深紅の閃光とでも呼ぼうか。
一陣を駆け抜けたその機体が放ったのは終の一撃。ノア・プラチナムの装甲を貫
き、戦艦の機能を致命的なまでに破壊し尽くす獅子の牙。突き立てられたショット
ランサーはそれで終わりではない。深々と刺さった槍を爆破させる二段構え。一度
切りの使い捨ての武装、しかしそれ故に切り札としての意味を為す――!
カチン、と聞こえるはずのない引き金を引く音が響いた。次いで轟くは爆音。戦
艦という巨大な部隊の旗印たる象徴が暴力の火に包まれる。当然内部はその攻撃の
対応に追われることになる。
「出力12%に低下! 高度を維持できません! 不時着による衝撃を避けるため
に緊急着陸します!」
「第二、第四、第五までの隔壁を降ろします! 所定エリアにいるクルーは速やか
に避難せよ!」
「機関部への直撃は免れましたが、火災が機関部に到達した場合、誘爆の危険性が
高いです! 緊急用障壁の展開の許可願います!」
ブリッジは火事場の如き騒がしさに包まれる。既にここまで攻め込まれては、ノ
アの放棄は免れない。免れないが――クルーの命や、この基地で戦っている者達の
命まで巻き添えにするわけにはいかない。各所へ指示を飛ばし、最悪の事態を招か
ないための防護策を次から次へと打つ。この緊急時において、鉄の如き胆力で冷静
に指示を飛ばせるのは――
「武様が開いてくれた一角から、緊急用の小型艇で脱出! 戦場に飛び込むのは避
けなさい! 自らの命だけではなく、戦場で戦っている方々の命も危険にさらし
ます!」
ここまで追い込まれた敗北感に胸を穿たれるような痛みを抑えながらも、命を守
るための指示を飛ばすのは月詠だった。彼女とて、危険の渦中にいるというのに、
その事をまるで見ていないかのような指示である。確かにノアとて代わりになる船
はそうない。しかし、しかしだ。
(人の命の代替え品などありません――否、あってはならない――!)
たとえどのようなモノを秤にかけたとて、人の命より重いモノがあろうか。たと
え互いにそれをまるで見えていないかのように奪い合うような時代であったとして
も――それを当然と受け入れてはならない。
それを受け入れてしまったとき、人として大切な何かを失ってしまうだろう。
だからこそ、安易に死なせてはならないのだ、味方だから敵だからではない。そ
れが――責任だから。
故に彼女は戦いが終わるまで――その精神を貫き通すだろう。
エクシードブレイブス 第28話
Trust You're Truth 〜御神の剣〜
――極東支部 戦場
「ふむ、撃沈には一歩届かなかったか。しかし、これでこの船は死んだも同然。諸
君らの援護なくしてデュランダルも戦い続けられる道理はない。この作戦、我ら
RGの勝利で終わったな」
ランサーを撃ち、ずいぶんこざっぱりとなったドラグーンを抱え直した紅いベル
ガ・ゼーベのパイロットは満足そうに呟いた。確かに機関部を直接破壊するには至
らなかったものの、船体に大穴が空きかつその動作に異常が起こった戦艦では飛べ
るかどうかも怪しい。修理にも多大な時間と資材を要するだろう。そういう意味で
は既に勝敗は決したと言える。
しかし、
「てめぇ! 歯食いしばれこの…!」
そんな理屈など通用せず、向かっていく馬鹿者もいた。いや、この場合諦めを知
らぬと言うべきか。フラムベルクはベルガ・ゼーベの頭上から急降下で襲いかかる。
その狙いは重力加速度も加えたスピードによる特攻。フェイズセイバーによる一撃
を狙った電撃戦法だ。
だが、剣を突きつけながら歯を食いしばれとはこれいかに。
「フッ、相変わらず直情径行なことだ。単純で羨ましいね、実に」
ベルガ・ゼーベのパイロットは嘲笑を浮かべると、機体のレバーを操作。実に直
線的な軌道で襲いかかるフラムベルクをあっさりとスライドダッシュでの横移動で
回避する。勢い余って地に激突するかに見えたフラムベルクだったがそんな事態に
は至らなかった。
「ハッ!」
地に激突するより先に、ベルガ・ゼーベが真横から、ビームサーベルで突きを放
つ。僅かにコックピットを外れたが、串刺しのごとくボディ部を貫き、奇しくもそ
れによって勢いは止められた。
「なっ、ちょ――!」
「成長のない事だ。僕がいなくなってから一年。一体何をしてきたのやら」
まるで祐一を知る風な口調でパイロットは語る。祐一からはベルガ・ゼーベの動
きは見えなかったが、上空にいたクラウ・ソラスに乗っている信哉にはその動きは
はっきりと見て取れた。無駄のない一撃に集約される動き。反撃を想定した紙一重
の回避運動。
「その動き…久瀬、久瀬か!?」
「久しぶりだな、緋神君、相沢君。ああ、もっとも相沢君とはこれでさよならかな?
