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               −最終章−

38.

 日が暮れるのを待って自宅を出る。途中で病院に寄り、父を見舞った。父は幸せそうな顔で眠りについていた。初めて見る表情だった。枕元には、白い花束が生けられている。今となって、それが場違いなどではなくとても似合っていると思う。必要だったのだと思う。

 駅前を通りかかると、独りベンチに座る転校生がいた。
「君はこんな時間に何をしているんだ」
「ああ、お前か……」
「誰かを待っているのか?」
「そうなんだけど……」
「?」
「それが誰なのか、わからないんだ」
 同じ様な言葉を聞いたことがある。
「忘れてはいけない約束があったはずなんだ。この街で、俺は……」
「言っていることがわからないよ。それに、待つだけなんて卑屈なロマンチックではないかな」
「……わからないんだ」
「知りたいことを全て理解している人間などいないさ。たとえ僕がその”誰か”ではないとしても、僕は自分のやりたいようにさせてもらおうと思うんだ。それくらいのことは、誰にだって出来ると思うんだ。いつか、今の出会いも過去の想い出へ変わっていくんだからね」
「…………」
「それに僕は、その人のことを好きになってしまったから……」

 難しい顔で悩んでいる転校生と別れ、僕は夜の街を歩き続ける。川澄さんと出会った時から今までのことを思い返し、仮定となる『もしも』を考えながら。疑問に思っていることはたくさんある。それぞれをつなぎ合わせると、朧気ながらひとつの説明ができ上がりそうだ。だが最後の、一番重要な所を繋ぐ輪が見つからない……。

 公園を抜けて商店街まで来ると、怪しい店の爺さんがシャッターを下ろそうとしていた。
「爺さん、あのぬいぐるみは……」
「ほ? どうしたんじゃ、お前さん」
「本当に彼女の願いを護ってくれたのだな」
「…………」
「僕も、やれるところまでやってみようと思うんだ……」
「……あの子は優しい子なんじゃ、性格はひねくれとるがお前さんもな」

 いつもと違う時間に訪れたファミリーレストランは、人で溢れていた。
「怪我はもう大丈夫?」
 いつものウエイターが聞いてきた。
「おかげさまで」
「ケンカでもしたのでしょう? 男の子ならやった奴らを見返してやらなきゃ」
 うん、僕もそのつもりだよ。はっきり叩き潰すつもりだ。




39.

 夜の校舎は静かだった。多分、川澄さんの思いとは違う形で、決着をつけなくてはならない。明日からは穏やかに彼女が学園生活を送れるように。そう願う。

「川澄さん」
 いつものように佇む彼女へ語りかける。
「残るのは何体なんだ」
「……三体」
「全てを殺す気か」
「……終わらせる」
 そうだな、終わらせよう。こんな馬鹿げた騒動は、悲しい物語は終わりにしよう。
「古い物だけど……」
 川澄さんが、刃を下に向けて一振りの剣を差し出す。これで戦えという意味なのだろう。しかし、僕の武器は違う。
「いや、僕には必要ない」
「太刀打ちできない……」
「僕は自分の武器を持ってきている」
「そう……」
 全て悟ったように彼女が頷く。そう、あなたが思っているとおりだよ。
「……ねえ」
「ん?」
「全てが終わったら……」
「なんだい、川澄さん」
「なんでもないっ!」
 川澄さんはそういって駆けだしていく。不器用な人だ。しかし、嫌いじゃないよ。僕はあなたに会えて嬉しいと思っているんだ。

 川澄さんの姿が消えるとすぐ、背後に重苦しい気配を感じた。やはり来たな。それ程までに拒絶することはないだろうに。廊下を踏み出したところで背中に鈍い衝撃を受ける。続けて、バチッっと目の前で何かが弾けた。一瞬後には、壁へ片方の頬を押しつけて不格好に倒される。やれやれ、三階まで行かなくてはならないというのに。
 無様な格好で階段を這う。やはり護身用にでも刀を受け取るべきだったかもしれない。いや、それは出来なかった。口の中に血の味がする。父親に殴られた時と同じ嫌な味だったが、それも懐かしい味だ。喉に絡んだ痰と共に、口の中の血を床にはき捨てる。辿り着けるだろうか。遠く、僕の耳に彼女が戦っている音が聞こえる。

