PowderSnow Fairy 雪国少女なゆきちゃん

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                ☆     1     ☆





「だいじょうぶ〜、わたしに任せてね〜」
 お風呂上り、お気に入りのテレビの歌を歌いながら部屋に戻る。
 あーあ、いいなあ。わたしも魔法使いになってみたいよ。
 まあ、ああいうのはテレビだから出来るんだよね。
 現実のわたしは大人のお姉さんに変身したりも出来ないし、空を飛ぶのだって無理。
 でも、無理って分かってても想像するのは楽しいから止められない。
 それに、夢の中なら空を飛んだこともあるもんね。

 カチャ

 ドアを開けて部屋の中に……。
「よ、待っとったで」
「■×☆▽!?」

 バタン!

 い、いいい、今、何か部屋にいたよ!?
 白い体で、こげ茶色の前足上げてしゃべって……あれ?
 体が白で、足と耳としっぽがこげ茶色の……ねこさん?

 カチャ……

「なんや、いきなり逃げんでもええやないか。ん? なんやその目は? ワイの体に何かついとるんか?」
「……ね」
「ね? ネズミか? どこぞのタヌキロボットやあるまいし、そんなもんでワイが驚くとでも……」
「ねこさんだよー」
 気がついたらわたしは空を飛んでて……。
 あったかいねこさんの体がほっぺたに当たっていた。
「ぎにゃーーーっ!」
 わあ、ねこさんだよ。ふかふかだよ。
 あったかいよ、真っ白だよ。
「何するんや! 離せーーーっ!」
「だってねこさんなんだよ!」
「だから何やっちゅうねん! ワイを締め殺す気か!」
「だってねこさんなんだもん!」
「ぐぎぎぎぎ、離さんかいワレ!」

 ガリッ!

 手に鋭い痛みが走って、わたしは思わずねこさんを放した
 ねこさんはベッドの上に飛び乗ってハァハァいってる。
「いきなり何さらすんじゃ、このドアホ!」
「…………」
 このねこさん、ちょっとかわいくないかも。
 ものすごく口が悪いし、なぜか関西弁だし。
 って、あれ?
「えええっ!? ねこさんがしゃべってる!?」
「今頃気付いたんかい!」
 わたしがびっくりしてると、ねこさんは溜息をついてベッドから下りてきた。
「まったく、なんか随分変わった娘やなあ。まあ、ええけど」
 何となく、ねこさんが小さすぎるのでうつぶせにねころんでみる。
 うん、これで顔をよく見れるよ。
 口は悪いけど、見た目はかわいいかなあ。
「とりあえず自己紹介といこか。ワイはピロスケ。見ての通りのキュートなシャム猫や」
「ぴろちゃん?」
「誰がぴろちゃんや! そんな恥ずかしい名前で呼ぶな!」
「え? でもかわいいよ?」
「そ、そか?」
「うん。かわいくて呼びやすいよ」
「……もういっぺん呼んでみてくれるか?」
「ぴろちゃん」
 わたしがもう一度そう呼ぶと、ねこさんはちょっと顔を横に向けて考え込む。
 ひょっとして、照れてる?
「ま、まあ、かわいいって言うんならそう呼んでもええで!」
 やっぱり照れてたんだ。
 顔は赤くなってないから分からないけど、今の反応はそうだと思う。
「で、お前の名前は?」
「え? わたし?」
「他に誰がおるねん。お前やお前」
 うー、それは分かるんだけど。
 他に言い方ないのかなあ……。
「わたしはなゆき。みなせなゆきだよ」
「そか、なゆきか。いい名前やな。なゆきって呼んでええか?」
「うん」
 このねこさん、口は悪いけど……性格はいいかもしれない。
 わたしの名前、いい名前だって言ってくれた。


「ほな、なゆき。突然やけど、魔法とか使ってみたくないか?」
「えっ?」


 ねこさんの言葉にわたしはちょっとびっくりした。
 あ、ちょっとじゃなくてかなりだったよ。





                ☆     2     ☆





「ほな、なゆき。突然やけど、魔法とか使ってみたくないか?」
「えっ?」


 ある日、突然わたしの部屋にやってきたねこさんは、そんなことをわたしに聞きました。


「えっと、魔法?」
「そう、魔法や。なゆきくらいの年やったらなってみたいやろ? 魔法少女」
 なってみたいけど、ううん、なりたいって思ってたけど……。
 そんなにあっさりでいいのかなあ?
 あっ、ひょっとしてここでなりたいって言ったら、あんなことやこんなことや、言葉に出して言えないような特訓が待ってたりして。
 無理だよ、わたし飛び箱三段しか飛べないし。
 で、でも、飛び箱だって言ってないよね。うん、聞いてみよう。

「魔法って、飛び箱飛べなくても使える?」
「なあ、名雪。まだろくに言葉かわしとらへんけど……お前、どんくさいって言われてるやろ?」
「え、ええっ!? なんで分かったの?」
「いや、そこで飛び箱が出てくるたくましい想像力で何となくな」

 うー、ねこさん何で目を合わせてくれないの?
 ひょっとして、わたしバカにされてる?
 飛び箱は飛べないけど、かけっこなら得意なのに。
 でも、友達や祐一にはいつもどんくさいって……。
「とりあえず、何の特訓もいらへんし、金も道具もいらへん。魔法はなゆきの中に元からあるからな」
「そうなの?」
「せや。ワイがやるのは、それにちょい喝入れたって目覚めさせるだけや」
 魔法ってそういうものだったんだ。
 あ、そういえば、テレビの女の子もこういうしゃべる動物や妖精さんに魔法を使えるようにしてもらってたよね。
 じゃあ、このねこさんは妖精さんなのかな?
 よく考えてみたら、さわってもねこさんアレルギーが出なかったからそうなのかも。
「ぴろちゃんって妖精さんなの?」
「妖精? ん、まあそんなもんやな」
「やっぱり、そうだったんだ」
 ちょっとテレビの妖精さんと違って口が悪くて乱暴だけど。
 これは現実だから、これくらいテレビとはちがっててもしかたないよね。
 ああっ、でもダメ! こういうのはちゃんと聞いておかないとダメ。
 だまされてから後悔しても遅いもん。
「ね、ぴろちゃん。魔法って……」
「安心せえ。魔法は尻から出たりせえへんし、副作用で水に浸こたらカエルになったりとかもせえへんわい。もちろん温泉タマゴ食ってヘビになったりもせえへん」
「カエルさんとヘビさんはよく分からないけど……うん、分かったよ」


 お尻とかはずかしいところから魔法が出るのが心配だったけど、そういうのもないみたい。
 じゃあ、魔法もらってもだいじょうぶだよね?
「ほんで、どないするんや? 魔法いるか? いらへんならワイは帰るけど」
「わ、ダメ! いるから。魔法ちょうだい」
 ねこさんが立ち上がったので、あわててわたしはしっぽをつかんだ。
 あれ? そういえばねこさんってしっぽつかんだら機嫌悪くなるんだっけ?
「わ、わわっ、ごめんなさいっ」
 今度はあわててしっぽから手をはなす。
 機嫌悪くしちゃったら魔法もらえないよ。
 けど、ねこさんは不思議そうな目でこっちを見ているだけだった。
「何や? 尻尾くらい、いくらでも触らしたるで。ワイはでっかい漢(オトコ)やからな、そんなことで怒ったりはしないねん」
「そうなんだ」
「……今、嘘くさいとか思たやろ」
「う、ううん。そんなことないよ、全然」
 どうして口に出してないのに分かっちゃうんだろう。
 お母さんもそうだし。
「まあ、ええわい。ほな、そこに正座し」
「あ、うん」
 うつぶせから起き上がって、ねこさんが前足で叩いたところに正座する。
 どうするんだろう? やっぱり、魔法陣とか呪文とか使うのかな?
 それとも、神社の紙かざりが付いた棒で「まほうーでろー、まほうーでろー」とかやるのかな?
 ドキドキしながらねこさんの姿を見守る。
 そんなわたしのひざに、ねこさんが前足を上げてふれる。
 それで、ちょっとしてから言った。
「ん、もういいで」
「……え?」
 もう、終わったの?
「どうや、魔法使いになった気分は?」
「ええっ? どうって、いつもと同じだよ」
「んなアホな!? なんかこう、体の奥底から力が湧きあがってくるとか、便秘が治ったとかないんか!?」
「ぜんぜん。だって、ぴろちゃん何もしてないじゃない。それに、わたし便秘なんかじゃないよ」
「ちゃんとやったわい! その証拠に、ワイは名雪から魔力の流れ感じとるで」
 うー、そんなこと言ったって。
 ただ前足でさわっただけで「終わった」なんて言われても実感がないよー。
 そんなのは注射だけにしてほしい。
「まったく、そうやないかとは薄々思っとったが、なゆきはニブチンやな」
「わたし、ニブチンじゃないもんっ」
 なんだかすっごく失礼なこと言われたような気がしてちょっと腹が立った。
 それで、思わずねこさんに手をのばして……何をしようとしたのかは分からなかったけど……。


 コチン


「……あれ?」
 気がついたらねこさんが両手バンザイして氷づけになっていた。
 ひょっとしてこれって……。


「やったー、魔法できたよー」
「いきなし何さらすんじゃ、このボケ娘ぇ!」


 パリーン、と氷から飛び出したねこさんに前足で頭を思いっきりはたかれた。
 うにゅう、これが関西のツッコミ?





