「居るわけないって」
「いるよ!」
「居ない」
「いるもん!」
「絶対にそんな奴は居ないぞ」
「祐一君、絶対ぜーったい、いるんだよっ!」
「あゆは子供だな」
「うぐぅ……」

「じゃあ教えてやろう」

「えっ?」
「あゆのいうとおり、昔はそういう爺さんが本当に居た」
「今はいないの? どうして?」
「それには……とても悲しい物語があるんだ」

 商店街のはずれにある喫茶店『百花屋』。心地よいBGMが流れ暖房が効いた店内で、コーヒーを啜りながら祐一が話し始めた。






「さんたくろーず」
  作:Mumuriku






「数十年前まではあの爺さんも元気にやってたんだけど、今では落ちぶれて酷い有様なんだ。北極の住処も借金のカタに取られそうなくらいで、毎日、酒ばかり飲んでる。どうしてかって? ほら、あれだよ、みんなプレゼントを店で買う様になったじゃないか。
 サンタクロースっていうのは良い子にしか物をくれない。じゃあもらえなかった子はどうなる? それにキリスト教以外の子供はどうだ? 昔は簡単だったんだけど、良い子か悪い子かを決めるのがとても面倒で、基準があいまいになってきている。複雑な世の中じゃ、良い事をしようと思ったのに結果的にそれが悪い事になってしまうこともある。それに今は良いと考えられてる事でも社会が変わってしまったら? 大昔からの古い道徳をを守ればいいのか? 善悪のどこらへんでもらえる子ともらえない子の線を引けばいい? 絶対評価? 相対評価? サンタクロースはクレイ社のスーパーコンピュータを10台も導入したんだが、それでも処理が追い付かない状況なんだ。
 たとえ自分があまり良い子じゃないと解っていたとしても、朝起きて何もなかった子はきっとがっかりする。もっと良い子になろうと思う子も居るだろうけど、自分は悪い子なんだって意固地に育ってしまう子が出てくるかもしれない。プログラムやデータ入力のミスで、その子の人生を狂わせかねない危険性があったんだ。間違う確率が0.00000...って、ゼロがたくさん並ぶような低い可能性でも、数億人の子供たち一人として判定をミスしてはいけない。まだそんな手法は完成していないんだ。
 そんな訳で、家族や友達同士でプレゼントを贈り合う様になった。まあ、資本主義社会の象徴とか、物質主義のお祭り騒ぎで売上増を狙った商業者の策略だったのかも知れないけど。
 でも、問題の本質はもっと深いんだ。いまどき手作りの人形や積み木をもらって喜ぶ子供が何人居る? サンタクロースが贈るプレゼントは1年がかりで小さなエルフたちが作るんだけど、あそこの工場はいまだに手作業だ。で、だんだん消費者ニーズに適応できなくなって人気が落ちてきていた。競合他社は派手に宣伝して金を儲けてるのに、爺さんの所じゃ不景気から資金繰りが悪化して金融機関は担保が無ければ金を貸さないって言ってくるし、エルフたちには労働運動のアジテーターが紛れ込んで待遇改善と賃上げを求めるストを打ち出した。一時、北極の工場は数ヶ月もロックアウトされたそうだ。他の会社は金を払えば品物を渡したんだけど、爺さんは良い子にしか渡したくなかったんだ。そのための設備に金をかけすぎた事が原因の一つだろう。
 爺さんはそんな状況に陥ってだんだん笑わなくなっていった。いつも苛だって顔を引きつらせながらぶるぶる震えていたそうだ。確かにあれは精神的なものからくる顔面神経痛だと医者は言った。
 仕方なく爺さんはEC諸国へ出稼ぎに行き始めたんだ。今までは1年に1日、クリスマスだけ働いていたがそうも言ってられなくなって。夏の間は工事現場で働いて、秋頃に僅かな現金を元に材料を仕入れて北極へ戻った。そして12月24日迄に間に合うように自分もエルフたちと一緒に徹夜で玩具を作る。そんな生活が何年か続いた。心労から爺さんの体重は55キロまで落ちて、恰幅の良いふとっちょの陽気な爺さんから、気難しく疲れ切り、萎びたジジイに成り下がってしまったんだ。
 そんなある日、いきなり爺さんは怒りだした。噂によると奥さんとの仲も悪くなっていて「濡れ落ち葉」とか「甲斐性無しの宿六」とか「過去の栄光にすがる惨めな人」と言われ続けた挙げ句のことだと言われてるが、本当の所は子供へプレゼントを贈りに行ったら脱ぎたての臭い靴下が吊してあって、中のメモに”プール付きの別荘とレジャーボート”って書いてあったのが腹に据えかねたらしい。サンタクロースだって、いつも冗談を受け入れる余裕がある訳じゃない。北極にある爺さんの自宅は、今にも倒れそうなあばらやだったし。
 円高が続いてたんで爺さんが日本へ出稼ぎに来ていたとき、たまたま近くのホテルで記者会見が行われてた。企業内の研究者が発明した権利が認められ、先駆者を讃える判決が出たところだったんだ。それを見て爺さんは思った。よくよく考えれば自分の真似をして金儲けをする奴らは許せないって、本家本元は自分だって。そう主張して、あまり評判の良くない弁護士を雇って訴訟を起こした。でっかいコカコーラのトラックに絵が描いてあるだろ? あれも肖像権の侵害だって。
 訴えを持ち込まれたノルウェーの裁判所は持てあまして、オランダにある国際司法裁判所に審理が移された。そこまでに3年、更に判決が出るまで6年もかかった。その間、弁護士費用をまかなうために、あの爺さんは上等のトナカイをほとんど売り払ってしまった。他に財産なんて無かったから。
 結果? サンタクロースの勝訴だった。だから今は企業とかデパートはサンタクロースにパテント料を払ってクリスマスをやってるんだ。サンタクロースもようやく納得したかに見えたんだが、今度は輿論を敵にまわす事になってしまった。理由は爺さんの責任とは言えないかも知れない。判決は莫大な賠償額を爺さんが受け取るって物だったから、弁護士報酬も前代未聞の額になったんだ。で、そのサンタクロース専属弁護士が欲を出して爺さんをそそのかし、家庭でやるクリスマスパーティやプレゼントを送る行為にも権利を主張した。飾り付けにサンタクロース本人や赤鼻のルドルフを模した物を使うときはCマークを入れるべきだって、またまた裁判所に訴え出た。
 これが決定的だったんだ。サンタクロースは欲の亡者だってイメージが出来上がってしまった。旧ソビエトでも非公式に認められていた”霜じいさん”は、堕落した資本家だと決めつけられたんだ。それまで好意的だった人もほとんど反サンタに変わったし、そういった人たちの中からサンタクロースを糾弾する会が作られて、あっという間に世界規模の団体が誕生した。その会は法人化されて、数億人の人たちを代表して不法侵入とプライバシーの侵害を名目にサンタクロースを逆提訴した。
 結果? サンタクロースは負けた。だからあの爺さんは、今はひっそり数匹のトナカイと虚しく生きてるって訳なんだ。前に企業からもらった金の何倍もの賠償金を抱えて。パテント料は全て裁判所に差し押さえられてる。そういえば、滞った支払の督促に向かった裁判所職員を振り払って逃亡したって話も耳にしたし、またある人はその途中のロシア国境で警備隊に捕まって拘置所にいるとか――いや、残った財産を橇に乗せて仏領ポリネシアの小さな島に隠れていると噂されてる。一昨年頃には、スイスの銀行がサンタクロースの資産を凍結して、ケイマン諸島にあるダミー会社にも査察が入ったらしい」

