「帯刀の少年」〜七年ぶりの街は雪に染まっちゃって〜
 共作:秋の漣・Q.Mumuriku




1.

 ――――冬。雪は、しんしんと全ての物を覆い尽くし、時折吹く風が粉雪を舞い上げ、一時の幻想を演出する。思い出したかのように降る霙は樹木の表面を潤すが、次の日、それは結晶となって日の光にきらきらと輝いた。雪国の、それも山間で見られる厳しさと美しさのコンチェルトだ。
 その雪深き山々の中にある白に埋もれた古ぼけた寺。剥がれた外壁、ずり落ちそうな瓦屋根。本堂で何より目を引くのが、いい具合に首が曲がっている仏像。なかなかデンジャーなお寺である。はっきり言って、インド生まれの王様に喧嘩を売っていると思われても仕方が無い。
「つーか、なんで曲がってんだよ?」
 ガビーンッというBGMを背に慌てて首を元に戻そうとするのは、妙に跳ねた癖毛をもつ少年。その顔には年相応のあどけなさと、不相応な思慮深さを秘めた眼差しが伺える。名を北川潤という。

 北川は必至に仏像を元に戻そうと力を込めるが、何をしたのか首は一向に動かない。次第に手に力が入り、歯を食いしばる。それなりに鍛えられた腕に血管が浮き、零下の気温にも汗が吹き出した。
「ふぬぬぬぬぅ……はぁあああっ!!!」

 ―――バギィ
「あ……」

 彼の手に御仏の首、心なしか引き攣って眉間に皺が寄っているように見える――があることから、最早説明は不要だろう。
「や、やばいっ!和尚に見つかったら仕置きされる!」
 生憎とジジイに責められて興奮するような性癖は持ってない。北川は慌てて首を元に戻そう(誤魔化すためにとりあえず乗っけとこう)とするが、何故か合わない。よく見ると、首と胴の継ぎ目と思しき場所に茶色い固形物があった。
「瞬間接着剤?」
 どおりで硬いはずである。

 仏は、そんな彼に更なる試練を与えた。僅かながらだが木製の廊下に響く足音。天然ウグイス張りの廊下が鳴っている。鍛え抜かれた北川の耳には、その足音が和尚である事を即座に感知させていた。
 しかし仏像の首は一向にはまらない。足音が焦りを生み、焦りは間違いを引き起こす。無理やりねじ込もうとした北川は、不用意に踏ん張る足に力を入れすぎた。つるっ、という妙に軽やかな音がして、体が錐揉みしながら宙を舞う。
「ぬおっ!!」
 幸い御仏の首は死守したが、顔面から妙な姿勢で板間に激突した。やってきた和尚は、首なし仏と床にディープキッスしたままの北川が持つ首を交互に見比べて、眉を寄せる。
「潤、何故御仏の首がお前の手にあるのじゃ?」
「い、いや、おしょー、これには浅くてひろーい訳がありましてー」
 だらだらと嫌な汗を流しながら、北川は引き攣りながらも笑みを浮かべる。そんな北川の心の叫びなど露知らず、和尚はわざとらしく溜息をつきながら静かに言った。
「折角、昨日接着剤でくっつけたというに……」
「てめえかっ、和尚!」
 だんっ!っと憤慨しながら立ち上がる北川。しかし和尚は素知らぬ顔であさっての方を向く。
「アメリカ製のクレージー・グリューとか言う強力接着剤じゃ」
「そんな物がこの寺にあったのかよ?」
「いやいや、いんたーねっとの通信販売で買うてみた」
「この寺にはパソコンどころか電気も通ってないじゃないか!」
「潤、儂の力を侮ってもらっては困るのう」
「なら、どうして御仏もその力で直さないんだよ……」
「この頃、神経痛が酷くてのう。重い物にはなかなか術も決まらんわい」

「はぁ……」
「ふぉふぉふぉっ」

 北川は、この癖のありすぎる和尚に溜息をつきながら、さてどうしたものかと御仏の首を見た。心なしかその顔が「早く戻せ!」と叫んでいる気がした。

 風が、吹いた。



2.

