「うーん…やっぱり反応はイマイチだな」
格納庫でレポート用紙を見ながら呟く少年が一人。周りでは整備班の人間が所狭
しと駆け回っている。他にも新しいモビルスーツ(MS)やPTを搬入する作業を
行っている者達もいた。どうやら、補給作業のほかに新しく配備される機体の積み
込みも行われているらしく、マザーバンガードの格納庫はにわかに騒がしかった。
「やはり浩平さんの反応速度を考えるとこれでもまだ足りませんか?」
浩平の呟きに答えるのはデュランダルの中でも最年少の整備、開発担当の少年、
倉田一弥。若干13歳ながら、ロボット工学の分野において一目置かれる存在で、
デュランダルの機体の整備、カスタムは彼に一任されていた。
「ああ、まーな。けど、これでもう殆ど限界ギリギリだろ? これ以上性能上げる
なら別の機体に乗った方が効率がいい」
「ええ、可能な限りの軽量化とレスポンスの反応強化を行いましたからね。これ以
上、限界に出来る部分がもうないですよ」
「つーか、これ以上速度上げたら空中…じゃねえや宇宙分解しない?」
「どうでしょう、理論上は47%くらいの確率ですが。死にはしませんし、浩平さ
んが自ら試してみますか? ギネスブック級ですよ」
「うーむ、ギネスか…。挑戦してみたい気もするが観客が敵軍じゃなあ」
「あははっ、そうですね。それだとおひねりも期待できませんし」
「ああ、エンターテイメントとは常に煌びやかにあるべきだ。やはりこう…オレ様
が身体を張るからには相応しい舞台が必要だ。フラッシュを身に浴びつつ、拍手
喝采の中、綺麗にバラバラになったMSのパーツの中からタキシードを着込んだ
オレが颯爽と…」
その姿を想像しているのか、身振り手振りに演技の入る浩平。だが、妄想とは儚
い、打ち砕かれるから妄想と呼ぶ。文字通り、後頭部に叩き込まれた強烈な一撃は
否応無しに浩平を現実へと連れ戻す。浩平が後ろを向くとそこには仁王立ちで不機
嫌な顔をした女性が立っていた。
「なーに馬鹿言ってんの、折原ぁ!?」
「ぐ、ぐおお…ひかり姐さんいいモノ持ってるぜ…ぶぇぷッ!?」
振り向いた浩平の頬に炸裂する平手打ち。ちなみに紅葉型は浩平の頬には残って
いない。元来平手打ちとは割合、男女間の揉め事において発動する事の多い、女性
独自の必殺技であるが、この女性の場合は別である。
「ひかり『姐さん』って言うなっての! 全く…桜井が二人いるみたいよ…」
結城ひかり、勝気で強気のデュランダルのパイロット。現在地上にて研修中の桜
井舞人達と同郷でもあり、その肝っ玉の強さと姉御肌から女性クルーの間で密かな
人気があるとかないとか。ちなみに前述のひかり『姐さん』は、彼女の姉御肌っぷ
りを評価して舞人が呼び始めたものだが、本人が聞くと怒る。
「いやあ、桜井から聞いてはいたんですけど、そっちの方がしっくりきませんか?」
「……折原…アンタ医務室行く?」
「謹んで遠慮させていただきます、サー!」
何故か敬礼して敬語で答える浩平。その後ろで一弥が笑いをかみ殺していた。
「一弥君も、あんまりコイツの馬鹿に乗らないの。いいわね?」
「はい、わかりました」
「ちょ、今の言いだしっぺは…」
間違いなく一弥の方だ。そう主張しようとした浩平はひかりの無言の睨みの前に
大人しくなる。君子危うきに近寄らず。これ以上攻撃を受けるくらいなら、罪を被
るくらい何てことはない、と浩平は心の中で思った。
「うぐぅ! そこの人!」
「ん?」
突然響いた声に浩平はきょろきょろと辺りを見回した。しかし声の主は見えない。
「どいて! どいてっ!」
「へ? ぬぐほっ!?」
浩平は腹部から全身に行き渡るほどの強烈な衝撃に思わずうめき声を上げた。例
えるなら、小柄な少女が突進してきたようなそんな重圧と衝撃が――
「って全然例えてねえよ!」
「……アンタ、誰に突っ込んでんのよ」
謎の叫びを上げる浩平にひかりは冷静に突っ込んだ。さすがはデュランダルきっ
てのツッコミ担当である。(舞人談)
