戦闘機形態のビッグバイパーは、漂うジェガン目掛けて一直線に向かっていく。
しかし、距離的にはRGのベルガ・ゼーベの方が近かったため、デュランダルの中
でも最速のビッグバイパーといえども、差を埋めることはできなかった。
「間に合いません…!」
「……佐祐理、なら連れて行く相手を落とす」
舞の提案に佐祐理は無言で頷き、ジェガンを牽引していくベルガ・ゼーベへと進
路を変えた。速度はこちらの方が早く、相手はMSを引っ張っている。大破したジ
ェガンに流れ弾が当たりでもしたら本末転倒なので、まともな戦闘は出来ない。ま
ずは拿捕を阻止し、後は自機をジェガンの盾にして戦えば何とか救出出来るだろう、
と判断しての事だったのだが。
「……ごめん、佐祐理」
「ふぇ? きゃっ!」
突然、舞がコントロールの主導権を自分に移した。高速移動をしながらでも、負
荷に耐え、人型へと変形するビッグバイパー。しかし、可変時はそこそこの衝撃は
当然パイロットにくる。予期していなかった衝撃に佐祐理は可愛らしく悲鳴を上げ
た。
人型に変形したビッグバイパーの武装は近接用に絞られる。右腕のOF用の標準
のブレード、大型の小手のような弾丸を撃ちだし、衝撃で相手を吹き飛ばすガント
レット、後は近接戦闘による投げ、である。
舞にしてみればそれだけの戦闘方法があれば十分だ。近接戦闘に置いて必要なの
は相手を制するのは切り伏せるに足る一刀、舞にとってはそれだけで事足りる。
だが、今彼女が要したのは相手を切る刀ではなく――
「………あれを助けるのは無理みたい」
舞がぽつりと申し訳なさそうに呟いた。
ビッグバイパーが右腕に取り付けてあるブレードで、前面に半円を描くようにな
ぎ払う。何かを弾くような音が断続的に響く。見れば、ビッグバイパーに銃口を向
けているベルガ・ゼーベが二機。舞がいち早くそれに気づき、マシンガンの弾丸を
切り払った、そう言う事である。
立ち止まっている間に、ジェガンはベルガ・ゼーベに引きずられどんどん遠ざか
っていく。強引に囲みを突破してもいいが、こうも敵に寄られていたのでは、味方
と合流する前に蜂の巣にされる。おまけに、大破したジェガンを乱戦に巻き込むな
どもってものほかだ。
「とにかく、今は目の前の敵に集中しようか…舞」
「……そうする」
エクシードブレイブス 第15話
それがお前の選んだ道ならば
「秋子艦長! ビッグバイパーが孤立しています。周囲に敵の反応が!」
「ジェガンの救出は無理ですか?」
「……現状では難しいと…」
「…わかりました、佐祐理さん、舞さん。敵を撃破後、味方の方へ合流してくださ
い。深追いは禁物です」
『…了解しました』
秋子はそれだけ伝えると眼前の戦場の様子に目を向ける。保持戦力はRG側が上
だ。しかし、まだその多くは味方と離れた位置に集まっている。距離的に主砲は撃
てないが、副砲にあたるマスト・メガ粒子砲での牽制は可能だと秋子は判断する。
「敵部隊中枢に目掛けてマスト・メガ粒子砲を発射。 真琴、照準を合わせて」
「りょうかーい! あんた達! あたしの言うところにちゃんと照準合わせるのよ!」
真琴の指示に合わせて粒子砲の照準が合わせられる。まだ敵は固まったまま、味
方の部隊に目掛けて移動している。狙い撃ちのチャンスだ。外れても、敵の陣形が
乱れる事は必至。
「座標20、55、−15、距離4000。メガ粒子砲、発射ーーっ!!」
耳をピンと立て、人差し指を高らかに突き出し、尻尾を震わせて真琴は叫ぶ。ど
うやら尻尾と耳の動きは真琴の感情に左右されるらしい。真琴の号令と同時に、マ
ストの砲門から撃ち出された粒子砲は、敵の部隊を目掛けて、暗い宇宙を切り裂く
光となった。
――宇宙空間 RGマスタッシュ部隊
「む!?」
