自分でもよくわからなかった。信哉がいなくなり、育ての親を亡くし、そして聞
かされた真実が私の中をぐちゃぐちゃにしてしまった。
本当に突然だった。信哉の突然の死、少なくとも周りにはそう信じられ、共に過
ごした友達は一人、また一人と別の道を見つけ、私だけが最後に残された。今思え
ば義父は恐れていたのだと思う。自分のしてしまった事の罪の重さ、そして耐え切
れなくなった重圧から逃れるために、せめて私達が路頭に迷う事のない様にと、尽
力を尽くしたのだろう。
床に伏せる義父は最期に、私に真実を語った。それはあまりに想像を超えた内容
で当時、信哉がいなくなった事で不安定だった私をさらに混乱させた。
ただ…混乱する程余裕がなかった事を今では感謝している。もし冷静に判断でき
ていたら私は衝動的に義父を問い詰め、追い詰めてしまっただろう。
貴方が私から信哉を奪ったのだ、と。
義父は私達孤児を愛していた。それは今でも間違いなく断言できる。だから、自
分の犯した罪に怯え、弱りきってしまった義父が私から罵声を浴びせられれば、ど
れほどの痛みを感じるかは想像に難くない。
だから、ただ無言のまま私は、何度も『すまない』と謝り続けた義父が安らかに
眠るまで見守っていた。頷くだけだった私の姿に幾分か義父は安心してくれたと、
そう思いたい。
義父の死に顔は、最後まで救いを求める者の顔だった。死してなお、自分を責め
るかもしれない、そう思うような苦悶の表情だった。
義父の顔に白い布を被せ、私は重い孤児院のドアを開けて外へ出た。鈍い赤光が
目の奥をちりちり焼くような夏の夕方。近くでコオロギが鳴いていたことも鮮明に
思い出せる。
そこで私は初めて泣いた。義父の死を悼むのでもなく、友との別れを悲しむので
もなく、信哉が――遠い所へ連れ去られてしまった事を実感したから。
嗚咽を漏らす事もなく、口からは言葉一つ出せなかった。けれど、頬を伝う涙は
止まらなかった。悲しく、そしてどうしようもなく悔しかった。
どうして、私からささやかな幸せは奪われてしまうのか。
どうして、私からその幸せを与えてくれた人を奪うのか。
どうして、この穏やかな暮らしさえ奪ってしまうのか。
どうして、私は彼に守られてばかりだったのか。
どうして、私にはその幸せを守る事が出来なかったのか。
「……泣いているのですか?」
「……」
気がつくと私の目の前には女の人がいた。三つ編みを垂らし、とても安らぐ微笑
をたたえた優しそうな人が。
けれどその問いかけに私は答えられなかった。答える余裕もなかった。
「貴女が、佐伯真理奈さんかしら?」
「……は…い」
息が詰まるようなか細い返事。情けないが、それくらいしか私には出来なかった。
「詳しい事情は山瀬さんから伺いました。…大変でしたね」
「……」
この人は、知っているのか。この数日間私の周りで起こった耐え難い変化の事を。
「実はわたしは、貴女を迎えに来たのです」
「……私……を?」
「はい、貴女と同じ悲しみを背負った人がいます。わたしはこの事件の背後にいる
存在を許すつもりはありません。そして、同時に奪われた人を諦める訳にいかな
いのです」
「………」
「貴女は取り戻したくはないですか? 貴女の大切な人を」
「……私は……」
突然の来訪者の質問をじっくりと考える余裕はなかった。けれども、胸か湧き上
がるこの痛みは、信哉がいない事の痛み。
「…取り…戻したい…。信哉の傍に…いたかった…いてほしかった」
「でしたら、わたし達と共にいらっしゃい。わたしの娘達も、貴女と同じ痛みを背
負っているの。けれどその痛みに耐え、戦ってでも取り戻す道を選びました」
「……取り戻せるんでしょうか…」
「わたし達から奪われたあの子は、途中で諦める事だけはしない子でした。貴女の
知っているその人はどうですか? 苦難に立たされ、簡単に諦めてしまうような、
そんな人ですか?」
信哉、私の知っている信哉は…。思い出す必要はなかった、信哉はこの孤児院で
一番強かった。単純な腕っ節とかそんな見せ掛けの強さじゃない、歳の小さい子の
面倒も見てた。義父の手の届かない範囲でよく手伝いをしてた。決して楽ではない
ここでの生活に不平不満を言う事はなかった。そして――
「強い――人です」
「でしたら、わたし達と一緒にその人を探しましょう。わたし達が諦めないのと同
じ様に、あの子達もきっと諦めないはずですから」
そう言ってその人は手を出した。私はその手を迷わず掴んだ。
「わたしの名は水瀬秋子といいます。これからよろしくね、真理奈さん」
「…はいっ!」
その日から、私、佐伯真理奈の戦いは始まったんだ。もう三年も前に。
エクシードブレイブス 第11話
君よ誰が為に戦う?
