空を翔る時、信哉は感じる。
風を、大気を、流れを――そんなものが届くはずのないコックピットにいながら、
彼は『空』と『宇宙』を全身に感じる。その感覚を持って彼は剣を執る。振るう斬
撃は敵を断つ一撃。放つ光弾は敵を討つ一矢。機体の挙動を己のものと感じ、眼前
の敵を討つ。それが――クラウ・ソラスを駆る緋神信哉である。
「――っ! 後方、前方同時射撃――!? 馬鹿な…味方ごと俺を殺る気か!」
そんなクラウ・ソラスと言えども数には――歯が立たない。信哉は他のパイロッ
トと比べても経験と知識は豊富なほうだが、所詮は20に満たない程度の数の実戦
を経験した程度。歴戦の戦士と呼ぶには程遠い。
今もエルファリオンの二機に前方と後方からの同時攻撃に動揺した。相手側には
「敵を倒す」というシンプルな命令しかない。その為の手段の最優先事項の序列は
絶対である、そう――それがたとえ味方を撃墜しかねない方法であったとしても。
両脚の下方ブースターを緊急始動し、クラウ・ソラスは急上昇し敵の斜線軸から
離れる。単純に回避行動としては悪くない。だが、相手が圧倒的な質量を持って臨
んでいる場合、急激な方向転換による回避はまずい選択だった。
「なっ――!」
上昇したクラウ・ソラスの視界を無数の弾丸が埋め尽くす。反射的にシールドを
展開したが、全てを防ぐには至らず、鉛の弾丸がクラウ・ソラスの蒼いボディに食
い込んだ。着弾の衝撃が連続してコックピットにも伝わり、重い振動が信哉の全身
を揺さぶる。
「やってくれる……、最初からあの二機は囮か」
急激な方向転換による回避行動で軌道を固定、そしてあの状況ならおそらく急上
昇か急降下による回避が確率的に高い。逃げ道にあらかじめ味方を配置し、逃げて
きた敵を討つ役がいれば確実に敵にダメージを与える。
当然、囮役は当てる必要がない為、あらかじめ攻撃予測を互いの機体のパイロッ
トに伝えておけば被害はほぼ0。軌道がわかっていて避けられないのならそれは、
味方が悪い。実に綺麗で整った連携である――まるで味方側のパイロットの命は秤
にかけられていないかのように。
(長期戦は不利、敵の連携にミスはない。偶発的な要素に賭けるにはリスクが大き
すぎる…)
被害状況12%、使用不可能武装なし、エネルギー効率良好、不確定要素なし。
避難状況――完了まで残り1分。避難未完了地域を表示。
コンソールには悲観的な状況は表示されていない。信哉は思考を走らせる。物量
で敵わぬなら別の物を使え。目標は時間稼ぎ、敵を殲滅する事にあらず。避難が完
了していない地域は既に激戦区からは離れた後方。丁度クラウ・ソラスの背に当た
る。ならばここで弾丸を回避するのはあまり得策ではなく、また敵を撃墜するにあ
たってもいい場所ではない。
(高所のビルが集まっている場所はダメだ。比較的被害の少なそうな…倉庫!)
