――極東支部

  基地の外では復旧作業もそこそこに、輸送艦タウゼントフェスラーに荷物を積み
 込む作業用のMSや、人々の姿が多く見られた。結局の所、急にノア・プラチナム
 クラスの艦の代わりとして運用出来そうな艦はなく、忍の提案を受け入れることに
 なったアンリミテッドは、必要な物資や機体ごと艦を保管している島へと移動する
 ことになった。
  驚くべき事に、連邦軍の兵士達もこの作業に積極的に加わっていた。まあ、別に
 全ての連邦の勢力が一般人に対して横柄であるとまでは言わないが、ここまで柔軟
 に対応するのは、珠瀬長官直属の極東支部の連中くらいだろう。
 「おーいそっちの箱まだ積み終わってないぞ!」
 「馬鹿野郎! 何適当なチェックしてやがる! 後で皆さんが困ったらどうするつ
  もりだ! 主に美少女の方々が!」
 「日本の宝に対する心構えがなってねえ! おい、その担当の奴! これ終わった
  ら基地の敷地内10周!」
 「サー、イエッサー!」
  何だか方向性が変わった連中が多いようだが味方なのは間違いないだろう。彼ら
 はアンリミテッドが危機に陥れば、命を投げ出すことも厭わない…と思われる、恐
 らく。主に美少女のために。まあそんな漢魂(造語)全開の連中が下心とは別次元
 の方向性に昇華した信仰心で仕事を進めているため、アンリミテッドのメンバーも
 自分達のペースで仕事を進めていた。
 「タケルちゃーん! この箱何処に置くのー?」
 「ああ? それはこっちに寄こせ、格納庫行きだ」
 「……観鈴。持ち上げられない箱を無理に持とうとするな。お前は中で中身の整理
  に回れ。そっちは俺が持っていく」
 「あ、うん。ごめんね往人さん」
 「あれ? 八重ちゃん? その箱に貼ってあるラベルなんか違わない?」
 「あ、ほんとだ。これ食料品のラベルだ。中身整備用のオイルなのに」
  何だか学校祭の準備のノリというか、年齢が年齢だけにそんな和気藹々とした雰
 囲気が漂っている。前回の敗北は大なり小なり各人に影を落としただろうが、それ
 でも立ち止まらないのは彼らの強みだろう。
 「ふー…意外と多いな。これは全部積むのにもう少しかかるかな?」
  信哉は額に僅かに浮いた汗を拭いながら近くに立っていた美凪に尋ねた。
 「………あちらに積んである箱で全部だそうです」
  と、美凪が指さす先には山のように積まれた箱、箱、箱。学校の教室を埋めるく
 らいの量の箱がびっしりと備えている。主に男連中が必死に運び出してはいるが、
 それでも後一時間はかかりそうである。
 「仕方ないもう一頑張りと行くか」
  ちなみに男連中が運び出しているのが整備用の部品だったり道具だったりと、比
 較的重い物が入った重量級の箱である。先程純夏が運んだような軽い箱はまた別の
 場所に置いてあったりする。
  信哉が箱を取りに行こうとすると、やたらと元気な純夏の姿が目に映った。軽い
 箱とはいえこうも往復作業であれば、多少なり疲れも出るだろうにそんなものを微 
 塵も感じさせないのは人柄か。或いはキャラクター性か。
 「元気だなー、鑑」
 「うーん、まーねぇ。ほら冥夜もどことなく元気ないし、わたしがしっかりしない
  と!」
  確かに、先日の敗北は冥夜に大きく影響を与えだろう事は信哉にも容易に想像で
 きる。
 (あまり引きずらないといいけどな)
  命があっただけでも儲け物、命があればこそ再戦も出来る。その事に気がついて
 くれればいいが、と信哉は思った。
 「しかし、意外だな。御剣と鑑って意外といい友人やってるんだ」
 「えぇ? 意外かなあー」
 「ああ。だって武をめぐってのライバルなんだろ?」
  信哉が流石にそこまで鋭いわけもなく、最近とある筋から耳に挟んだ情報を口に
 する。言われてみれば、ああそうかも、と思うような程度のことだったから、普段
 から気にしていたわけではない。
 「え? あ、うん。そうだね、けどほら、わたしも冥夜もどっちか、もしかしたら
  両方とも振られる事も覚悟してるからさ。その時に、恨みっこしないようにって
  だけだから」
 「へー…」
  信哉はそういった恋愛事に詳しいわけではないが、こんなサッパリした三角関係
 というのも珍しいんじゃないだろうかと思った。冥夜も冥夜でまた、なかなかの女
 傑である。この二人に囲まれている武は、割と恵まれているのではないだろうか。
 「武もまた幸せ者だな。こんな綺麗な花を両手に抱えているとは」
 「え、え? や、やだなー、緋神君! 褒めても何にも出ないよー」
  と、照れながら純夏はふらふらと舗装されている滑走路に出る。作業用MSの通
 り道として開けてある道路に、だ。
 「ちょっ、危ない鑑――!」
  そこへ――ねらい澄ましたかのようなタイミングで通り過ぎる一陣の風。
 「あがぁっ!」
  それは例えるなら無骨な鉄の柱。いや鉄塊。資材を抱えた作業用MSの足が、ま
 るで歩行中のアリなど気にしてられるかとばかりに純夏を蹴飛ばした。まだ明るい
 青空に真昼の星が浮かぶ。
 「鑑ーーーっ!」
 ――何処かで、三年間意識不明になる少女の歌が聞こえたような気がした。








