「JUN」
 作:Q.Mumuriku




”ずずーーーっ”

”ごくっ”

「不味いな……」

”じゃーーーっ”

「ふう……」

 薄汚れた白衣を着た男が、残ったカップラーメンの中身を流しに捨てる。食欲が無いのか、ほとんど食べていない。横の半透明なごみ袋は発泡スチロールの残骸で大きく膨らんでおり、男は一房の癖毛を撫で付けながらフラスコで暖めてあったコーヒーをビーカーに注ぎ、疲労と眠気を覚まそうと、ちびちび口に含み始める。
 此処は北の街にある研究所。1人の男が、怪しげな実験に没頭していた。乱雑に伸びる無数のケーブルや電線。それらは、精密な計測器や高性能なコンピューターに繋がれている。
 今、ディスプレイには送信されつつある記憶の欠片が映し出されていた。

『栞ちゃん、あのポーズで2時間はきつかったぞ』
『むう……芸術の為ですっ。北川さんのお陰で良い絵が描けました』
『栞、お姉ちゃんにも見せて』
『格好良く書いてくれたか?』

『えーと、栞?塊が二つ有るんだけど?』
『北川さんとお姉ちゃんです』
『成る程!右のうねうねしたのが美坂だな!』
『北川さん当たりです〜』
『じゃあ、左の黄色いのが北川君なの?』

『クスッ』
『なんだよ美坂、何が可笑しいんだ?』
『だって、コレ。癖毛』
『オレのチャームポイントだからな』
『栞、傑作よ。誰がなんと言ったってコレは北川君ね』

『みんな御飯よ〜、北川さんも一緒にどうぞ』

 コロコロと表情を変える少女。こんな、ささやかな幸せが続いて欲しかった。そんなに贅沢な望みじゃないだろう……。

「さて、美坂を呼ばないとな」



1.香里

『メールが届いてます』
 深夜、仕事から帰宅した美坂香里の自宅で、パソコンが合成音声で告げた。特別に振り分けられた受信フォルダーに(1)の数字が出ている。
「北川君から?珍しいわね」
 香里は、殺風景な狭いマンションでノートパソコンに向かう。部屋は綺麗に片付いているものの、どこか寂しげで実際の温度より冷たい感じがする。
『点火します』
 初冬を迎え、冷え切った空気を暖めようとスイッチを入れた暖房機が抑揚の無い声で言った。
「そろそろ寒くなるわね」
 香里が誰もいない部屋で呟く。また、嫌いな冬がやってくる。

 香里には、それほど年の離れていない妹が居た。高校二年の冬、北川が校庭で姿を見た少女はあまりにも大きすぎるものを背負っていた。重い病気に罹っていること。知ってしまった残された時間。事情を知った北川は、毎日のように飄々と美坂家へ姉妹に会いに出かけた。残された、短い時を。

『わたし、最後まで笑っていられましたか』

 北川が美坂家と一緒に夕飯を取り、名残おしそうに帰宅する日が1ヶ月ほど続き、そして今から7年前、香里は最愛の妹を亡くした。

 記憶の残る街を出て都会の大学へ進み、そこで就職した香里だが、何年経っても傷は癒えず、未だに心を閉ざしたままている。そんな彼女を力づけ、多少とも普通に接することが出来る人間。それが北川だった。
 香里は最優先で北川からのメールを開封し、紅茶の入ったマグカップを片手に読んでいく。表情が強張った。

「北川君……どういうこと?」



2.研究所

 次の日、香里は有給をとって7年ぶりに生まれ故郷の街を訪れた。商店街や公園を歩いていると、昨日のことのように景色が甦る。

『バニラがいいですぅ』
 よくアイスを買いに来たお菓子屋さん。

『人類の敵です!』
 近寄ることさえしなかったカレー屋。

『わたしのお気に入りの場所です』
 寒空に、水柱を上げる公園の噴水。

 夕方近く、ようやくメールに書かれた住所にある小さな建物を見つけた。
「北川君」
「…………」
「居るんでしょ、あたしよ」
「ん、美坂か?」
 よろよろと出てきた北川が、疲れきった顔で引きつったように笑う。
「あなたが呼んだんじゃない」
「オレは、来週の日曜日って書いたはずだぞ」
「あんなメールを貰ったら、気になるじゃないの」

 ”美坂、栞ちゃんに会いにきてくれ”