信哉は、クラウ・ソラスを即座に反転させ、下がりつつ射撃を行い敵を挑発した。
高速で移動を始めたクラウ・ソラスを追うべくエルファリオンが次々に移動を始め
る。黒いその姿はまるで集団で獲物を狙うハゲタカを思わせる。
クラウ・ソラスは市街地を離れ、街から離れた位置にある倉庫街に辿り着いた。
最もここは既に使用されておらず建物だけがかつてそこに倉庫街があった事を伝え
るだけの形だけの場所である。もしもの時には被害を気にせず戦える場所はないか、
という信哉の質問に、月詠が教えてくれた場所だ。
『元々廃棄予定の建物ですから、遠慮せず壊していただいて構いませんよ』
と、月詠が笑顔でのたまったのには流石の信哉も絶句したが。
そんな事を回想していた信哉のクラウ・ソラスに、後ろから数機のエルファリオ
ンが、レールガンによる射撃を行いながら近づいてくる。同じ機体ならその最高速
も一緒。そして、同じ速度であれば――その距離が埋まる事はない。
「ここだっ!!」
信哉はこれ以上ない、と判断したタイミングでクラウ・ソラスを翻すように反転
させ、急発進した。突然振り返り突進してくるクラウ・ソラスに虚を突かれたか、
先頭を追ってきていたエルファリオンは対処できない。しかし機体の動きは止まり
射撃こそ止まったが、放たれていた弾丸は止まらない。弾丸はクラウ・ソラスの脚
部と腕部に被弾し、多少装甲が傷ついたようだが信哉は気にも留めない。その程度
でクラウ・ソラスの機動は揺るがないし、その程度の被弾は為すべき目標の前の些
細な小事だ。
元より無傷の勝利など望んでいない。この手に抱くのは唯一つ、僅かな勝機を確
実なものに変える好機のみ。多少の被弾を恐れる事でそれを逃す事などどうして出
来ようか。恐怖を知りつつも恐怖を克服できる事――それもまた信哉の心に培われ
た強さの一つ。
「立て直す暇はやらない……! 喰らえぇぇぇっ!!」
エクシードブレイブス 第23話
Phantom Soldier
突き出されたクラウ・ソラスの左腕がエルファリオンの胸部に突き刺さる。蒼い
フィールドに覆われたクラウ・ソラスの掌はしっかりとエルファリオンの胸部を掴
み上げる。
「サイコバインド展開!」
信哉の意思に従い、クラウ・ソラスに接続されているT−LINKシステムを通
じて信哉の念動力が解放される。力は蒼いフィールドとなって顕現し、クラウ・ソ
ラスの掌からエルファリオン全体を包むように放たれた。それはまさしく機動兵器
を拘束する蒼い鎖。念動力と言う不可視の力を具現化した一つの形。
クラウ・ソラスはその機動を止めない。高速のままエルファリオンを盾にするよ
うに突き出しながら、後続のエルファリオンに突っ込んでいく。その狙いはただ一
つ。
「この角度なら避けられない、いっけぇぇぇぇぇ――!!」
そしてクラウ・ソラスは捕縛していたエルファリオンを巨大な弾ガとして投擲し
た。クラウ・ソラス自体が出していた速度、そして高速移動中のエルファリオン、
それに相対速度による物理衝撃の相乗効果――それらが導き出す結果は。
巨大な炸裂音と爆炎を中空に一つ生み出した。完膚なきまでの粉砕を告げる黒い
狼煙。一機を用いて二機を落とす、奇襲ゆえ一度見せてしまうと二度は通用しない
が、それ故にOFが持つ特性を生かした効果的な攻撃だと評価できよう。
単に力で掴むのではなく、念動力を用いて敵機体周辺の重力を中和した上で掴む。
一時的に敵機の存在する空間を無重力にしてしまえば、空間に捉えきれないほど巨
大な物でもない限り思うままに振り回せる。地球重力下で信哉のクラウ・ソラスを
軽々と引きずり回し、祐一のフラムベルクをも一瞬で吹き飛ばしたオシリスと同じ
性質の力だ。T−Linkシステムによる重力制御とOFの相性のよさには、オシ
リスを分析した夕呼すら驚いたという。
(これで残りは6機――どうする?)