「いやのう、昨晩、腐りかけた御仏の首を固定しようとしたんじゃがなぁ」
「間違ってくっつけちまったのか?」
「取ろうとしたら、もう乾いてしまっておったわい。ははっ、参ったわ!」

 あんたそれでも和尚かよ?

 一応、午前の日課をこなした二人は、向かい合って茶の用意を始めようとしていた。風通しが良い場所なので、僧房は非常に寒い。

 ビョォォォォォォォォォー

 ――ドサドサッ

 冬のかすかな日差しと、撫でるように吹く風が樹木についていた雪を落とす。と、そこに雪中を掻き分ける――外からの音が北川と和尚の耳に入ってきた。薄い色の頭髪と、やや女っぽい顔立ちの少年。その手には掃除道具――木桶と雑巾があり、顔にもやや汚れがあった。彼の名は相沢祐一という。

「おお、ご苦労じゃったのう、祐一」
「これは和尚様、そちらも朝のお勤めは終わったようで」
 掃除道具を置いて縁側に腰掛ける祐一。そこに、北川が熱い茶を差し出す。寺と言っても、山の中にあり知名度もない此処は、大きさの割りに慢性的な人手不足である。故にここでは神仏への勤めはもっぱら和尚がして、祐一と北川に掃除など雑用の殆どが課せられていた。
 和尚は、くつろぐ祐一と自分の器に茶を注ぐ北川を見ながら、ふと呟いた。
「お前たちのような若者がこの山寺に来た時は驚いたがのう」
「……それも御仏の思し召しでしょう」
 心にも思っていない事を言いながら、祐一は茶を飲む。北川が朝早く汲んできた清流で淹れた緑茶が、芯まで冷えた体をゆっくりと暖めていく。この寺において熱い茶を飲むということは、暖をとることでもある。それでもさすがに灯油――石油ストーブくらいはあっても良いんじゃないだろうかと祐一は思う。真冬に火鉢だけで過ごすのは、あまりに酷い苦行だ。この寺の特殊性故にそれも仕方が無いかもしれないが。
 そんな事を思っていると、目の前の和尚が口を開いた。
「しかし、7年間もよう辛抱したのう」
「いえ……私達はまだまだ修行が足りません」
 二人は、警戒しながら神妙に言った。この和尚、性格も悪いが真面目そうなことを話すときほど危険であることを体験から学んでいた。

 そう、祐一と北川はこの寺に修行に来ていた。それもただの修行ではない。神通力、方術等の秘術の類。そして密かに伝えられる優れた剣術などの武芸。普通に考えれば眉唾物の話である。しかし、当時まだ小学生だった頃の二人は、強さや神秘的な力に憧れを持つほど幼かった。
 事は、子供だった二人が両親に馬鹿なお願いをするといった過ちを犯したことから始まった。その願いとは……「強く、魔法が使えるようになりたいっ!」。
 それを聞いた親たちも親たちだった。仕事そっちのけで真剣に会合を開いて、子供たちの願いに対する対策とオプションを考え続けた。かわいい息子のためとばかりに、いや、多分に腕白な二人に手を焼いていたこともあるのだろう。親たちは一つの合意に達した。
 そして今から7年前の早朝、心のこもったプレゼントが実行されることとなり、二人は「ゴーゴーゴー!」と叫ぶ北川の親父の合図で高度3000フィートを飛行する輸送機からパラシュートを付けて落っことされた。可愛い子には旅をさせろ、ライオンは千尋の谷へ我が子を落とすという様な教訓はあるが、やりすぎだろ……っていうか、ホントに落とすか、普通。今でもその時のことは時々夢でうなされる。
 泣き叫ぶ祐一と北川が地上に降り立つと、そこに、これから長いつきあいとなる山寺の崩れかけた門があったという次第だ。

 それから始まった三人の奇妙な生活は、既に7年もの歳月を経ている。二人は厳しい生活に耐えてきた。実際の所は単純に行くあてが無かったので、耐えざるを得なかったのだが。親たちは……多分、何処に落としたのか忘れてしまったのだろう、一度も現れたことがない。自ら這い上がってくるのを待ちかねているのかも知れないが。
 素質があるのか、それとも二人の努力のせいなのか、祐一と北川の成長は和尚すら驚くべきものであった。馬鹿は雑念が入りにくいからのう、とは和尚の弁である。



3.