 第二の攻撃は無い。やはりそうだ。傷つけたとしても、他人の生命を奪うことは出来ない優しさか。いや、邪魔者は排除しようとするが、それ以上に干渉はしないということか。二体一緒になって現れることもあるんだな。やはりそうか。対する人間が二人になれば、それに対処するために強くなる。分かり易すぎる理屈だ。そんな不器用で愚直な思いが腹立たしい。
 空間の裂け目から襲う威圧感が、僕の頭上を掠めた。
「逃げて!」
 次にはそんなことを言う。絶望的な戦いを一人で戦い抜かなければならないと思っているんだね。優しいな。だが、その優しさが問題なんだ。自らを否定して信じ続けた先に何がある。

 ”ガキッ”

 衝撃と異質な音。もう聞き慣れた音が廊下に響く。
「川澄さん……」
「……二体を手負いにできた」
「そうか」
「もう、虫の息」
 確信はない。だが、僕の考えが当たっているとしたら……。
「もう、戦うのは辞めたらどうだ」
「…………」
「剣を捨てれば、もっと楽になるかもしれない」
「私は、魔物を狩る者だから……」
「あなたは気付いているはずだ」
「…………」
「そんな玩具で、何を切るというんだ。どうして切れると思うんだ」
 もしも、全てを消滅させてしまったなら……。
「私は信じてる」
「受け入れるんだ、全てを」
「そんなの……」
「川澄さんっ」
 彼女は、どこにも存在できなくなってしまう。

「……私にはできない」

 川澄さんは僕の前から後ずさり、廊下の奥へ駆け込んでいった。まったく頑固な人だ。それなら仕方がない。僕は僕の戦いをさせてもらう。




40.

 ようやく二階へ辿り着くと、”シュッ”っと空気が鳴った。長い廊下を、異質な音が駆け回るように反響している。僕の意図に気付いたのかな。それを受け入れることが怖いのかな。だけど、これが僕の戦い方だ。

 不気味な廊下をあらん限りの力で駆け抜ける。後ろから、ぱちぱちと爆ぜるような音が聞こえた。大きくジャンプして廊下の角へ飛び込むと、場違いな石けんの無垢な香りがした。通路を折れた先で、川澄さんが今、着地を遂げた格好で床に膝を折ってしゃがんでいる。
「……仕留めた」
 無表情にそう言う、彼女の強情なほどの意志の強さはどこから来るのだろう。
「これを使って」
「いや、僕は要らないと言ったはずだ」
「…………」
「残りは何体だ」
 その時、川澄さんの異変に気が付いた。剣を支えに辛うじて立っているように見える。
「どうした」
 体を支えてあげようと、手を差しのべる。川澄さんは僕の手をじっと見つめて考えていたが、静かに首を横に振った。
「上っ!」
 天井からの細かなガラスの粉が頭に降りかかる。僕にも、川澄さんにも。パリン パリンと、連続して蛍光灯が割れていく。目の前の蛍光灯が割れた次の瞬間”ガシャン”と音がして、投げ出された自分の体が窓ガラスをぶち破った。

 幸い、落ちたところは中庭の池だった。薄氷を破って、意外と深い水の中に体が沈む。しかし二階から落とされたら普通は大けがするだろう。そんなことも計算しているのか。ご苦労なことだ。冬の冷たい水に突き落とせば、僕が諦めるとでも思うのか。見損なわれたものだ。僕は言ったじゃないか。あなたに、最後まで付き合わせてもらうと。
「久瀬っ、お前どこから出てきた!」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
 声のする方を見ると、斉藤と、斉藤の後ろに隠れた天野君が懐中電灯で僕の顔を照らしていた。
「眩しいから、それを消して欲しいな天野君」
「は、はい」
「久瀬、何やってるんだよ」
「お前こそどうした、斉藤」
「どうしたじゃないよ。家に行っても居ないし、さんざん探したんだ」
「よくここだと解ったな」
「舞踏会の騒ぎも、倉田さんが怪我をしたのも、不思議なことは夜の学校で起きていますから」
 さすがに天野君は理論的だ。
「久瀬、大丈夫か?」
「大丈夫なわけないだろう、二階から落ちたんだ」
 斉藤に肩を貸してもらって起きあがる。
「ここで何が起きてるんだよ、久瀬」
「何も起こってない」
「は?」
「現実には何も起こっていないんだよ、あるのは過去の記憶だけだ」

