(ふむ…まずはあのOFから落とすか)

  テンペストのランナー、ボルケスはその状況からクラウ・ソラスに狙いを定めた。

 そうと決めるとテンペストはその巨体を苦ともせず、クラウ・ソラスに向けて高速

 で一直線に突進してきた。間にある建造物や周囲に与える被害を全く考慮せず、だ。

 「なっ!?」

  無茶苦茶だ、そう考えた信哉は出来る限り上空へとクラウ・ソラスを上昇させる。

 空ならば無駄に被害を広げる事もない。既に避難は完了し、周囲はさほど建物も残

 っていないがいたずらに被害を広げる事は、信哉の望むところではない。 

 「ほう? そう来るか。だが周囲を気にする余裕があるのかな?」

  ボルケスはからかう様な笑みを浮かべレバーを操作する。テンペストの武装の一

 つビームソード付のロボットアームを無造作に振り回し、周囲に与える被害はおよ

 そ考えず、クラウ・ソラスを叩き落すことのみを優先した乱雑な攻撃。

  しかし、乱雑ゆえに――読めない。自身のビームソードで下手をすれば自身のロ

 ボットアームを切り落としかねないほどの無頓着な攻撃ゆえに、信哉は敵の攻撃を

 読みきれない。

 (――拙い! 当たる!)

  四方を囲まれ逃げ場無しと悟った瞬間に、信哉はクラウ・ソラスをあえて下降さ

 せロボットアームにぶつけた。弾き飛ばされる衝撃と、機体が不安定になった事に

 よる衝撃が信哉を同時に襲う。脳を直接かき回されているような不快な感覚に耐え

 つつ不時着だけは何とか避けた。機体が落ち着き一呼吸つくと、信哉は頭上に佇む

 暴風の化身を見上げる。

 (もう少しコイツが早く来てたら皆殺しもいいところだ…)

