お休みの日は苦手だ。
 商店街や海・川では子供たちが遊んでいる。
 でも、私は一人。誰も一緒に遊ぶ人はいない。
 昨日の教室での会話が今も耳に残っている。



「ねえ、明日暇だし遊びに行ってもいい?」
「いいよ。あ、じゃ他の人にも声かけようか」
「いつものメンバーね。わかった、あたしから声かけとくよ」
「じゃあ、お願いするね」




「おい、明日空いてるか?」
「あ、悪りい、明日親父と釣りに行くんだ」
「そっか、しゃあねえな。明日はのんびりゲームでもしてるか」
「あっ、そうだ、お前あのゲーム終わったら貸してくれよ」




 …………
 ……
 私は何も言わず、何も見ないようにその場を立ち去った。
 もういつものことなのに……
 どうして辛いんだろう。
 私が一人ぼっちなのは全部私のせいなのに。




ファーストコンタクト

作者 エルラ





 部屋で一人でトランプ。
 いつものこと……
 トランプの楽しみ方をここまで知ってるのは私だけだと思う。
 にはは、観鈴ちんって偉い。
 には…は……
 私は、4枚ルールの神経衰弱12組目のペアを揃えたところでトランプをしまった。



 お母さんはとっても忙しくてお休みの日もお仕事。
 一緒に海に行ったりしたいけど、でも駄目。
 私はお母さんの本当の子供じゃないから。
 家に置いてもらえるだけでも感謝しないと……



 私はお財布を持って家を出る。
 今月のお小遣いの残りは……ちょっとぴんちかも。
 でも、観鈴ちんはいい子だから生活費には手をつけない。
 クラスでそんなことやってる子がいるのを横から聞いちゃったけど……。
 100円くらいなら、わからないかな?
 ううん、ダメダメ。
 そんなのは悪い子のすることだ。
 それにお母さんは、ああ見えてお金には細かいから……
 前に八百屋さんに行った時、消費税を値切ろうとしてたくらいだからきっと気付かれると思う。



 そんな自分の中の悪い子と『かっとう』しながらいつもの場所へ。
 どうしてここにしかあのジュースは売ってないのかな?
 商店街にも置いたらきっと皆喜ぶと思うけど。
「『かっとう』って何だっけ?」
 なんだか感覚的に使ってたけど……うーん、どういう意味だったかな?
「もつれ、悶着、争いのことです、まる」
「え? わっ!?」
 まわりに注意してなかったから気付いてなかった。
 今日の武田商店には先客がいたみたい。
「え、えっと……」
 あれ? 誰もいない。
 声は前からした筈だけどそこには誰もいなかった。
「こんにちは」
 と、思ったらアイスを入れてる箱の陰から、誰かが立ち上がった。
 綺麗な長い髪の女の人……
 あ、この人
「神尾さんもお買い物ですか?」
 優しそうな笑顔を浮かべてその女の人は訊いてきた。
「こ、こんにちは、遠野さん」
 ど、どうしよう。
 この人は遠野美凪さん。
 私なんかよりとっても綺麗で賢い、クラス中の憧れの人だったりする。
 でも、私の名前を覚えてるなんて、ちょっとビックリ。
 私はちらっと横を見た。
 お気に入りのジュース販売機。
 うん、早く買って帰ろう。
 私なんかとせっかくのお休みの日に出会って遠野さんはきっと後悔してるはずだから。
 これ以上迷惑をかけないうちに……
「え、えっと、私これ買いに来たんですっ。遠野さんもよかったら飲んでみてくださいね。私のお薦め」
 私は、遠野さんの顔を出来るだけ見ないように最大級の早口でそう言って、目的のジュースを購入した。
 そして、家に急ぎ足で帰ろうと……
「あ……ちょっと」
 としたけど呼び止められてしまった。
「は、はい。何ですか?」
「えっと……」
 少し思い悩んだような顔を見せる遠野さん。
 何だろう? 何か悪いことしたかな?
「この辺りにコンタクト落としちゃいました。がっくし」
「え、ええっ!?」
 コンタクトって、確か目の悪い人が使う目に入れる眼鏡のことだった筈。
 私は目がいいので関係ないけれども、あれを入れるのは痛いと思う。
 やっぱり遠野さんはよく勉強してるせいで目が悪いのかな。
「踏まれちゃうとかなり困ったりしちゃいます」
「う、うん。割れたら困りますよね」
「ええ、とっても困っちゃいます」
 遠野さんは本当に困ったと言わんばかりに肩を落として俯いた。
「え、えっと、私はどうすれば?」
「…………」
 遠野さんはしばらくじーっと考えた後……
「見つけるまでしばらくじっとしていてもらえませんか?」
 にっこりと微笑んでそう言った。
「は、はい。頑張りますっ」
 私はさっきから上りっぱなしだった。
 お母さん以外の人とこれだけの時間話したことなんて久しぶりだったから。
 でも、あんまり長く一緒にいると私は……
「神尾さん」
「は、はいっ」
 わ、また名前を呼んでもらえた。
「……ふぁいと」
 穏やかに目をつぶって遠野さんはそう呟くように言った。
『ふぁいと』って、がんばれってことだよね?
「う、うん。観鈴ちん頑張る」
 でも、何を頑張るんだろう……
 私はその場にぼーっと立ったまま、遠野さんがしゃがみ込んで地面を調べているのを眺めていた。