「うぐぅ……」

「祐一、あゆちゃんに変な嘘をついちゃ駄目だよ〜」
 3杯目のイチゴサンデーを頼むかどうか迷っていた名雪が、真面目な顔で抗議する。
「どうして嘘だと思うんだ? 名雪」
「だって、そんなの……」
「これが真実だ」
「祐一さんは夢がありませんっ」
 名雪の説得で珍しく註文したストロベリーアイスを舐めながら、やっぱり何か違うというようにスプーンをくわえていた栞が言った。
「栞は信じてるのか?」
「当たり前です。クリスマスは汚れない真っ白のバニラアイスみたいな、奇跡のお話しなんですうー」
「ん、まあそう言う雰囲気はオレも嫌いじゃないなぁ」
「お前も信じてるのかよ、北川」
「はははっ、まさか!」
 オーバーな程の身振りで北川が応える。
「そうだよな」
「オレはさ、わくわくする祭りみたいな感じが好きなだけだって」
「あたしは居ても良いと思うけどね……」
「美坂って、意外とロマンチスト?」
「意外は余計よ、北川君」
「サンタクロースを信じてるなんて、小さな子供だけだ」
「むうー、私はお子さまじゃありません!」
「ボクだって……そうは見えないかもしれないけど、祐一君と同じ年なんだよっ!」

 12月24日、クリスマスイブの昼下がり。祐一たちは今晩催すクリスマスパーティーの打ち合わせをするため、喫茶店に集まっていた。大勢の方が楽しいからといって佐祐理さんが自宅へ招いてくれたのだが、ただ押し掛けるのも芸がない。そこで何か一工夫、余興でも考えないか?と言い出した北川の提案で出席予定の面々を集めたのだが、話が妙に脱線してしまっている。
 と、そこへ来店を知らせるドアのカウベルが鳴った。

「こらこら、君たちは店の中で何を騒いでいるのだ。他の客のことも考えたまえ」
「久瀬、斉藤、遅かったじゃないかよ」
「生徒会の仕事が残っててね、ごめんよ北川」
「まあいいさ、二人ともこっちに来て座れって」
「天野は一緒じゃないのか?」
「彼女は少々真面目すぎるからな、もう少し残って仕事を片づけるそうだ。パーティーの時間までには倉田さんの家へ直接行くと言っていた。大丈夫だ相沢、僕からきちんと住所を教えておいた」
 そう言って腰を下ろす久瀬に、祐一が訊いた。
「なあ久瀬、お前はどう思う?」
「水瀬さんならば、イチゴサンデー5杯は軽いだろうな」
「はあ?」
「相沢、君の隣で物憂げに悩んでいるようだが?」
「そんなことじゃないっ」
 註文を取りに来たマスターに、久瀬が言った。
「僕はチョコレートパフェだ。斉藤はどうするかね?」
「あ、ブレンドでいいよ」
「男にくせにパフェ?」
「北川、好きな物を頼んで何が悪いのかね」
「うん、そうだよね。わたしもイチゴサンデーお代わりなんだよ〜」
「自分で払えよ、名雪」
「祐一、酷いよ〜」
「酷くないっ!」

