦軍の駐留軍が、別の戦場
に出ているのは大きなマイナスだ。実質アンリミテッドと僅かな軍でこの数を打倒
せねばならない。月詠への重圧は想像以上に重くなる。
「お待たせしました! ミラクル3参上です!」
「俺がやらずに誰がやる! 相沢祐一も来ているぜ!」
「月詠艦長! 他の人たちはまだだ! とりあえず俺達だけでも迎撃に出る!」
そこへ最初に飛び出してきたのは、先日は初陣を大活躍で飾ったミラクル3に、
ある意味活躍したフラムベルク、そしてクラウ・ソラスの三機だった。
「すみません、皆さん! とにかくノアへ敵機を近づけないようお願いします!」
「了解! 美坂! お前らは前の方を頼む、俺は後方の迎撃に回る!」
「了解です緋神さん!」
「おい、信哉、俺は!?」
「お前は美坂の援護だ、祐一! 邪魔になるなよ!」
「よっしゃあ、つまり前線で暴れろって事だなそれは!」
「曲解するな! ミラクル3の攻撃力考えたら、お前が前に出ていたら邪魔だろう
が! 何の為に援護って言ったと思ってるんだよ!」
「緋神さん、心配要りません。邪魔だったらもろともふっとばしますっ!」
「俺の人権が無視されている!?」
ギャアギャアと騒ぎながらも作戦会議を済ませてしまう三者。流れるような会話
に、月詠はおろか小町や佳乃でさえ口を挟めなかった。
「さあ、行きますよ! 放っておいたら大変ですからね!」
「そうね、けれど少しくらい話をする時間をもらってもいいでしょう?」
それは、オープン回線で飛び込んできた聞いた事のない声。けれど、その声に栞
は、まるで心臓を鷲掴みにされたように息を止めた。目が驚愕に開かれる、その表
情は疑問に溢れている。何故、どうして、と。
「見分けやすいロボットね。栞、いるんでしょう。返事しなさい」
「……お姉……ちゃん?」
その声は疑いようもなく、知っている声だった。栞は思わずそう答えた。事実を
理解すると慌てて栞は問いかける。まるで――その答えを否定して欲しいかのよう
に。しかし、それはモニターに映る自らの姉、美坂香里の姿によって肯定された。
紛れもなく、目の前の敵部隊の、ミラクル3の前に立ちはだかるベルガ・ゼーベ
の中に血を分けた姉がいる、と。
「ど、どうしてお姉ちゃんがRGに……」
「疑問に思うことかしら。あたしは生粋のスペースノイドよ、RGにいたっておか
しくない。それよりもどうして、ですって? それはこっちの台詞よ。あなた、
一体何をしてるのか分かってるの?」
「何をって…私はアンリミテッドに」
「そのアンリミテッドは地球の為に戦う偽善者の軍隊気取りの自衛団じゃない!
地球があなたに何をした? 地球があなたを苦しめて、あたし達の両親、故郷を
奪ったのよ。あなた、正気?」
モニターに映る香里は、いまだ動揺する栞を追い詰めるように叱咤する。その声
は半ばアースノイドを非難する声と変わらない。
(……いくら時間稼ぎのためとはいえ、久瀬もえげつない手を使うよな。よし、暗号
送信っと、もうしばらく美坂には粘ってもらうかね)
その会話を無言のままに聞きながら、襲撃部隊内に紛れていた北川はビルガーから
通信をする。何を思ってその会話を聞いているのか無表情の彼の顔からは読み取れな
い。
そんな中、香里と栞の周りを置いてけぼりにした会話は続く。誰もが息を呑みなが
ら二人の会話に呆然としている。いや、誰も口を挟めない重々しい空気がそこに張り
詰めていた。
「2170年、今から五年前。地球が何をしたか覚えてるかしら?」
「……サイド4事件!」
その問いに答えたのは月詠だった。苦々しげに顔をしかめる彼女の表情が見えて
いるのか香里は更に饒舌に語る。
「地球の兵器メーカーが、処理をケチって宇宙に投棄した大量の生物兵器コンテナ。
その一つがサイド4の13バンチコロニー外壁に激突した。不法投棄主を特定す
るため回収されたコンテナを開けたらさあ大変。漏れ出したウイルス兵器がコロ
ニーの循環システムに入り込み……コロニーは死者の町になった!!」
