PowderSnow Fairy 空飛ぶ雪ん子
(1〜15)

アバン10
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 タイヘンだよ。
 街で暴れる一反木綿さんたちには逃げられて、一緒に魔法使いしようって張り切ってたお友達のかおりには『邪魔だからもう出てこないで』と言われちゃった……。
 空も飛べない、戦うのも下手。
 戦ったらお友達の足を引っ張るだけ。

 ひょっとして、わたしの存在価値ってゼロ?
 うにゅう。
 自分で言ってて悲しくなってきたよ。

 空が飛べたら、何かが変わるかな?
 ううん、そんなことよりもっと大きいのは……。
 飛びたいって気持ち。
 せっかく魔法使いになったのに空を飛べないなんて、そんなのつまらないもん。
 でも、雪ん子が空を飛ぶなんて話、わたしも聞いたことないのでした。






☆     1     ☆

 おっきく深呼吸。
 うん、今日も一日がんばろう。
 気合を入れて、教室の扉を開ける。
「おはようございます」
「あ、なゆちゃんおはよ〜」
 気持ちよく挨拶して迎えてくれるのは、やっぱり元気なほたるちゃん。
 と、思ったら、横に回ってわたしをじろじろ。
「えっと、何かな?」
「なゆちゃん。あのけろちゃんのキーホルダーどうしたの?」
「え? あれ?」
 斉藤君がいつも驚いてるけど、ほたるちゃんってこういうのよく気がつくんだよね。
 はじめてけろちゃんつけてった日も、すぐに気がついたし。
「うん、今日起きたらどこかに行っちゃってたの」
「そうなんだ。かわいかったのになぁ……」
 まるで自分のことみたいに残念そうな顔をして、ほたるちゃんはとぼとぼ自分の席まで歩いていった。
 ほんとにほたるちゃんってかわいいグッズはんたーなんだよね。
「おはよ」
 席につくと、昨日も魔法の特訓してたのか眠そうだけど、斜め後ろのかおりがにっこり笑って手を小さく上げてくれる。
 で、後ろのハナちゃんは……。
「おやすみぃ……」

 ごつんっ!

「いた……。何するの、かおり」
「顔くらい上げてあげなさいよ!」
「だって、だるい……」
 頭にげんこつを落とされても、ハナちゃんは机にばったり倒れたまま。
 うわあ、すごいやる気なし。
「ああああっ、もうこいつはー!」
「ちょっと、かおりちゃん落ち着いて〜。きゃうっ」
 もう一回げんこつ落とそうとしたかおりを、あわててほたるちゃんがつかむ。
 つかんだけど、小さすぎてぽいっと横に投げ捨てられた。
 わ、わわわっ、このままじゃ転んじゃう。
「……おっと」
 なんて思ってたら、机に倒れたまんまのハナちゃんが、右手を伸ばしてほたるちゃんの服をキャッチ。
 え……? うそ……?
 信じられなくてかおりの方を見てみる。
 やっぱりびっくり。
 ほたるちゃんを見てみると、助けられたのにびっくり。
 三人顔を合わせて、へたっとしたまんまのハナちゃんを見つめる。
「ね、ねえ、今ハナちゃん、見てないのにほたるちゃんつかんでなかった?」
「後ろに目でもついてるのかしら?」
「時々凄いことするよね……ハナちゃんは」
 それでも、目の前で寝ている人はどう見てもやる気なしなのでした、まる。
「はぁ〜、なんか最近さ、学校来たと思ったら終わってるんだけどなんでだろ?」
 ハナちゃん、それ学校が短縮授業になってるからです。
「まったく悪びれもせずにその台詞言えるひばりに感激するわ」
「にゃは、ありがとー」
「誰も褒めてない。何が『にゃは』よ」
「お弁当の時間からは起きるのにね、ハナちゃん」
「まあ、土曜日とか長いお休み前はいつもこうでしょ、ひばりは。なんでこれでテストの結果出せてるんだか」
「……いやー、宿題はちゃんとやってるよ。予習復習もしてるし。授業聞いてないから大変だけど」
「授業を聞けよ。この本末転倒夜型娘」
 ものすごくやる気なしな言葉に、かおりがぎろっと目をつりあげる。
 ぶるぶる、言葉使いまで怖くなってるよ。
 でも、机に倒れたままのハナちゃんがそれに気づくことはないのでした。
「銀子先生が怒るのも分かるわ……」
「怒るを通り越してもう呆れてるよ」
 はぁ、とため息をつくかおりに、やっぱりため息をつくほたるちゃん。
 わたしもつられてため息。

「そ、そんなことよりっ」

 なんだかどんよりしてきたから話題を変えなきゃ。
 それに、ちょっとみんなにアイデア欲しいし。
「あのね、もし体がとっても軽くなったとして……どうやったら飛べると思う?」
「飛ぶって、空を? なんだか魔法みたいだね」
 乗ってきてくれたのはほたるちゃん。
「ちょっと、なゆき……」
 かおりは……何のことか分かったのか、ちょっと顔をしかめてる。
 あ、手でバツの字作ってる。声に出してないけど口の動きは……。
 『その話題はやめときなさい』だよね。魔法のことばれちゃうから。
 首を横に振る。
 だいじょうぶだよ。ちゃんと考えてるから。
「うん。昨日ね、体がものすごく軽くなる夢を見たの。だけど、軽くなるだけで空は飛べなくて、今度同じ夢見たら飛んでみたいなあって」
「……すごく具体的な夢だね」
 はうっ。
 必死に考えたのに、ほたるちゃん鋭い。
 って、かおり見たらため息ついてるし。
 『はぁ、言わんこっちゃない』って、うにゅう。
「なゆきらしいねー」
 どうしようって、ちょっとパニックしてるとぬほーっと横からおっきな影が……。
「ハナちゃん?」
 ずーっと机にへたっとしてたハナちゃんだった。
 ハナちゃんはとても背が高いから、座っててもほたるちゃんくらいの背がある。
 朝はちゃんと体起こしてることあまりないから、ちょっとびっくり。
 でも、やっぱりおっきいなあハナちゃん。
「まあ、それなら簡単だよ。ほたる、ちょっとこっち来て」
「うん、いいけど? 何するの?」
「いーからいーから」
 ほたるちゃんにこいこいって手招きしながら、ポケットのティッシュを出すハナちゃん。
 それからティッシュを一枚とって、やぶいて、きりきりきりって感じにねじっていく。
 ……えっと、何をするんだろ?
「ほたる、顔出して」
「こう?」
「ん、おっけ」
 首をかしげながら顔を前に出したほたるちゃんの鼻に、ハナちゃんは……。
 さっきの棒みたいになったティッシュを突っこんだ!?
「ふぇっ?」
 ほたるちゃんは、びっくりして顔をくちゃっとさせて。
 鼻と口をひくひくさせたかと思ったら……。

「くしゅん」

 かわいく、くしゃみをした。
「ちょっと、ハナちゃん! ほたるの鼻に何するの!」
「まあまあ、こんな風にくしゃみの爆発力があれば飛べるよー」
「そういう問題じゃなくて、黙ってこんなことしないでよ!」
「他にも芋をたくさん食べて、おならパワーで飛ぶとか」
「人の話聞きなさーい!」
 すごい。ぷりぷり怒ってるほたるちゃんを完全に無視してる。
 ぽかぽか叩かれても無視してるよ、ハナちゃん。
「というわけで、私の意見でした。ではまた来週。おやすみー」
「ではまた来週じゃないよ! ちょっと、もぉーーっ!」
 ほたるちゃんが髪をぐいぐい引っぱって抗議しても、いったん寝始めたハナちゃんが起きることはないのでした。

 とんとん。

「うにゅ?」
 肩を叩かれて振り向いてみると、かおりがにっこりとても楽しそうに笑っていた。
 なんだか、イヤな予感。
 こんな顔してる時のかおりって特に。
「芋がいいわよなゆき。お尻からのガス噴射で飛ぶのよ。きっと絵になるわ」
「絶対嫌!」
 お尻からのガスで飛ぶだなんてかっこ悪すぎだよ。






☆     2     ☆

 まったくもう、おならで飛べなんて最悪だよ。
 かおりったら他人事だと思って。
 ぷんすか怒りながら、教科書をめくる。
 今は四時間目。
 最後の授業は国語です。
 飛んでいく白鳥さんのお話を読んでるのに、頭に浮かぶのはお尻からガスを出して飛ぶわたしの姿ばっかり。
 うにゅう、はやく忘れないと……。


 でも、ハナちゃんの話、ちょっとヒントかも。
 体を思いっきり軽くしてる時に、おっきなくしゃみすれば多分浮いちゃう。
 だから、くしゃみをし続けたら空を飛べるのは間違いないよね。
 ずっとおならをし続けても……って、おならはもういいよ〜。
 と、とにかく、何か風をおこすものがあればいいんだよね。
 くしゃみをし続けるのはムリ。
 コショウでずっとくしゃみしようとしても、ねらい通りにくしゃみが出るかわからないし、顔がぐちゃぐちゃになっちゃいそうだからダメだと思う。
 おっきなうちわでパタパタ……は、手がすぐに疲れちゃいそうだからやっぱりダメ。
 となると残ってるのは……。
「って、もうガスはいいよ〜」
「ガス?」
「え? わわっ、何でもないです!」
「そう? じゃ、せっかくだから水瀬さん125ページから読んでね」
 もうー、かおり最悪だよ。
 心の中で文句をいいながら、立って教科書の音読。
「はい、ありがとう。それじゃこの次は……」
 はぁ、びっくりした。
 ちょっと腹が立ったから、ななめ後ろを見てかおりをにらむ。
 って、こっち見て〜。
 あ、顔を上げたよ。
 こんどこそ、にらんで……。
 にらんで……。
『何? ケンカ売ってるの?』
 ぎろっとそんな感じに、かおりの目が三角につり上がる。
 ふるふるふる。何でもないです。
 うにゅう、怖すぎる……。


 と、とにかく、空の飛び方だよね。
 何かくしゃみの代わりになるものがあるといいんだけど……。
 うーん、何かないかなあ?
 わたしの持ち物と、やれることを考えてみる。
 扇風機をお尻につけるとか……。
 うにゅう、つけられそうにないしカッコ悪すぎる。
 やっぱり、無理なのかなあ。
 あ、でも、あれなら……。
 うん、そうだよね、試してみる価値はあるかも。
 だけど、街の中だと迷惑になったり見られたりしそうだから、どこか広くて人がいないところがいいよね。
 そんな場所って……あ、あった。
 遠足でいったあそこなら、うん。
 あとはぴろちゃんだけど……。
 念話って、ここからでもできるのかな?
 ……やってみよ。

(ぴろちゃん、ぴろちゃん)
(……んー? 何やぁ)
(ぴろちゃん!)
(な、何や!? 頭ん中からなゆきの声が!? ワイ、ついにボケたか!?)
(わたしだよ、ぴろちゃん。念話だよ)
(へ? 念話? あ、ほんまや。よう考えたらこの感じは念話やな……って、人が寝とんのに安眠妨害とはどういう了見や、このすっとこどっこい!)

