PowderSnow Fairy 街のちいさな妖精さん
(1〜17)
アバン
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ある日やってきたねこさんは、わたしに魔法をくれました。
あ、でも本当は魔法じゃなくて……妖怪の……。
ぶんぶんぶんっ!
色々フクザツな事情はあるけど、ぱうだーすのーふぇありー今日もがんばりますっ。
☆ 1 ☆
「なゆき、魔法について一つだけ注意しとくことがある」
「え?」
「魔法ってのは元からそういう危険はあるんやけど、なゆきが使うんは妖怪の力、つまり妖術や。それがどういうことか、分かるか?」
「え、えーっと……どういうことなのかな」
「妖怪が最も強くなるんは、恨みとか憎しみの感情を蓄えた時なんや」
「誰かを恨んだりしちゃいけない?」
「せや。ええか、なゆき。絶対に誰かを恨んだり憎んだりしたらあかん」
「も、もしそうなっちゃったらどうなるの?」
「もしそうなったら、なゆきは絶対に後悔するで……」
がばっ!
おふとんから体を起こすと、カーテンからちょっとだけ明かりが入ってきてた。
怖い夢見ちゃった。
ぴろちゃんから教えられた、魔法のやっちゃいけないお約束。
誰かを恨んだり憎んだりしちゃいけない。
そんなの当たり前だよね。わたし、嫌な子にはなりたくないもん。
だから、お約束は怖くなかった。
だけど……その時のぴろちゃんのとっても辛そうな顔が頭からはなれない。
ぴろちゃんは……しちゃったのかな、後悔。
口は悪いけど、ぴろちゃんは誰かを恨んだり憎んだりする子じゃないと思う。
枕の隣でねこさん眠り(丸まって寝ることだよ)してるぴろちゃんは、やっぱりねこさんで……そんな風には見えなかった。
やっぱり、わたしにも来るのかな? そんな風に思っちゃう時。
うん。大丈夫だよ、ぴろちゃん。
わたし、もしその時が来ても、そんな気持ちに負けないから。
「ふぁいとっ、だよ」
ぐっと胸の前でちっさくガッツポーズして時計を見る。
うにゅう、まだ六時……。
「もう一度お休みなさい」
起きたばかりなのに頭使って疲れちゃったかも。
寒いからおふとんを頭からかぶって目を閉じる。
うにゅー、あったかくて幸せだよー。
このままねこさんになって、ねこさん眠りできたら最高なのに。
「ぺっぷし、ボケェ!」
こんなねこさんは嫌だなあ、と思いながら、まだ夢の中のぴろちゃんをおふとんの中に一緒に入れてあげた。
はぁ、あったかくてふさふさ。気持ちいいー。
やっぱり大丈夫だよぴろちゃん。
だって、わたしは大好きなねこさんといっしょにあったかいおふとんで寝られて、とっても幸せだからね。
「むにゃむにゃ、いちごー」
「ぎにゃああっ!? ワイは食いもんやない! 寝ぼけるなっ」
☆ 2 ☆
とんとんとん、きぃ。
「おはようございます」
顔をあらってもよけいに鼻がヒリヒリするよ〜。
「おはよう名雪。あら、どうしたのその顔?」
わ、お母さん。
そうだった、どうしようこれ。
わたしの鼻の頭には二本の赤い線……朝、ぴろちゃんにひっかかれた傷がついていた。
怒ってないよ。
……わたしも寝ぼけてぴろちゃんのおなかに歯形つけちゃったから。
「名雪?」
って、それはいいんだけど。
こまったよ、こまったよ。
鏡で見た傷はどう見てもねこさんのツメだったし、このままじゃねこさんがいるのがばれちゃう。
「え、えーっと……」
ど、どうしよう。
このままじゃぴろちゃん悪いねこさんって思われちゃうよ。
「タンスにでもぶつかったの?」
やさしそうな顔をしてわたしの顔をお母さんがのぞきこんでくる。
その顔は、言いたくないならそういうことでいいのよって言ってくれていた。
「……うん。寝ぼけてころんだ」
「そう。上で何かぶつかる大きな音がしてたけれど、名雪だったのね」
ゴメンなさい、それひっかかれた痛さでわたしがタンスに投げ飛ばしちゃったぴろちゃんの音。
『そこらの猫みたいに根性なしやのうても、痛いもんは痛いわい!』って怒ってたけど、ぴろちゃん以外のねこさんって根性なしなのかなあ?
……たぶんそんなことないと思う。
とんとん、と考え事をしていたら肩をたたかれた。
顔をあげると、しゃがんでわたしと同じ背の高さになったお母さんがいた。
「名雪、鼻を見せて」
「あ、うん」
「ちょっと染みるけど我慢してね」
しみる?
なんだろ、って思っていたら、白いものがわたしの鼻に当てられた。
「うにゅう」
じゅくじゅくするー。
じわじわ痛くて、それが目のすぐ下の鼻だったりして……。
消毒液がしみこんでいくかわりに、涙がじわーっと出てきっちゃった。
……あと涙が出たから鼻水も。
「はい、もういいわよ。よく我慢したわね」
「うん、ありがとうお母さん」
ティッシュを一枚もらって、涙と鼻水をふく。
えへへ、じっとがまんしてたのほめられちゃった。
でも、お母さんなら涙なんか出さないだろうし、わたしももっとがんばらなきゃ。
「名雪、顔は大事にしなさいよ。祐一さんもうすぐ来るのに、そんなところに傷があったら笑われるわよ」
「えっ? わわっ、さいあくだよー」
「ふふっ。それじゃ、お母さんは行ってくるわね」
「あ、行ってらっしゃい」
お仕事で忙しいお母さんは、今日もわたしより先におうちを出て行った。
祐一、っていうのはわたしのいとこの男の子。
ちょっといじわるだけど、わたしとお母さんの大事な人なの。
むかし、お母さんが悲しい顔をしていた時に遊びに来て、色々元気づけてくれた。
元気づけるっていっても、いたずらして回ってただけだけど。
……わたしも巻き込まれて。
でも、お母さんは、祐一が帰った後『子供は元気なのが一番ね。名雪、ふたりで頑張っていきましょう』って明るい顔になって言っていた。
まだ、幼稚園でよく分からなかったし、よく覚えてないけれども……たぶん、お母さんが悲しんでいたのは、わたしにお父さんがいないことと関係しているんと思う。
でも、お母さんに聞いてみたことはない。
今はお母さんいそがしいし、いつかきっと話してくれると思うから……だから、それまではわたしもお母さんと二人でがんばっていこうって思ってるんだよ。
ヒリヒリ……。
うー、消毒したせいでまた痛くなってきた。
だいたい、ぴろちゃん女の子の顔に傷をつけるなんて極悪だよ。
起きたばっかりでだまってたけど、これは怒らないとダメだよね。
だいたい、すぐにツメを立てるなんて悪いくせだよ。
ぴろちゃんが来てからまだ一週間くらいだけど、手とかすぐにひっかくんだもん。
決めた、お尻ペンペンしよう。
わたしはちょっとぷんぷんしながら、どすどすと階段を上って自分の部屋に向かったのでした。
☆ 3 ☆
「ぴろちゃん!」
ばぁん、とドアを開けて部屋に入ったわたしを待っていたのは……。
「……あれ?」
からっぽのベッドだった。
「あれれ?」
ためしにおふとんをめくってみたけれども、やっぱりぴろちゃんはいなかった。
どこ行っちゃったんだろう?
朝ごはんも持ってきてあげたのに。
「うーん……」
ベッドの下とか、タンスのすきまとか、ねこさんの好きそうなところを見てみたけれども、やっぱりぴろちゃんはいなくなっていた。
「おさんぽかなぁ」
ぴろちゃんは普通のねこさんじゃないから、窓くらい自分で開けて外に出られる。
それに『ねんりき』っていう超能力でカギを開けたり閉めたりもできる。
泥棒さんが来ないように気をつけてくれてるのはいいんだけれど、窓のカギは閉まったままだから出て行ったのかどうかわからないから困るんだよね。
「ぴろちゃん、朝ごはんだよ〜」
もう一度、お部屋をぐるぐる見回しながら言ってみたけど、やっぱり返事がない。
うーん、朝ごはん食べないでおさんぽに行くなんてはじめてだけど……ぴろちゃんねこさんみたいに気まぐれなところあるんだよね。
って、ぴろちゃんもねこさんだった。
いなくなっちゃったのかなあ?
わたしがお尻ペンペンとか考えたのに気付いて、逃げちゃった……とか。
『こんのクソガキャ、ワイにケンカ売るなんて百年早いわボケ! 尻の毛ひんむいてサルにしたろか、ああん!?』
……そんなことないよね。
この前近所のイヌさんと喧嘩して、一分でKOしたとか言ってたし。
うん、お尻ペンペンなんかしなくてよかったよ。
ぜったい、わたしのお尻がおサルさんにされちゃう。
それより、ぴろちゃんの口の悪さと手の早さは直らないのかなあ?
おとなりのコロちゃん、ご近所にはおとなしい番犬さんだったのに、ぴろちゃんが『この世界の掟ってやつを骨の髄まで叩きこんだったわ』って自慢してた次の日から、だれか通るたびに犬小屋に逃げこんでおびえててかわいそうなんだけど。
考えていてもぴろちゃんがいないのは変わらないし、心配だけど学校行かなきゃ。
下におりて、電話のところにあるメモを一枚取ってから、『朝ごはんだよ』って残しておいたトーストのお皿のそばにおいておいた。
あっ、ミルクもおいてあげなきゃ。
ミルクを入れたお皿を持ってきて、ぴろちゃんの朝ごはんの準備完了。
これでいいかな。
ぴろちゃん、ちゃんと帰ってきてくれるよね?
せっかくねこさんと暮らせるようになったのに、何も言わずにお別れなんてさみしいもん。
ランドセルを背負って、だれもないお部屋に「いってきます」とちょっと元気のない声がした。
うにゅう、もっと元気出していかなきゃ……。
でも、ぴろちゃんどこに行っちゃったのかなあ?