このまま少し腕を引けば――」
「そうはさせぬ!」
信哉と久瀬、二人の会話を断ち切るように混ざる声。武御雷が、ベルガ・ゼーベ
の腕を断ち切らんと、皆琉神威を振り下ろす。このタイミング、この距離ではベル
ガ・ゼーベが腕を守るには腕を引く――つまり突き刺したビームサーベルを抜かな
ければならない。
瞬時に久瀬は考える。まだ敵は多い、ここで腕と引き替えにフラムベルクを撃墜
する事は損になる――と。一瞬の思考とそして判断。反射的にベルガ・ゼーベはサ
ーベルを引き抜き、フラムベルクを捨てるように飛び退いた。地を揺らす音と共に、
フラムベルクの機体が地面に横たわる。
「ぐわっと! く…、くそっ、動けフラムベルク!」
「無駄だと思うがね。左半身への命令系統を断った。さっさと視界から失せろ。僕
は馬鹿が嫌いだ」
久瀬の言うとおり、フラムベルクの左半身は完全に死に体となっており、起きあ
がる事にすら、普段の数倍の時間を要しそうである。この状態では戦闘などもって
の他だ。そればかりか、お前の命など取るだけ馬鹿らしい、と言いたげな久瀬であ
る。
「久瀬、久瀬と言ったな。そなた、その姓に偽りはないのか?」
「紫の戦術機…成る程、貴女が御剣の姫君か。ならば僕の姓の名を知っていてもお
かしくはない。その問いにはYESと答えよう。君の知る久瀬の意味と同一であ
る」
事情を知らない者達に二人の会話の意味はわからない。代表するかのように信哉
が冥夜に尋ねる。
「御剣、久瀬に何かあるのか?」
「久瀬とはコロニーでも有数の家柄だ。御剣に名を連ねる者として何度か顔を合わ
せたこともある。コロニーと地球が危ういバランスでも何とか成り立っていたの
は、久瀬の尽力であると断言してもよいのだ」
「その通り。父は辛抱強く地球側と交渉を続けた。また、同時に交流も持った。理
解とはまず己を知ってもらうことではなく相手を知ろうとすることから始まる、
とそう言ってね」
そこまで語って久瀬の声のトーンは落ちる。始まるのは弾劾の言葉、失われた者、
高潔な精神でねばり強く生きた父を踏みにじった者へ突きつける言葉の剣。
「しかし――4年ほど前の事だった。当時、サイド4事件に端を欲したコロニーと
地球間の悪化に便乗し、一気に波紋を広げるべきだと判断した地球至上主義者の
過激派によって父に連なる者達は皆殺しにされ、僕はとある場所に売り渡された。
場所は――語るまでもないだろう、緋神君、相沢君?」
「……アザゼルか…!」
どこまで根が深いのかアザゼルは。そんな思いを込めて信哉がその名を口にする。
「彼らの思惑は成功し、コロニーと地球間の対立は激化し、連邦はこぞってコロニ
ーの支配権を得ようと躍起になり――しかしそこでバフラム戦役が勃発した。火
星側との対応に追われ、結局コロニー側に介入する余裕はなくなった。そうこう
している間に我らは準備を進ませてもらったがね」
「あの戦役はタイミングよく準備を進めるにはよかったと?」
「ああ、当時のデータを見て我らの総帥は考えた。これで地球圏が危機感を抱かな
いはずはない。絶対に動くはずだ、とね。事実、地球圏は独断でコードSRを解
除した。バフラム戦役を理由にね。愚かなことだ、おかげでこちらから協定違反
をしなくても済んだのだから」
確かに、軍縮規定であるコードSRの解除に踏み切ったのは連邦側が先である。
それもコロニー側の認定を一切無視した強引な手続きに基づいてだ。これに反感を