「それで、さっきは何のことかね? 相沢」
「サンタクロースの存在についてだ」
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
 顔をしかめて鼻を鳴らす久瀬が答えた。
「珍しくお前と意見が合ったな」
「サンタクロース?」
「斉藤、栞ちゃんたちが絶対に居るって言い張ってんだ」
「良いじゃないか北川。そう思うんなら、きっと居るんだよ」
「なんだとぅ!斉藤っ!」
「え? そんなに怒られること言ったかい?」

 仲間を見つけた栞とあゆが、喜々とした笑顔で言った。
「斉藤さんはいい人ですうー、私たちの味方です」
「こんどボクがタイヤキ奢ってあげるよっ」

「汚いぞ、斉藤」
「ああ、そんな卑怯な手を使っていい人ぶりやがって」
「だって、僕はそう思うから……」
「斉藤、君は本当にそんなことを信じているのかね?」
「いや、その……」
「お前って確か理系で工科大に進学希望だったよな、斉藤」
「そうだけど、それがどうしたんだい北川?」

「ネットでこんな話を読んだことがあるんだ。全世界には20億人の子供が存在するらしいんだが、サンタはイスラム教徒、ヒンズー教徒、ユダヤ教徒、それに仏教徒は扱わないから、3億7,800万人が残る。各家庭に平均して3.5人の子供がいるとして、戸数は9,180万世帯だ。少なくとも各家に1人の良い子がいるとしてだな、サンタは1秒間に823件を回んなきゃならない。ってことはさ、サンタは1,000分の1秒で止まって、橇から飛び降りて、煙突をに飛び込み、靴下をいっぱいにして、残りのプレゼントをツリーの下に並べて、用意されたものを食べて、またまた煙突を抜けて橇に乗って次の家庭に移動しなきゃならないんだぞ。
 これだけでも非常識だってのに、仮に9,180万世帯が地球上に平均して分散しているとすれば各家の距離は0.87マイルで総距離は7,550万マイルになる。するとサンタの橇は秒速650マイルで飛んで行かないと間に合わないって事になるそうだ」

 続けて北川が訊いた。
「斉藤、こんな物がこの世に実在できるか?」
「ちょっと待って、北川。計算するから」
「うぐ? 計算って?」
「相沢、一人あたりプレゼントの重さはどれくらいかな」
「さあ? 平均1キロくらいじゃないのか」

「うーん、そうすると……35万3千トンの物体が秒速650マイルで移動。とてつもない空気抵抗が生ずるよ。それで先頭の二頭はそれぞれ1秒あたり14.8×10**18ジュールの熱を吸収して、ほぼ瞬時に燃え上がるね。同時に耳もつんざくほどのソニック・ブームを後ろに向けて発することになって、トナカイのチーム全体は……4,260分の1秒で消滅する。サンタは1万7千Gにさらされて橇の背に431万5千ポンドの力で押しつけられる……」

「えう? 斉藤さん?」
「サンタは存在できない。確実だね」
「だろ?」
「斉藤さん、酷いです、裏切りですっ!」
「ごめんね栞ちゃん、でも……物理法則は曲げられないよ」
「これで斉藤もこっちの仲間だから、栞とあゆだけだな」
「そんなこと言う人大っ嫌いですぅー」
「うぐぅ、みんな酷いよ……」
「こんな人たちと話なんか出来ませんっ、あゆさん行きましょう!」
 プンプンと音が聞こえそうな表情で立ち上がった栞は、引っ立てるようにあゆを連れて店を出ていく。

「はえ?」
「……?」

 入れ替わりに店へやってきた佐祐理さんと舞が、不思議そうに二人を見送った。

「大丈夫なのかね? 相沢」
「ああ、ちょっと怒らせたみたいだけど、今晩のパーティには二人とも来るだろう」




 *****




 買い物帰りに寄ったらしい佐祐理さんから頼まれて、名雪と香里はケーキ作りの手伝いに行くことになった。役に立つかは解らないが、家にいる真琴も連れて。佐祐理さんは舞のために和風ケーキを焼くという。それはちょっと説明を聞いただけでも恐ろしい代物だった。抹茶のスポンジケーキに粒あんをサンドして、チョコレートと生クリームでコーティングするらしい。そしてケーキを飾るために商店街で買ってきた沢山のフルーツを見せてくれた。佐祐理さんの料理はかなり上手いと思うがケーキは未体験だ。蜜柑や苺は良いとして、干し芋や甘柿、焼き栗なんかがケーキに合うんだろうか。
 久瀬と斉藤は、もう余興のネタを考えていた。学園祭でやった”生徒会不思議発見!”というクイズイベントの道具を倉庫から引っ張り出してきたそうだ。内容はテレビ番組の真似そのまま。違うところと言えば、ボディビルダーの司会者役を海パン姿の久瀬が担当することと、”久瀬ちゃん人形”があまり可愛くない事くらい。ソフトビニール製の”スーパー久瀬ちゃん人形”はテカテカにオイルを塗られている。秋に開催された学園祭は異様に盛り上がり、「会長、切れてますっ!」とか「でかい、でかいよあんたぁ!」なんていうマッチョな男達の図太い歓声が会場に響いて、久瀬は大いに気をよくしていたものだ。

