――????
「……すまないな、あの衛星はおそらく連邦に発見されると思う」
「構わんさ。既に計画は第三段階に入っている、もはやあの衛星に軍事的効果は期
待出来ん。除去されたところで、大きく影響は出ないだろう」
マスタッシュの報告に初老の男性は気にするな、と言わんばかりの態度で答えた。
その表情は余裕に満ち、およそ不安など感じさせる事は無い。
「それに、あそこの連中は大儀を忘れ少々悪戯が過ぎた。過度な行為に対して、相
応の報いを受ける時が来たという事だろう」
「ああ、さっき諜報部から聞いた。どうやらステルスを利用して海賊行為を行って
いたらしいな」
「裏も取れた。本人達は否定していたが、この分なら我々がわざわざ動く必要はあ
るまい」
「デュランダルあたりが始末をつけるだろう。俺達が手を下すまでもない」
「確かにな。最新鋭のステルス技術を搭載した移動型の衛星とはいえ、連邦もマヌ
ケばかりではない。尻尾を掴む準備は整っただろう」
「そう…因果応報という奴だ。どんな生物であれその法から逃れられることはある
まい…」
しみじみと男は呟く。その瞳は何処を見ているのか。その心は何を思うのか。男
の胸中には男にしかわからぬ何かに満ちていた。
「そうだ、大佐。地上の部隊から連絡があった」
「ふむ…何か不都合があったか?」
「いや…どうやら未確認の勢力が現れたらしい」
「例の極東支部を襲撃したという連中の事か?」
大佐の質問にマスタッシュは無言で首を横に振る。
「あのアンノウンではない。我々と同じ人間だ。だが…表沙汰には立てん連中のよ
うだな」
「ほう…? どういう事だスネーク」
「MS及びPTをはじめとした人型機動兵器の技術の売り込みに来たらしい。だが
素性の裏が取れなかったので、一応は断りを入れた。だが…」
「……大方、本懐を忘れた連中の一部が極秘に取引を始めたのだろう」
「鋭いな大佐、その通りだ。諜報部の話では地上に降下した、リベリスの部隊と取
引をしているらしい」
「ふう…組織というものは肥大化するとあちこち腐り始める。全く気苦労が絶えん
な」
「……性分だな、大佐」
ククク、と静かな笑みを浮かべるマスタッシュ。大佐は苦笑いしつつ言葉を返す。
「笑い事ではないぞスネーク」
「ああ、すまん。それでどうする、リベリスの奴は泳がせておくか?」
「……そうだな、リベリスとその組織、両方に探りを入れるよう指示を出しておこ
う。ただ組織の方に関してはあまり深入りせんほうがよさそうだな」
「そうしたほうがいい、どうもかなり根の深い組織のようだ。下手をすると足元を
すくわれかねん。未確認の情報だが、テロ専門の下部組織のような部隊を抱えて
いるという情報も入ってきている」
「…根っからの戦争商人という事か?」
どうだろうな、とスネークは言葉を濁した。彼の戦士としての勘が告げている。
一筋縄ではいかぬ、妙な悪寒を。
「…商人、程度ならまだいいんだがな。金儲けだけの組織とは思えん、十分な注意
をしておいた方がいいだろう…」
あまり広くはない部屋で、中年の男二人は顔を見合わせて気だるそうにため息を
ついた。縺れ合い絡み合う複雑な糸をどう解くか。自分達の足元の腐食部分をどう
するか。問題は――まだまだ山積みだった。だが、大佐はそれよりも気になる事を
尋ねた。
「それで気分はどうだ、スネーク。かつての教え子と友人を相手にして?」
「愚問だな。俺が認めた奴らだ、楽しくないはずがないだろう」
「その切り替えの早さ…流石だな。やはり下手に情に流される事の無い君に潜入を
任せて正解だったようだ」
そう言って大佐はニヤリと笑った。その笑みが自身の判断に満足しての事か、そ
れともマスタッシュの言動についてか。そのどちらかなのかは、表情からはわから
