西暦2175年…宇宙へ人類が進出してから100年以上もの歳月が過ぎていた。

 地球連邦は前年起きた火星の反地球組織「バフラム」の起こした反乱、「バフラム
 
 戦役」の後始末に追われ、にわかに騒がしい時を過ごしていた。

  未だ残る残存勢力の掃討、火星政府との交渉等、内外において落ち着きのない地

 球。そんな混沌とした中、地球は現在未確認の勢力による攻撃も受けていた。

 『イレイザー』と呼ばれるその勢力は圧倒的勢力によって地球の全域において破壊

 活動を行い、疲弊した連邦にそれを防ぐ術はなかった。

  様々な思惑の交錯する地球と宇宙。戦いに身を投じる者たちは、何時終わるとも
 
 知れないこの闘いの果てに何を見出すのか。

  そして、とある洋上の島の研究所。

  ここから全ての物語は幕を開ける。








 
エクシードブレイブス 第1話
 
全ての始まり
 ――????   けたたましい警報が鳴り響く建物。白衣を着た研究者達は、モニターを見ながら  コンソールを叩くも表情は優れない。  「ダメです! こちらからの操作を受け付けません! 完全にプログラムを掌握さ   れています!」   男は叫びながらも連打と言わんばかりの速度でコンソールを叩くが、画面には空  しくエラーのメッセージが立て続けに表示されている。   イライラした面持ちで親指の爪を噛みながら、黒髪をオールバックにした年配の  男が怒鳴りつける。  「ええい! 機械が使えんのなら実力で排除しろ! すぐに警備員を向かわせんか!   貴様らは無能か、全く!」   その男はモニターを睨みながら激を飛ばしている。というよりは八つ当たりに近  い。表情には余裕が一切なく心底焦っているようだ。   男はすでに火の消えたタバコを力強く噛みながら、  (従順な振りは全て演技か? 三年…ずっとこの機会を窺っていたというのか?   だが一年前にも似たような奴らがいたし…。くっ、どうしてこう便利な手駒は、   こうも私に牙を向く…?)   何かを引きちぎるような音が警報にまぎれ、男の加えていたタバコは噛み千切ら  れぽとりと床に落ちた。  「っと…!」   静かに、そして的確に。少年は飛び掛ってきた男の首筋を手刀で強打した。ガス  マスクの所為で表情はわからないが、力が抜けたように倒れる警備員。   それを確認すると少年は再び走り出した。   どこまでも似たような景色の続く廊下。T字路に差し掛かったとき、右から誰か  が駆け出してきたので少年は慌てて身構えた。   だが、相手の顔を見るなり緊張を解いた。向こうもそれは同じだったらしく構え  を解くのが少年にも見えた。    「祐一か、そっちも上手く行ったみたいだな」  「ああ、まあ何とか。でもさっきからごつい連中が出てきてるし急いだ方がよくな   いか、信哉?」  「元々ゆっくりするつもりもないさ。行こうぜ」   信哉は祐一を促し、駆け出した。廊下に二人の走る音が響く。  「それにしても思いのほか上手く行ったな。去年の事もあるし、てこずるかと思っ   たけど」  「去年とは違う方法でアプローチしたからな。それにあいつら見たく見つからずに   逃亡は出来そうもなかったし」   急いでいるとは思えないほど、のんきに現状について話し合う二人。   しかし驚くべき点は話しながら走っているのに今だ息切れのする様子の無い二人  の体力であろう。ここで過ごした三年に感謝するつもりなど微塵もない二人なので  ここまで耐えた自分を評価する事にした。    何度も同じ景色を走りぬけ、二人は格納庫の入り口へと到着した。走って研究所  からは逃げられないのは承知している。何せここは洋上に浮かぶ孤島。   空を飛ぶ事ができなければ研究所からは逃れられない。よって彼らが用意した逃  亡ルートは――愛機の強奪。   だが、入り口を開けようとした祐一が自動ドアの前でいくら待っても開く様子が  ない。  「あれ? 開かないぞ」   一度その場から退いたり、また立ったりしたが一向に開く事はなかった。  