 佐祐理さんのことだから、別に手ぶらで行っても気を悪くするようなことは無いと思いながらも、まだ何をするか決めていない祐一と北川は、喫茶店を出て商店街をぶらぶら歩きだした。

「相沢、オレたちはどうする?」
「そうだなぁ」
「何か派手にパーッと出来る物がいいなぁ」
「北川、予算はあるのか?」
「あ、忘れてた。ちょっと金を下ろしてくるから待っててくれ、相沢」

 銀行を見つけた北川が、ATMコーナーへ入っていった。入り口には”歳末特別警戒中”の張り紙。年の瀬になると物騒な事件が多くなる。主に金目当てのせっぱ詰まった犯行がニュースで報道されているし、銀行なんかの金融機関は結構警戒しているようだ。
 数分で戻ってきたと北川一緒に、再び街を歩きながらネタを考えていると直ぐ後ろから声をかけられた。

「振り向かず、そのまま歩くんじゃ」
「えっ?」
「振り向くなと言ったはずじゃがのう。変な素振りを見せたら背中に押し当てているショットガンで風穴あける。大人しく言うとおりにせんか」
「ご、強盗かよっ!」
「大声を立てるでない、静かにしてれば命まで取りはせん」
「……俺は大金なんか持ってない」
「オ、オレだって下ろしたのは3千円だけだぞ」
「つべこべ言わずに、さっさと歩くんじゃ。目立たないよう、普通にな」

 人気のないビルの裏側に連れ込まれると、口元に布をあてられた。なんとなく生物教室の匂いみたいだと思っているうちに、意識が薄れていく。「残る二人も連れて来るから、そこで待っとれ」。かすれがちにそんな声を聞きながら。




 *****




 寒さで目が醒めた。そこはとても寒いところ。ゴウゴウと風が唸る音が聞こえる。辺りを見渡すと、まだのびている北川が居る。部屋の奥には久瀬と斉藤? 酷くみすぼらしい建物の中に転がされ、隙間から吹き込んでくる雪にくしゃみが出る。頭が重い。それに滅茶苦茶寒い。

「ようやく起きたのか」

 暖炉に向かっていた爺さんが振り向いた。

「ここはどこなんだ?」
「北極じゃ」
「はい?」
「火を熾してやるから、まだ寝てる3人もさっさと起こさんか」
「おいっ、北川!」
「栞ちゃん、もう食べられないって。そんなにアイスを食ったら体が冷えちまう……ああ、解った美坂。喰えばいいんだろ〜」
「寝ぼけるな!」
「うん? 食べさせてくれるのか?」
「妄想から戻ってこいっ!」
「あ、あれ?」
「北川、久瀬と斉藤を起こしてやれ」

「うーん……」
「寒い、此処は一体どこなのだ!」
 同じように無理矢理連れて来られたのだろう、さっき会ったときと同じ服装のまま床に転がされている二人は、北川にぺちぺちと顔を叩かれて意識を取り戻した。

「全員起きたところでお前たちに説明しよう。儂を馬鹿にした罰を受けてもらう」
「あんたは誰なんだ?」
「儂はサンタクロースじゃ」
「そんな物が存在する訳がないっ!」
「それではお前たちの目の前にいる儂は何なのじゃ? たまたま北極へ戻る途中でお前たちの話を聴いた。儂を信じている数少ない者たちへ、よくもあんなデタラメを言えた物だ!」
「ごめんなさい……」
 一度は信じていると言った斉藤が、慌てて詫びた。
「謝って済む問題ではない。懺悔の意味を込めて、儂の仕事を手伝ってもらう」
「仕事って?」
「若くて元気な者を探していた。ボスに相談したんじゃが、お前たちへの罰として連れてきても良いと言われたからのう」
「ボスとは誰のことかね?」
「儂の上司は神しかおらん」
「オレは仏教徒だぞ」
「構わない。従業員の信仰の自由は保障する」
「そういう意味じゃねぇ!」
 北川が寒さに震えながら爺さんに反抗してみせる。
「神から仏陀へ連絡してもらって、もう承認は得ているはずじゃ」
「そんな話は信じられん、もしあるならば証拠を見せてみたまえ」
 久瀬は自信を持って言い張ったが……
「ん、ほれ。返事が来たようじゃ」
 爺さんが、薄型のノートパソコンを開いて見せた。

 ”いいんじゃないか?任せる。そうそう、来週の日曜日また一緒にゴル
  フはどうだ。蓮の池越えホールが完成したから遊びに来い。”
 ”仏陀 yuigadokuson@budda-s.gr.id”

「なんでEメールなんだよ!」
「この方が楽だからな。イエスや仏陀、アッラーはメーリングリストの仲間じゃ。儂も偶にそんなメンバーたちとチャットで時事問題を論ずることがある」
「回線は?」
「無論、光回線。他に質問あるかのう?」
「なんで俺たちがそんな事しなけりゃならないんだよ」
「儂一人では重労働でな、橇の予備を出すからお前たちも手伝え。ここのところ客は減る一方で、満足に給料を払えんもんじゃから従業員は一人も残っておらん。玩具工場で使う材料を買うのが精一杯なんじゃ。あの忌々しい弁護士や裁判所の奴らが金を取り立てに来るし、連邦航空局は橇を走らす航空航路の使用枠を制限しよった。
 誰も儂のことなど覚えておらん、儂はサンタクロースなのに。ボスから工場を運営するのに充分な資本をもらっていたんじゃが、土地も不動産も競売にかけられた。日本国債を大量の保有していたんじゃが、格付けが下がって投資非適格になったもんじゃから評価損が出て財務状況が悪化した。銀行はもう金を貸してくれん。ストリップス債の利息は物価上昇に追い越されるし、借金はどんどん増える。先週はこの家と僅かに残った地所も取り上げられたのじゃ」