 和尚がぽつりと呟いた。
「下山を許そうかと思うが、どうじゃ?」
「なにぃ!」
 その言葉にぎゅんっ!と凄い勢いで首を和尚の方に向け――首を捻ってのた打ち回る二人。

 アホだ。やっぱ駄目かな?

 和尚は、眉間の皺を一層深くしながら二人を見おろす。精神修養もあったもんじゃない。
 祐一と北川は、この寺に入ってから一度も町へ下りた事が無い。何故か?答えは単純である。ただ働きの小僧が便利だった。これが一番だろうが、退屈しのぎの遊び半分に――後年になると多少は真面目に、秘技を伝えるが故に和尚が下山を禁じたからだ。
 無論、若い彼らがそんな事を守る訳が無く、和尚の目を盗んではたびたび脱走しようとしていた。しかし時には突然の雷が彼らを打ち据え、ある時には目に見ぬ壁が行く手を塞ぎ、酷いときにはカピパラの大群が立ちはだかった。誰何する海兵隊に銃口を向けられたことさえある。もちろん全て和尚の仕業であるが、当の本人は素知らぬ顔。何時しか二人は下山する事を諦めた。命が危ないからだ。

 この和尚、時々とんでもない事をやらかすが、かなりの修行を積んだ高僧の一人であり、本人は将来のある若者に対して”自分なり”に道を示してきたつもりで居る。

 清貧――祐一と北川は寺の前の畑を耕し、保存食として万年漬けを作った。
 博愛――高齢の和尚を労るように言いつけられていた。 
 勇気――野生の熊と戦い、獲物は……和尚が鍋にして食った。
 謙譲――食いたかったが↑(熊肉)我慢した。

「しかし、何故下山を?あれほど下山しようとする度に妨害してたじゃないか」
 訝しげに祐一が和尚の顔色をうかがった。
「お主らのような有望な若者は世に出なくてはならんのじゃ。自分の判断には責任を持てる年にはなったじゃろう?」
 なるほど。つまり和尚は祐一たちが一人立ちしても問題ないと思ったらしい。確かに、子供というのは自分に責任が持てないし、その幼さゆえの残酷さがある。それが暴発した時の恐ろしさは推して知るべきだろう。祐一や北川のように特殊な力を持っているならなおさらだ。
「どうじゃ?お前たちはよく脱走しようとしておったからのう」
「はい!ぜひとも世に出て見聞を広めてまいります!」
 和尚は喜々とする二人を見ながら立ち上がった。
「何処に行くんだ?」
「ふむ。祐一、潤、儂について来い」

 小一時間ほど経ち、寺の門の前には祐一と北川、そして旅立ちを見送る和尚が居た。
「気をつけるのじゃぞ」
 着古した法衣を着る祐一と北川だが、腰に差している刀だけは目を引く物がある。それは、貧相と言っても過言ではない二人の身なりにしては余りにもきらびやかだった。さらにはその鞘だ。祐一の白、北川の黒いそれには赤――血だろうか――で書き綴られた術符が貼り付けられている。服装と相まって、かなり危ない感じがする。
「和尚、このようなものまで頂いてありがとうございます!」
 そう言いながら柄を触る北川。
「和尚、長い間お世話になりました」
「うむ」
 言葉はそれだけだった。いささか静か過ぎるかもしれないが、それがこの三人の別れ方なのだろう。粉雪が、二人の旅立ちを白く祝福していた。

「やれやれ、一仕事終わったわい……」
 一人残った和尚は、いつになく感慨深い表情で大空を見上げる。潤、祐一、自由に世界を飛ぶのじゃ。広く世界を眼にし、俗世を知り、自分の行くべき道を探すのじゃ。
「……どれ、儂も世界を旅するかのう」
 そう呟いて、和尚が自室に引き籠もる。静かな山寺にマウスをクリックする音だけが響いた。
”カチカチッ”
”カチッ……”
「…………」
「……ふぉーOh! セクシーダイナマイっ!」



4.