 
エクシードブレイブス 第30話

 
その先の向こうへ






 「……よく飛ぶねー。さすがはMSの一撃ってことかな?」
 「や、八重ちゃん! 見間違いじゃないの!? 人がそんなに飛ぶわけないよ!?」
 「……いかん、どうやら腹が減りすぎて幻覚を見たらしい。翼もないのに人が飛ぶ
  とは。食い直ししなければ」
 「いや、国崎さん、それは根本的に違うだろ!? ってぎゃああああああっっっ!
  あれに見えるは純夏じゃねえのかああああああっ!?」
  作業中の人間の誰もが目につく空を、ぽーんとまるでゴム鞠のように飛んでいき
 星となる純夏。誰もが唖然とする光景が僅か数秒の間に作られて消えていった。
  その壮絶な展開に誰も口を挟めない。その惨劇を目の当たりにした信哉は固まっ
 たように純夏が飛んでいった方を見るしかできなかった。
 「あー、ダメだなー。昼間から酔っちゃいけないよなー」
 「さー、仕事仕事」
 「現実逃避しちゃダメだね。さあさあ頑張らないとー」
  その場にいた一般の兵士達は、言い訳めいた発言を口にしてそれこそ現実から逃
 避した。口にしたことは責任もって守れと言いたくなる行動である。しかし、見逃
 してはいけない。彼らの額にうっすらと浮かぶ汗を。引きつった笑顔こそ、この場
 で非日常的な光景が繰り広げられた証明に他ならない。
  それはさておき、作業の途中であったその下手人のMSは何かに気がついたかの
 ように足を止めた。上体を地面近くまで下げ、コックピットから出てきたその人は。
 「あら、ご苦労様みんな」
  しれっとした顔で出てきたのは夕呼であった。その僅かに笑みを湛えた表情で誰
 もがわかる。この人全然反省どころか罪悪感すら抱いてない、と。
 「ご苦労様、じゃないッスよ先生! 純夏が!」
  慌てた様子で食い下がる武に、夕呼はにべもなく答えた。
 「あ、やっぱりさっきのそうだったの?」
 「やっぱりって、ひどい、ひどすぎるぅぅぅ!」
 「まあ大丈夫。人間って意外と丈夫にできてるから」
 「ちょ…笑いごとじゃないっすよ!」
 「腕のいい脳外科医なら紹介するけど?」
  そういう問題じゃねえ!? この場にいた全員の心のシャウトが揃った瞬間だっ
 た。しかしそんな騒ぎが起こり始めた後ろの方から、
 「あたたたた……死ぬかと思ったよぉ〜〜〜」
  などと当事者である純夏の暢気な声が聞こえたものだからさらに一同は唖然とし
 た。失礼な話だが、この場にいた誰もが「え? なんであれで死なないの?」と思
 ったという。
 「あら鑑。星になって周囲の注目を一身に集めるなんて、いい技持ってるわね」
 「ううっ、香月博士〜、ひど〜い」
 「次からはよけてね」
  素晴らしい外しっぷりの発言に、三度一同は唖然とした。何者だこの女博士は。
 こんな人物の扱っている機体に自分達は乗っているのか。それ以前に何で純夏は、
 怪我もしてないんだ、など混乱させる事柄が次から次へと起こり、目撃者達はパニ
 ック寸前だった。しかしそこは我らが白銀武、この白衣の悪魔を暴走させてなるも
 のかと、意を決して言葉を紡ぐ。
 「次からは気をつけるねって言ってください」
  誰もが口を開けない中、比較的付き合いが長い武が代表して、今の夕呼にもっと
 も必要なことを要求した。
  しかし、そんな要求を彼女が飲むはずもなく、はいはいとおざなりに返事をして
 コックピットに乗り込み、去ってしまった。残ったのは、何とも居心地の悪い沈黙
 と鑑純夏の耐久力に対する疑問だけであった。ズシン、と足音を響かせる夕呼の乗
 ったMSが、否応なしに恐怖を抱かせる。本当の敵は身近にこそ潜んでいるのでは
 ないだろうか。
 「……………」
 「……………」
 「………仕事するか信哉」
 「………ああ、そうだな」
  あの鋼鉄の破壊神は、きっと止まらないだろう。信哉と武は顔を見合わせ、ため