                ☆     3     ☆





 ある日、やってきたねこさんのおかげで魔法が使えるようになりました。
 でも、何かを氷づけにしちゃうって、やっぱり……。


「さて、なゆき。魔法使えるようになったところで頼みがある」
「やっぱりそういう展開なんだね」
「当然やろ。世の中テイクアウトは基本やで」
「……それ、お持ち帰りって意味だよ?」
 えっと、たしかそういうのはギブ……ギブアップ?
 あ、違う。ギブアップは降参だから、あれれ?
 あ、そうだ、あれだよ。

「ギブ&テイクだよ」
「ギブ&テイクや」

 同時? ううん、絶対わたしの方が早かった。
「ぴろちゃんマネしちゃダメだよ」
「何言うてるんや! ワイが先に言うたわい! だいたい、英語も知らへん小学生が何でそんな言葉知っとるねん!」
「知ってるものは知ってるよー」
「ったく、これやから最近のマセガキは……」
 なんだかこのねこさん、だれかにすっごく似てる気がするけど……気のせいだよね。
 こういう意地っぱりは刺激しちゃいけないんだと思う。


「それで、わたしは何をすればいいの?」
「お、ずいぶん物分りがええな」
 だって、せっかく魔法をもらったのに何にも使えないんじゃ意味ないもん。
 あんまり恥ずかしいのとか、怖いのとかは嫌だけど……。
 それ以外なら何でもどんと来いだよ。
「まあ、早い話がご近所の平和を守るってところやな」
「あ、そういうのだったら大歓迎だよー」
 良かった。そういうところはテレビと同じで。
「あ、でも、いきなりピンチになるようなことじゃないよね?」
 ちょっと不安になったので聞いてみる。
 男の子はそういう方が好きなのかもしれないけど、わたしはやっぱり怖い。
 ちいさなところからコツコツやっていく方が向いてると思うし。
 そう思ってると、ねこさんは片足を上げて左右に振ってみせた。
「安心し。いきなりヤマ任せるような博打はワイやってゴメンや。なゆきが痛い目遭うのも見たないしな。最初はちっとばかし気張るだけでじゅーぶんや」
 ちょっとだけ……うん、本当はそんなちょっとじゃ足らないかもしれないけど、いっぱいがんばるくらいだったらお任せだよ。
 それに、ねこさんはわたしのこと心配してくれてるみたいだし、魔法のお礼に絶対がんばろうって気になった。
「うん。ぴろちゃん、わたしがんばるよ」
「ええ返事や、ほな外行くで」
「うんっ」



 窓を開けてベランダに……ううっ、ちょっと寒いかも。
 で、でも、ここでふるえてたらカッコ悪いからガマンしよう。
 ベランダをよじ登って、お月様に向かってジャンプ!

「って、アホーーッ!」
「……え?」

 ねこさんの叫び声が聞こえたかと思ったら、お月様まで飛んでいけると思ったわたしの体は……地面に向かってすごい力で引っぱられた。
 こういうのを他の人が見たら、二階から落っこちたって言うんだと思う。

 ズボッ!

「……いたい」
「アホかなゆきはっ! ワイ、飛べるようになったなんて一言も言うとらんやろ!」
 ねこさん、少しはなぐさめてよ……。
「まったく、落ちる前にシールド張れたみたいやから良かったけど、地面が積もったばかりの雪やなかったら大怪我してたかもしれへんで」
「しーるど?」
「魔法の盾のことや。まあ、この場合はクッションって言った方がええかもしれんな」
「そっか、わたし魔法で助かったんだ」
 でも、よく考えたら魔法で飛べたらこんな痛い目にあわなかったんだよね。
 国語の時間で出てきた「切ない」って気持ちが分かったかも……。





                ☆     4     ☆





 ねこさんに連れてこられたのは、麦畑がとなりにある学校だった。
 制服がかわいくって、舞踏会とかもあるわたしのあこがれの学校なんだよ。
 入るにはお勉強がんばって、もっと大きくならないといけないけど。

「ねえ、ぴろちゃん。ここに入るの?」
「そや、雪国少女なゆきちゃんの初仕事やからな。気張っていくで」

 うーん。
 関係者以外立ち入り禁止、っていうのはこういう時気にしちゃいけないのは分かるよ。
 でも……。
「何や? 何ぼけーっとしとんや?」
「だって、電気ついてないよ?」
「当然やろ。夜の学校なんやから」
「分かってるけど、うー」
 当然って、そんな平気な顔して言わないでよー。
 夜の学校に入るって、誰もいなくて、真っ暗で、だけど広くて……世界にひとりぼっちにされたみたいでこわいもん。
 それに学校だけじゃない。
 広いおうちだって一人でいたらこわい。
 一人でおうちにいる時は、いつもテレビをつけたり歌を歌ったりしてがまんしてるのに。
 だから、去年お母さんが部屋に小さなテレビを買ってくれたのはうれしかった。
「あのなあ、なゆき。今からバケモン退治に行く奴がユーレイ怖がってどないすんねん」
「ええっ!? オバケ退治!?」
「何や? 言うとらへんかったか?」
「聞いてないよー。そんなに難しい頼みごとじゃないってだけしか」
「あ、そやったか。まあ、ここにおるんはザコやしそんなビビらんでもええで」
 そういう問題じゃないよ……ムードとか雰囲気の問題だよ。
 それに、暗いところって何があるか分からないからがんばったってこわいし。
「ほんまに嫌やったら諦めてもええけど」
「ううん、行く!」
 それだけは絶対嫌。ねこさんの頼みごとを聞くって約束したもん。
 こわくたって、がんばって絶対にやりとげる。
 お母さんなら、こんな時に泣き言言ったりしない。
 だから、わたしだってがんばれる。がんばらなきゃいけない。
 胸の前で、手をぎゅっとやって逃げたい気持ちを押さえる。
「ちょっと頼りなさそうで心配しとったけど、なゆきを選んでよかったわ。ほな、いこか」
 ねこさんは、そこが気になったのか前足をちろっと毛繕いしてから歩きはじめた。
 わ、歩くのはやいよ。まわり真っ暗だよー。
「待ってー、ぴろちゃん。わたし、心の準備が……」
「……難儀なやっちゃなあ」




 ガチャン!

 向こうに下駄箱が見えるドアは開かなかった。
 ドロボウさんが入らないようにカギをかけているんだと思う。
「うにゅう、閉まってる」
 家のカギをためしに入れてみたけど、やっぱり合わなかった。
 それを見ていたねこさんがため息をつく。
「なあ、なゆき。試さんでもそれは無理って思わへんのか?」
「だって、ためしてみなきゃ分からないよ」
 やれることは全部やってみないと。
「前向きなんか、とろくさいんかよく分からんやっちゃな。なゆきは」
「ぴろちゃん、またバカにしてる?」
「いや、そんなことはあらへん。ワイ、そんな一生懸命な子好きやで。ま、とにかくそこ退き。ワイが開けたる」
 ちょいちょいって、ねこさんが前足の後ろでわたしの足を叩く。
 どうやって開けるんだろ? 不思議に思いながら、ドアの前をゆずった。
 ねこさんは目を固く閉じて、前かがみになったかと思うと、大声で叫ぶ。

「行くで! 必殺の――」
「わ、ダメッ!」

 ゴロゴロゴローーッ

 あわててねこさんに飛びついて、地面を転がる。
 うう、ふかふかであったかくて、やっぱりねこさんは気持ちいいよー。
 ……じゃなくて。

「いきなし、何すんねん! ワイを圧殺する気か!」
「ドアを必殺しないの」
「そんな乱暴なことせえへんわい。ワイはただ鍵を念力でぶっ壊したろうと……」
「カギでもダメッ!」
 このねこさん、ちょっとおおざっぱ過ぎるよ。


 結局、カギはねこさんの念力で回して開けてもらった。
 出来るなら最初からそうすればいいのに、何で壊そうとするのかなあ。
「なゆきって妙なところで頑固やなあ……」
 ……ねこさんがいい加減過ぎるんだと思うよ?





                ☆     5     ☆





 夜の学校って真っ暗と思ったけど、非常口って書いてあるライトとか火災報知機のランプは付いてて真っ暗じゃないんだね。
 でも、暗いところに赤い光と緑の光がぼんやりって……不気味さはあんまり変わりなかった。



「なゆき。気になっとったんやけど、おとんはおらへんよな?」
「……うん。でも、どうして知ってるの?」
「そりゃ、一応調べてから接触しとるしな。別嬪さんなおふくろさんがおるのも知っとるで」
 お父さんのことはよく知らない。
 物心ついた時にはお父さんはいなかったから。
「おかんも夜は遅いな。今日もおらへんかったみたいやけど」
「うん。お仕事忙しいみたい。朝ご飯とお弁当は作ってくれるけど」
「そか……。なゆきはあの広い家にひとりぼっちなんやな」
「わ、ひとりぼっちってそんなんじゃないよ。ちゃんと帰ってきてくれるし、お休みの日は一緒にいてくれるんだから」
 わたしがあわててそう言うと、なぜかねこさんは悲しそうな顔をした。
 というか、ほんとに泣いてる……。
「何やっちゅうねん。なんでお前それでも笑ってられるんや? 晩飯も自分で作って食っとるんやろ? 辛ないんか?」
「どうして?」
 ねこさんの言うことがよく分からないので首をかしげる。
「お母さん、出来ないこともがんばりすぎちゃうから。だから、わたしも出来るだけがんばってお母さんを支えてあげたいの」
 昔、わたしが一緒にいたいってわがままを言った時、お母さんは無理をして病気になった。
 お母さんは決して強くなんかない。
 だから、わたしは自分にできることは自分でやろうかなって。
「そうやったんか。ほんま、健気なやっちゃな……なゆきは」
「そうなのかな?」
「ああ、せや。ワイが保証したる。なゆきは将来、絶対素敵な娘になるで」
「え、えへへ。ありがとう、ぴろちゃん」
 何だろう、不思議な感じだよ。
 なんだか、大きな手で頭を撫でられてるみたいな。
 ねこさんはちっちゃいのに、何故か大きくたくましく見えて……。
 ひょっとして、お父さんってこんな人なのかな?
 声も男の人の声で、すっごく力強いし。
 うん、きっとそうだよ。お父さんにほめられるってこんな感じなんだと思う。
 いくらなんでも、このねこさんがわたしのお父さんってことはないと思うけど。
 そういえば、ねこさんにはお父さんとかお母さんはいるのかな?
「ね、ぴろちゃん。ぴろちゃんにはお父さんとかお母さんはいるの?」
「は? ワイか?」
「うん」
「いや、ワイは猫やし。物心ついた時にはもう一人やったなあ」
「そうなんだ、ごめん」
「あー、ちゃうちゃう。何勘違いしとるねん。それじゃ、まるでワイが野良みたいやないか。まあ、今は野良みたいなもんやけど」
「ねこさん、誰かのペットだったの?」
 わたしがそう聞くと、ねこさんはちょっと首をひねって難しい顔をした。
「んー、せやなあ。ペット言えばペットやけど、ワイは家族やったって思ってる」
「そうなんだ。その人たちは今どうしてるの?」
「もうおらへん。百年以上前に……」
「ひゃくねん?」
「っと、何でもあらへん。とにかく、今のワイは野良っちゅうことや」
「……うん」
 今、絶対ごまかしたよね?
 それははっきり分かった。
 でも、なんだかそれを言ったときのねこさんの顔がさみしそうで……。
 聞いちゃいけないって思った。