空を舞う黒の敵は依然、眼前にその翼を広げている。もう間もなく避難は完了す
るだろう。加えて現在は倉庫街の上空に戦闘を広げている、被害を気にする必要は
ない。
「救援が来るまで、距離を取る。……とはいかないか」
エルファリオンの速度は直線であればクラウ・ソラスを僅かに上回る。クラウ・
ソラスはOFゆえ、急激な方向転換や、速度維持等、他の機動兵器を圧倒するが、
単純な最高速で言うと、エルファリオンには僅かに劣る。
小刻みに方向転換を加えてのかく乱をかねた移動であれば問題ないが、単純に距
離を取ろうとしても、エルファリオンからは逃げ切れない。逃げるという選択肢が
無ければ――戦うのみ。
思わず右手に力が入る。この右手が駆るのは不敗の剣。その重さ、その名の意味
を本当の意味で理解した時に感じた重みはなんだったか。迫る死の気配に臆した時、
信哉は必ず振り返る。その胸に刻みし小さな誓いを。
(護る――事の重み)
命があっさりと消えていく研究所での生活。非力では一人の命すら救えぬと、実
感し名の重さから逃げたくなった日。けれど、その嘆きはいつしか渇望の声へと変
わる。
全部を――その手に抱く事はかなわない。ならば――大切な人がくれた己が名の
意味を真に考えろ。そして刻め、この名は何を為す者の名であるか。その為に自分
がしなければならない事はなんだったのか。
今はもう、どれほど成長したのだろうか。信哉が思い浮かぶのは最後に別れた時
のあどけない笑顔のみ。けれど、三年の間ただの一度も失われなかった少女の面影
が、何処までも少年を強くする。
(――死ねない、その為に勝たなくてもいいけれど負けられない――!)
エルファリオンは、クラウ・ソラスの四方を包囲するように陣を展開した。数で
勝った相手が取る戦法としてはオーソドックスだ。だが、信哉は焦ることなく引き
金を引く。己の意志で敵を射抜く矢と化す必殺の魔弾を撃ち出す引き金を。
「テレキネシスミサイル、発射!」
クラウ・ソラスの背後にベクタートラップから呼び出された、16発のミサイル
が展開される。その全てに信哉の念動力が宿り、通常のホーミングミサイルとは異
なる軌跡を描いて敵に迫る。
発射の時間も軌道も全てがバラバラに、その牙を剥き出しにしたミサイルが役目
を果たさんと空を舞う。信哉はこれである程度敵を減らす事が可能だと考えていた。
最初の戦闘においても、数を分散した為に全機撃墜には至らなかったがミサイルそ
のものの効果はあった。ミサイル着弾後の行動に移る為、信哉はクラウ・ソラスを
さらに上昇させた――が、その確信こそが自分の落ち度だったと、
「な――にィッ!?」
上からその光景を見る事で知らされた。
――御剣重工 演習場
一方、エルファリオン部隊を囮に少数精鋭で御剣重工を奇襲したグライドは予想
外の抵抗にあい苦笑した。あれを囮と見破られる事は予測していた。しかし戦力を
均等に二分してくるかと思いきや、施設の防衛の方に集中させてきた事は、グライ
ドの予想を裏切る結果となったのである。
「やれやれツイてないねえ、まさかここまでやれる奴等だと思ってなかったぜ」
グライドは愛機、ラーズアングリフの惨状を見て一人ごちた。長射程のFソリッ
ドカノンを主武装にした歩く砲台と呼べそうな形状の機体である。PTやMS等と
は開発系統が違うが、それらの機体にに引けを取らない性能を持っている。
重火器を中心とした射撃型の機体の為、若干運動性は低いがその分各フレームと
ボディ部分の装甲が強化されており打たれ強い。加えてグライドは自分好みに動か
しやすいよう独自のカスタムでチューンナップしてあるため反応速度が従来の物よ
り高まっている。そして彼が率いる部隊はそのラーズアングリフと同等の性能を持
つランドグリーズを駆る部隊で構成されている。ランドグリーズは外見もそうだが
装備品に至るまで、ほぼラーズアングリフと同質の性能を持つ。ただ、こちらは量
産を意識して作られた為、主武装にやや砲身が軽めのリニアカノンを搭載している。
若干射程が短くなるも、安価で生産できる為にランドグリーズにはこちらの武器を
採用したという経緯があるのだ。
長射程の武器による固定砲台の群れと化した部隊が浴びせる弾丸の雨で、一気に
手薄になった施設を制圧、というのがグライドの書いたシナリオだったが現実とい
うのはおよそ脚本家の展開を裏切るらしい。
既に敵の上陸を察していた御剣重工の防衛についていたメンバーは、敵の機体性
能を把握すると、散開し一気に殲滅するという電撃作戦を展開してきた。