「一体どういうことなの?命日はまだ先よ」
「美坂、こっちに入ってくれ」
 香里が薄暗い研究所の内部で見たものは、箱で買ってあるインスタント食品とその残骸。
「北川君、いつもこんなものばっかり食べてるの?」
「いや、忙しくて……たけどこの頃はそれも食べてない」
「研究って、そんなに大変なの?」
「いや、今やってるのは個人的なことだ」

「ゴホ、ゴホッ……」
「大丈夫?北川君?」
「ああ、もう少しなんだ。美坂、これに着替えてくれ」
 北川が白衣を手渡す。
「何か知らないけど、あたしは専門的なことなんて解らないわよ」
「栞ちゃんに会ってみてくれ」
「えっ?」
 北川が与圧式のドアを開けた。
「な、なによこれ!」
「栞ちゃんだ」
「でも、でも……」
「美坂、落ち着け」
「だって、あの子は……」

 ガラス越しに、目を閉じ、ベッドに横たわる”栞”がそこにいた。



3.北川
 
「かなり驚かしちゃったみたいだな」
 折れ曲がったタバコに火をつけながら、北川が言った。
「あれは栞なの?」
「そうだ」
「そんなはす無いじゃない!」
「正確には”クローン”。そういう技術のことを聞いたこと有るだろ?」
「ええ……」
「遺伝子レベルで見れば栞ちゃんそのものなんだ。外見もそっくりだろ」
「でも、性格や人格は別だわ」
「なあ美坂、人間の意識って何だと思う?」
「あたしには解らないわよ」
「連続した経験や記憶の連なり。オレはそこから導かれる行動や思考パターンが自我だと考えたんだ。クローン技術で肉体を甦らせ、写真や映像やイメージからコンピューターで記憶を再構築する。そうすれば、栞ちゃんはもう一度この世に生まれる事が出来るんだ」
「そんなことが可能なの?」
「ああ、基本的な技術は大体理解されてる。これから目覚める栞ちゃんは美坂のことを「お姉ちゃん」と呼ぶし、大まかな経験は記憶してるから、時間が経つにつれどんどん慣れていくはずだ」

 しばらく呆然としていた香里が、怖いような顔つきで訊いた。
「北川君、もう一度栞と話が出来るの?」
「話だけじゃないぞ美坂。一緒に遊んだり、旅行に行ったり、腹を壊すぐらいアイスだって食べられるんだ!」
 北川が、山盛りになった灰皿に吸殻を捻り込む。
「本当なの?」
「もう一度やり直すんだ。今度はハッピーエンドの物語を」
「栞に……もう一度会える……」
「覚えてるかな美坂?いつだったか、栞ちゃんも誘って海に行こうとしたことがあったよな」
「ええ、結局栞の体調が悪くて行けなかったのよね」
「今度……3人で行こう……」

「ゴホッ、ゴホッ!」
 北川がまた嫌な咳を始めた。
「どこか悪いんじゃないの?北川君」
「いや、大丈夫だ。美坂、ハンカチ持ってないか?」
 北川は、差し出されたハンカチで口を抑えながら話し続ける。
「今、栞ちゃんは眠っているような状態で記憶を取り戻している。転送速度が予想より若干速いからあと50時間くらいで全てが完了すると思う。難しいのは最終段階なんだ。急速な成長にブレーキをかけて、現実の世界へ目を開く為にはどうしても複雑な手当てが要る。だから、それまではオレは……」

”どさっ”

”がちゃん”

 北川がよろめいて倒れた。ガラス製の器具が派手な音を立てて割れる。苦渋の表情からは血の気が引いていた。
「ちょっと北川君!」
 白衣のポケットからはみだしたハンカチには血が滲んでいた。
「病院に行かなきゃ駄目よ!」
「ここを動くわけには行かない……オレがいなけりゃ栞ちゃんは目覚めない」
「自分の心配もしなさい!」
 腹部を押さえながら、北川はふらふらと立ち上がろうとするが、直ぐに崩れるように蹲ってしまう。
「オレは大丈夫だっ!」
「何言ってるのよ!」
 香里は引きずるように北川を車に乗せ、走りだした。



4.病院

「今、担ぎ込まれた北川さんなんですが」
 病院の待合室で、看護婦が香里に話し掛けた。
「ご家族の方ですね?」
「えーと、その……」
「動転されるお気持は解りますが、しっかりして下さい」
「はあ……」
「主治医が状況についてご説明しますので、こちらにどうぞ。それと後ほど入院手続きや保険関係の書類をご確認願います」