 それにしても、百年って何だろう?
 百年前は人に飼われてて、今は野良猫さんで……あれれ?。
 このねこさん、本当に妖精さんなのかな?
 何かちがう。何かおかしいよ。
 こういうのって何て言うんだっけ?


「なゆき、ぼさっとしとるんやないで! ターゲットのお出ましや!」
「えっ!?」

 ねこさんの声が薄暗い廊下にひびいた。
 あわててキョロキョロとまわりを見たけど、何もいない。
 でも、体では何か感じる。
 なんていうか……これって見られてる?

「なゆき、肌に何かピリピリ感じとるか?」
「うん」
「ええか、なゆき。今から廊下を歩く。後ろは振り返ったらあかん。ほんで、そのピリピリがビリリッって来たら急いでしゃがむんや」
「えっと、ピリピリがビリリ?」
「よく分からんって顔しとるな。安心せえ、ワイも声かけたる。それに、もう感じとるんなら大丈夫や。ワイが言わんでもきっと分かる」
「う、うん。やってみるよ」

 廊下を歩き始めると、後ろから何かがすごい勢いで近づいてくるのを感じた。
 あれ? ちょっと待って。
 これってどこかで聞いたことがある気がする。
 そうだ、学校の怪談だよ。
 暗い廊下を歩いていると、後ろから追いかけてきて……鎌で首を切る。
 名前はたしか、妖怪テケテケ。
 思い出した瞬間、体に何かがビリリってきた。

「なゆき、今や!」

 ねこさんの叫び声より前に、立ってちゃいけないって感じてしゃがむ。
 ブンッ、ってすごい音が頭の上を通り過ぎた。
 そしてわたし達の上を飛んでいく黒い影。
 影はわたし達の目の前で止まって、ふらふらとそこでただよっている。

「避けられてビックリってとこやな。ワイらがお前みたいな低級妖怪にひっかかるわけないやろ」
「ぴろちゃん?」
 今、なんて言ったの?
 この影のこと妖怪って言ったよね?
「おっしゃ、なゆき! 氷の魔法でこいついてこましたれ!」
 ねこさんは興奮してるのか、わたしのことが目に入ってない。
 だけど、勇気を出して訊いてみた。

「ねえ、ぴろちゃん。妖怪って何?」
「何って、ワイらのことやないか。んで、あっちは……はっ!?」

 ねこさん、今はっきり聞いたよ。
 わたし達は妖怪で、向こうの影さんも妖怪なんだね。
 それが分かると、なんだかすごく腹が立ってきた。

「ぴろちゃんの嘘つき! わたし、妖怪なんかになりたくなかったよ!」
「ちゃ、ちょい待ち。今はそんなこと話してる場合やない……って、逃げるなサンピン!」

 わたしがねこさんに怒鳴っている間に、影さんは逃げていった。





                ☆     6     ☆





 ある日、わたしの家にウソつきなねこさんがやってきました。
 そのねこさんは、言葉たくみにわたしをだましたのです。

「人聞きの悪いこと言うなーーっ」
「ねこ聞きじゃないの?」
「そやった、猫聞きやった。んなことどうでもいいわい。『言葉巧みに』てお前何才やねん!」
「花も恥らう八才?」
「……それのどこに八才らしさがあるねん」

 テレビでそういう言い方があったんだけど……ヘンかな?

「そんなことより、もうわたし学校行けないよ。お母さんにも顔合わせられないし、きっともうイチゴも食べちゃダメなんだよ」
「なんでやねん! てか、どう考えてもイチゴは関係ないやないか」
「だって、妖怪だよ? わたしバケモノなんだよ?」
「えーい、落ち着かんかいっ!」

 パシーン!

 いきなりねこさんに頭を思いっきりはたかれた。
 うにゅう、痛い。









 …………。
 ……。

 ここはわたしの部屋。
 わたしはさっきからとってもご機嫌斜めだった。
 魔法使いになれるって聞いて喜んだのに、本当は妖怪にされちゃって……。
 これからわたしはゲゲゲの名雪って呼ばれちゃうんだね。
「いや、その理屈はおかしい」
「人の心読まないでっ」
「んなこと言われても、なゆきが所構わず思念波飛ばしとるから嫌でも聞こえるんやけど」
「それでも読まないでっ」
「無茶言うなや……」
 最悪だよ。人の心は読むし、だましてわたしをバケモノにするし。
「あのなあ、なゆき。誤解しとるようやけど、ワイはなゆきを妖怪なんかにしとらんで? そんなとんでもないこと出来るかいな」
「でもわたしさっきまで人間だったもん。妖怪じゃなかったもん」
「ワイは、なゆきの中の妖怪の血を目覚めさせただけで、なゆきは元々100%の人間やあらへん」
「牛肉100%も人間100%も同じだよ」
「さらっと怖いこと言うな! おのれは食人種かい!」

 そう叫ぶと、ねこさんは肩で息をして後ろを向いた。
 ちょっと、言い過ぎたかな?
 ううん、そんなことない。わたしはだまされたんだから。

「……妖怪妖怪て、ワイかてただの猫でいたかったわい」

 悲しそうなねこさんのつぶやき。
 でもその手には乗らない……もん。
 泣き落としなんて絶対……絶対……あれ?
 胸が痛い。チクチクって、キリキリって……。
 どうして?
 それはきっと……ねこさんも本当にさびしそうだったから。
 そんなねこさんの気持ちは、この広い家に一人のわたしもよく知っている。

「すまん……ワイ帰るわ。ワイのこと忘れてくれ。そしたら、そのうち力は消えよる。ほなな……」

 とぼとぼと、ベッドの上に乗っていたねこさんが窓に向かって歩いていく。
「待って!」
 あわててわたしが伸ばした手は、ちょうどベッドから飛んで宙に浮いたねこさんのシッポに重なって……。

 ビッタン!

 ハエ叩きみたいにねこさんを床にたたきつけちゃった。
「……あ」
「何が『あ』や! 何さらすねん! 痛いやないか、ゴルァ!」
 がばっと顔を起こしたねこさんがわたしの方をギロリとにらむ。
「ご、ごめん。そんなことするつもりはなかったんだよー」


 しばらくどっちも何も言わないで見つめ合う。
 それからちょっとして、二人同時に大笑いした。
「ったく、怖いやっちゃなあなゆきは」
「ごめんねぴろちゃん。でも、さっきのぴろちゃん、着地に失敗したカエルさんみたいでおかしかったよ」
「猫に生まれて100年やけど、着地に失敗したんは始めてやわ」


 それからお母さんが帰ってくるまで二人で大笑いして、ぴろちゃんを部屋のぬいぐるみの間に隠したんだけど。
 寝る時は一緒にベッドに入ってこんなお話をしたんだよ。
「ぴろちゃん。わたし、まだ納得できないけど……もうちょっとわたしといてくれるかな?」
「いてええってんならいさせてもらうで。なゆきはおもろい子やしな」
「ほんと?」
「ああ、ほんまや。ワイなんかでよかったらいつでも傍にいたるで」
「ありがとう。あ、あとね……」
「何や?」
「わたし、ねこさん好きなのにアレルギーでねこさんにさわれないの……だから、ぴろちゃんをぎゅってしていい?」
 ねこさんをぎゅっと抱きしめられる日のことを、ずっと夢見てた。
 ねこさんはウソはついてなかったんだよ。
「あのな、なゆき。ワイはこんなになる前は家猫やったんやで」
「うん」
「やから……誰かに抱きしめてもらうんは嬉しいに決まってるやないか」
 だって、ねこさんにさわれるなんて、わたしにとってはステキな魔法だったんだよ。


「ぴろちゃん大好きっ」
「ぎにゃーーーっ! 絞め殺してええとは言っとらん」


 手にまたひっかき傷が増えたけど。





                ☆     7     ☆





 ごそごそ。ごそごそ。

 うんっ。

「んー、なんやー?」
「あ、ぴろちゃんおはよー」
「な、なんやその格好? なんで体操服なんか着てるねん!?」
「……え? これ?」
「ここなゆきの部屋やないか。なゆき、ひょっとして変な趣味でもあるんか?」
 変な趣味って何だろう?
 わたしはいつもどおり体操服に着替えただけなのに。
「今日は日曜日だからだよ」
「日曜日の朝に体操服……運動会か?」
「ううん。日課のジョギングだよー」
 わたしがそう言うと、ぴろちゃんはさっきより不思議そうな目でわたしを見ていた。
「なゆき、お前ずいぶん爺ムサイことやってるんやなあ。ジョギングから帰ったら次は盆栽いじりか。まあ、囲碁やったら付き合ったってもええで。ほな……ZZZ」
 何だか、思いっきりかんちがいされてる。
 盆栽なんかやらないよ。庭のお花に水はあげるけど。
「ちがうよ。ぴろちゃんも起きてー」

 ゆさゆさ。

「なんやー、ワイはまだ寝るんや。邪魔すんならしばくぞ」

 ベリッ!
 いたい。またひっかかれた。
 今のは絶対わたしは悪くないよね?