「爺さん……」

「儂は間違っていた。三越やウォルマートが羨ましかった。妬みだったのじゃろう、子供たちの笑顔を奪われ、素晴らしく綺麗に飾られたショーウインドウを見ながら、みすぼらしい自分が心底嫌になったのじゃ。昔は違った。みな儂を心待ちにしてくれたものじゃ。たとえ大したプレゼントでなくても、心から喜んでくれた。子供たちから心のこもった手紙を沢山もらった。行く先々でお菓子や飲み物をが用意されていた。楽しい夢を見る純粋な子供たちの寝顔を見ると、疲れや苦労など何でもなかった。しかし、もう儂は駄目なのじゃ……今年で最後。数千年の歴史を持つサンタクロースの最後の仕事をするために、儂は隠れていたポリネシアの島から十数年ぶりに戻ってきた。……だから手伝って欲しいのじゃ」

「あんたも辛かったんだな。奥さんはどうしたんだ?」
「出ていきよった……不甲斐ない儂に愛想を尽かせて」
 震える手でウイスキーをなみなみと注ぐ爺さんを、久瀬が止めた
「何をするんじゃ、酒でも飲まんとやってけん!」
「酒で何が変わるのかね?」
「……」
「あんたは負け犬だな」
「なんじゃとっ、若造めもう一遍ゆうてみい!」
「全ての責任はその弱さだな。見下げた爺さんだ」
「……」
「子供たちが爺さんから離れていったのではなく、爺さん、あなた自身がそうさせてしまったのだよ。それでもサンタクロースかね。子供たちの味方、優しさと陽気さを振りまき、この世に奇跡の温もりを与える、あの素晴らしい聖ニックはどこに行ったのだ! 確かに僕は信じていなかった。そんな馬鹿な話がある訳がないと思っていた。だがな、本当に存在し、それができる可能性があるのに、あんたは酒で溺れているだけだ。
 あなたには素晴らしい奇跡を起こす力があるのだろう? 自分の弱さを、不興を、逆境を、惨めに受け入れるだけで良いのかね? あなたを信じている人たちへ何と言うつもりなのだ。サンタは居なくなりましたとでも? 一度は道を誤ったとしても、あなたの責任は遙かに重要でかけがえのない存在だ。心の底ではあなたを求めている人たちが居るのだ、爺さん」

「サンタクロースが居なくなっちゃったら、やっぱり寂しいよね」
「爺さん、あんたは諦めてしまった訳じゃないんだろ?」
「……」
「手伝ってやるよ、爺さん」
「うん、みんなで頑張ってみようよ」
「だらしがねえぞ、爺さんはサンタクロースなんだろっ!」
「すまんのう……」
「俺たちは爺さんを信じるぞ」

「……そうじゃ、同僚を紹介しておこう」
「えっ?」
「よろしくね」
 声のする方を見ると、小さなエルフたちが居た。
 北川がしゃがみ込んで、沢山の小さな手と握手する。

「挨拶が済んだところで、早速出発といこうかのう。お前たちは隣の部屋にある制服に着替えるんじゃ。最後に一花咲かせてみせようぞ!」




 *****




 だぶだぶのサンタ服に着替えた一同がタラップを昇り、”橇”に乗り込んだ。メイン回路を起動させると”ブーン”と音がしてモニター画面が表示される。自らの内部チェックを終了すると、メニュー画面が出た。

『高速移動支援プログラム−ルドルフver9.5a−』
『システムチェック完了、目標座標を設定してください』

「爺さん、これが橇なのか?」
「トナカイはほとんど売り払ってしまったからのう」
「どういうシステムなの?」
 斉藤が訊いた。
「衛星を利用したGPSじゃ」
「エンジンは?」
「ソユーズR-79V−300が2基と、リフト用のRKBMRd−41が4基じゃ」
「それって、Yak-141フリースタイルのエンジン……」
「斉藤、それってなんだ?」
「VTOL機だよ」
「えっ?」
「超音速の垂直離発着機」
「よしよし異常はなさそうじゃ。最初はお前たちの住む国からだ。メインコンピュータから配送先の住所を転送、座標入力確認。GPS作動。オブジェクト設定。付近に航空機は無いようじゃな」
 操縦席の爺さんがキーボード端末からコマンドを入力する。
「3.2.1.エネルギーチャージ!」
 機首が赤く光った。
「爺さん、手が震えているが操縦は大丈夫なのかね?」
「儂に任せろ」
「酒の飲み過ぎじゃないのか?」
「この道数千年の、儂の腕を信じとれっ」
 橇が振動を始め、エンジンの轟音が増す。

「発進!」

「凄いよ! 凄いパワーだ!」
 斉藤が歓声を上げた。




 *****




 ”ぴんぽーん”
 どうしようか迷ったが、結局、玄関から入ることにした。元々今晩行く予定だったし。
 賑やかな声が聞こえ、ドアが開かれた。
「祐一くん、遅いよ……えっ?」
「あはははーっ、祐一さんお待ちしてました……はえ?」
「皆さん仮装か何かですか?」
 そう、美汐が訊いた。
「あうー? このおじいさんだれ?」