 す、すっとこどっこい……。
 いちおう、届いたみたいだけど、いきなりひどい。

(ごめん〜。ちょっと用事があったんだよ。それに念話届くか分からなかったし)
(ん? そういえば、今なゆきは学校か、珍しいな、なゆきから念話なんて)
(あ、そうかも。でも、よかったよ。学校からでも念話通じるんだね)
(この街くらいやったら、どこでも話できると思うで。ほんで、なんや?)
(あ、うん。今日学校終わったら、ものみの丘に来て欲しいの。わたしも行くから)
(ものみの丘やな。分かった)
(うん、じゃあね)

 うん、おっけー。
 ……え?
 ほんとに?
 なんだか嫌な予感。
 もう一度念話だよ。

(ぴろちゃん、ぴろちゃん)
(何や! 人が寝とるのに)
(ものみの丘ってどこか知ってる?)
(はぁ? なんやそれ? はじめて聞いたで)

 うにゅう、完全に寝ぼけてるよ。
 もう少ししてからもう一度言った方がいい……かな。

(後でいいよ)
(ったく、何やねん。人が気持ちよう寝とるのに。邪魔すんな、アホなゆ)

 ううっ、なんでわたしがこんなに怒られなきゃならないの?
 寝ぼけすけさんだからって、ちょっと無茶苦茶だよ。
「銀子先生ー」
 ちょっと切なさについて悩んでいると、後ろから黒い影。
 ふり返ってみたら、ずーっと寝てたハナちゃんが顔を上げて長い手をおっきく上げていた。
「何ですか、花屋敷さん?」
 銀子先生が、はぁってイヤそうな顔をしながらこっちを見る。
 な、何言うんだろ、ハナちゃん。
「今、予習してたところより進んでしまいました。このままだと、寝ていられないので授業を終わってくれると嬉しいです」

 ベキン!

 銀子先生の手にあったチョークが、凄い音を立てて折れた。
 顔は笑ってるけど……銀子先生の目、さっきのかおりよりつり上がってる。
「花屋敷さん、あなた一度死んでみる?」

 バキン、ボキン!

 に、握りしめてるチョークが手の中でぐちゃぐちゃになってるよ。
 先生が怒るのも当たり前だけど。
 ハナちゃん、いつもお昼までの授業は聞いてないで寝てるんだから。
 だけど、ハナちゃんはぜんぜん怖がらないで、眠そうな顔をしながら一言。
「死にたくはないですけど、死んだように眠りたいです」
 そう言って、またぱたんと机に倒れちゃいました。
 後にのこされたのは、ふふふふって不気味に笑ってる銀子先生だけ。
 それでもハナちゃんは、ぜんぜん気にしないですやすや。
 ううっ、こっちの寝ぼすけさんはもっと無茶苦茶だよ。

「ふっふっふ、本当に息の根止めてあげようかしら? ねえ、みんなどう思う?」

 結局、チャイムが鳴るまで、銀子先生はハナちゃんのそばで握り拳をぷるぷるさせながら笑っていました。
 ……ものすごく怖かったです。






☆     3     ☆

 学校から歩いて三十分。
 わたしたちの街から山道をのぼって裏に回ったところに、ものみの丘はあります。
 背の低い草だけが生えてて、その下にお隣の町がよく見える広い丘です。
「……誰も見てないし、山道から魔法で走ってこればよかった」
「馬鹿正直に歩いてきたんやね」
 ちょっとはぁはぁ言いながら、山を登ってくると、丘ではぴろちゃんがのんびりあくびして待ってました。
 うにゅう、なんで普通に歩いてきたんだろ。
「で、こないなとこで何する気や?」
「うん。ぴろちゃん、わたしは飛べないって言ったよね」
「そらそうやろ。雪ん子が空飛ぶなんて聞いたことないわ」
「じゃあ、もし飛べたらもうわたしをバカにしない?」
「バカにするなんてとんでもない。飛べない猫としてなゆきを尊敬したるわ」
「ほんとに?」
「もちろんや。男に二言はない」
 やった。
 これでもうバカにされないですむよ。
 それに、あの方法なら絶対飛べるのわかってるもんね。
「じゃ、飛んでみるよ。約束だからね」
「なに!? ちょい待ち、なゆきほんまに飛べるんか?」
「うん、飛べるよ」
 胸を張ってそう言うと、ぴろちゃんはなんだか複雑な表情をしてお口にチャック。
 ちょっと時間がたってから、すごくちっさな声で聞いてきた。
「……やっぱ、さっきの約束なしで」
「ぴろちゃん」
「うぐぐ、わかったわい! ちゃんと飛べたら尊敬したらええんやろ!」
「うんっ」
 ものすごく悔しそうな顔をしてるけど、できない約束をするぴろちゃんが悪いんだよ。
 とりあえず、試してみよっと。

「粉雪さん、力を貸して!」
 胸の前で、ちょんと両手を合わせて、目を閉じる。
 心の引き出しを開けて……。
「なゆき、覚醒!」

 ぶわっとわたしの周りにふき出るきらきらした粉雪さんたち。
 うん、体の軽さはこのくらいでいいよね。
 それじゃ、飛ぶ前に……。
「ぴろちゃん、頭乗る?」
「んー……いまいち不安やけど、なんかあったらあれやしなあ。念のために乗っとくわ。準備しときたいこともあるしな」
「うん、お願いするよ〜」
 ちょこんとしゃがんで、ぴろちゃんが頭にのぼりやすいようにする。
 とんとん、ってわたしのヒザと背中をけって、ぴろちゃんはねこさんらしくあっという間に頭に。
「なんだか、ぴろちゃん帽子みたいになっちゃったね」
「自分から乗せといてそないなこと言うなや」
「ごめん。でも、準備って何かあるの?」
「ああ、まあちょっとな。ワイの方でもなゆきのパワーアップについて色々考えとるねん。とりあえずは、そんなこと気にせんと、飛んでみせてみいや雪ん子」
 ぱわーあっぷって何をするんだろ?
 うん、きっとぴろちゃんだからわたしのためを考えてがんばってくれてるんだよね。
 それに、今はそんなことより……。

「うん、やるよっ」

 あこがれの空に飛んでいきたい!

 地面に向かって両手を広げて、まずはジャンプ!
「とぉっ!」
 それで、ここから……。
「鳴り響け浄霊の鈴! ふりーじんぐべる!」
 その瞬間、手からあふれる魔法の力。
 両手からふき出る粉雪の吹雪は、軽い軽いわたしの体を、あっというまに空中に舞い上げたのでした。
「ぬおっ!? ほんまに飛びよった!」
「どうかな、ぴろちゃん?」
「フリージングベルでロケット噴射か。やれんことはないと思っとったけど、これ実戦で使えるんか? ただふっ飛んどるだけやったら……と、ととっ、かなり揺れとるし」
 ずるっと頭から落ちかけてあわてるぴろちゃん。
 うーん、粉雪さんが風で舞い上がってるのと同じだから、どうしてもくるくるしちゃうよね。
「なゆき、方向は変えられるんか?」
「今からやってみるよー」
 とりあえず最初は軽く浮いてみただけだから、今度は横だよね。
 お隣の町の上を飛んで、今度こそ本当に本当のお空の旅に。
 手をぐぐっとお隣の町に飛んでいける方向に向けて……。
「鳴り響け浄霊の鈴! ふりーじんぐべる!」
 もう一度思いっきり噴射!
 ぐるんぐるんと粉雪さんが空を舞うように、わたしの体はななめ上に向かって、もっと高く、もっとお空を感じられるところまで。
 噴射の勢いと、入ってくる風に閉じていた目を開くと……。

「うわあ〜」

 そこは、空と山と、お日様に照らされたお隣の町が一面に広がる広い世界でした。
 いつもはあまりはしゃがないわたしだけど、この時だけはさすがに無理。
「ぴろちゃん、わたし飛んでるよ! 見て、お隣の町があんなに小さく見えるよ」
「ほんまやなあ、ワイはかなり寒いけど」
「ねえ、よく考えたらぴろちゃんってバリアみたいなの使えなかった?」
 前、モールドさんと戦ったとき、水からあの子を守るのに使ってたよね。
「あ、せや。その手があったか。この風遮断すればかなりマシになるやろし、使ってみよ」
 頭の上で、みょわわわんって感じの波が起きた気がする。
 たぶん、ぴろちゃんのバリア。
「どう、ぴろちゃん?」
「……カイロでもあったほうがええなあ。風防いだ分マシやけど、やっぱこの高さは寒いで」
 今高さは、たぶんこの前のマンション屋上の3倍くらい。
 うん、このままお隣の町の上を一回りお空の旅かな。

 お空の上って、ほんっとに気持ちいいんだもん。
 手と足をぐーっと思いっきりのばしてもへいきだし。
「ぴろちゃん」
「なんや?」
「わたし、今とっても幸せだよ。ねこさんにさわれるし、魔法が使えるし、それに……空が飛べてとっても気持ちい……い……」
 がくん、と頭がおもいきり重くなった感じがして、首が折れる
 おまけに、ぷすんってふりーじんぐべる出してる手からはそんな音がして……。

「ううう、気持ち悪い……」
「な、何ぃ!? ちょお待て、しっかりせんかなゆき! 今落ちたら、下の町にど真ん中ストライクやで!」
「もう……だめ……」
 頭が重くて、目はぐるぐる、力も抜けてく……

「『空より来る妖怪少女!』とか『エイリアン来襲!?』ってタイトルで新聞デビューしたいんか!?」
「は、はうっ! それだけはイヤ! ふりーじんぐべる!」

 気力をふりしぼって、ものみの丘に背中を向けながら、ふるぱわーでロケット噴射。
 突風に吹き飛ばされた落ち葉みたいに、くるくるすごいスピードでお空をふき飛ばされて……。

「うにゅうううう……」
「し、死ぬかと思うた」

 どうにか、ものみの丘に『墜落』したわたしたちでした。






☆     4     ☆

「おーい、大丈夫かなゆき?」
「うにゅう……ぜんぜんだいじょうぶじゃないよ。気持ち悪い……」
 どうにまものみの丘に着地(墜落)したわたしは、そのまま仰向けに倒れていました。
 あー、お空の雲がぐるぐる回ってる……。
「あんな螺旋回転当たり前の飛び方しとるんやから、目が回るんは当たり前やな」
 そうなのです。
 粉雪さんが舞うようなわたしの飛び方は、ふらふらぐるぐるの繰り返し。
 空の大地球儀(学校とか公園にあるぐるぐる回して遊ぶおもちゃ?)に目いっぱいゆられたわたしは、乗り物酔いみたいに気持ち悪くなっちゃいました。
 ううう、ほんとに気持ち悪い……。
 お腹に乗ってこっち見てるぴろちゃんが右に左にゆれてるよー。
「おまけに、魔法のロケット噴射はぶっ通しで10分近く。そら妖力急激減少と酔いでがくっと来るやろ」
「で、でも、飛べたよ」
「あんな危険な飛び方があるかい! だいたい、よー考えたらフリージングベルなんかで飛んでも意味ないやろ!」
「なんで……?」
「一反木綿に対抗するために飛んでるのに、両手ふさがる飛び方したら、一反木綿に魔法使えへんやないか」
 え? あ、そっか、空飛ぶのって……。
「あ、うん……そうだったよね……うん」
「お前、ただ自分が飛びたかっただけかいっ!」

 すぱーんっ!