「ぴろちゃんのばかっ!」

 ちょっと腹が立ったので、まくらをぴろちゃんの上に落とした。

「ぎゃあっ!? ポテトンや、ポテトンが降ってきよるー」
「ポテトン?」
「異次元怪獣ポテトンや。丸くて白くてごっつくて、目がキラーンって光っとるんや」

 ちょっと想像してみる。
 丸くて白くて大きくて、目から破壊光線が出て……。
 うにゅう、なんだかこわくなってきたからやめとこう。

「そうじゃなくて、お母さんも部屋に来ちゃうから起きて!」
「むう、しゃあないなあ。猫は食って寝るのが仕事やのに……」
「それはしゃべらないねこさん。ぴろちゃんはちがうでしょ」
「ワイやって猫やのに……」

 しゃべるねこさんがいるなんて言ったら、お母さんびっくりしちゃうよ。
 しばらくは秘密にしておかないと。





「いっちに、いっちに」
 玄関の前で準備体操。あ、アキレス腱も伸ばさなきゃ。
 ひととおり終わって、最後に深呼吸してると、塀の上に座ってわたしを見ていたぴろちゃんが話しかけてきた。
「随分本格的やなあ。陸上選手にでもなるんか?」
「うんっ」
「ホンマか!?」
「あ、選手って言っても陸上部だよ。ほら、昨日行った学校おぼえてる?」
「ああ、あれかい。あれがどうしたんや?」
「お隣の綾お姉さんがそこの部長さんなの。すっごく美人で、前に走るの見せてもらったときとってもかっこよかったから」
「ほー、なゆきはその姉ちゃんに憧れとるわけか」
「うん。それにやさしくてステキな人なんだよー」
「なるほどなあ。……たく、鈍くさいくせに何でまたそんなんに憧れるんやろ」
「聞こえてるよ、ぴろちゃん」
 それも思いっきりね。
「ま、まあ、あれや! 体力つけるんは魔法のレベルアップにもちょうどええ特訓や」


 まだ妖怪退治までする気はないんだけど。
 それに、せっかくぴろちゃんからもらった力だけど、やっぱり妖怪は嫌だし……。
 わたしが妖怪の力で戦わなきゃいけない理由もないもん。


「そういえば、気になってたんだけど。わたしって何なの?」
「ん?」
「ぴろちゃんは……ねこさんの妖怪だから、化け猫さんだよね」
「正確には猫股やけどな。ほれ」
 そう言ってぴろちゃんはしっぽを立ててみせた。
 あ、ほんとだ。しっぽが二本になってる。
 ネコマタってこういう妖怪なんだ。
「じゃあ、わたしは何なのかな?」
「想像つかんか? 氷の魔法使える妖怪やで?」
「ゆきおんな?」
「そや。それの子供やから雪ん子やな」
「……ゆきんこ」
 知らない名前だった。
 でも、あまり悪い感じはしない。
「なんだかかわいい名前だね」
「そりゃそうやろう。雪ん子は悪い妖怪やないからな。どっちかっちゅうと、雪の妖精って方が正しいかもしれん。広い意味では妖精も妖怪も仲間やしな」
「そうなの?」
「せや。人に悪さするかしないかとか、見た目が怖いか怖くないかで分かれとるだけで妖精も妖怪も元は同じや」
 それじゃあ、わたし、妖怪じゃなくて妖精さんなのかな?
 だったら嬉しいけど……。
「あれ? じゃあぴろちゃんは?」
「ワイは正真正銘の妖怪や。ついで言うと、なゆきみたいに半分人間やったりしないで、ほんまもんの妖怪やで」
「ふーん……どう見てもかわいいねこさんなのに」
「そらなあ、ワイのほんとの姿見たらなゆきはションベンちびってまうやろし、街も大騒ぎになってまうからな」
「そ、そんなにすごいの?」
「まあ、封印しとるから信じてもらえんかもしれへんけど。めっちゃ怖かっこええで」
「そうなんだ」


 どんなのだろう……?
 今のぴろちゃんがビルくらいおっきくなって、いびきだけで耳が潰れちゃったり。
 ごろにゃーんって寝返り打つだけで街がぐちゃぐちゃになっちゃう、とか。
 うーん、そばにいたら怖いかもしれないけど……あんまり怖くないかなあ。
 かっこよくはないと思う。


「何を想像してるんや?」
「わっ、何でもない。うん、何でもないよ」
 ぴろちゃんが、じーっとこっちをにらんでたのであわてて首を振った。
 きっと、わたしの想像と違って本当にこわいんだよね。
「でも、わたしが雪ん子ってことは、お母さんもそうなのかな?」
「んー、見た感じなゆきのおかんも血を引いてるだけやなあ。多分なゆきのご先祖様の誰かが雪女やったんやろ」
「なんだか、不思議な感じがするよ。わたし、自分のこと普通の人間って思ってたのに」
「そんな深刻に考えることあらへん。世の中の人間、気付いとらんだけでほとんどが何かの妖怪の血引いとるからな。向こう歩いとるハゲチャビンは、ありゃタヌキや。一発で分かる」
 たしかに向こう歩いてるお爺さんはタヌキさんに似てるけど。
 でも、なんかものすごくいい加減な気がするのは気のせい?
「なゆきはその中でもかなりご先祖様の血が濃かったんやろうな。ま、雪女ってのはむしろ喜ぶべきやで」
「え? 何で?」
「雪女は別嬪って決まっとるからな。なゆきのおかん綺麗やろ」
「あ、うん」
 授業参観で他の子のお母さんと比べてもお母さんはとっても美人だった。
「なゆきもそのうちああなれると思うで。嬉しいやろ?」
「うんっ」
 それを聞くと、妖怪っていうのも悪くないかなあって気がしてきたよ。
 いつかわたしも、お母さんみたいなステキな女の人になれんだなあって。
 でも、お母さんがステキなのは美人だからだけじゃない。
 やさしくて、何でもできて、だからわたしもがんばらないと。

「ふぁいとっ、だよ」

 胸の前でぐっと両手を握りしめて自分を元気付けるおまじない。
 うん、元気が出てきた。
 綾お姉さんの真似だけどね。

「じゃ、走るよー……あれ?」

 なぜかぴろちゃんは塀の上で、またカエルさんみたいにつぶれていた。
「どうしたの?」
 そう聞くと、がばっとぴろちゃんが起き上がる。
「なんやねん! その脱力×3な気合入れは!」
「え? やる気注入だよ。わたしのおまじない」
「ワイはやる気が抜けた……」
「えー? そんなの変だよ」
「変なのはなゆきや。やるんなら、もっと気合と魂込めて言わんかい」
「気合とたましいって、どんな風に?」
「喉から心臓が飛び出すくらいの叫び声でやるんや」
「ぴろちゃん……それはご近所迷惑」
「それもそうやな。って、なんでそんなとこだけ現実的やねん!」

 だってご近所迷惑なものはご近所迷惑だもん。
 人に迷惑かけちゃいけないって、お母さんも学校の先生も言ってるよ?

「もう、そろそろジョギング行くよ」
「へーい。ふぁぁぁぁ……」

 ……ぴろちゃんの方がやる気がぬけるんだけど。
 とにかく、気にしないで集中集中。
 大きく息を吸いこんで、わたしは走り出した。
 まわりが風につつまれるこの感じが大好き。

 ドンッ!

「わっ!?」

 走り出してからすぐ。
 わたしは何かにぶつかってしりもちをついた。
 うー、いたいよ。なにー?