 息を一つ付くと、互いに持っていた荷物を持ち上げ作業を再開した。
  この日の太陽はやけに眩しかった、と後に武は語ったという。
 「久遠!」
  と、そんなやるせない空気を醸し出し始めていた二人に、少女の声が耳に入る。
 何事かと振り返れば、先日より合流したメイド服の少女が、走り回る子狐を追いか
 けて走り回っていた。
 「あの人は……確か」
 「えーっと、恭也の連れだぜ。神咲とか言ったかな」
  何かに脅えるような表情で逃げ回る子狐を、ややなんというか鈍い動きで追う少
 女の名を二人は思い出した。しかし、あっちに逃げてはこっちに逃げる狐に、上手
 い具合に翻弄されている、那美の姿を見て武は一言ぽつりと呟いた。
 「……ドジっ娘メイドかー」
 「……なんだそりゃ」
  呆れた信哉だった。しかしよく見れば、その狐を追っているのは一人ではなかっ
 た。妙齢の少女、しかし技術者用の正装に身を包んだ小学生くらいの女の子も、那
 美と一緒に狐を追っていた。
 「あわわ、くーちゃん、おちついて、おちついてっ!」
  その少女は巧みに狐の前に回り込むように動いているが、やはり基本的な運動能
 力の差か、捕まえるには至っていない。年上の那美よりも動きがいいのは、この際
 置いておくとする。
 「……あの子、頭だけじゃなく運動神経も悪くないのか」
  信哉がぽつりと呟き、武が同意するように頷いた。
 「ああ、恭也の妹の…なのはって言ったっけ? 月村の手伝いもしてるらしいな。
  あれで、戦術機系の開発に関してはピカ一だってんだからすげえよなー。剣客に
  開発者に…高町の一族ってスーパーマンの血筋なのかねえー」
 「聞いた話じゃ、父親が凄腕のボディーガードだったらしい。血は争えないって奴
  じゃないのか」
  勿論、本人達の努力も否定するつもりもないが、と信哉は付け加える。恭也と美
 由希はともかく、なのはに関しては天賦の才によるものが大きいだろう。
  まあ、それはさておき、何故にああも狐は逃げ回っているのだろうと、二人が思
 い始めた頃だった。
 「ああ、二人ともいいところに。悪いが、あの狐を捕まえるのに君達も協力してや
  ってくれないか」
 「聖先生じゃないっすか」
  武の声に従って振り向くと、やや困った表情の聖が立っていた。手には注射器で
 見る人によっては萎縮する格好である。
 「実は、あの狐を艦に乗せるに当たって予防接種の注射をしようとしたんだが…コ
  レを見ただけで逃げ出してしまってね」
 「筋金入りですね」
 「ああ。しかし気の毒だが、注射をせずに乗せるわけにもいかんのでね。悪いが頼
  まれてくれないか」
  二人は無言で頷くと、狐を囲むように回り込んだ。なのはと那美が両サイド、そ
 れに垂直に交わる位置に武と信哉が付く。進退窮まったか、狐はきょろきょろと周
 囲を見渡すも、じりじりと追いつめられ逃げ場がない。
  じわりじわりと追いつめ、正面の武を気にしている狐を信哉は、
 「……今だっ!」
  後ろから抱き上げるように捕まえた。
 「きゃん! きゃいん!」
 「あ、いてて、こら落ち着けって」
  これで信哉はそれなりに動物の扱いに慣れている。暴れて逃げ出そうとする狐を
 巧みに押さえ込み、なだめるように話しかける。
 「ああ、久遠、暴れちゃダメ……!」
  と、那美が久遠を抑えようとした瞬間だった。
 「………!」
  ぽん、と何かが弾ける音がした。信哉は腕から離れた久遠を見て、そして。
 「…………あ!」
  那美が困ったような驚いたような声を上げる。無理もない。何故なら目の前には、
 巫女服のような衣装をまとった、なのはとそう年の変わらない少女が立っていたか
 らだ。耳としっぽが付いている以外は、そこらの少女と変わらない。しかし、何が
 起こったのか、この場にいた誰もが同じ結論に達する。
 「ええええええええええええっ!?」
  ――本日二度目の絶叫が響き渡った。