ちなみに浩平の後ろに居たはずの一弥はちゃっかり避難している。美少年然とし
た可愛い顔とは裏腹に中々したたかな面も持ち合わせているようだ。そして衝撃を
与えた本人は、
「うぐぅ…どいてって言ったのにー…」
浩平の前で尻餅をついて涙目で呟いた。月宮あゆ、本日も元気です。勿論、様々
な意味合いで。
エクシードブレイブス 第12話
わたし達のTomorrow
「どうしたのよ、月宮。そんなに慌てて」
ひかりがあゆの手を取って立ち上がらせつつ尋ねる。ちなみに浩平はやんわりと
無視された。
「あっ、えっと結城さん。真琴ちゃんを見ませんでしたか?」
「沢渡? あの子なら自分の担当の整備終らせてさっさと格納庫出てったみたいだ
けど」
「また行き違いかあ…。すみません、ありがとうございました」
またしても誰かにぶつかりそうな勢いであゆは去って行った。よほど前が見えて
なかったのか、かなりの猪突猛進ぶりである。……浩平を踏みつけても気がつかな
い程に。
「…………格納庫の床は冷たいなあ」
この日、浩平は金属って冷たい事を嫌というほど知った。
――マザーバンガード リビング
マザーバンガード内には休憩所を兼ねたリビングが備え付けてある。食堂とは別
だが食べ物の持ち込みも可で、たまに職員達が談笑している姿を見かける事もある。
いわばここはデュランダルの憩いの場なのだ。
「あー…痛てて。ったく月宮の奴もあんなに焦ってどうしたんだか…」
首を鳴らしながら、浩平は空いていた席についた。右手には紙コップに入ったコ
ーヒーを持っている。
「…今まで探していた人が見つかったそうですよ、浩平」
浩平の正面で丁寧にフォークで崩したショートケーキを食べている少女が、浩平
の独り言染みた疑問に答えた。答えたのは公私における浩平のパートナー、里村茜。
浩平のデュランダルへの引き抜きに際し、彼を慕ってデュランダル入りした少女で
ある。同年代の少女に輪をかけた甘党で、浩平が時折凄い顔で彼女と甘味処にいる
ところを見かけることもある。浩平がどんな顔をしているのかは彼の名誉の為に、
伏せておく。
「へえ、それってあれだろ? デュランダル発足の裏でずっと艦長が探してたって
いう、艦長の甥の事か?」
「ええ、私も詳しい話は知りませんが。さっき名雪さんに何事かと尋ねたらそう答
えてくれました」
淡々と答えて、一口にはちょっと満たないくらい小さく切ったケーキの切れ端を
口元へ運ぶ。静かで丁寧な仕草ながら、表情は僅かに綻んでいる。
「あははーっ、それであんなにあゆさんは慌ててたんですねーっ」
「……廊下は走ると危ない」
「おっ、川澄さんに倉田さん」
二人の会話を小耳に挟んだのか、浩平と茜の席の隣に二人の女性が座った。一人
は黒髪を流麗に伸ばした無表情の、もう一人は美人然とした表情の割に子供っぽさ
が垣間見える親しみやすい表情をたたえている。
川澄舞に倉田佐祐理。デュランダルきってのタッグと一部ではささやかれ、およ
そ戦場の似つかわしくない少女の二人に見えるが、実は連邦軍でもトップクラスの
パイロットである。
「さっき舞も後ろからどいてーって叫ばれたもんね?」
「……避けたら避けたで転んでた」
その話を聞いて浩平は頭を抱えた。あいつ、叫ぶ意味あったのか? と。そんな
行動が一部の男性クルーの間で「あゆちゃんファンクラブ」の結成に繋がったのだ
ろうか。オレにはよくわからん、と浩平は斬り捨てたが、その浩平の考えを知れば、
クルー達は口々に言うだろう。「所帯持ちに俺たちの気持ちはわからんさ! ウワ
アアアン!!」と。
「…よっぽど嬉しかったんですよ。待っていた人が帰ってきてくれた、それは…と
ても嬉しいですから」
「…茜」
そう、茜はあゆの気持ちがよくわかる。彼女は、年月こそ違えど同じ身に立たさ
れた事があるからだ。世界から、周りから、そして人の中からさえ『浩平』という
存在が消えた時、それでも彼女は待ち続けた。一度目の時とは違う、彼との間に交