 見上げた先に立っていたのは、お隣の綾お姉さんだった。





                ☆     8     ☆





 えっと、どうして綾お姉さんがいるのかな?
 あ、そうだ。もうすぐ大会があるから朝も練習するって前会ったときに言ってたよね。

「あ、おはようございますっ」

 あわてて立ち上がって朝のあいさつをする。
 だけど、何か綾お姉さんの様子が変。
 いつもなら、わたしより先にあいさつしてくれるのに。
 なのに、今日はわたしの顔も見てくれない。何か、悪いことしたかな?
 ちょっと不安に思っていると、綾お姉さんがちらっとこっち向いた。
 よかった、気づいてくれ……。

「……おはよ」

 その声を聞いた瞬間、背中がぞくっとした。
 な、何今の? この人、ほんとに綾お姉さんなの?
 だって、綾お姉さんはいつも明るくて元気でステキな人なのに。


 綾お姉さんはそれだけ言って、あとはもう振り返らずにお家を出て行った。
 歩き方も、いつもと違う。
 大けがしてるみたいに、体をずるずるってひきずって……。
 朝の練習、だいじょうぶなのかな……心配だよ。
「何や、あの無愛想なムクレ女は」
 塀の上でじっとしてたぴろちゃんが声をかけてくる。
 よかった、静かにしてくれてて。
「ぶあいそうじゃないよ。あれが綾お姉さん」
「何? あれがなゆきの憧れのねーちゃんかい!?」
「うん」
 わたしがうなづくと、ぴろちゃんは「はぁー」ってため息をついた。
「あのなあ、なゆき。お人よしとは思っとったけどあれは止めとき。人間、クズな奴はクズや。子供の挨拶も無碍にする奴なんか美化してもなんの得もあらへんで」
 ちょっと腹が立った。
 ぴろちゃんは綾お姉さんのことちっとも知らないくせに、そんなこと言うなんてひどいよ。
 わたしも今日の綾お姉さんはひどいって思うけど。
 それでも、やっぱり許せない。

「綾お姉さんはそんなんじゃないもん!」

 気がついたらわたしはぴろちゃんに怒鳴っていた。
「な、何や!?」
「ぴろちゃんは綾お姉さんのことちっともしらないのに、そんなひどいこと言わないで!」
「わ、ワイはやな、なゆきが悪い奴に騙されとったら嫌やからそう言っただけでやな……」
「それでも! ほかの人を悪く言うのはやめて」
「わかったわかった。確かにワイもちょっと口が過ぎたわ。すまん」
「それに、いつもの綾お姉さんはあんなんじゃないもん……」
 ほんとに、どうして今日はあんな感じだったんだろう。
 やっぱり、変だよ。体の具合が悪いんじゃないかな。
「ちょい待ち、なゆき」
「え? 何、ぴろちゃん」
「今、『いつもは、あんなんやない』って言ったな」
「うん、言ったよ」
「……なゆき、あのねーちゃん追っかけるで」
「え? あ、待ってよー」
 ぴろちゃんは何かむずかしい顔をして、突然走りだした。
 綾お姉さんを追いかけるって、何で?
 それよりも……。

「ぴろちゃん待ってー」
「あーもうっ、とろいやっちゃな。ホンマにそれで陸上部目指しとるんかい」

 そんなこと言ったって、ねこさんなら速いの当たり前だよ。





                ☆     9     ☆





 走り始めてすぐ、わたしたちは綾お姉さんに追いついた。
 走らなくても追いつけたと思う。
 だって、綾お姉さんの足はさっきみたいにずごく重かったから。
 そして、その背中を見ながらぴろちゃんは厳しい顔をして言った。

「むぅ、あかんな」
「どうしたの?」
「あのねーちゃん、首切られたみたいや」
「えっ!?」

 で、でも、綾お姉さんの首はつながってるよ?
 それに首が取れちゃったら死んじゃう。

「ほれ、昨日の学校にテケテケおったやろ。あれに首切られたんや。部活やっとったら遅くまで学校おるやろうしな」
「でも、綾お姉さん生きてるよ?」
「アホッ、ちょっとは考え。ほんまにテケテケが首切っとったら、世の中首ちょんばの死体だらけで大騒ぎやろ」
「あ、そうだね」
 よく考えると、学校の怪談で聞く事件をニュースでやっているのを見たことがない。
「まあ、生きとるからOKというわけにもいかへんけどな。なゆき、健全なる肉体には健全なる魂が宿るって知っとるか?」
「えーっと、なんとなく……」
「なんとなくでええ。ようは肉体には魂が宿ってはじめて生きてるっちゅうわけや」
「ええっと、ええっと……」
「早い話が、電池がなかったら動かへんってことや。んで、その電池が魂」
「あ、うん。それすっごくわかりやすい」
「……ホンマに分かっとるんか?」
 だ、大丈夫だよ。多分。
「とにかく、テケテケが切りよるのはその魂の方や」
「電池が切られちゃうの?」
「せや。そうなったらどないなるか分かるか?」
「うーん、動けなくなる……かな」
「そういうこっちゃ。あのねーちゃんの様子が変なのもな」
 そうなんだ。ぴろちゃんって物知りだね。
 って、ちょっと待って。

「ぴろちゃん、綾お姉さんはもう治らないの!?」

 ずっとあのままなんて嫌だよ。
 あんな辛そうな顔も見ていたくない。

「安心し。体はつながっとるからそのうち回復するわい。なゆきやって生きとったら体の怪我治るやろ。それと一緒や」
「……よかった」
「まあ、そうも安心してられへんけどな」
「え?」
 まだ、何かあるの?
「テケテケはあの学校にいついとる。回復しても、あのねーちゃん遅くまで学校いるんやろ? また切られるで」
「あっ……」

 そうだよ。どうして気付かなかったんだろう。
 影さんがいると、あの学校の人がみんな綾お姉さんみたいになっちゃう。
 それに、綾お姉さんもまたやられちゃうかもしれない。
 イヤだよ、そんなの。あんな辛そうな綾お姉さんを見るのも、そんな人たちを見るのも。

「ぴろちゃん」
「ん?」
「わたし、あの影さんを退治する」
 気がつくと、わたしは右手を胸の前でぎゅっとにぎって、ぴろちゃんにそんなことを言っていた。
 ぴろちゃんは不思議そうにこっちを見てる?
「ホンマか? 妖怪の力、使いたくはないんやろ? それに、使ってるとどんどん力は強くなってくで」
 それって、魔法を使ってたらどんどん妖怪になっていくってことだよね?
 でも……。
「そんなのどうでもいいよ」
 わたしならなんとかできるかもしれないのに、それでも何もしないなんてイヤだもん。
「どうでもええやと? 昨日、あんなに嫌がってたやないか」
「それでも……わたしは綾お姉さんを、みんなを助けたいの」

 わたしがそう言うと、ぴろちゃんは「はぁ」とため息をついてにっこりと笑ってくれた。

「せやな、妖怪妖怪っちゅうからあかんねん。景気付けにワイがなゆきにぴったりの名前をつけたろう」
「え? わたしにぴったりの名前?」
「そうや。なゆき、ちょい上に向かって魔法使ってみ。軽くやで、本気でぶっ放すなや」
「あ、うん」

 魔法、えーっと手に力を入れる感じで……。
 あれ? そういえば、前は気がついたら魔法使っちゃってたけど、本当に力入れてみたらどうなるんだろう?
 うーん……上には空しかないし大丈夫だよね。
 ちょっと、やってみよう。

「えいっ!」

 思いっきり力をこめて空に手を上げる。
 そしたら。


 ヒュウゥゥゥゥゥ――


「……え?」
 お空から、何かが……。
「あ、アホーーッ! 誰が本気でやれ言うた!?」
「え、ええ? わわわっ!?」
「ぼさっとしとる場合か、逃げるんや!」

 ゴツッ!

 急いでそこから走って逃げると、わたしたちのいたところにおっきな氷の塊が落っこちてきて、地面で……。

 ガラガラガラ――

 こなごなになっちゃった。
「…びっくり」
「したんはこっちやドアホ! あれほど本気でやるな言うたやろうが!」
 うう、だって気になったんだもん。
 こんなとんでもないのが降ってくるなんて思ってなかったよー。

「何だ!?」

 ぴろちゃんがとなりでガミガミ怒っていると、今度は氷が落ちた近くのお家の窓が開いて中から男の人が出てきた。
 それも今の音で起こされたみたいで、すっごい怒ってる。
「おうわっ!? まずい、なゆき。逃げるで」
「わ、わわ、待ってよぴろちゃんー」

 うにゅう、結局ぴろちゃんは何を言いたかったのかな?





                ☆     10     ☆





 ぐうぅ〜
 ぐきゅるるるぅ〜


 あの後、ジョギングどころじゃなくなってぴろちゃんと街を全力疾走したんだけど。
 なんとか家に帰って来て、今は今日の夜の準備中。
 お母さんが寝てからこっそり家を出るつもりだけど……。


 ぐうぅ〜
 ぐきゅるるるぅ〜


「ぴろちゃん、うるさい……」
「んなこと言うても、ワイ昨日から何も食ってへん」
 お部屋にぴろちゃんのお腹の音がぐうぐう鳴っていた。
 あんなに小さな体なのに、どうしてこんなに大きな音が出るのかな?
「なゆき、何か食いもんくれー」
「そんなこと言われても困るよ」
 まだお母さんにはぴろちゃんのことないしょにしておきたいし。
 それに、お母さんが下にいるから冷蔵庫も開けられない。
 わたしはジョギングから帰ってきてすぐに朝ご飯食べたけど……。
「ぴろちゃん、今まで食べ物はどうしてたの?」
「あー? んなもん、他の野良猫と一緒に青空の下ゴミ捨て場とかをやなあ……」
「ごみ……」
 ちょっと、想像して嫌な感じがした。
「ぴ、ぴろちゃん! お風呂はっ!?」
「んなもん入っとらん! 猫やしぺろぺろ舐めてしまいや!」
 もっと嫌な感じがした。
 いばって言うことじゃないよー。
 あ、ああっ! わたし、昨日ぴろちゃん抱いて寝ちゃった。
 右手、左手、くんくん。よかった――変なにおいしない。
「なんや? 何で離れるねん?」
「はなれるよー」
「他の猫やってやってることやないか。汚くなんかないって」
「他のねこさんはしゃべらないもん」
「どう違うっちゅうねん」
「全然違うよー」
「ワケ分からんわっ!」
 うー、そんなこと言われても、ちがうのはちがうし。
 きたないのはきたないもん。
 あ、そだ。何となくだけど、こんな感じ?
「ぴろちゃんってねこさんっていうより、ねこさんの格好した人間って感じなんだと思うよ。関西弁だし」
「……なんか納得できるような納得できへんような。特に最後のは関係あるんか?」
 関係ないかも。なんとなく関西弁って元気な感じがするからかな?