連邦軍にありながら、連邦軍の管轄下ではなく独自の権限で単独行動を認められ
た部隊が存在する事をご存知だろうか?
連邦の歴史上、そのような部隊は存在しなかったのだがあらゆる手を尽くしそれ
を実現した人物がいる。水瀬秋子大佐だ。彼女はとある事情から連邦軍に通じてお
り人脈、知略、軍略、そして違法性のない正攻法で連邦軍上層部を巧みに操り、付
け入る隙を与えず、自らは叩けば埃の出る身のお偉方を次々と看破し、己の独自権
限で動かせる一部隊を作り上げた。
その名を独立特務部隊、デュランダル。少数精鋭ながら、上げた武勲や功績は既
に連邦軍の中核を成すほどに達し、もはや秋子大佐の意向に意見できるものは少な
い。勿論、表向きはお偉方にこの部隊の存在意義を認めさせるためのものだが、実
情は、軍内で優れた人材をスカウトし、秘密裏にアザゼルという組織に対抗するた
めの秋子の私兵団と言っても差し支えなかった。
この三年間、彼女の人脈を駆使してもアザゼルの尻尾を掴む事は出来なかった。
その間に、戦闘はだんだん激化し連邦軍の方の任務を優先する事も多くなったが、
それでも、デュランダルの人員たちは不平を漏らすことなく辛抱強くチャンスを待
った。
ある者は、事情を察して協力を。
ある者は、大切な人を取り戻す為に。
ある者は、己の存在意義をこの部隊に見出したが故に。
各々の理由は違えど、ここに集いし者達は互いに協力関係を築き、それはまさに
一本の名剣の如き強さを振るう事となった。
そんな彼らも今は次の作戦に向け、RGに属さない穏健派のコロニーの一つで補
給活動を行っていた。
――コロニー イフェリア ステーション
「真理奈!」
「え? あ…北条さん」
集合時間が近くなり、母艦に戻ろうとしていた佐伯真理奈を呼び止めたのは、彼
女と同じ孤児院にいた北条一樹であった。
孤児院の管理者であった山瀬が亡くなる前に連邦軍に仕官していた事を真理奈も
知っていたし、以前信哉の事も話したので彼が軍関係の施設に居る事は驚かなかっ
たが、こんなところで会おうとは思わなかった。
「お久しぶりですね、お元気そうで何よりです」
「お前もな。その服…お前、まだデュランダルに居るのか」
一樹が言うのは真理奈の身を包む制服の事だ。デュランダルは連邦軍とはまた違
う制服を採用しているため、見るものが見ればその事がすぐにわかる。
「はい、信哉を探す為に」
「そっか…」
そう言うと一樹は複雑な表情をした。その理由も真理奈は知っている、彼が孤児
院から去る前から幾度となく聞かされたからだ。
「なあ、真理奈。いい加減信哉の事は…」
「言わないでください。信哉は死んでなんかいません」
「お前がそう思いたいのはわかるさ。けどな、三年だぞ、三年。いくらアイツがし
ぶといって言ったって…」
「たった三年です」
真理奈は強く言い切った。暗に人間の人生の長さに比べれば三年など、とその程
度苦にもならない、真理奈はそう答えたのだ。
「…前にも言ったけど、俺じゃ…ダメなのか? 正直お前が戦場にいるのなんて似
合わないよ」
「……ごめんなさい…北条さんの事が嫌いなわけじゃないです。けど、私は信哉を
探したい。生きてるって信じているから。そして、帰って来てくれるのなら、私
は信哉を待ちたい、どれだけの時間がかかってもです」
その意思の強さを、一樹には曲げる事はできなかったのだ。どれだけ言葉をかけ
ても、どれだけの説得をしても真理奈は頑なにそれを拒絶した。
「………死人に義理立てしてもお前が損するだけじゃないのか」
「北条さんっ!」
死人、という言葉に真理奈は非難の声をあげる。だが、一樹は止まらない。いい
加減彼の中に溜まり鬱屈したものは、彼の心にどす黒い感情を生んでいた。
「死んだんだよ! アイツはもういないんだ! なのにお前だけがそれを否定して」