その変化に気が付いたのは、マスタッシュだった。ややこちらに向けて艦体を傾
けたマザーバンガード。敵と味方の位置を考える。すぐさま敵の狙いに気が付いた
マスタッシュは通信を開き、叫ぶ。
「砲撃来るぞ、散開!」
それだけで、RGの兵士達は理解し各々の機体をとりあえず進行方向とは別の、
それでいて互いの味方の邪魔にならない方向へと急発進させた。実に鮮やかな動き
である。まるで蜘蛛の子を散らすように、ベルガ・ゼーベは周囲に散開し、今まで
部隊が固まっていた位置を、光の矢の如き閃光が通り抜けていく。直撃はないにし
ても、この一撃で一機も落とせず、撹乱効果も薄かったのはデュランダルにとって
かなりの痛手である。
「各自、近い位置の機体と連携しつつ接近! 敵に援護射撃のチャンスを与えるな、
マザーバンガードの動きを封じろ!」
「了解!」
乱戦状態に持ち込まれれば、機銃やバルカンなどによる援護は出来ても、戦艦ク
ラスの主砲や副砲は殆ど使えなくなる。それを見越しての指示だった。
二機一組、自然とそんな感じにバラけたRGの部隊は、デュランダルの面々に臆
すことなく攻撃を仕掛ける。
無数の鉛の弾丸。
装甲を射抜くビーム。
互い違いに飛び交う弾丸が、互いの陣営の敵を撃たんと放たれる。静寂に包まれ
ていた宇宙はあっという間に血に塗れた戦場に変わる。その合図は、どちらが先に
引いたかもわからない鉄の引き金。
そんな中、マスタッシュの乗るサーペントはとある一機のマシン目掛けて進んで
いく。その一機は――
――宇宙空間 デュランダル
それは歴戦の戦士の経験か。はたまた生まれ持った直感か。石橋は自身に向けら
れる殺気を感じ取り、その気配の主を探る。たとえ機体に乗っていようと、強い意
思はそこにあるかのごとく感じられる。そしてそれを感じ取る人間も確かに存在す
る。そこには理屈や論理では計り知れない何かがある。
石橋はすぐにわかった。挑発するかのような殺気。機体を超え、宇宙という壁を
超えて、自分に向けられるそれを石橋は強く感じ取る。
自分を知るものか、あるいは別の理由か。ベルガ・ゼーベとは違う機体を駆り、
大胆不敵な行動、只者ではないか或いは――
いずれにせよ、その正体は見極めねばならない。それがまして自分への挑戦であ
るならば、退くという選択肢は既に石橋にはない。
近づいてきた機体は、無手である。仕込刀かあるいは格闘戦用の機体。どちらに
せよ自分とさほど変わらぬ間合いの機体である事は予測できた。ならば、一足刀の
間合いに入った瞬間が勝負と見た石橋は、グラディエーターを加速させる。
グラディエーターの持つ対艦刀は野太刀のような拵えになっている。全長60m
を超える刀身で、機体の高さを上回る。重量と速さと刀自身の切れ味で持って一太
刀の元に敵を沈めるグラディエーターの象徴とも呼べる武器だ。
加速度の乗ったグラディエーターの間合いに、接近してきた機体――サーペント
が入る。相手にも対艦刀の長さは見えているだろう。にもかかわらず臆した様子は
ない。敵ながら見事、と石橋は無言の賛辞を送る。
「ならば、受けるがいい、我が紫電の如き一撃を!!」
グラディエーターは対艦刀を前面に水平に構える。そのままスピードを高め、身
体ごとぶつける勢いでサーペントに接近する。MSのような機敏な動きは出来ない
が、ブースターを点火し、攻撃に転ずる際の一時的な加速力はグラディエーターは
特機の中では桁違いの性能を持つ。故に間合いに入ってからの急激な加速に、敵が
動じる事も少なくない。
迫る。
迫る。
迫る。
鬼神の如き機械の剣士が、眼前の敵を切り伏せるべく剣を手に迫る。その一撃、
鉄を切り、鋼を斬り、魂を裂く。ニの太刀要らずと称された、彼の者が振るうは、
ただ一太刀に己が魂を込める一撃必殺の剣――!