わされた約束を信じて、たった一人で続けた孤独な戦い。
「……浩平?」
「え?」
「…どうしたんですか、急に」
気がつくと浩平は茜の髪を撫でていた。向かいの席に座りさほど距離もない、手
の届く位置にあった彼女のトレードマークとも言える三つ編みの髪をいとおしく、
そして優しくその手で撫でている。
「ん、何となく」
「…何となくで髪を撫でないでください」
言葉とは裏腹に頬を赤く染め少し照れている茜。そんな反応が楽しかったか浩平
はその手を放す事はしない。
「茜は俺に髪をいじらせてくれないから」
「…浩平は、変な髪にするからです」
「うーん、俺はそんなつもりはないんだが。個性的なカットにしてやるぞ?」
「嫌です」
即答だった。けど、浩平の手を振り払う事はしない。その手から伝わる、暖かさ、
愛しさ、その全てが一度は失われたはずのものだったから。その心地よさに身を任
せ二人は、互いが互いしか見えない世界を作り上げていく――のだが。
この場合、もう少し場所を選ぶべきだったと言わざるを得ない。マザーバンガー
ドのリビング、加えて現在は補給作業中でかなりの人数が休憩をとっている。とな
れば当然、二人は衆人環視のの中で愛を語らっていたわけであり。
「青春ですねー、お姉さんもう熱くてしょうがないですよーっ」
「……ど真ん中ストライク」
佐祐理や舞以外にも二人に茶々を入れる声は多い。中には「折原…死にくされ」
などという物騒なものもまである。無理もないが。
しかしながら、周囲の数十の視線を受けて急に態度を変えて何事もなかったかの
ように取り繕う器用さは――今の浩平には残念ながら、ない。
「………」
「………」
浩平は手を放せず、茜もそれを払う事もできず、二人真っ赤になり無言のまま、
俯く姿がこの後しばらくリビングにあったという。
――マザーバンガード 甲板
あゆは走った。走りに走って、その事実を告げる相手を探していた。なんだか走
れば走るほどあちこちが痛んでいるのだが、それを気にする余裕はあゆにはない。
そうだ、あの日の誓い。あの日から家族で、そしてそれを支えてくれた仲間達と
駆け抜けてきた日々、目標の一つが今ようやく果たされたのだ。
飛び出した甲板で、あゆはようやく尋ね人を見つけた。マストに背もたれに可愛
い寝息を立てている少女を。
「真琴ちゃんっ!」
「……くー」
近くまで駆け寄り名を叫ぶが答えはない。というより、どことなく寝息が名雪に
似ているのは気のせいか。あゆは「寝息も似るものなのかな?」と思考が逸れかけ
たが、伝えねばならない事のショックが現実に引き戻す。
「起きてよ、起きてよっ、真琴ちゃん」
ガクガクと真琴を上下に揺するあゆ。ちなみに寝ている人に対してこれは最大の
拷問です。起き抜けに気持ち悪くなる事もあるので素人にはオススメできない。
「……あうう、肉まんが…肉まんが揺れてる…」
どんな夢だ。夢とは得てして荒唐無稽な内容であることが殆どだが、是非とも真
琴の夢の内容を夢診断してもらいたいものである。真琴が内容を覚えていればだが。
さて、この真琴だが、頭にイヌ科の動物のような耳がついている。今は背中に隠
れているが僅かに隙間からはみ出ている尻尾は紛れもないキツネのそれに酷似して
いる。だが、この部隊でその事を疑問に思うものは誰もいない。何故なら――それ
を含めて沢渡真琴という少女だからだ。
ピコピコという音がなりそうなほど微弱に彼女の耳が揺れる。どうやら意識が覚
醒したらしい。目をごしごしとこすりながらうっすらと目をあける。やや幼い外見
と仕草が見事にマッチし、その手の趣味の男性を一撃で落としそうな威力である。
「なによぉ、あゆあゆ。まだ時間あるじゃない、もう少し寝かせなさいよ…」
「それどころじゃないよっ! 祐一君が祐一君が生きてたんだよ!」
「ううん…当たり前じゃない、祐一は殺したって死なないわよ…」
が、そこまで言って気がついたのか、真琴はガバッと起き上がりあゆの肩をつか