 斉藤と天野君には校舎の外で待っているように頼み、一階の窓ガラスを割ってそこから再び校舎の中に入る。ガラスなど買い換えれば良いだけのことだ。入り組んだ旧校舎の廊下を巡り、階段を這い上がる。踊り場に人影が見えた。
「川澄さんか?」
 薄暗い隅に身を潜める彼女は、膝を突いたまま動かない。
「痛むのか、見せてみろ」
「追う……」
「残りは何体だ?」
「……一体」
「奴は逃げない、そうだろう?」
「…………」
 外傷はないが大きく腫れた痣が痛々しい。
「痛むだろう」
「それほどじゃない」
 そうか、まだ充分ではないのか。
「骨が腐ってる……もう私は歩けなくなる……」
 そう考えているんだね。
「右腕は中から黒くなってきた……」
「もう、戦うのは辞めたらどうだ」
「……嫌っ!」
 無理に立ち上がった彼女は、耳を塞いで大きく頭を振った。そして僕を振り払って去っていく。

 ――僕も行こう。




41.

 ようやく三階へ到着して、目当ての音楽室に入る。スツールを引き寄せてポケットを探るが、持ってきた譜面は何処かへ落としてしまったらしい。しかし、それほど難しい曲でもない。母がよく弾いていた曲。僕の思い出の曲だ。

 ピアノに手をかけたところで、いきなり弾き飛ばされた。

 ……最後の一体か。

 最後の魔物、僕はそれを護る。

 最初のキーを確認すると、不気味にうごめく闇が渦を巻いた。そして棚の上の石膏象を次々に床へ叩き付ける。現代までの有名な音楽家たちが、跡形もなくただの破片と化した。川澄さん、バッハに罪は無いはずだぞ。
 腫れた瞼が重くのしかかり、汗と血が混ざって視界が霞む。本気で僕を取り除くつもりか。体を支える手は擦り傷だらけ。音楽家の手じゃないな、そうは思わないか? 幸いまだ腕の感覚はある。足は引きずるしか用をなさないが。
 手近にあった椅子を引き寄せて、もう一度体を起こそうとする。

 あまりのことに、一瞬、何が起こったのか解らなかった。人間の体がこんなに簡単に宙を飛ぶとは。弾き飛ばされた僕の体は、僅かな固まりになったモーッアルトとパッヘルベルの間に落下した。酷いめまいがして天地の感覚が失われる。床に打ちつけられた僕の視界に、教室の窓から見える星空の輝きが微かに感じられた。
「僕はね……あなたのことを信じようと思うんだよ、川澄さん」
 教室の中に、ざわざわと風が湧き起こった。
「あなたはそんなことができる人じゃないって、信じているんだよ」
 一瞬、不思議な気配が小さくなる。

「僕は……」

 しかし、すぐに一層大きくなった重圧がのしかかってくる。月明かりが差し込む窓際、教室の蛍光管が割れた。そして僕の方へ迫ってくる。ガラスの破片で手の擦り傷を増やしながら、廊下側へと逃げる。迫り来る気配。一層強い圧力が襲ってきた。怖いほどのエネルギーを秘めた高圧の闇に向かい、僕は正面から言った。

「気付いてくれ、早く!」

 月を背景に人影が見えた。信じられない。ゆっくりと、ゆっくりと、とても時間がゆっくり流れる気がした。月光に照らされた青いリボン。教室の窓の外、大きくなってくる人影。あれは――

 ”ガシャン!”