 山の桟道では、熊笹が白い化粧をしていた。時折顔を見せる野生の鹿が、不思議そうな顔つきで二人を眺める。雲行きの怪しくなった空を気にしつつ、祐一と北川はゆっくりと麓の町を目指して歩き続けた。
「さて、相沢よ」
「なんだ?」
「町に着いたらどうするんだ?見聞を広めるといっても色々とあるだろう?」
「そうだな……」
 ふと祐一は空を見上げる。
「熱い茶でも飲みたいな」
「おいおい、茶は無いだろう茶は」
 出発して数時間もたっていないせいか、長年居た寺での生活癖が抜け切らない。
「そうだな……なら、何かこってりした物でも食ってみたいな」
「確かに寺では食べれなかったからなぁ」
 寺で祐一たちの口に入る唯一の動物性蛋白質物と言えば、時折川から攫ってくるヤマメなどの川魚しかなかった。濃い目の味を好む若者――特に育ち盛りである二人の頭には、いつしか脂の乗った肉が描かれていた。
「オレは、大味のアメリカンビーフの厚切りが食いてえ!」
「北川、俺もだ!」
「じゃあ、早速下界の食事を堪能しようじゃないかっ」
「おう!」
 どうやら二人の目的は決まったようだ。二人は競うように山道を駆け下りる。

 ふと森が開け、山々の間に雪の町が見えた。常人では恐らく五時間は掛かるであろう山道を、二人は僅か一時間という驚異的な速度で下山した。それが偏に彼らの鍛えられた脚によるものなのか、食欲なのかは解らない。
 二人は、人通りが多い広場にたどり着いた。昼を過ぎ、そろそろ三時になろうかという時間帯は、主婦や学校帰りの学生達が傘で雪から身を隠しながら歩いていた。その視線は祐一と北川に注がれている。当然といえば当然なのだが、その目はまるで珍獣を見るそれだ。しかし、当人たちは全く気にしていない。
「お、良い匂いがするな?あっちからだぞ」
 北川が、あどけなさが残る顔できょろきょろと見回す。その視線の先には一軒のラーメン屋。
「おお、ラーメン屋か。どうする相沢?少しばかり早いがあそこで飯と行くか?」
「ラーメンねぇ……そうだな、行くか。何だか無性に食いたくなってきた」
 早速歩き出そうとするが、北川は重大なことに気が付いた。
「なあ、金が無いと拙いんじゃないか」
「ラーメン一杯幾らくらいなんだ?」
「相沢、お前少しは持ってるのかよ」
「ああ、小遣いを貰った次の日に飛行機から落っことされたから、そのまんま持ってる」
「何円あるんだ?」
「えーと」
 祐一が懐を探る。
「800円」
「金持ちだな!相沢、今回は奢ってくれ」
「もちろんだ、さあ行こう!」

 ラーメン屋の軒先で、二人は愕然することになる。何せ駅前のこの店では、ラーメン1杯が850円もする。悲しいことに、祐一と北川の金銭感覚は10歳から進化していない。
「ラーメン……食えないのかよ」
「北川、餃子はどうだ?」
「600円だが、5個しか付かないらしい。ライスは150円だ」
「俺たちどうやって生きてくんだ……」
 ガラスケースにへばり付く二人に、冷たい視線が集中していた。
「北川、そう言えば和尚は時々山を下りて食い物を貰ってきてたよな」
「そうだ!オレたちには行かせてくれなかったが、坊さんって托鉢できるんだ!」
「仏様のお言葉やありがたい話をして、お礼に食べ物を貰うのか……でも米やみそを貰っても料理する方法が無い」
「相沢、それならラーメン屋で托鉢すれば良いんじゃないか?お前もお椀なら持ってるだろ?」
「ああ」
 ラーメン屋で托鉢をすれば一石二鳥。うむ、良い案だと祐一は思った。
「よし、なら行くか」
 かくして二人は、街中に良い香りを漂わせるラーメン屋の暖簾をくぐった。



5.