 ――タウゼントフェスラー リビング
  
  その後、那美は事情を説明して、とりあえず狐姿に戻った久遠に注射を打たせて
 全員で船に乗り込んだ。
  あまり表沙汰にはなっていないが、世の中には妖怪と呼ばれる不思議な生き物が
 存在すること。
  もちろん、迷信だとか言われる幽霊とかだって確かに存在している。ただ、それ
 らはあまり人との関わりを持っていない。
  久遠はその中でも珍しい、人と共にある狐の妖怪だというのだ。連れて来た理由
 も一応あるが、今のところ匿秘事項にさせて欲しいという話。
  それらを経て、パイロット達は全員一致で結論に達した。

 「まあそんなこともあるよね」
  そんな一言で片付けられ、久遠はとりあえずアンリミテッドの中でなら窮屈な思
 いはしなくてすみそうであった。というより、コウモリ羽の少女とか、MSに蹴ら
 れても無傷な少女に比べれば、今更驚くほどのことでもなかったようだ。ああ、慣
 れって恐ろしい。
  そして移動の間にパイロット達は慣れない船のリビングで一時の憩いを過ごして
 いた。ここのところ連戦続きで満足な休息を取っていなかった少年少女達にとって
 はありがたい時間である。
  簡単な食事と飲み物を摘みながら、皆思い思いの時間を過ごす。戦い続きで忘れ
 がちだが、彼らはまだ大半が十代の遊びたい盛りの子どもである。こんな時代でも
 なければ、恐らくは学生として青春を謳歌していたであろう年頃だ。
  一体何が狂って、このような血生臭い世界になったのだろう。
  一体誰が、彼らにこんな過酷な未来を強いたのだろう。
  一体――運命はこの世界に何を望んだのだろう。
  だが、彼らは悔やむことなく、恐れることなく、自分達の選択を信じている。そ
 れが強さとなって現れる。未だ先の見えぬ暗雲を見据え、ただひたすら前に。その
 先にきっと光があると、信じて。
  だから、今はこの一時を楽しむことを見守ろう。
  まだ長い長い砂漠の旅の途中に見つけたオアシスで休む彼らを。
 「しっかし、この間の栞ちゃんのキレっぷりは凄まじかったな。この桜井舞人をし
  て、味方に畏怖を覚える日が来ようとは」
 「そうだね、舞人君、戦いながらちょっと肩を震わせてたもんねー」
 「あ、相方が相方の恥をばらしちゃいけないなあ!? っていうか黙ってればわか
  らないことなのに、あえて口にしますか希望さん!?」
  とはいえ、そんな辛さをおくびにも出さず、舞人と希望の相変わらずな会話がリ
 ビングに響く。
  ちなみに当の栞は、単独行動および一番の加害者として、反省を促す意味で艦長
 たる月詠にお説教を食らっていた。既に呼び出されてから二時間が経過しており、
 そろそろ解放されてもおかしくないのだが。
 「しかし、随分と絞られているな栞の奴。月詠さん厳しいことは厳しいが、ここま
  でくどくど叱るようなタイプにも見えなかったがなあ」
 「単に説教だけとは限らないわよ相沢君。あなたのように罰則が与えられている可
  能性だってあるしね」
 「……勘弁してくれよ、榊。もう流石にそろそろ香月博士の罰トレーニングに耐え
  られなくなってんだから。いや、むしろもう無理だね!」
  千鶴に向けてぐっと親指を立てて自慢する男、相沢祐一。ここまで自らの情けな
 さを誇らしげにアピールする男も珍しいだろう。いや、世界でも一桁単位の珍種で
 ある。彼が絶滅保護種に指定される事のないことを願う。
  ちなみに本日の罰則は題して『またしても撃墜されました、情けないパイロット
 に与える罰トレーニング』は、搬入作業が終わるまで休みなしのシミュレーション
 戦だった。
  おまけに被弾すると体の各所に取り付けられたパーツから微電流が流れ全身を痺
 れさせるというペナルティ付きである。搬入作業が終わり、シミュレーターから出