抱かぬ宇宙の民がいるだろうか? こうして、連邦の一部の過激派の暴走に端を発
した地球と宇宙の対立は、極めて地球側が不利な状況で口火を切られたというわけ
である。
「まあ、そんな理由もあってね。僕は私怨だけではなく、個人の意思としてもRG
に賛同し戦っているわけだ」
「北川もなのか?」
「彼かい? 彼はどうだろうね。正直、付き合いは君らより長くなったが、僕でも
計りかねるところがある。まあ――彼は計れる器の男ではない気がするからね。
僕も気にはしていない。彼自身を知るのは彼自身だけだろう」
久瀬の答えはおそらく真実だろう。信哉はその言葉に反論は返さない。だが、そ
ろそろ暢気に話していられる状況でもない。戦艦は無事着陸はしたようだが、この
ままでは僅かな衝撃で機関部が爆発する可能性すらある。基地からは離れているが、
いつ被害が出るかは解らない。信哉はクラウ・ソラスの高度を降ろす。
「一つ答えろ。お前はアザゼルに売り渡された、と言ったな。それは――連邦に奴
らに繋がる人間がいるという意味か?」
もしも、もしも信哉の問いに対する答えが肯定であるならば、少なくとも信哉と
祐一の連邦に対する考えは劇的に変わることになる。今まさに、その連邦の基地に
いるからだ。
「その考えは早計だろう。僕も一時期そう考えた時期があったが、内部を見て一概
に断言は出来ないと判断した。とかく奴らは手が広い。実行犯がそのままアザゼ
ルの連中で――僕は利用価値があるから生かされたと考えることも出来る」
「それは――そうだが」
「まあ、疑いたければ疑いたまえ。僕は君が連邦に疑惑を抱こうとも構わないから
ね。むしろ――その方が好都合でもあるが」
「――っ!」
確かに疑惑を抱いた組織に対して行動することは「個人」としては無理だ。しか
し、今は曲がりなりにも連邦に協力する「組織」の一員として動いている。嫌でも
協力せねばならない立場である。そんな中で、疑惑を持った人間が組織にもたらす
結果は――破綻である。
信哉は己に問う。己が為すべき事はなんだったか――を。
「そうだな。正直、限りなくクロに近いんだが、それで自分のやるべき事を見失っ
たら終わりだ。それに、アンリミテッドは連邦じゃない」
「ふむ、やはり揺さぶりには乗らないか。相変わらず心理戦に強いことだ」
「ふん、最初から解っていたんだろう。俺が――その程度で揺らぐような奴じゃな
いって事を」
信哉の言葉に応えるようにクラウ・ソラスはブレードをベルガ・ゼーベに突きつ
ける。確かな戦う意思を相手に伝えるように。
「さて、僕もあまりお喋りはしていられない。緋神君もやる気になったようだし、
一つお相手願おうか」
「そうか。しかし、目の前の私を無視して緋神の元まで行けると思うな!」
一歩進み出たベルガ・ゼーベの前に突然、武御雷が立ちはだかる。長刀を構え、
その威風堂々の立ち姿は一種の威厳すら感じさせる。
「貴女が出るか、御剣の姫よ。いいだろう、ならば遠慮無く切り伏せさせてもらう」
交差は一度。振り下ろす武御雷の太刀と、払い抜けるベルガ・ゼーベの一閃。奇
しくも十字に混じり合う互いの一刀は、互角に見えた。だが、相手を切り伏せた一
閃はただ一つだけ。地に突き刺さった武御雷の皆琉神威がその証拠。振り下ろされ
た一閃は、獲物を捕らえることなく空を割いたのみ。対して、久瀬の放った光の刃
は、武御雷の左斜め下から右上へと、一閃の跡を武御雷に刻み込んだ。