「紫・電・一・閃!」
突進の際に発生した運動エネルギーを全て刀に乗せるように、すれ違いざまに、
瞬きのうちに暗闇に疾る閃光が如き一閃を浴びせる! 数多の敵を両断し、その恐
ろしさを敵味方問わず知らしめてきた電光石火の如き、最速の剣。
しかし――
「流石、相変わらず腕は落ちていない様だ」
サーペントはまるで予め太刀筋を見切っていたかのように、その剣を避けた。
「何ッ!?」
紫電一閃は確かにスピード優先ゆえ太刀筋の軌道は読みやすい。だが、距離と交
差するまでの時間を考えれば、見切ってから避けるのでは遅い。では、眼前の敵が
それを成し遂げた理由は。
「いや、違うか。一度見ていたとはいえ見切るまでに時間を要したのならば、お前
はさらに腕を上げたのだな」
――かつてその太刀を見た事があるのなら話は別だった。
しかし、石橋は今まで相対して来た者の中で決着を付けずにいた者に覚えがない。
ならば敵が自分の太刀を見たのは何時なのか?
「返礼だ。受け取れ……!」
サーペントがグラディエーターとの距離を詰める。眼前の敵は無手、格闘戦を主
体にした機体なのか、その間合いの差も気にする事無く懐に飛び込む。
「青・龍・翔!!」
サーペントの脚に仕込まれたブレードが展開する。長さは15m弱、脚部の動き
に合わせて敵を切り裂くには十分な長さを持っている。
右足が高々と蹴り上げられる。その鋭さ、まるで鳥類が飛翔するが如く! そし
て、その技を石橋はよく知っていた。頭が感じるより先に身体が動く。動かされた
感情は相手の一撃の威力を知るが故に。相手にとっては様子見の攻撃だろう。しか
し、喰らう事はできない。この一撃、ただの一撃でも、特機クラスの装甲を容易に
貫くだけの威力がある――!
グラディエーターがかろうじて後ろに下がる事でその死神の見える蹴りを避ける。
続いてサーペントは左足での攻撃を繋げるが、それは空しく宙を切る。
「その体術…お前は――渡辺!?」
「渡辺か。それはただのワークネームにすぎん。今の俺はマスタッシュ。マスタッ
シュ・スネーク……大尉」
幾分か動揺の隠せない石橋の声が驚きに満ちているのに対し、マスタッシュは、
淡々と応えた。その通信は当然他のメンバーも拾っている。渡辺、その名に覚えの
ある者は多い。
「渡辺……って、嘘だろ…!?」
「…ほ、本当ですか…?」
浩平と茜が石橋以上に動揺し呟く。
「どうした折原、里村。動きが止まっているぞ。この程度で固まるようなら俺の相
手は、3分ともたん」
「――っ!」
その言葉にまるで火がついたかのように脳が熱くなる。立ち止まるな走れ、茜は
まだ動けない、と浩平は己に檄を飛ばす。敵の位置を確認する。動揺している僅か
な間、だがその僅かな間で致命的なまでに接近されている。
「うおおおおおおーーーっ!!」
浩平は吼える。固まった己を無理やり動かすために。距離を見極める。敵は三機、
どちらもMSなので射程はほぼ同じ。ベルガ・ゼーベの撃ったビームががνガンダ
ムの横を通り過ぎる。相手の攻撃が届くなら、こちらの攻撃が届くのまた道理。
ビームライフルのトリガーを引く。撃ち出される閃光、ベルガ・ゼーベは当然の
ように回避行動を取る。しかしそれは遅れてやってきたもう一条の閃光に阻まれる。
慌てて急停止する。しかし、止まったMSは浩平の前では只の的だ。
三撃目でベルガ・ゼーベはあっさりと撃墜される。これで残りは二機、ブースタ
ーで距離を詰める――と思いきや、νガンダムは背中のバズーカを構えたまま、前
転し、バズーカを射出した。構えて静止するよりも、直線的に敵を捉えた場合に効
果的に撃ち出せる戦術だ。案の定ベルガ・ゼーベは咄嗟の攻撃に反応できず、バズ
ーカ弾の前にあえなく散る。
残りの一機を仕留めるのは、最初から決まっている。
「行けッ! フィン・ファンネル!!」
一機、二機、三機!
