背中が痒い。でも掻けない。
 足を組みなおしたい。なんていうか、リトルエコノミー症候群って感じだ。
 まだ昼間だが風呂に入りたい。こう見えても朝シャンとか好きだし。
 ああ、そういえばテレビで微妙に興味ひかれる番組があったっけな。たしか囲碁。
 人間は何か趣味持たないといけないね。これから来る老後のためにも。
 あー、小腹が空いてきたな。ポテチでも食いたい。
 いやいや、昼寝も悪くない。休日はごろ寝、これ最強。
 んー、何かネタになるギャグでも考えてみるか。
 布団が吹っ飛んだ。猫が寝転んだ。あなた運送屋? うん、そうや。
 駄目だ、輝かしきニューエイジを築くにはあと一歩足りない。
 いや、三歩か? ぬう、何歩足りないか気になってきたじゃないか。

「祐一さんは雑念の塊ですっ」

 ……怒られた。





ネイキッドハート







「もう、描く気が削がれました。こんなんじゃ、いい絵なんて描けっこないです」
 ぷーっと、頬を膨らませ、ぷんぷんといった様子で栞がスケッチブックを閉じる。
 はあ、やれやれ。やっと解放されたか。
「ああっ。何ですか、その下手の横好きショーに付き合わされたと言いたげな溜息は」
 いや、『言いたげ』じゃなくてそのものだし。
 ていうか、自覚ありですか? 栞さん。
「だってさ、どうせまた俺になってない俺がいるんだろ?」
「どうせって何ですかっ。そこまで言われたら傷つきます」
「やけに今日はハイテンションだな。そう言うんなら見せてみろよ」
「あっ、ダメ……」
 ダメです、と慌てて胸元に抱き寄せようとした栞の動作よりも早く、膝に乗ったスケッチブックを取り上げる。
 ぱっと開くと、今日のスケッチ、つまり俺の肖像画……らしき物が現れた。
 相変わらず下手というか、どのへんに俺のパーツがあるのかさっぱり分からない。
 いや、いつに増して今日のは酷い気がする。
 ていうか、俺の背後にいる鎌を持ってるようなのは何だ? 何が見えているんだ栞は?
 ……あとでどこかにお祓いしてもらうべきだろうか?
 何か怖いのでそれについては触れないことにしよう。
 とりあえずは、肖像画にも芸術にもなってないということだ。
「見ろ、これのどこが俺だ?」
「それは祐一さんそのものですよ」
 ほう、とんでもないこと言ってくれやがりますねマイラバー。
 あんたの恋人はこんな姿してるんですか。
「祐一さんから染み出す雑念がそういう形になって見えるんです」
 絵を馬鹿にされたからヤケになってるんだろうか?
 ぶーっと、不機嫌MAXにそっぽを向きながら栞が無茶苦茶なことを言う。
 普段ならただの負け惜しみと思っただろう。
 だが……今日に限っては思いっきり図星だ。
「んなこと言ってもなあ。ただ座ってるだけってつまらないんだぞ」
「そこを我慢するのがモデルの腕の見せ所じゃないですか」
 腕って何だ、腕って。身体の間違いだろ。
 それ以前にその理屈は無茶苦茶すぎる。
「だいたい、肖像画ってのがナンセンスだ。今は写真で十分だろ。わざわざ長時間かけて手間のかかる絵なんか描くなんて価値あるのか?」
「ありますよ。描いてもらいたい自分とかありませんか?」
 ちょんと指を口に当てて問い掛ける栞。
 描いてもらいたい自分……ねえ。あんな怪しいもの描かれるなら遠慮したいが。
 いや、待てよ……。
 ふと、頭の中に面白い悪戯が浮かんだ。