その事実に冥夜は驚愕する。紛れもない全力で打ち込んだ一撃を見事に避けられ
たばかりか、カウンターの一撃を食らったのだ。その衝撃は計り知れない。
「くっ…馬鹿な…!」
「初動で一撃を狙うか。その思い切りの良さは見事だが、故に見切りやすい。僅か
な動きで狙いが読める」
完全に動きの止まった武御雷をさらに、返す刃で倒すように斬りつける。その一
閃も見事だが、賞賛すべきはその見切り。およそ普通の人間なら見逃して当然の予
備動作の時点で、敵の攻撃を見切るなど誰が出来ると予想できようか。
その見切りこそ決定的な差となる。ニュータイプ故の空間認識能力の広さ、常に
常勝を勝ち取るために、最善の策を何の疑いもなく選択できる胆力。久瀬の強さは
その鉄の精神にこそあると言えよう。
「所詮は刀を振り回すしか能のない蛮人。それで僕の相手など、片腹痛い」
冥夜は己の一撃に疑いを持っていなかった。必殺のつもりで放った一撃に戸惑い
はなく、また疑いようもなかった。しかし、此度の勝負はただその駆け引きに敗れ
ただけだ。ほぼ同時――しかし先と後は必ずある。合図がなかった以上、僅かな差
が決して二人同時の攻撃などあり得ないと告げる。
その決定的な差が、冥夜を後に回らせ、そして届くはずだった一撃は僅かに相手
に届かなかった。ただ、それだけの事。そして――次の手は間違いなく久瀬の方が
先だった。
「まだっ!」
「遅い!」
即座に振り返り、そのまま流れるように斬撃を放った武御雷は、それを予見して
いた久瀬の駆るベルガ・ゼーベに、逆に返された刃を交差気味に叩き込まれた。前
のめりに倒された武御雷を眼下に捉えたまま飛び上がり、ビームライフルを雨のご
とく連射する。細い紫光の一閃は、武御雷の腕、足、身体と穿ち、まるで釘付けに
するように地面もろとも撃ち抜いた。無造作な狙いなどつけていない、速射だとい
うのにピンポイントで関節を撃ち抜くこの男の技量は人並み外れている。まるで、
赤子の手を捻るように武御雷は封殺された。トドメの一撃が入れば即座に落とされ
るだろう。既に地に膝を突く形で動きを止めている。
「っ…くっ……!」
「相沢君ごときに命を張るとは愚劣な。身の程を知れ、蛮人」
銃口を突きつけるベルガ・ゼーベから無情に響く久瀬の声。信哉は慌てて真っ直
ぐにクラウ・ソラスをベルガ・ゼーベに向けるが間に合わない。この場は孤立して
いる、仲間の援護はない。近くにいるフラムベルクも動くことは出来ない。万事休
すだ。
「久瀬ぇぇぇぇっ!!」
信哉が吼える。クラウ・ソラスを発進させるもその距離は遠い。吼えたところで
速度が増すわけではない。感情だけで状況は変わらないのだ。
「まずは――これで一つ」
ビームライフルの引き金が引かれようとする。冥夜はもはやその衝撃に身を任せ
るしかなく覚悟を決めた。しかし、いつまで待っても衝撃は来ない。
「………?」
起きあがり視界を取り戻すも、狙撃は一切無い。一体何事かと空を見る。そこに
は――専用銃ドラグーンを弾き飛ばされたベルガ・ゼーベが見たことのない機体と
相対している姿だった。
「な…あれは戦術機? いや、フォルムやフレームが違いすぎる?」
冥夜の疑問はもっともだった。確かに原型となっているのは戦術機だろう。ヘッ
ドパーツや、装甲の種類からそれはうかがい知れる。しかし、使われているフレー
ムが明らかにアンリミテッドで運用している物と違うのだ。より人間的に、複雑な
動きも再現可能なほどに柔軟性も感じさせる、そんなフレームの戦術機。