「御免……」
「へい!いらっさーーーぁあ?」
「五劫が間これ思惟、永劫が間これ修行。それ、衆生の罪においては十悪・五逆・謗法・闡提の輩なり。救わんと誓い諸仏の悲願、こえすぐれたまいてその願成就、阿弥陀如来……阿弥陀仏……」
「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教……」
 入り口で、目を血走らせた祐一と北川が必死に唱える。ラーメン屋の親父は怯えていた。ぼろぼろの法衣は良いとしても、腰に下げた物はいかにも剣呑に感じた。
「あの、坊さん方……何かうちに用なんですかい?」
「我々は山寺にて修行を積んだ僧。少々腹が減って難儀をしている」
 もっともらしい口調で祐一が答えた。
「その腰の物は本物なのかい?」
「此のことか」
 北川が刀身をさらす。
「ヒイッ!」
 怪しい、それに目が据わってる二人は、店主の頭の中で危険な人間に部類された。世慣れした大人として、取るべき態度は決まっている。あたりさわらず、逆らわず、上手くあしらって出ていって貰うまでだ。

「坊さん方、な、何を召し上がりますか?」
「すまぬが金がない」
「い、いや、そんなの結構でさあ」
「忝ない」
「で、何を作りましょ?」
「オレはトンコツ」
「コーンバター」
「この椀に入れて貰いたい」
 二人が椀を差し出す。
「へ?汚ったない茶碗……いや、ドンブリくらい出しますよ」
「重ね重ね、忝ない」
 祐一が小声で言った。
「北川、やはり良い人は居るものだな」
「そうだな」
 大変な思い違いをしていることを、この二人はまだ知らない。

「おまちどーさまっ」
 はっきり作り笑いと解る店主がドンブリを置いた。箸を割るのももどかしく、香ばしい匂いに感動しながら箸を突き刺す。見ると、二人の目には涙が溜まっていた。店主の頭の中で、祐一と北川は危険な人物からアブナイ人間へと昇進した。
「あ、俺のチャーシューっ!」
 好きな物を後に残すタイプの北川のドンブリから、祐一が一枚つまみ上げた。
「良いじゃないか、一枚くらい」
「何ぬかすっ、三枚しか乗ってなかったんだぞっ!返せ相沢!」
「旨いっ」

「食った……食いやがった……」
 腹のくちくなった祐一が、今度は幸せそうにコーンを一粒づつ箸で挟んで堪能している。その幸せそうな顔が、北川には一層腹に据えかねた。
「許せん」
「あ?」
 北川が剣を抜く。祐一も応えるように鞘を投げ捨てた。
「坊さんがた〜、や、止めてくださいよ〜」
 泣きすがらんばかりに、店主が止めに入る。
「いや、こいつだけはゆるせんっ」
「悲しいな北川。心が狭くなりやがって」
「なんだと!」
「も、もうっ、何が気に入らないんです?」
 理由を聞いた店主は、渋々チャーシューを数枚切る羽目になった。数人居たはずの客は、知らない内に誰も居なくなっている。満足した二人を送り出した店主は、当然のように警察へ電話した。



6.

「さて、腹も一杯になったし町を散策して見ようじゃないか」
「チャーシュー旨かったな〜」
「坊さんって良い商売なんだなぁ」
「北川、晩にはレストランで食事と行こうか?」
「おっ、いいねえ〜相沢」
 重ね重ね、脳天気な二人である。

「むむっ、邪悪なっ!」
 打って変わって険しい表情となった北川の頭上で、アンテナがピコピコと揺れた。修行の甲斐あって、一定の速度で回転させることで360度をスキャンできるようになっている。
「何事だ?北川」
「あの男だ」
「よし、俺が心を読む」
 二人の視線の先には、太った中年男がぶつぶつ言いながら歩いていた。 
『なんで査察なんかが入ったんだ……まあ主なものは海外のトンネル会社に移しているから心配ないと思うが、あの検査官は囲いこめんな。追徴と重加算税なんか喰らえばおしまいだ。いっそのこと……』