ない。――確実に歯車は回り始めていた。
エクシードブレイブス 第17話
暗躍する影
――マザーバンガード 艦長室
秋子は、先の戦闘に参加したと思われる警備兵の母艦を調べ上げ、データの照合
を行わせていた。結局間に合わず全滅の憂き目にあったわけだが、生死の確認はき
ちんとしておいた方がいいだろう、という判断からであった。
『水瀬艦長、データ照合終わりました。どうやら、RGに捕われた南明義という兵
士を除いて、他は…先の戦闘で死亡した模様です』
「…そうですか。ご苦労様です」
戦争なのだから人が死ぬのは当たり前だ。そして戦場を駆ける死神は不平等では
ない。自分も含め、いつその鎌を突きつけられるかは誰にも分からない。
そんな現実にも慣れていたつもりだったが、こうも自分の無力さを痛感させられ
ると、やはりやるせない気持ちになるのは変わらない、と秋子は自嘲した。
『後、特務部隊から住井、七瀬の両名が着艦許可を申請しています』
「あらあら、二人とも随分早かったですね。構いませんよ、許可を出してください」
『了解です』
オペレーターは返事をすると通信を切った。艦長室が静寂に包まれる。
「さて、あの二人はどんなお話を聞かせてくれるのでしょう。楽しみですね」
そう言いつつ秋子が待つこと数分。艦長室のドアがノックされた。おそらく例の
二人だろう。
「どうぞ」
「失礼します」
敬礼しつつ入ってきたのは、まだどこか悪戯っ子のような少年くささを残す住井
と、髪を両サイドで分けて赤いリボンでまとめたツインテールの七瀬だった。
連邦軍特務部隊――念動力者ををはじめとして、大なり小なり特殊な力や特異な
才能に恵まれた人間は近年増加と多様化の一途をたどっていた。そういった特性を
持つ人々の力を研究し、あるいは平和的に活用する為に設立された、特殊任務を専
門に扱う機関――それが特務部隊である。
「水瀬艦長にご報告します。地球全体に通信関連の妨害を行っていると思われる、
RGの施設を発見しました」
住井は淡々と述べる。その口調には事務的なものしか含まれておらず、彼が任務
というものをどのように捉えているかを物語っている。
「随分と早かったですね、住井さん」
「ええ、かなり骨を折りました。まあ、施設と言うより移動衛星でしたけど」
「移動衛星…規模はどれくらいですか?」
「規模自体はさほどでも。小型の移動基地って程度です。収容MS数100機程
度、外敵迎撃システム搭載、巡航船レベルの移動機関とステルス機能とその程
度ですね。まあそれでも下手な基地よりよっぽど厄介ではありますけど」
「ステルス…ですか。連邦のレーダーをかいくぐるほどのステルスとはまた…」
秋子は感心したのか呆れたのか、やや判断のつかない表情をした。まあ、彼女の
場合、大概にこやかに笑っているので表情から思考を読める人間は殆どいないのだ
が。
「確かにステルス自体はかなり優秀でした。しかし奴ら、軍事行動とは別に略奪行
為を、周辺の宙域で行っていたんですよ。襲われた船の人間から話を聞いて、大
体の場所に網を張って、囮を出したら…見事に引っかかりました。強奪させた積
荷に、発信機をつけてありますのでいつでも襲撃可能ですよ」
「ご苦労様です。相変わらず抜け目の無いお仕事で」
「いえいえ、これがオレのスタンスですから」
「しかし、軍事行動の合間に略奪行為とはあまり感心できる事ではありませんね」
「ええ、しかも地球のだろうがコロニーのだろうが手当たり次第ですから。被害者
に話聞くだけでも一苦労でしたよ」
やれやれと住井は大げさに首を振る。そこまで話してから、住井は少し話は変わ
りますがと前置きして次の報告に移る。
「後、地上でどうもキナ臭い連中が動いてますね」