 ぽんっ、と手を叩き、作り笑いの満面スマイルを浮かべる。
「おお、あるぞ。描いて欲しい自分が。是非とも栞に描いて欲しい」
「……何を描くんですか?」
 うっ、鋭い。いや、まあこの態度の豹変は自分でも怪しさ爆裂だなとか思った。
 栞の冷たい視線が体に突き刺さる。
 だが、そんなことで屈する俺ではないっ。
「よくぞ訊いてくれた。俺の輝く『ぼでぃ』を隅から隅までじっくり描いて欲しい」
「つまり、ヌードを描くんですね」
「な、何を言う。俺がそんな下品な男だと……」
「ヌードですね」
「……はい」
 バレバレだった。しかも何かに負けた気がする。
「分かりました。祐一さんがそこまで言うなら描きましょう。さ、脱いでください」
「……え、いや」
「私の恥ずかしいところを見て、そんな快楽を求める祐一さんの心をケアしてあげることも恋人の務めです。さあ、どうぞ」
 にこっと、それはもう後光が差して見えるくらいの笑顔で微笑む栞さん。
 再びスケッチブックを開いてスタンバイも完了である。
 まずい、何かヤバイ回路のスイッチを入れてしまったみたいだ。
「あれ? どうしたんですか? 私が脱がしましょうか?」
「じ、自分で脱ぐ」
 ああ、とてもじゃないけど『冗談でした』なんて言える雰囲気じゃない。
 栞を冗談で怒らせると何が怖いって、その冗談を本当に実行させるところが怖い。
 分かっちゃいるくせに、そこは俺の性格というもの。
 つい失言をして、精神ダメージのきっつい反撃を毎回食うのだ。
 ……いい加減学習しろよ自分。
 何も言わない笑顔が怖いので、一枚一枚服を脱いでいく。
 うが、まだ秋って言っても暖房なしじゃパンツ一丁はきついぞ。
「へっくし」
 身震いと同時にくしゃみをしてしまった。
 鳥肌も立ってしまい、思わず体を丸める。
「しおりー、この格好でいるのはきついぞ」
「この格好じゃないです。まだパンツが残ってます」
「お、鬼。ていうか、無理。俺が悪かった。後で何でもするから勘弁してくれ」
 言い出したのは俺だし、大抵のことならやりきってみせるが、こればっかりは風邪を引く。
 恥も外聞も捨てて俺は栞に土下座した。
 すると、ぱたんとスケッチブックを閉じる音がして栞が溜息をつく。
「ふう、仕方ないですね。今日はこのくらいで許してあげます」
 よかった、物分りはいい彼女で。
 ほっと一息つきながら、脱ぎ捨てた服を身に付けていく。
「もっと早く許してくれ……だいたい俺のヌードなんか描いてどうするんだ?」
「かっこよく描けたら部屋に飾ります」
「マジか?」
「マジです」
 いつもの冗談かと思ったら、栞は本当に真面目な顔をして頷いた。
 そうか、俺の裸がそんなにいいのか。これは脱いでやるべきだったかもしれない。
「って、そうじゃないだろ! かっこよく描けてもんなもん飾る奴がいるか!?」
 自分への突っ込み含めて、大声を出してしまった。
 だが、栞はというときょとんとした様子で俺に訊き返す。
「何か変ですか?」
「変に決まってるだろ。いくら恋人でも、裸の男の絵なんか部屋に飾るか?」
 ていうか、裸の女の絵が飾られてても引くぞ。
「む、まさか祐一さん、ヌードをエッチだとかいやらしいとかそういう風にしか見てないんじゃないですか?」
「そんなもの、それ以外の何に見えるって言うんだ?」
「芸術ですよ。立派な表現の顕れです」
 栞は胸を張って、顔色一つ変えることなくそう言ってのけた。
 マジかい、あんた。
 あんなもん昔の人間のエロ本かなんかと変わらないだろう。
 そう思っていたら、栞はいつになく真面目な顔をしてピシャリと言い放った。
「祐一さんはそういう事ばっかり考えてるからいいモデルになれないんです」
 分からん。本当にわけが分からない。
 どうしてそれがモデルになれるかなれないかの話になるんだ?
 呆然としていると、栞が溜息をつきながら俺にスケッチブックを渡した。
「論より証拠です。私が祐一さんに、部屋に飾りたくなるヌードというものを見せましょう」
「な、何っ!?」