ほんの数分前の事だというのに、グライドは今思い返すだけでも、目前に迫った
死に僅かに肝を冷やす。
詳細はこうだ。まずは、高機動飛行ユニットを背中に取り付けた戦術機が、いき
なり頭上から急襲して来たのだ。
「残念だねー、発想としては悪くなかったと思うけど」
その戦術機のパイロット、鎧衣尊人はオープン回線で本当に楽しそうにそう告げ
た。話しながらもトリガーを引く手を緩めない。戦術機『疾風』はその両手に構え
た黒光りの銃身から、無造作に弾丸を撃ちまくる。狙いをつける必要は無い。銃身
を向けた先には常に敵がいる。彼にとって射撃とはそういうもの。銃とは引き金を
引けば当たるもの――だからだ。
「チッ! お前ら、散らばれ! このままじゃただの的だぞ!」
完全に出鼻をくじかれた形でグライドは舌打ち混じりに、散開を命じた。高速で
頭上を飛び回る疾風を自分達の射程外から捕らえるのは無理だ。個別に距離を取り、
敵の射程から逃れたものが、遠距離から互いに援護する。しかし、やはりそう思う
ように事は進まないのである。
「そうはさせないよっ!」
「純夏、踏み込め! 一気に切り開くのだ!」
そこへ、バラバラに散ろうとしたランドグリーズの群れの中心に飛び込む二機の
戦術機の影が現れた。獲物を狙う猟犬もかくやと言わんばかりの俊敏さとは裏腹に
力に任せた豪快な斬撃を放つ戦術機。巨大な長刀を華麗に振りぬく紫のカラーの戦
術機は、冥夜専用機『武御雷』である。そしてその正面、武御雷と挟み撃ちにする
ように現れたのは黒と薄い青の二色カラーのボディ、量産型戦術機『吹雪』とは違
うシャープなボディの割に、ややアンバランスに映る豪腕を備えた機体。鏡純夏専
用に調整された、近接格闘用の特殊腕と基本装備で身を固めた戦術機『霞』が、ラ
ンドグリーズ部隊の一部の前に敢然と立ちはだかる。否、立ちはだかる等というプ
ロセスは余計だった。元より彼女は――
「わかったよ冥夜! いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
霞を止める気などさらさらなかった。登場したときの勢いのまま速度を乗せ、細
い脚部はしっかりと大地を踏みしめ、抉る様な螺旋のエネルギーをまとい霞の拳が
閃光の瞬きの如き速さで突き出される!
「ひ、ひいいいいいいっ!?」
ランドグリーズのパイロットは思わず悲鳴を上げていた。何にと問われれば、お
そらく彼はこう答えるだろう。得体の知れない恐怖に怯えた、と。迫る鬼子母神の
鉄拳に等しく、それに潰される自分の姿が容易に想像できたのだろう。そして、ラ
ンドグリーズの厚い装甲を紙の様に、霞の拳は機体を打ち抜いた。
中枢を切り込むように現れた二機の戦術機に、すっかりランドグリーズ隊の足は
止まった。そこで、止まらずに走り抜ける事が出来れば一時的にではあるが、囲み
を突破するチャンスも得られただろうに、突拍子も無い出来事の前に凡人はただ無
力と化していた。
「くっ、何やってる! さっさとフォーメーションを組みなおせ!」
「悪いけどそうは行かないわ」
「………不本意だけど同意」
グライドの怒声に、再び動き出したランドグリーズの足元に銃弾がばら撒かれる。
無論ただばら撒かれたのではない、威嚇の為の射撃、それが足元に集中したのだ。
そうして動きの止まったランドグリーズの頭部に目掛けて、綺麗に伸びきった戦術
機の脚部が振り下ろされるように炸裂する。ここまで見事な動作を行える駆動は、
MSでもそうはない。それもそのはず、今、見事な足技を披露したグレーの戦術機
は、戦術機の開発歴史上ギリギリのラインまで削った最もシャープなボディなのだ。
その分間接駆動を複雑化し、パイロットである慧の動きをほぼ100%再現するに
至った、それが格闘専用戦術機『金剛』である。そして不服ながらも彼女の戦術機
の動きに合わせるように威嚇射撃を行ったのは、汎用性を重視した吹雪の上位機種
に当たる『氷河』を、パイロット榊千鶴用に調整した、『雪崩』である。
壬姫の『閃光』や尊人の『疾風』のように特化型の戦術機ではなく、あらゆる戦
局において対応できるように作られた、曲者揃いの戦術機チームの「足場」を意識
した作りになっているのだ。
港湾沿いから御剣重工の施設までは、滑走路が続く為ほぼ一直線。上陸してから
一気に制圧する気でいたグライドの部隊は、実にチームワークの取れたアンリミテ
ッドの戦術機チームにものの数分で抑えられたのだった。
(さて、参ったなコレは。こうなりゃクライアントの依頼を優先するか…?)