「く…ロックが間に合ったのか…」      どうやら手の内を察した研究所の連中が、セキュリティよりも格納庫を封鎖する  事を優先したためか、格納庫のドアは開かない。   少し考え出した信哉の後ろから、  「退いてなさい、二人とも」   凛と響くシャープな女性の声が聞こえてきた。慌てて振り返るとそこには、二人  がよく知る人物が立っていた。   無言のまま両端に退いた二人は彼女に視線をやったままだ。女性は。ドアの前で  何やらごそごそとすると、左手に持っていたスイッチらしきものを押した。  「うわっ!?」  「げっ!」   信哉と祐一がそれぞれ驚きの声をあげた。爆音と煙とともに衝撃が走り、ドアを  破壊した。   女性の持っていたそれがC4爆弾だと気がついたのはそれからすぐの事だった。   女性は何事もなかったかのように振り返り、    「これくらいは用意しておきなさい。詰めが甘いわよ、二人とも」   そしてすれ違いざまに左手で信哉の肩を、右手で祐一の肩を叩き、  「行きなさい、私はまだここでする事がある。日本には帰るあてがあるんでしょ?   元気で、そしてどんな時も諦めないで」  「…はい」  「はい」   二人は振り返らずに頷いた。彼女には多くのものを貰った、そして今も。走って  煙の中に消えていく少年達を、女性は振り返らずに去っていく。  「おい! 格納庫の入り口が爆破されただと!?」   いらただしげに男は怒鳴りつける。どうも自分の思うように事が進まないとスト  レスを溜めるタイプの人間らしい。  「は、はい。封鎖しておいたドアに業を煮やしおそらく所内の爆薬を使って爆破し   たものかと…」  「復旧したと思われる所内のレーダーは全てダミープログラムのようです! モニ   ターに映っているのは録画した映像だと思われます!」   男達の報告にもいささか勢いがない。後ろに立つ指揮官の男の機嫌がそろそろ不  機嫌の頂点に達しそうだからだろう。この男がそうなるとどれだけ恐ろしいかは、  今も忙しそうに、しかし後ろをちらちら気にしながら作業する男達の態度で推して  知れる。   そこへ飛び込んだのは別の報告だった。  「か、川崎所長! 二機のマシンが出撃状態に入っています! ドアオープン完了!    出撃を止めることができません!」  川崎は目を点にした。  だがすぐさま落ち着くとマイクを掴んで怒鳴る。  「どの機体だ! 報告しろ!」  「ぱ、パーソナルトルーパー(PT)とオービタルフレーム(OF)です!     識別機体番号PTX009とOFF001!」  「ちっ…奴ら用にチューンした専用試作機かっ!」  「フラムベルク、クラウ・ソラス、両機発進しました!」   レーダーの光点は研究所の外に機動兵器がいることを示している。二つの光点  は瞬く間に画面の外へと向かい、そして消える。  「りょ、両機ロストしました…」   研究員のあっけにとられた報告を最後に、研究所を騒がせていた警報は鳴り止み、  システムが全て正常になったことがモニターに表示される。   何も言わない指揮官に、男は恐る恐る訪ねた。  「あの…川崎所長?」   川崎は茫然自失となりへなへなと座り込んだ。口元には乾いた笑みが浮かんでい  る。  「はは…ははは…体のいい操り人形ごときが…私に…歯向かうだと…?」   だが、すぐさま気を取り直したのは失ったものに対する怒りだったのだろうか。  通信のマイクを掴み、今までで最大の大声を出した。  「ガーリオンを出せ! あの二人を生かすな、何としても殺すんだ!!」  ――日本近海上   悠々と海上を飛行する二機の人型機動兵器。だが、それぞれの機体の特徴は大き  く異なっている。信哉のクラウ・ソラスは火星での戦いで作り出されたオービタル  フレームという無重力下での闘いを想定された機体。   祐一のフラムベルクは、既に実戦投下されているパーソナルトルーパーという機  動兵器だ。PTには未知の技術から地球が開発したということもあって、未だ発展  途上の機体だ。   