 うう、ほっぺたにねこさんパンチ。
 いたくはないけど、頭がゆれるー。
「だいたい、ほとんど飛ぶのがやっとやし、速度も不安定。無茶なフリージングベルの継続使用で消耗は激しいし、こんなんで一反木綿と空中戦なんてできるわけないやろ」
「うう、ごめんなさい。やっぱり飛べませんでした」
 ぴろちゃんにあんな約束させたのに、結局全然だめだめで……。
 かおりみたいにちゃんと戦えないし、わたしってもう立場なし?
 ちょっと……じゃなくて、かなり落ち込みを感じるわたしでした。
 でも、そんなわたしにぴろちゃんは優しそうな顔で首を振ってくれて……。
「いや、謝るんはワイの方や。ワイ、なゆきをバカにしとった。飛べるわけないのにアホか、ってな」
「……実際飛べなかったよ」
「何言うとる。使い物にならんだけで、飛ぶことは飛べたやないか。ひょっとしたら、ほんまになゆきは飛べるかもしれん」
「ほんとに!?」
 もうこんな気持ち悪い目にあうなら飛ぶのはやめよう、ってザセツしたばっかりだけど。
 それでも、ちょっとだけ味わったお空の広さは忘れられなくて……。
 わたしはお腹の上のぴろちゃんをぎゅっとつかんで、顔を起こした。

 ぐらり。

「は、はぅぅ、目が……」
「何やっとんねん。大人しく寝とれ」
「はぁ〜い……」
 ううう、人生最大最悪の気持ち悪さだよ〜。
 お腹の上に戻ったぴろちゃんが、はぁってため息ついてた。
「粉雪みたいになれるっちゅう特性の利用を思いついたのは大きい。せやけど、そこには二つの問題がある。一つは推力、フリージングベルでは無駄が多すぎる。それと……」
「この目のぐるぐるだよ〜」
 あー、いま飛んでった鳥さんがジグザグに飛んでる……みたいに見えた。
 よけいに気持ち悪くなったよ。
 うにゅう、もう目閉じてよ。
「そっちの目が回るんはワイがどうにかできるかもしれへん」
「そうなの?」
「やって、ワイなゆきの頭乗っとったけど、あの程度の回転平気やし」
「え? あ、そういえばどうしてぴろちゃんって平気なの?」
「そら、猫ってまっさかさまに落ちてもちゃんと着地できるくらいバランス感覚ええからな。化け猫のワイからすれば、あの程度の回転普通に歩いとるのと大して変わらへん」
「そう、なんだ……」
 うらやましい。
 いいなあ、ねこさんは。
「でも、ぴろちゃんが平気でも、わたしが平気じゃなきゃ意味ないよ〜」
「そう早合点するな。ワイにはとっておきがあるねん。まあ、推力の方が思いつかん限り、目が回るほうだけ解決しても意味あらへんな」
「すいりょく?」
「ああ、分かりやすく言うと、フリージングベルの代わりや。なんか風を起こせるもんでもあればええんやけどなあ」
 風……うーん……。
「やっぱり、扇風機?」
「尻にでもつけて飛ぶか?」
「……カッコ悪いからイヤ」
「まあ、あんなんやったらスピードも知れとるし、旋回能力もだめだめやね」
 はぅ、やっぱり雪ん子さんが空を飛ぶなんて無理なのかなあ。
 無理矢理飛んでみたら、気持ち悪いし、体が動かないし……。
 ぐらぐらが少しおさまってきたわたしの肩を、草の上に降りたぴろちゃんがほっぺたをなめながら、ぽんぽんとなぐさめるように叩いてくれました。

「まあ、ちょっと休み。二、三時間寝転がってたら、元気になるやろ。雪ん子さんやし、ここで寝ても風邪もひかんやろ」
「うん。ありがと、ぴろちゃん」

 おふとんとはちょっと違うけど……。
 それでも草のおふとんはやわらかい感じ。
 今は冬だから、草のにおいがあまりしないのがちょっとだけ残念かな。






☆     5     ☆

「しかし、変わった丘やなあ」
「え? そうかな?」
「ん? なんや、まだ起きてたんか」
「ふらふらするけどそんなにすぐ寝られないよ。まだお昼だし」
「そか。まあ、しばらく横になっとき」
「うん。でも、この丘ってヘンかな?」
 普通の丘だと思うけど。
 草が風にゆれてて、すごく静かでいいところだよね。
 でも、ちょっとさみしい感じはあるかな。
 前来たのは遠足の時だったから。
 と思ったけど、そうじゃないかもしれない。
 昔は分からなかったけど、今のわたしはぱうだーすのーふぇありーだから。
 何か、悲しい気持ちが胸に流れ込んでくる感じ。
「いや、なんでここだけ森が切れとるん? おまけに雪も全然積もっとらへんし」
「あ、そう言われてみればそうかも」
「昔、ここでなんかあったんかなあ? 時々こーゆー不思議な場所って見るけど」
「そうなの?」
「死んだ妖怪の強い苦しみとか憎しみが残ってる場所って、こうゆう変なことになっとるとこあるねん。草一本生えなくなった土地とかな」
「そうなんだ……。これって妖怪さんの仕業なんだね」
「まあ、どこかのアホが変な薬品撒いただけかもしれへんけど、不思議な雰囲気感じるし妖怪の可能性の方が高いな。やから、力で無理矢理妖怪を退治するのは褒められへんねん」
「うん。わかるよ……。ちょっとだけしか感じないけど、ここ悲しい感じがする」
 耳をすませてみると、なんだか『ゆるせない』って声が小さく聞こえた。
 小さいはずなのに、ものすごく怖くて暗くて、ふかーい穴からお化けがずるずる出てくるような声。
 なのに悲しくて、優しくて、涙がぽろぽろ。
「大丈夫か?」
「うん。だいじょうぶ。ちょっと、声が聞こえちゃったから」
「そか……。ここで死んだ妖怪、色々あったんかもしれんな。怒りと悲しみと優しさと……なんか風に色々混ざっててうまい表現思いつかへんわ」
「でも、悲しいよ」
「せやな、強いて言うなら、一番強いのは悲しみや」
 ちろちろって、ぴろちゃんがわたしの涙をなめてくれる。
 あったかくて、くすぐったい。
「ぴろちゃん。わたしって、こういう悲しい気持ちを残さないためにがんばってるんだよね?」
「そうや。そうがんばってきたやろ、これまで」
「うん」
 わたしが退治した妖怪さんはありがとうって言ってくれた。
 一反木綿さんたちは笑ってたし、悲しい気持ちは感じなかった。
「でも、それじゃあ……」
「……ん?」
「かおりに退治された妖怪さんは、どうして苦しんでたの? みんな悲鳴をあげてたよ。『いたい』って」
「それは、姐さんの力が除霊・滅魂やからな」
 じょれい、めっこん?
 前も聞いたけど、それってどういうことなんだろ?
「じょれい、めっこんってなに?」
「ん、ああ。説明しとらんかったな。ていうか、説明しても分からんような気がするんやけど」
「だいじょうぶだよ」
「せやけど、なゆきやし。ほんまに分かるんか?」
「た、たぶん……」
「……お前、念押しした瞬間にもう不安になっとるんかい」
 うにゅ、だってそんな嫌そうな顔してもう一度訊くんだもん。
「まあ、ええ。出来る限り分かりやすいように話そか」
「うん」
「まず、なゆきの力からやな。なゆきは妖怪に魔法使う時、何思って使うとる?」
「えっと、おとなしくしてねとか、お願いだから止めてとか。そんな感じかな?」
「そういう魔法は浄霊・鎮魂って言われるねん。まあ、ようは気持ちよーく成仏してもらうっちゅうわけやな。みんな眠るように死んどるはずや」
「ふーん……って、死!? 死んでるの!?」
 それじゃ、わたしって人殺し……じゃなくて妖怪殺し!?
「アホ。成仏とか言うたって死には変わりあれへん。だいたい、死がどうのって、ほんならなゆきは何食っとるんや? 肉も魚も、元は生き物やで。あのマンドレイク見てわかったやろうけど、野菜や果物やってそうや」
「そ、それは、そうだけど……」
「食いもんやったらまだええ。蚊殺したことないとか言わへんよな?」
 ふるふるって首を横にふる。
 かゆくなったらイヤだし、止まってるの見つけたら叩くよ。
「生き物っちゅう奴はな、そうやって他の生き物犠牲にせな生きていかれへん奴がほとんどや。やから、殺すのは避けられへん。じゃあ、なゆきがもし食われるとして、そん時はどうして欲しい?」
「うーん、そんなこと言われてもよく分からないよ」
「ほんなら、生きたまま指一本ずつから食われていきたいか?」
「そ、それって、おもいっきり痛くない?」
「もちろん、死ぬほど痛いで。いや、即死の方が絶対痛ないやろな」
 はうっ、そんなのイヤすぎるよ。
 考えただけでも指が痛くなってきた。
「なゆきの魔法はな、相手の生きようって意志を静かになくさせる魔法なんや。たぶん、かけられた奴はとても気持ちよく眠るように逝ってるやろ」
「でも、それって殺してるのに変わりはないんだよね」
「甘いなあ、甘々やでなゆきは。人間にはおもろいこと言う奴がいてな、人間の赤ん坊が生まれた時泣くのは何でやってことに何て答え出したと思う?」
 赤ちゃん?
 そういえば、何で泣くかって聞いたことあった気もするけど……たぶん、ぴろちゃんが聞いてるのはそれとはちがうよね。