「……汚れきって、反吐が出そうだ」
「相沢、そんなに酷いのか?」
「最悪の欲の亡者だ」
「訓戒を与えなきゃならないな」
「ああ」
 北川が印を結び始めた。
「最終奥義っ!」
「おい、いきなりなのか?」
「オレの性分だ」
 北川は精神を統一させ、うんうん呻りながら気をためる。
「はああああああーーー、ぬおおぉーーーーーーっ!」
 と、中年親父が話しかけてきた。
「どうした坊さん?腹でも痛いのか?」
「へ?」
「いや、あんたの連れはえらく苦しそうだが、病院に行った方が良いんじゃないのかね?」
「北川っ、攻撃中止っ!」
「あっ……」

『ちゅどーーーん』
 北川は慌てて狙いを外したが、波動が遠く山の頂を吹っ飛ばした。
「悪い、相沢……出ちゃった」 

 まあ、あんな所に人間なんて居ないだろう……多分。いや、きっと。親父も含めて、周りの人間は気が付いていない様だし。
「この頃変な病気が流行ってるから、検査だけでもしたほうが良いと思うがね」
「……ご親切、忝ない」
 おっさんは、金まで寄越して去っていった。
「相沢、どうしたんだよ?」
「お前を見たとき、あのおっさんから邪気が消えた……」
 人間とは不思議なものだ。二人はそう思った。

 祐一と北川は暫く街を散策した後、辻々に立って説法を行った。が、誰も聞いてくれる者はいない。偶に声をかけられたと思ったら、婆ちゃんが道を尋ねてきただけだった。



7.
 
 二人は、賑やかな所を探してあてもなく街を歩き続けた。派手な看板や雑踏は、活気があるものの何となく下品な派手さを伴っている。ショーウインドウにはこれ見よがしに綺麗な商品が飾られ、美味しそうな匂いや、煩いほどの宣伝スピーカー、客引きのお兄さん方……。

 ――欲。

 様々な欲を増長させ、人々をそこへ向かわせる街。ひっきりなしに行き交う何百台もの自動車。植えられている樹木さえ人工的に作られた感じがする。

 ――醜い。

 二人はそう思った。何もなかった山寺も、ここと比べれば美しさに溢れていた。ガラス張りのオフィスや、見上げると首が痛くなりそうな高層ビル。そんな物が自慢なんだろうか?人々は建物の谷間、薄暗い道を肩をすぼめながら歩いていく。
 息が詰まりそうになって空を見上げると、切り取られた空から、僅かに白い雪が地表に届けられていた。

 うろうろ歩いていると、後ろからサイレンが聞こえた。
「そこの坊主二人組!」
 振り返ると、赤色灯が廻っている。
「ん?」
 見ると少し離れたところにパトカーが停まっていた。
「オレたちのことかな?」
「さあ?」
「二人とも物騒なものを捨てて、大人しくこっちに来い」
「北川、俺たちなんか悪いことしたか?」
「そんな心当たりはないぞ」
「変な真似をするなよ、ゆっくり刀を地面に置けっ!」 
「これは和尚から貰った大切なものだ」
「町中でそんなものを持ち歩いて良いと思ってるのか!」
「全く煩い」
「相沢、頼む」
「ああ」
 短い叫びと共に、祐一の指先から光が飛んだ。パトカーがひっくり返る。

 驚いた警官は、無線で本署を呼び出した。
「こちら警らの12号車だ!町中で凶器を持った奴らがうろついてる。性格は凶暴・攻撃的、応援頼む!」
 先ほどまで大勢の人が歩いていた街路は、見渡す限り誰も居なくなっている。
「おやおや?」
「みんなどこ行っちゃったんだ?」



8.