  何しろクラウ・ソラスは先程から攻撃を回避するだけで精一杯だ。近づけば、ア

 ームの餌食、離れれば20m近い直径の砲門が頭部から顔を出し、レーザー砲を放

 ってくる。もう少し速度と俊敏性が高ければアームをかいくぐりつつ、接近する事

 も可能だったのだが、今のクラウ・ソラスにそれを望むべくも無い。

  加えて、テンペストはエルファリオンを全く相手にしていない。それがわかって

 いるのかエルファリオンも攻め手をクラウ・ソラスに集中させている。この状況で

 出来る事はただ耐える事だけだ。

  信哉の意図した事ではないが、クラウ・ソラスの通り過ぎた場所は、瓦礫の山と

 化している。人が残っていれば震災もかくやという大惨事である。崩れた建物から

 まだ噴煙が上がり、周辺の廃墟が僅か数秒で作られたのだと無言のままに訴えるよ

 うだった。

 「拍子抜けだな。逃げ回るだけか? 勝つ気があるとは思えんぞ」

  だが、そんな弱腰のクラウ・ソラスのランナーに業を煮やしたか、ボルケスは、

 挑発するようにクラウ・ソラスに通信を送る。だが、モニターに映ったランナーの

 表情は、焦りでもなく諦めでもなく――不敗を確信した余裕の笑みだった。揺ぎ無

 い自信、意志の強さが決して折れる事のない心の強さを示す。

 「――そうだな、逃げている限り勝てはしない。それは勝負事の常だ、当然知って
  いる」

  そしてモニターの向こう側で、信哉は相手を挑発するような笑みを浮かべた。そ

 の不敵な態度に、ボルケスは怒るどころか、むしろ感心した。この状況、どういっ

 た事情かは知る由も無いが、たった一機で複数の敵を相手にするという状況は、ど

 んなベテランパイロットでも躊躇する状況だからだ。

 「へえ、そんな面構えも出来るのかこの状況で。まだガキのようだが、一人前の兵
  士ってところか」

 「勘違いするなよ、恐怖心を無理やり押さえつけてるだけだ。泣き叫んで逃げたい
  くらいだよ。一体どうしてこんな事になったんだかな」

 「上等上等、テメエがどういう人間か解っている奴ほど戦場では強い。そしてな、
  そういう奴こそ決まって邪魔になるもんだ」

 「何言ってるんだか。理由なんかどうでもいいんだろアンタ? ただ暴れたいだけ、
  そうじゃないのか」

  信哉のその言葉はあてずっぽうから来た台詞ではない。単に、ボルケスの戦闘ス

 タイルと、口調から察する性格から予想した人物像に当てはめて言っただけに過ぎ

 ない。が、その言葉の何がよかったのか、ボルケスはさらに笑みを強めた。

 「いいねえ、実にいい。圧倒的不利な状況、死を目前にしてそこまで強気にいられ
  るとはな。これだよ、こういう殺し甲斐のある奴がいるから戦場は楽しい」

 「ただの殺人狂じゃないだけ性質が悪いと思うけどな」

 「戦場じゃ兵士は皆殺人者さ。多いか少ないか、それだけの違いじゃねえのか?」

 「……否定はしない。結果だけを見れば同じ事だ。ただ、互いにその場に身を置く
  理由が違うだけ」

 「てっきり綺麗事を並べるかと思ったが、意外に現実的じゃねえか」

 「見知らぬ他人の命まで背負い込めるほど人間が出来てない。俺は俺の望む事の為
  に血を浴びる」

  しかし、そう言いつつも信哉の目はボルケスの言葉を否定するかのように睨みつ

 けている。

 「けどまあ…アンタのような戦いに享楽を見出すような生き方はゴメンだな。だか
  ら人殺しを否定するのではなく、アンタのやり方が気に入らないからアンタを止
  める。死ぬか生きるかはアンタの運次第だ」