「なんて言ったの?」
「悲しいからやて。この世に生まれたのが悲しいから、赤ん坊は泣くんや」






☆     6     ☆

「わから……ないよ……」
 生まれたのがかなしいなんて。
「だって、学校で先生は命は尊いものですって言ってたよ」
「それは間違っとらへん。生きるって楽しい。でもな、生きるって辛いことでもあるんや。なゆきはまだ若いからええ。ワイなんか見たないもんもいっぱい見てきた。生きるのなんて、もういっぱいいっぱいや」
「あ……うん……。そうだよね、ぴろちゃん長生きしてるし、辛いこともきっといっぱい……」
 考えたことなかった。
 生きてるってことは、辛いことを見なきゃいけないってことでもあるんだよね……。
 流れ込んでくるぴろちゃんの悲しい気持ち。
 たぶん、ぴろちゃんは辛いことの方が多いんだよね。
「本当の安らぎは死にしかあらへん。でも、生きてるもんには死ぬって怖いやん。痛いのも辛いのも嫌や。そんなん当たり前やろ。やから、皆死ぬのが怖い」
「うん」
「気持ちよく死ねるっちゅうのは、生きるって地獄からの最高の解放や。やから、成仏ってゆうんや。ほんまに天国なんてもんあるんか知らへんけどな」
「ぴろちゃんは……」
「ん?」
「ぴろちゃんは、生きていたくないの?」
 前も、かおりに終わらせて欲しいとか言ってた。
 いつもわがまますぎるくらいに元気だけど、ぴろちゃんの心はいつも悲しそう。
 泣きたいのに、必死で平気なふりしてるみたい。
「どうやろな。もしあの世があるなら、ワイは地獄行きや。少しでも閻魔はんに許してもらえるようなことせんとな。やからワイ、まだ死ねへんよ」
「そうなんだ……。よかった……ぴろちゃんいなくなって欲しくないよ。せっかく会えたねこさんなんだもん」
「心配すんな。なゆきの前からいなくなって悲しませたら、ワイほんまに天国行けへん。やから、泣くのはやめ」
 ちろちろって、またほっぺの涙をなめてくれる。
 あったかくて、くすぐったい。
「ほんでな話戻すけど、姐さんの魔法は除霊・滅魂っていうねん。なゆきと違うんは、姐さんが魔法使うとき『消え去れ』って力を込めとることやな」
「それって、どう違うの?」
「なゆきの魔法が『ああ、消えてもええわ』って思わせて、相手に自分の意志で魂を消させるもんやとすると……って、分かるか?」
「うん。ちょっと難しいけどそれはだいたい分かるよ」
「ん。で、姐さんのはちょい乱暴や。相手の意思に関係なく、無理矢理相手の魂を消す」
「えっと、それってなんだかものすごく痛そうなんだけど……」
 魂を無理矢理消すなんて、想像しにくいけどやっぱり痛そう。
 だって、魂って命のことだよね?
「そら痛いで。一反木綿も悲鳴あげとったやろ。でもな、下手な殺され方するよりははるかに苦痛は少ない。ワイが万一の場合は姐さんに退治してくれって言うたのはそれでや」
「そ、それって、いいの? 一反木綿さんの悲鳴、苦しそうだったけど」
「そら、ただの弱い者いじめに使っとったらワイもいい顔せえへんけど、あの一反木綿には退治されるだけのこと人間にやっとるからな。あいつらかて、それくらい理解しとるやろ。やから、なゆきの魔法でも消滅を選んだわけやし」
 うにゅう、なんだか難しくなってきた。
 そろそろ頭がハレツするかも。
 ぷしゅーって湯気出てるよ、きっと。
 うっ、ぴろちゃんがあきれた顔してる。
「もう限界か?」
「うにゅう、ごめんなさい」
「ほんなら最後に簡単にまとめよ。なゆきの魔法は浄霊、相手と対話するための魔法や。結果相手が消滅を自分から望むこともあるけど、場合によっては殺さんで済むこともある」
「うー……」
「イシオはあんな結果になってもうたけど、モールドにされとった妖怪たち正気に戻したやろ」
「あ、うん。そうだね」
 そういえば、わたしの魔法って妖怪さんたちを助けたこともあったんだ。
 クロカミキリのイシオさんはあの後あんなことになっちゃったけど、他のちっさな妖怪さんたちはみんな『ありがとう』って帰ってったもんね。
「姐さんの魔法にはそれがない。姐さんがモールド倒しとったら、全員消されとったやろな」
「そ、それっていいの!?」
「やから、いいわけないって言うてるやろ。そんでも、あいつら人間に迷惑かけとったんや、人間に退治されてもしゃあないやん。なんも人間に悪さしてない奴を姐さんが消して回ったら許せへんけど、姐さんそんな分別ない人間ちゃうやろ」
「う、うん……」
 分かるよ。
 かおりは間違ってないって。
 どこかでそうやって線みたいなの引かないと、世の中がむちゃくちゃになっちゃうってことも。
「でも、それでも……みんなが助かる方法があるなら、わたしはそうしたいよ」
 やっぱり、ダメなのかな。
 わたしの言ってることっておかしいよね。
 お肉とかお魚とか野菜食べてるのに、殺しちゃうのはイヤなんて。
 なんだか、わたしってすごく最低な生き物の気がしてきたよ……。


 でも、そんなわたしに、ぴろちゃんはやさしく肩を叩いてくれたんだよ。
「ええ。それでええ。なゆきはそれでええんや」
「そうなの……?」
「世の中ままならんことばっかりや。それでも、捨てたらあかん何かがあると思うで」
「何かって……なに?」
「言葉にできん何かや。その悩み捨ててもうたら、楽に生きれるかもしれへん。けど、ワイは怖いな、そないに割り切られた世界」
「うん。うまく言えないけど、いい答えがあるかもしれないのに、それがなくなっちゃう気がする」
「ワイもそう思う。それに、いつでも同じ考えが通用するとは限らんこともあるんや」
 うにゅう……。
 なんだかほんとに眠くなってきちゃった。
 難しい話してたからかな。
「ぴろちゃん……」
「ん? 眠なってきたか? 難しい話しとったもんな」
「うん、そうみたい」
「しっかり休んどき。雪ん子でも腹冷やしたらあかんかもしれんな。ワイ、腹の上で丸まっとくわ」
「うん、ありがとう」
 寒いのは平気だけど、何かかぶせてないとお腹がいたくなりそうなんだよね。
 ぴろちゃんの体、やわらかくてぽかぽか。
 やっぱりねこさん大好き。


「ねえ、ぴろちゃん……」
「ん?」
「わたし、どうすればいいのかな? 牛さんも、お魚さんも、大根さんもたくさん食べてきたよ」
 生きるって辛い。
 イヤでも、お腹が減ったら食べないといけないし、おいしいのが食べられなかったらそれも辛い。
 だったら、生きてない方がいいのかな?
 でも、死ぬのはこわい。
 お母さん、ぴろちゃん、かおりたちの顔を見れないなんてさみしいよ。
「わたし、どう生きていけばいいのかな?」
 涙がぽろぽろ。
 辛いよ、辛すぎるよ。
 だけど、ぴろちゃんはやっぱりお父さんみたいで。
 力強くこう言ってくれたのでした。
「背負って行くんや。逃げんと、生きてる限り、な」


 夢の中で、わたしは演奏を聴きました。
 音楽の時間に聴いたことのある、朝の登校時間にも学校で流れているメロディ。
 たしか、歌があって……。

〜ある日パパとふたりで 語り合ったさ
  この世に生きる喜び そして悲しみのことを〜

 広い緑の草原で、わたしとぴろちゃんはずっとその歌を聴いていたのでした。
 お父さんがいるって、こんな感じなのかな……?






☆     7     ☆


 ファンファンファン! パラリラパラリラ!

 突然聞こえたおっきな音で起こされた。
 お腹の上で寝てたぴろちゃんも、耳をぴくくってさせて目を開ける。
「ぴろちゃん」
「ああ、聴こえとる。今度は、この丘の下の町か。連中、行動範囲広げよったな」
 立ち上がってみたけど、うん。だいじょうぶ。
 もうふらふらしないし、気持ち悪いのも治ってる。
 だったら、行かなきゃ。

「なゆき、覚醒!」

 粉雪さんたちがわたしのまわりを飛び始める。
 からだが粉雪さんたちと同じように、ふわふわしてくる。
 この体なら、あっという間に丘の下まで走っていけるよ。
「なゆき、ちょい待ち。どないする気や?」
「一反木綿さんたちを止めに行くんだよ」
「せやけど、今のなゆきじゃ行ったって何もできへんやろ。おまけに、姐さんおったら怒られるで」
「それはそうだけど、でも……行ってみなきゃ分からないし、何か出来ることあるかもしれないから行かなきゃ」
 ぎゅっとにぎった手を胸に当ててうなづいてみると、ぴろちゃんはため息をついて……。
「なんちゅー無駄な特攻精神しとるねん、この雪ん子」
 そんなひどいことを言ったけど、にこっといい顔をしてわたしの頭に飛び乗ったのでした。
「やけど、同感や。行った方が得られるもんもあるかもしれへんからな」
「うんっ」
 音はたぶんあっち。
 お日様はもうすぐ山に沈みそう。
 昨日、綾お姉さんが襲われたのと同じくらいの時間、かな。
 じゃあ、誰かが狙われてるんだよね。
 急がなきゃ!


 ジャンプ、ジャンプでお家の屋根を走ってく。
 ちらっと人に見られた気もするけどだいじょうぶ。
「ま、いきなり過ぎて何が通り過ぎたかわからんやろ」
「だよね」
 それに、一反木綿さんたちがいるのは外を歩いてる人の少ないところ。
 だから、早く通り過ぎちゃえば見つかってもわからない……よね。
 全速力で走ってくと、ふわふわ浮いてるたくさんの何かが前に見えてきた。
「いた! なゆき、ストップや!」
「わかってるよー」
 あともう少しってところで、屋根にぺたっとうつぶせに寝ころぶ。
 うん、一反木綿さんたちには気づかれてないよ。
 ちょっと遠くて聞こえないけど、一反木綿さんたちは集まってぼそぼそ何かを話し合ってた。
「何してるのかな?」
「多分、狩の前に打ち合わせってとこやろ。今日の明け方みたいにな」
「あ、そうだね」
 ぴろちゃんに納得してから、あたりをきょろきょろ。
 近くにいるのは、わたしと一反木綿さんたちだけかな。
「かおり、いないね……」
「んー、隣町やしなあ。気付いてない可能性はあると思うで」
「そっか……」
 いてたら『何しに来たの?』ってにらまれそうだけど……。
 でも、やっぱりかおりがいてくれた方がたのもしいかな。
「で、どないするんや? このまま出てっても逃げられるだけやで」
「……ここでどうにかしないと、綾お姉さんみたいな目にあう人が出るんだよね」
「まあ、そうなるな」
「じゃあ、やっぱり早く退治するしかないかな……」
「今ならまとまっとるし、飛び出してフリージングベルかましたら一気にカタつくんとちゃうか。なゆきのあれは散弾タイプやからな」
「うーん……」
 リクツで言えばそうした方がいいのは分かるんだけど……それってふい打ち。
 やっぱり何だかいい感じがしない。
「ねえ、ぴろちゃん。蚊とかゴキブリだったらあまり気にせず退治できるのに、どうして一反木綿さんだと嫌な気持ちになるのかな?」
「そらやっぱりあれやろ。ゴッキーとかは悲鳴もあげへんし、悲しんどるのかも分からんしな。実際、連中って痛いっちゅう感覚もないみたいやし」
「え? そうなの?」
「よー知らへんけど、魚も痛覚ないらしいで」
 そうなんだ。
 痛いって感じない体ってちょっといいかなあ。
 でも、それはそれで不便なのかも。
「まあ、あれや。連中には悲しむ仲間がおる、ほんでなゆきには悲しむ心っちゅうもんがある。やから、いきなり命を消すのは躊躇われるんや」
「悲しむ仲間と、悲しむ心……うん。なんとなく分かったよ。でも」
 わたしがためらっちゃう気持ちのわけ、それは分かったよ。
 だけど、ぴろちゃんとあの丘でお話したから。
 どうしようもないことってあるんだってこと。
 それを逃げないで背負ってかなきゃならないってことを。
「あの一反木綿さんたちを止めないと、別の人が悲しむんだよね」
「やるんか、なゆき?」
「うん。一反木綿さんたちを退治するよ。とぉっ!」
「って、不意打ちに声出してどないすんねん!?」
 たんっ、て地面を蹴って一反木綿さんたちが飛んでる真下の屋根に着地。
 ジャンプのかけ声で、あっという間に百枚近くいそうな一反木綿さんたちがこっちを向いた。
 頭の上のぴろちゃんはふい打ちしなかったことに、たぶん驚いてる。
 だから、わたしは笑ってこう言ったんだよ。

「ふい打ちなんてしないよ。だって、わたしらしい魔法使いになるって決めたから」

 って。
 頭の上から、はぁってため息が聞こえてくる。
「ごめんね、ぴろちゃん」
「ったく、どこまで馬鹿正直やねんお前は。まあ、そう言いつつ、ワイもどっか安心したわ、なゆきらしくて」
「ありがとう。それじゃ……ぱうだーすのーふぇありー参上。ふぁいとっ、だよ」

 きょとんとしてる一反木綿さんたちに、指をさして宣言。
 戦うしかなくても、何も聞かないでいきなりなんてあまりいい気持ちがしない。
 だから、正々堂々真正面から。
 ぱうだーすのーふぇありー、ふぁいとっ、だよ!






