おはようございます。

 おはようーっ。

 おはよ……ゴホッ、ゴホッ……。

 3学期の幕開けと共に、新年早々学校に登校してくる生徒たち。
 しかし、今年は風邪の流行により、ちょっぴり生徒たちの顔も陰鬱そう……。






カゼだ! ミルクだ! ラブコメだ!








「げっふぉげっふぉ、うげろっぱー!」
 活字にし難い奇声が教室中に響き渡る。
「どうした住井、休み中についに頭にも手を出してしまったのか?」
「ぶぶぶほっ、んなわけ、げほっ」
「辛そうだな…… 今、楽にしてやろう」
「うっぽぁ。うげほっ、お、おりはらば、ぱ、ぱけらったぁ」
 もはやコミュニケーションがとれない領域にまで進行しているらしい。というか、そこまで症状酷いなら学校に来ない方がいいと思うんだが。

 ケホッ……ケホッ……

 よく見ると、どの生徒もマスクをしていたり顔が青ざめていたり相当辛そうだ。

 ケホッ……ケホッ……

「その中に一人、猫の皮被ったようなわざとくさい咳をする生徒がいた」
「誰が、猫の皮被ったような、よ! おりは……ぶ、ぶえっくしょい!!」
「七瀬……『ぶえっくしょい!』は仮にも生物学上女としてどうかと思うぞ……」
「ちょっと、それどういうこ……ぶ、ぶえ……ひん、ほっといてよ……」
 むう、七瀬もこの調子じゃ弄り甲斐がないな……。
 ひげの話ももう終わったし帰るか。
 と、カバンを背負い、帰ろうとしたその時。

「浩平ーっ。一緒に帰ろ」

「くっ……せっかく人がノルマンディーにふけながら一人の帰宅を楽しもうとしていたのにお前というヤツは」
「はあ……それを言うならノスタルジックだよ」
 そうそう、ノスタルジック。ってなんでわかるんだ長森よ。
「とにかく、浩平ったらまた街中を寄り道して帰ろうとしてたんでしょ。風邪がうつったら大変だよ? ねっ、帰ろうよ」
 くっ……行動パターンまで読んでやがる。
 だがな、今日は『大惨事スーパーマーケット大根値下げ作戦』の発売日なんだ。
 家で楽しむためには今日寄らねばならん。
「長森、よくわかった。ちょっと用事を済ませてから行くから、東昇降口前の男子トイレの前で待っててくれ」
「えー!! なな、なんで男子トイレなの。普通に昇降口でいいじゃない……?」
 長森が上目遣いで懇願するようにこちらを見てくる。
 そ、そんな目されても大惨事スーパーマーケット大根値下げ作戦には勝てないぞ!
「あのね。オレ用事たす。オレトイレ行く。すっきりしてそのまま一緒に帰る。これ合理的。オッケー?」
「うん……そういうことなら仕方ないよね。待ってるから早く来てね」
「うむ、すまんな」
 全然合理的じゃない意見をのんで教室を出て行く長森。
 騙してすまんが、これもスパマケのため……許せ、長森。
 長森に指定した東昇降口の逆の西昇降口を使ってまんまとオレは一人で抜け出すのであった。
 ……教室を出る途中、住井が「咳のたび舞い上がるスカート」とか何か呟いてた気がしたが無視してきた。




「ぐあ……糞つまんねえよコレ」
 帰宅したオレは買ってきたゲームのあまりのつまらなさに電源を切ってしまっていた。
「レモンのビタミンC高すぎるし……ボスの錠剤は完全無欠の栄養価だし……製作者はもっとバランスとれっての!」
 今気づいたが、だいたいなんで今作から野菜が題材なんだよ。
 なんか急激に眠くなってきたな……このまま寝るか。
 電気を消し、その日はそのまま寝ることにしたのであったが……





 翌朝目覚めると、身体が思うように動かない。
 というか、とてつもなく喉の渇きがする。それに、頭も重たい。
 あれ……昨日オレ、酒飲んでないよな……?
 そんな事を考えながら、ガンガンする頭に鞭打ち、リビングにまで水を飲みに行く。
 そういえば、学校で風邪流行ってたな……もしかしてうつされたか……?
 くそっ……あんなゲーム買うために30分も並ぶんじゃなかったぜ……。
 って…… あれ? 何でオレ、いつのまに床に突っ伏してるんだ?
 確か、水飲もうとリビングへ……。
 いや、わからない……。
 考えられない……。