  クラウ・ソラスのブレードを高々と突きつけ、信哉はボルケスにこの状況でも自

 分は勝つと宣言する。その瞳に恐怖はなく、射抜くような視線でボルケスを貫く。

  面白い、と。ボルケスは目の前のちっぽけなOFに自分が殺すだけの価値を見出

 した。

 「後、訂正しておく。俺は命令に従うしかない『兵士』じゃない」

 「何?」

  ボルケスの対応に信哉はとある確信があった。気がついてないのだ、信哉は既に

 気がついてる一つの事柄に。

 「――俺は勝利の為に戦う『戦士』でもない。ただ護りたいが為に敗けない事を誓
  った『剣士』だ」

  その言葉の意味はどれほどの意味を含んでいるのか。だが、少なくとも信哉はま

 だ敗北するつもりはないと、まるで自分の後ろが見えていたかのように言い切った。

 ――彼の後ろに集う仲間達の存在を既に察していたかのように。



エクシードブレイブス 第24話


クライアント




 「桜井舞人、華麗に参上! おーい、緋神無事かー?」

 「もう、舞人君! 名乗り上げより心配の方が先でしょ?」

  白銀の甲冑、そんな呼称が一番似合うパニシュメントを筆頭に――

 「悪い、少し遅くなったな。大丈夫だったか緋神?」

 「……満身創痍です」

  『空』が、ウイングガンダムが、緋神信哉の周囲に集う仲間達が――

 「あれだけの数を相手によく無事で…」

 「流石ですね緋神さん。そこの口だけの馬鹿とは違うようです」

  ビルトラプターが、ジガンスクードが――

 「はーはっはっは、信哉ー! 待たせたなー!」

  そして――少し頭痛がする口上と共にフラムベルク――数機の仲間達がクラウ・

 ソラスを護るようにその周囲に集う。その姿を確認するまでもなく、信哉は、ボル

 ケスに向けて自信ありげに言い切った。

 「わざわざ長話に付き合ってもらって悪かったな。俺は一人じゃないんでね」

  背中を預けられる仲間がいる事を、どれだけ頼もしいと思ったか。信哉は思う、

 自分は恵まれている――と。

  形勢逆転、とまでは行かない。頭数が増えたとはいえ大型のテンペストに、エル

 ファリオンの部隊は依然健在。楽観できる状況ではないのだが、ここにいる者達に

 悲壮感はない。

 「とりあえずあのでかいのがリーダーみたいなもんだろ? だったらあれを落とせ
  ば話は早い! いっくぜぇぇぇぇ!!」

  否、悲壮感がないのを通り越して緊張感の欠片もないのが一人いた。は? と周

 りが唖然とする中、緊張感の欠片もない馬鹿――相沢祐一はフラムベルクをあろう

 事か真正面からテンペストに突っ込ませた。最短距離で頭を狙う、という発想はい

 い。戦術上、それは効果的に作用する事があるのは認めよう。

 「ちょ、祐一!? 待て――」

  信哉の制止も聞かず、フラムベルクは一直線に突進していく。大した情報整理も

 なく大きい=リーダーという短絡的思考による結果だけで行動を決めてしまえるの

 は、素晴らしい即決力と言うべきか? もちろん、八割方悪い意味で。

  確かにフラムベルクにはそれこそ直進のみならば、MSに劣らない速度での突進

 は可能だ。だがそれはバーニアとブースターをフルスロットルで点火、すなわち小

 回りの利かない状態での事だ。当然、人間の手足同様に自在に動くロボットアーム

 を備えたテンペストに対しての行動としてはあまりにも間違った選択だ、真正面か

 らハエ叩きの要領で叩き落とされるのがオチである。

 「向こう見ずな馬鹿だな。嫌いじゃないが、それじゃ戦場じゃ長生きできんぞ?」

 「へっ、落とせるものなら落としてみろ!」

  ボルケスの自信はわかるが一体祐一の何処からそんな自信が湧いて来るのか。こ

 の瞬間、仲間達から無言のツッコミを受けた事に気がついていない祐一は、ただた

 だフラムベルクを前進させる。無謀無策、その一言だけで示せる行動であった。

  当然、テンペストのロボットアームは、先端にビームサーベルを展開、そのクラ

 ゲの触手の様なアームはフラムベルク目掛けて振り下ろされる!

  無論一本だけではない、フラムベルクを包囲するように、時間差で縦、横、斜め

 とアームは襲い掛かる。機動兵器に対してはシンプルながら効果的な包囲網――!