☆     8     ☆

 ぎろ、って一反木綿さんたちの目が三角につり上がった。
 うう、すでに話し合いって雰囲気じゃなさそう。

「なんだこいつは?」
「待て、どこかで見た気がするぞ」

 って、忘れられてるーっ!?
「あ、そうだ。あの退魔士のガキにくっついてた奴だ」
「いたな、そういえばそんな奴」
 うにゅう、しかもおまけ扱いだよ。
 わたしの存在価値って……。
「どうするよ?」
「ただの人間じゃないようだが、とても強そうには見えないな」
「さくっと全員で襲いかかって、吸うか?」
「そうだな。それがいい」
「それがいい」
 なんだか、みんなしてこっちをうれしそうに見たような……。
 おまけにじゅるりなんて音も。
(なめられまくりやな。早くもエサ扱いかい)
(うー、いいもん。まずそうって言われるよりはいいもん)
(いや、開き直るポイントおかしいやろ自分)
(そ、そうなんだけど)
(まあええわ。こうナメられとると、逃げられる心配あらへんしな)
(うう、なんだか納得いかない〜)
 納得はいかないけど、逃げられないのは一応いいことだよね。
 どっちにしても戦わないといけなさそうだけど……。

「やめときな、あんた達」

 って、思ってたら上から女の人の声。
 今にも突撃しそうな一反木綿さんたちの前に降りてきたのは、あのベビースターフィッシュちゃんのドデカタオルでした。
 名前は、プリムローズさん。
「クイーン!? だけどよ!」
「言ったはずだよ。こういうワケの分からない奴にはもう関わらないって。それに、あいつも来た」
「あいつ?」
 一反木綿さんたちがきょろきょろしてる。
 あいつって、なんのことだろ?
 なんて思ってると、一反木綿さんたちがいっせいに右を向く。
 つられてわたしも右の空を見てみると……。
「何、あれ……?」
「随分よたよたした一反木綿やな。背中になんか乗っとるみたいやけど……」
 桃色のタオルの背中に乗ってるのは、赤い服の……人?
「って、かおり!?」
 一反木綿さんの背中に乗っていたのは、『変身』したかおりだった。
 で、でもなんで一反木綿さんなんかに乗ってるの!?
 一反木綿さんたちもどういう状況なのか分からなくて、みんなまごまごしてる。
 かおりはそんなわたしたちなんか気にしてない涼しい顔で、桃色の一反木綿さんの上からあのながーい刀をぶんってふってみせた。
 うー、なんだかかおりがやると、全部かっこよく見えるのは気のせい?


 そ、それはともかく。
 しばらく、じーっとお空の上で一反木綿さんたちとかおりのにらみ合い。
 最初に動いたのはプリムローズさんでした。
「状況を説明しなさいジョニー」
「あー、そのこれは、その」
 かなりカンカンのプリムローズさんと、かおりを乗せた、なんだか泣きそうになってる桃色のタオルさん。
 桃色タオルさんの名前はジョニーさんみたい。
「さっきから姿が見えないと思ったら……仲間をやってくれたそのジャリガキを背中に乗せるなんて、どういうつもりだい!?」
 プリムローズさんが、目を三角にして怒鳴る。
 桃色タオルのジョニーさんは、ちょっと体をひねって上に乗ってるかおりに目を向けたけど、かおりは何も言わない。
 ジョニーさんはもっと泣きそうになりながら、プリムローズさんたちに頭(なのかな?)をぺこっと下げたのでした。
「すまねえ、プリムローズの姉御、それとみんな! 偵察任務の最中にこのかおりの姐さんに捕まったんです!」
「かおりの姐さん……?」
「捕まった俺は、『仲間の集合場所を吐け』ってかおりの姐さんに何度も踏みつけられました。すげえ屈辱でした」
「そんな屈辱を受けて、なんであんたはそのクソジャリを乗せてるわけだ?」
「で、ですが、その時自分は秘められた感情に気付いてしまったのであります! もっとこの姐さんに踏まれていたい、ぶっちゃけます。足ってサイコー!」
 え、えっと……。
(どうしよう、ぴろちゃん……。なんか胸がむずむずする)
(ほっとけ。正味アホや、あのピンクタオル)
 うにゅう、ぴろちゃんあきれてる。
 一反木綿さんたちも顔見合わせてあきれてる感じ。
「抗えない恐怖を植え付けられたか」
「あいつ、いつか女で身を崩す奴だと思ってたんだよ、俺」
「よりによってあんなのに服従するなんて……」
「フビンな奴だなあ」
 というより、同情されてるよ。
 プリムローズさんだけは怒ったまんまだったけど。
「このジャリガキ。こっちの仲間を乗り物扱いなんて、なんて太い奴だ。何か言ったらどうだい!」
 かおりは何も言わない。
 右手にながーい刀を持ったまま、ジョニーさんの背中に乗ってすまし顔。
「シカトかい! ムカつくね!!」
 かおりはやっぱり何も言わなくて、その代わりに左手をぐっと前に突き出した。
 何? なんか、きいいいいいんって感じの音みたいなのが背中にピリピリって……。
「何だ? まさか……!?」
 プリムローズさんも何かに気付いたみたい。
 というより、一反木綿さんたちの中心に光が集まってる……?
 なんとなくだけど、分かる。たぶん、これってバクダン。

「まずい! 全員散開!」
「美坂流練氣術……」

 プリムローズさんもそれに気付いたんだと思う。
 慌てて叫んで上に向かって飛んだ。
 だけど、突然すぎて他の一反木綿さんたちはすぐについていけない。
 かおりが、にやって笑うのが見えて。
 左手をぎゅって握りつぶした。

「空鳴!」

 ぼおおおん! って音がして、空中が大爆発。
 取り残されていた一反木綿さんたちが、あっという間に爆発に飲まれたのでした。






☆     9     ☆

「空間爆破やて!? なんちゅうデタラメな魔法を……」
「うにゅう、耳がキンキンす……」
 するって言おうとした時、足がガクっとなった。
 だって……。

『ぎゃあああああ!』
『ひぎいいいいい!』
『あああああぁぁぁ……!』

 一反木綿さんたちの、すごく痛そうな悲鳴がたくさん聞こえてきたから。
 なにこれ、胸が痛いよ。息が苦しいよ。
 そうなんだ……かおりの魔法って痛いんだよね。
 だから、こんなに見ててつらい。
「なゆき、大丈夫か?」
「あんまり大丈夫じゃないかも……。胸が苦しいよ」
「こないな低級妖怪はちゃちゃっと除霊してもうてもええやろうけど……さすがに一気に三十もジェノサイドはごっついなあ。悲鳴が痛々しいで」
「でも……やっぱり、こんなのよくないよ」
 かおりは、逃げた一反木綿さんたちの方に向かって手を向けてる。
 きっと、さっきと同じ爆発の魔法……。
「お、おい、なゆき。お前何する気や」
 ぴろちゃんが何か言ってるけど、よく聞こえない。
 気がついたら、わたしは立ち上がって手を空に向けていました。

「ふ、ふりーじんぐべるっ!」
「わひゃっ!?」
「きゃあっ!?」

 ……かおりに向かって。
 わたしの手から起こった吹雪は、かおりとかおりの乗った一反木綿さんの目の前を通り過ぎていった。
 でも、驚いて一反木綿さんから落っこちかけたかおりは、空中からこっちをにらんでる。
 え、えーっと……。

「あ、あ、あ、アホなゆーーっ! お前、よりによって誰に攻撃しとるねん! トチ狂いよったか!?」
「こ、攻撃なんてしてないよ。力入れてないし、目の前通り過ぎるくらいのところ狙ったし……」
「それ威嚇攻撃っちゅう、れっきとした『攻撃』や! って、ちょい姐さんタンマタンマ!」

 え? と思って空を見上げてみると……。
 かおりがながーい刀をこっちに向かって構えているところでした。
 遠いからよく見えないけど、たぶん目が笑ってない。

「いい度胸してるわね、なゆき!」

 ぶんぶんぶんっ!

 は、はうううっ、やっぱりーーっ!?
「うにゅううううっ」
「ワイは何もしてへんのに! 痛い、痛いて!」
 空から降ってくる光の波が、わたしたちの周りでいくつもパンパンパンってはじける。
 本気じゃないし、遠いから波も小さくなってるけど、痛いよー。

「何を考えてるのよ!?」

 ぶんぶんぶんっ!

「だ、だって、こんな戦い悲しいだけだよー」
「こら、なゆき。ワイを傘にするな! あたたたたっ」

 パンパンパン!

「だったらあなたがどうにかすればいいでしょ! 何も出来ないなら黙って見てなさい!」
「きゃうっ!」
 最後におっきくぶんって振った刀の光の波にはじき飛ばされて屋根をゴロゴロ……。
 はぅ、もう少しで落っこちるところだったよ。
 ……落っこちても粉雪妖精さんだからだいじょうぶだけど。

「まったく……ほんとに余計なことばかりするんだから。それより、もう分かったわね?」
 ぶつぶつ文句を言いながら、かおりがながーい刀を空の一反木綿さんたちに向ける。
 一反木綿のプリムローズさんたちは、何も言わずに浮いていた。
「あたしの空鳴は、見える範囲ならどこでも爆破できるわ。それに、今はこの通り空も飛べる」
「あひっ」
 ぼふっ、と乗ってる一反木綿さんを踏みつける音が聞こえた。
 ううっ、乱暴だよかおり。
「つまり……もうあなた達は逃げられない」
 刀を肩に置いて、かおりが左手を一反木綿さんたちに向ける。
 さっき爆発前に聞こえた『きいいいいいん』って音が聞こえ始めた。
 それから、一反木綿さんたちの中心に集まり始める光。
 動かない一反木綿さんたちを見上げながら、かおりは『ふっ』て笑った。

「神妙にするなら、考慮してあげてもいいわよ。楽に死ねるように、ね」

 か、かっこいい。
 かっこいいし、わたしよりビシッとキマってるよ。
 けど……けど……。

「台詞が丸っきり悪役やで……」
「うにゅう」






☆     10     ☆

「ふ……ふふっ、あははははっ!」
 お空の上で、かおりをにらんでたプリムローズさんが大笑い。
 もうすぐ爆発なのに、どうして?
「ハッタリはそのへんにしておきな……ガキ」
「誰がガキですって? これはハッタリじゃないわよ」
「いいや、ハッタリさ。あんたが私達を倒すなんて有り得ない」
「何でそう言いきれるのよ?」
「言わなきゃ分からないのかい? それとも、私が気付いてないとでも?」
 マユゲをぴくくってさせたかおり(遠いけど、多分そんな顔)を、プリムローズさんがおかしそうに笑う。
 でも、なんか違うよ。
 笑ってるけど……笑ってない……。
「ふふふ、だったら言ってあげようじゃないか」
 これって多分……。
「あんたのご自慢の爆弾は、爆発までの集束が遅い。それに、ジョニーに乗って私達と対等に空を飛べると思ったんだろうけど、残念。重いあんたを乗せてジョニーが早く飛べるもんかい」
「誰が重いですって!?」
「こっちは体重何グラムの世界なのさ。あんたは重すぎる。そんなので私達を追い詰めたつもりになって……見ているこっちが恥ずかしいくらいだ」
「くっ、この……空鳴!」
「遅いっ!」
 ぼんっ、と爆発。
 だけど、一反木綿さんたちはささっと爆発から避難して全員無事だった。
「さて、それじゃいつも通り去るとするかね。行くよ、お前達」
「はいっ、姉御!」
 で、やっぱり逃げ出す一反木綿さんたち。
 って、思ったら、プリムローズさんだけは残ってかおりをギロリってにらみつけていた。
 それに、口が『にまぁ』って感じに三日月に開いてる。
 笑ってる。笑ってるけど、笑ってない。
 背中にイヤな感じがゾクゾクする。

