フラムベルクに迫るビルガーの翼。もはや避ける術無しと判断した祐一はあろう

 ことか、フラムベルクの右手のガンブレードでビルガーを迎え撃つ覚悟を決めた。

  否、覚悟ではない、やけっぱちの出たとこ勝負と同義だ。ようするに効果的な回

 避方法など思いつかなかったのである。かといって甘んじて攻撃を受ける気にはさ

 らさらない祐一が取る方法はただ一つ。

  接近したビルガーを、フラムベルクに触れる前に落とす事である。限りなく0に

 近い確率の方法だが。

 「一か八か、コイツで落としてやるっ!」

 「そんな結果の見えた方法、一か八かの確率にもならえねえよ!」

 (わかってるよ、そんな事っ! チクショウ!!)

  最後の一言を言葉に出さずに飲み込んだのは、祐一の中にも僅かなプライドが存

 在したという事である。とはいえ、ここまで言った以上もはや引くに引けない状態

 だ。一応ビルガーの軌道に合わせてガンブレードを当てるよう狙っては見るが…。

  無理だ。

  高速移動しつつ、縦横無尽に駆けるビルガーはただ真っ直ぐに飛んでくるミサイ

 ルとは訳が違う。眼で追えるとはいえ当てられるか? と聞かれれば今の祐一なら

 即座に首を横に振るだろう。

 (くそっ…せめてもう少しコイツに慣れる時間があったなら…!)

  どうにもならない事だが、そんな後悔が祐一の頭によぎる。たら、れば、等は戦

 場において何の意味も無い事はわかっているが、ベストを尽くせずに死が目前に迫

 っている事、それが祐一には悔しかった。

  ビルガーの翼が迫る。相変わらず一直線には接近してこない、だが確実に迫り来

 るその翼の向こうに祐一は己の死を見てしまった。

 (やられて…たまるかよっ!!)

  この速度で後ろを取る事はない、ならば、必ずガンブレードの当たる位置から、
 
 ビルガーは迫る筈。そう確信した、というか決め付けた祐一はビルガーの迫る瞬間

 眼を瞑ってフラムベルクの右手のブレードを突き出した。もはや狙いも何もない、

 勘に頼ったでたらめな攻撃だ。

 (当たってくれーーー!!)

  ここに来て己の運命を運任せにするとはある意味大物である。その行動が引き起

 こしたものか定かではないが、二機の間に一陣の光が走った。

 「何ッ!?」

  疑問の声を上げたのは北川だ。そして一向に衝撃が来ない事を祐一は不思議に思

 い眼を開いた。

  目の前にビルガーはいない。それどころか翼を片翼折られバランスの保てなくな

 り落下していくビルガーの姿を後方に捉えた。

 「……当たった?」

  そんな何気ない祐一の呟きを北川はしっかり聞いていた。

 「んなわけあるか! 間違ってもお前の攻撃じゃないって事は言っておくからな!」

  さすがにあんな攻撃に落とされたとは思って欲しくないのだろう、北川の語調は
 
 荒かった。

 「てことは…」

  周囲を見る祐一が眼にしたのは、さらにビルガーに追い討ちをかける攻撃だった。

 的確にビルガーの位置を狙うその攻撃はビーム砲系列のものだとわかったが、肝心

 の攻撃者が見当たらない。しかし、ビルガーが完全に避ける事に徹しているところ

 を見ると相当正確な攻撃のようだ。事実、あの攻撃が入ってから北川からの祐一に

 対する反応はなくなってしまった。

  よく、攻撃を観察しているとかなり遠距離の攻撃である事に気がついた祐一は、

 その攻撃元をレーダーで確認して、ぽかーんと口を開いた。

 「距離…9000!? どういう命中精度だよ!? まともな距離じゃないぞ!?」

  祐一はここからでは豆粒くらいにしか見えないだろう姿の見えない狙撃者に、驚

 きを隠さずにはいられなかった。

  