「い、今だぁ!!」
そんな叫びと共にランドグリーズが一斉に動き出した。
グライドの思惑とは違い生き残ったランドグリーズ隊のパイロットは、どうやら
生き残る事を優先したようだ。今度こそ、とばかりにタイミングを合わせて散開す
る。咄嗟の動きがまるで示し合わせたように揃った為、ほんの一瞬、アンリミテッ
ドのメンバー達の反応が遅れた。しかし、敵は知らない。既に彼らは獲物として狩
られる立場にあるのだという事を。
逃げ出し、港湾部のほうへ一目散に突進しだした機体が突然、爆発した。その音
に一瞬唖然とするパイロット達だったが、それでも足は止めない。皆、我先にと逃
亡先の港へと機体を向ける。
何故だ、その疑問を追求する気が起きれば、すぐ気がついたかもしれないが、生
憎彼らは逃げる事で手一杯だった。故に、離れた高台からスコープで彼らを覗き込
んでいる、スナイパーライフルを構えた戦術機を見逃す羽目になったのである。
「もう逃げられないよ〜」
優れた狩人は捉えられる獲物を正確に射抜く、彼らはようやくそのことに気がつ
いた。ここは既に敵の手中だったのだと。
「そして、最終的な詰めは――」
滑り出すように飛び出す機体、止まらず空を裂くが如く振るわれるブレード。
「な――」
驚愕の声も爆音にかき消される。そんな光景は当たり前だと、わかりきった事の
ように気にも留めず、すぐさまその戦術機は左手にアサルトマシンガンを構えた。
ミシン音のような連続した射撃音が鳴り響くのと等間隔にランドグリーズの装甲
に穴が開く。断続した衝撃がランドグリーズを揺らし、首はまるでガクガクと震え
ているように小刻みに揺れる。内部の燃料系に火がついたか、或いは機器類に異常
が出たか。どちらかは知るまいが、ランドグリーズの内部から爆音と火炎が発生す
る。そのパイロットは叫び声すら上げる事は無かった。そして――最後にその戦術
機は足を止め、マシンガンからショットガンへとすばやく持ち替え、至近距離で銃
口を当てた。散弾銃――その用途は一回でばら撒かれる散弾で複数の敵を射止める
用途もあるが――
「悪りぃな、運が無かったと思って諦めてくれ」
一際大きい炸裂音が響くと同時に、ランドグリーズの身体を無数の散弾が貫いた。
至近距離でショットガンを放つとは――こういう意図もあるのだ。基本的なチーム
ワークで動く冥夜、純夏、壬姫、慧、千鶴。そしてその輪を外からオールラウンド
に支援する尊人、そしてどんな状況であろうとその中心になるのは。
「さて、アンタの部下はこれで全部いなくなったぜ? どうする?」
不敵な笑みでショットガンの銃口を突きつける戦術機『吹雪』を駆る、白銀武そ
の人なのであった。
――倉庫街
「くっ……半分…持ってかれたか…」
少し視界がぼやけ、気だるさを感じさせる眩暈を無理やり振り払うように信哉は
気を張った。あの瞬間、ミサイルを撃ち上空へと上昇したクラウ・ソラスを真っ向
から捉えたのは、一機のエルファリオンだった。高速移動状態でフィールドを展
開し機体ごとぶつけて切り裂くマニューバーの一つ「Gドライバー」による特攻攻
撃。完全にクラウ・ソラスがこの位置に来る事を予測していたとしか思えない、正
確さで、そのエルファリオンはクラウ・ソラスを真正面に捉えていた。
シールド展開と同時に、移動時の速度を殺さないまま一気に移動したため、辛う