「あんたのツラ、しっかり覚えたよ。仲間のカタキ……王国成就の暁には必ず殺してやる。それまでせいぜい震えていな!」

 やっぱり、感じたのはものすごい怒り、憎しみ。
 はっきり分かる。
 プリムローズさんは、かおりを本気で殺すつもり。
 でも……。

「やれるものならやってごらんなさいよ。だけど、都合よく逃げられると思わないことね。必ず追い詰めて、退治してあげるわ」

 それは空をにらみつけている、かおりも同じ。

 どうして、そんなに憎み合わないといけないの?
 かおりだって、一反木綿さんに乗ってるのに……。
 こんな戦い、悲しい気持ちしか残らないよ。
 いや。そんなの絶対イヤ。

 プリムローズさんがくるりと向きを変えて、空の向こうへ飛んでく。
「追いなさい、ジョニー!」
「あふっ、姐さん足が食い込んでます! 了解です、あふっ!」
 かおりもそれを追いかけて、のろのろだけど向こうへ飛んでいった。
 取り残されたのはわたしとぴろちゃんだけ。
 何ができるかなんて分からない。
 わたしなんか、何もできないかもしれない。
 でも、それでも、わたしにできることがあるならやっておきたいから。
 だから、決めた。
「ぴろちゃん、飛ぶよ!」
「何やて!?」
「プリムローズさんを追いかけるの。もう一度ちゃんとお話したい」
「せ、せやけど、どないして飛ぶ気や? 昼間の無茶は……」
「無茶だってなんだっていいよ。だけど、やれることはやっておきたいから!」
 手に力をこめる。
 粉雪さんたち、いつもよりちょっとだけ……ううん、いっぱい力を貸して!
 気持ち悪いのはガマン。ガス欠もガマン。
 ガマンすれば、わたしはもう飛べるんだから。
「よく言った雪ん子!」

 カラン、カラン……。

 足に力を入れて、ジャンプしようとした瞬間、誰かの声がして何かが目の前に転がってきた。

「そいつを使え」

 声がした方を見上げると、お風呂屋さんの煙突の上にタキシード姿の禅爺さんがいて、そして、転がってきたのは……。
「けろちゃん……?」
「なんや? なゆきの探しとったキーホルダーか……?」
 なくなったと思っていたカエルさんのキーホルダー、けろちゃんでした。






☆     11     ☆

「禅爺はん、カエルのキーホルダーなんか何に使え言うねん」
「お前には分からなくても、お嬢ちゃんには分かる。さあ、そいつを手にとってやれ」
 手に取れって、けろちゃんを?
 なんだかよく分からないけど、見つかってよかったよ。
 そう思って、思い出のカエルさんキーホルダー『けろちゃん』をひろうと……。

「えっ!?」

 手に取った瞬間、びっくりしてキーホルダーを落としそうになっちゃった。
「どないした、なゆき?」
「このキーホルダー……あったかい」
「そら、あのオッサンが懐に入れるなりケツポケットに入れるなりして温めとったからやろ」
「お、お尻……」
 な、なんかイヤかも。
「って、そうじゃなくて!」
「どうちゃうねん。って、何やこれ!?」
 ぴろちゃんも気付いたみたい。
 じわっとあったかい感じがけろちゃんから広がってくる。
 それに、なんだか少し浮いてるし光ってる……?
「この感じ、まさか生命エネルギー……か!?」
「どういうこと、ぴろちゃん?」
「こいつ、一反木綿とかと同じや。命を持った物、付喪神やで!」
「ええっ!?」
 一反木綿さんたちと同じ、妖怪さんなの?
「で、でも、この前までは普通のキーホルダーだったんだよ」
 そう言って、はっとする。
 このキーホルダーを持っていった人は、煙突の上のダンディさん。
 見上げると、タバコの煙をふーっとふき出しながらニヤっとする禅爺さんと目が合った。
「大したお嬢ちゃんだよ。その作り物のカエルにそこまで慕われるんだからな。よっぽど、そいつを大事にしてきたんだろう」
「えっ?」
 手の中のけろちゃんをじーっと見つめてみる。
 大切なキーホルダーだけど、この前までタンスの裏かどこかに落っことしちゃってたのに。
「そいつはお嬢ちゃんの想いに応えたいと思ったんだ。二束三文のガラクタ同然の自分を宝物にしてくれたのがよっぽど嬉しかったんだろう」
 けろちゃんは何もしゃべらない。
 だけど、力強く光ったような気がする。
 それに、なんとなく感じた。
「この子……『まかせろ』って言ってるの……?」
 またけろちゃんがきらっと光ってみせた。
 頭の上から、ぴろちゃんが顔を伸ばしてのぞきこんでくる。
「そいつの言葉、分かるんか? ワイ、何も聞こえへん」
「うーん、言葉っていうより、本当にそんな感じがするだけなんだけど……ぴろちゃんとやってる念話がものすごく小さくなったみたいな……」
「随分弱々しい付喪神やなあ……。こんなんでどうなゆきの力になるんや、こいつ」
 うーん、使えって言われたけど、どう使えばいいのかな?

「付喪神とは……」

 なんて思ってけろちゃんを見てると、上から禅爺さんの声がした。
「付喪神とは、長い年月を経た物が命を持って動きだす妖怪だ。だが、そうなるには短くても数十年が必要とされている」
「え? でも、けろちゃんは……」
「本来なら付喪神として力を振るえる年月は経っていない。だがそいつは、それでもお嬢ちゃんの力になりたいと俺に訴えてきたのだ」
 またけろちゃんが手の中で力強く光った。
「自由に動く手や足もいらない。物を言う口もいらない。ただ、今お嬢ちゃんの力になることだけをそいつは願った。だから、俺は目覚めさせてやったんだ。ピロスケ、ちょうどお前がそのお嬢ちゃんを雪ん子に目覚めさせてやったようにな」
「そうか。こいつ、完全な付喪神になる未来を捨てたんか……。動けへんし、しゃべれへんわけやで」
「それは違うな」
「ん?」
「『捨てた』のではない。そいつは『選んだ』のだ。お嬢ちゃんと共にいる今を、な」
「わたしの、ために……?」
「そうだ」
 頭の中に、禅爺さんとけろちゃんが向かい合ってた時のイメージが浮かんでくる。
 わたしとぴろちゃんが出会ったときみたいに禅爺さんがけろちゃんに手を伸ばして……。
 そっと触れた瞬間、けろちゃんは魂が入ったみたいにふわりと浮いて光りはじめた。
 そのけろちゃんは今はわたしの手の中に……。

「さあ、雪ん子よ。そいつの名前を呼んでやれ。お前が望むものがそこにある!」
「うんっ!」

 何をすればいいのか、だいたいのイメージがけろちゃんから流れこんでくる。
 キーホルダーのチェーンを右手でぐっと握って胸の前に。
 わたしのお気に入りのおまじないのポーズ。
 けろちゃんは力が足りないから、わたしが力をあげないとダメみたい。
 だから、けろちゃんにわたしの力をこめて……。

「行くよ、けろちゃん!」

 …………。
 ……。

 しーん……。

「え? あれ?」

 珍しくびしっと決まったと思ったのに。
 手にもったけろちゃんを見てみると、『やってられない』って感じに光が消えていた。
 ひょっとして……ひょっとして……。

「わたし、思い込みだけで話進めてたのーっ!?」

 思いっきりカンチガイしてたわたしに、顔がどんどん熱くなってくる。
 こんなこと、今までも何度かあったよ。
 運動会の日に、リレーでゴールしたと思ってピースしたら、アンカーはまだ半周あってあっというまにみんなに抜かれた時とか。
 クツ飛ばしで、見えないくらいの速さでクツが遠くまで飛んだと喜んでたら、真上に飛んだクツが頭に落ちてきて笑われた時とか。

「……何でこういうところで外すんやろか、なゆきは」
「うむ、いい。実にネタになるお嬢ちゃんだ」
「何が『うむ、いい』やねん。って、おっさん、いつの間に降りてきたんや!?」

 うう、二人ともそんな目で見ないで……。
 思わず後ろを向いていじけてしまいました。

 ぽんぽん。

 肩をやさしくたたかれて、後ろをふり返るとタバコを手に持った禅爺さんがいた。
「悪かったな。つい、そのカエルからの希望があったのを忘れていた。機嫌損ねただけで、お嬢ちゃんが勘違いしてたわけじゃない」
「うにゅ? 希望って?」
 よかった、わたしカンチガイじゃなかったんだ。
 でも、けろちゃんからの希望ってなんだろ?
 禅爺さんが真剣な顔をして、じーっとわたしとけろちゃんを見る。
「そいつからの希望を伝えるぞ。いいな?」
「う、うん」
 ううっ、キンチョーするよ。

「『デフォルトの製品名で呼ばれるのは気に入らんから、新しい名前をよこせ』だそうだ」

 え? でふぉ……なに……?
 何のことか分からなくて止まってたら、突然顔の前に白いものがずるっと落っこちてきた。
「なんちゅうナマ言うとるねん、そのカエル!」
「わわわっ、ぴろちゃん顔におおいかぶさらないでー」
 白いものは、頭の上に乗ってるぴろちゃんでした。
 あわてて手をのばして、元の位置にもどす。
 うう、びっくりした。

「そうは言うがなピロスケ。お前だって名前が『猫』とか『シャム猫』なら嫌だろう」
「……ワイは別に気にせえへんけど。昔はそう呼ばれとったし」

 ひょいっと、禅爺さんがわたしの頭の上からぴろちゃんを抱きあげる。
 それで、手の赤く燃えてるタバコをぴろちゃんに近づけてマユゲをピクピクさせながら怖い声で言った。

「若いの、100年生きてる程度では話を合わせるというマナーは身につかんか? ああ?」
「じょ、冗談や禅爺はん。根性焼きは堪忍!」

 禅爺さんの手から逃げ出して、わたしの背中にぶら下がって避難のぴろちゃん。
 ……どうしてぴろちゃんっていつも余計なこと言うのかなあ。
「とにかく、新しい名前を付けてあげればいいんだよね」
「まあ、そういうことだ」
 うーん……けろちゃんの新しい名前……。
 ずっとけろちゃんだったから、いきなり言われてもちょっと困るかな。
 あ……でも……。