 チン。

 電話を切る音が居間から聞こえる。
 由起子さんはさすがに明日は仕事を休んでまで看病はできないらしい。
 明日は近所の信頼できる人にオレの看病を頼んでくれたらしい。
 面識がない人だったら嫌だなあ……とかそういう思考に至らないほどオレの症状は悪化していた。
 由起子さんが枕元で色々言っていたが全て上の空である。
 その日は、7回吐いた。他はそれしか覚えていない。




 ピンポーン。
 ピンポピンポーン。

 まどろみの中、わずらわしい機械音が耳に響く。

 ピンポピンポピンポーン。
 ピンポピンポ……

「だああああああああ、うるせえ!」
 よろよろと壁に身体をよりかけながら、不快な音源を断つために玄関に向かう。
 絶え間なく続くインターホンの音が今のオレには死神の囁きのようだ……

 ガチャ。

「どぢらざばですか……」
 怒りをこめ、声を張り上げたつもりが、玄関までの道のりで疲弊してひどいかすれ声になってしまった。
「ちょっと浩平、起きてちゃダメじゃない!」
 ドアを開けると長森が困惑した顔で突っ立っていた。
 突っ込みどころ満載だ…… お前に起こされてんだよ。
 が、すでに突っ込む気力もない。
「まったくよ。病人は部屋で寝てなさい」
 もう一人。長森の後ろに青髪のお下げが立っていた。
 なんで長森……と七瀬がうちに来るんだ……?
「今日は由起子さんの代わりにわたしたちが看病することになったから、浩平は安静にしてていいんだよ」
 近所の信頼できる人……昨日の由起子さんの言葉を思い出す。
 いや、七瀬は近所でもないし、そもそも信頼できないと思うんだが……。
「なんか言った?」
「なんでもありません……」
 聞こえてたのか……てか、仮にも病人なんだから脅し口調は止めてください七瀬さん。
 んっ。まてよ……?
「お前ら、学校はどうしたんだ?」
「あれ、由起子さんから聞かなかった? わたしたちのクラスは今日から学級閉鎖だよ」
「そうなのか……で、何で七瀬がいるんだ?」
「なんかあたし歓迎されてないわねえ……。瑞佳と昨夜電話で喋ってたときにアンタの話になったのよ。で、一緒に行こうかー、って。あっ、あたしはもう治ったから大丈夫よ」
 へえ……それは災難だなあ。オレ南無。
「とにかく浩平、いつまでも玄関にいちゃ風邪ぶりかえしちゃうよ。七瀬さん、浩平を部屋まで運ぶの手伝ってくれる?」
「いや……いい、自分で歩ける……」
「何言ってるのよ、はいはいあたしたちに任せた任せた」
 そう言い、女二人に部屋まで運ばれることになった。
 うわ、これ……病床の身とはいえ、なんだか気恥ずかしい……。
 だが、長森がオレの足の方を両腕で抱えるように持っていたのに対し、七瀬はオレの首根っこを片手で掴んで運んでいたことをオレは一生忘れない。




「よいしょ……っと」
 元いたベッドに身体をおろされる。
「ありがとう、君たちのおかげで尊い命が救われた。ああ、尊きかな。もう帰っていいよ」
「何言ってんのよ。まだ部屋に運んだだけじゃない」
「七瀬さん、わたしはとりあえず浩平のお昼ご飯用意してくるね。きっとまだ食べていないと思うから」

 トテトテトテ…………

 長森がそう言い、足早に部屋を出て行く。
 確かにもう3時になるが朝から何も食べてないな……。
 自分じゃ何もできないし、食べる気力も湧かないからなあ……ちょっとは感謝しておくか。
「えっと……」
 七瀬が所在なげに目をキョロキョロさせている。
「あたしは……何、すればいいかな?」
「帰る」
「ちょっと、酷い扱いねえ……なんかない?」
 そう言われても何も頼むことないしな……
「えーっと……あ、そうだ。何か本でも読んであげる!」
「ぐあ……ガキじゃないんだからいいよ、別に」
「まあまあ、そう言わずに」
 仕事の見つかった七瀬はやたらと機嫌よさそうにオレの本棚を見回す。
「んーっ……この小説にしようかしら」
 適当にぱらぱらと本をめくり、七瀬は読み出す。
「『ああん……ッ……』ルミは豊満な恥丘をコウヘイにわしづかみにされ、快楽に身をよじらせる。彼女の秘部はそれは砂漠のオアシスのように……」
「…………」
「『はぁん……イクッ……イクゥ……』ってなによこれっ!!」
 七瀬が『恥蜜の砂丘』を勢いよく地面に叩きつける。
「いや……なんで官能小説チョイスしてるんだよ。てか、なんでノリノリで読んでるんだよ……」
「し、知らないわよっ。アンタがこんな本部屋に置いておくから悪いのよ!」
 顔を真っ赤にして半泣きになりながら怒っている。
 いや、オレは悪くないぞ…… きっと。