「くっ……貴様、何者――!」
久瀬は吼えた。予定調和を崩されたからか、眼前の敵に苛立ち混じりに襲いかか
る。ベルガ・ゼーベはそんな主の心情そのままに、サーベルを力任せに振るい――
しかし、その刃は掠ることすらなかった。
「なにっ…がっ!?」
その動きを見ていた者は後に語る。あの戦術機の動きはまるで――消えたように
見えた――と。
戦術機はベルガ・ゼーベの懐に潜り込み、短い――小太刀サイズの刀で鋭い突き
を繰り出した。突き刺すのではなく、吹き飛ばすことを目的とした重心移動を乗せ
た一撃。完全に防御するタイミングを外したベルガ・ゼーベは四肢を投げ出し、後
方に吹き飛んでいく。そのスムーズな動き、それは彗と同じくパイロットトレース
システムを搭載した戦術機なのだろうという事は、冥夜や信哉にも予測できた。
そして何より目を惹いたのは――二刀の小太刀を構えていたこと。
予測できないのは――この戦術機が敵か味方か、ということだ。
「……連邦軍零部隊所属、高町恭也」
そのパイロットは律儀にその名乗りに答えた。ベルガ・ゼーベを逃がすまいと見
据え、寒気さえ走らせる剣気は間違いなく、数多の経験を積んできた証。相手が大
将格だと判断してか、その戦術機はさらに詰め寄る。間違いなく、確実に相手を倒
す為に。それは絶対の関係だ。倒すものと倒されるもの。少なくとも眼前の状況に
おいて倒されると断言されるのは――。
それを感じ取り、美汐が叫びながらビルトファルケンを急転身させた。
「久瀬さんっ、引いてください! その相手に格闘戦は無謀です!」
恭也の戦術機の攻撃を阻むために空から急襲する鷹の牙。とにかく進路を阻むた
めに空からライフルの乱射を無造作に放つ。当てることを意識した攻撃ではなく、
久瀬の前に弾幕を張ることを目的とした威嚇射撃
恭也の戦術機はまるで一歩先が見えているかのように、その射撃をことごとく回
避して久瀬のベルガ・ゼーベへの距離を詰めるが、巧みな射撃で思うように前進で
きず、一進一退が続いた。
「……距離よし、ターゲットロック。ファイエル!」
そこへ、森から飛び出してきた新たな機体が戦場の流れを変える。重火器による
武装を中心に、重装備の大型の戦術機がビルトファルケンに向けて砲撃を行った。
肩部には大型のランチャーバレルを装備し、ビルトファルケンに向けられたライ
フルは長距離用のロングライフル。加えてまだ幾つかの武装が配備されていそうな、
大型のボディ。
「……すまないノエル。あの機体の足止めを頼む」
「……了解いたしました、高町様」
ノエルと答えた女性の駆る戦術機はロングライフルを、手早く背中に背負うと、
両腕をビルトファルケンに向けて突き出した。何をするかと思えば――
「……ファイエル!」
爆音と共にその両手が螺旋を描いて飛び出す。俗にいうロケットパンチという奴
である。まさか戦術機からそのような武装が飛び出すとは予想だにしなかった美汐
は一瞬の動揺を突かれた。
「なっ、その程度!」
僅かに機体の姿勢を崩しながらも、何とか飛来する鋼鉄の手を避けきる。しかし、
「貰った!」
位置的に久瀬のベルガ・ゼーベよりも美汐のビルトファルケンの方が近かった信
哉のクラウ・ソラスが追撃を加えるべく飛び出した。ビルトファルケンは遠距離用
の武装に重視した高機動タイプのPT。裏を返せば、単機で近接戦闘を行うのには
まるっきり向いてない機体だと言うことだ……!