 てきた祐一は、瀕死の表情で「まんじゅうこわい」などと奇っ怪な発言をしたり、
 突然奇声を上げて走り出したり、思いあまってたまたま歩いていた美由希に突進し
 かかって逆にカウンターを決められたりしていた。
  そして心身ボロボロにまで追い込まれたはずの祐一は何故か、いつものように復
 活していた。僅か数分で元に戻ったこの生命力は、撃墜されてなお、とりあえず生
 き残れるしぶとさ同様驚愕に値する。役には立たないが。本当に。
 「そこで変な方向に虚勢を張るのが祐一さんらしいですねえ、ものすごく無様です
  けど」
 「うおっとぉ! その人の心にアイスピックを突き立てるようなシビアなツッコミ
  は栞…だ…な」
  振り返った祐一は、目の前の栞の姿に驚愕した。声を失うほどに、その驚きは脳
 天を貫き、祐一の何かを粉砕した。
  白のレースリボン、黒を基調にしたエプロンドレス、白ニーソックス。目の前に
 いる栞は、紛れもなく――メイドさんだった。頭の先から足の先までメイドである。
 何を血迷ったのだろう、この娘は。パイロットからメイドに転向か? ハローワー
 クもびっくりの転職に、一同誰も声を出せません。
 「ふむ、皆さんの度肝を抜くのには成功したみたいですね。どうですか、小町さん?
  これが男性の意表を突くということですよ。後学のために参考にしてくださいね」
 「え…えーっと、雪村はそのー、イロモノはちょっと……」
  え? もうイロモノじゃん? というツッコミを恭也を除く男性陣は飲み込んだ。
 ここでそんな発言をしてしまえば、恐らく艦内の女性全てを敵に回す。
 「本当は、レースリボンじゃなくてネコミミがいいって言ったんですけど、月詠さ
  んから却下されてしまいまして。メイド服はいわば戦闘服。サラリーマンにとっ
  てのスーツと同じなのですから、いい加減な装飾は許されません、って」
 「ね、ネコミミキ――ぐはぁっ!!」
 「黙れっ! その手の発言は多用すると色々と問題があるんだよっ!」
  興奮して際どい問題発言を叫ぼうとした祐一に対し、信哉は何の遠慮もなく腰の
 入った右ストレートを祐一の顔面に炸裂させた。腰の捻りに腕の伸びきるタイミン
 グから、拳への力の入れ方まで絶妙なまでの動作で叩き込んだ黄金の右。
  電光石火の如く炸裂したその拳は、祐一の頬骨まで砕かんばかりの勢いで突き刺
 さり、祐一は四肢を投げ出したまま反対側の壁まで失速することなく激突した。床
 と平行したまま飛んでいくその様はまるでトゥーンアニメのようだ。これで艦の壁
 まで破ったら完璧であったが、流石に生身の肉体の力だけではそこまでは至らなか
 ったらしい。
 「う、うわー、信哉さん、煽った私が言うのもなんですけど、祐一さん死んでませ
  ん? 何かこー、何かが砕けちゃったような音もしたんですけど」
 「心配はいらない。これくらいで参るようならとっくの昔に死んでいる」
  断言する信哉に、栞はこれ以上尋ねなかった。
 「ま、祐一さんですし、心配することもないですか」
 「ああ、こいつはよほどの事がない限り死にはしないだろう」
 「その代わり、一度立った死亡フラグが二度と消えないタイプですねー」
 「何のことだ?」
 「大宇宙の意思です」
  にこー、と笑って栞はこの話を打ち切った。触れてはならない領域なのだろうと、
 勝手に納得して忘れることにする。信哉は、そういった線引きに対する引き際の見
 極めは早かった。
 「ま、それはさておいて、なんでメイド服なんか着てるのしおりん?」
 「よくぞ聞いてくれました八重樫さん! 実は私……先程の戦闘での借金のカタに
  とある成金大富豪の家に売られることに」
 「な、なんだってー!?」
  よよよ、と泣き真似までしだした栞の発言に大げさに反応したのは舞人であった。