☆     12     ☆

「けろぴー」
 思い出した名前を口に出してみる。
「なんや? けろぴーて」
「今度けろちゃんみたいなカエルグッズ見つけたら、付けようかなって考えてた名前なの」
「……なんやねん、その二人目出産前の夫婦みたいな思考」
 そんなに変かな?
 物事はちゃんと計画を立てておきなさい、って先生も言うけど。
 って、今はそんなことより……。

「けろぴー、でいいかな?」

 手に持ったカエルさんに問いかけてみる。
 そうしたら……。
「それでいいらしいな」
 けろちゃん……じゃなくて、けろぴーは少し光って『いい』って言ってくれてるみたい。
 それを見て、わたしはこくんとうなづきました。
「うん、じゃあ今度こそ……」
 チェーンを持って、握りこぶしを胸に当ててふぁいとっ。

「行くよ、けろぴー!」

 力を込めると、けろちゃん改めけろぴーがぴょんとわたしの手から飛び出して、空中でぴかっと光った。
 そして、風を吹き出しながら、おっきく何か別の形に変わっていく。
 吹きつける風に思わず目を閉じちゃって、ゆっくり目を開けると……。

「えっ? けろぴー……なの?」

 わたしの目の前に、羽の生えたカエルさんを先にくっつけた薄い黄色の杖が浮いていたのでした。

「なんや? こいつ、杖になりよった!?」
「魔法使いには杖が必要だろう? さあ、お嬢ちゃん、その杖を手に取るんだ」

 こくんって禅爺さんの言葉にうなづいて、杖に手をのばす。
 手に取った瞬間、頭の中にぴかっとイメージが流れこんできた。
「名付けて旋風魔杖けろぴー、と言ったところか。そいつの力は、お嬢ちゃんの周りに風を起こすことだ。吹雪でもない、ただ純粋な風をな。使い方は、もう分かるな」
「うん。けろぴーが教えてくれた」
 宙に浮くわたし、空を飛ぶわたし。
 それがけろぴーにできることなんだね。
 じゃあ、わたしは……。

「禅爺さん、ありがとう。わたし、行ってきます」
 ぺこっと禅爺さんにお辞儀。
「なぁに、俺は少しそいつの後押しをしてやっただけだ。礼には及ばんよ」
 禅爺さんはにっと微笑んで、タバコを挟んだまま右手で空を指差した。
「さあ、行け雪ん子。幸運を祈ろう!」
「うんっ」

 いつもよりいっぱい粉雪さんを体にまとう。
 わたしはぱうだーすのーふぇありー。空にふわふわ揺れる粉雪さんと同じ。
 だから、風があれば飛べるはず。
 手に持った杖のけろぴーを信じて、足に力を入れる……ジャンプ!

「とぉっ!」

 その瞬間、わたしを包みこむように風が起こった。


 止まらない。落ちない。
 ぐんぐん空までのぼってく。
 あっという間に、禅爺さんも見えないくらいの高さまで到着。
「わぁ……」
 すごい、下の町も、ものみの丘も、その向こうのわたしの住んでる街も全部見えるよ。
 これが空の上の世界。
 もうわたしは自由にそこを飛べるだよね。
 けろぴーがいてくれたら。
「寒いっちゅーねん。どこまで飛んどるんや……」
「え? わ、ごめんぴろちゃん。今すぐ降りるね」
「いや、ええ。ここからの方が一反木綿たちがどこ行ったか分かりやすいやろ」
「高すぎて見えないよ?」
「大丈夫や。今から見えるようにしたる」
「見えるようにって、どうやって……うにゅっ!?」
 するの? って聞こうとしたら、突然頭の中に水が入ってくるような感じがした。
 あわてて頭の上に手をのばしたら、もっとビックリ。
 そこにあるはずのものがなくなっていた。

「ぴろちゃんの体はどこいったのーっ!?」
「ええい、落ち着かんかい!」

 すぱーんっ!

 うう、なんで叩かれないといけないの?
「まったく、空の上でもボケは直らへんのかい」
「だ、だって、ぴろちゃん、頭だけになってるし……!」
「そりゃそうやろ。胴体はもうなゆきの中に入ったしなー」
「入ったって……ええっ!?」
 もう一度頭をさわさわ……。
 つーっとぴろちゃんの体をなぞっていくと、首のところから下はわたしの髪の毛になってて……って。
「わたしの頭からぴろちゃんが生えてるの!?」
「まー、そういう表現もできるなー。って、こら引っこ抜こうとするんやない!」
「だって、頭から生えてるんだよ! 頭の中でぴろちゃんの足がジタバタしてるんだよ! 脳みそがシワだらけになっちゃうよ」
「気のせいやし、元から脳みそはシワだらけや」
「で、でも……」
「まあええから聞き」
「よくないよー」
「ええから聞かんかい!」

 すぱーんっ!

 また叩かれた。
 ぴろちゃんって強引だよ……。
「そこのカエルなんぞにいいとこ独り占めされとうないし、いい機会やからワイもそろそろ本気出すで」
「ぴろちゃんの本気って、本当の怖い妖怪さんになるってこと?」
「いや、そっちやのうて得意技ってところや」
「得意技?」
「せや。ワイの得意技は憑依やねん」
「えっと、どこかでその言葉聞いたことあるけど……」
「ようは合体っちゅうことや。なゆきは今完全に空飛べるようになったみたいやけど、問題が一つ解決しとらんやろ」
 問題……って何かあったかな?
 けろぴーのおかげで、もう自由に飛びまわれると思うし、問題なんてないと思うけど……。
「ほれ、アクロバット飛行なんかしたら、また酔って気持ち悪くなるやろ」
「あ……」
「さて、ここで質問や。ワイは何の妖怪や?」
「猫の妖怪さんで猫又さんだよね?」
「つまり、ワイはグレートでキュートなシャム猫さんっちゅうことや」
「キュート……」
「何か不服か?」
「う、ううん、何でもない!」
 ぴろちゃん、爪をおでこに当ててキョウハクなんてひどいよ。
「猫はバランス感覚に優れた動物や。その妖怪のワイにはちょっとやそっとの回転なんてどうってことあらへん」
「そうなの?」
「せや。やから、ワイがなゆきに憑依してバランス感覚引き受けたら……」
「わたしはぐるぐる飛んでも目が回らない?」
「そういうこっちゃ。他にも色んなオプションサービスがついてお得やで。そういうことで、憑依してええか?」

 うーん、頭の上にぴろちゃんが生えてるのは気になるけど……。

「でも、ヒョウイってあんまりいい言葉じゃなかった気がするんだけど……」
「まあ、言い方変えたら『取り憑く』とも言うな」
「と、取りつくってそれ思いっきり怖い言葉だよ!」
 取りついて殺す、なんてお化けの話よく聞くもん。
「あのなあ、やったらなゆきはこのまま飛んでまた気持ち悪くなりたいんか?」
「それはそうだけど、うー」
 今でも頭の中に『何か入ってます』ってヘンな感じだし、それに『取りつく』なんて言われたら考えちゃうよ。

「あーもうメンドイな! 憑依したれ!」
「ええっ、わたしの意志は!?」
「知らん!」






☆     13     ☆

 ぴかっと光った瞬間、何かが頭の中にするっと入る感じがして、頭の上のぴろちゃんが消えた感じがした。
 特に変わったところはない……かな。
 頭も重くないし、ぐちゃぐちゃになってる感じはしない。
 どっちかというとスッキリした感じ。

「良かった、なんともないよ」
「あんだけぐずついとったのに、ポーズまで取って余裕やな」
「え? わわっ」

 気が付いたら杖を前に突き出して、なんとなくかっこよさそうなポーズを取ってるわたしがいました。
「どうしよう。テレビの見すぎで癖になっちゃったのかも」
「まあええやん。ノリがええのはええことや」
「そ、そうかな。うん、そうだよね」
 なんとなく自分を納得させて、杖をくるくる回してから前にびしっと突き出してみる。
 で、すーっと一回深呼吸。
「今の、決まってたかな?」
「やり直さんでもええわ、アホ!」
「うにゅっ!」
「そーゆんは敵の前でやらんかい、まったく……」
 ううっ、ノリがいいのはいいことだって言ったのぴろちゃんなのに。
「そういえば……」
「ん?」
「頭からぴろちゃんの声が出てて、気持ち悪い……」
「しゃあないやろ。頭の中入ってるんやし。なんならヘソかケツに移動しよか?」
「お、お尻は遠慮しとくよ」
 一人で会話してるのもヘンな子だけど、お尻が言葉しゃべってたらもっとヘンな子だよ。
 それも、汚い言葉が多いぴろちゃんの声がお尻から出たら、一回だけでも恥ずかしくて……。

「へい、ブラザー! 尻からコンニチワや!」
「うにゅ!?」

 突然お尻から声が。
 あわててお尻をおさえる。
 それから心の中でぴろちゃんをにらみ付けるイメージ。
(ぴろちゃん、もう二度とやらないで)
(……ほんのちょっとふざけてみただけやない)
(二度とやらないでね。あと、一人だけの時はヘンな子に見えるから念話でお願い)
(分かった分かった。ま、憑依のこと考えて念話を先に準備しといたんやけどな。回線調整にもちょうどええし)
(そうなの……って、わわ!?)
 まったくもう、と思いながら力を抜いてお尻から手を離そうとしたら、何かふさふさしたのが手にかかってきた。
 ていうより、そのふさふさした何かの感覚がお尻のちょっと上にびりりってきて、背中がぶるぶるってふるえた。
「な、何、今の感じ!?」
 おそるおそる、ふさふさを手にとってみる。
 ふさふさは鉄棒くらいの太さで、引っぱってみるとお尻の上が引っぱられる感じがした。
 これって、ひょっとして……そう思ってお尻の先に力を入れてみると、そのふさふさは右に左に揺れる。

「し、ししし、しっぽが生えてるーっ!?」

 ぐっと掴んで左手で引っ張ってみると、白いふさふさのしっぽがあった。
(ああ、それか。おまけで付けといたった。ワイの体毛となゆきの髪質合わせて、ふさふさの白にしたけど、その方がええやろ)
(ええやろ、って言われても……)
(なんや、嫌なんか? 猫風味のしっぽ)
(う、ううん。ねこさんになれたみたいで嬉しいよ)
(ついでに頭の上に耳も出しといた。そっちも白な)
(え? あ、ほんとだ)
 頭をぽんぽん触ってみると、そこには髪の毛とは違う、何かふかふかしたものが生えていました。
 多分、ねこさんの耳。
 ちょっと意識を集中してみたら、ぺたんと倒れたり、ぴんと立ったり……結構面白いかも。

 右上げて、左下げないで、しっぽ上げて、両耳上げて、しっぽ下げない。
 今度は腰を振ってリズムに乗りながら……はいっ。
 右上げて、左下げないで、しっぽ上げて、両耳上げて、しっぽ下げない。
 最後に……いったーーん、もめんっ。(←お尻をくりん)