エクシードブレイブス 第7話


閃光と疾風




 「シャトル発進します!」

  ようやく待ち望んだ瞬間がやってきた。すでにエンジンが点火しシャトルは徐々

 に空へと浮かび始める。だが、まだだ。加速がついていないシャトルならまだ落と

 す事は出来る。

 「ガーリオン部隊! 敵の囲みを抜けシャトルを落とせ!」

  地上部隊の援護に入っていた部隊も含め数十機のガーリオンが一斉にシャトルに

 向かって突撃を始める。だが、それを黙って見過ごす信哉達ではない。

 「遠野! シャトルを背にしてバスターライフルでけん制するんだ!」

 「……了解です」

 「国崎さん、一機でも多く撃墜してくれ!」

 「…ああ、わかった。お前はどうする?」

 「俺は二人が漏らした奴らを全部落とす」

  信哉は事も無げにそう言ったが、それがどれだけ大変な事か二人が一番承知して

 いる。だが、今は問答している時間ではない。

 「…言ったからにはやれよ?」

 「勿論」

  不敵な笑みを浮かべ、信哉はクラウ・ソラスをシャトルと平行に上昇させる。

  シャトルを背にし、バスターライフルを構えたウイングガンダムがガーリオンの

 部隊の前に立ちはだかる。シャトルを背にさせたのは当然、バスターライフルでシ

 ャトルを落とさない為だ。

 「…行かせません」

  トリガーを引き、バスターライフルから光のヤリとも形容できそうなビームが放

 たれる。直進行動から回避行動に移れなかったガーリオンは、まるで川の流れに飲

 まれる人のように、光の奔流に飲まれて消える。
 
  辛くも回避できたとて、そこへバスターライフルの射線と交差するように往人の

 『空』が翼を広げて襲い掛かる。

 「落ちろぉっ!!」

  硬く、鋭い黒き翼はその両翼でガーリオンを容易く真っ二つに切り裂いた。クル

 クルと横ロールを繰り返しながら『空』は再び上空へ上っていく。

  随分と加速がついてきたが、まだガーリオンでも攻撃が届く位置にいるシャトル。

 もう、美凪や往人の援護は届かない。

 (本当に大丈夫なんだろうな…緋神…?)