返すブレードは、まず攻撃の要を狙う。火花が散り、金属音が炸裂する。クラウ
・ソラスの放った一閃がオクスタンライフルの銃身を切り飛ばす。続けて二撃目、
振り下ろす斬撃はそれを扱う腕を飛ばすべく刃を空に躍らせる!
「調子に乗らないでください……!」
美汐は吐き出す言葉と同時に左手のロシュセイバーを抜いてかろうじてそのブレ
ードの浸食を食い止めた。必殺の一撃を防がれ、距離を取って仕切り直すクラウ・
ソラス。と、そこへ砲撃が来た。
地上からの援護射撃である。大弾頭の砲弾が空を舞う鷹を狙う礫となって襲いか
かる。当然、その攻撃はノエルの戦術機によるものだ。空と地上の連携によって、
さしもの美汐も己の戦い方を生かせない。
「久瀬さんっ!」
しかし、彼女の気に留めるは己のことではなく、敵陣で孤立した久瀬である。自
分が足止めされている間に、半壊したベルガ・ゼーベで何処までやれるか――そう
考える度に嫌な予感が美汐の全身を支配した。そして、その余計な焦りが彼女から
本来の実力を奪う。如何に鍛えようとも、人間には感情による精神の乱れが発生し
て当然。完全に感情を殺すことは、すなわち人間を捨てることであり、どれだけ鉄
の胆力を持ち得ようとも、人間である限り僅かな感情の揺らぎは発生する。
任務のために、心を殺す覚悟は出来ていても殺すことの出来ない美汐もそれは例
外ではなかった。本来ならば、幾つもの選択肢から答えを選べる彼女が焦りから、
信哉のクラウ・ソラスに徐々に追い込まれていく。
その間に恭也の戦術機はベルガ・ゼーベの眼前に迫る。既に小太刀の間合いには
捉えている。後はただの一撃を繰り出すだけでおそらく決着はつく。振り上げられ
た小太刀は、未だ体勢を崩したままのベルガ・ゼーベに振り下ろされ――すんでの
所で、別の何かに遮られた。
「……っ!?」
「久瀬隊長……既に目標は達成しました。ここは引きましょう!」
恭也の驚愕に答えたのは、突如飛び出したRGユーゲント兵のギラ・ドーガ。武
器で受けるのは間に合わないと判断したのか、両腕を交差させ、その小太刀を受け
止めている。己の命すら厭わない献身の精神。敵ながら天晴れとしか言いようがな
い。
「……確かにこれ以上は被害を広げるだけか。全軍撤退! 速やかに離脱せよ!