OFに関しては火星や木星など地球では取れない鉱物「メタトロン」を材質にし  ているため量産が効かないが、一機で戦局を変えるとまで言われた機体である。      それは「バフラム戦役」をたった一人で覆したという人物の功績が物語っている。   さて、それは置いておくとして信哉達は真っ直ぐと洋上を進んでいた。   だがとあることに気が付いた信哉は祐一に通信を入れる。  「で? どうするんだ祐一」    「とりあえずこのまま北上すれば日本のどこかにつく」   信哉ははあ…とため息をついた。    「そのまま行ったらお前が最初に目にするのはおそらく香港だ」  「え?」   祐一は手元のマップをモニターに移した。   確かに方角的には北だが微妙に位置がずれたらしく   直線状には確かに香港がある。  「いやちょっと修正すれば日本だろ」  「お前方向感覚ぐらいは強化されといたほうが良かったんじゃない?   単独で基地潜入したら迷いまくって自軍に帰ってきたりして?」   などと二人は脱走者とは思えないのんきぶりだった。   この状況に流されないのが彼らのもっとも強みといえるかもしれない。  「ま、未識別の機体が日本に接近すりゃ連邦なりが接触してくるだろ」  「軍属はカンベンして欲しいけどな〜」   信哉は肩をすくめた。とことん形式ばったやり方が苦手な信哉である。  結構アウトローなところがあるのだ。  「今の情勢だったら自治団とかもいるだろ…。何ならこのまま地球圏脱走してもい   いし俺」   祐一はこともなげにそういったが、  「俺達の機体はそれが可能だが、俺達の食料とかどうすんだよ?   どっちにしろ準備が必要だぜ」  「でもなあ…どうせ俺達って世間的には死んでるんじゃないか?」   祐一と信哉は非合法の方法…つまり拉致という形で研究所に連れて行かれた。   その際、祐一の両親は目の前で殺されたのだ。   信哉はもともと孤児だったため失うようなものは何もなかったが、ただ脳裏には  一人の少女のことが浮かんだ。  (あいつ…どうしてるかな…)   信哉はまだ色あせぬ風景を思い浮かべていた。優しい神父のいた小さな孤児院。   そこにいつも自分の後をついてきた年下の少女のことを。  「……哉…おい! 信哉!」   祐一の怒鳴り声で信哉は我にかえった。  「見えたぞ、あれ日本じゃないか?」   どれどれと信哉は映し出されるモニターを見た。   間違いなく日本であると確信した。   ただあまり綺麗に見えないのは未だ戦乱の火種がくすぶっている証拠である。    「さて最初にコンタクトかけてくるのは誰かな?」   信哉がそういったときレーダーに反応があった。   …自分達の後方からである。  「よりにもよって追っ手が最初かよ!」   祐一は嘆くように言った。   一番最初に行動を起こしたのはおそらく研究所だろうから無理も無い。光点が徐  々に時機の表示に近づいてくる。速度から考えて逃げるのは難しいだろう。  「仕方ない派手に戦闘するか。それで気づくかもしれないし」  「そうだなもう日本の領域に入っている。それに…」   祐一は追っ手の機体タイプを確認した。   ガーリオンが数機である。   過去地球で起きた戦争において空の飛べないPTに対し、戦闘機を改良し高速飛  行と、人型機動兵器の持つ汎用性を併せ持った機体、アーマードモジュールだ。   機動力は決して二人の機体には劣らない。逃げ切るのは少々難がある。そう判断  した二人は即座に戦闘態勢に入る。  「所長の奴最後まで人のことをなめているようだからな…。   少し認識を改めてもらおう」  「今のまま雑魚扱いしてもらったほうが俺としては楽なんだがなあ」   そう言いつつ祐一の後に続き信哉も戦闘体勢に入る。   日本近海海上。特に戦闘に巻き込まれそうな船も航空機もない。   つまりは二人にとって遠慮はいらない状況なのだ。    「それじゃあ、行くぜ! フラムベルク!!」   祐一の機体…フラムベルクは通常飛行形態から戦闘に移るため   ウイングを広く広げ背部のバーニアを始動する。   