 上空にはヘリが現れた。
「おい、何か沢山出てきたぞ……相沢」
 ひっくり返ったパトカーの後ろから、ジュラルミンの盾を手にした機動隊がゆっくりと近寄ってくる。四方を見渡すと、完全に包囲されていた。
「分が悪いな……二百人はいる」
「相沢、オレに任せろ」
 そう言って北川が髪の毛を抜いて、息を吹きかけた。毛の一本一本が不思議な変化を起こして、途端に数十人の北川が出現する。でも、小さっ!
 わらわらと機動隊に向かっていった分身たちは、撃ち込まれた催涙弾に咽びながら、あたふたと引き返してくる。
「北川、今度は俺がやる!」
 本体の北川に言い捨てて、祐一が呪文を唱える。一回唱えると2倍に、二回唱えるとまたまた2倍に。倍率ドン、さらに倍。ここは勝負だ竹下恵子さんに全部。2.4.8.16.32.64と、祐一の体が巨大化していく。
「できれば使いたくなかった秘法だが、仕方ない」
 理由は服が破れて素っ裸になってしまうからだ。どんどん大きくなっていく祐一の体は同様に体重も増加する。300メートルを超えたところで、足がぬかるんだ。めり込んだアスファルトの裂け目から、液状化した砂混じりの泥が吹き上がる。

 この街は埋め立て地だった。緩んだ地盤のせいで道路がなみうち、ビルが傾く。膝まで埋まった祐一が活躍することなく元に戻ろうとすると、妙な音が聞こえてきた。
「何の音だ?」
「戦車だ、戦車っ!」
「オレたちゴジラ扱いかよ」
「やむを得ない。北川、剣を抜いて闘うぞ!」
 普通サイズに戻った祐一と、子分を引き連れた北川が決意した。

『我らに奇跡の力を与えたまえ!』

 途端に剣の護符が光り始めた。封印が解けた。

”ぼんっ!”

「はえ?」
「何だ?」
「あははははーっ、佐祐理は呼んだのはどなたですか〜」
「おお!神の眷属か」
「一応そうなりますねぇ〜」
「頼む、悪者に追われて難儀してる。力を貸してくれ!」
「良いですけど、お友達を呼んで良いですか〜」
「強い奴を頼むぞ」
「ふえ〜、強い人ですか?」
 天真爛漫の笑顔で、少女が鞘に語りかけた。
「舞、出番ですよ〜」
「……呼んだ?」
 にゅーっと黒髪の少女が出現した。手にしている抜き身の白刃は、祐一たちのそれよりも怪しく光を放っている。
「北川、お前の剣にも護符があるな」
「振ってみるか?」

”ブンブン”

「……(どてっ)」
「え?」
「何なのよ、一体……」
 ウエーブがかった髪の、かなり機嫌の悪そうな女性が腰の辺りをさすりながら言った。腰から地面に落ちたらしい。
「現世は久しぶりね、腕が鳴るわ」



9.

「相沢、良いのか?アレって」
「…………」
 二人の面前で、笑顔のお嬢様の手から炎が飛び、抜き身の白刃を構えた少女が警官隊に斬りかかっていた。髪を振り乱した女性は、素手でへし折った街灯をぶんぶん振り回している。
 耳をつんざくソニックブームとともに、空には戦闘機が現れ、緑っぽい迷彩服を着た男たちや、やたら頑丈そうな車両がゆっくりと近づいてくる。打ち込まれたミサイルの弾道が、咄嗟にかわした北川の癖毛をかすった。
「危ねえじゃないかっ!」
「よけい悪化してる気がする……」
「おーい、何とかしてくれ」
 まだ出て来るかも知れないと思って、祐一が剣を振ってみた。
「あらあら?」
 今度は多少大人びた雰囲気の女性が出てきた。
「頼む、事態を収拾してくれ」
「久しぶりですから、頑張りますよ」
「はあ?」
「名雪、真琴、あゆちゃん、栞ちゃん、みんな出てらっしゃい」