☆ 4 ☆
「おはよ〜」
「あ、なゆちゃんおはよー」
見慣れたクラスのお友達にあいさつしながら、窓の側にあるわたしの席に座る。
これでも、遅刻とかお休みは一度もないのが自慢です。
机にランドセルをおきながら、ふうっておでこの汗をふく、
変だなあ、今日は冬で寒いはずなのに。
いつもより学校来るまでに疲れた気がするんだけど……。
ま、いっか。それより一時間目の国語の準備しようっと。
いま授業でやってる物語が面白くて、授業がちょっと楽しかったり。
その次が算数なのががっかりだけど。
かぱっ、とランドセルを開けて、中に手を入れる。
ふにゃ――
「うにゅ?」
なにか、いまランドセルの中に生温かくてやわらかい感触が……。
こ、こんなもの入れてたっけ?
おそるおそる、ランドセルの中をのぞきこんでみる。
「……ZZZ」
ええーーっ!?
な、なんでこんなところにぴろちゃんが!?
ランドセルの中には、教科書と筆箱のすき間にペッタンコになって寝ているぴろちゃんがいた。
ねこさんは狭いところが好きって知ってるけど、いつこんなところに入ったの!?
「ぴろちゃん、起きて。ぴろちゃん」
「んー、何やー……? なんかごっつ窮屈やなここ」
周りに気付かれないように、ぴろちゃんの耳を引っぱって小声で呼びかける。
そろそろ、起きる時間だったみたいで、ぴろちゃんはすぐに目を覚ましてくれた。
そして、ペッタンコになったままのぴろちゃんと目が合う。
「おー、名雪。今朝は悪かったな。せやけど、こんな板ばさみにせんでもええやないか」
「わ、わわっ!」
あわててランドセルの口を顔と手でおおう。
「ぴろちゃん、ここでしゃべっちゃダメ!」
「へ? 何や? いったい、ここどこやねん」
「わたしのランドセルの中。それで、ここはわたしの学校」
「な、なんやて!?」
「ぴろちゃん声大きいよっ!」
「あ、すまんすまん」
手と顔で押さえてるから周りには聞こえてないよね?
学校にねこさん連れてきてるなんてバレたら、大変だよ。
ぴろちゃんしゃべるし、ほんとは妖怪だし……。
それに……イヌさんをおサルさんにしてしまうくらいに凶暴だし。
男の子がいたずらしたりなんかしたら、全員おサルさんにされちゃう……。
被害が広がらないように、わたしがしっかり見とかなきゃ。
「なんで、こんなところに入ってるの?」
「うーん、何でやろう……」
「じゃあ、いつ入ったの?」
「よく覚えとらん」
……無茶苦茶だよ。
って、思ってたらランドセルが小さくもぞって動いた。
「うがっ、ここ窮屈で頷けへん」
「だったらそんなところ、入らないでよー」
首を動かそうとして、うまくいかなかったみたい。
こんなペッタンコになってたら当たり前だよ。
「とにかく、思い出したで。たぶん、なゆきがおかんとこ行ってる間に寝ぼけて入ってしもたんや」
「あ……」
そうだった、お母さんに下で消毒してもらってる時、ランドセル開けっ放しだったかも。
「って、何でそんなとこ入るの!?」
「いや、ワイねこやし、狭いところが落ち着く時もあるんや。まあ、寝ぼけとって本能的に入ってしまったんやろう。ついでに、明るいの鬱陶しいから、ランドセルの蓋も念力で閉めてもうて、ぐっすりぐーってワケや」
「うー、疲れるわけだよ」
ねこさん一匹分、いつもより重いランドセルだったんだから。
「とにかく、ここ狭くてかなわんわ。出てええか?」
「だ、ダメだよ!」
「大丈夫やって。こんなキュートなシャム猫さんやし、ガキンチョてなづけるのもワケないわ」
ねえ、ぴろちゃん。
ぴろちゃんって本当に元・飼い猫さんなんだよね?
「ぴろちゃん」
「なんや?」
「先生にバレない自信はある? いたずらされても、怒らない自信は? 他にも物壊したりとか、おさわがせしたりとかしない自信は?」
思いつく限り、心配なことを並べてみる。
顔と手のすき間から入る光でわずかに見えるぴろちゃんは、そんなわたしの質問に自信満々に言った。
「全くあらへん」
だ、ダメすぎるよー。
「ま、適度に愛嬌振りまいとけばどうにでもなるもんやで。猫やし」
「絶対出してあげないっ」
「何やて? 何でやねん!?」
こんな危険なねこさん外になんか出せないに決まってるよ。
「おはよ、なゆき。ランドセルに頭突っ込んで何してるの?」
頭の後ろからふってきた、よく知った声。
うにゅう、大ピンチ……かも。
☆ 5 ☆
「ぴ、ぴろちゃん。とにかく静かにしててね。見つかってもぬいぐるみのフリするんだよ」
「それはええけど、ついでに少し中身減らしてくれへんか。苦しくてかなわん」
「……そんなところ入らなきゃいいのに」
とりあえず、ほんとに苦しそうだったので、顔をはなす時、筆箱と国語の教科書とノートを取り出しておいた。
ついでに、もうちょっと減らしておいてあげよう。
こういう時、机の引き出しって便利だよね。
「ふぅー、これで一息つけ……あがっ!」
むぎゅっ!
パチン!
余裕が出来て、ランドセルの外に深呼吸しながら顔を出しかけたぴろちゃんを押し込めてフタを閉じた。
もうっ、ぬいぐるみのフリしててって言ったのに。
「何やってるの、なゆき」
「な、なんでもないよー。おはよ、かおり」
とにかく笑ってごまかす。
笑う角には福きたる、だよ。
「そう?」
不思議そうにわたしとランドセルを観察しているのは、クラスメートで親友のかおり。
しっかり者で、クラスの委員さんをやってるんだよ。
わたしは水瀬で、かおりの名字は美坂。
小学校に入ったときから三年生までずっと同じクラスで、名前も身長も近いから体操とかはいつもお隣さん。
そのおかげで、気がついたらいつもおしゃべりするようになってたんだよね。
今ではわたしのとても大切なお友達。
じーっ……。
なのはいいんだけど、かおりはすっごく鋭いんだよー。
うにゅう、笑ってもぜんぜんごまかせてない。
それどころか、余計に怪しまれてる。
「……気になるわね、そのランドセル」
「うにゅう」
もう完全に怪しまれてるよー。
こ、こういう場合は……。
「か、かおり。玉手箱って知ってる?」
「浦島太郎ね。開けたらおじいさんになっちゃうっていう」
「うん。うん」
胸の前でぐっと手をにぎって、おっきくうなづく。
「で、そのランドセルは玉手箱なの?」
「うんっ」
さわやかーにうなづいてみせる。
かおりは物分りがよくて助かるよ。
ね、だから開けちゃいけないんだよ。
「じゃ、開けてみていい?」
「な、なんでー!?」
だって玉手箱だよ。
けむりが『ぼんっ』って出て、もくもくっておじいさん……じゃなくてかおりだったらおばあさんになっちゃうのに。
わたしだったら絶対開けないよ!?
だけど、かおりはぜんぜん怖がってない。
どっちかというと、すごくうれしそうな顔をしていた。
「浦島太郎は大人だったからおじいさんになっちゃったのよ。あたしは子供だから、開けても大丈夫。こんな早く大人になれるなんてなゆき、ありがとっ」
「うにゅーっ!」
目をキラキラ光らせたかおりに、ぎゅーって抱きしめられる。
最近クラスの女の子の間で流行ってる『ゆうじょうのあかし』抱きつき。
うう、忘れてたよ。かおりっていつもはやく大人になりたいって憧れてたんだった。
「じゃ、そういうことでこのランドセル借りるわよ」
「だ、ダメだよ! おねえさん通り過ぎておばさんとか、おばあさんになっちゃうかもしれないよ。うん、たぶん、じゃなくてきっとそこ浦島さんの煙が山盛りの特盛に入ってるから。ダメ、ダメ! 絶対開けたらダメ!」
思いつく限り、理由になりそうなことを言ってみる。
もう、自分でも何言ってるのか分からないよー。
「そう。じゃあ、ちょっとだけ開けてゆっくり煙を浴びるわ。これでおっけーね」
「わ、わたし知らない。後悔しても知らないよ」
今度はおどかす作戦に出てみる。
一歩引いて、ぶるぶるって体をふるわせて、一生懸命怖がるフリ。
カパッ
でも、かおりは何のためらいもなくランドセルを開けちゃったのでした。
「なーんちゃって。そんなモノ現実にあるわけないでしょなゆき。もう、冗談下手なんだから……って、あら?」
へらへら笑いながらわたしに手を振っていたかおりの動きが止まる。
ああ……見つかっちゃった。
いま、ぜったいぴろちゃんが耳をぴこんって立てたのを見て止まってたよ。
「……何これ?」
(たぶん)ランドセルの中から見上げてるぴろちゃんと、ランドセルの中をのぞいてるかおりの目と目がごっつんこしてる……って感じに見える。
どうするのぴろちゃん!?
動いてるところ見られたよ!?
そう思っていたら、ぴろちゃんはランドセルの中から先っぽの茶色い足(手?)をぴょこんとあげた。
それといっしょに、ヘンな声みたいな鳴き声がランドセルから聞こえてくる。
「モグワイ!」
え、えええええっ!?
ぴろちゃん、何考えてるのーーっ!?
☆ 6 ☆
「も、モグワイ?」
ランドセルからぴょこんと飛び出したぴろちゃんを見て、かおりはびっくりしていた。
びっくりして当然だよね。
だって、普通のねこさんは『にゃあ』って鳴くんだもん。
「モグワイ!」
また鳴いちゃった。
もうごまかし切れないよ。
ぴろちゃん、どうする気なんだろ?