 子供って言うのは何歳までなのか知らないが、爺さんの配送リストには栞とあゆの名前があった。あれだけ悪戯好きな真琴まで入ってるし、名雪や香里、年上の佐祐理さんと舞も対象になっている。

「えーと……」
 大きなクリスマスツリーが飾られて美味しそうな料理が並ぶ居間に通され、何て説明しようか考えていると、北川が陽気に叫んだ。
「メリークリスマス!諸人こぞりて!」
 コイツは、なんて順応性の高い奴なんだ。
「よい子のみんな、メリークリスマス。はいプレゼントだ!」
「うぐ?」
「栞ちゃんにも、ほら、プレゼント」
「えう?」
 不審そうに見つめる二人に、斉藤が説明した。
「栞ちゃんにはお絵かきセットと久瀬ちゃん人形。月宮さんには料理道具一式と久瀬ちゃん人形だね」
「人形が付いてくるの?」
「可愛くありませんっ、なんなんですかっ、これは!」
「栞、あなたが信じてるサンタクロースからの贈り物よ。そんなこと言っちゃ駄目じゃない」
 笑いながら香里が栞の頭を撫でる。
「嫌です」
「そんなに可愛くないかね……」
 ちょっとだけ久瀬が肩を落として呟いた。
「あなたが信じているなら、受け取らなきゃ駄目よ」
「むー、人形だけはお姉ちゃんにあげます」
「そんな大切な物は受け取れないわ」
「そうか、仕方有るまい。それでは美坂君には特別……」
「えっ?」
「スーパー久瀬ちゃん人形を進呈しよう!」
 爽快な表情で、久瀬が人形を差し出した。
「さっきのと違うじゃない……」
「スーパーだからな。普通の3倍の得点になるのだ」
「栞、あたしのと取り替えて……」
「お姉ちゃん良かったですねぇ、スーパーですよ、三倍ですよ、羨ましいですうー」
「嬉しくないわよ」

「ところで久瀬、景品は何なんだ?」
 北川が見当はずれな事を言った。
「百花屋で食べ放題」
「えっ、わたしも参加するんだよ〜」
 シャンメリーでも飲んだのだろうか、顔を桜色に染めてソファで寝ていた名雪が起き上がった。
「あはははーっ、楽しそうですから佐祐理も入れてください〜」
「……何でも頼んで良いの?」
「真琴もやりたいっ!」
「うぐぅ、ボクも!」
「斉藤、直ぐに準備できるかね?」
「大丈夫だと思うよ」
「でも、爺さんから頼まれた仕事が……って、あれ?」

「旨いっ!こんなご馳走は久しぶりじゃ!」
 見ると倉田(母)に勧められて、サンタクロースが和風ケーキに貪り付いていた。
「爺さんも楽しんでるみたいだから、良いんじゃないか?」
「良いのか? 北川」

「よし、ではやろう」




 *****




 ”ぱちぱちぱちぱち〜”

「生徒会フシギ発見へ良く来てくれた。僕が本日、君たちを不思議の世界に案内するボディービルダー久瀬だ」

 ”ぱちぱち?〜”

「よろしく…… むきっ!」

 ”おおぉ〜っ ぱちぱちぱちぱち〜” 

「天野君、かけ声はどうしたのかね?」
「会長、今日は良いではありませんか」
「いかん、景気を付けるために頼む」
「……恥ずかしいので嫌です」
「やりたまえ、これは会長命令だ」
「……」

 ”ムキっ”

「会長っ、切れてます……」
 真っ赤な顔で、美汐が言った。
「美汐、何が切れてるの?」
「……わからなくて良いことです、真琴には」

「さて、今回もパーフェクトの回答者が出た場合は百花屋で食べ放題。久瀬ちゃん人形が一番多かった者にはトップ賞が贈られるから、頑張りたまえ」
「……佐祐理、どうしてあんな格好なの?」
「あはははーっ、ボディビルダーさんは肉体をアピールするために、オイルを塗って筋肉を目立たせるんですよ〜」
「……」
「どうしたんですか、舞」
「何故そんなことを知ってるの?……」
「あ、あは、あははははーっ」
「名雪、パーフェクト出して一緒に食べにいこうな」
「わたしは無理かも知れないけど、祐一が優勝してご馳走してくれたら嬉しいよ〜」

「では、早速第一問っ!」

 ”生徒会っ”

 ”フシギ〜”

 ”発見っ!”

  ムキっ!(決まった!)

「久瀬…… スーツ破けたぞ」
「あ……」




 *****




 ”ははははは!”

 ”あははっ”

 ”わははは!”

 リビングに明るい笑い声が響き、みんながクリスマスイブの夜を満喫した。今日は特別。普段もっている悩みや不安は置いといて、ちょっとだけ重荷を下ろせる日。仲間たちと語り合い、いつもなら恥ずかしくて言えないような夢や将来の希望を堂々と話しても誰も笑わない日。どんなに羽目を外して騒いでも物足りないような、そんなお祝いの日。なんだか、大きな優しさに包まれているような気がする、1年にたった1回しかない冬の夜。
 久瀬のステージは佳境に入りつつあった。

「それでは、次がラストミステリーだ」

 ”生徒会”

 ”フシギ”

 ”はっ!”