 「右! そしてこの場所、ここを抜ける――!」

  祐一は、思っていた。あからさまな突進をすれば、わかりやすい方法で迎撃して

 くるだろうと、そしてそんな単純な攻撃ならば予測し多少軌道をずらすだけでも、
 
 回避できるだろうと。
 
  そしてその読みは当たっていた、祐一の読み通りにアームは動き、祐一の予測し

 た地点は確かにフラムベルクが通れるくらいの隙間が発生する――だが。

 「はれ?」

  祐一は攻撃が来る方向へとフラムベルクを移動させていた。シューティングゲー

 ムなどで稀にあるだろう。弾の軌道を予測してつい、弾と同じ方向に自機を移動さ

 せてしまう――そんな凡ミスと呼ばれる行為を。そんな、些細なミスを、あろう事

 かこの相沢祐一という男は己の命のかかった戦場で発揮してしまったのである。

  ある意味大物だ、誰も真似したくなかろうが。幸いだったのは、フラムベルクが

 アームの先端ではなく、アームの本体部分に向かって突進した事だった。これなら

 ば激突の衝撃を差し引いても撃墜の可能性はまずありえない。

 「のわあああああ!?」

  だが、しかしそこは相沢祐一。たまたま動いたアームに弾かれるようにフラムベ

 ルクは軌道を変えられ、しかもその先にはそんな祐一の奇行というか愚行を読めな

 かったエルファリオンがいたのである。

  フラムベルクは、その墜落にエルファリオンを巻き込む形で失速していく。とん

 だトラブルにエルファリオンのパイロットも反応できないようだ。そして、尾を引

 くようにフラムベルクは地上に落ちていき、爆発音を上げて不時着した。

  機体そのものは残っており、黒煙が上がっているがおそらく中身は無事であろう。

 フラムベルクは頑丈に出来ているのだから。そして完全にフラムベルクに捕獲され

 るように地上に落とされたエルファリオンがクッション代わりになった事も幸いし

 た。ボルケスも含め、この一連の珍事に誰もが開いた口がふさがらないかのように

 固まってしまっている。

 「……遠野救助隊、出動しましょうか?」

  凍りついた場に相変わらずマイペースな美凪が信哉に伺いを立てる。信哉は心底

 深いため息をつきながらやんわりと首を横に振った。

 「知らん、生きてはいるみたいだから放って置く」

 「……はあ、まあ緋神さんが良いと言うのなら。…死にそうにないですし」

 「認めたくないけど多分ね」

  おそらく怪我一つ負ってないだろう祐一の話題はそこまでにし、信哉は周囲の適

 を見渡す。残り5機のエルファリオン、目の前のテンペスト。戦力の分析を行い、

 生存する為に優先すべき事項を再確認する。勘違いするな、と自分を叱咤する。今、

 優先すべきは敵を倒す事ではなく生き残る事だ。

 「……テンペストは国崎さんと牧島に任せる。残りの皆でアルテリオンタイプを落
  とす」

 「妥当な判断ですが…それで押し切れますか?」

 「しばらく抑えてるだけで構わない。アルテリオンタイプを撃破した人から順次援
  護に回る。いくらテンペストでも一人のパイロットが動かしているんだから」

 「……おのずと隙が出来る、ですね」

  麦兵衛の疑問に答える信哉の意見を後押しするように美凪が言い切った。事実、

 この状況下を乗り切る作戦としては上々だろう。元より火力で対抗出来そうなのは

 ジガンスクードくらいだが、テンペストのサイズはさらにそれを上回る。一回り程

 度とはいえ、それがもたらすパワー差は推して知るべし。さらに、テンペストはO

 F特有の機動性まで兼ね備えている。サイズで劣る機体が、何の切り札もなしに単

 機で挑むのは無謀というものだ。

  しかし、こちらにも装甲の割に機動力のある『空』がある。二機による連携なら

 ば隙を生むことも出来よう。その間に、邪魔なエルファリオンを一掃、最後にテン

 ペストを撃破もしくは撤退させる。

 「この状況で生き残るにはこの順番で敵を倒すしかない。アルテリオンタイプの機
  動力は相当だ。皆も気をつけてくれ」

 「ああ、わかった。ここは一つ緋神の提案に任せてみるとするか。舞人、援護はい
  るか?」

  山彦の提案は当然、あまり運動性に優れないパニシュメントの性能を考慮しての

 提案だった、のだが。

 「はあ? おいおい山彦君、君は何を言っているのかね。あんな装甲の薄いの俺の
  マッスィーンの武器なら一撃ですよ? そりゃ、ヒュッケバインも裸足で逃げ出
  すっての」

 「ごめんね、相楽君。多分舞人君の言う様には当たらないと思うから援護をお願い
  できるかな」

 「ちょ、おい希望。ああもうやだやだ。これだから男のロマンがわかってない小娘
  は…。いいですか、ランスってのはいわば突撃槍なの。わかる? 突撃よ突撃。
  この無骨な円錐の先に迸る熱いオーラによってだな…」

 「でも、突撃って当たる事が前提だよね?」

 「……だまらっしゃい。ええい、相変わらず俺の揚げ足取りが好きな女め。そんな
  暇があったら俺を悦ばすスキルの一つも覚えろっての」

 「……それってえーっと…そういうこと…かな?」

 「ば、お、いや、そのあれだ、うん。とりあえずその上目遣いはやめなさい。色々
  と問題が、いや俺的にはいいんだけどこれでも名の通ったイギリス紳士としては
  ですね、口にするのもはばかれるって言うか、いや別に希望がやりたいなら別に」