きょろきょろとあたりを見回してみる。
ほっ、よかったみんなおしゃべりとかに夢中でこっち見てないよ。
こういうのを不幸中の幸い、っていうのかなあ。
なんて、もうなるようになってくれるのを見守るしかないわたしでした。うにゅう。
「ギズモー」
ぴろちゃんは、ボーゼンとしてるかおりの前でどこかで見たようなダンスをおどりはじめた。
あれって、たしか、テレビでリンゴから飛び出したねこさんがおどってるダンス……だよね。
ランドセルの中で、朝にいっつも鳴ってる『グリーングリーン』に合わせてヘンなダンスを続けるぴろちゃん。
かおりは腕組みしながらじーっとそれをながめてたけど……。
「水にぬらしてはいけない?」
こくこく。ふりふり。
「夜の十二時以降エサをあげてはいけない」
こくこく、ふりふり。あらえっさっさー。
「それと……」
何かよく分からないことを突然言い出したかおりと、それにうなづきながらノリノリにおどってみせるぴろちゃん。
わたしが頭にハテナを浮かべていると、かおりはランドセルのフタをペタンとかぶせた。
「強い光に当てちゃいけない、だったかしら?」
な、なんのことなんだろ?
いろいろありすぎて頭がパニックだよー。
混乱してると、閉まったランドセルがちょこっと開いてぴろちゃんがこっちをのぞいていた。
「なゆき、このねーちゃんは大丈夫や。ネタが分かるヤツに悪いのはおらん」
「……おおさかと関係あるの?」
「もちろんや!」
「そ、そうなんだ」
よく分からないけど、大阪の人はそういう人みたい。
でも、かおりは一番のお友達だし、ぴろちゃんがかおりを嫌わないでくれたのはうれしい。
前、綾お姉さんにはじめて会った時とかヒドかったもんね。
「まあ、そっちのねーちゃんの方が物分りよさそうやし、どういう状況かわかるやろ。見られたらまずいもん見られて困惑しとる親友、っちゅう状況やな。あんじょう察してやりや」
「ええ、わかったわ。とりあえずはそういうことにしておいてあげる」
「ほな、他のガキどもに見つかったらなゆき困るみたいやし、ワイは昼までこの中で寝とるわ。落っことしたり蹴っ飛ばしたりするやないで」
そう言うと、ぴろちゃんはランドセルを閉めて、静かになりました。
……なんか、わたしがちょっとバカにされてた気がするけど、気のせいかな?
とりあえず、おっきな事件にならないでほっと一息。
「なゆき、あなた随分ヘンなモノ飼ってるわね」
「あ、かおりー」
「あ、じゃないわよ。まったく、この子はよくぼけーっとしてるんだから」
ぼけーっとなんかしてないよ。
いろいろフクザツな事情があってぼけーっとしてるように見えるだけだもん。
なんて言ったけど、かおりには『同じことよ』っていつも言われる。
うー、ぴろちゃんにも言われたけど、やっぱりわたしって鈍くさいのかなあ……。
「後でどういうことか教えてね。みんなには黙っておいてあげるから」
「うん」
でも、かおりに言われるのはしかたないかも。
クラスで一番しっかりしてるし、頭の回転も早いし。
わたしもかおりみたいになれたらお母さんにもっと楽させてあげられる、かなあ。
結局、お母さんに色々甘えちゃうわたしはまだまだ子供なんだと思う。
あっ、それより。
「ね、かおり。さっき、言ってた水にぬらしちゃいけないとか、あれって何?」
「ああ、あれ? グレムリンって映画に出てくるモグワイってヌイグルミみたいな生き物を飼うときのお約束よ。ギズモはその生き物の名前」
「あっ、そういうことだったんだ」
「何のこと?」
「ううん、こっちの話」
「そう?」
ぴろちゃん……。
ヌイグルミみたいな生き物の真似じゃなくて、ほんとのヌイグルミになりきって欲しかったのに……。
でも、ヌイグルミみたいな生き物かぁ。かわいいのかなあ?
映画って言ってたよね。
うん、今度お母さんに頼んでビデオ屋さんに借りにいってみよっと。
「あ、そうそう。ギズモはかわいいけど、グレムリンはモンスター映画だからなゆきには怖いかもしれないわよ」
うにゅう。
……かおりのいじわる。
☆ 7 ☆
きょろきょろ。
てててててっ。
きょろきょろ。
「何やってるのよ」
「だ、だって、昼休みなのにランドセル持ち歩いてるなんてヘンだよぉ」
ランドセル(ぴろちゃん入り)を持って、廊下の角から先をのぞいて、人が少ない時をねらって走りぬける。
これで、ヘンに思われることないはず……。
「余計に注目集めてるわよ。どう見ても、とんでもなく挙動不審」
「うにゅう」
かおりが言うように、ランドセルをお腹にかかえて角から様子をうかがってるわたしはなんだかすごい注目を浴びていた。
しかも、六年生のおっきな人たちから。
「もうっ、すっぱり諦めて堂々と行きましょ。女は度胸よ」
「わ、わわっ、押さないでー」
必死の抵抗もむなしく、わたしは六年生の廊下をお腹にランドセル持ったまま押されていったのでした。
……ひどいよかおり。
そおっと床にランドセルを置く。
ここは屋上前の階段の踊り場。
どこでぴろちゃんを外に出すかってことで、人があまり来ないここを選んだんだよ。
それも六年生の教室の上にあるから、よくケイドロとかかくれんぼやってる子達も来ないってかおりが言っていた。
「さて、大丈夫そうね。ランドセル開けてもいいわよ」
「うん」
一緒に持ってきたお弁当の巾着を開いてお弁当の準備をしながら、ランドセルのフタを開ける。
お弁当、ランドセルに入れてるとこぼれた時が大変なんだよね。
教科書とかぐちゃぐちゃになっちゃうから。
一年生の時にひどいことになっちゃってからは、お母さんにこの巾着をもらったんだよ。
かわいいねこさんの絵が描かれててわたしのお気に入り。
「ふんがー……」
……どうしてこっちのねこさんはいつもこうなんだろう。
あお向けにそり返りながら、するどいキバを丸出しにして、ぴろちゃんは言葉どおりぐーすか寝ていた。
なんていうか、とってもだらしない。
「どういう猫なのよ、コレ」
「ふ、ふだんはかわいいんだよ。ねこさん眠りしてる時とか。何もしゃべらない時とか……」
「それって、基本的にかわいくないってことじゃない。だいたい、喋るって時点で猫なのか怪しいわ」
うにゅう。
必死に取りつくろってみても、かおりは腕を組んであきれるだけだった。
「で、でも。かわいくなくても、大事なお友達なのっ」
「お友達、ねえ」
そんなことを言いながら、かおりは何か手を動かしている。
うにゅっ! か、顔が笑ってる。ぴろちゃん見ながら笑ってるよ。
「か、かおり、何するの!?」
「別に何もしないわよ。ただ、こう無防備に寝てる猫見てると、何かイタズラしたくならない?」
かおりが持っていたのは、ポケットティッシュを三つに破いて重ねたもの。
それを、ぴろちゃんの体にたらして……。
すぅ、ってなで始めた。
「うにゃにゃ……」
ぴろちゃんはというと、口を閉じてぶるぶるふるえている。
なんだか、わたしも鳥肌が立ってきた。
「うー……」
「あら? なんでなゆきも反応してるの?」
「思い出しちゃったんだよー。かおり、それ後ろからわたしの首にもやったんだもん」
「あははっ、あの時のなゆきの反応面白かったわね。イスから立ち上がって、パニック起こしてあたりキョロキョロ見てるんだもん。クラスで一番だったわよ、あれ」
笑い事じゃないよー。
運動会の練習の後、お腹いっぱいになって机にぺたんってしてたら、いきなりぞわわって来たんだもん。
すっごくビックリしたんだから。
かおりはマジメに見えて、ほんとはすごくおちゃめだったりする。
「むにゃむにゃ……なんやっちゅーねん……」
って、わわっ。このままじゃぴろちゃん何するか分からないよ。
止めなきゃ。
「かおり〜、もう止めたほうがいいよ」
「大丈夫よ。このくらい。毛をそったりするんじゃないんだから」
「うん、そうなんだけど……」
「けど?」
「ぴろちゃん、すっごく怒りっぽいし手も早いよ」
「そうなの?」
かおりの手がぴたりと止まる。
ぴろちゃんは、おでこにシワをよせて、前足がひくひくと今にも飛びそう……。
「わ、わたし知らないっ!」
くるんと、ぴろちゃんに背を向けてしゃがみこむ。
また鼻ひっかかれたくないもん。
「あっ! なゆきの薄情者!」
イタズラやったのはかおりだよ。
わたし知らないよ。
「ヘ……、へ、へっ、へっ!」
ぴろちゃんの声が大きくなっていく。
もう怒り爆発寸前って感じ。
ごめんねかおり。あとで保健室つれていってあげるから。
そして、ぴろちゃんの怒りが爆発……。
「へくしぃっ!」
……あれ?
しーん、と静まりかえる踊り場。
おそるおそる後ろを振り返ってみる。
「ば、爆発はどうなったの?」
ぴたっと石像みたいになってるかおりに聞いてみる。
「振り返ったと思ったら、何を訊くかなこいつは」
え? なに? 何?
かおりの手がこっちに伸びてくる。
逃げようとしたけどもう遅くて、はしっと手をつかまれて引っ張られた。
「よくもあたしを見捨てたわね、このっこのっ」
「ごめん〜、ゆるしてー」
頭をかかえられて、グーでグリグリ。
うにゅう、頭のてっぺんに穴が開いちゃう。
「ふあああ、おはよ。なんや、女の子同士楽しそうやな」
「ぴろちゃんのばかーっ!」
誰のせいで裏切り者にされたと思ってるんだよー。
☆ 8 ☆
角角鹿鹿。
「かくかくしかじか、でええやん」
心の声ににつっこみ入れないで。
「で、つまり、ぴろさんは妖怪で、用事を手伝ってもらうためになゆきのところに居候してるってこと?」
「ま、そんなとこや」
お弁当を三人で食べながら、これまでのことをお話した。
はじめは知られることが怖かったけど、今はちょっと嬉しい気分。
だって、かおりはわたしが雪ん子だって聞いても何も怖がらなかったんだよ。
「しかし、ワイらが妖怪やって聞いても全然怖がらへんなぁ。ちょっとプライド傷つくわ」
「わたし妖怪じゃないもん、妖精さんだもん……」
ぴろちゃん、いっしょにしないで。
わたしは半分人間なんだから、怖がられて嬉しいプライドなんかないよ。
「まあ、なゆきはともかく、ワイはモノホンの妖怪やのに。最近の若いのは怖いもの知らずなんやなあ」
「別にそういうわけじゃないわよ。ただ、ね……」
腕組みをして無表情だったかおりがくすっと笑う。
「あなた達見てると、化け物だって言われてもぴんと来ないのよ」
「だ〜か〜ら〜、わたしはちがうよー」
「はいはい。なゆきは問題外としても、ぴろさんもしゃべるだけの猫じゃない。今時そんなのテレビにたくさんいるわよ」
「そうやなあ。なゆきはともかくとして、ワイもテレビやったらキュートなマスコットや」
……なんだか、わたしバカにされてる?