 ガチャ。

「浩平お待たせー」
 湯気を立たせた食器を持ちながら長森が戻ってきた。
「……あれ? 七瀬さん、辛そうな顔してどうしたの? 七瀬さんも具合悪い?」
「なんでもない……なんでもないんだからっ! ひん……」
 七瀬はそう言って、部屋の隅っこにしぼんで座り込んでしまった。
「浩平、七瀬さんにまた何か意地悪したんでしょ」
「いや……オレは何もしてない。ただ、『恥蜜の砂丘』が……」
「わーわーわーわー! なんでもない、なんでもないのよ!」
 そう言って後ろ手で隠していた『恥蜜の砂丘』をぶんぶん横に振って必死に違うと言う七瀬。
 本当に救われないヤツだ……
「ならいいんだけど……」
 官能小説を必死に見せびらかす七瀬に無反応な長森もすごいヤツだ。
「さあ、浩平。どんどん食べて早く元気になるんだよ」
 そう言って長森がオレの前に食器を差し出す。
 どれ……牛乳ベースのスープ。牛乳寒天。牛乳お粥……? 牛乳本体一本。
 胃腸を患う風邪には乳製品を摂取するのはよくありません。うん。
「待て……長森、今のオレにはこれは無理だ」
「えー? あっ、そっか。浩平まだ自分で食べれないもんね。うん、わたしが食べさせてあげる」
 そう言って、長森がスープをスプーンですくってオレの口元に近づけてくる。
「はい、あーん、して」
 いや……あーんっ、ならさっき七瀬が熱演してた……じゃなくて!
「いや、な。長森……今のオレには乳製品はよくないんだよ」
「また浩平は牛乳嫌いだから、そうやって逃げるんでしょ。浩平は、これ食べて早く元気になるの!」
 ちっがーう!
「わたしの家では風邪の時は牛乳、って相場は決まってるんだよ。だから、浩平もこれ食べたら元気になるよ」
 お前のとこの家系の牛乳パワーは知らん!
「違うんだって長森! ダメなものはダメなの!」
 背中に壁がぶつかる。
「もう、浩平ったら…… 観念しなさいっ!」
 長森がオレに覆いかぶさるような形で無理矢理スプーンを口に運んでくる。
「きゃあヤメテー!」
 乳製品は……乳製品はダメなんだあ……。
 と、観念したところに、
「ちょっと瑞佳! 嫌がってるじゃない!」
 さっきまでしぼんでいた七瀬が立ち上がって声をあげる。
 そうだ七瀬! 胃腸風邪には乳製品はダメなんだ、言ってやれ!
「折原は……」
 胃腸を患ってるから乳製品はダメだ、言ってごらん。
「折原は……瑞佳に食べさせてもらいたいんじゃないでしょ?」
 七瀬は俯き加減にこちらをもじもじちらちらと見ながら言う
「あ、あたしに食べさせてもらいたいのよ……ね?」
 ちっがーう!
「違うもん! 浩平は牛乳が嫌いなだけで、わたしが嫌なわけじゃないもん!」
「でも、証拠に食べないとよくならないのに嫌がってるじゃない」
「うぐ……浩平、わたしに食べさせられるの、嫌……?」
「いや……えっと……」
 違うんだ、牛乳も長森も別に嫌いなわけじゃないんだ……わかってくれえ。
「嫌、って言ってるわ。というわけで、あたしが交代するわね。さあ、口を開けなさい!」
 七瀬の左拳……じゃなくて、左手が無理矢理オレの口を開かせる。
「あががががが……ひゃへへふへー」
 そして、無理矢理スープを口の中に流し込んでくる。
「ぶっ!!」
「きゃっ」
 無理な体勢で流し込まれたせいで噴出してしまった。
「ちょっと、汚いわねえ……でも、そこまで牛乳嫌いなのね……」
「でも、何か食べないと浩平元気にならないよ……」
 七瀬と長森が困ったような表情で黙り込む。
 お前らは他の食事を食わせるという選択肢は思いつかないのか……