  いい加減収集付かなくなってきたので、信哉は心底呆れながら通信を開いた。

 「相楽、そこのバカップルの面倒はよろしくな」

 「ああ了解だ。時と場所を選んで欲しいよなぁ、全く」

  同じ様にため息をつきながらビルトラプターはパニシュメントの周囲を旋回する。

 律儀に待っていたのか、それを確認するとエルファリオンも次々と行動を開始し始

 めた。或いはアンリミテッドのメンバーの動向をうかがっていたのかもしれないが。

  既に数でのアドバンテージは無きに等しい。そう判断したか、エルファリオンは

 各自で援護行動を織り交ぜつつも各個撃破のスタイルに移った様だ。だが、それは

 それで信哉には好都合だ。元より、同じ高機動型の機体ならば、一対一での戦いで

 後れを取るつもりはなかったからだ。

  OFの最大の利点は人型ゆえに運動性の小回りが利くことである。飛行形態の機

 体は直線的な速度でならば人型の追随を許さないが、それゆえ動きは直線的になり、
 
 アクロバットな飛行を織り交ぜてもどうしても軌道の幅が制限される。

  たとえば後ろにつかれたのを振り切ろうとしても急激な方向転換はどうしたって

 隙だらけになる。人型はちょっとした動作で方向を切り替え追撃が可能だ。

  飛行形態での戦闘とは、圧倒的な速度を持ってして戦闘空間を支配する事で成立

 する。すなわち単騎での戦いではエルファリオンはどうしても人型での戦闘を強要
 
 されがちなのである――が。

 「――反応が数秒遅い。やはり近接戦闘は苦手のようだな!」

  クラウ・ソラスのブレードが蒼い半円の閃光を放つ。回転の遠心力を乗せた斬撃

 は黒鳥にも似たエルファリオンを両断した。駆け抜けざまに斬り捨てる、クラウ・

 ソラスの軌道はまさに居合い抜きのそれだ。信哉が撃墜する間に美凪と舞人がそれ

 ぞれ一機ずつ撃墜したらしい。既に空を舞うエルファリオンの姿は確認できるだけ

 で3機となっている。このまま押し切れれば何とかなる、そう信哉が思った矢先に、

 それは現れた。

 『成程、こちらの手を読んであらかじめ部隊を二分しておいた、か。こりゃあ勝ち
  目がないわけだ』

 「――誰だアンタ?」

  演習場の方から飛び込んできた機体――ラーズアングリフからの通信に信哉は訝

 しげに答えた。周囲に敵機の反応はなく後ろから戦術機がぞくぞくと追ってきてい

 る事を考えれば、武達の圧勝だった事を信哉は理解した。

 『RGのグライドだ。覚えておいてくれよ――緋神信哉」

 「……何故俺の事を?」

 『俺自身はお前のことを知らん。だが俺のクライアントはお前の事をよーくご存知
  のようだぜ?』

  その傲岸不遜な笑みに信哉は悪寒が走る。グライド自身ではない、彼の言うクラ

 イアントに、だ。嫌な予感は止まることなく加速する。

 「俺に接触した理由は何だ」
 
 『いや、別にお前だけに用事があるわけじゃない。そこのエルファリオンを引き上
  げにな。大層金がかかってるんでね。回収できる分は回収しておく。物は大事に
  する主義でな』

  飄々とその男は語る。言っている事は事実だろうが、その余裕のある態度とどう

 にも人を煙に巻くような態度が信哉には気に食わない。

 「俺に用事もあるようだな。一体なんだ」

 『なあに、俺のクライアントにこう伝えてくれと頼まれただけだ』

  そしてグライドは信哉にとって意外であろう言葉を告げる。

 『――エルファリオンのパイロットにメル・ウィンディを利用した――とな』

 「………! でまかせを――っ!」

 『と、思うか? その動揺ぶりだと心当たりがあるようだな。流石に実験とやらで
  も染み付いた操縦の癖は消えなかったって事か』

  今、信哉が最も聞きたくない言葉をグライドは平然と口にする。目の前が真っ暗

 になりそうだと信哉は心が挙げる悲鳴を聞いた。感情が自身の枷を解き放とうとす

 る。操縦の癖、とグライドは言った。つまり彼自身も承知していたのだろう、統率

 のとれた、それこそ寸分違わぬ機械の様な操縦の中、時折その中にあってはならな

 い癖のような操縦をする一機が混じっている事を。

  先程信哉が感じた違和感をこの男は実証してしまったのだ。

 「実験――だと?」

 『ああ、脳内に融合する素材を使ったマイクロチップを体内に埋め込む事と、睡眠
  学習と平行させたバーチャルシステムの利用即席で高レベルの兵士を作り上げる
  システムの実験だそうだ。もっとも――』