あ、今日のデザートはいちごなんだ。
うーん、やっぱりいちごは最高だよ。
甘くてすっぱくて、つぶつぶしてて、しあわせがつまってる感じがするよね、うん。
「……これやもんなあ、なゆきは。力に目覚めさせたった時、飛べると思い込んで二階から飛び降りよるし」
「妖怪以前の問題よね」
はうっ!
なんだか視線を感じて、いちごを持つ手が止まる。
「それにしても、しゃべるのと超能力くらいじゃ妖怪って感じはしないわね。なゆきみたいに妖精って言った方がしっくりくるかも」
「ん、ワイか?」
「ええ。だいたい、映画の話をしてくるなんて妖怪にはほど遠いわよ」
「まあ、ほんまの姿見せたら嫌でも妖怪思うやろうけどなあ」
「本当の姿? 興味あるわね。ちょっと見せてくれない?」
「あかん。ダメや」
「ケチねえ。見せたって減るものじゃないんでしょ? あ、ひょっとして封印されてる、とか?」
「そういうんやないけど……あんまし言いとうない」
……?
なんだろ?
今ぴろちゃんから、とっても悲しい気持ちがあふれてきた気がする。
「ま、ガキが見るもんやないってことや。絶対ちびってまうやろうしなー」
気のせいだったのかな……?
ぴろちゃんはいつもどおりのぴろちゃんだった。
でも、ぴろちゃんの本当の姿ってどんなのなんだろう?
言いたくないって言ってたし、やっぱり聞いちゃいけないのかなあ。
びくっ!
「ふーん、そういう態度に出ますか。なら話しやすいようにさせてあげるわ」
なんだか嫌な予感がして振り返ると、かおりがわたしのランドセルから筆箱を取りだしてにたぁって笑っていた。
な、何をする気なんだろ?
「……拷問でもするんかねーちゃん。筆箱で」
「かおり〜、人の道ふみ外しちゃいけないって思うよ」
ぴろちゃんといっしょになって、かおりをじーっと見つめる。
ちょっとの間、あたりがしーんとなった。
「いや、いくらなんでもそんなこと考えてないから」
「あー、びびったわ。筆箱で拷問って何されるかと焦ったわ、ホンマに」
「よかったー」
左手をぶんぶんと振るかおりに、わたしたちはほっとしたのでした。
☆ 9 ☆
「なゆき、筆箱借りるわよ」
「うん、いいけど」
『ごうもん』に使わないんだったらいいけど、何に使うのかなあ?
なんて思ってると、かおりは筆箱からサインペンを取り出した。
え……まさか、ぴろちゃんにラクガキ!?
一瞬、びっくりして止めに入ろうとしたら、今度はノリを取り出した。
「???」
サインペンとノリで何をするんだろ?
「ほんと、なゆきの筆箱は何でもそろってるわね」
「え、そうかなぁ? 必要な物を全部入れてるだけだけど」
「鉛筆、消しゴム、シャーペンと芯ケース、それにノリ。おまけに……鉛筆削りまで」
「でも、えんぴつって持ち運びしてると折れるから」
「サイドポケットには定規分度器コンパス一式に……ねえ、ハサミとカッターはどっちかでいいんじゃないの?」
「だって、あった方が便利だし、ハサミよりカッターの方が使いやすい時もあるよ」
「用意がいいんだか、要領が悪いんだか。なゆきって見てて飽きないわ」
「そ、そうかな?」
……なんか、バカにされてる気がするけど、気のせいだよね。
(気のせいやないと思うで)
はうっ! やっぱり。
(ワイもねーちゃんに同意やけどなぁ。鈍くさいけど、純粋な子って見てて楽しいし)
ううっ、もっとしっかりしなきゃ……。
(まあ、三つ子の魂百まで言うし、いつまでもそのままやろ)
うにゅう。
って、ぴろちゃん心読まないで!
(これやもんなぁ。鈍いっちゅうか、まだ気付いとらんし)
え……?
(普通、頭の中で会話してて何かおかしいとか思わへんのか?)
……???
(いや、『ハテナハテナハテナ』やのうて)
「ああっ!」
「な、何!?」
とんでもないことに気付いて、思わず叫んじゃった……。
目の前では、かおりがすごくビックリしてる。
「どうしたのよなゆき。突然叫んだりして」
「え、えっと……何でもないよ。うん」
手を振ってあたふたとごまかそうとしてると、ぴろちゃんのため息が聞こえた。
「これやもんなぁ」
「……何の話?」
「な、何でもないよ! 気にしないで作業続けて」
ぶんぶんぶん、ときょとんとしてたかおりに首をふって精一杯の何でもないあぴーる。
ポケットティッシュの底から取った紙に何か書いてるけど……何やってるのかな?
って、そうじゃなくて。
(もうっ、何で予告なしにこういうことするの)
(いや、出来るかな思て前からやっとんたんやけど、ようやく回線が合ったみたいやな)
でも、これって凄いことだよね。
テレパシーなんて夢みたい。
それもねこさんとなんて。
(言っとくけど、妖力使ったテレパシーやからな。普通の猫とお話できるとか思たらあかんで)
(うー、いきなり夢つぶさないでよー)
テレパシーと思ってることとが頭の中でごちゃごちゃになってきちゃった。
うにゅう、この会話はつかれるよー。
(まあ、妖力使てるしな……多少はほんまに疲れるやろ。必要ない時は止めといた方がええかもしれんな。せやけど、これならどこでも話できるはずやし、人に聞かれる心配もあらへんで)
(あ、うん。そうだね)
いきなりテレパシーなんてされてビックリしたけど……。
これからは心もぴろちゃんとつながってられるんだよね。
(いやー、そないなこと言われると恥ずかしいなぁ)
(って、わたしのプライバシーのぞかないで!)
……こんなデリカシーがないところがなければいいのに、ぴろちゃんは。
「よし、出来たっと。あれ? なゆき、今度は何ムクれてるの?」
「な、なんでもないよっ」
やっぱりテレパシーって問題の方が多そう……。
(使てる側に問題があるように思うで。まあ、なゆきらしいけど)
うにゅう……。
☆ 10 ☆
「さてと……」
キラーン、ってかおりの目が光ったような気がした。
手に持ってるのは、ポケットティッシュの底に入ってるぶ厚い紙。
何か書いてたみたいだけど、何を書いてたのかなあ?
「本当の姿見せてくれなかったらこれを張るわよ」
そう言ってかおりが紙をくるっと裏返す。
ええっと、書いてあるのは……。
「あくれいたいさん?」
「あくりょうたいさん、や」
あ、そういう読み方もあるんだ。
『幽霊』の『霊』だから『れい』だと思ったよ。
あれ? でも『悪霊退散』ってどこかで見たことあるかも。
「あのなぁ、そんなもん効くと思っとるのか?」
「妖怪退治には定番でしょ?」
あ、そうだ。妖怪退治のお札とかに書いてる文字だよ。
「定番て……ポケットティッシュの裏紙なんかどう見てもご利益ないやろ」
「どうかしら? 糊で貼り付けたら、少なくともあなたの毛にはダメージあると思うけど」
「って、待てい! それが狙いか!」
「さぁて、本当の姿を見せるか、お札を張られるか好きな方を選んでちょうだい」
急いで後ろに逃げようとしたぴろちゃんのしっぽをかおりがつかむ。
ねこさんのしっぽってかわいいけど、こういう時って不便かも。
「放せ! 猫の毛を人質に取るなんてなんちゅう悪女や!」
「人のことを子供とか馬鹿にした罰よ」
「ガキや言われて怒るんはガキの証拠やろうが」
わわっ、ぴろちゃんのばかー。
かおりってしっかりしてるけど、子供っぽいって言われるのだけは好きじゃないのに。
不安になってかおりの顔をのぞいてみたけど……うう、顔は笑ってるけどこれはかなり怒ってるよ。
「いいじゃない。毒ガスとか放射能が漏れたりするわけじゃないでしょう?」
「それはそうやねんけどな……」
「じゃ、本当の姿見せてちょうだい」
「ううむ……いや、あかんあかん。やっぱガキの見るもんやない」
「あら、そう」
ぴしっ、ってかおりの顔から聞こえてきた気がした。
もうわたしじゃ止められないよー。
「じゃ、これを貼っても文句は無いわね?」
「ぐっ、毛並みにいつも気を使うてるワイになんちゅう脅しを」
……それはないと思うけど。
ぴろちゃんって普通のねこさんよりだらしないし。
「ええい、分かったわい。煮るなり焼くなり好きにせえや!」
怒鳴って床に大の字になるぴろちゃん。
もう完全に開き直ってる。
「じゃ、お言葉に甘えて」
でも、かおりは少しもためらったりしないで……ぴろちゃんのお腹に『悪霊退散』を……ノリで貼っちゃった。
しゅー……。
え、えええっ!?
突然起こった異常事態にかおりと顔を見合わせる。
かおりもびっくりしてるみたいだった。
「だから言うたやろ。こんなもん効くわけあらへんと。だいたいポケットティッシュの裏紙やで。神はん仏はんへの冒涜も……ん? なんや? なんで唖然としとるねん」
だ、だって……。
「ん? なんやこの白いの?」
しゅぅぅぅ……。
「ぴろちゃん、お腹から煙が出てるよー」
「は? なんやて?」
ぐぐっとぴろちゃんが腹筋でお腹をのぞき見る。
貼られたお札から、ヤカンみたいにしゅーっと白い煙がふき出してた。
えっと、もしかしてこれってお札が効いてるの?