 あまりの飛躍した発言に俺が驚くのも束の間。
 栞は何の躊躇もなくスカートごしにパンツを取り去り、肩から右に真っ直ぐに伸ばした指先にそれを吊るす。
 乙女の恥じらいの最後の砦であるはずのそれは、ハンカチか何かのようにあっさりとその指を離れ地に落ちた。
 スカート、上着、アンダー、やはりまったく躊躇いはない。
 そして、最後のブラも。いや、はじめにパンツを脱いだ時点でそうなるのが当然であったかのように……。
 一糸纏わぬ姿の栞が俺の前に立ちはだかった。
 いくら恋人とはいえ、女の子の裸体である。
 瞬間的に見ちゃいけないという思考が働き、顔を背けた。
 いや、何より栞は胸もその下も手で覆おうともしないのだから。
「馬鹿、前くらい隠せっ」
「隠す? そんなことは出来ません。祐一さんこそこっちを見てください」
 み、見ろって言われても……。
 そうは思いつつも、栞の凛とした声に逆らえず、恐る恐る背けた顔を元に戻す。
 胸はおろか、右足を一歩斜め前に踏み出した状態で足を開き、羞恥の中心であるべき場所も完全に開けっぴろげとなっている。
 何より踏み出された足が右であるというのが重要だ。
 栞の右半身には胸の下から腰にかけての大きな傷痕、すなわち手術痕があるのだから。
 つまり、栞は普段自分が最も隠したがるはずである場所を全て俺に向けて立っているのである。
「隠す、というのはそこが弱いと示すことです。だから……私はどこも隠したりしません」
 毅然とした態度でそう言い放ち、栞が一歩俺に近寄る。
 幼さの残る顔も、その小さな胸の細かな形も、女の子は何もないのではなくぷっくりと二つわずかに膨らんでいるということも、傷痕についた縫い目の数も、全てがはっきりと分かる距離。
 栞はそこで足を止め、俺の目を直視した。
 目を逸らす事ができない。いや、呼吸さえままならない。
「祐一さん。今の私の絵を描いて下さい。やってくれますよね?」
「無理だ。俺には出来ない。俺は絵なんて得意じゃないし……」
「思うままに描いてくれればそれでいいんです。しっかり私を見て、それで絵を描いて下さい」
「無理だ。出来ない!」
 エロい? いやらしい? 卑猥?
 今まで俺は裸をそんな性欲の対象としてしか見ていなかった。
 それが異性の裸となれば言うまでもない。
 だが、俺の前に立つ裸の栞はそんなものじゃない。
 ただ、一言。強い。
 恥であるはずの行為を恥じず、隠すべきところを隠さず、それがこんなにも力強いものに見えるのだろうか?
 いや、違う。これは栞の強さだ。
 病気を乗り越えた精神力、今の生き方を恥じない前向きな心。
 俺が目にしているのは、それらが形となって表れた物なのだ。
 向き合えるだけの度胸が俺にあるのだろうか?
 ついさっきまで絵を馬鹿にしていた俺に描く資格があるのだろうか?
 写真なんかでこれを表現することはできっこない。
 今俺がここで感じている空気、これが込められるものがあるとすれば、それは他ならぬ絵だ。絵しかない。
 だけど俺には……向き合える度胸も、描ける技術も……。
 そんな結論が頭に浮かび、思わず何もない床を見つめてしまう。
 しかし、そんな俺の耳に栞の声が響いた。
「祐一さん、目を逸らさないで下さい。そんなことをされたら、私泣きます」
 がつん、と。鈍器で頭を殴られたような感覚に襲われる。
 それを言われたらおしまいだ。女の子に『泣く』なんて言わせるなんて最低だ。
 俺がここで目を逸らすこと、それは栞の全てを否定することじゃないか。
 好きな人なら、見つめてやらないでどうする?
 栞は、俺の為に強くあろうとしたんだから、俺が受け止めなければいけない。
 それが出来ないなら俺に栞を愛する資格なんてないじゃないか。
 ペン立てに差してあった鉛筆を取り、スケッチブックを開く。
 俺でない俺が描かれたページをめくり、真っ白な画用紙を前にして俺は顔を上げた。
「鉛筆でいいか? これなら何とかなりそうな気がする」
 こくりと無言で頷く栞。
 それを見て、俺は無言で鉛筆を動かし始めた。