 「な、成金大富豪に……メイドォ!? え、え、エロスー!?」
 「………ゾンミ、話が進まないからそこの馬鹿黙らせて」
 「うん、任されたよー。……えいっ♪」
 「はうっ!?」
  微妙にカエルが潰されたような声を出して舞人はずるずると床に倒れ込んだ。今、
 希望が何をしたのかはあまりの早業に誰も見切ることは出来なかった。というか、
 可愛らしい掛け声の割に、その行為の結果はあまりにむごい物だった。
  希望の神がかった速さの攻撃を見切ることが出来そうな恭也は、この騒ぎに実家
 の方と似たような雰囲気を感じたのか、我関せずとばかりに黙り込んでいるし、同
 じく可能性のある美由希は事の展開についていけずオロオロするばかりであった。
 比較的常識人の彼らに、この空気は色んな意味でついていけないのだろう。馴染む
 にはまだ時間がかかりそうだ。
 「それで、本当は?」
 「はあ、他にもネタがあったんですがまともな人しか残ってないのでやめますね。
  えーっと、到着先でのお掃除を頼まれたんですが、相応しい服を下さいと頼んだ
  ら、これが」
  そもそも罰則なんだから何かを要求できた立場ではないはずなのだが、そのふて
 ぶてしさは栞故か。
 「しかし、元が元とはいえ、服に着られていないのは流石だな栞」
  いつの間にか復活していた祐一が、栞を上から下まで眺めてそう言った。復活ま
 での所要時間は僅か二分である。
 「えへへー、まあ私なら大抵の服は着こなして見せますよ。何しろ美少女ですから」
  と、スカートの裾を軽く持ち上げて、くるくるっと回って見せた。ニーソックス
 が生み出す絶対領域と、しかしスカートの中身を見せない絶妙な位置をキープする
 辺りは天性の小悪魔の面目躍如であった。
 「だが、メイド服を着るには胸が足りないな。こう屈んだら谷間が見えるくらいの
  大きさはないとダメだ!」
  白ニーソ万歳! と叫びだしたいのを堪えながら、しかし祐一は爆弾を投下した。
 この男、何処まで馬鹿正直なのだろう。
 「うーん、祐一さんそこで正論を言ってはダメなんですよー。私もそうは思います
  けど、無い袖は振れないと言うじゃないですかー」
  だが、栞の方は冷静に対処した。この事にすっかり気をよくした祐一は、上機嫌
 で高笑いを始めた。――この瞬間、罠に嵌ったことも知らずに。
 「まあなあ、こればっかりはもうどうしようもないからなあーはっはっは」
 「あはははー、――祐一さんもっかい死んでください」
  何処に隠し持っていたのか、栞は背中から素早く竹箒を取り出すと大笑いをして
 いる祐一の顔面目掛けてフルスイングした。耳に届く音は空気を裂く轟音のそれ。
 その勢いは飛ぶ鳥を落とさんばかり。綺麗な円を描いて振るわれた必殺の凶器は、
 祐一の首を飛ばすとばかりに、その威力を存分に発揮した。
  次に聞こえたのは壁にビタン、と張り付いた祐一の音。悲鳴すら上げさせず、竹
 箒は見事にゴミを掃除した。元来の用途とは180度離れたものではあるが。
 「まったく失礼ですねー。『もう』ってなんですか『もう』って。まだ後2年はチ
  ャンスがあるはずですよ。人を永遠のナイチチのように言わないでください」
 「や、怒るポイント違わない?」
  翼のツッコミも栞は聞いちゃいない。口調は穏やかだが、やはり多少は怒ってい
 るらしい。その後も、栞はノエルの着るメイド服との違いについてや、おしゃれに
 ついて語り出した。そんな蝶よ、花よのような女の子同士の会話は、華やかに見え
 る。
  艦の隅で悶え苦しんでいる一人の男を除いて、タウゼントフェスラーはそんな和
 やかな空気のまま、目的地である場所へと向かっていく。
  信哉は談笑する仲間達の輪をそっと抜け出て、廊下の窓の側へ寄る。
  乗り込む直前に月詠に告げられた言葉が、まだ胸に残っていた