じて直撃は避けたが、ボディ部分を大分破損した事がコンソールに表示されている。
もしも判断が僅かに遅れていたのなら上半身を完全に持っていかれただろう。そ
んな想像が頭の中に浮かび、信哉は恐怖した。
体勢を立て直したクラウ・ソラスの眼前には先程と変わらぬ6機のエルファリオ
ン。信哉の放ったミサイルは一発とて当たる事は無かった。エルファリオンは互い
を狙ったミサイルを互いに撃ち落し始めたのだ。それも、まるで信哉が念を通して
入力した軌道を予測したかのような正確さで。一度見せただけ、それだけでエルフ
ァリオンのパイロットに自分の攻撃を読まれたというのか、という驚愕と同時に信
哉には今の連携に引っかかる事があった。
(……このパターンでの直撃…前に何処かで…)
前にもなにも無い。生まれてから今までで機体に乗って戦ったのはアザゼルに囚
われてから。そう考えて思い出せば答えは一つだった。
(……ありえない。確かに生体反応はあるし、熱源も確認されているが…嘘だろ)
しかし、そうして辿り着いた答えを信哉は即座に否定する。否定しなければなら
なかった。大体その答えに結び付けられる明確な根拠は無いのだ。だが、裏を返せ
ば否定も出来ない、とまるでもう一人の自分がそんな自分を嘲笑うかのように答え
を持ってくる。
考えたり動揺する時間は無い。もう避難は完了した、これ以上不利な状態での戦
闘は無意味。そう考えた信哉は仲間の到着までの時間を稼ぐ事を考えるが――
「およ? もうドンパチは終わっちまったのか? オイオイ、まだ終わるには早い
だろうが。この際どっちでも構わないから俺も混ぜてくれよ」
そんな思考は頭上から突如降り立った巨大なOFによって遮られた。
――御剣重工 格納庫
「ちょ、ちょっと!? 何ですかあのクラゲのお化けみたいなのは!」
戦闘の状況を映していたモニターに見慣れぬ物が映り、小町はあたふたと騒ぎ始
めた。佳乃も栞も声には出さないが、表情には驚きが混じっている。
「……拠点壊滅用OFテンペスト…何処から降りてきたと言うのだ…!」
テンペスト――クラゲを思わせるシルエットを持つ大型のOFである。巨大なエ
ネルギー砲をボディに内蔵し、6本のロボットアームで近寄る敵を叩き落す、攻防
に優れた攻撃力の高いOFである。単純に火力だけならばスーパーロボットにも匹
敵するだろう。ロボットアームにはそれぞれエネルギーソードを展開できる機構が
存在し、それはそのまま小型のレーザーキャノンにもなる。クラウ・ソラスの元と
なったジェフティはあれを一機で止めたと言うが、今のクラウ・ソラスはジェフテ
ィと状況も性能も違う。いずれのベクトルから見ても最悪の相手だ。
窮地に追い込まれたクラウ・ソラスの姿を見て、栞は必死に耐えていた拳を振る
わせる。俯き、けれども握った手からは力が抜けない。何をしているのだろう自分
は。
今、ここに何の為にいるのかを――彼女は思い返していた。時計を見る。時間は
三分を過ぎたところだ。自分の機体の機構は理解している。その調整の順番も。
理解しているのならば行動に移すだけだ。俯いていた顔を上げる、その眼前には
立ち向かうべき敵の姿がある。
「聖先生――私達、もう行きます」
「何? 馬鹿な、言っただろう調整が――」
「今の状態でも変形機構と、稼動部の大部分は調整が終わっているはずです。それ
に、あの巨体と装甲を相手するためのスーパーロボットじゃないですか」