「また新しい勢力ですか?」
住井は無言で首を縦に振る。
「まだ裏は取れてないんですが、連邦軍の基地を単独で襲撃したとんでもない奴が
いますよ。しかも…乗っているのが戦術機なんですよ」
「戦術機…ですか」
その言葉の意味するところに、秋子はやや表情が変わった――様に見えた。戦術
機は御剣財閥の兵器開発部門のトップシークレットで、デュランダルやアンリミテ
ッド等の御剣の息のかかった部隊にしかその詳細は知られていない。
何時何処で敵側に情報が漏れたのか、それが御剣のみの情報ならば問題は無いが、
アンリミテッドの方から漏れているとなると、味方側にスパイがいる可能性が高い。
「総合すると二刀流の近接戦闘中心の型みたいですね。多分パイロットスキルトレ
ースシステム搭載タイプだと思います。そいつがまた無茶苦茶でして。20機近
いMSを配備した基地を一機で壊滅ですよ?」
「…にわかには信じがたい話ですが…事実を無視するわけには行きませんね…」
「ええ、俺たちはギリギリのところで綱渡りをしています。まあ、そっちの方は同
じ特務部隊の奴らが調べてくれてますんで」
住井がそこまで話すと、黙っていた七瀬が急に口を挟む。
「けど、あのチームも変わってるって言ったら変わってたわよねえ」
「そうか? 特務に所属する連中なんざ似たようなもんだろう」
「言っておくけどあたしは違うわよ、あたしは」
「は? 何を言ってんだ七瀬さん。君だって十分…」
ヒュッ、と音を立てて住井の耳元を何かが横切った。
「何かしら、住井。よく聞こえなかったんだけど?」
「いや、何でもないから聞き流してくれ」
「そう、ならいいけど」
住井はちらりと後ろを見る。丁度、住井の頭の高さくらいの位置に、ヘアピンが
一本刺さっていた。合金製のマザーバンガードの艦内に傷を残すどころか、深々と
ヘアピンを突き立てるあたり、一体どんな速度と力でヘアピンは飛んだのか。非常
に興味深いところではある。
少し気まずくなった空気に秋子が助け舟を出す。
「それで、住井さん。調査にあたっているという特務部隊の方はどんな人だったん
ですか?」
「えっとリーダー格の男が、凄い無口でけどそこらの奴らよりよっぽど修羅場潜っ
てるって感じでしたね。んでそいつの妹って女の子がいたんですけど、この子が
また、七瀬さんと引き分けるほどの凄腕の剣士で俺もびっくりしました」
「……次は絶対負けないわよ」
よほど引き分けという結果が悔しかったのか、誰にも聞こえないくらいの声で、
留美は静かに呟いた。
「後はメカニックの女の子が二人もメイドを連れた変わった子なんですけど、滅茶
苦茶美人でしたね。メイドさんの方も一人は何か無表情っていうか、ちょっと感
情が表に出にくいタイプの人と、かなりのドジッ娘で狐を連れた変わった子と二
人いました。何か本当個性的って言葉がぴったりでしたよ」
うんうん、と頷きながら住井は一気にまくし立てた。その所為か、艦長室内の微
妙な雰囲気は何処へやらと言った感じになった。
「そうですか。それでは住井さん、七瀬さん、本当に二人ともお疲れ様でした。二
人が持ってきてくれた情報を元に作戦を立てますので、お二人とも準備しておい
て下さいね」
「「了解!」」
二人は声をそろえて、敬礼もほぼ同時に行い秋子の言葉に答えた。そして礼をす
ると静かに部屋を出て行った。秋子の机の上には調査報告書と、住井が残したとい
う発信機のトレース画面が表示されたモニターが乗っていた。
「とは言ったものの、小規模とはいえ少々この戦力で真っ向から攻めるには困りま
したね。さてどうしたものでしょうか…」
頬に手を当てて、しかしとても困ったように見えない笑顔を浮かべながら、秋子