νガンダムに備えられている脳波コントロール式ビットシステム『フィン・ファ
ンネル』が次々に射出され、各々が独自の動きでベルガ・ゼーベの周囲をあっとい
う間に囲み、メガ粒子砲を放つ。
360度四方からのマルチプルアタック、ファンネルでの攻撃はこれが売りだ。
これを防ぐにはファンネルを切り捨てねばならないのだが、AIではなくパイロッ
トによって操作されている以上、その軌道を読むのは困難を極める。
縦横無尽に敵機の周囲を旋回し、熾烈なメガ粒子砲を叩き込む。その姿は無数の
蜂が動物を襲う様によく似ていた。追い払おうとも、その腕を、攻撃をくぐり抜け
己の針を敵に向けて突き刺す、蜂の姿に。
これで三機とも撃破。折原浩平は、機体の操作技術などは特筆すべき程高い技量
ではない。強いて言えば他者を遥かに上回る高いニュータイプ適正を持つが、秋子
が彼をスカウトした理由はそれだけではない。
心構え、彼の今の戦いは己と周りの仲間を護るためのモノだ。自分と味方を護る
ために優先すべき事項、状況把握に基づく最適行動の取捨選択、それらを瞬時に把
握し――否、思考や考慮をすっ飛ばして感覚に頼り行動する。ぶっちゃけていうと
考えるより先に身体が動いた、というやつなのだが、それも感性の高さゆえに成し
遂げられる偉業であろう。
攻撃は最大の防御、という言葉もある。単に身を挺して護るだけならば、ある程
度覚悟のある人間であれば出来る。しかし、それで護った側は確実に死ぬだろう。
ならば、自分と味方と両方を護る手段は何か。それは攻撃される前に敵を制す、と
言う精神に他ならない。折原浩平はまさにそれだった。単なる猪突猛進ではなく、
感覚のままに動く身体を的確に動作させる言葉に出来ない超感覚。秋子が見出した
少年は、そういう少年だったのだ。
「敵は…いない…。ふーっ…」
浩平は周辺の敵を確認し、とりあえず今すぐどうこうされる位置に敵がいない事
を確認してから息をついた。
「しかし…嘘みたいだな? あの髭がオレの名前を覚えてたってのは」
「…浩平、仮にもかつての上官をどういう目で見てたんですか?」
「いや、だってあの髭だぞ? 部隊の全員がペンギンに入れ替わっていても気にせ
ず任務に出かけるような」
どんな上官だ、と思わずツッコミたくなる人物像だ。しかしそんな浩平の台詞に
もマスタッシュは冷静に切り返す。
「夢か、冗談か、試してみるか若いの?」
「…いや、いい。これが現実だってのは流石にオレでも分かる」
その言い草は、浩平が覚えている人物とは似ても似つかない。ただ、声だけが、
目の前の相手が現実を教えている。
「……先生、連邦を裏切ったのですか?」
今度尋ねたのは茜だった。声は幾分か落ち着きを取り戻している。
「裏切る? はじめから味方だとはいってないぞ。俺ははじめからこちら側の人間だ」
「…こちら…側…?」
「この俺の体は肉片一つに至るまでRGの物。そして、俺は軍人として生まれた。
軍人とは何だ? 任務を遂行し、組織に忠を尽くす。それ以上でもそれ以下でも
ない」
「……意味が、分かりません」
コロニー側の全てがRGについたわけではない。傍観を決め込んでいるものもい
るし、連邦に残りRGに弓引くものもいる。要するに、この戦いにはコロニーだか
ら、地球人だからという理由などは皆無なのでは、と茜は思っていた。しかし、目
の前の相手はそんなものとは別な理由を感じる。出身だとか、立場だとか、そう言