 ”け?”

 久瀬の動きが、妙なところで止まった。
「ごめんください!」
 ゴンゴンとノックする音が聞こえる。
「ん、誰か来たみたいだぞ」
「はえ? お客様の予定はないですけど?」
 佐祐理さんが玄関のドアを開けた。
「すいません、うちの旦那がお邪魔してないでしょうか?」
「はえ〜 あなたはもしかして?」
「……トナカイさん」
 蹄でノックしていたルドルフが挨拶した。
「私を置いて出かけた旦那を追いかけてきたんですが、どこにも居ないし、全然仕事をしていないようなのです」

「あ、忘れてた」

「ふえ? 祐一さん?」
「俺たちは、爺さんとプレゼントを配りに来たんだった」
「やばいぞ相沢、もう11時を回ってる」
「急いで配らなきゃ!」
「爺さん、おいっ、時間がないぞ!」
 慌てて爺さんを起こそうとするが、倉田(父)と日本酒を酌み交わしていたサンタクロースは既に轟沈している。
「こんなに飲んだのかよ」
 周りには一升瓶が数本転がっており、原酒の焼酎も空けられていた。
「ご免なさいね、うちの人が誘ってしまったみたいで」
 佐祐理さんのお母さんが申し訳なさそうに言った。
「こんなに賑やかなのは久しぶりだったので、きっと嬉しかったのでしょう。男の子が家に来て、思い出してしまったのかもしれません」
「えっ?」
「……いえ、何でもありません。今晩は本当に楽しかったようです。仕事から真っ直ぐ帰ってくるなんて滅多にないことなんですから。それにこの顔、きっと良い夢を見て居るんでしょうね」
 寝ている旦那さんに毛布を掛けながらくすくすと笑う。一升瓶を抱え幸せそうに微笑みながら寝入っている親父さんの目元には、うっすらと涙が滲んでいた。

 隣で鼾をかく爺さんの体を、北川が荒々しく揺すった。
「爺さん、起きろ!」
「もう飲めん」
「よっぱらってんじゃねえ!」
「北川、起こしてもこんな状態じゃ操縦できないよ」
「操縦?」
 ルドルフが首を捻った。
「爺さんがでっかいエンジンを積んだ橇を操縦して、ここまで来たんだ」
「ああ、そうでしたか」
「べろべろだな」
「申し訳ありませんが、時間が無いので皆さんもプレゼントを配る手伝いをしていただけませんか?」
「でも、乗り物が無いぞ」
「大丈夫ですよ、今は存在します」
 トナカイが話すのも妙だし、言ってる内容もよくわからないが、ルドルフに続いて外へ出た。玄関から夜空を見上げると、本当にあった。絵本に出てくるような橇が屋根の上に止まっている。

「いつの間にやってきたんだ」
「あれ? さっき乗ってきた橇が無くなってるよ」
「どういう事なんだ?」
「存在すると言うことは、結構曖昧な概念だと思いませんか?」
「はあ?」
 ルドルフが、とぼけた顔で真面目なことを話し始めた。
「ある哲学者がこんなことを言いました。誰も居ない山の中で木が倒れたとします。一人として見た者も、音を聞いた者も居ません。ならば”本当に”その木は倒れたことになるのでしょうか? 誰にも証明できませんし、そもそも知らないのです。全ての人はその木が倒れたことを知らなくても、木は倒れたことになるのでしょうか。
 これは単に狭い学問の専門的な思考解釈ですが、私たちにはそのままあてはまります。私たちはあなた方の想像や希望、抽象的なイメージが生み出したのです。もし、たくさんの人がそう思うならば、それはそうならねばならないのです。全ての人が”木は倒れていない”と思うなら、木は立ち続けるのです。これが私たちのルールです。ここにいる皆さんは私たちの存在を認めました。飛べるはずがないと思う考えが、妙な橇を出現させたのでしょう。サンタクロースはこんな人物だと思う考えそのものが、今居るサンタクロースの姿なのです。ですが、あなた方は信じ、求めた。陽気に笑いながらプレゼントを配るサンタクロースを。ですから、ちょっと目を閉じて想像してみてください。あなたの思うサンタクロースを。汚れない優しさで、全ての子供たちから愛される聖人の事を……」

 ・・・・・

「ほう!ルドルフ! 迎えに来たのか?」
「え?爺さん?」
 目を開けると、急に太り、顔つやが良くなり、酒のせいではなく頬を赤く染めてにこやかに笑う爺さんが居た。

「あなた方が本当にそう思えば、それは現実の姿となります」

「ほほい!ルドルフ! 子供たちが待っている!」
「ええ、行きましょう」
「メリークリスマス!」
「祐一くん、やっぱりいたんだねっ」
「そうなんだな……」
「お前たちも、みんな一緒に行こうじゃないか! 今日はクリスマス! 全てが光に満ち、何でも叶う特別な日じゃ!」