は一人そう呟いた。
――マザーバンガード リビング
「お、住井に七瀬。戻ってきたのか」
「よう、折原。今戻ったぞ」
リビングに入ってきた二人を出迎えたのは旧知の中の浩平だった。リビングでは
先の戦闘でのメンテナンスも終えて、休憩を取っているパイロット達が殆どである。
「もう、ひかり、いつも言ってるでしょ。下からのモーションで突き上げるように
打ち上げた方が、効率が良いって」
「そうね、こだまの言うとおりここのパターンは考慮の余地があるわ」
「けどねえ…それだとここの動きの時に隙が…」
「雪ちゃん、この大福美味しいよ〜」
かと思えば、先程の戦闘から得られたデータを元に相談をしている一団も見られ
たりする。丸テーブルを囲むように四人で座れるよう椅子を配置した場所に座って
いるのは、ひかりと雪見、そしてみさきとひかりの親友である里見こだまである。
肩に届かないくらいのセミショートの髪型と特徴的なのは中学生と間違われても
おかしくない位の童顔である。何気にその部分を舞人にからかわれたりしているが
本人は「大人の女」と思っているから始末が悪い。しかし、デュランダルをはじめ
として連邦軍内の女性陣の間ではあゆとタイを張るくらいの「いじられ役」でもあ
り、本人は大いに気にしていたりする。しかし、こだまはあゆとは違い絶対的なア
ドバンテージがあり、そこに二人の差があるといえる。
あゆとの決定的な差は、小さな身長とは裏腹に歳相応かそれ以上の数値を誇るバ
ランスの取れた3サイズであろう。いわゆる「脱ぐと凄い」タイプの女性だったり
する。舞や佐祐理のように傍目から見ても均整の取れた身体つき、とは違うが、彼
女も十分魅力を持った女性なのである。ある意味、ウェストの差と身長とのアンバ
ランス差を考慮に入れると、彼女ならではの魅力を持つとも言えるのだ。
童話作家を目指しており、最前線で戦う事はできなくとも戦争の悲惨さを目の当
たりする事で、もっと自分の伝えられる事の幅が広がるかもしれない、という目的
を持って乗艦したが、彼女には実は隠れた才能があり、MSやPT等のパターン検
証が実に的確で、彼女のアドバイスはパイロット達の技量向上に一役買っている。
今も雪見たちと相談しているのは先のデュアルインパクトクロスのパターンの問
題点と改善策の打ち合わせである。まあ若干一名関係のない話をしているが。傍か
ら見れば実に見目麗しい女性達の語らいのように見えるが、内実はPTの戦術パタ
ーンの相談という色気も何もあったもんじゃない話である。彼女達の話す内容は高
理論すぎて一般人置いてきぼり、という事もあり彼女達の輪に入ろうとする者はい
なかった。
まあそんな訳で、住井達がリビングに入ったときに休憩ばかりしている人だけで
はないという部分を強調しておく。浩平はふと、何かに気づいたように住井に尋ね
た。
「そういえば長森はどうした? 一緒じゃなかったのか」
「それがなあ…長森さん、検査に手間取っててさー。よく分からないんだが合流は
少し遅れるらしい」
住井の返答にふーん、と浩平は興味が無いというより腑に落ちないという感じで
返事を返した。長森瑞佳、折原浩平の幼馴染で甲斐甲斐しく浩平の世話を焼いてい
た人物である。茜の登場により自分のお役目は終わったとばかりに、浩平とは多少
距離を置いていたが、それでも互いに気の置けない間柄である事は変わっていない
ようだ。
「あいつに特務機関で調べられるような変わった才能があるとは思えんが」
「そうだなあ、俺も長森さんがうちに来た時は驚いたぞ」
特務部隊は先に説明した性質上、何らかの特性を持つ、或いは持っている可能性
があると判断された人間しかスカウトされないし、調査の対象にはならない。長年