「どうしてですかっ! どうしてそんな事ばっかり!」
「お前は昔から口を開けば信哉、信哉ってそればっかりだ! 俺とアイツのどこが
違う!? 今、近くにいてお前を守ってやれる俺がいるのに、お前は生きている
か死んでるかもわからない信哉の話ばかりだ。そんなに俺はアイツに劣っている
のか!?」
「劣っているとか優れているとか…そんな」
「いい加減、現実を見ろよ! 死人はお前に何もしてくれやしないんだ! 生きて
いるお前を守れるのも支えられるのも同じ、生きている奴だけなんだって気づけ
よ!」
否定される。自分の中にある、信哉の生を強く信じる心が。けど、そう思った事
がないわけではなかった。一人、目覚めた夜に信哉の存在が薄れていく事を感じた
事があった。言葉では強く言えても、時折、胸の中から彼の存在が消える事があっ
た。そしてその度に、声を殺して泣いた事も。
「それでも…それでもっ! 私は…私は……信哉の事が……っ!」
もう言葉にならなかった。ただ、残酷な現実を告げようとする一樹の前から、一
刻も早く去りたかった。無我夢中で一樹を突き飛ばし、真理奈は母艦の入り口の方
へと駆けて行った。突き飛ばされ、尻餅をついた一樹は呆然とその後姿を見続け、
そして。
憎悪のこもった拳で床を殴りつけた。痛みはない、だが去り際の真理奈の表情が
鋭く一樹の心を抉っていた。
彼女の心はいまだ信哉で埋め尽くされている。その事実を現実を、認めたくなく
て。真理奈に現実を見ろといいながら、彼は真理奈の心が信哉にある事を認めたく
なかった。
「生きてても…死んでても…俺はお前に勝てない…そう言いたいのか…信哉」
その問いかけに答えるものはいない。のろのろと立ち上がり、一樹も持ち場へと
戻る。その胸は真理奈への収まる事のない恋慕と、信哉への強い憎悪が入り混じっ
ていた。
――デュランダル母艦 マザーバンガード
マザーバンガードは秋子がスポンサーである倉田重工に特別に仕立ててもらった
帆船型の一風変わった戦艦である。主砲及び副砲も帆船のそれをベースに作ってお
り、中でも見るべき点は戦艦の先端にあるラムをエネルギーフィールドで覆い、戦
艦ごとぶつける突撃が可能だという点である。
さて、そんな仕様はさておきマザーバンガード内に入ったものの、感情の昂ぶり
のままあてもなく廊下を走っていた真理奈は曲がり角を曲がったところで誰かにぶ
つかった。
「きゃっ!」
互いに揃って後ろに転び、真理奈はそこで我に返った。
「あ…すみません」
「ううん、わたしは平気だよ。あれ? 真理奈ちゃん?」
「…名雪さん…」
同じような格好で座り込んでいたのは、どこかボーっとした雰囲気を醸し出しつ
つも母親と同じ母性溢れる水瀬秋子の娘、水瀬名雪だった。
秋子に連れられてデュランダルに参加したときからの知り合いで、真理奈は随分
と名雪には世話になっていた。
「どうしたの、真理奈ちゃん。目、まっかだよ?」
「あ…これは…その」
慌てて隠すように名雪から視線を逸らし、真理奈は俯いた。
「ね、何かあったの?」
「……名雪さん」
しかし、言葉が続かず黙ってしまう真理奈。名雪は、それで事情を察したのか真
理奈の手を掴んで優しく立たせると、
「ねえ、わたしの部屋に行こう? ここじゃ話しにくいでしょ?」
「え? あ…はい…」
まるで迷子を連れていくかのように、名雪は真理奈と手をつないで廊下を歩く。
やがて、入った名雪の部屋の椅子に、真理奈は促されるままに座った。
その向かいにあるベッドに名雪は腰掛けて、穏やかな笑みを浮かべて真理奈の言
葉を促そうとしていた。
「………私、怖くなって。ずっと信じて頑張ってきたのに、けど、ふとした拍子に
抜け落ちてしまうんです。信哉の事が」