んでガクガクと揺らしながら問いかけた。先程あゆが真琴にやったのと同じように。
「ちょっと、あゆ! それって本当なの!? 本当に本当に祐一は生きてるの!?」
「う、うん。アンリミテッドで保護されたんだって…秋子さんも確認したし本人に
間違いないよって…うぐぅ真琴ちゃん苦しい…」
「ふ、ふん! 真琴に黙って死ぬはずないって思ってたから別に真琴は嬉しくない
けど!」
「……それはいいからいい加減止めてぇ…」
「で、でも、これだけあたし達に心配かけたんだから謝るのは当然よね。うん」
「……うぐぅ…きもちわるい…」
誰も聞いてはいないのに、真琴は祐一に会ったらどうするか、という事を考え出
した。あゆを揺らしたまましばし思考に耽る真琴。その間いい具合に脳をシェイク
され、意識が朦朧としてきたあゆは目の前にたい焼きの幻を見たという。そして、
その向こうに過ぎ去りし日々の光景も。
「それで、あゆ。アンリミテッドって何?」
ようやくその手を止めて尋ねた真琴の質問にあゆは思わずコけた。
「真琴ちゃん、ちゃんと起きてぇー」
そう叫びつつもあゆの思考は、始まりの日へと戻っていく…。
三年前のあの日。相沢祐一が火事で両親共々焼死したという事件から三日が経っ
たその日、あゆと真琴は難しい顔をして新聞記事やネットニュースを調べていた。
事件を知った日の驚きや悲しみという感情はそこにはない。彼女達の表情には、報
道に対する強い訝しみが滲み出ていた。
「ねえ、あゆあゆ。おかしくない?」
「え?」
「祐一が死ぬなんておかしいよ。殺しても死にそうにないもん」
「殺したら死ぬと思うけど。でも……ボクもおかしいと思う。秋子さんが祐一君の
遺体を確認しにいったんだけど祐一君に歯並びよかったはずなのに、遺体の歯は
ガタガタだったんだって」
二人はあまり世間の事情や知識には疎い。だが、それでも祐一の遺体の指し示す
状況がおかしい事には流石に気がつく。加えて、この記事は一家焼死というそこそ
こ大き目の事件ながらさほど大きくは取り上げておらず、警察の調査も殆どおざな
りに片付けられたという印象が強い。大体、数日とかからずに事故と片付けられて
しまうには不自然な点が多いのに、こうもあっさりと警察が捜査を打ち切るのは、
子どもでもおかしいと気づきそうなものだ。
それでも、この事件が取りざたされる事はないのだろう。そして、人々の記憶か
ら忘れられる。まるで、それこそが狙いではないかと勘ぐりたくなるほどに。
「ふぅん。なんか怪しいわね」
「うん。ひょっとしたら、死んだ人って祐一君じゃないんじゃないのかな。見つか
った遺体、真っ黒焦げで誰かも分からなかったみたいだし」
「ねえ、あゆあゆ。ひょっとしてあいつらなんじゃないの?」
「え?」
「ほら、あの研究所の奴ら」
「あ……うん、何だかボクの時と似てるね」
そう、二人はとある研究所から逃げ出してきたのだ。真琴の耳と尻尾も『実験』
と称されいじくり、弄ばれた結果である。そんな過去を思い出したのかあゆは少し
だけ身体を震わせる。やはり幸せな日々に身をおいいても中々、身体に刻み込まれ
た恐怖というのは消せないらしい。
「ねえ、二人であそこに忍び込んで調べてみない?」
「えええっ!? そんなの危ないよ!」
「じゃあ、あゆあゆは警察に任せていられるの? 多分、もう何もしてくれないわ
よ。捜査も終ったって書いてあるし」
「……うぐぅ」
「でしょ?」
「うん、じゃあ行ってみる?」
「大丈夫大丈夫。いざとなったら真琴が空手でやっつけてあげるから」
「……そう言って真っ先に逃げ出さないでね」
「な、なによ、その目は?」
「……図星なんだね、真琴ちゃん」
「と、とにかく、いざとなったら鉄砲奪っちゃえばいいのよ」
「そうだね。うん、ボクやるよ!」
二人は思い立ったが吉日とばかりに部屋のドアに手をかけた。ところがそこには、
二人の思いのよらない相手が立っていた。
「二人とも、馬鹿なことは止めて」