突然そんな事を言い出した栞に一瞬呆気に取られたが、その意志の強い瞳に見す
くめられ、佳乃も小町もその覚悟が尋常ではない事を理解した。こんな時、言葉が
なくとも通じるのは、やはり相手の事を信頼しているからに他ならない。
「さあ、佳乃さん、小町さん! 私達の出陣です、行きますよ!」
「おっけー、まかせてー! ポテト、いくよ」
「それでは雪村もお供いたしましょう! いざ行かん戦場へ!」
「ぴこー!」
弾ける様に走り出す三人。呆気にとられた整備員達を押しのけ、あっという間に
階段を駆け上がり、己が機体のコックピットに座る。
「お前達! 無茶はよすんだ、準備を――」
「準備万端、いざ戦争開始? そんな事が出来るなら、もっと人が死ななくて済ん
だ筈です! 敵も、戦争も、誰も待ってなんてくれないんですよ!」
「万端にするべきなの戦争する準備じゃなくて、戦争を防ぐ準備であってほしいで
すね」
ハッチを閉める瞬間、栞はそんな事を叫んだ。安全圏など何処にも無い。戦場に
いる限り、誰にも死の可能性は付きまとう。それを、できる限り低くしてから戦場
に出よう等と、いつもそんな我侭が通じるはずは無い。栞に続いて小町が言ったよ
うに、起きてしまった時点がもう手遅れなのだ。戦争というものは。
「だいじょーぶですっ! ピンチの一つや二つ程度でへこたれてたら、女の子なん
てやってられませんから! 見ててください、私達の――」
怖気そうな心を叱咤するため、決意を確かなものにするため、強い自分に生まれ
変わるため、少女達は美少女を名乗りそれに恥じぬ生き方をすることを誓った。逆
境を前に、今、三つの心が一つになる。
「「「愛は奇跡!」」」
その言葉を合図に、三機の戦闘機は、パニックを起こす整備員達を尻目に格納庫
を飛び出していった。向かうは戦場。訓練ではない、死の恐怖に染まった命の奪い
合いの場所へ。まるで、慌てて学校へ行くかのようなノリで飛び出していった妹達
を、呆然と見ていた聖だったが、
「ふう…大人の話を聞かん娘達だ。だが――確かにそれも真理かもしれないな」
飛び立つ風圧に飛ばされた愛用のメスを拾い上げ、聖は苦笑い混じりにそこから
見える空を見上げるのだった。
第二十四話に続く
復活の後書きです。最近どうも投げっぱなしの感が強いので反省の意味をこめて
書き残そうかと。今回の話もそうですが、校正担当からかなりの数の指摘数があり
ました。うん、ヤバイね。心配されるくらい文章がテンパってたそうです。
さて今回の話、結構急ぎ足っぽいですがこれでもゆっくりです。手元にある予定
より一話分丸々遅れています。書けば書くほど消化されていくはずの予定が書けば
書くほど増えていくのはいかなるマジックか。これが時の呪いなんでしょうか。と
りあえず御祓いにでも行った方がいいのだろうか。……何処へ?(知らん)
ちなみにSRW的に言うと、このマップは前半が信哉戦、後半が重工周辺のマッ
プとインターミッション無しの連戦になります。エルラさん、そこの所を考慮して
よろしく、と言ったら「精神コマンドで支援するキャラがないと信哉死ねますよ」
とマジレスを頂きました。SS書きにはゲームバランスとかは考える余地は無いの
です(笑)
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