 『結局デュランダルは私達との合流を待たずして作戦を決行するそうです』

  合流が遅れてしまった。この遅れが命取りにならなければいいが。胸をかすめる
 焦燥は、ただ一人の身を案じるが故に。
  眼下に広がる景色は青ばかり。海面に反射した陽光が輝き、静かな波に合わせて
 きらきらと瞬く。
  宇宙が時折、星の海に例えられるのはこんな光景があるからではないだろうか。
  信哉は地球、真理奈は宇宙。二人の間には広い海が広がっている。
  自分だけでは渡りきることは出来ず、手を伸ばせば届きそうな位置にありながら、
 未だ届かぬもどかしさ。
  そして不可解なRGの戦略に、目的の見えない謎の勢力。因縁浅からぬアザゼル
 の動きなど、信哉の頭は考えることだらけで一杯だ。
  だが、その割に信哉には余裕があった。解決すべき問題、不可解な謎、やらねば
 ならぬ事は山ほどあるが、彼の行動理念はただ一つ。

 「この奇妙な運命すらも断ち切って、俺はお前の所まで必ず行く。無事でいろよ、
  真理奈」

  一振りの不敗の剣を手に、戦場を舞う幼馴染みの所に辿り着く、それだけだった。
  やがてタウゼントフェスラーは、彼らを新たなる船へと誘う。
  月に守られし島に眠る、鋼の船へ――と。







後書き

30話を機にスタイルを最近気に入っているタイプに変更。
いい加減あの改行を入れるスタンスもどうかと思ったので。
ちなみに前話の変更はしません。
何故かって面倒だからです(ぶっちゃけたー!)
さて、これにて地上編も終わり、エクブレは第二クールに
突入します。あ、ちなみに作者は純夏好きですよ。本当ですよ?


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