ったモノとは別の何かがあるのでは。しかしそんな事を考え始めた茜の思考は、残
酷な現実を告げる言葉によって打ち切られる。
「教える必要もないだろう。俺は敵だ。お前達も軍人なら任務を遂行しろ」
マスタッシュのその口調に躊躇いも戸惑いもない。なるほど、浩平は思った。あ
そこにいるのは間違いなくかつて自分達が「髭」という愛称で呼んだ教師だ。
あの教師ならばこの場でたとえ相手がかつての仲間だろうと同志だろうと、敵味
方で相対したならば踏みとどまりはしない。わけの分からない男ではあったが、ど
こまでもマイペースな態度はそのままだった。
浩平のνガンダムは茜のνガンダムをカバーするように前に出る。あの男の距離
に入られてはダメだ。一撃、それだけで沈められる。自分達の間合いを制しなけれ
ばあの教師には適わない。
だが、そこへ割り込むものが一機。
「よかろう、渡辺、いやマスタッシュよ。それがお前の選んだ道ならば、眼前に立
つのがお前であろうと我が刀で斬り伏せる!」
「出来るか? お前の太刀筋など知り尽くしているぞ、石橋」
グラディエーターがサーペントの進路を塞ぐように再び立ちふさがる。
「それはこちらとて同条件。お前の拳、確かに以前とは技のキレが違う。だが!」
「成る程、確かに互いの技など知り尽くしているか――ならば!」
サーペントとグラディエーターは同時に攻撃態勢に入る。どちらも切り札は『一
撃必殺』、決めれば相手に反論の余地などない、相手より早く、速く、引き当てれ
ばよい。
奇しくも二人の声は重なった、それが合図であるかの如く。
「――――勝負!!」
――マザーバンガード周辺
「意外と速いわね、皆、ランスに気をつけるのよ! 一発でも喰らったらヤバイし
戦艦にも支障が出るわ!」
グラビティフィールドを纏ったシャインブレイブの拳でベルガ・ゼーベを潰し、
ひかりは周辺で砲撃戦を展開している味方に呼びかける。
シャインブレイブの主な武装はヒュッケバインボクサーのガイストナックルなど
の格闘戦武装。要するにPTでも珍しい接近戦特化の機体だ。
より小型化するためにヒュッケバインボクサーのように四本腕ではないが、その
分、基本となる腕を大型化し、攻撃力を持たせている。加えて出力の増加に加えて
あらゆる武装にグラビコンシステムが使われていることである。
その威力は――右腕一本でベルガ・ゼーベの装甲を砕いたという事実が物語って
いる。
ベルガ・ゼーベがシャインブレイブの横を抜ける。不覚、前面に気をとられ、後
方からの接近に気づかなかったとは、ひかりはすぐさま通信を開く。
「月宮、佐伯! そっちに一機行ったわ! 撃ちもらすんじゃないわよ!!」
「りょ、了解!」
「了解!」
あゆのヴァイスリッターと真理奈のOF、アルテミスがそれぞれの獲物を構える。
アルテミスは女性型のフレームをベースに、高機動遠距離主体に仕上げられたOF
で、大型の弓型の武器、「クレッセント」を主武装とする。エネルギーの出力の調
整次第で、特機サイズを怯ませる事も可能な必殺技クラスの一矢から、連射で牽制
する一矢まで実に多機能な武器だ。
「少々動きが鈍い、もらったぞ!!」
ベルガ・ゼーベは積極的に撃って来るアルテミスではなく、やや後方に下がりつ
つ三連ビーム砲を撃って来るヴァイスリッターに目をつけた。アルテミスの追撃を
巧みにかわし、マシンガンの射程にヴァイスリッターを捉える。位置がまずい、こ
れではアルテミスは援護防御が出来ない――!