 ぐうぅ〜
 ぷぅ


 い、今の音……。
「あー、もう。腹減ってしゃあないな。商店街で食いもん漁ってくるわ」
 ぴろちゃんは何にもなかったかのように窓に向かって歩いていく。
 ごまかしてる。絶対ごまかしてるよ。
「ぴろちゃん、さいっていだよ!」
「な、なんやねん。ワイが何した言うねん。人のせいにしたらあかん」
「わたしじゃないもん。ぴろちゃんだもん!」
 うー、って両手両足を床につけて、ぴろちゃんと同じ格好でにらみあい。
 わたし、絶対にそんなお行儀悪いことしてないもん。

 しばらくぴろちゃんとうなりあいをしてたら、突然ドアがノックされた。

「名雪、入るわよ?」
 お、お母さん!?
「わ、わわっ。ちょっと待って」
 あわててぴろちゃんをつかんで、部屋のぬいぐるみの中に押しこむ。
 これで、バレないよね? お願い、バレないで。
「名雪、入っていいかしら?」
「あ、うん。いいよー」
 ドアを開けたお母さんは、手にお皿を持っていた。
 乗ってるのは……ホットケーキ?
「おやつにって思ったんだけど、作りすぎちゃったみたいなの。食べる?」
「えっ?」
 お母さんが食べ物を作りすぎちゃうなんておかしい。
 食べ物はそまつにしちゃいけないっていっつも言ってるもん。
 ひょっとして、お母さん……。
「うん、食べるよ」
「もう、名雪ったら食いしん坊ね」
 ことり、とお母さんは優しい笑顔でお皿を床において部屋から出て行った。
 ホットケーキから立つ湯気から、バターとハチミツの甘いにおいが部屋中に広がる。
 うにゅう、おいしそう。朝ご飯食べたばっかりだけど、わたしもちょっと食べちゃおうかな……。


「なゆきのおかん、ワイのこと気付いるみたいやな。まあ、声くらい聞こえててもおかしかないけど」
 ぬいぐるみの中から出てきたぴろちゃんが、わたしのそばにやってきた。
 それで、ホットケーキを見ながら聞いてきたの。
「なゆき、おかんのこと好きか?」
 って。
 その質問の答えはいつも決まってるんだよ。
 わたしは胸を張って答えた。


「うん。とってもやさしくて、大好きだよ」





                ☆     11     ☆





「なゆき、なゆき……」

 ん、んー……。
 ちょんちょん、と小さな声でほっぺたをつつかれる。
 なにー?
 片目を開けると、お月さまの光に照らされたぴろちゃんが、まくらに乗ってわたしの顔をのぞきこんでいた。
 寝る前にお風呂に入れてあげたから、いいにおいもしてる。

「なゆき……っと、起きたか。時間やで」
「時間?」
「せや。なゆきのおかんももう寝よったで」
「あ、うん」

 思い出した。学校行くんだよね。
 それで、「お母さんが寝たら起こして」って、ぴろちゃんにたのんだんだった。

「ちょっと待ってね。着替えるから」
 寒いので、お気に入りのねこさん半纏をかぶりながらベッドを出る。
 うーん、何に着替えようかな? やっぱり魔法を使うならおしゃれなのがいいよね。
「そのままでええんちゃうか?」
「え、でもパジャマで外に出るのは……」
 ちょっと、恥ずかしいかも。
「せやけど、そのパジャマに半纏の格好。なかなかポイント高いと思うで?」
「ポイント?」
「雪ん子ポイントや。服装いうのもこういうのは大事でな、ねじりハチマキに腹巻なんて格好の雪女がいると思うか?」
 ちょっと想像してみる。
 うにゅう、屋台のおじさんやウナギ屋さんのおじさんを想像しちゃった。
 もちろん手にはうちわなんか持ってたりして。
「いないと思う」
「そういうことや。服装とか格好にはそういう無意識的な力の作用が意外にあるもんなんや。やから、今回はその格好でどないや?」
 うーん……パジャマで外を歩いているところを見られたら恥ずかしいよ。
 あ、でも、今はもう真夜中なんだよね。
 時計を見たら時間はもうすぐ12時だった。
 じゃあ、もう外を歩いている人もいないよね?
 それにあんまり音を立てたらお母さんが起きちゃうかも。
「わかったよぴろちゃん。この格好でいくよー」
「よっしゃ、行動は早いにこしたことはないわい。靴はベランダに置いとるな?」
「うん。長靴を取っておいてるよ」
「なゆきにしては随分手際のいい……」
「ぴろちゃん、何か言った?」
「い、いやいや、何も言うとらん。なゆきは几帳面やなあって感心したんや」
 ……思いっきりウソなの丸分かりだよ、ぴろちゃん?
 わたし、忘れ物しないのは自慢なのに。


 カラカラカラ――


 一階で寝ているお母さんに聞こえないように、ゆっくり窓を開ける。
 びゅうっ、って冷たい風が入ってきて顔と足がものすごくいたい。
 急いでベランダにおいてた長靴をはいて窓を閉めた。
「うー、さむいよ……」
「何言っとるねん。雪ん子が寒がってどないするんや」
「でも、さむいものはさむいよー」
「ったく、これやから最近の子供は。ええか、なゆき。心頭滅却すれば火もまた涼しゆうてな、熱い思うから熱いわけで、寒い思うから寒いんや」
「そうなの?」
 ちょっと、ためしてみようかな?
 寒くないー寒くないー……あ、なんだかほんとに寒くなくなってきた気がするよ。
「ま、そんなワケないけどなー。そんなんで寒くなくなるのはよっぽど脳味噌おめでたいやつだけや」


 …………。
 ……。

 うにゅう。


「とりあえず、ワイは猫股やさかい。寒いんは気合で我慢するよりしゃあない。けどな、なゆきは雪ん子や。その気になればこんなん暖かくも感じられるはずやで」
「そ、そうなの?」
 ぴろちゃんは雪ん子は雪女の子供だって言っていた。
 わたしも雪女が吹雪の中で寒い寒いってふるえているのは何かちがうって思う。
 じゃあ、わたしもがんばれば寒くなくなる?
「なゆきってええ名前やな」
「え? いきなりどうしたの?」
 わたしも自分の名前は好きだけど……。
「なゆき、その名前になりきってみい。お前は『雪』や」
「雪になる?」
「せや。雪と同化した時、なゆきの魔法も一気にパワーアップするやろうし、コントロールも出来るようになるはずや」
「うん、やってみる」


 雪。
 わたしの名前。
 そういえば今まで考えてみたことがなかった。
 どうしてお父さんとお母さんはわたしに『雪』って名前をつけたんだろう?
 ふわふわと――
 みんなからはぐれた粉雪がベランダに落ちてきた。
 おもわず半纏の袖で受け止めたその子は、とってもきれいな形をしていた。
 まっしろで小さいけれども、きらきら輝いてて……。
 なんだか、とってもやさしい感じがする。
 そっか、そうなんだよ。雪ってやさしいんだ。
 分かったよ、雪の気持ち。


「おい、なゆき!?」
 ベランダによじ登って、とんってジャンプした。
 だいじょうぶ。こわくないよ。
 だって、わたしは雪だから。

 ふわふわって、感じにゆっくり地面に近づいていく。
 すごい。これが雪の気持ちなんだ。
 前も後ろも、上も下も全部見えるよ。
 雪はこうやってゆっくりお空から降りていって、わたし達を見てるんだね。
 だから、雪ってやさしい感じがするんだ。


 すとんって、今度は落っこちないで道路に着地する。
 風に流されちゃったみたい。

「まったくもう。なゆきはやることが突拍子なさすぎや」
「わっ、ぴろちゃん!? どうしてここに?」

 気がつくと、そばにぴろちゃんが立ってた。
 ベランダから家の塀越えて道路まで出ちゃったのに……。

「アホか。ワイはそこらの猫よりは頑丈に出来とるんや。この程度ひとっ跳びに決まっとるやろ」

 あ、そうか。ぴろちゃんって、一応すごいねこさんなんだよね。
「で、どや。寒くなくなったか?」
「ばっちりだよ。ありがとう、ぴろちゃん」
「そかそか、雪ん子覚醒ってわけやな。ほな、ぼちぼち行こか」
「うんっ」


 きれいでやさしい子になって欲しい。
 きっと、そんな気持ちでわたしは雪って名前をもらえたんだと思う。
 そんな気がして、なんだかうれしかった。



「そういえば、『名雪』の『名』ってなんなのかな?」
「『名物』の『名』やないか? 特別な雪ってつもりでつけたんやろ」
「あ、そっか。ぴろちゃんって頭いいね」





                ☆     12     ☆





 昨日みたいに扉はぴろちゃんに開けてもらって、わたしたちは綾お姉さんの学校に入った。
 うにゅう、この前来たときよりも静かでこわいよ。
 夜の12時すぎてるから、外もまっくらだし。
 でも、がんばらなきゃ。わたしにしか、綾お姉さんやこの学校のお兄さんお姉さんを助けられないんだもんね。
 ぐっと手をにぎって気合を入れてると、ぴろちゃんが話しかけてきた。

「どうするかは分かっとるな?」
「えっと、後ろからビリリってきたらしゃがむ……だよね?」
「せや。しくったらあのねーちゃんみたいになってまうからな、そんなことはないやろうけど気をつけるんやで」
「うんっ」

 長い廊下を歩きだすと、後ろからピリピリってきた。

「ったく、ハゼかなんかか、ここのテケテケは。食いつき早すぎやで」
「ぴろちゃん……」
「振り向いたらあかんで。あれでも臆病な妖怪やからな。見つかったら逃げてまう。真後ろ来るまで知らんフリしとくんや」
「うん、わかってるよ」