 別室には、初老の医者がいた。
「どうしてあんな状態になるまで放っておいたのかね?」
「何か、重い病気なんでしょうか?」
「いいや、特に病気とは言えんな」
「病気では無い?」
「このご時世に栄養失調とは珍しいな。それとストレスや疲労からだと思うが胃や内臓がかなり弱っとる。血を吐いたのもそのせいだろう」
「少し安心しました」
「いやいや、そのままにしていればかなり危険だった。ご家族の方から食事や生活習慣について本人にきちんと説明してもらわなくてはならんな」
「会えますか?」
「喚きながら暴れて処置ができなかったから薬で眠ってもっらた。今日一杯は念のため様子を見るが、特に問題なければ明日には一般病棟に移れるだろう」
「ご迷惑をおかけしました」
「しかし、彼はそれほど根を詰めて何をしていたのかね?」

 翌日。
「うん?ここは何処だ」
「気が付いたの?北川君」
「美坂か……」
 一昼夜眠り続けた北川は、幾分元気そうに見えた。
「ずっと居てくれたのか?」
「ええ」
「そうか……」
「北川君、電話番号を教えて。あたしから連絡するわ」
「誰に?」
「北川君の家族の人に決まってるじゃない」
「いや、それは無理だ」
「無理って……」
「これは美坂が持ってきてくれたのか?」
 話を逸らすように、北川が訊いた。枕元の台には入院に必要な細々とした日用品が置かれ、花瓶には花が生けられている。 
「男のオレに花はないんじゃないか?」
「別にいいじゃない」
「なんて言う花なんだ?」
「名前は知らないけど、とっても綺麗だったから」
「不思議だよな、遺伝子レベルで見れば限られた配列の組み合わせでしかないのにさ。自然って言うのはまだまだ神秘的だ。同じ種類でも一つ一つ全く同じものは無い」

「ねえ、北川君」
「なんだ?」
「どうして、こんなに無理をしたの?」
「…………」
「言いたくないならいいけど」
「……オレは、羨ましかった」
「え?」
「家族がさ」

「高校時代、オレは一人暮らしのアパートに帰るのがたまらなく嫌だったんだ……。美坂の家に行くようになって心底思った、オレにとっても栞ちゃんは妹みたいな気がしてる。初めて神に祈ったよ何とかしてくれって。だけど、願った奇跡は起こらなかった。おかしいじゃないか、一生懸命頑張ってる人たちが報われないなんて。何も悪くない人がどうして悲しまなければならないんだ?だからオレはやった。神だろうがなんだろうが罰せるもんならやればいい。もう一度、親父さんやお袋さん、そして美坂に笑って欲しかった。また、あの時のように家族みんなで晩御飯を食べたかった……」
「そうだったの……」
「……理由はそんなとこだ。美坂、悪いが今回の治療費を払ってくれ。直ぐに退院して研究所に戻るぞ」

「ねえ、北川君。いろいろ考えたんだけど」
「なんだ?」
「もう、良いのよ」
「え?」
「あの子は精一杯頑張ったのよ。もう一度会いたいし、いろんなところに連れて行ってあげたい。なんだか信じられないけど、栞にもう一度会って話ができるって考えたらドキドキしたわ。今まで我慢していたことを思いっきり出来るんだって。だけどね、それはあたしのわがままだと思うの」
「わがまま?」
「あの子は何処にも行けなかった。やりたいことや約束も果たせなかった。でも、いつもニコニコしてあたしや家族に心配させないように無理してわらってた。それが栞なのよ。短い間だったけど精一杯生きた、その思い出を忘れたくないのよ。そっくりな偽者……人形みたいに作られた人を妹だなんで思えないわ」
「だけど……」
「もしあたしが居なくなったら、北川君は人形を作るの?」
「人形か……」
「北川君、あたしたちには許されないことなのよ」
「オレだって解ってる、あれが栞ちゃんじゃないことくらい。だけど、だけどな……」
「もう、いいのよ」



5.帰趨

 2日後、退院した北川と香里は小高い丘にある研究所の前にやってきた。
「ほんとにいいんだな?」
「ええ……」
 北川がライトバンからポリタンクを下ろし、建物の周囲にガソリンを撒き始めた。
「二度もさよならしなくちゃならないなんて……辛いな」