その言葉を否定する声は誰も上がらない。その事が事件の事実を物語っている。
「ふふふ、その唖然とした反応……それがあの事件に対する地球の認識よ。ついで
に知ってるかしら? この事件の裁判がどうなったかを」
「お姉ちゃん、それは!」
「笑っちゃうわよ。『廃棄物を拾うことが危険であることくらい、今日び子供です
ら知っている』ですって! 兵器メーカーに殺人のお咎めはなし、スペースノイ
ドの虫けらが何人死のうと知ったことじゃないのよ、アースノイドは」
その意見を反映するかのように、『そうだそうだ』『今度はお前達が奪われる番
だ』等とRGの兵士達から声が上がる。その口調、まさに恨み骨髄。彼らがその
事件で家族・親類・友人を失った者達であるのは容易に想像できた。他にも様々な
軋轢から、地球の残酷さ、不実さを口々に非難する野次が飛ぶ。
「栞、あなた、あの羽はどうしたの?」
「え……? 今はしまってますけど」
「出しなさい」
「え、えと、でも」
「出しなさい!」
有無を言わさぬ姉の迫力に負け、栞は慌てて羽を出した。薄い光に包まれた黒い
コウモリの羽が実体化する。
「その羽よ。あなたを苦しめるその羽を何度むしりとってやろうと思ったことか」
えげつない解決策を何の感慨もなく口にする香里。その表情の冷たさに、小町と
佳乃は背筋を凍らせた。
「でも、お姉ちゃん。この羽のおかげで私達は助かったんだよ」
「ええ、そうね。あの日、ウイルスに犯されたあなたが死にかけたとき、その羽が
現れた。その羽があなたに与えた力は、浄化再生能力。おかげで、その傍にいた
あたしも命を助けられた。でも……暴走した再生能力は、逆にあなたの体を蝕ん
で……あなたは起き上がることも出来ない体になった」
「だから、私の前から姿を消したんですか?」
ところが、悲壮さを漂わせ始めた香里に何故か栞が強い口調で逆に問いかける。
その瞳には先程の動揺はない。何が彼女をそうさせたのかはわからない。だが、
今の彼女は、何かを知ろうとする者の瞳だった。
「なに?」
「矢沢先生の病院に私を預けて、逃げたんですね」
「何を馬鹿なことを」
栞の発言のを香里は一笑に伏した。しかし、それでも栞は言葉を続ける。
――まるで、それはあらかじめ用意されていた疑問のように。
「その横を向いて髪をいじる癖、嘘をついてる時の癖です。崩れる体に苦しむ私を、
いつも怯えた目で見ていたお姉ちゃんの姿……私はよく覚えてます」
「思い上がりもいい加減にしなさい! あたしは、姉としての責務を果たしただけ
よ。あなたの病気に詳しい病院を見つけてあなたを預けた」
「お姉ちゃんは私に言いました。次の誕生日まで生きられないって。お姉ちゃんが
いなくなったのは、その次の日です」
「関係ないわよ! あたしは姉としての責務を果たした。それで両親の復讐にRG
に入った、それだけの話よ」
だが、そんな香里の言葉に先程の強い意志はない。必死に取り繕った張子の虎の
ように頼りげがない。逆に、栞の言葉は知るものの真実を告げる槍となって、香里
の胸に突き刺さる。――なんて痛ましい姉妹の言葉のやり取りなのか。
「お姉ちゃん……!?」
突如、ベルガ・ゼーベの持つライフル銃『ドラグーン』の銃口がミラクル3に向
けられた。それこそが、栞の言葉に対する香里の返事だと雄弁に物語る。
「姉妹のよしみで仲間に入れてあげようと思ったけど、あなたは消すしかないよう
ね」
「な…お姉ちゃん!?」
彼女出した答えに納得がいかないのか栞は呼びかける、が香里は意に介さない。
「おかしいわね栞。こうしてあなたに銃口を向けるのに何の躊躇いも感じない」
「お姉ちゃん、本気ですか?」
「あたしはもう自由。あなたの姉でも何でもない、RGの一兵士。邪魔をするなら
神仏でも切り捨てる。そう――」
ほんの少し寂しげに、それでもどこか満足そうに香里は呟いた。
「あたしに妹なんていないわ」
その言葉に栞の中で何かが切れた。無言のままに慣れた操作に身を任せる。そこ
に一切の躊躇いはなく、動き出したミラクル3は金色の剣をベルガ・ゼーベに振り
下ろす!