「……ぎ」
しゅっしゅーと煙を上げてるお腹にVの字したまま目をぱちぱちさせるぴろちゃん。
その次の瞬間……。
「ぎにゃあああっ!? は、腹が火事や!!」
大騒ぎしながら、ぴろちゃんはお腹を前足でぱぱぱぱぱっとやってお札(?)を払い落とした。
ぴろちゃんにとっては一大事だったんだけど、なんだかラッコさんみたいでかわいいかもって思ったのはないしょだよ。
「ねえ、この猫って悪霊なの?」
「……あ」
☆ 11 ☆
「あー、びっくりした。腹がハゲてもたやないか……」
ぴろちゃんは、さみしそうに毛のなくなったお腹を見つめていた。
毛のないところは……なんだか無理矢理引っこ抜かれたみたいにピンクでかなり痛そうに見える。
ねこさんって毛が全部なくなったらかわいくないかも。
「まったく、ねーちゃん巫女の一族ならそう言ってくれてもええやんか」
「ミコ? 神社の巫女さん?」
ぴろちゃんの言葉に、目をぱちくりさせてかおりと顔を見合わせる。
「かおりのおうちはお医者さんだよ?」
「ええ、神社じゃないわ」
かおりのおうちは病院をやってて、お父さんはお医者さん、お母さんは看護婦さんだって言ってたもんね。
じゃあ、ミコさんって何なのかな?
なんて思ってると、ぴろちゃんは右手(前足)を上げて、左右にふった。
「ちゃうちゃう。神社におるんはただのコスプレや。本物の巫女さんは別モノや」
「……こすぷれ?」
って、何?
またわいた疑問に首をかしげる。
なんだか今日はわたしの知らない言葉ばっかり出てくるよー。
「コスプレゆうんはな、巫女さんの服とかナース服を……ふがっ!?」
「この馬鹿猫! なゆきに何教えるのよ! それに神社のあれはコスプレじゃなくてバイトでしょうが!」
「や、止めえ! 全身禿てまうー」
むんずとかおりにつかまれて口を押さえられたぴろちゃんは、体のあちこちから煙を出してジタバタしてる。
うにゅう、こすぷれってそんなに失礼な言葉なのかなあ?
無理矢理かおりの手から脱出したぴろちゃんは、ふーふー肩で息をしていた。
なんとなく毛が薄くなってる気もするけど……とりあえずは無事みたい。
「頼むからねーちゃんワイに触らんといてくれ。消滅してまう」
「何だったのよ今の?」
「巫女には魔を祓う力があるんや。そんなんに触られたら、純粋な妖怪のワイはヤバいことになる。あんなええ加減な札でも効果があったのはそのせいや」
どういうことなんだろ?
一生懸命考えてみたけれど、かおりに何かされると妖怪のぴろちゃんは困るってくらいしかわからなかった。
「えっと、つまりかおりならぴろちゃんを退治できるってこと?」
「なゆきにしては的を射てるわね」
「こらそこっ、まとめすぎや! そして、ねーちゃんも同意すなっ!」
うにゅ、合ってたのか間違ってたのかよく分からないよー。
「まあ、なゆきにも分かりやすく言うとやな、なゆきは雪ん子に目覚めるくらい妖怪の血が濃いやろ」
「うん」
……あんまり認めたくないけど。
ぴろちゃんが言うには、わたしは普通の人より妖怪の血が濃いんだって。
「巫女の一族っちゅうのはその逆や。混ざりっけのない純血の人間で、妖怪とか悪魔とか、そういう魔の連中に反発する力を生まれながら持ってる人間のことや」
「へー、そうなんだ。かおりってすごいんだね」
「まあ、昔はそういう連中集めて純血保っとったからともかく、この現代でここまで純血に近いのも珍しいな。うまく生んでくれた両親に感謝するんやで」
「どういうこと?」
「ようは、体がお守りみたいな体質なんや。そんじょそこらの妖怪とかには悪さできん」
いいなぁ。
わたしなんか妖怪なのに……。
「悲しまんでもええやろ。なゆきはなゆきで血が濃いから、かなり格上やからそんじょそこらの妖怪はびびって逃げ出すし」
「ねえ、ぴろちゃん」
「……ん?」
「それ、あんまりうれしくないよ」
「……そか、それもそうやな」
かおりとどう違うのって言われたら困るけど、でもやっぱりなんかイヤ。
わたしは大妖怪で、かおりは真人間で……。
(どっちも何か別モンになっとるで。真人間って何やねん)
うにゅう。
(って、何でいつも心読まれてるの!?)
(いや、前にも言うたけど、なゆきは心のガード甘すぎるし、嫌でも聞こえるし)
(それでも聞かないでっ)
(無茶いうなや。お友達のねーちゃんなんか、全く隙あらへんで。なゆきが無防備すぎるんや。だいたい普段から何考えとるのか人に顔で当てられとるんとちゃうか)
(うにゅっ……!)
(……図星か。すまん、言い過ぎたわ)
うー、うー。
何とかして反論したかったけど、何も思いつかないわたしでした。
あれ? そういえばさっきからかおり静かだけど、どうしたんだろ?
かおりを見てみると、なんだか難しい顔をしてた。
……何だか機嫌が悪い?
ううん、よく考えるとここ最近、元気なフリをしてるけどあんまり機嫌がよくない気がする。
かおりってそういうところ見せないようにしてるけど、お付き合い長いから時々わかっちゃうこともあるんだよね。
今がちょうどそんな感じ。
わたしと違って立派に人間してるって分かったのに、うれしくないのかな?
☆ 12 ☆
かおりがぴろちゃんに近づいてしゃがみこむ。
「あたしのことはどうでもいいわ。問題はあなたよ」
「……ワイ?」
「正体は明かせない。しかも悪霊退散のお札が効く。どうやってあなたを信用しろと言うの?」
「それは……」
「今までなゆきに抱きついたりしたこともあったけど、煙なんか出たことないわ。あたしに悪魔を退治する力があるなら、なゆきはそんな悪魔じゃなくて、あなたは悪魔だってことよね?」
「…………」
ど、どうしよう。
なんだかよく分からないけど、ぴろちゃんがいじめられてる?
え、えーっと、何か言わなきゃ。
あ、そうだ。たしかさっきかおりに抱きつかれた時……。
「かおりー、わたしさっき抱きつかれた時、ちょっと体がかゆくなったかも。それに前からも時々」
びくっ!
「なゆき、ややこしいからちょっと黙ってて」
「……うにゅう」
ギロってにらまれて怖かった。
今のかおり、文句ないくらいに機嫌悪いよ。
「なゆきでこの程度よ。さっきの話から推測すると、悪魔……つまり悪い妖怪ほどあたしの力に反応するってことだと思うけど、違うかしら?」
じーっとにらまれたぴろちゃんは、しばらく目をおっきく開いていたけど、突然よっこらしょって感じで立ち上がった。
ぐぐっと、身長が二倍になるくらいにおっきく背伸びして、もどして。
またおすわりして、右手で顔をふきふき。左手で反対の顔をふきふき。
それから、キバを見せながらあくび一つ。
ぷちっ!
え? 今の音、なに?
なんて思ったときには、かおりがぴろちゃんの首を両手でつかんで持ち上げていた。
「あんた人をおちょくってるの!?」
「ぎにゃあああっ! カンニン、堪忍や! 背伸びに顔洗い、あくびは猫の癖なんや!」
「時と場所を考えなさい! 人が真面目な話してるのに」
「ワイが悪かった! 頼む、下ろしてくれ。消滅してまうー」
しゅーしゅー煙を上げてジタバタするぴろちゃん。
いけない、止めなきゃ。このままじゃぴろちゃん退治されちゃう。
あわててかおりの手からぴろちゃんを引っぱり出した。
「はぁ、はぁ。おおきに、なゆき。助かったわ」
「なゆき、その猫こっちに渡しなさい。それは悪い物よ」
「だ、ダメだよっ。許してあげて」
「いい、なゆき。その猫は悪者なの。あなたは騙されているのよ」
かおりの言うことも分かるよ。
ぴろちゃんにはだまされたこともあるし、今も色々だまされてる気はする。
でも、でも……。
何か言わなきゃ。かおりを納得させる何かを。
「だ、だって……」
「だって、何よ?」
「だって、ねこさんなんだよっ!」
「はぁっ!?」
…………。
……。
(説明になっとらへんがな……。あの論理的なねーちんがそんなんで納得するわけないやろ)
(だ、だってー)
どう考えてもそれしか思いつかなかったんだもん。
ううっ、ぜったい怒鳴られるよ。
カクゴして、ぴろちゃんをぎゅっと抱きしめながら目をつぶった。
…………。
……。
あれ? 何も、ない?
びくびくしながら目を開けてみる。
腕組みをして待ってたかおりと目があって、どうしようどうしようと思ってたらため息をつかれちゃった。
「はぁ……。何だかやる気をそがれたわ」
「え? じゃあ、もうぴろちゃん退治しない?」
「もういいわよ。放してあげたら? あたしが手を出さないでもお亡くなりになりそうよ」
「……うにゅ?」
おなくなりになりそう? ぴろちゃんが?
そっと顔を下に向けてみる。
ぴくぴく……。
腕の中でぴろちゃんがぶくぶくアワをふいていた。
「あーっ!?」
こ、これって気絶してる?
びっくりして、持ち上げながらゆさゆさ振ってみる。
そしたらびくくって動いたぴろちゃんの体がわたしの手を抜けて……。
ごちん!