  だが、そんな往人の不安をよそに既に信哉は迎撃の準備を済ませていた。何故な

 らコックピットの彼は――笑っていたからだ。

 「T−LINKシステムコネクト。バレットセット」

  信哉の言葉と同時にクラウ・ソラスの背部の装甲が変形しミサイルを一斉に形作

 る。メタトロンは自己修復性に加え、ナノマシン素体と同レベルでの変形が可能な

 金属である。よってOFのサブウェポンは必要時以外にはかなり細かいサイズで、

 本体に収納されている。

 「ターゲットフルロックオン」

  接近中の全ての敵機をロックする、当然撃墜に必要な数ずつに分配して。

 「逃げられはしない! テレキネシスミサイル、フルフラット!!」

  16発のミサイル全てを自らの念動力で操作する、念動操作型の追尾ミサイル。

 元はホーミングミサイルとして搭載されているサブウェポンを夕呼が改良した兵器

 であり、ジャマーにも引っかからない為敵機を欺くにはうってつけの武器である。

  奇妙な軌道を残して迫るミサイルに敵パイロット達は慌てふためいている。

 「な、何だ!? こんな急角度で進路を変えるミサイルなど…!」

 「ば、馬鹿こっちに逃げるな、逃げ場がなくな…うわああああっ!!」

  縦横無尽、加えて乱雑な動きで迫るミサイルにガーリオンの部隊は適切な回避行

 動を取れず次々と落ちていく。

  その様を見守りつつ、シャトルはもう遥か空へと消えつつあった。

 「アンリミテッドの諸君、感謝する」

  石橋は短くそう言い残し、彼を乗せたシャトルは大気圏を超え友軍の元へと飛び

 立った。

  既に殆どの敵がいなくなった空を見上げ、月詠もまた、

 「ご武運を、デュランダル」

  そう告げたのであった。




  一方、地上ではまだ小競り合いが続いているかと思われたが事態は一変していた。

  突如現れた細身の戦術機が囲まれていた武の吹雪を救出したのである。

 「やっほー、タケルー。元気だった?」

  戦場には似つかわしくない明るい声、その声の主に武は答える。

 「まー見ての通りだ。完成したのか、それ?」

 「うん、ロールアウト一号〜カスタム戦術機の疾風。どう? どう? このスリム
  な機体? 音速にも挑戦できるかもよ?」

 「……純夏のパンチ食らったら一撃で粉砕されそうだな」

 「あー、酷いなータケルー。極限までスピードを追求したんだからさ、そういう野
  暮な事はいいッこなしだよー」

  しかし、武がそう言うのも無理はない。通常の戦術機に用いられている基礎フレ

 ームを一回り以上も細くした華奢な機体。骨とまでは言わないが、世に溢れている

 人型機動兵器の中ではかなり脆弱な部類に入るだろう。

  そしてウキウキしながら答えるパイロット、鎧衣尊人。武の一年来の友人で、戦

 術機シミュレーターを兼ねたゲームソフトであるバルジャーノンのライバルでもあ

 る。

 「しかも、移動しながら撃てるラディカル・レールガンもついているんだよー」

 「完全に高機動遠距離型……じゃねえな。その両腕は仕込み腕だろ?」

 「当たりー、フィールド展開も可能なブレードアームになってますー」

  高速移動での一撃離脱も可能。ある意味で落ち着きが無い尊人にはぴったりの性

 能である。

  そんな会話をしていた二人だったが、四方から再びギラ・ドーガが吹雪と鎧衣の

 戦術機である疾風に迫っていた。

 「やれやれ…まだやる気なのー? 僕、まだ自慢したり無いんだけどなー」

 「もう聞く気もないから真面目にやれ」

 「えー? 武ー、つれないよー」

 「いいから、とっとと叩く!」

  振り向きざまに吹雪は背中のブレードを抜いて上段から一気に振り下ろした。後

 ろから接近していた敵機は反撃する間もなく真っ二つにされる。

 「はいはいー、でもねタケル? もう終わったよ?」

  二丁のリボルバーを回転させている疾風の周囲で爆発が二回連続で起こった。吹

 雪が敵を切り裂く間に、疾風は既に二機を撃ったわけである。

 「相変わらず手が早い事で…」

  感心したのか、呆れたのかよくわからない武の前に、冥夜の武御雷とやはり、見

 慣れない戦術機が一緒にやってきた。

 「タケルさん、タケルさん〜ご無事ですかー?」

 「たま! お前のも出来たのか?」

 「はいー、閃光も無事ロールアウトしたんですよー」

  ほわーとした声で答えたのは珠瀬壬姫。アンリミテッドチームのスナイパーで、

 狙撃手としての腕前は超一流。当然、そんな彼女のカスタム戦術機は長距離仕様の

 戦術機である。

 「タケル、空の方は…」

 「心配いらないぜ、冥夜。さっき空の敵機の反応は消えた。でもって…」






 ――上空

 「ちっ、どうやら作戦失敗だな、全機離脱しろ。これ以上の戦闘は無意味だ」

  北川は残った味方機に無感情に告げた。レーダーを見ても結構な数が残っている。

 その気になればこの部隊を全滅できる筈だ。

 「北川…?」

 「お前らを潰したって戦況がガラッと変わるわけじゃねえしな。それだけの為に、
  残りの戦力をぶつけるのはリスクが多すぎだ」

  片方のウイングではかえって飛びづらいらしい。少しビルガーはふらついていた

 がそこから感じる脅威は変わっていなかった。

 「今回はここまでにしとく。精々、その新しい奴に慣れとくんだな、相沢」

 「……!」

  見透かされていた、だが、それなら余計に祐一には不思議な事があった。

 「今、俺を倒さないのか?」

 「悪いが、今のお前に挑む意味が無い。新品のチャリ貰って喜んでるガキにレースで
  勝っても面白くも無いだろ? それにオレもこのザマだ。窮鼠猫を噛むなんてのは
  御免被る」

  暗に自分の技量不足を突かれた様で、祐一の心に得体の知れない悔しさが湧き上が

 る。だが、今の自分に言葉を返すことなど出来ようか。

  援護が無ければ今頃自分は死んでいただろう、お情けで今の生を手にした自分に侮

 蔑とも取れる言葉を否定する資格は無い。

 「ま、いずれ機会はあるだろうさ、それまで決着は預ける」

 「北川…お前は」

 「何故RGにいるか、か? それに答えるよりまず先にお前が現状を知りな。オレ
  は、少なくとも自分の意思でここにいる。だが…RGに全てを委ねている訳じゃな
  い」
 