 この気持ちを何と言おう?
 女の子、それも大好きな女の子の裸を前に俺は無心に鉛筆を動かしている。
 俺は男だった筈だ。不能になってしまったのだろうか?
 こんな状況なのに欲情が波一つ立たないなんてどうかしてる。
 そして、もっと不思議なのは、俺の手だ。
 美術の授業なんてこのかた真面目に受けたことはない。
 気の合う友人とくっちゃベりながら、適当に描き殴ったものを出してそこそこの成績をもらう。
 俺にとって絵なんてそんなものだったし、当然絵なんて描けたものじゃない。
 なのに、一体これはどうしたことだろう?
 俺の手は栞の姿を寸分違わず、手元の画用紙に描き出していく。
 違う。俺が描いてるんじゃない。
 栞はモデルが悪いからいい絵が描けないと言った。
 それはある意味真実だったのだ。
 描き残したい、真にそう思うものがあればそれだけでよかった。
 技術のあるなしではなく、そう思わせるものに出会えば人は絵を描けるのだ。
 俺は栞という最高のモデルに絵を描かされている。
 これはただのスケッチではない。栞の魂そのものと俺の会話だ。
 この力強さを描きたい。俺の部屋に飾りたい。
 朝に、晩にそれを見て、栞という女の子の偉大さと、俺がその子を大好きだってことを改めて知るのだ。
 他のどんな画家でも駄目だ。描いた者にしか分からない想いがそこにある。
 案外、世の中で芸術と言われる絵だって、描いた本人以外は一割だって分かっちゃいないんじゃないだろうか。
 画用紙と栞、ただそれだけを見つめる。
 それだけしか世界に存在しない感覚。
 だが、それがなんとも心地よかった。
「祐一、明日の英語……」
 雑音とともに、何かが世界に侵入した。
 そして、次の瞬間、その何かが喚き立てる。
「な、ななな、何やってるの祐一!? 栞ちゃんに何をしてるの!?」
 喧しい……何だ?


 顔をしかめて雑音の方を見る。
 そこには、見慣れた従姉妹の名雪がひどく取り乱した様子で目を見開いていた。
「何だ、名雪。今忙しい、後にしてくれ」
「忙しいって、こんな真昼間から何やってるの!?」
「見て分からないか?」
 何を言ってるんだこいつは?
 この状況を見て理解できないほど頭が弱いのか?
「分からないかって、祐一が栞ちゃんにいやらしいことをしているようにしか見えないよ」
 かちん、と頭が一気に加熱する。
 自制も何もない、気がついた時には名雪を怒鳴りつけていた。
「お前にはこれがそんな風に見えるのか? どこかに行ってしまえ、この淫乱!」
「いん……らん……?」
 持っていたノートと教科書を落とし、力なく壁に寄りかかる名雪。
 その顔は今にも泣きそうだった。その表情を見て我に返る。
 まずった。半無意識の事とはいえ、何てことを言ってるんだ俺は。
 慌てて名雪に頭を下げる。
「わ、悪い。ついカッとなってしまった」
 名雪は悪くなんかない。普通この状況を見れば当然の反応だろう。
 従兄弟の俺が年下の女の子を部屋で脱がし、その裸をしげしげ観察しているというのが客観的な視点での光景なのだから。
 だから名雪は全然悪くない。でも、栞の姿をそんな卑猥なものとして見られたことが許せなかったんだ。
 それでも言っていいことと悪いことがある。
 栞を泣かせちゃいけなくて、名雪は泣かせてもいいなんて理由はどこにもない。
 いやむしろ、家族として、男として泣かせてはいけないだろう。
「悪かった。でも、これはそんなんじゃないんだ。頼む、そっとしておいてくれ」
 いつになくしおらしい俺の様子が不思議だったのだろうか?
 名雪はきょとんとした様子で俺と栞を交互に見つめ、俺の元へと歩み寄ってきた。
「絵を描いてるの?」
「ああ」
「……すごい」
 画用紙には栞の全身の輪郭と、胸から上が完成した絵が描かれている。
 名雪はそれを見て、小さな嘆息をもらした。
「祐一には、栞ちゃんがこんな風に見えてるんだ……」
 何かを感じたのか、名雪は画用紙に描かれた栞と、一糸纏わぬ栞を交互に見比べる。
 そして、神妙な顔つきをして目を伏せた。
「ごめん。祐一と栞ちゃんのこと勘違いしてたよ。わたしの方が、はしたない女の子だよね」
「もういい名雪。俺が悪かった。それ以上自分を責めないでくれ」
「あ、うん。……ありがと」
 自己嫌悪と俺達への申し訳なさから小さくなった名雪はちょっとかわいかったかもしれない。
 頭に来たからといっても、やっぱり酷いことを言ってしまったと思う。
 あとでちゃんと埋め合わせはしておこう。
「ねえ……傍で見てていい?」
「ああ」
 頷き、再び画用紙に向かう。
 もう名雪が傍にいることは意識にない。
 あるのは目の前の栞のことだけだ。
 栞はモデルになりきっているのだろう。微動だにしない。
 そこに雑念なんてものはこれっぽっちも見えなかった。