君も急げ! そのままでは機体が保たないぞ!」
「隊長あってこそのユーゲント。私のことは構わずにどうぞ撤退を。既にこの身不
退転の覚悟を決めました故」
「……くっ、僕の驕りが招いた失態か。済まん!」
久瀬はビームサーベルを投げつけ恭也の戦術機を、ギラドーガから離す。あまり
に思い切った反撃に、反射的に恭也は機体を下げた。否、判断が遅れていたら猛回
転して迫るそれは恭也のボディを切り裂くギロチンとなっていたかもしれない。し
かし、それは結果としてベルガ・ゼーベとの距離を開くことになる。
「……逃がすか……っ!」
恭也の戦術機が小太刀を抜き、目の前の敵を無視し、久瀬を追おうとするが、そ
れは当然、目の前の敵も承知のこと。既に勝つ意思はないが、己の役目が足止めと
悟り、決して引こうとはしないその見事な心意気は敵ながら褒められてしかるもの
であろう。
「行かせんぞ!」
「恭ちゃん、行って!」
その言葉と共に放たれたのは目にも留めるのも困難な細いワイヤー。陽光を受け
て僅かに煌めいたそれは、ギラドーガを容易く捕縛し、恭也の戦術機の前からどか
す。恭也の戦術機とは違い、全体的に細めのフレーム。機動力を重視した細身の戦
術機は、やはり小太刀を二刀備えていた。もっとも、今現れた機体は右手に小太刀、
左手にはワイヤーを持っていたが。
アンリミテッドのみで採用されていたはずの、戦術機が何故か余所に存在し、加
えて正規運用しているアンリミテッドとは全く違うコンセプトの機体が存在してい
る。いまや戦場は、事実を知るほんの一部を除いて首を傾げる奇妙な事態になって
いた。
「ぬっ!? なんだこれは!」
「……美由希か!」
突然、あらぬ方向へ引っ張り寄せられたギラドーガのパイロットは、この事態に
全く対応できない。この絶妙なタイミングでの援護は、恭也を知り尽くしたものし
か出来ないだろう。戦術機のパイロットの名は――高町美由希。
恭也の妹にして弟子である、もう一人の御神の剣の使い手。
「ここは任せて! 大丈夫だから!」
健気にそう言う美由希に、すれ違いざまに恭也は一言だけその弟子に告げる。滅
多に口頭では褒めることのない彼の精一杯の譲渡。
「すまん、美由希。任せる」
恭也は開いた道を、戦術機に突進させる。ベルガ・ゼーベはまだ立ち上がる途中、
このまま行けば間に合う――だが、その集中力は思わぬ形で途切れさせられた。足
下を爆発が走ったからだ。戦術機の前の地面を抉るように連続で着弾した何かは、
同時に爆風で久瀬機を吹き上げ、そのまま久瀬は上空へと飛び立った。
「………くっ」
完全に足を止められた恭也の戦術機が、既に上空に達したベルガ・ゼーベを追う
ことは出来ないだろう。悔しげに恭也は上空を見つめる。
「間一髪だったか。済まない、天野君」
「…いえ」
それは、僅かな隙をついて、美汐がファルケンから撃ったスプリットミサイルで
あった。この状況で、目の前の信哉を抑えつつ、久瀬の退路を開くとは彼女の忠誠
心の賜か。コックピットで胸をなでおろす美汐の表情は、隊長の無事を喜ぶ以上の
何かが見えなくもない。
久瀬のベルガ・ゼーベは、他の部隊と共に既に空へ。もはや追撃は不可能だろう。
他のメンバーも既に引き上げの準備に入っている。飛行機体が限られ、その上実質
艦を失い劣勢のアンリミテッドに追撃能力なしと考えての見事な引き際だ。
「少々遊びが過ぎたが、目的は十分に果たした。宇宙のデュランダルへの援軍はな
い。凱旋だ諸君!」
敵の手前、気弱な台詞を吐くなど許されない。散った同志に胸の中で黙祷を捧げ
ながら、久瀬は誇らしげに叫んだ。
「久瀬!」
ようやくフラムベルクを起こした祐一が空にいる久瀬に吼える。しかし、それを
見下すかのように久瀬の言葉が祐一に投げかけられる。
「ではな、アンリミテッドの諸君。またの機会と言いたいがそれまで生きていられ
るかな。そこで無様に這いつくばってる赤い甲虫のパイロットなどは特に、ね」