 「現状…」

 「地球、宇宙、火星…未だかつて無いくらい時代は荒れている。そんな中でとりあえ
  ずオレはRGという場所を選んだだけだ」

  ビルガーが背を向ける。引き止める力は今はない。いや、引き止めるなどと思うこ

 ともおこがましいと、祐一は自分の考えを否定した。

  北川は全てを知ったうえで決めた。自分は「とりあえず」の居場所としてアンリミ

 テッドを選んだ。それが全て、互いの選んだ場所が相容れない場所だった。それだけ

 の話である。

 「もっと組織の動きに気をつけるんだな。どこに敵と味方がいるか、お前が判断する
  んだ」

 「…ああ」

 「次は落とすぜ、覚悟してろ」

 「ぬかせ、次はお前を焼き鳥にしてやる」
 
 「……いくらビルガーでも焼いては食えないぞ」

 「いいんだよ、観賞用だから」

 「はははは! 口の減らない奴だな。…いいよやれるもんならやってみろ」

  そう言い残し通信は切れた。装甲の大部分が焼け落ち、片翼折れたというのにも

 関わらずビルガーはあっという間に姿を消した。

  地上に敵機の反応も無い。どうやらこれで作戦は成功かと祐一は息を吐き出し、

 レバーを倒す。

  ゆっくりとフラムベルクが下降を始める。考える事、知らなければならない事は

 沢山ある。だが、いっぺんにいろんな事が起きすぎた。今の祐一が考える事は、只

 一つ。

 「とりあえず…休みたい」
 
  休息、であった。

 

 ――ノアシップ・リビング

 「じゃあ、まだ残りの連中のは作業中なのか?」

  尊人、壬姫から詳しく事情を聴いた武は残念そうにうな垂れた。

 「ちくしょー、一体いつになったらオレの戦術機の作業に入るんだ…?」

 「仕方なかろう、武の戦術機が一番時間がかかるのだ」

  戦術機の扱いに最も長けているのは武である。故に、専用のカスタム機にかかる

 時間も他のメンバーのそれよりも時間がかかるため、一番最後に回されている。

  ソファに腰掛けてコーラを飲んでいた信哉は思い出したように尋ねた。

 「そういえば、次はどこへ向かうんだ?」

 「うむ、月詠の話ではノアシップの改修の準備が整ったので極東支部へ向かうとの
  事だったが…」

  近くにいた冥夜が答えるが、信哉はその答えに首を傾げた。

 「極東支部…って連邦のだろ? 何で俺達がそんなところへ?」

 「我々アンリミテッドは極東支部の方では懇意にされていてな。建前上はデュラン
  ダル不在の護衛という事になっている」

 「なーる、連邦軍っても一枚岩じゃないのか」

 「うむ、我々の活動を表立って支援してくださる方もいる」

 「この部隊には立派な後見がついてますからへっちゃらへーです」

  そこへ何故か得意顔の美凪が口を挟んだ。

 「へ、へっちゃらへーはともかく…どういう事だ?」

 「ふむ…まあこの部隊にも色々あるという事だ。いずれ判るゆえ、気にしない事だ、
  緋神」

 「そうだな、いずれわかる事だしな」

  経緯はともあれ、疑問の氷解した信哉は再び視線を前に戻し、のんびりとコーラ

 を口にする。ふと頭をよぎるイメージ。

 (真理奈…)

  一瞬だけおぼろげに浮かんだ映像。だが、アザゼルでの過酷な日々はそんな、遠

 い昔の記憶をすっかり消してしまった。

  覚えているのはただ、あの日の事。

 (変に背負い込んでないといいが…)

  未だ会えぬ幼馴染を思い、信哉はただ疲れた身体をソファに預けるのだった。

 