 さっさっ、と軽快に筆を動かし、栞の全身を描き上げる。
 まだ最後の仕上げが残っているのに、先に描き上げた視線の力強さだけで気圧されそうだ。
 普段、漫画等では消されたり平面として描かれるあの場所に一本の線を入れる。
 その瞬間、そこを印象付ける一歩斜め前に踏み出された右足がとても力強いものへと変化した。
 きっと昨日までの俺なら、この一本の線を描くことに低俗な感情を抱いたに違いない。
 そして最後の最後。鉛筆を拳で握り締める。
 それをもって、画用紙を破かんばかりの力で栞の白い腹に太い黒の線を刻みつけた。
 他のどの場所よりも、その傷痕が目立つように。
 果たして絵は……完成した。


 それから二ヶ月。
 栞の絵は、勘違いのお詫びにと名雪から贈られた額に収まって俺の部屋に飾られている。
 あんな酷いことを言ったのに、そんなことをしてくれるのだから名雪は健気な奴だ。
 ああ見えて器量も悪くないし、見た目だってかわいい。
 学食のAランチかイチゴサンデーをお詫びにしようと思っていたが、額のお礼も兼ねて変わった目覚ましを贈ってやった。
 時間が来ると、音楽と共に中で猫が踊るという細工が施されたもので結構値が張ったが、喜んでもらえたのでよかったと思う。
 満面の笑顔でありがとうって言われた時は、ちょっと胸がときめいたかもしれない。
 でも、それでもやっぱり俺は栞が好きだ。
 朝起きて、家を出る前にあの絵を見る。
 すると不思議なくらい力がみなぎってくるのだ。
 彼女に恥じない生き方をしようとか、負けねえぞとか。
 栞は俺にとって大切な人であると同時に、永遠のライバルなのかもしれない。
 何しろ、目覚めてしまったもんな。
 勉強机の端には、デッサンに関する本が置いてある。
 最近、受験勉強の合間に読み始めたものだ。
 あの栞の鉛筆絵には満足していない。むしろ不満だらけだ。
 俺に技術がもっとあれば、あの時の臨場感をもっと表現できた。
 画用紙の上に、栞の力強さの全てを刻み付けることが出来た筈だ。
 それに、力強いだけじゃなくてかわいい栞とか、元気な栞とか、時にはご機嫌斜めな栞なんかもこの手で描いてみたくなったのだ。
 案外、これから栞と一緒に一生続けていける趣味になるかもしれない。


 それに、栞はやっぱりもの凄くかわいい。
 だってさ、あそこであれは反則だろ。
 あの絵を描き終わって服着たあとに、あの白いほっぺた赤く染めながら、さっきまでの力強さはどこへやらな様子でこう言ったんだ。
「かなり……恥ずかしかったです……」
 ってさ。
 思わず抱きしめてしまったじゃないか。


 これは俺の、張り合い甲斐があって、それでいて大事にしたくなる素敵な彼女のいる光景。
 まあ、ノロケとも言うかもな。





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