「なっ!?」
咄嗟に香里はベルガ・ゼーベを数歩下がらせた。剣は止まることなく、先程まで
ベルガ・ゼーベの立っていた場所に斬撃の跡を残した。寸止めのつもりも手加減も
一切ない、敵を殲滅する為のみに放たれた斬撃を見て、香里は思わず肝を冷やした。
そこへ、栞の通信が再び入る。
「そーゆー態度に出ますかお姉ちゃん! だったらこちらにも考えがありますよ」
「あ、あなた、今本気であたしを殺そうとしたわね。何の躊躇いもなく!?」
ふと、小町はミラクル3のコンソールを見て愕然とした。栞の感情に連動する、
『エモーショナルリミット』のゲージが振り切れているのである。まだ調整が済ん
でいない為、使えない筈の、エクスカリバーフルモードが何故か使用可能になって
いるのだ。
「え? ええっ? パワーレベル上昇、エクスカリバーフルモード封印解除!?」
「わわわっ、しおりん完全にキレちゃってるよ」
この異例の事態に小町と佳乃は慌てふためくしかなかった。何しろ主操縦権は栞
の手にあるのだ。自分達はそれをサポートするのみ。
「もうこんな姉いりません! アレを殺して私も死にます!」
ベルガ・ゼーベのみを狙う金色の剣が振り下ろされる。フルパワーで放たれるそ
れは金の斬撃を生み、その軌跡は直進するレーザーの如き軌跡を生む。空間を断絶
する光の一閃。ベルガ・ゼーベはその遠慮のない攻撃に、回避するだけで手一杯だ。
放たれる斬撃に巻き込まれないよう、他の部隊はおろか、近くにいたフラムベル
クもミラクル3から距離を取る。フルパワー時のエクスカリバーは横断する金色の
剣閃となって香里のベルガ・ゼーベを執拗に狙う。
「す、すとーっぷ、栞さん地球を壊すつもりですかーーっ」
「地球がなんですか、ご希望なら火星と月も刻み落としてやりますよ私は!」
だが、その一瞬の隙を突いて、ベルガ・ゼーベのドラグーンから放たれたビーム
が、ミラクル3の腕にヒットした。それによりミラクル3の動作が一瞬硬直する。
「誰が『アレ』よ!? 言わせておけば…いい度胸だわ、やってやろうじゃない!
全軍総攻撃開始!!」
「は? し、しかし美坂隊長……」
二度は言わないわ、そう言うかのように威圧感を込めて香里はもう一度言う。
「全軍突撃。あのブサイクロボを叩き落しなさい!」
「りょ、了解!」
もはや反論は許されない。そう確信したのか、散開していたRGの部隊が一斉に
動き出す。
(ちょ、ちょっと待て。いいのかこの展開? というか、聞いてないぞこんな展開
!? っていうかまだ『アイツ』が動いてないってのに…!)
北川は予想とは大幅に違う展開に、思わず焦る。だが、コンソールに表示された、
『――委細問題なし』の表示に、ふうー、とため息をついてシートに深く腰掛けた。
「――ったく似た者姉妹が。焦らすな」
何故か笑みを浮かべて北川はそんな愚痴を呟いた。
第二十七話に続く
さて前半の山場、アンリミテッド襲撃編です。このシナリオは色々と問題があり
そうです。特に校正担当の案を全面採用したこの壮絶な姉妹喧嘩は後々まで引っ張
られるわけですが…ノリで殺し合いにまで展開する恐るべし姉妹。しかも、自分達
のみならず周り全部を巻き込む始末。おそらく身近に置くにははた迷惑なユニット
であります。
既にここまで来ればわかっていると思いますが、この作品は既に旧バージョンと
は全く別のものになっていますし、そうしようとしています。なので、旧バージョ
ンはこのラストメモリーにおいてはネタバレにならないことをあらかじめ言ってお
きます。そう言っておいて期待を裏切るのが好きなのですがね、自分(最低)
今回登場のエクスカリバー、フルモード解禁で完全に「アレ」と化しています。
よっぽど怖かったんでしょうね香里。あっという間にぶち切れてますから(爆笑)
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