 ピリピリが近づいてくる。
 まだダメ。振り返らないで歩き続ける。
 知らないフリ、知らないフリ。

「早くなった」
「狩りモード入ったな。なゆき、集中し」

 あたりの空気に神経を集中する。
 肌に感じるピリピリがすごい勢いで強くなっていく。
 来る。今、すぐ後ろ。首を切る鎌を構えて……。

 ビリリッ

「今や!」
「うんっ!」

 急いで地面にしゃがむと、頭の上をぶんって大きな音が通りすぎた。
 それと一緒に、影さんがわたしたちの頭の上を通りすぎて目の前で止まる。
 わたしたちの前に出てしまった影さんは、やっぱりこの前みたいにまごまごしてた。

「犬が倒れるほどワンパターンなやっちゃな。相手が背中向けとるときしか攻撃できへんっちゅうのも見ようによったらかわいいもんやで」
「ぴろちゃん、これからどうするの?」
「決まってるやろ。魔法でいてこましたれ」
「う、うん」

 手に力をこめると、わたしの周りに粉雪が舞いはじめる。
 すごい……今なら分かるよ。これが雪女の、じゃなくて雪ん子の力だって。
 雪になったわたしには、雪の力が使えるんだね。

「観念せい、テケテケ!」
「え――」

 えいっ、って魔法をぶつけようとしたところで、わたしは手を止めた。

「な、何やっとんや!?」
「ちょっと待ってぴろちゃん!」

 できないよ。わたしがこの力ぶつけちゃったら、影さんはどうなるの?
 わたしたちの目の前でまごまごして、とっても困ってるように見える影さん。
 綾お姉さんをあんな風にしたのは許せないけど、この影さんだって生きてるんだよね?
 じゃあ、わたしが魔法を使ったら、この影さんは死んじゃうの?
 わたしが、影さんを殺しちゃうの?
 そんなこと、わたしにはできないよ。

「ぴろちゃん、わたしがこの影さんに魔法当てちゃったらどうなるの?」
「どうなるって、そら消滅するやろな」
「消滅って、死んじゃうの? だったらわたし、そんなことできないよ」

 まわりに舞っていた粉雪が消えていく。
 その時、わたしは泣いていたかもしれない。
 でも、ぴろちゃんはわたしのその言葉を聞いて、とってもやさしい顔で笑ってくれたんだよ。





                ☆     13     ☆





「ぴろ……ちゃん……?」
「その通りやなゆき。よう気付いたな。なゆきやったらきっと気付いてくれるって思っとった」
「え、えっ?」
「なゆきの力は誰かを傷つけるのにやって使える。でもな、それは悲しい力や。そんな力に溺れて弱いもんいじめとったら、いつかもっと強い奴に会ったときにその報いが返ってくるやろう」
「えっと……」

 ぴろちゃんの言ってることは、むずかしくてよくわからない。
 この力を誰かを傷つけるのに使っちゃいけないってことかな?
 そんなこと絶対にしたくないけど。

「分からんでもええ。なゆきはそのことをよく分かってるやろうしな。とにかく、魔法を使う時は気持ちを込めるんや」
「気持ち?」
「せや。なゆきはあのテケテケにどうして欲しい?」
「みんなを苦しめるのをやめてほしい」
「ほんなら、その気持ちを込めて魔法を使うんや。なゆきの気持ちが本物やったら、アイツにも通じるはずやで」
「う、うん。やってみるよ」

 ごくんって、息を飲んで影さんの方を見る。

「あ、あれ?」
「ほう……」

 びっくりした。
 影さん――テケテケさんは昨日みたいに逃げ出さないでわたし達を待っててくれた。
 もうまごまごもしてない。
 ただ、じっとそこに浮かんでるだけだった。
 ぴろちゃんは、そんなテケテケさんに感心してるみたい。

「ようやったな、なゆき。お前の気持ち、アイツに通じとるみたいやで」
「そ、そうなの?」

 テケテケさんは何も言わないし、まっくろな影さんだから顔もわからない。
 だから、ぴろちゃんにそんなことを言われてもよくわからなかった。

「そいつはな、人間の噂話に悪い思念の集まって出来た妖怪なんや。つまり、人間に作られたってわけやな」
「わたし達がこの子を作ったの?」
「ほれ、なゆきの学校でもこいつの噂話とかしてるやろ?」
「あ、うん」
「言葉には力があってな。そこにあいつムカつくとか殺してやりたいとか、そんな色んな人間の恨みつらみが集まってまうんや。その形の一つがこのテケテケっちゅうわけや」
「そう……なんだ……」

 やっぱりぴろちゃんの言うことはよくわからなかったけど……。
 なんだかとても悲しいお話だってことはわかった。
 目の前のテケテケさんが泣いてるような気もする。

「そいつは仕方なく自分に与えられた役割果たし続けとるんや。それ以外にやること知らへんしな」

 ぴろちゃんがそう言うと、テケテケさんは体をゆらゆらさせてわたしの前に近づいてきた。

「なゆき、そいつの願い叶えたり。そいつもなゆきやったら任せられる思ったんやろう」
「願いをかなえるってどうするの?」
「魔法でこの世界から消してやるんや」
「こ、殺しちゃうの!?」
「ちゃうちゃう。浄霊っちゅうやつや。なゆきに分かりやすく言うなら、成仏させて天国行かせたるってことやな」
「天国ってあるの?」
「だぁほっ! 例えの話や」

 だって、どう違うのかわからないよ。
 天国って、やっぱり殺しちゃうことなんじゃ……。

「ええか、なゆき。もっと簡単に言うわ。あいつ、テケテケは人間の恨みとか憎しみの悪い感情が集まったもんやって言ったやろ」
「うん」
「そいつになゆきのやさしさを分けたるんや。そしたら、テケテケはやっと消えられるし、それは力でぶっ壊してぶっ殺すんとはちゃう」
「えっと……えっと……」
「あー、もうテンパるんやない。なゆきは、あいつにどうしてほしいねん」
「みんなを苦しめるのをやめてほしい」
「ならその気持ちを込めて魔法を使うんや。魔法は誰かを傷つけるためだけのもんやない。誰かの心に直接話しかけるための力でもあるんや」

 テケテケさんはわたしの前でゆらゆらゆれている。
 わたしを、待ってるの? ゆらりっておっきくゆれたテケテケさんは、うなづいている気がした。

「わかったよ。わたし、やってみる」
「よっしゃ、それでこそなゆきや。昼間みたいにヘマすんやないで」
「わ、わかってるよー」

 目を閉じて、集中する。
 雪さん、わたしに力をかして。
 わたしがそうお祈りすると、まわりに粉雪が舞いはじめた。
 手を影さんに向ける。
 雪さんのやさしさでつつんであげればいいのかな?

「ちょい待ちなゆき」
「えっ?」

 魔法を使おうとしたところでぴろちゃんに呼び止められた。
 なんだろうって思ってると、ぴろちゃんはにやってキバを見せてこわい笑い方をする。

「ドアホ! これは怖いやのうて、頼もしいっちゅうんや!」
「ご、ごめん。そうだったんだ」

 でも、なんだかエモノ狙ってる虎さんみたいだったんだもん。
 って、またわたし心読まれてる?

「コホン。ワイも男や。約束通りなゆきを魔法少女にしてやらんとな」
「え? え?」
「そんな地味なんはあかん。なゆきはええ線いっとるんやし、もっと元気にかっこよくキメるべきや」
「どうするの?」
「まず妖怪なんて陰気な呼び方はやめや。そやな……」

 ぴろちゃんがわたしの体をぐるって見まわす。
 そして、片足を上げて、わたしのまわりにふわふわしてる粉雪を指さした。
 あれ? 指じゃなくて足だから……足蹴にした?
 うにゅ? アシゲは何かぜんぜんちがう気がするよ
 うーん、指さすでいいかな。ぴろちゃんはねこさんっぽい人間って感じだし。
 とにかく、ぴろちゃんはまわりの粉雪とわたしを指差してこう言ったんだよ。

「今日からなゆきは、PowderSnow Fairy 雪国少女なゆきちゃんや!」
「ぱうだーすのーふぇありー?」
「粉雪妖精って意味や。どないや? 気に入ったか?」

 ぱうだーすのーふぇありー。粉雪の妖精さん。
 うん、なんだかとってもいい名前だよ。

「ありがとうぴろちゃん」

 わたしがお礼を言うと、ぴろちゃんはおすわりしながら片足をあげて、それを左右にふってみせた。
 えーっと、ひょっとして……チッチッチってことかな?
 ……ねこさんの顔あらいにしか見えないけど。

「それだけで感謝してもらっても困るな、なゆき。魔法少女なら、キメはかっこよくやろ」
「そうなの?」
「当然や。なゆきもかっこいい呪文とか唱えてみたくないんか?」
 じゅもん……あっ!
「うん、となえたいっ」
「ワイが考えたったで。ほれ、ちょい耳貸し。アホ、しゃがまんでもええわい。ワイを抱き上げればええやろ」
 言われたとおりにぴろちゃんを持ち上げて、耳のところにぴろちゃんの口をもっていく。


 ごにょごにょ。ごにょごにょ。


「……えっと、意味は?」
「凝り性やななゆきは。まあええわい、教えたる」


 ごにょごにょ。ごにょごにょ。


「分かったな? 最高やろ?」
「うんっ」

 呪文とその意味をわたしに教えて、ぴろちゃんはとんって床に飛び下りた。
 テケテケさんは、その間もずっと待っててくれたんだよ。
 わたし、がんばらなきゃ。

「影さんお待たせ。いくよ」

 上にかかげた手に、まわりの粉雪が集まっていく。
 これが、わたしの本当の魔法。
 雪さんの気持ちをこめようって思ったら、これしか思いつかなかった。
 ぴろちゃんをちらってみると、こくんってうなづいてくれた。