その言葉を最後に、久瀬とその部隊は姿を消した。
煙が舞い、荒れ果てた基地。小規模の火災があちこちに発生し、パチパチと何か
が爆ぜる火事場独特の音だけが辺りに響く。
どうにか襲撃部隊を追い返しはしたが、実質アンリミテッドの敗北であろう。ノ
アは航行不能までに叩きのめされた。連邦軍なら予備の戦艦もあるかもしれない。
しかし、アンリミテッドは事実上は民間の部隊だ。もしも、この件で連邦に助力を
願えば、その時点でアンリミテッドは連邦に従属する形になる。
『皆さん、よくやってくれました。ノアの撃墜を免れただけでも十分です』
「月詠さん、無事なんですか?」
千鶴の問いにはい、と月詠は答える。
『クルーの脱出は無事に済みました。確かに作戦に支障は出るでしょうが、まだ諦
めるには早いです。それはそうと…そちらの戦術機の方? 連邦軍所属と聞きま
したが、事情を――』
「……待ってくれ! まだ敵が!」
聞かせてくれ、と尋ねようとした月詠の言葉を恭也が鋭く遮る。それは数秒の後
に現実となる。瓦礫や、倒壊した建物の影から一気に近づく黒い閃光。稲妻の如き
ジグザグの機動を刻み、刹那の速さでノアに迫る一閃。
その機体は、デザインこそPTではあったがその動きはむしろ恭也達の駆る戦術
機のそれに近く、パイロットトレースシステム搭載のタイプであることは予想する
に易かった。
しかし、奇異なのはその武装。その両手に構えるそれは――小太刀。奇しくも恭
也の戦術機と同じ二刀の小太刀が、迷うことなくノアの船体に突き立てられた。一
度ではなく、突き立てられた牙を鋭く引き抜き、跳躍しながら斬りつけ、さらに反
対側から再び剣を突き立てる。その一撃のどれもが、鋼鉄の船体を容易く裂き、穿
つに至る至高の一撃。
しかもそのPTの一撃はそれだけに止まらない。瞬間六斬。穿つ刺突、裂く斬撃、
砕く十字。一撃一撃全てが必殺に足り、重厚な戦艦の装甲すら打ち抜き、内部に衝
撃を到達させる。
その剣閃は、鋭き獣の牙のように鋼をかみ砕く。それまで何とかバランスを保っ
ていたノアの機関部は、積み重なる連撃の衝撃に耐えきれず――瓦解するように爆
発した。
「ああっ、ノアが!」
『いけない! あれだけの連撃では!』
誰かの叫びと、月詠の言葉が重なる。何かの悪い冗談のような光景だ。猛スピー
ドで駆け抜ける剣刃の嵐によって、巨大な戦艦が、スライスされ、或いは輪切り角
切りにされて崩れ落ちていく。崩落した各部で爆発が連鎖的に起こり、一分にも満
たない時間でノアは完全にその形を失った。
誰もがその光景に言葉もない。動けたのは――只一人。
「美由希――動くなよ」
「……うん」
その動き、その剣技だけで悟ったのだろう。美由希はそれを相手に出来ない。こ
の場であの剣を止められるのは、自分だけだと恭也は理解した。そして同時に――
何かが胸を掠める。あの剣に何かを――思い出そうとしている。
恭也の感覚と戦術機はリアルに同化している。戦術機がそうであるように恭也も
小太刀を構える。敵のPTは動こうとしない。離脱の機会を図っているのか、それ
とも――
アンリミテッドに完全敗北を告げた剣士に、恭也がその謎のベールを剥がすため
に挑もうとしていた。その剣が届くか否か――それは誰も知らない。
第二十九話に続く
難産に次ぐ難産。オマケに校正も二転三転させた、二十八話。ようやくお届けで
す。一応、これでメインキャラ勢はほぼ出そろった感があります。まあ次回登場す
るキャラで最後ですね。
とらハを引っ張ってきたのは完全に別物、というものなんだと意識して欲しかっ
た。とか建前は置いておいて書きたかっただけです。はい。しっかし今更ながら、
古い作品ばかりかき集めた物だ…。ああ、マブラヴは旬かな。一応(笑)
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