「あゆさん!」
真理奈は叫びつつもベルガ・ゼーベに向けて攻撃をするが、その動きは止められ
ない。ベルガ・ゼーベは接近しつつもその前面に立ちはだかるヴァイスリッターに
向けてマシンガンを乱射していた。あゆは分かっていたのか、いないのか、それと
も生存本能が働いたのか――
「と、止まって!!」
その声と同時に、ヴァイスリッターの前に白銀の盾が展開される。ヴァイスリッ
ターの前面を全てカバーする強固の盾。撃ち出された弾丸を全て難なく弾くそれは、
さながら「女神の盾」のようだった。
「な、何だと!? 何だあれは!? 何もないところから盾が!?」
ベルガ・ゼーベのパイロットはヴァイスリッターを完全に覆っている白銀の盾に
驚きを隠せない。
エンジェルダスト、と呼ばれるゾル・オルハリコニウムの欠片は常にヴァイスリ
ッターの周囲を旋回している。普段はそれだけだが、あゆの――念動力によって集
結し、彼女を守る盾となる。それが通常のヴァイスリッターと違う点、T−LIN
Kシステムを導入し彼女しか扱えぬ防御システム「エンジェルダスト」を装備する
機体だった。そう、今のようにあゆの意思一つで白銀の騎士を護る、強固な白銀の
盾となる。
「反撃します、あゆさん!」
「う、うん。真理奈ちゃん、援護お願い!」
真理奈の合図で、ヴァイスリッターはシンボルとも呼べる長身のライフルを取り
出す。ベルガ・ゼーベが振るうが竜騎士の槍ならば、こちらは白銀の乙女が振るう
光と鉄の槍――!
ヴァイスリッターとアルテミスがその機動力でベルガ・ゼーベを射程内に捕らえ
る。宇宙での戦闘は360度を把握する事にある。上下左右あらゆる方向から敵が
来る。機動力を生かし、ベルガ・ゼーベの周囲を飛び回りチャンスをうかがうニ機
の動きをRGのパイロットは的確に追う。しかし、攻撃を織り交ぜられ、縦横無尽
に立ち回るニ機を追い続ける事は不可能に近い。立ち止まらず動き続けなければ、
ただの的と化す。必至に射線軸から逃れるようにベルガ・ゼーベもまた宇宙を舞う。
「当たってぇ!」
ヴァイスリッターが先にベルガ・ゼーベを捉えられる位置についた。あゆは、叫
びながらトリガーを引く。その叫びにあゆの自信のなさがなんとなく伺える。
両手でしっかりと構え、一発、二発と撃ち出し、最後にはクルクルと銃を回転さ
せてからトリガーを引く。実弾とエネルギー弾の撃ち分けが可能なオクスタンライ
フル、それこそがヴァイスリッターの武器だ。威力を重視した実弾、射程を重視し
たエネルギー弾、使い分ければ汎用的に敵に立ち向かえる万能の槍、それこそが、
名の由来――なのだが。
「くっ、その程度なら!!」
RGのパイロットは反射的に逆方向へレバーを倒した。ベルガ・ゼーベは方向を
急激に変え、そうしなければ進んでいただろう軌道上をオクスタンライフルの弾丸
が通り過ぎていく。時間差を交えた攻撃も功を成さない――が。彼女が狙いを定め
射抜くまでの時間としては十分だったようだ。加えて急激な方向転換にベルガ・ゼ
ーベは一時的に速度を失っている。それは――致命的な隙だ。
「ロックオン完了、コード――ウルフファング」
真理奈は静かに告げた。アルテミスの持つクレッセントには二本の矢が番えられ
ている。上と下、それぞれ互い違いに鏃を向けていた矢は、唐突にアルテミスが手
を離した事で放たれる。
そうその軌道は、顎を開け獲物を食らう狼の口そのものだった。何故なら、放た
れた矢はさらに対照的に四本に別れたからだ――!
狙いは外さず正確に、その四本の狼の牙はベルガ・ゼーベを間違いなく喰らう。
「私とあゆさんに狙われたら避けられませんよ?」
などと前面の爆発音に向けて真理奈は一人ごちた。しかし、まだ襲い掛かる脅威
は振り払われてはいない。真理奈は再び周囲を警戒する。
そう――月夜の狩人の如く。
第十六話に続く
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