「お別れだ、栞ちゃん」

 ”ごめんな、オレには奇跡なんて起こせないんだよ”

 木造の研究所がゆっくりと炎に包まれた。
「栞はあたしの中に生き続けるわ。たった一人の妹なんだもの」
「オレは余計なことをしちまったのかな」
「なんだか今回の事で栞を近くに感じたわ。あたしはそれだけで充分。なんとなく解ったの、これから自分がどうするべきか。悲しい出来事や辛いこと、それはあたしだけが背負ってるわけじゃ無いのよね。みんな、そんな中で生きているんじゃないかしら」
 枯れ草に覆われた丘で、二人は大きくなっていく炎を見守る。
「儚い夢だった……」
「目が醒めて、また会えれば夢と同じなのにね」
 遠い目をした北川が捻じ曲がったタバコを咥え、マッチを擦る。
「美坂、それなんだ?」
「これ?栞が描いてくれた絵よ」
「ああ、あの時の……」
「栞の残した記憶よ」

 風が吹きぬけた。

「寒くなってきたわね」
「美坂、いつ帰るんだ?」
「会社には当分休むって言ってあるわ」
「大丈夫なのか?」
「一方的に話して、電話切っちゃったのよね」
「首だな」
「そうかもね」
「らしくないな」

「ねえ」
「……うん?」
「北川君は、これからどうするの?」
「さあね、どっか企業の研究所にでも勤めるさ」
「私の住んでる街に来ない?」
「ん?」
「毎日カップラーメンじゃ体に悪いわよ」
「そうだなあ……」



6.エピローグ

「なあ、そろそろ行かないか?」
「ここに居てもしょうがないわよね……」
「久しぶりに相沢ん所にでも顔出さないか?」
「名雪はどうしてるかしら」
「お前は7年間も帰ってこなかったからな」
「でも……もう少しだけ」
「そうか」

「えううううううううぅーーー!」

「ん?何か聞こえなかったか」
「何も聞こえないわ。きっと建物が崩れる音よ」
 北川と香里が見守る先で研究所のドアが開き、白衣を着た少女があたふたと逃げ出してきた。
「大変よ!人が居たの?」
「えっ、俺の他には誰もいないはずだぞ」
 香里と北川が駆け寄る。

「むう!何なんですかっ一体!」
「栞!」
「まさかっ、目覚めちまったのか……」
「お姉ちゃんに北川さんっ、怖かったです〜。気が付いたら周りが火事です!」
「あなたは栞じゃないっ!」
 香里が後ずさる。
「どうしたんですか?お姉ちゃん」
「違うのよ……あなたは違うのよ……」
「変なお姉ちゃんです」
「いや、君は俺が作った栞ちゃんのクローンなんだ……」
「クローンって何ですか?北川さん」
「栞ちゃんは亡くなったんだ」
「わたしを勝手に殺さないでくださいっ。北川さん、ドラマの見過ぎです」
「栞は病院で……」
「覚えてます。お姉ちゃんと北川さんが病室で手を握っててくれたこと」
「それは俺が作った記憶なんだ!」
「どうして……こんなことが……」
 香里はその場で泣いていた。

「北川さん、お姉ちゃんを泣かしちゃだめです」
「全部オレの責任だ。すまない、美坂……」
「まったく北川さんは鈍感なんです。お姉ちゃんがどれだけ恋い焦がれているかも知らないんですから。わたしが絵を描いてあげた時だって、恥ずかしがってくっつかないんです。見てるこっちの方がイライラします」
「そんなこと知らなかった……え、どうしてだ?」
 北川が不思議そうに首をかしげる。
「お姉ちゃんの部屋には北川さんの写真が飾ってあるんですよ〜」
 にやにやと栞が笑う。
「ちょっと待て……どうして君はオレの知らないことを知ってるんだ?」
「えう?わたしはお姉ちゃんと一緒に暮らしてるんですから、部屋を覗くことだってあります」
「いや、そうじゃない!オレは親父さんが撮ったビデオや写真で架空の人格を作り出したが、そんな記憶を入れた覚えはない!」
「え?どういうことなの、北川君」
「信じられない……」
「あなたは栞なの?」
「栞ちゃん、本当の栞ちゃんなのか?」
「二人とも、ど、どうしたんですか?」