「鳴り響け浄霊の鈴――ふりーじんぐべるっ!」


 ごうって、音がしてわたしの手から出た粉雪がテケテケさんを包み込んでいく。
 影さんの黒い体はどんどんまっ白になっていって。
 最後にりーんって鈴みたいな音を立ててくずれていった。


「おわったの?」
「ああ。ようやったな、なゆき」


 テケテケさんは消えちゃったけど、さみしい感じはしなかった。
 だって、まっ白になったテケテケさんはわたしに笑ってくれた気がしたから。
 それに……。


 ――ありがとう


 って言ってくれたんだよ。





                ☆     14     ☆






 ジリリリリ――

 パチッ


「んーっ」
 目ざまし時計を止めて、ベッドの上でおっきくのびをする。
 しばらくそのまま目をパチパチやって、はっとしておふとんをめくった。
「んごぉぉぉぉ……」
 ぴろちゃんがいびきをかきながら、ねこさん眠り(丸くなってることだよ)をしてる。
 よかった、夢じゃなかったんだ。


 テケテケさんを退治(で、いいのかな?)して、おうちに帰ってきたけど、なんだか色々ありすぎて本当のことだったのかまだよく分からなかった。
 でも、ぴろちゃんがいるってことを見たら夢じゃないってわかって、ほっとした気がする。
 それに、まだいてくれてよかった。
 テケテケさんがいなくなったら、もうわたしのところから帰っちゃうんじゃないかなって……目をさましてすぐに心配になったんだよ。

「むにゃむにゃ……グレイ!」
「わっ!?」
「おんどれはワイが……むにゃむにゃ」

 び、びっくりした。いきなり叫ぶんだもん。
 でも、グレイって何なのかな?
 昨日……じゃなくて今日、あの学校から帰る時に言ってたけど、ぴろちゃんにはこの街でやらないといけない大事なことがあるんだって。
 一人だと出来ないから、わたしが魔法を使えるようにしたって言ってたんだけど……。

「ねえ、ぴろちゃんがやらないといけないことって何?」
「今は教えられへん。今、なゆきに教えても危険なだけやしな」
「危険……?」
「なゆきは自分にできへんことでもがんばってまうやろ。やけど、そんなんやったらどうしようもないこともあるんや。それに、ワイはなゆきを危険な目には遭わせたくない。やから、今はまだ言えへん」
「いつになったら教えてくれるの?」
「なゆきがもっと力強なって、どうにかなると思たら話す。それまで、この話はなしや。それに、そこまでなゆきが付き合う必要もないんやで」
「でも……」
「でも、なんや?」
「ぴろちゃんはわたしを魔法使いにしてくれたし、ねこさんだし……困ってるなら力になりたいよ」
「……猫やからっちゅうのはなんか複雑やけど、今は気持ちだけ受け取っとくわ」
「うん。わたし、ぴろちゃんのためにがんばるね」
「……なゆき」
「え?」
「おおきにな」


 帰り道、その大事なことを話してるときのぴろちゃんはとても真剣な顔をしてた。
 今さっき寝言を言ってたぴろちゃんの顔、その時の顔みたいだったけど……。
 グレイっていうのはその大事なことと何か関係あるのかな?
 でも、今は言えないって言ってたし……聞かない方がいいよね。うん。


 服を着がえて、今日の学校の用意をしてると、ぴろちゃんが目をさました。
「おー、なんやなゆき。えらい朝早いな」
「おはよう、ぴろちゃん。今から学校だから」
「おはようさんやで。学校か、まあがんばりや。ワイは眠いし……昼まで寝とる」
 ……だらしないよ、ぴろちゃん。
「アホタレ! ワイは猫や。愛玩動物やで。食って寝て、適度に愛嬌振りまくのが仕事なんや」
「そ、そうなんだ……」
「わかったら、以後気をつけるように。……おやすみや」
 いいのかなあ、そんな生き方で?
 いいなら、わたしも将来はねこさんになりたいけど。
 でも、ねこさんってほんとによく寝るみたいだし、昨日わたしのためにがんばってくれたから睡眠不足なのかもしれないね。
 ちょっと、機嫌も悪そうだったし……。
 今日はお母さんも上がってこないから、そっとしておいてあげよう。

「じゃあね、ぴろちゃん。行ってきます」

 ちっさな声で言って、ランドセルを背中にわたしはお部屋を出た。




 一階の食堂に入ると、お母さんがわたしの朝ご飯を並べていた。
 やっぱり、今日もお母さんはきれいでステキな人だよ。
「おはようございます」
「あら、おはよう名雪。朝ご飯とお弁当できてるわよ。時間あるんでしょう? ゆっくり食べて行ってね」
「うん。行ってらっしゃいお母さん」
「ええ、名雪も気をつけて学校行くのよ」
 お母さんはお仕事が忙しいから、お休みの日しか一緒にご飯を食べられない。
 昔はさみしかったけど、今はもうだいじょうぶ。
 お母さんもがんばってるんだから、わたしもがんばらないと。
 それに、今はぴろちゃんもいるから。さみしくなんか、ないんだよ。
 でも、いつかは一緒に朝ご飯食べられるようになりたいな。
 ……わたしが朝強ければなんとかなるかもしれないけど、うにゅう。

「ああ、そうそう名雪」
「え?」

 出て行こうとしたお母さんが、もどってきてわたしの名前を呼ぶ。
 なんだろ? お母さんの顔から、いいことみたいな感じはするけど。

「今年の冬休みも祐一さん来るそうよ」
「えっ? ほんと?」
「ええ。さっき姉さんから連絡があったわ」

 祐一っていうのは、わたしの従兄妹の男の子。
 ちょっといじわるなところはあるけれど、やさしくて楽しい人なんだよ。
 それと……わたしの好きな人。
 わ、わわっ、今のは祐一にも他の誰にも言ってないけどね。

「良かったわね、名雪」
「うんっ」

 今から冬休みが楽しみだよー。
 あれ? でも……ぴろちゃんのことどうしよう……。

「どうしたの名雪? 具合でも悪い?」
「あ、ううん。ちょっと考え事してただけだよ。どんなことして遊ぼうかな、とか」
「そう。じゃあ、お母さんは行ってくるわね」
「うん、行ってらっしゃい」

 ぴろちゃんのこととか、わたしのことはその時に考えよう。
 祐一ならきっと分かってくれると思うし、なんとかなるよね。
 きっと、そんな風にたよれるところがあるから、わたしは祐一のことが好きなんだと思う。




 やっぱり多めに作ってあった朝ご飯を残して、お部屋のぴろちゃんのところに持っていって……それからわたしはおうちを出た。
 んーっ、いい天気だよ。
 昨日積もった雪も溶けちゃうかな?
 でも、まだ十二月に入ったばっかりだし、冬休みのころには積もってるよね。
 サク、サク、って雪をふみながら歩いていく。

「おはよう、名雪ちゃん。今日も早いね」

 上からふってきた声にびっくりして見上げると、お隣のおうちの綾お姉さんだった。
 いつもみたいに、明るくて元気な挨拶。
 よかった、治ったんだ。
 そう思うと、なんだかとってもうれしくなってきて、わたしもおっきくおじぎしながら元気に挨拶した。

「おはようございます。綾お姉さん」

 綾お姉さんがその挨拶に笑顔を返してくれる。
 そして、ちょっとあきれたように言った。
「名雪ちゃん。元気なのはいいけど、転ばないようにね」
「う、うにゅう」
「じゃ、そこの角まで一緒に行こっか」
「はいっ」

 にこにこやさしい綾お姉さんに似合ったかわいい制服。
 いつか、わたしも着れるかな?

 とにかく、今日も一日ふぁいとっ、だよ。




 ある日、やってきたねこさんは魔法と――
 たくさんの幸せをわたしに運んできてくれたのでした。







     【おまけ:ぴろちゃんにおまかせ!】
「……なゆき」
 起きたら目の前に置かれとった食いもんを見てワイは溜息をついた。
「サラダなんか猫に食わすなや」
 まあ、普通の猫気取る気もないし、ワイは玉葱やって食える。
 けどな、そんなのは問題ちゃうねん。
「ドレッシングくらいかけてよこさんかいっ!」
 あー、もう、なんやねんこのレタス。
 せめてラップかけてかんかい。起きるのが遅いワイも悪いけど……。
「ん? おおっ!」
 レタスは少ししなびとったが、横に添えられとった赤いのや黄色いのは別やった。
 レプリカ……ちゃうわ、パプリカ、いやレプリカ……ええい、どっちでもええわ。
 もう赤ピーマンと黄色ピーマンってことにしとこう。
 とにかく、そいつらを一気に口に入れる。
「美味いやないか!」
 こら生でもいけるで。
 なゆきのおかんも大した目利きやな。
「はー、しかし……ビーフストロガノフ食いたいなあ」




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【あとがき】
ども、お読み下さりありがとうございます。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが某所のSS投稿掲示板にちまちま投げてたSSのまとめ版です。
途中で投げた時とか不評を怖がって捨てハンドルで投稿してたというのはここだけのナイショで(ぇ)
ていうか関西弁を話すぴろで僕なのバレバレですが。
ぴろについて知りたい人は拙作『ARIA〜いつか見上げた空へ〜』をご覧になってください。

そして肝心の続きはあるのか? ですが……。
全然考えてません。
あくまでネタですんで、今回はこれで完結です。
反響があれば考えてみようかなあって考えはなきにしもあらずですが(笑)

ではでは、また会う日までごきげんよう。




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