どんなに強く思い続けていても、どんなに待ち望んでいても。目の前にいない人
間は時と共に少しずつ少しずつ失われていく。想い出は色あせ、顔の形がぼやけ、
共に過ごしていない時間が大きくなればなるほど、存在感が失われていく。
「……忘れたくない…忘れたくないの、に…だんだんと信哉の事が失われていくの
が、その事を突きつけられて怖くて…」
先程のやり取りを思い出したのか、真理奈はまた声を殺したまま涙を流した。そ
れが普通の反応なのだ。どんなに強くあろうとも真理奈はまだ17歳。
それなりの経験を積み、歳を重ねた大人であれば待つという行為は耐えられるの
かも知れないが、真理奈にまだそれだけ大きな悲しみに一人で耐えられる強さはな
い。だから失う事を恐れるのは自然の事なのに、まるで真理奈はそれを大罪と言わ
んばかりに自分を責めている。
「真理奈ちゃん、怖いのはしょうがないんじゃないかな。わたしも…時々怖くなる
よ? だって、いるのが当たり前の人がいないんだもの」
「…名雪さん」
「あゆちゃんもね、頑張ってるけど時々、真理奈ちゃんと同じような事言ってた。
だから、皆同じだよ。大切な人がいなくて、時間が経つとだんだん思い出せなく
なるのは。わたし達、機械じゃないからずーっと覚えておくなんてきっと無理」
「………」
「だから、話して? 一人で頑張ろう、って思うから思い出せなくなるの。わたし
も祐一と、あゆちゃんと、真琴と、お母さんと皆で一緒に居たときの事話してあ
げるから。だから真理奈ちゃんも、楽しかったときの事話してほしいな」
名雪は笑顔でそう言った。一人で抱えてしまうな、何でも話して欲しいと。最初
に出会った時と同じように、自分と同じ痛みを抱えながらずっと自分を支えてきて
くれた人は変わらずそこで微笑んでくれていたのだ。
真理奈は胸の鼓動が止んでいる事に気がついた。先程まで心を締め付けていた不
安もない。そして、目を閉じれば信哉の、昔の彼の姿も思い出せる。
現実を見ないようにしていたわけではない、けれど何処かで疲れを感じていたの
かも知れない。可能性だけの生存を信じて信哉を探す事に。
だが、名雪に不安を打ち明け大丈夫だよ、とただそんな一言がそんな迷いを吹き
飛ばしてくれた。
「はい…名雪さん。ありがとうございます」
「うん、元気出てきたみたいだね。よかったよ〜」
「名雪さんのお陰です」
「そんなことないよ、真理奈ちゃんはちょっと疲れてただけだから」
名雪はそんな自分の所業を驕る事なくそう言った。そんなところが名雪の名雪ら
しい故なのだが。
もう一度お礼を言って部屋から去ろうとしたとき、ドゴン! ととてもノックと
は思えない音がして、何事かと真理奈と名雪がドアに視線を集中させる。
ドアが開くと、今度は何者かが飛び込んできた。というか倒れこんできた。バタ
ン! と見る者も聞く者も痛そうな音を立てて入ってきたのは…、
「うぐぅ…顔ぶつけたぁ…」
「…あ、あゆさん?」
恐る恐る真理奈が尋ねるが、それに気がつかずがばっと少女は立ち上がる。
「名雪さん、いる!? って真理奈ちゃんも一緒なんだ」
「あゆちゃん、どうかしたのそんなに慌てて?」
息を切らして名雪の部屋に飛び込んできたのは、カチューシャを付けた少女だっ
た。名を月宮 あゆ、水瀬家に縁深い少女である。
「すごい事がわかったの! もう大変なんだよ! とにかく秋子さんのところに行
って! あ、真理奈ちゃんもね! ボクは真琴ちゃんを探してくるから!」
ドドドドド…という凄い足音共にあゆは去った。伝える事だけ伝え、途端に姿を
消したその姿はまるで台風を思わせる。
「……どうしましょう?」
「とにかく、行ってみよう?」
「そうですね」
二人で微笑みあい、とりあえず水瀬秋子の居るであろうブリッジへと二人は向か
うのであった。