 祐一たちは、しんしんと雪が降り積もる倉田家の屋根から橇に乗りこんだ。サンタクロースが陽気なかけ声をかけると、トナカイに曳かれた橇がふわっと浮いた。そして、ゆっくりと高度を上げて空を滑っていく。
 ある程度の高さに達すると、サンタクロースが手綱を絞ってトナカイたちに言った。
「少し遅れてしまった。ルドルフ、ちょっとだけ急いでくれんかのう」
 次の瞬間、遠いはずの海が見えた。大都会の夜景が見えた。全ての景色が凄い勢いで彼方へ飛んでいく。
「あ、相沢っ、信じられないよ。凄いスピードだ!」
 橇にしがみついた斉藤がそう言った。でも、祐一はそれが当たり前だと思う。だって、サンタクロースなんだから。
 粉雪が舞い、軽快に響く鈴の音を聞きながら、北川はこんな言葉を思い出していた。

 ”この世で一番速い物、それは人の想像力だ”




 *****




 明けて新年。

「なんであたしたちもなのよ!」
「美坂、しょうがないだろ。この工場を再建するには人手が足りないんだ」
 サンタクロースは復活した。それはとても喜ばしいことだが、問題はまだ山ほど残っていた。爺さんはふとっちょで陽気に笑うようになったが、借金や負債はそのまま残ってる。サンタクロース自身が結んだ契約――所有権移転登記や借用証書まで無い物にはできない。そんなことをしたら、サンタクロースの信用にかかわる。
 だから俺たちは最後まで協力してやろうと決め、北極の家にやってきた。乗りかかった船だ。もちろんみんなも賛成してくれた。まあ、香里は妹の栞が行くと言い張って渋々だったが。

「お姉ちゃん、プレゼント用の包み紙に絵をかいてみたんですけど」
「栞、受け取る側にもなってみなさい」
「むー、絶対この方が可愛いですぅ」

「ところで、みんなはどんなプレゼントが良いと思うんだ?」
「猫さんだよ〜」
「漫画がいい!あと、肉まんも!」
「タイヤキ!」
「……牛丼?」
「食べ物から離れろっ!それに名雪、生物は駄目だ!」
「猫さん可愛いのに……」
「あはははーっ、祐一さん。猫は無理ですけど、急速冷凍すれば食べ物だって大丈夫ですよ〜」
「北川?」
「オレはプラモデルかパソコン用の部品なんかを作ってみたいなぁ」

 エルフたちと話し合っていた久瀬が、秘書役の美汐を連れて戻ってきた。図面や設計図を抱えた斉藤が続いて部屋へ入ってくる。
「君たちは自分のことしか考えていないのだな」
「久瀬、意見が合うのはお前だけだ」
「相沢、このリストにある品物を発注することになったよ」
 斉藤が手渡す長いリストに目を通した。
「LSIにCPU? 電子部品やプラスチック形成体って、なんだよこれ。それにトータル金額は……こんな大金どうやって払う気だ?」
「相沢さん、倉田さんのお父さんと、久瀬さんのお父さんが経営する会社が支払い保証を引き受けていただけることになりました」
「消費者ニーズに合わせた商品開発をしなくてはならないからな。ようやくエルフたちを説得できた。旋盤などの工作機器は早急に手配してくれたまえ、開発のためのCADも導入する」
「久瀬、これがサンタクロース再建プランの一部か?」
「うむ、酷い負債を抱えておるし赤字体質にあるが、再建は可能だ。先ずは減資を行い、取引先や金融機関に債権放棄をお願いする。まあ、それが難しい場合は劣後債の引き受けを頼むつもりだ。キリスト教系だけでなく、様々な所へ支援を要請する。どのような宗教だろうと、慈愛や喜捨というような精神は持っているのだ。内部的には現業のエルフたちの半分を思い切って削減して、研究やデザイン、開発部門に廻す。その辺が一番弱かった所だからな。機械化とオートメーションによって生産性は維持できる。数年後の経営を見越して、トナカイの増車と訓練を今から始めなくてはなるまい」

「会長……」
「何かね? 天野君」
「切れてます!」
 恥ずかしそうに美汐が言った。
「わははは、そいつはありがとう!」

 ムキっ!(決まった!)

「久瀬…… 上着のボタン飛んだぞ」
「あ……」




 と、いう訳でだ。
 来年のクリスマスには、何でも頼んでくれ。多分、技術オタクの斉藤と、経営能力抜群の久瀬がなんとかしてくれる。北川と相談して、俺たちは全ての子供たちにプレゼントを贈ることにした。悪い子なんていやしない。腕白だったり、手間をかけたり、他人に迷惑をかけたりするかもしれないが、子供って言うのはそういうものだ。スーパーコンピュータはペンタゴンに売却した。俺たちは全ての宗教から出資を受けて再建される。
 それから、プレゼントのケースや包装紙に奇妙な絵が描いてあっても気にしないで欲しい。貶すのはもちろん、褒めてもいけないぞ。頑張って量産されたら困るから。あ、別に枕元へ食べ物なんかを用意しなくって良いからな。全部食べるのは大変だし、言いにくいんだが、甘い物は嫌いなんだ。夜中にあんまり食べると太ってしまう。

 それに――

「みなさんごはんですよ、今日はお雑煮にしてみました」

 料理上手な秋子さんも来てるから、ここに。

 いつか、クリスマスの夜に大編隊の橇を飛ばしてみせる。何十年先になるかわからないが、待っていてくれ。そして、もし俺たちを見つけられたら信じて欲しい。

 夢や希望は、叶えられるはずだって。
 誰だって、ありたい自分になれるんだって。

 たとえ一度は過ちを犯したとしても――





 驚くべき恵み

 何て優しい響きだろう

 一度は道を見失ったが

 再び見つけた





 今は、見える







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