「あなたへ」
 作:Q.Mumuriku




 はぁ……。
 嫌な季節ね。

 ジングルベルが鳴り響き、街が赤と緑と金色に彩られる。会社帰りにケーキでも買おうと商店街に寄ったものの、店がもの凄く混んでたのと、カップルのあまりの多さに面倒だから止めにした。そもそも、あなた達クリスチャンな訳?
 今夜は、北川君でも呼びつけて泥酔してやろう。香里はそう決めた。だって、寂しすぎる。

 でも、クリスマスは嫌いじゃない。子供の時も、大人になってからも。なんだかいつもより優しくなれる気がするから。
 あの子が居なくなって、もう何年だろう。ようやくそう思える。

「どてっ」
「え?」

 うっすら雪の残る歩道で、よそ見をした子供がぶつかってきた。きっと、これくらいの子は今日がとても楽しいんだろう。あの子もそうだった。

「……ごめんなさい」
「良いのよ。でも、気をつけないと駄目じゃない」
「あーっ」
「どうしたの?」
「ケーキ……」

 足下には、潰れた小さい箱が転がっている。まあ、中身はもうケーキじゃなくなってると思うけど。
 やばいっ!泣きそうじゃない。

「ぐすっ、うあーん」

 やっぱり泣かれた。こんなところで……。周りの冷たい視線が感じられる。これってあたしのせいなの?
 最悪な一日だ。朝から上司にセクハラされるし、クライアントは契約書の細かい文言を盾に支払いを渋った。裁判?上等よ、やればいいじゃない。
 まったく……今日はクリスマスだって言うのに。

 クリスマス?

 よし。偽善だろうが何だろうが、今日は特別な日なのよね。あたしがなんとかしてあげようじゃない。

「ねえ、一緒にもう一度お店に行かない?」
「えっ?」
「あたしが(買ってあげるって言うより「プレゼント」の方が良いわよね。うん)あなたにプレゼントするわ」
「本当?」
「ええ、あたしに任せときなさい」

 ようやく泣きやんでくれた子を連れて、さっき覗いたケーキ屋に向かう。雀の涙ほどだけどボーナスを貰ったばかりだし、結局、その子が最初に買っただろう物より数倍大きいケーキをプレゼントした。たった数千円だけど、その子が喜んでびっくりするのが微笑ましい。あたしも馬鹿だなーと思いながら、結構自分も楽しかったりする。

「じゃあ、今度は気を付けて帰るのよ」
「うんっ!」
 歓声を上げながら、子供は駆け出して行く。
「走ると転ぶわよ〜」

 ”どてっ”

 あ、やっぱり転んだ……。
 要領の悪いところが、なんとなくあの子に似てる。また泣き出すのかと見守っていると、子供は一人で起き上がって大きく手を振りながら言った。

「お姉ちゃんありがとう!」
「お姉ちゃん……か」

 ――クリスマス。あたしはあの子に伝えた。”次の誕生日まで生きられない”って。でもね、それはあなたが嫌いになったからじゃない。もう無理かも知れないけど、聴いてくれないかしら。 
 ――栞、お姉ちゃんは、あなたのことが大好きだった。今日なら……伝わる気がする。



 朱色の空、クリスマスイブの黄昏時。大きな箱を抱えた子供はビルの屋上にいた。

「ピイーーー」

 口笛を吹くと、遠く空から橇を曳くトナカイが現れる。

 ――えぅ?アイスケーキですか?

 ケーキの箱を白い袋に入れると、ぼんっと音がしてムクムクと膨らむ。中を覗きながら、満足そうに少女が頷いた。

 ――ちゃんと受け取りましたよ、お姉ちゃん。

「さあ、ルドルフ。れっつごーですぅ」
「慌てるなよ、夜は長いんだ」
「でも、今年は特別なんです」
「?」
「今日の奇跡は、お姉ちゃんからのプレゼントなんですよ!」
「ふーん、仲の良いことだな」
「ですから、ちょっと寄り道しても良いですよね」
 悪戯っぽく口元に指を当てる。
「駄目だよ、怒られちゃうよ」
「そんなこという人、嫌いです」
「悪かったな。どうせ俺は人じゃないさ、トナカイだよ」
「えぅ〜、機嫌直してください〜」
「ははっ、気にしてないよ。さあ今年も頑張ろうぜ、栞」
「はいっ」

 その日、街には数十年ぶりにサンタクロースが訪れたという。ストールを纏う小さなサンタクロースが。



 12月25日。香里が目を覚ますと、枕元に用意したクッキーには少しだけ囓った跡が残り、いつも一杯にしている冷凍庫から、アイスが全部消えていた。
 酒瓶が転がる台所で、トナカイの着ぐるみを着た北川が朝食を作っている。

「美坂、いい天気だぞ」

 キッチンの小さな窓から、朝の光が差し込んでいた。







 END



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