「あっ、そうだ」
 長森が何か思いついたのか、声を上げる。
「いや……でも……これはきっとよくないよ、うん……」
 長森が顔をうつむかせ、目を泳がせながら、七瀬とオレのほうをチラチラと見る。
「何か思いついたならやればいいじゃない。流し込んでも噴出すから、あたしには思いつかないわ」
「うん……そうだね。浩平のため、だもんね」
 いったい、何をする気だ……
「浩平、ごめんっ!」
 長森が自分の口にスープを流し込み、すばやくオレの口元へと……
「ンっ……ん、はあ……」
 えっ!? ええ!?
「ん……ふ…… はむ……」
 しっかり飲み込むよう誘導するためか、長森の舌がオレの舌に絡み付いてくる。
「はあ……ふ…… んっ、んっ……」
 長森の息遣いが舌を通して伝わってくる。
「う……ぐ!?」
 そして、ついに負けて飲み込んでしまった……
「っぷはあ……長森、お前一体何を……?」
「はあ……はあ……浩平……やっと、飲んでくれた、ね」
 息を切らせながら長森が嬉しそうに答える。
 飲んでくれた……って何もここまで……。
 だいたい、七瀬も見ているのにこんなことしちゃまずいんじゃ……。
「あっ……う……」
 かくいう七瀬は惚けたよう表情でこちらを見ていた。
 そりゃ、あんな事いきなり見せられちゃ言葉も失うよな……。
「っ!」
 しかし、何かを考え改めたかのように七瀬の表情が変わる。
「そうよね……献身的に看病をする。これも乙女に必要な事柄だものね。これは看病の一貫よ、うん、そうね」
 そう言って今度は七瀬がオレのほうに近づいてくる。
「ちょっと待て……まさかお前も……」
「目、閉じて」
 次の瞬間、オレの口は塞がれていた。
「んっ……ん……」
 たまらず身をよじらせる。
「っはあ……らめ、だめよ。んっ……!」
 動けないように頭を手で引き寄せられる。そのせいで七瀬がさらに深く入ってくる。
「ん……ふ……っはぁ」
 そしてまた屈服してオレは飲み込んでしまった……
 七瀬の唇がオレのもとから離れる。
「はあ……はあ……」
 あの七瀬までもがこんなことを……
 でも、二人ともオレの言わんとしていることには気づいてくれていない。
「……わかった、お前たちの献身的な熱意はわかった、でも……」
「七瀬さん、こうなったら、浩平が全部食べて元気になれるまでつきあってね!」
「望むところよ! 覚悟しなさい、折原!」
 一度やってしまうと、もうどうでもいいのか、二人とも嬉々としてオレににじりよってくる。
「次はー……お粥も食べないと。ねっ、浩平」
「ちょ、お前ら……人の話をき……くけーっ!!」




 そうして、いったい何十回繰りかえしたかわからないが、ついにオレは全てを飲み干してしまった。
 もう、長森の作った不思議牛乳料理の味なぞ全然記憶に残っていない……。
 記憶に残っているのは……彼女たちの感触と……あいつら、牛乳臭いな。




 ちなみに乳製品の過剰摂取により、あの後は便所通いの一日だった。
 でも、その前の日より辛くなかったな。なんでだろ。




【後書き】
お読みいただきありがとうございます、作者のかちょうです。
某氏から「ラブコメを書いてみてくれ」との入電がありまして、以前に書こうと思っていたネタをいくつか取り入れて書いてみたところあのような形となりました。
ラストの締めは初め、しびれを切らした浩平が長森と七瀬を張り倒して(ぉぃ)、アレ? オレ元気じゃん! と気づく展開を想定していたのですが、ちっともラブの部分が入っていないことに気づき、現在の口うつしネタに至っております。実は自分、ラブシーン(って言うのかアレは?)を書いた経験が全くなく、書き終わった今も少々戸惑っています。ディープキスはやりすぎかな、うーん……。
果たしてラブコメを名乗れるお話であったでしょうか? 激しく心配です。
そんな稚作でありますが、校正に携わっていただいたお二方にはこの場を借りて感謝いたします。遅い時間までどうもありがとうございました(汗

さて、最後にいくつか自己反省を……。

>全体的に描写が足りない
すいません、描写書くのは苦手意識がありますorz
DNML化前提とかいう建前もあったりするのですが、一次創作文章書こうとしても描写不足に陥るので、改善点だと思います。
ギャグシカカケナイヨ(つД`)

>浩平が風邪に至るまでの家でのシーンが適当
これはですね、由起子さんというブラックボックスを避けていたらこうなってしまいました。
浩平が風邪をひいたら? ⇒ 家にはあの人いるじゃん!
って話になるのですが、なんだかうやむやにしてしまいました。
ダメだろorz

>ラストがあっさりしすぎ
これも私のダメなとこで、オチが弱いんです。
一応今回は浩平の心情になんらかのフラグがたった? 的にくくれましたが、物足りないのは確かでしょう。

次回、SSを書く機会がありましたら、自分自身の反省、関係者の皆様からお寄せいただいたご指摘をしっかりと胸に刻み、臨みたいと思います!