――マザーバンガード ブリッジ
艦長席には予想通り秋子が座っていた。何やら数枚のレポート用紙を眺めていた
が二人の姿を見つけるとそれを手元に置いてニコリと微笑んだ。
「秋子さん、何かありましたか?」
「あゆちゃんがものすごい勢いで呼びに来たけど」
「あらあら、あゆちゃんたらそれほど嬉しかったのね」
頬に手を当ててちっとも困ってないように言う秋子。そんな秋子の反応に二人の
クエスチョンマークが一つから二つに増えた。
「真理奈さん、行方不明になった貴女の幼馴染の方の名前、緋神信哉さんだったか
しら?」
「えっ? はい、そうですけど…」
「実はわたし達と共同戦線を張っているアンリミテッドの艦長の月詠さんから、身
元照会の問い合わせがあったの」
そこで一枚のレポート用紙を真理奈に見せる。そこには一枚の顔写真と共に、数
十行に渡って文章が書き込まれていたが、真理奈の視線は顔写真に釘付けだった。
「あ…秋子さん、これ…これって」
「彼はとある施設からの逃亡者でアンリミテッドに保護されたそうですが、その際
彼の出身地から縁のある人間の現状をピックアップしていたそうなの。そこで、
同じ孤児院の出身である真理奈さんの詳細の方を送って欲しいと連絡があったわ」
同じ孤児院、同じ名前。そして何より記憶の頃よりも随分と大人びているが、間
違いようのない面影を残すこの写真の中の人物。
「貴女の幼馴染の緋神信哉さんに間違いないかしら?」
「は……い…そう…です…間違い…あり…ません」
疑いようもない、たとえ写真でも見間違うはずもない。探し続けていた幼馴染が
こうして生きていた。理屈ではなく感情で、その事を実感した真理奈は、もう嗚咽
と歓喜の涙で何度も首を振って肯定するしかなかった。
「よかったね、真理奈ちゃん」
背中をさすりながら、名雪もまた真理奈に声をかける。他にもその場に居たオペ
レーターたちが、次々に祝福の言葉を真理奈に送っていた。
「あら、名雪。あなたにも嬉しいニュースがあるのよ?」
「え?」
「実は信哉さんはもう一人の方と一緒に逃げてきたそうなの。…祐一さんと」
「え? え?」
名雪は突然の事で頭がパニックになり、落ち着いた真理奈が変わりに尋ねる。
「祐一さんって…確か」
「ええ、名雪の従兄弟でわたしの甥でもあるわ」
「名雪さん…!」
「う、うん! よかった…祐一も…祐一も生きてたんだ」
二人は手に手を取り合って喜び合った。信じ続けた者の想いがこうして形になり
朗報となって告げられ、三年に渡る少女達の思いはここに成就されたのである。
「あゆさんがあんなに焦っていた理由もわかりますね」
「うん、あゆちゃんは祐一が大好きだったからね」
喜び合う娘達の姿を見ながら、秋子は思っていた。
(アザゼル…その全貌はこの報告書から見てもわかりませんが…)
子どもを戦場に立たせ、その命を危険に晒しているのは自分も同じ。その事を、
咎めはしない。だが、
(家族を、思いあう者同士を引き裂き、その不幸を土台にのさばる組織…許せませ
んね)
その事だけは、いかなる理由があろうと許すつもりは秋子にはなかった。正義感
などというそんなちっぽけなものではない。私怨、家族を苦しめた事に対する怒り
が彼女をここまで動かした。そして、もう一つは決して諦めずに頑張った娘達の真
摯な想いに、大人である自分が出来る事を成そうとしようとした水瀬秋子の親心で
ある。
その結果、彼女の名の元に心に剣を宿し戦う若者達が集った。決して数は多くは
ない、だが強き意思は時として数も質もそして不条理な現実をも凌駕する。
独立特務部隊デュランダル。彼らの戦いは今、ここから始まろうとしていた。
第十ニ話に続く
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