速度を上げてガーリオンとの間合いを詰める。その様子を見て、    「敵機攻撃態勢に入りました」  「よし、所長からは撃墜してもかまわんとの事だ、散開して落とせ!」   三機のガーリオンは周囲に散開する。祐一は構わず正面のガーリオンにフラムベ  ルクを特攻させる。   重装甲のわりに軽やかに空を舞う赤い機体は敵機のパイロットを愕然とさせた。  「悪いな…落ちろ!」     右手からやや幅広のエネルギーサーベル『フェイズセイバー』を取り出し   フラムベルクはそのままガーリオンを串刺しにするように特攻した。   だが、本体に当たる直前にガーリオンは高速旋回で、フラムベルクの後ろをとる。  「何ッ!?」   逆に背後からの金属製の剣、アサルトブレードによる一撃を喰らったのはフラム  ベルクの方だった。体勢を崩され真っ直ぐ海に向かって落ちていくフラムベルク。  「くっ…この…上がれぇぇぇぇぇ!!」   スラストレバーを最大限に引きながら叫ぶ祐一。コックピットの中に伝わるGが    徐々に和らいでいく。何とか起動したスラスターで姿勢を制御できたのは海面すれ  すれの位置だった。   だがそこへ先程散開したガーリオンが猛スピードで特攻してくる。   周囲を音速で駆け抜け、頑丈な機体ごとぶつけるソニックブレイカー。   元戦闘機のAMならではの必殺攻撃だ、棒立ちになり速度をほぼ失っている  フラムベルクではそれを避ける術はない。  「やばっ…!」   慌ててブースターを起動させるが、移動した先に向かってガーリオンも方向修正  してくる。逃げ場はない――はずだった。  「甘い、俺のこと忘れてないか?」   そんな台詞とともにガーリオンを横から撃墜する強力なエネルギー弾。ゆうにガ  ーリオンをすっぽり覆えるほどの質量と大きさを持ったそれは、ガーリオンを水面  に叩き付け爆破する。  「うわあああっ!」   パイロットの一人のよくある断末魔がコックピットに響く。それを聞く者は同じ  仲間だけであるが。   フラムベルクの後ろに信哉の機体クラウ・ソラスが接近する。  「相変わらず、機転の利かない奴だな」  「違う、今のはちょっとした油断だ」   悪びれもせず反論する祐一。そんな祐一に信哉は呆れた様に、  「もう訓練じゃないんだ。いや、訓練でも油断したら死ぬけどさ」   台詞を途中で区切りながら信哉はレバーを倒した。   するとクラウ・ソラスは右手を高々と上げるとエネルギーを集約させる。   そこには丸々ガーリオンを飲み込むかのような強力なエネルギー弾が  浮かび上がる。先程の攻撃はこれだったのだろう。  「バーストショット! ロックオン!!」   そして敵に向かって右手を突き出した。   当然、チャージショットは敵に向かって猛スピードで飛んでいく。   エネルギーの威力と物理法則によってもう一機のガーリオンはそのまま海の中  まで沈められた。  「な、油断ならないだろ?」  「はいはい、どうせ俺は注意力が足りませんよって」   そう言いながら祐一もまたフラムベルクを別の機体に向ける。   クラウ・ソラスもまた続いていく。   その様子に追撃部隊はただおろおろとするばかりだった。   翼を得た少年達を止める術は…ない。   ――????  「未識別の機体…二機を日本近海上にて補足。データはわかりませんが   周波数から察するに…PTとOFだと思われます」   女性のオペレーターが、モニターの情報を的確に伝える。  「OF…? 火星圏の者が入り込んだのか?」   やや厳しい表情をした別の女性が疑問を投げかける。  「いえ…そのようなデータはありません」  「今のところ、目下戦闘中のようですが?」   女性は少し考える仕草をしたが  「冥夜様と武様に出撃準備をなさるよう伝えなさい」                              第二話に続く

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