 香里が、栞の両肩を捕まえて訊いた。
「栞!二人だけの秘密だったけど、あたしは北川君の何処が好きだって言った?」
「えーと、馬鹿正直で鈍感で頑固で何を考えてるか解らないけど、優しいところですう。あと、お姉ちゃんは意外とあの癖毛が可愛いって言ってました。北川さんとけんかした時は、はさみで切ってやるって怒ってましたけど」
「美坂、お前はオレをそんな風に見てたのか?」
「栞!」
 香里が、栞を抱き寄せた。
「な、なんなんですか〜」
「ずっと会いたかったのよ!」
「お姉ちゃん、昨日会ったばかりじゃないですか?」

「栞ちゃん!オレの質問にも答えてくれ」
「なんですか?北川さん」
 真剣な表情で、北川が訊いた。
「スリーサイズは?」
”べちっ”
 栞が北川をひっ叩いた。
「そんなこと言う人、大っ嫌いです!」
「ははは……怒った……栞ちゃんが怒った!そんな微妙な感情なんてクローンじゃ無理だ!君は本当の栞ちゃんなんだ!」
「はい?」
 訳のわからない栞が、きょとんと小首を傾げる。
「ちくしょう!奇跡だ!信じられない!」
 涙でぐちゃぐちゃになった北川が、栞を抱きしめる。
「よかった、ほんとに良かった!」
「北川さん、変なところさわらないでください!」
「しおり〜」
 目を腫らした香里が、栞の頭を乱暴に撫でる。
「栞ちゃ〜ん!」
「二人ともやめてください。北川さん鼻水がでてますっ!」

 曇天の空から、白い雪が舞い降りた。



《はあ……潤は相変わらずの様だな……》
《あなたに似たんですよ》
《母さん、それを言うな》
《自分の思ったことや信じるものに一直線なのは、そっくりじゃないですか》
《まったく世話の焼ける息子だ》
《こんな事をして良かったんですか?》
《私たちは潤に何もしてやれんかった。普通の親が子供にしてやることに比べたら些細な手助けじゃないか》
《そうかもしれませんね》
《しかし、あの顔。男の癖に情けない!》
《素直に喜んだり悲しんだり出来るのは良い事ですよ。あなただって潤が生まれた時……》
《コホン、母さんそろそろ帰らんといかんのじゃないか?》
《はいはい》



「二人とも今日はおかしいです、あんまりくっつかないでくださいっ」
 泣きながら抱きつく香里と北川のせいで、よろめいた栞がポリタンクを蹴飛ばした。
「えう?これは何ですか?」
「うっ、うっ……オレが買ってきたガソリンだ〜、栞ちゃん逢いたかった〜」
「ガソリン?」

「…………」
「…………」
「………あ」

「むっ!火事を起こしたのは北川さんなんですかっ!」
 我に返った北川が慌てて弁解する。
「いや、その……これには色々と理由があって。な、なあ、美坂」
「わたしは何もしてないわ」
「おいっ、美坂!」
「冗談よ」
 涙を拭きながら、笑顔で香里が応える。
「冗談じゃすみませんっ!わたしを焼き殺す気だったんですか!」
「いや逆だ。オレは栞ちゃんを生き返らせようとして……その、説明すると長くなるんだ」
「栞、北川君がそんなことする訳ないじゃないの」
「むう……それでも許せません」
「栞ちゃん、アイス買っていくか?」
「そんなもので誤魔化されません」
「じゃあ、いらないの?栞」
「アイスは食べます」
「いつもの店でいいわね?」
「はい、お姉ちゃん」

「栞、家に帰ったらちゃんと説明するけど、驚くことがたくさんあるわ」
「えう?」
「だけど、私や北川君を信じて欲しいの」
「オレは家族じゃないけど、栞ちゃんのことを妹みたいに思ってるんだぞ」
「わたしは、北川さんをお兄さんだと思ってます。そうです!北川さんは、お義兄さんになっちゃえばいいんです」
「え?」
「ちょっと、栞」
「二人とも嫌なんですか?」

「美坂……」
「北川君……」




《潤、頑張れ!ほれ、男なら勇気を出して言わんか!》

《あなた!まだ見てたんですか》

《母さん、親として潤の一世一代の場面を見過ごすわけには……》

《何を言ってるんですか、私は先に行きますからねっ》

《おーい、母さん待ってくれ》





 FIN





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