頭に勢いよくふってきた。
「けほっ、けほっ。このアホなゆき! ワイを絞め殺す気か!」
「だって夢中だったんだもん」
うー、いま頭にカメラとったらきっとお星さまが見えるよー。
☆ 13 ☆
ふうってため息つきながら、ぴろちゃんはわたし達の前に座った。
「確かに、ワイは悪やで。極道もんやしな」
「ゴクドウモンって?」
「ヤクザのことよ」
「えっ!? ぴろちゃんヤクザさんだったの?」
あんまりいい子じゃないとは思ってたけど……不良さんより怖いヤクザさんだったなんて。
「なんか勘違いしとるようやけど、猫が極道やってるわけないやろ。極道の家で飼われとっただけや」
「そ、そうだったんだ。乱暴とかされなかった?」
ヤクザさんっていったら、暴力団とかいって、近寄っちゃいけないって聞いてる。
悪い人たちの集まりで、暴力でお金をかせいでいるから暴力団って言うんだよね。
でも、ぴろちゃんはそう思っていたわたしに首をふりながら悲しそうな顔をして言ったんだよ。
「なゆき、人間どこまでも腐ってる奴なんてほとんどおらん。確かに、人様に暴力振るったり脅したり、褒められた生き方してるとは思わへんけど……連中かて家族とか飼い猫には人間らしい優しさやって持ってるんや」
「え、あ、ごめんなさいっ」
なんだかよくわからない。
わからないけど、わたし、いま最低なことを言った気がした。
きっと、ぴろちゃんにとってはそのヤクザさん達が家族で……。
「気にせんでええ。どんな美化したかて連中が害悪なのは事実や。けどな、なゆきには極道やから最低な奴やとか、そんな心の狭い人間にはなって欲しいない。まだ、なゆきには分からへんやろうけど、なりたくて極道になったわけやない奴やって多いんやからな」
「う、うん」
やっぱりよく分からない。
でも、なんだかぴろちゃんの言ってることは、とても大切なことの気がした。
ぴろちゃんはお友達だけど、わたしよりずっと長く生きてて……。
こういうことを話してくれるときは、小さな体がとっても大きく見える。
お父さんってこんな感じなのかな……。
「さてと。それでや、ねーちゃん」
「えっ?」
胸に暖かいものを感じていると、ぴろちゃんはかおりの方に顔を向けて、びっと右手でかおりを指さし……足さして、それから胸を叩くみたいな動作をした。
「ワイが悪霊なんかどうか気にしとったな」
「ええ、まあ」
「極道いうたらスネに傷があるのが当たり前やないか。やからそんなことは気にしたらアカン」
えっへんって感じでぴろちゃんが胸を張る。
でも、そんなぴろちゃんににゅーっとかおりの手がのびて……。
「じょ、冗談や!」
「猫ってのは本当に時と場所を考えない生き物みたいね」
わ、わわっ、ぴろちゃんが消されちゃう!
あわててぴろちゃんをぎゅーっと抱きしめて目をつぶった。
お願いかおり許してあげてー。
…………。
……。
あれ?
そおっと目を開けてみる。
かおりは……いない!?
「ばあっ!」
「○△×!?」
後ろからしたおっきな声に、心臓が飛び出しそうになった。
あれ? 上に何か飛んでる。
ひょっとしてわたしの心臓?
「だぁほ! ワイや!」
「ぴろちゃん!?」
急いで下を見る。
手には何もなかった。
って、びっくりした瞬間に投げ飛ばしちゃったの!?
天井すれすれまで浮いて、いまから落下寸前のぴろちゃん。
どうしよ、どうしよ。
「えっとえっと……」
あたまがグルグルしてきたよー。
あ、そうだ。
「えいっ」
「ぶふぇっ!?」
ごつんって音がして、どすんって落ちて……なんだかオリオン座が見えるみたいな。
「何でヘディングするかしら?」
「このアホ! ワイはサッカーボールやない。」
……あ。
「えっと……どうしてわたしこんなことしたんだろ?」
「あたしが知るわけないでしょ」
「ワイが知るか! あー、ごっつ頭いた。だいたいワイは猫やから三階から落とされたかて着地出来るっちゅうねん」
ううっ、頭がグルグルしてぴろちゃんの白とこげ茶色の模様がサッカーボールに見えたんだよー。
☆ 14 ☆
「ほんとにいいコンビね、あなた達」
かおりが、やさしいけど、なんだかあきれてたり、冷たいような視線をこっちに向けていた。
うー、なんか色々素直に受け取っちゃいけない意味がこもってそうだよ。
「得体の知れない妖怪猫がなゆきの側にいるなんて心配だったけど……さっきのぴろさんの話を聞いていい加減な人じゃないって思ったわ」
と、そこでかおりは話を切って、ぺろっと舌を出した。
「って、ぴろさんは猫だったわね」
「えっと、ひょっとしてかおりって……」
「ま、なゆきのこと心配してワイ疑っとったんやろ。ええ友達やないか。感謝しときいよ」
そうだったんだ。
なんだかいつもより乱暴だと思ったけど……。
「ありがとう、かおり」
きゅっと、最近流行りの友情の抱きつき。
「きゃっ、ちょっとなゆき。そ、そんな大したことじゃないわよ。その猫、関西弁だし凄く胡散臭く思えただけだから」
「姐さん、顔赤いで。そっちの人か?」
「誰が姐さんよ! それにそっちの人って……たしかになゆきは可愛いけど……」
「……本物やな、こら」
「うにゅ?」
「そこの馬鹿猫! なゆきに変なこと教えたら消すわよ」
「怖いやっちゃなあ。まあ、消されたないし黙っとくけど」
何の話してるのかな、ふたりとも?
なんて思ってたら、かおりに引きはがされちゃった。
「まあ、あなたにも色々事情があるみたいだし、半端な気持ちじゃないみたいだから訊かないといてあげるわ。だけど一つだけ教えて」
「何や?」
「明かせないのだったら、どうして本当の姿の話なんかしたのかしら? 黙ってれば疑われなくても済むのに」
「ああ、それはやな……」
…………。
……。
しーん……。
ぴろちゃんは何か言おうとして、そのまま黙っちゃった。
まばたきもしないで、口をあんぐり開けたままで……。
ぴくっと、おひげが動いたと思ったら、ぴろちゃんの叫び声があたりに響いた。
「しまった! その手があったやないか!」
がくっとお尻から地面に落ちるかおり。
わたしもなんだか、力が抜けた……かも。
「って、そんなに引くな。冗談や」
「あなたね……」
「まあ、一種のギブ・アンド・テイクっちゅうやつや。ワイにはそういう顔もあるってことを知っておいてもらいたかった。ワケあってそれは見せられへんけどな」
「理解出来ないわね。それに一体何の得があるっていうの?」
「得は、ないやろな。ただ、そんなワイでも信用してくれるんなら……ワイはその気持ちに精一杯応えたいと思ってる」
じーっと見つめ合うかおりとぴろちゃん。
というより……にらみ合ってる!?
ううっ、どうしよう。
わたしがあたふたしてると、かおりは目を閉じてため息をついた。
「ふぅ、分かったわ。なゆきも自分であなたといることにしてるみたいだし、だったらあたしも信用してあげないとね」
「ホンマか姐さん?」
「ええ。でも、なゆきを危ない目に遭わせたりしないでよ。なゆきはあたしの親友でもあるんだから」
「分かっとる。ワイが色々黙っとる理由の一つがそれやからな。なゆきを危ない目に遭わせるくらいなら、ワイは黙ってなゆきの前から消えるつもりや」
よかった……。
かおりもぴろちゃんをお友達と思ってくれたみたい。
でも、ぴろちゃん前にも言ってたけど、話したらわたしが危ない目にあうってどういうことなんだろ?
どんなに怖くても……ぴろちゃんとは離れたくない。
だって、せっかくそばにいることができるようになった猫さんで、お友達なんだもん。
ぴろちゃん……わたし、がんばるから。いなくなったりしないでね。
「そうや姐さん、一つ頼みがあるんや」
「何?」
「姐さんなら、ワイを消滅させられるかもしれへん。もし、ワイがなゆきの前から消えへんとあかんくなった時は……後生や、もうワイを終わらせて欲しいんや」
えっ!?
「終わらせる? 退治しろってこと?」
「心配せんでも、抵抗したりはせえへん。今どき姐さんほどの巫女さんはそうはおらへんし、姐さんにやられるんやったら恨みも残さんで済むやろうからな……」
「駄目よ!」
びくっとぴろちゃんが背中をぶるぶるさせる。
びっくりした。かおり、いきなり怒鳴るんだもん。
「あなたがいなくなったら、なゆきが悲しむでしょう? そんなこと、あたしは出来ない」
「分かっとる。ワイかてまだやらなあかんことがあるから、終わるわけにはいかへん。せやけど……」
続きを言おうとしたぴろちゃんの口から、しゅーってけむりが上がる。
かおりの手が、ぴろちゃんの口をふさいでた。
「もういいわ。なゆきの顔見て。ぴろさんがそんな話ばかりするから、泣きそうじゃない」
「す、すまん」
「あなたの気持ちは分かったわ。どうしても耐えられなくなったら、あたしの所に来て。最後の懺悔くらいなら付き合ってあげるから」
「ああ……おおきにな、姐さん」
どうしたんだろ。
なんだか涙が出そうなのに、言葉が出ない。
ぴろちゃんを引き止めなきゃ、ぴろちゃんが遠いところに行ってしまいそうなのに……。
ぴろちゃんの本当の姿がどんなにこわくったって、わたしは平気……たぶん。
でも、ぴろちゃんから流れてくる、このとっても悲しい気持ちだけはちょっとこわい。
ねえ、ぴろちゃん。どうしてそんなに悲しいの。
ぴろちゃんの心、時々すごくこわれそうに見えるよ。
きっと、さわっちゃいけない。ぴろちゃんの心がこわれちゃうから。
いつか……教えてくれるのかな?
なんだか悲しくなってきちゃった。
ぴろちゃんとかおりはもっと悲しい気持ちになってる。
こんなときは、うん。ふぁいとっ、だよ。
「ね、お昼休み終わっちゃうし、お弁当食べよ? かおり、久しぶりに交換とかしてみようよ」
「えっ? いいわよ、あたしのお母さんお弁当下手だし。秋子さんのと交換なんて……」
「だいじょうぶ。このオクラおいしそー。ウインナーと交換しよっ」
ほんとうはあんまり好きじゃないけど、かおりは前嫌いだって言ってたからここはわたしが……。
「ちょっと、なゆき! それは……!」
「うん、おいしいよー」
……あれ?
オクラなのに、中のニガニガしたつぶつぶがない?
えっと、何だか口にヘンな味が広がってきてるような気も……。
「なあ、姐さん。ワイの目がおかしくなかったらアレは……」
「ええ、多分あなたの予想通り」
「……茶でも用意しといたり」
「そうね」
うー、うーっ、これって、これって……。
しっかりかんで、お口の中に広がった味は、今まで感じたこともない味でした。
「うにゅーーっ!?」
お口の中がヒリヒリするよー。
「それ、オクラじゃなくて唐辛子よ。辛い野菜。あたしは嫌いじゃないけど」
「ほれ、なゆき。粗茶や。ガブガブ飲んで落ち着き」
こ、これがトウガラシ?