 瞬間、鼓膜が破れて何も聞こえなくなったような気がした。ガラスをうち破って教室へ飛び込んできた川澄さんが、勢いをそのままに剣を振るった。割れたガラスの破片がキラキラと輝く。僕にはそれが、大爆発を起こした宇宙の星空のような気がした。
「川澄さん……」
「仕留めた」
 いや、そんなはずはない。
「今までありがとう……」
「もう、魔物は残っていないのか」
「…………」
「あなたの戦いは、終わったんだな」
「だから、もういいの……」
「そうはいかない」
「…………」
「川澄さん、僕をピアノの前に座らせてくれないかな。自分一人では動けそうにない」
「…………」
「隣に座りな、川澄さん」
 これからが僕の戦いだ。気力を振り絞って鍵盤へ指を這わせていく。旋律をなぞっていく。彼女への想いを込めて。どんなときでも、僕はあなたの後を護ってみせる。だから堂々と、本当の姿を僕に見せてくれていいんだ。僕を信じて欲しい……。

 不意に体が浮き上がるような感覚を覚え、視界が赤く霞む。その赤く歪んだ空間には、一人の少女が立っていた。ようやく会えたね。もう良いじゃないか、もう止めようよ。
「あなたじゃない……」
 それは、震えた川澄さんの声だった。
「だけど、あなたで良かった……」

 ”……ありがとう”

 カチャっと、何かを握る音がした。隣に座っているはずの川澄さんが急に立ち上がる。やはり受け入れることができないのか。結局、僕は何もできなかったのだな……。悔しいよ、自分が情けない。
 その時、狭まる視界に飛び込んできた影があった。
「舞、何をするんですか!」
 この声は……倉田さんなのか? 僕の目では、その姿が解らなくなりそうになってきている。
「佐祐理、退いて」
「こんな小さな子に怪我をさせたら、許しませんよ」
「佐祐理は何もわかってない……」
「わかんないのは舞の方です。そんなことする舞なんて、佐祐理は……」
「お願い佐祐理、そこをよけて……」
「佐祐理は、佐祐理はそんな舞なんて大っ嫌いです!」
「グスッ……佐祐理も、私のことを嫌いになるの。またみんな、私の前からいなくなってしまうのっ」
「舞……」
「……私は、みんなと一緒にいたいだけなのに」
「ねえ舞、だれも舞のことを責めている訳じゃないんですよ。ですけど、そんなことをしていては駄目なんです。佐祐理は、舞にそんな人になって欲しくないんです。内緒にしていましたけど、舞が夜の学校で何をしていたか佐祐理は全部知っていました……。いつか、気付かなければならないんです。佐祐理は、勇気を出して受け入れたいと思うんですよ。大丈夫、舞にもできます。舞は、とっても優しい人なんですから。佐祐理の大切なお友達なんですから!」
「川澄さん、今は倉田さんも僕も、あなたの直ぐ側にいるじゃないか」
「舞、わかってください。佐祐理は、大切な人がひとりぼっちで悲しんでいる姿なんて見たくないんです。もう、後悔したくないんです。もう、そんなのは嫌なんですっ!」

 倉田さんが、兄弟を諭すように言い切った。その声は、ほのぼのとしたいつもの口調からは想像できない。彼女もまた、川澄さんと同じ雰囲気を……同じように背負った悲しみを持っていたんだ。

 ”コトン”

 何かが床に落ちる音がした。それはとても軽く、小さな音だった。

 恐ろしいほどの気配が、消えた……。




42.