幼馴染として接してきた浩平には、瑞佳がそんな特殊な力を持っているとはにわか
には信じがたいのであった。
「身体測定で普通とは違う脳波パターンが見つかったって聞いてるけど、分からず
じまいみたいね」
そこへ多少は事情を知る留美が口を挟んだ。住井は留美の言葉に頷きながら次の
言葉を続ける。
「念動力とかニュータイプとも違うらしいぞ」
「そっち系の類なら特務はスカウトしないだろ…。猫か牛乳からでるナガモリ波で
も受信してるんじゃないか? 茜もシュガー波受信してるし」
はっはっはと笑いつつ浩平はそう言ったが、住井と留美はそれに対して言葉を返
せなかった。浩平の話す内容が馬鹿だったからではない、まして感銘を受けて言葉
を失ったわけでもない、ただ――
「浩平、それはなんですか?」
浩平の後ろに、金髪の死神を見たからだ。口調は変わらない、表情も笑顔だ。だ
が住井と留美にはその表情がこれほどなく恐ろしいものに見えた。
浩平にいたっては、笑ったまま固まっている。失言だった。顔全体でそう告げて
いるが後の祭りである。
「…すみません、二人とも。ちょっと浩平を借りますね」
「「どうぞ」」
この瞬間住井と留美の意思はシンクロした。首根っこを掴まれ笑顔のまま引き摺
られていく浩平を見て住井は思った。
「……カカア天下だ」
――マザーバンガード リビングの一角
「だから何度も言ってるでしょ、あゆあゆは積極性が足りないのよ」
「うぐぅ、真琴ちゃんそれってあんまり関係ない…」
さて、浩平が拉致された頃、リビングのとある一角では先程の戦闘についての反
省会を行っている一団があった。真琴とあゆとその他である。
真琴に至っては先程食堂から貰ってきた肉まんを頬張りながら、あゆの主に攻撃
に対する注意を行っていたのだが…肉まんを頬張るたびに耳は動き尻尾は揺れるし、
おまけに発言内容にあまり意味がないということもあり、妙にほのぼのとした空気
が辺りに流れている。
「仕方が無いですよ、あゆさんのヴァイスリッターは元々接近戦用ではないんです
から」
「何言ってるのよ、真理奈の奴だってそうじゃない」
「アルテミスはウィスプで防御力を補えますから…」
「ヴァイスにだってADシールドがあるじゃない」
「それはそうですけど…」
真理奈が必死にフォローに入るも意外と真琴は手強い。とはいえ真理奈もあゆも
真琴のこれが酔っ払いの絡み酒に近いようなものだと思っているため、あまり強く
は反論していない。まだ続くかと思われた真琴の愚痴だが、
「真琴、だめだよ。そんな事言っちゃ」
「なゆ姉、でもー」
「でもじゃないよ。無茶して攻撃されたりしたら何にもならないんだよ? 自分に
出来る事をきちんとやればいいんだから、あゆちゃんも真理奈ちゃんも無理しち
ゃだめだからね」
水瀬三姉妹の長女役たる名雪の登場でどうやら収まりつつあるようだった。そも
そも真琴が何故こんな話になったのかを忘れつつあるので、再発の心配はない。
「はーい、わかりましたー」
「何で真琴ちゃんは名雪さんの言う事は素直に聞くんだろう…」
「だってなゆ姉はお姉ちゃんだもん」
「うぐぅ、ボク同い年…」
心なしか自分の実年齢を否定されたようであゆは反論するが、四つ目の肉まんに
夢中になった真琴は聞いちゃいないのだった。あゆはとことん、自分自身という部
分にコンプレックスがある。
同年齢の中ではどう見ても低スペックと言わざるを得ない貧相なボディ。年より
若く見られすぎる童顔。およそ、女性という性別に関する魅力には乏しいとあゆは
実感している。
何故なら、このデュランダルは同年代及び歳の近い少女がたくさん乗っているの
だ。嫌でも比較対象には困らない。特に名雪はまさに自分には無いものを持ってい