お話では知ってたけど、こんなに辛いの!?
ワサビとかちょっと辛いカレーとか、なめてみたことはあるけど、そんなのとは全然ちがうくらいに辛いよー。
ううっ、お茶がベロにしみて涙が出ちゃう。
「人様のお茶を粗茶って失礼な猫ね」
「ふぎゃっ!? 姐さん、もう勘弁してえや。なんか、あちこちえらい風通しよくなってきたやないか」
「なんか、いつの間にか『姐さん』なのね」
で、でも、ぴろちゃんとかおりが仲良くなってくれたみたいだから、よかった……かな?
「なゆき、お茶まだいる?」
「あー、アカンわこら。口利ける雰囲気やないで」
「みたいね。あっ、イチゴ持ってきてるんだ」
「それ口に押し込んだったらどうや? 辛さには甘さで対抗やで」
ううっ、ヒリヒリして全然イチゴの味がしないよー。
やっぱりあんまりよくないかも……うにゅう。
☆ 15 ☆
「はい、今日の連絡はこれだけ。掃除は6班の子たちでお願いね」
がたがたがた、ってみんなが席を立って、おしゃべりし始めた。
気の早い人たちはすぐに教室を飛び出していっちゃったけど。
「おい、机動かすのに邪魔だから用のないやつは出てってくれよ」
わわっ、わたしも早く出なきゃ。
お掃除の邪魔になっちゃう。
ランドセルの中のぴろちゃんに気を使いながら、ゆっくりゆっくり教科書をしまってて出遅れちゃったよ。
「くかー……カレーライスがたべたい……ハヤシライスも……」
それにしても……、ぴろちゃんよく寝るよね。
寝るのと適度にアイキョウふりまくのがねこさんの仕事とか言ってたけど。
「水瀬さん、そこいたら机動かせないんだけど」
「あっ、ごめん。今すぐ出るよー」
えっと、全部教科書入れちゃったらぴろちゃんが朝みたいにつぶれちゃうから……うん。
ほんとは良くないんだけど、明日も授業がある科目の教科書とノートはおいとこう。
この科目は宿題出てないから、これとこれと、こんな感じでいいかな。
残すのと持って帰るのをだいたい決めて、ランドセルをそっと閉じる。
教室の外を見ると、かおりが待っててくれてた。
「なゆきー、何やってるの。早く帰りましょ。今日、大雪になるって話よ」
「あ、うん。じゃあねー、みんな」
みんなにあいさつして、かおりと一緒に学校を出た。
かおりとわたしの通学路は真ん中くらいまで同じ。
だから、帰りはいつも一緒で、行きも時々ご一緒するんだよ。
「ところで、ぴろさんはどうしたの?」
「ぴろちゃん? ランドセルの中でおひるね中」
わたしがそう言うと、かおりは、はぁってため息をついた。
「いいわね、猫って」
「うん、わたしねこさん大好き」
「そういう意味じゃないわよ」
うにゅ?
「もし、動物になれるなら……猫が一番ね」
「う、うん……」
何だろ。これって、あんまり喜んじゃいけないふんいき?
「どんなに辛くても、眠ってたら忘れられるもの」
「……かおり?」
つらい時とか、つかれた時は寝るのが一番だし、わたしもおひるねは好き。
でも、かおりが言ってるのって……あんまりよくない意味に聞こえる。
ちょっと心配になってきたら、かおりはクスっと笑ってわたしのおでこをつついた。
「なーんて、後で雪下ろししなきゃいけないと思うと、おこたにでも閉じこもってたくなるでしょ?」
「あー、うん。そうだねっ」
なぁんだ、もうかおりっていっつもこうやってわたしをからかうんだから。
何だかもっと大変なことかと思ったよ。
「雪、降りはじめたわね。急いで帰らなきゃ」
「うん」
「ま、なゆきは雪ん子なんだから雪なんて平気よね」
「え、そんなことないよ。やっぱりカサさしてないと」
「そう? 雪があなたの周り回転してて凄く目立ってるわよ?」
うにゅ?
きょろきょろ……。
「わ、わわっ!?」
雪ふってるのにぬれないと思ってたら、気付かないうちに力使ってたよー。
「気をつけなさいよ。他の人が見たら何事かって思われるから」
「うー、気をつけるよ。ありがとう、かおり」
「じゃ、また明日」
「うん、また明日だよ」
手をふって走っていくかおりが見えなくなるまで、手をふって見送った。
うーん……やっぱりわたし、雪ん子さんなのかなあ。
おうちもいいけど、このまま雪の中でしばらくじっとしてたいかも、なんて考えてたよ。
だって、ふってくる雪さん達はやさしくて、やわらかくて、とっても気持ちいいから。(ま、雪ん子らしくなってきたゆうことやろな)
「えっ、わ、ぴろちゃん!?」
(念話しとるのにわざわざ叫ばんでもええやろ。無意識に力使うわ、誰もいないところで叫ぶわ、奇天烈人間もええとこやで)
「キテレツ?」
(変人っちゅうことや)
「わたし、変人じゃないよー」
背中に向かって抗議したところで、はっとした。
あわてて周りをきょろきょろ。
「にゃあ?」
ねこさん?
塀の上を歩いていたくろねこさんと目が合った。
…………。
……。
ねこさんに見られてたーっ!?
な、なんだかすっごくこっちを怪しそうに見てる。
「あ、あの、わたし大丈夫だから。今の話、ひとり言じゃないんだよ」
「ふぎゃーーっ」
「あ、待ってー」
……行っちゃった。
どうしよう、わたし、ご近所のねこさん集会でヘンな人間の女の子ってウワサされちゃう!?
「あー、もう、ノラ猫にワケの分からん言い訳しとる時点で、人間関係の方気にせんかい!」
「うにゅ!?」
勢いよく開いたランドセルのフタが頭を通り越して、先っぽの金具がおでこにバチンとごっつんこ。
「……い、いたい」
「あ、すまん。つい、突っ込んでもうた」
こんなはげしいツッコミはやめてほしいよ、ぴろちゃん。
☆ 16 ☆
「でも、どうしたのぴろちゃん? こんなところで出てきて」
「ん、それなんやけどな学校終わったころから起きとった。教科書減らしてくれておおきにな」
え……あ、起きてたんだ。
じゃあ、ねこさんなのにタヌキ寝入りしてたの?
(人聞き悪いこと言うなや。って、猫聞きか)
(わっ、ごめん)
(人おらんけど、どこで見られるか分からんからな。今からは念話や)
(うん、おっけーだよ。あ、でも……)
(なんや?)
(誰かとお話してる時は静かにしててね。突然ヘンなこと言ったら、相手の人びっくりしちゃうから)
(……それくらいの分割思考慣れえや。なゆき、お前食事中噛むのと飲み込むの同時にやれへんタイプやな)
(え? えっと……)
お食事中?
ちょっと頭の中でイメージしてみる。
ごはんをおはしで口の中に入れて、もぐもぐ。
かまずに飲み込んだら体に悪いって言うから、しっかりかんで……。
(もうええ、よう分かったからそのへんでやめとき)
(う、うん)
何が分かったのかな?
でも、分からないことが分かったんだからいいことだよね。
(……とりあえず、何か大幅に勘違いしとるっちゅうことだけは言うておくわ)
うにゅ?
(それはそうと、かおりの姐さん追っかけるで)
(えっ?)
かおりを追いかける?
よく分からなくて首をかしげてると、ぴろちゃんは塀の上にぴょんと飛び乗って歩き始めちゃった。
と、とりあえずついていかなきゃ。
何をするつもりか見てないと危ないし……ってこれはぴろちゃんにはないしょだよ。
(ぴろちゃん。追いかけるだけならいいけど、どうして?)
(どうも気になるんや。あれだけ力持っとるのに、触られるまでワイが気付かんっちゅうのもおかしい)
(そうなの?)
(アホ! ワイ、腹が禿てもうてるんやで。なゆきかて、アツアツの熱湯入ったヤカン触ったりはせんやろ。触る前に、なんかヤバいとか思わへんか?)
アツアツの熱湯入ったヤカン……。
さわる前に、雰囲気とかむわっとした熱さとかで気付くよね。
なんとなく分かったので、ぴろちゃんにこくこくうなづく。
(普通やったら、触られる前にヤバいて気付いて逃げられるのに、姐さんどういうわけか全然そういうのを感じられなかったんや。巫女さんの力をな)
(えっと、どういうこと?)
(つまりや。姐さんか姐さんの周りに、何かの異変があるっちゅうことや)
(それって……)
(せや、ほぼ90%妖怪やな。そいつの『におい』ちゅうか妖気が姐さんにも染み付いとって、てっきりなゆきと同じ妖怪の混かと思ってしまったんや)
(え、ええっと……)
うーんと、えーっと……。
頭を必死に使ってみたけど、ぴろちゃんの話はよく分からない。
それでも、なんとか分かったのは……。
(とにかく、かおりに周りに妖怪さんがいるってこと?)
(一言で言ってまうとそういうことや。っと、止まり!)
きききっ、って音が出るかと思うくらいの感じでぴろちゃんがブレーキをかける。
わたしも、『わっ』って言いそうになったけど、むぎゅっと口を押さえてブレーキ。
曲がり角の先をかおりが歩いてた。
(よっしゃ、追いついたな。こっからは気付かれずにいくで。隠密行動や)
(ねえ、ぴろちゃん。かおりに言ったらダメなの? こっそり後をつけるなんて、なんだか悪い人みたいだよ)
(こっそり後つけるのやったらポリ公……いや、警察かてやっとるやないか)
(で、でも、それとこれは違う気がするよー)
おまわりさんは、悪い人を捕まえるために後をつけるけど、それだったらかおりが悪いことしてるみたいだし。
(ほんならなゆき。もし言って捜査に協力してもらったとしてや、それが間違いやった時、姐さんにどう謝るんや?)
(……え?)