  残酷な現実が、鋭い刃となって信哉の心を切り刻む。

 『埋め込まれたチップの有害性と、短時間での学習に肉体の劣化が激しくこの実験
  で完成した兵士の寿命は長くて数年になるらしいがな。まあ――今のご時勢に合
  った、ローリスクハイリターンの消耗品の商品の実験ってことかな』

 「なん――だと?」

  その通信はオープン回線であったため、他のメンバーもその言葉に耳を疑った。

 動揺したのは、信哉だけではなかった。それでも、戦闘を続行できるだけの余裕は

 あったが、それは――グライドの言う『クライアント』に関わりがないからこそ、

 生まれたもので――
 
 「くっ……アグマイヤ…貴様は何処まで…何処まで道を踏み外せば気が済みやがる、
  何処まで人の命を弄べば…っ!」

 『ついでにメルとやらが乗っているのは、肩部にオレンジのサインが施してある機
  体だ。見覚えがあるだろう? お前さんには』

  言われて信哉はクラウ・ソラスの解析システムを一機のエルファリオンに向ける。

 そこには――見慣れた紋章がオレンジ色で黒の機体に刻まれている。

  忘れようはずもない、因縁の紋章がそこにある。

 「アザゼル……っ!」

 『用件はそれだけだ。悪いが、その機体だけは連れて帰るぜ。まだ仕事が終わって
  ないんでな』

  そう言うが早いか、そのエルファリオンだけが即座に戦場から離脱を始めた。

 「メル……!」

 『何しろ<量産される優秀な兵士>の補充は出来るが、あれはテストケースらしく
  てな。代わりがないんだよ』

 「代わり!? 代わりだと、人の命をそんな風に…!」

 『センチメンタルな感情に興味はないんだよ俺はな。この世の真理、世界をも動か
  すのは、戦力と金だ。それを得る手段は問わん』

 「貴様……っ!」

  クラウ・ソラスが動く。信哉の目には許しがたい敵しか入っていない。この距離

 ならば奴を逃がす前に――斬れる。しかし、その僅かな距離は飛び込んできた黒い

 鳥に阻まれる。

 「くっ、邪魔だ!」

 『はっはっは! 悪いな、このままだと旗色が悪いんで今日は引き上げる。まあ、
  また機会はあるだろう。その時までに、何かの算段を立てておくんだな』

  そう言うと通信が切れ、ラーズアングリフは一目散に海に向かって疾走する。海

 から逃亡する気らしい。

 「ちっ、逃がすか!」

  既に追いついていた武の吹雪がそれを猛追するが、海に飛び込んだ途端、ラーズ

 アングリフの反応がロストした。その直後、海中から何かが飛び出す。それが、何

 であるかを考えるより先に、武は吹雪を後退させる動作を取っていた。

  吹雪の立っていた場所に、それは降り注ぐ。爆発と熱波を撒き散らす対地用ミサ

 イルの雨が。

 「対地用ミサイルの援護射撃? くそ、逃亡用に潜水艦でも忍ばせてたってのか。
  抜け目がねえ…」

  武は海を見つめながら呟いた。しかし、戦場の状況は悔しがる時間すら許さない。

 頭を切り替え、残る巨大なOFに対峙しようとすると――

  空から――三機の戦闘機の影がよぎった。それこそが、暴風を止める救いの風に

 成りえる事を、今はまだ誰も知らない――

                             第二十四話に続く

  既に更新感覚は滅茶苦茶です。気長な人だけお付き合いください状態のエクブレ
 ですが、お待たせしました24話です。信哉がこれでもかと出張ってきた御剣重工
 編もそろそろラストです。というか終わらせないと話が進みません。いつまでやっ
 てんだと(汗)
  今回のは執筆に辺り一度校正担当に「ボツ」と無残に打ち捨てられたという難産
 の品です。ウチの校正担当は血も涙もないので、容赦なく斬り捨てます。流石は毒
 舌家、遠慮というものがありません。まあそれを承知で頼んでいるんですが。
  ともあれ、ようやく次回で御剣重工編はラストです。つか何処まで肥大するのか
 作者もしっかりとは把握してない物語ですがお付き合いいただければ幸いです。

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