るという事で、数年間目標にしてきたのだが年々その差は広がる一方なのでちょっ
と泣きたくなったりしていた。
しかしここまであゆが自分自身にコンプレックスを抱く理由があるのだが――そ
れはまあ今は言わぬが花というものである。
「そういえば今日の食事当番はあゆちゃんだったね」
「あ、うん。ボクと雪見さんだよ」
「頑張ってね、あゆちゃん。わたし、イチゴのデザートが食べたいんだよ〜」
「うーん、まだストックがあったかな…」
頑張ってね、というのは言い換えると名雪のおねだりサインでもある。あゆが食
事当番の時に限って、自分の好物をさりげなく要求する辺り、名雪も年頃の少女張
りにちゃっかりしているのである。忘れてはいけない、彼女達は皆、歳相応の少女
である。もっと言えば美のつく。
ちなみにあゆが名雪にも負けず劣らずと自負するのは料理の腕である。とある事
情で水瀬家に引き取られて以来、秋子の指導の元、ゆっくりではあったが上達の一
途を辿り、今では万人を唸らせるほどの腕前にまで上達した。あまり器用ではない
方のあゆが、ここまで上達するまでにどれだけの努力と無駄になった食材を積み重
ねてきたのかは想像できない。
それはさておき、名雪の発現に苦笑いしつつ相槌を打つ真理奈の姿があった。
「名雪さんも相変わらずイチゴが好きですね」
「うん、わたし、イチゴジャムがあったらご飯3杯は食べられるよ」
「………」
名雪なら冗談抜きで食べられるだろう、そう思った瞬間に真理奈の脳裏にはイチ
ゴジャムをおかずに平気でゴハンを食べる名雪の姿が思い浮かんだ。なんだかこれ
以上この話題に触れてはいけないような気がして、真理奈は咄嗟に話の方向を変え
る事にした。
「そ、そういえば皆、好物ってありますよね」
「うーん、そうだね。私はイチゴ、真琴は肉まん、あゆちゃんはたい焼き。あれ?
そういえば真理奈ちゃんの好きな物って何だっけ?」
「え、え、え! す、好きな人ですか?」
何を聞き違え勘違いしたのか、どもる程に真理奈は動揺する。ここにいたのが、
肉まんにトリップ中の真琴と、天然でそう言った類に悪戯心を発揮しない名雪に、
およそからかうというよりからかわれるあゆしかいなかったのが悔やまれる。
もしも下手に他のメンバーがいたのなら、真理奈はそれこそつるし上げと言わ
れるくらいに質問攻めにあっただろう。
「違うよ、好きな食べ物だよ」
「あ、あははは、そうですか。えーっと…好きな…食べ物」
そう考えて思い出すのは何だろう、真理奈が最初に思ったのはそれだった。思え
ば、今まではただ、居なくなった人の背を追いかけてきてそういった普通の女の子
としての部分を随分と切り離して考えてきた気がする。でも、あったはずなのだ。
あの日、突然幼馴染が消えた日までは、確かに自分は幸せな時を過ごしていたのだ
から。
その時、記憶と共に蘇る甘い香りを真理奈は唐突に思い出した。
「……クッキー、です」
「クッキーかあ、どんなのが好きなの?」
「手作りの…チョコチップの混じった奴です」
「へえー、可愛いのが好きなんだね、真理奈ちゃん」
名雪にそう言われて真理奈は困ったように照れてしまった。何時か、話せるとき
が来るだろう。その理由も、そうなった日の事も。
(ねえ、信哉。あなたは覚えているかな?)
過酷な日々に埋もれてしまっているかもしれない、小さな小さな色褪せた思い出。
それをもしも、共に思い出し語り合える日が来たのなら。
――それはどんなに嬉しいだろう――
そんな事を思いながら、真理奈は名雪たちの雑談に耳を傾ける。在りし日の思い
出を胸にしまって。
第十八話に続く
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