「いつまで猫耳としっぽで遊んどるんや! ちゅーか、踊るな!」
「うにゅっ!?」

 こ、鼓膜にダイレクトシャウト……。
「ぴ、ぴろちゃん。頭の中で怒鳴らないでよー」
「遊んどるなゆきが悪い。今なゆきがやろうとしとることは?」
「一反木綿さんたちに会うこと……うう、耳がキンキンする……」
「キンキンしとる場合か。さっさと探さんと、連中バラバラに散って探しにくくなるで。万に一つやけど、姐さんジェノサイド第二幕っちゅうオチもあるしな」
「あ、うん」
 そうだった。一反木綿さん達を探さなきゃ。
 綾お姉さんみたいに、危険な目に遭う人がいるのも嫌。
 さっきのかおりみたいな悲しいのも嫌。
 わたしに出来ることがあるなら、後悔する前にやらないと。

 空の上から集中して街を見回す。
 きらっと何か強い光が見えた。
 それから、のろのろ動いてるその強い光の向こうに、早いスピードで動いてるいくつもの黒い火の玉。

(見つけた。すぐ下の聖気はかおりで、多分その向こうの妖気は一反木綿さん達)
(追いつけるか?)
(多分)

 けろぴーの速さは、まだよく分からないけど、あっという間にこんな高いところまで上れたから、結構スピードは出ると思う。
 それに、けろぴーも『行ける』って言ってる気がするし……。
 とりあえず、まずはかおりのところかな。
 下の聖気の光に向かって……。

「あれ?」
「どないした?」
「うん、さっきから難しい言葉がすらすら出てきて、今ならかおりの話でも分かりそうな気がするんだけど……」
「ああ、それか。今はワイが憑依しとるやろ」
「あ、もしかして、ぴろちゃんの頭の分だけ賢くなれてるのかな?」
「そんなとこや。ワイと知識や思考を共有してる分、なゆきの頭がスペックアップされた状態になっとる。これで少しは戦闘中にぼーっとするのも減るやろ」
「そうなんだ……うん、そうかも」
 なんだか頭がとてもスッキリした気分。
 かおりの光の波は、本当は衝撃波って言うのが分かりやすいとか、そういうことがすーっと頭の中に入ってくる。
(しかし……)
(うにゅ?)
(ワイが入っただけで脳内革命が起こりよったってことは、なゆきって相当頭悪かったんやろか……)

「わ、悪くなんかないもん。ちょっと鈍いだけだもん!」

 ものすっごく失礼だよ、ぴろちゃん。
 って怒りたかったけど、自分で『鈍い』なんて思わず言っちゃって、かえってしょげちゃうわたしでした。
 うにゅう。






☆     14     ☆

 とりあえず、一気に滑空。かおりのところに。

「あーもう、遅いわね! 本気で飛びなさい!」
「十分本気です! あふっ、あ、もっと」
「だったら死ぬ気で飛びなさい、このっこのっ!」
「馬じゃないし、そんなことしても変わらないですよ。あふっ、だけどもっと踏んでくださいー。あひんっ!」
「何が『あひん』よ、気持ち悪いわね」

 かおり発見。
 ……なんだけど。
 かおりは、怒りながら乗ってる一反木綿さんをゲシゲシ踏みつけてました。
(ねえ、ぴろちゃん。あれってイジメなのかなあ……?)
(踏まれとる方は喜んでるし、ええんとちゃう? ああいう、どうしようもない趣味は真似したらあかんで)
(……うん)
 趣味って色々あるって言うけど……こんな趣味もあるんだね。
 あんまり理解したくないけど。

「かおりっ!」
「えっ?」

 げしげし一反木綿さんを踏みつけてるかおりの傍に、上からすっと降りる。
「なゆき!? どうして上から……」
 かおりは凄くびっくりして振り返った。
 振り返ったんだけど……そこでストップ。
 何だか、怪しいモノを見る目付きでこっちを見てる。

「そのふざけた格好は何?」

 ふ、ふざけたカッコって……。
 飛べてることは無視?
「な、何って、ねこさんの耳としっぽだよ」
「見れば分かるわよ。そうじゃなくて、何でそんな格好で空飛んでるのよ?」
「でも、かわいいよ。ねこさんだし」
 強調するように、耳をぴこぴこ動かしてみる。

 ねこみみぴこぴこ、みぴこぴこ……っと。

「…………」
 うっ、全然顔が変わってない。
 と思ったら、かおりはふっと笑ってわたしの肩に手を置いた。
「ええ、そうね。似合ってるわよなゆき。強く生きてね」
「ど、同情なんていらないよー」
「冗談よ。その耳としっぽ、中にぴろさんが入ってるんでしょ?」
「分かるの?」
「姐さんは気配読めるから、なゆきにワイが憑依してるのすぐ分かったんやろ」
「そういうこと。それに、そっちのカエルの杖も妖怪かしら? 力を感じるわ」
「え? あ、うん。けろぴーって言って、わたしの周りに風を起こしてくれる付喪神さんなの。でも、そんなのも分かっちゃうの?」
「妖怪が力を使ってると『妖気』ってエネルギーが出るから、それで分かるのよ」
「そうなんだ」
 あ、でも、さっきわたしも上からかおり達の気配読んでたし、それと同じなんだよね。
 って、今はそれよりも。
「かおり、あの一反木綿さん達のことは任せてくれないかな」
「は? 任せて、ってどういうこと?」
「もう一度説得してみたいの。それでもダメなら戦うけど……もう、あんな悲しいのだけはやめて」
「何言ってるのよなゆき。あいつらはあなたを殺そうとしたのよ。もう完全な戦闘状態に入ってるのに、話し合う余地なんてないわ」
 そうなんだけど、それでも、それでも……。
 まだやり残したことがある気がするから。
 だから、戦うことはまだ考えたくないよ。
「それでも、まだやり残したことがある気がするから。一反木綿さんたちの話、まだ分からないこともあるし、ひょっとしたら戦わなくていいかもしれないもん」
「そんなのがあるんだったら……」
 かおりはむすっとしながら、ぼすっと乗ってる一反木綿さんを踏みつけた。

「あひゃっ!」
「こいつに訊けば?」

 そ、それはそうなんだけど、何かこの一反木綿さんに聞いても無駄って雰囲気がひしひしと……。
 でも、やっぱり聞いてみたほうがいいよね、うん。

「姐さんに踏まれてたら俺はもう何もいらないですっ! ぶっちゃけ足サイコー!」

 聞こうとしたら、何も言ってないのにかおりに踏まれてる一反木綿さんは、目をカマボコ型にしてにやけてました。
 わたしとかおりは、何を言ったらいいのか分からなくて目を点に。

「……もうあかんやろ、こいつは」

 わたしの頭から冷静にツッコミを入れるぴろちゃんが、とても頼もしく思えました。
 って、ここで止まってる場合じゃないよ。
 急がないと、一反木綿さん達がどこかに行っちゃう。

「ごめんね、かおり。そういうことだから、わたし行くよ!」
「ちょっと待ちなさい。話はまだ……」
「だからごめんっ!」
「きゃっ!?」

 手をのばそうとしたかおりが、けろぴーの起こした風に一反木綿さんの上でしりもちをつく。
 ちょっと悪いことしたかなって思うけど、今は急がなきゃ。

(ぴろちゃん、今度は本気で飛ぶよ。一反木綿さん達は?)
(さっきの方向のまま飛んどるなら、このまままっすぐや!)

 一反木綿さん達の所に……!






☆     15     ☆

(なゆき、姐さんが何か言うてたけどええんか?)
(よくないけど……ああいう時のかおりって、言っても聞いてくれないし)
(……ええ性格しとんな、お前)
 後ろで『待ちなさい』とか、かおりが叫んでたけど聞こえなかったことにして飛ぶことに集中。
 特急列車の窓から見た景色みたいに、どんどん下の景色が後ろへと飛んでいった。
(しかし、なんちゅうスピードや。いったいこれ、何キロ出てるねん)
(うーん、けろぴーは普通の台風くらいの風は出せるって教えてくれたけど)
(となると……そのカエルが出しとる風は、秒速30メートル前後やろか)
(秒速30メートルってどれくらいなのかな?)
(時速にすると108キロ。高速道路の車並やな)
(そ、そんなに早いの!?)
(下見てみいな。この早さ、普通列車くらいなら余裕で追い抜けそうやん)
(というより、追い抜いてるけど……)
(あ、ほんまや)
 ちょうど下の線路を走ってた電車は、ゆっくりとわたしの後ろに流れていきました。
(あれ? 今下に見えてる駅って……)
(どないした?)
(ここ、もうお隣のお隣の町だよ)
(何やて? そら、またえらい遠くに来てもうたな)
(駅で四駅だけどね)
(……そう言われると、あんま遠くないように聞こえるな)
(でも、ちょっと困ったかも)
(何がや?)
(このまま一反木綿さんに追いつけないで遠くまで行っちゃったら、夕ごはん前に帰れないよ)
(……それ、今心配することやろか?)
(心配することだよ。帰り遅かったらお母さん心配するし、それに……)

 くぅ〜。(←お腹の音)

(……そか、昼食ってないんやったな)
(こっちも問題だよー)
(うーむ、もう少ししたら引き返すか。秋子はん心配させるのはようないし、言われたらワイも腹減ってきたし)
(うん、そうだね。あ、きれいな夕日)
(ほんまやなあ。夕焼け小焼けやで)

 くぅ〜きゅるる。(←さっきよりもうちょっとお腹が減ってきた)

「って、こんなスピードで空飛んでんのに、何ほけーっとした会話しとんねんワイら!」
「わわっ、急に怒鳴らないでよ」
「ここまで来たんや、死ぬ気で飛んで追いつかんかいっ! 腹鳴らしとるバヤイか!」
「全力で飛んでるよー」
「お前の顔は全然そう見えへんわ! もっと根性出さんかい!」
「か、顔は関係ないよ。これでも本気出してるもん!」
 ひどいよぴろちゃん。本気出してがんばってるのに。
 かおりとかクラスの子も、『なゆきは怒ってても怒ってるようには見えない』とか言うし。
「やったら、もっとこう、額にシワ寄せるとか気迫のこもった顔をやな……っと、右やなゆき。連中や!」
「あっ」
 ぴろちゃんに言われて右を見ると、斜め向こうに一反木綿さん達の集団が見えた。
 多分、一番大きく見える影がプリムローズさん。

(右に十五度傾けるんや、なゆき)
(うんっ)

 くいっと体を右に向けて方向転換。
 今度は完全に後ろを追いかける形に。
(しかし、このふらふら飛行はどうにかならんのか? 浮いとるだけでも、ふらふらずーっと揺れとったし)
(無理だよ。粉雪さんの飛び方なんだから)
(ふらふら飛行やのうて、ふわふわ飛行っちゅうことか。なんちゅうか、変態飛行やなあ)
(へ、変態って……)
 鳥さんとかに比べたら変な飛び方なのは分かるけど、ヘンタイなんて……。
 うにゅう。
(と、あかん。離されとるで。集中し!)
(誰のせいだよー……って、わ、ほんとに離されてる)
 先を飛んでる一反木綿さん達の影が、少し小さくなってる。
 追いつかなきゃ。

「けろぴー、がんばって!」

 杖に力を入れると、けろぴーがぴかっと光って周りの風が加速する。
 このスピードなら……!

 ぐんぐん、ぐんぐん景色を飛ばしていく。
 それと逆に、どんどん近づいていく一反木綿さん達の影。
 そして、もうはっきり目でプリムローズさんが見えるようになった時、わたしは叫びました。

「待って、一反木綿さん達!」


続くよー(16〜30)

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