 ただ、時間だけが過ぎていった。
 いつの間にか空が赤くなり始めてる。
 空をカラスが群れをなして飛んで行くのが見えた。
 やっぱり、皆並んで空を自由に飛ぶのは楽しいんだろうな。
 私もいつかあんな風になれたらいいのに。
 そう考えながら、空に向けていた目を地面に戻す。
 あれから遠野さんは……
 ずっと一心不乱に地面を調べていた。
 うーん、ずっと立ちっぱなしでちょっと足が疲れてきたかも……
 でも、動いたら遠野さんのコンタクトを踏んじゃうかもしれないし……
 観鈴ちん、ぴんち。
「神尾さん」
 いつの間にか、私の傍の地面を調べていた遠野さんが、私を地面から見上げながら声をかけてきた。
「は、はいっ」
 遠野さんは少し俯きながら口を開く。
「お母さんとは……仲がよろしいですか?」
「えっ?」
 お母さん?
 何で遠野さんはそんなことを突然訊くんだろう?
 どうしよう……
 何も知らない遠野さんに私の家のお話なんかしても面白くはないだろうし……
 やっぱり迷惑に決まってる。
「えっと、とっても仲がいいですよ、ぶいっ」
 あっ、Vサインは余計だったかな?
「そう……ですか」
 遠野さんは少し寂しそうにそう呟いて、また地面を調べ始めた。



 それから30分後……
 が、がお。もう足が棒みたいになっちゃった。
 これ以上はじっとしてられない。
「遠野さんごめん、私もう……」
 と、言いかけたところで遠野さんが突然立ち上がった。
 あっ、見つかったのかな?
「……げっと」
「え……」
 遠野さんが誇らしげに手にしていたのは……
 自動販売機の下に落ちてた500円玉だった。
 そして、遠野さんはその500円を販売機に入れて、私がさっきお薦めといったジュースを3パック買うと……
 穏やかに目をつぶって、そのうちの1つを私に手渡した。
「……ぐっどじょぶ」
「え、えっと」
 お礼、なのかな?
 でも、このジュースは遠野さんのお金で買ったものじゃないのに、いいのかな?
「進呈」
 そしてついでに白い封筒を渡される。
 開けてみると、商店街のお米券が入っていた。
「お米券ですか?」
「はい、皆で食べるお米はおいしいです」
 にっこりと笑顔の遠野さん。
 遠野さんは何が言いたいのだろう?
「それでは、私はこれで」
「あっ、はい。さようなら……」
 遠野さんはそう言って、後は振り返らずに帰っていった。
 夕風に揺れる後ろ髪がとても綺麗だと思う。
 うーん、遠野さんってなんだかとっても不思議な感じがする人だ。
 一緒にいてても全然不安にならなかった。
 ううん、どっちかって言うととても安心できたような気がする。
 でも、あの寂しそうな顔……なんだか少し私に似ていたような……
 と思ったところで頭をポカリと叩く。
「にはは、観鈴ちんは遠野さんみたいに綺麗じゃないし、頭も悪いダメな子でした」
 遠野さんと私が似てるなんて、遠野さんが聞いたら絶対気分を悪くすると思う。
 だから私だけの秘密にしておこう。
 あれ?
 遠野さんコンタクトは見つかったのかな?
 …………
 ……






「おー、ただいまや〜」
 お母さんが帰ってきた。
 夜9時に帰ってくるなんてとっても早い方だ。
「お帰りなさい」
 私はそれを居間で出迎える。
「ん? 不思議なこともあるもんや、今日は観鈴が一人しかおらへん。いっつもは少なくても二人はおるのに」
 珍しくお酒も飲んでないみたい。
「あれ、どうしたんやこのおにぎり」
 居間のちゃぶ台にラップして置いておいたおにぎりにお母さんの目がとまる。
「うん、ちょっと多めに作っちゃって」
 本当は遠野さんからもらったお米券でお米をもらってきただけなんだけど。
「そか、ちょうど腹が減っとったところや。ありがたく頂くで」
「うん。あの……私も一緒に食べていいかな?」
「何遠慮しとんや、作ったんはあんたやろ。何も言わんと食えばええややんか」
 呆れ返ったようにお母さんは溜息をつきながら言う。
「にはは……」
 私は誤魔化すように笑った。
 お母さんの言葉はぶっきらぼうだけど時々優しく思える。
 でも、本当なわけない。
 お母さんは本当は私のことを邪魔だと思ってるはずだから。
 今日はちょっと機嫌がいいだけだ。
 でも、嘘でもないよりは嬉しいと思った。
 トランプを一人でやってるよりもお母さんとこうしてるほうが……









 同日、2時間前……
 駅前にて
「にょげっ!?」
 パタッ
「……あら? みちる、どうしたの?」
 ツンツン
「……ピクピク」
「なるほど、こうやって使うものなんですね。威力ばっちし、『飲むな危険』と」







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