 「だお?」
 「えう?」
 「あうー」
 「うぐぅ……」

「ちょっと頼りない気がするが……」
「しかし、神の一族には違いないだろう」
「早く、事態を収拾してくれ!」
 そんな思いを余所に、「猫さんなんだよ〜」と、青い髪を振り乱しながらいきなり一人が駈けだす。
「うぐぅ!この匂いは!」
 スーパーの前に店を出しているたい焼き屋に突進していく。
「アイスがありますっ」
「肉まんっ!」
 後の二人もぱたぱたと走っていった。
「何だったんだ、あれ?」
「もっと落ち着いたのを呼べないのかよ!」
「誰か止めてくれ……」

 ”そんな酷なことは無いでしょう”

 刀から声が聞こえた。足が一本、何かを探すようにピコピコと鍔から出ている。地面に届くようにしてやると今度は落ち着いた女性が出現し、ぱんぱんと服装の乱れを糺して挨拶する。
「お名前は?」
「俺たちは山寺の相沢と北川だ、この状況をなんとかしてくれっ!」
「無理です」
「え?」
「こうなってしまっては、誰も止めることなど不可能です」
「そんな……」
「私たちを呼んだのは、あなた方です」
 祐一と北川は、一番年嵩らしい女性――頬に手を当てながら炎を操る者に向かって叫んだ。
「もう止めてくれっ!」
「頼むっ、破壊を中止してくれ!」
「あらあら、汚いものは焼き尽くさないといけませんよ」

「助けてくれよ、誰か……」
「えう?」
 先程駆けだしていった内の一人が、アイスのへらをくわえて戻って来た。
「このままじゃ死んじまう!」
「人間は、いつかみんな死んじゃうんですうー」
「そんなあ……」
「”奇跡”を望まないんですか?」
「奇跡?」
「そうです、この醜く汚れきった世界を浄化するんです」
「だけど、生活してる人たちが居るんだぞ」
「そんなことは知りません」
 聖書に記されたアルマゲドン、第七の喇叭。目に映るのは地獄絵図。劫火に包まれた街で、阿鼻叫喚の惨劇が続く。世界の終焉。
「前回はバビロニア地方だけでしたけど、今回は大変なお仕事になりそうです」
「…………」
「あ、でもそんなに時間はかからないですよ。ムー大陸だって一日で終わらせました。大丈夫です、安心して私たちに任せてくださいです」
 そう言って胸を反らせた少女が”にこー”と微笑む。

「…………」
「…………」

「……どうする?相沢」
「くそっ……やるしかないっ!」
 祐一と北川は、泣きながら突貫した。剣をぐるぐる振り回しながら。だが、どちらを切るのだ? 絶ち切る物は、現世?希望? それとも自分?
 解らない。何が正しいのか、何が間違いなのか……人は何を望むべきなのか。
「ぬおぉぉーーーっ!」
「わぁあああああーーー!」
「おかぁーさーん!」
 混乱した頭で、二人はただ力任せに突進する。一糸纏わぬ素っ裸の祐一と小さな分身を引き連れた北川は、遮る物を押しのけ、降りかかる攻撃をかわしながら、あらん限りの力で駆け抜けた。鍛え抜かれた脚力を持つ二人は一陣の風となり、希薄化された残像となる。涙と鼻水で咽せながら、ついに二人の速さは光速を超えた。

 時間が逆転しはじめた。



10.

 ビョォォォォォォォォォー
 ――ドサドサッ

 冬のかすかな日差しと、撫でるように吹く風が樹木についていた雪を落とす。和尚がぽつりと呟いた。
「下山を許そうかと思うが、どうじゃ?」
「滅相もございません……」
「ほう?お前たちはよく脱走しようとしておったはずじゃが」
「私たちは、まだまだ修行が足りません。それに……」
「何じゃ?」

「なんだか、空恐ろしい夢を見たような気がします」

「そうか……」
「…………」
「では、この剣を授けるのもまだ早いのじゃろうな……」

 和尚の脇には、怪しげな術符の貼られた二振りの刀が置かれていた。風通しの良い僧房は非常に寒く、本堂では御仏の首が優しい微笑みで崩れかけた天井を見つめ続けている。




 終