ちょっと想像してみる。
調べてみたけど何もなかった時。
「ごめんねかおり、間違いだったよ」
「何が『妖怪がいる』よ。本当にびっくりしたじゃない」
ぐりぐりぐり。
「いたいよ、やめてよー」
うう、頭を握り拳でぐりぐりされた。
黙って調べて見つかった時。
「なゆき!? こんなところで何してるの!?」
「ご、ごめんね、かおり。これにはワケがあって……」
「はぁ……まあいいわ」
あきれられたけど、許してもらえた。
結論。
だまって後をつけたほうがいいかも。
見つからなかったら怒られないし、それに運がよければかおりを巻き込まないでもすむもんね。
(結論出たんか?)
(う、うん。やっぱりこっそりいくよ)
(おっしゃ、楽しいスニーキングミッション開始やー)
すにー……なに?
ぴろちゃんの言ってることは、時々むずかしい。
そういえば、かおりもそうだけど。
かおりとぴろちゃんがお話してる時、わたしふたりのお話がむずかしくてよく分からなかった。
なんていうか……お母さんの電話もそうだけど、大人の話って感じがする。
でも、たしかぴろちゃんは百才以上なんだよね。
ほんとは大人だし、やっぱり大人っぽい人の方が話が合うのかな?
(ねえ、ぴろちゃん。かおりってどう思う?)
(どうって、なんのこっちゃ?)
(うん、大人っぽいかなあって。わたしたちのクラスでも一番おとなっぽいもん。むずかしい言葉もよく使うんだよ)
わたしがそう説明すると、ぴろちゃんはちょっと顔にシワをよせた。
(なゆきの頭ん中は『オトナ=難しい言葉が使える』かい)
え? えっと、なんだかそれだけじゃない気もするけど……でも大人の人達は子供には分からない話ができるし……違わないかも。
(はあ、まあええ。どっちにしろ、ワイはそうは思わんな)
(……え?)
(あんなもん、ただのガキの強がりか背伸びや。なんや知らんが、姐さんは早く大人になりたがってるみたいやけどな)
そう、なんだ。
ほんとの大人になるのって、もっと色々あるのかな。
(やっぱり、大人のぴろちゃんから見たら違うの?)
(大人? ワイがか?)
(うん、だって百年生きてるんでしょ?)
そう言うと、ぴろちゃんは鼻を『ふんっ』って鳴らして笑った。
うう、なんか良くない笑いかただよー。
(ワイもまだまだガキや。あの姐さんがなんや他人や思えへんのは、似たモン同士やからかもしれへんな)
百年生きてても大人じゃないって、大人の世界ってむずかしい。
わたしは、なれるのかなあ?
(心配せんでも、一番大人に近いのはなゆきや)
(うにゅ? わたし?)
(敵を作らへんヤツ、っちゅうのはそれだけすごいってことや)
どういうことなんだろ。
やっぱりむずかしいし、ぴろちゃんは大人だって思うんだけど……。
そう思っていると、ぴろちゃんは今度はにこってほほえんだ。
(ま、そのうち分かるわい)
今度はいい笑いかた、かも。
よく分からないけど、悪い意味じゃないよね。
だから、わたしはおっきくうなづいて言った。
「うんっ。ふぁいとっ、だよ」
「せやせや、その意気やで」
ふたりとも声を出してしまって、あわてて影にかくれたのはないしょだよ。
かおり、気付いてないよね?
☆ 17 ☆
あとをついていくと、かおりはおうちに入っていきました。
かおりがいなくなったのを見て、塀からぴろちゃんがすとんと着地。
(ここ、姐さんの家か?)
(うん。美坂って表札にあるでしょ?)
(せやな。さて……)
その場におすわりして、顔をあげたままお鼻をひくひくさせるぴろちゃん。
妖怪さんの気配をさぐってるのかな?
(んー、これは……)
何か言おうとしたところで、ぴろちゃんが飛び上がる。
「ぎにゃっ!?」
「ど、どうしたのぴろちゃん!?」
「う、上に鼻向けて妖気嗅いどったら、雪が鼻に……ごっつ冷た」
「だ、大丈夫?」
あわててぴろちゃんを抱き上げて、ぎゅーって顔をあっためてあげた。
鼻の中に雪が入ったら冷たいよね。
雪ん子さんになる前はわたしもそうだったし。
「あー、すまん。犬ほどやないけど、猫かて鼻は敏感やからな。もろ吸いこんでもうたわ」
「で、どうだったの?」
胸の中にぴろちゃんを抱きながら、小声でお話。
やっぱりテレパシーよりこっちの方がいいかも。
人にみられちゃったら困るけど。
うにゅう、おひげがくすぐったいよー。
「間違いなくなんかおるな」
「やっぱり?」
「なゆきも感じとったんか?」
「うん、なんかちょっとテケテケさんの時みたいなピリピリがするの」
お肌に感じる電気みたいな感じ。
前に夜の学校で感じたのよりは弱いけど、なんとなく危険な気がする。
「そのピリピリは、妖怪の妖気や。まだ遠いからはっきりせえへんけど、壁ぶち抜いてくるくらいや。どうやら、厄介のがおるみたいやで」
「うん」
ごくっと息を飲みこんでうなづいた。
「しかし、分からんな……」
「え?」
「いや、姐はん巫女さんの家系や言うたやろ。妖怪寄せ付けへんっちゅう」
「あ、うん」
「あの家、姐さんの家なら家族やって巫女さんの家系やろうし、妖怪が住み着くなんてちょっと考えられへんねんけど。普通はいづらいはずやで」
「そうなの? でも、わたしは何度か遊びにいってるよ?」
「んー、まあなゆきはワイみたいな悪霊やないし。せやけど、この感じ、どう考えても巫女とか嫌う悪霊のもんやで。ワイなんかあの家あんま近寄りたないのに」
うにゅ、ちょっとよく分からないかも。
でも、そんなのがかおりの家にいるならなんとかしなきゃ。
かおりの機嫌が悪いのも、その妖怪さんが何かしてるからかもしれないし。
「ぴろちゃん、どうするの?」
「どうもこうもあらへん。入って調べるしかあらへんやろ」
それはそうなんだけど……。
「そうじゃなくて、どうやって入るの? かおりだけだったらいいけど、お母さんとかいるかもしれないよ」
「ああ……せやな。それはちとまずい」
鈍くさいとか言われるけど、わたしだってそろそろ小学三年生。
魔法とか妖怪とか、そんなことを大人の人に言ったら変な顔をされるのは分かってます。
「やっぱり、かおりには言わなくてよかったかも」
「お母ちゃんおったら説明するの姐さんやろうしなぁ。頭おかしくなったとか思われてもしゃあないわな」
うん、そんなのにかおり巻き込んだらあまりよくないよ。
「でも、どうしよう。このままじゃ何もできないよ」
「なに、こっそり入るくらいなら大丈夫や」
ぴょんと、わたしの腕から飛び下りたぴろちゃんは、とことことかおりの家の前に歩いていく。
「なゆき、ちょい気つけえや。ビリリっていくで」
「えっ?」
「普段はなゆきに妖気向けへんようにしとるけど、こいつは加減きかへんからな」
「加減って、何するつもりなの!?」
まさか、前みたいにかおりの家を必殺するつもりじゃ……。
「催眠術かけるだけや。巫女いうても力が効かへんわけじゃないからな」
「さいみんじゅつって、眠らせるの? でも、いきなり倒れたりしたら大変だよ」
「安心せえ。急激な睡魔に襲われて5分後くらいにぐっすりや。火かけとったりしたらヤバいのくらい考えとる。ええな、いくで」
「う、うんっ」
バチッ!
「きゃっ!?」
一瞬、今までに感じたこともないすごいビリビリが体を通り抜けていった。
足から力が抜けて、とすんとすわってしまう。
なんか、ぴろちゃんの目がぴかって赤く光った時、ビリッて来たよ。
「大丈夫かなゆき?」
「ぴろちゃん……」
すわりこんじゃったわたしの前に歩いてきたぴろちゃんは、がくがくふるえて動かないわたしの足をさすってくれた。
よく分からない。
でも、なんだかとっても怖いものを見た気がして、ぼろぼろ涙が止まらなくなる。
「ぴろちゃん、怖かったよー」
「すまんすまん。あれだけ膨大な妖気に当てられたら、そら怖いやろ。普通の人間かて震えよるわ」
立とうとしても、足に力が入らない。
ううっ、どうなっちゃったのわたし?
「なゆき、隠しとってすまんなぁ。普段は使わんようにしとるけど、今のがワイの本当の力や。怖かったやろ、暗かったやろ?」
「う、うん……」
怖かったよ。
それに、なんだか心がまっくろになって、あたりがまっくらになっていく感じがしたよ。
「でも、ぴろちゃん……」
「……ん?」
「それでも、わたしはぴろちゃんが大好きだから。嫌いになったりなんかしないよ」
「な、なゆき、お前何を!?」
ぐぐって、足に力を入れる。
負けないもん。
ぴろちゃんに悲しい顔をさせる力なんかに。
普段使わないって、ぴろちゃんは言ってた。
それは、あの力が悲しい力だから。
立たなきゃ。そんな気持ちに負けちゃいけない……!
右足……うんっ。左足、うごく。
うんしょ、ってふんばって立ち上がった。
足元で、ぴろちゃんがびっくりしてわたしを見上げてた。。
「えへへ、立っちゃった。いこ、ぴろちゃん」
「……こら、なんちゅうたまげた娘や。ワイの妖気を一分そこらではね飛ばしてまうなんて」
あんぐり口を開けて、しりもちついてたぴろちゃんはしばらくぼーっとしてたけど……。
今度はとてもうれしそうに笑ってくれたんだよ。
「なゆき。今なゆきが見せたんは勇気や。どんな恐怖かて勇気があればはね飛ばせる。そんでもって、なゆきにはそれがある。覚えとき、勇気があれば……なゆきは無敵や」
「わたしは、むてき?」
よく分からないけど、勇気って言葉はとっても大事なことだっていうことは分かった。
うん、ちゃんと覚えておくよ、ぴろちゃん。
「よっしゃ、ぼちぼち寝込みを襲おうか」
「うんっ! って、ええーーっ!?」
「いや、冗談やて。そんなに驚かんでもええやろ」
だって、ぴろちゃんの冗談はカゲキだよー。
それに、時々本当にカゲキなことやってるし……おとなりのコロちゃんかわいそう。
続くよー(18〜31)
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