「久瀬っ、いったい何が……って、これはどういう事だ?」
「……信じられません」
 斉藤と天野君の声だ。
「待っていろと言ったじゃないか、斉藤」
「なんだか大きな音がして、お前が心配だったから……」
「そいつは嬉しいね」
「久瀬、これは……この景色は何なんだよ」
「記憶。いつか、どこかにあった記憶。ようやく受け入れられた思い出だ」

 なだらかな丘陵、周りは一面の麦畑。僕は大きな野外ホールのステージでピアノを弾いている。観客席には母の顔が見える、隣で肩を抱いて微笑む父がいる。ファミリーレストランのウエイターが座っている。石橋がいる、生徒会のメンバーがいる、クラスメートがいる。
 怪しい店の爺さんがいる、オオアリクイの原寸大ぬいぐるみがいる。僕が借りた自転車の持ち主がいる。その友人たちや駅前に座り込んでいた転校生の姿がある。手に手に楽器を携えた吹奏楽部の楽団が姿を現す。病院で会った医者や看護婦が耳を傾けている。名前を覚えていないような人たちも、すっかり忘れてしまっていた人たちも。
 
 たくさんの人たちの顔が、広い観客席を埋め尽くす人たちがいる。

「あれは、佐祐理と一弥……」
 姉に連れられ、にこっりと微笑む少年がいる。
「一弥、あなたなんですか」
 倉田さん、僕は父から聞いていたよ。
 あなたが弟をどんなに可愛がっていたかをね。

「あ、あの子は……」
 そう、天野君が忘れられない記憶もそこに在る。

「あれは、ものみの丘で泣いていた天野さんじゃないか」
 斉藤、やはりお前も気付いていたんだな。天野君の過去を。

 川澄さんとよく似た女性が、遠くから小さく手を振っている。
「……お母さん」
 僕の背中を、後ろからしがみつくように抱き締める腕があった。
 青い、川澄さんの制服のリボンが揺れていた。

 ”コツン”

 僕の腕に何かが当たった。
 振り向くと、玩具の刀を構える少女が僕の顔を覗き込んでいる。

『お兄ちゃん、誰?』
『ん?』
『まものなの?』
『そう見えるかい』
『……ううん』
『じゃあ、違うんだよ』
『一緒に遊ぼう』
『それはちょっと無理だろうね』
『どうして』
『僕はまだそこに居ないからだよ』
『?』
『でもね、きっといつか会えると思うよ』
『そうなの?』
『そう、それまではさようなら』
『……本当にまた会える?』
『いつか、どこかで……。いや、僕たちはいつでも同じ現在に居ることができるはずなんだよ』
『?』
『あなたが見上げる夜空に、星の輝きが見えるならね……』
『約束?』
『違うよ、それが僕たちの住む世界の仕組みなんだ』

 少女が小さく頷いた。光に満たされ、辺りが白く輝きはじめる。そして余韻と光の減衰とともに、手を振る少女の姿が星空に霞んで消えた。

 僕たちが目にしている星々は、多くが”現在”そこにはない。またはその形を変えている。理由は、光といえども限られた速さしか持ってはいないからだ。遠く銀河の星々の輝きは、何千何万年もかかってようやく辿り着いた姿。僕たちが見ている夜空は、数千、数億年前の記憶なのかもしれない。それでも”現在”を生きる僕たちは、その姿をはっきりと認めることができる。辿り着いた一団の光子を見ることができる。逆に言えば、僕たちが子供の頃目にした光景、たくさんの思い出や忘れたくない過去の記憶、大切な人の姿、昔の自分自身さえ、この宇宙のどこかでは”現在”としてようやく到達していることだろう。
 僕たちは星空を眺め、在りし日の姿を探そうと深淵を見つめる。時を超えた思い出をそこに探そうとする。そして悲しい時には涙をこぼさないように輝く星々を見上げることだろう。古来から多くの詩人や小説家が宇宙の魅力を語った。それは正しかったのだ。科学よりも先に真理を感じていた彼らが、僕たちが、頭上に見上げる宇宙には――過去の記憶と、現在の姿を未来へ語り継ぐ力があるのだから。