そこには二人の長女分に当たる名雪が立っていた。後ろには秋子の姿も見える、
二人は今の会話は全て聞かれていたのだと悟った。
「…なゆ姉」
「…秋子さん」
真琴とあゆは若干罰の悪そうな顔をする。秋子は少し困ったように頬に手を当て
て二人を諭すように話し始めた。
「名雪が二人の様子がおかしいって教えてくれたわ。二人とも早まったことはしな
いで」
「でも!」
興奮気味に反論しようとするあゆを名雪が止める。
「あゆちゃん、落ち着いて。お母さんの話をまずは聞いて、ね?」
「二人の気持ちは分かったわ。ごめんなさいね、こんな時にわたしがしっかりして
いなくて」
「秋子さん? …どうしたの?」
真琴は秋子の決意めいた意思を感じ取ったのか不安げに尋ねた。心なしか尻尾が
ふるふると震えている。
「名雪もあなたたちと同じ気持ちよ。二人とも、祐一さんを探したいのね?」
「うん」
あゆは迷いなく力強く答えた。大して真琴は少しそっぽを向いて言った
「真琴は別に……あいつらに仕返しするついでになら探してあげてもいいけど」
「うぐぅ、真琴ちゃんさっきと言ってること違う」
「こらっ、あゆあゆ余計なこと言うんじゃないわよ!」
「二人とも、喧嘩はダメだよ〜」
言い争いを始めた三姉妹を見て、秋子は微笑みながらもその姿に何かを教えられ
た。
「みんなの気持ちはよく分かったわ。まったく、子供にすべきことを教えられるな
んて、お母さんもまだまだね」
「…? 秋子さん?」
その眼差しに、何を見ているのかあゆは知る事ができなかった。
そして、秋子はその日から奔走した。まずは連邦軍内部に残されていたパイプを
利用し軍部に復帰。その間、三姉妹は士官候補生としてやはり軍部に入る。
バフラムの動きもありにわかに軍部増強の動きがあった連邦軍に三人が入るのは
容易な事だった。彼女達を鍛えるのにあたり、石橋大尉(当時は大尉だった)が就
く事になったのも当然秋子の根回しによるものである。当時から石橋は優れた武官
として有名であったが、同時に教官として教える立場に立つ事も多かった。
生半可な覚悟では生き残れない、その事を教えるためにも第一線の現場で戦う石
橋の言葉は少女達に闘う覚悟を持たせるのにうってつけの人物であったのだ。
そうして時間をかけつつも、徐々にその勢力を築き上げた秋子は意思、才能、志、
そういった面で信頼の置ける者達をスカウトし、さらには倉田という大きなスポン
サーも見つけ、激化する戦線の中辛抱強く来るべき日の為に備えた。表立ってはい
ないが、御剣も秋子の行動を支援する一任を担っていた。
祐一を手中に入れた組織が何かしらの思惑があることは、あゆと真琴を引き取っ
た段階でわかっていた。そしてそれらは今後激化する戦場に置いて暗躍するであろ
うことも。その為には、自らの意思で戦える、決して駒ではなく一人の戦士として
戦える者達が必要になることを。
そしてその秋子の先見どおり、アザゼルは徐々にその姿を現し始め、戦争の行方
はどこに至るのかわからなくなっていた。
娘達の去ったブリッジで秋子は思う。本当に強いのは娘達の方だ。祐一が見つか
り彼女達は本当ならばこれ以上闘う理由はないはずなのに。去り際に名雪は言った。
「わたし達と同じような悲しみに会う人を増やしちゃダメだから」
だから、戦いを止めるために集まってくれた仲間達と戦うのだと、誇らしげに言
った娘の後姿は自分の思う以上に成長していた。
デュランダルを設立するために奔走していた日々を思い返しながら、秋子はその
背中に安心した。大丈夫だ、あの子達は戦いそして勝つ。そしてその為に、
「わたしは大人にしか出来ないことをしましょう」
そうする事であの子達と一緒に闘えるはずだ、秋子はそう思いながら艦長席に座
った。心なしか座り心地のよくなったその椅子に。
第十三話に続く
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