 ――RG 地上基地

 『そうか、シャトル襲撃は失敗か…』

 「悪いな、久瀬。思った以上に手強くてな」

  モニターの前には眼鏡をかけた北川と同じくらいの年の少年が映っていた。だが、

 そのレンズの向こうの視線は鋭く、年齢以上の知性の輝きを持っている。

 『いや、気にする事は無い。こちらの作戦に投下する戦力を増強するよ』

 「そう言ってくれると助かる。そうそう、面白い奴らがアンリミテッドにいるぜ」

 『ほう? どんな奴だ?』
 
 「相沢と緋神だ。どうやらあいつらもアザゼルから抜けてきたみたいだな」
 
 『そうか、彼らが…。不思議な縁だな、もう二度と会うこともないかと思ったが…』

  モニター越しでは判らないが、北川は一瞬久瀬が笑みを浮かべたような気がした。

 『いずれにせよ、アンリミテッドの動きには注意しててくれ。僕は上層部と今後の
  作戦を立ててくる』

 「上層部ねえ…総帥はともかく他の奴らがお前の意見なんか聞いてくれるのか?」

 『己の欲しか見えてない俗物を傀儡にするなど容易いさ。総帥の理想を理解しよう
  としないのなら、しないなりに利用価値はある』

 「おお怖い怖い。ま、お前のお陰でこっちは気楽だけどな。なんつったっけ? お
  前の前任の責任者。いやー見てて爽快だったな、お前の思惑通りに動いてたのは」

 『人聞きの悪い事を言わないでくれ。彼が功を焦って勝手に『殉職』しただけだ』

 「ああ、そういう事にしておくよ」

 『それでは何かあったら連絡する。それまではくれぐれも見つからないように』

 「了解、それじゃあな」

  モニターから顔を上げると、生真面目そうな赤い髪の少女が無表情に北川を見つ

 めていた。少し癖っ毛だが、丸い顔がチャームポイントの少女だった。天野美汐、

 北川の補佐を務めている少女である。

 「うおあっ! あ、天野? いつからそこにいた?」

 「5分前ほどでしょうか、ノックはしましたが」

 「久瀬が二人に増えたかと思ったぜ」

 「……何か?」

 「いや、なんでもない。それでどうかしたのか?」

  ギロっと睨まれて、北川は慌てて話を逸らした。どうも彼はこの仏頂面で何を考

 えているのかいまいちよく分からない少女が苦手だった。

  無論、北川が苦手なタイプだと分かっているからこそ、彼の友人でありRG青年

 部隊『ユーゲント』隊長でもある久瀬は監視役も兼ねて彼女を補佐役によこしたの

 だろう。北川自身、細かいことを考えるのは苦手な性格なのでその気遣いには感謝

 している。

  だが……。

 (もう少しかわいげのある女はいないのかよ……いや、別に女じゃなくてもいいけ
  どさ)

  と思わずにはいられなかったのだった。顔自体はそこそこ器量よしなだけに尚更

 である。美汐が補佐になって以来、北川は彼女がくすりとでも笑った姿を一度たり

 とも見たことがなかった。

 (……久瀬でも、もうちっとニヒルなかわいげらしさみたいなもんがあるぞ)

  やれやれとばかりに北川は溜息をつく。そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、

 美汐はいつも通りの鉄面皮で用件を述べた。

 「ファルケンのロールアウトが完了したと報告がありました」

 「出来たのか? ビルトファルケン?」

 「はい、先程ストアハウスより伝聞が」

 「…あの親父、随分気前よすぎないか?」

 「何かしら下心があるかもしれませんが、害はないと思います」

 「ま、スポンサーが気前いいに越したことはないか。んで、受け取りはいつもの場
  所か?」

 「はい、6番のルートで流すとの事でした」

 「了解、隠密裏に受理してやってくれ」

 「…わかりました」

  深々と礼をして去っていく美汐。ドアを開けようとして、何かを思い出した様に

 振り返る。

 「…北川さん」

 「ん? まだ何かあるのか?」

 「いえ」

  美汐はそこで言葉を切ると、しげしげと北川の顔を見つめる。いや、北川からす

 ればただじっと無言の視線をぶつけられているようにしか見えなかったが。

  しばらく北川の顔を観察したところで、美汐は言った。

 「なんだか楽しそうですね」

 「そうか?」

 「そんな風に見えました」

 「ん、まあ、そうなのかもな」

 「…では」

 「ああ」

  結局何が伝えたかったのか、北川にはよく分からないまま美汐は去って行った。

 閉まったドアの向こうを見つめながら、北川は首を傾げる。

 「何だったんだ?」

  疑問に思いながらも、北川はふと気がついた。

 (そういやあいつ、ちゃんとオレのこと見てるんだな)

  細かい理屈など抜きに、純粋な気持ちで戦える相手を見つけた。その言いようも

 ない喜びが胸に火をともしている。おそらくは、モニター越しに笑みを浮かべた彼

 の友人もそうだろう。

 「かわいいところ……あるかもな」

  時として、おしゃべりより何も言わずとも他人のことをしっかり見ている人間の

 方が頼りになることがある。

  無愛想な補佐のそんな一面に気付いて、北川は楽しそうに呟いたのだった。
  

                             第八話に続く

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