 もし夜空に輝く星が見えるなら。

 それは、僕たちの思い出が今でも存在し続けている証明。いつか何処かに。その姿は本当に存在している。






 日が暮れて、灯りが点りだした街を見下ろす丘。寝ころんで空を見ていると、草を掻き分ける音が聞こえてくる。

「……何をしてるの?」
「読みかけの本をね、だけどもう読み終わった」
「……そう」
 草むらに寝ころんでいる僕を見下ろす。薄暮の空を背景に、金星が瞬いて見える。
「退学になっても、仕方のないことだろう?」
「……わかってる」
「あれだけのことをしたんだからね。学校だけが全てじゃないよ」
「…………」
「どうした?」
「寂しくなる……」
「元気を出しなよ、いつでも会える」
「でも……」
 大きな瞳に涙を浮かべ、くじゅぐじゅとすすり上げる。あまりからかうのは可哀想だ。
「だけど川澄さん、あなたは退学にはならないよ」
「……えっ?」
「石橋に感謝しないとね。停学3週間。妥当な所じゃないかな? だからじきに学校へ戻れる」
「…………」

 ”ポカッ!”

「いきなり何だよ、川澄さん」
「最初からそう言ってくれても良いのに……」
「ちょっと悪戯心が出てしまってね。それに僕だって今回の事ではかなり苦心したんだから、それくらいは良いだろう?」

 ”ポカッ!”

「ははは、痛いって。止めなよ川澄さん」

 ”ポカポカポカ!”

 ”ポカポカポカポカ”

 ”ポカ ポカポカ”

 ”……ポカッ”

「……また一緒に、佐祐理のお弁当が食べられる?」
「それは今日からでもできるよ」

 大きな風呂敷包みを持った倉田さんと、荷物を担ぐ斉藤。そしてビニール袋を下げた天野君が夜の丘を上がってくるのが見えた。
「星空を見ながら、みんなで弁当も良いんじゃないかと思ってね。川澄さんは星が好きだと言っていたね」
「うん……」
「僕もね、子供のころは夏になると真っ暗な夜空をよく眺めていたよ」
「……綺麗」
「そう、綺麗だよね。明るいものは少なかったから、たくさんの星が見えた。いつもそこにあって変わらずに瞬いている星。永遠を感じさせる物が僕は好きだった」
「私も好き……」
「星のようになれたらと、ずっと思っていたよ」
「うん……」
「悲しいことや嫌な事なんて何も考えずに、汚いことや恨み辛みもなく、毅然として輝いていたいと思った。他人の助けなんて借りなくても、一人で立派にやっていけると信じていた」
「私もなれる?」
「だけどね……」
「…………」
「だけど、違ったんだよ。宇宙というのはお互いに斥け合う力によってどんどん大きくなったと思われていたんだけど、それは間違いだった。僕たちが見ている夜空の星たちは、みんなバラバラに存在しているんじゃなかった。何て言うのかな、真っ暗な闇に一人一人が孤立していたり、相手を遠ざけて独りぼっちで居たかった訳ではなかったんだよ。宇宙では星たちだって身を寄せ合って暮らしていたんだ。銀河や銀河の集まりの超銀河、さらにまたその集まりはね、手を繋ぎ合っていたんだよ」
「……星も?」
「そう、何もない闇の空間から友達や大切な人を護るように、ね……」
 僕の背中を、優しい腕が抱き締めた。
「星だって、僕たちと何も変わらない。同じだったんだ」

 それが、僕がこの冬到達した大統一理論。僕と川澄さんの時空がひとつに重なり、同じ”現在”で存在を確かめ合えた瞬間だった。







              星、星が降っていた。

    鮮やかに甦る満天の星空から、全ての人たちの頭上へ星が降っていた。


                時を超えて。

                空間を超えて。

       様々な干渉や歪みを超えて、ようやく辿り着いた姿。

            出会うことができた、その姿。

          優しい微笑みの星が、僕を照らしていた。







                             END



 『星々の旋律』2006.2.26改訂版
 作詞:Mumuriku
 監修:エルラ☆ザ・ハイパーインフレーション
 スペシャルサンクス:むむりくやご常連の皆様

 最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。
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  The small universe which she closed.
  The melody which he plays.
  The recollections
  Which are always if it looks up.
  It can really exist.
  If a star blinks in the night sky.
 
 Where are the figure which you hope for, it?




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