もう寝ようとしたところで、名雪が風呂から出てきた。
   まだ乾ききってない髪をタオルで丁寧に拭いていた。
  「ごめんね、髪が乾くまで待ってて〜」
   のんびりとした仕草で台所に向かう。
   居間に来た名雪はタオルを頭に乗せ、両手にコーヒーカップを持っていた。
  「中身は?」
  「ホットミルクだよ〜」
   湯気が立ち上るカップを受け取る。
   カップの中は温かいミルクで満たされている。
   真っ白な液体が僅かに揺れる。
   白…
  「名雪… その…」
  「あ… その… あれが来ちゃったから…」
  「え?」
  「う〜 女の子にそんなこと言わせちゃダメだよ〜」
   顔を真っ赤にしてうつむく名雪。
  「あっ! せい…」
   何か嫌な視線を感じたので止めておく。
  「あ、それで… しばらく別々で寝たいから…」
  「了解」
   まぁ、いろいろと複雑な事情があるんだろう。
   俺にはわからない事だけに何もいえない。
   出されたホットミルクを飲み終えたときには名雪の髪は乾いていた。
   明かりを消し、二階に上がる。
   階段を上がって左が名雪の部屋。
   今日からしばらくはここでしばしのお別れになる。
  「じゃ、おやすみ」
  「おやすみ〜」
   バタン
   一人になれた事で、いろいろと考え事ができるようになった。
   名雪のこと、俺のこと、抱えるものが多すぎて、時に押しつぶされそうになる。
   でも、俺は負けない。名雪を、この家を守りたい。
   俺ができることなら何だってやる覚悟がある。
   薄暗い天井を眺め、まどろみの中、一人だけの大きな決意をした。
  「…っ …ぁ …」
   どこからともなく声が聞こえる。
   やがて、その声も聞こえなくなる。
   意識は深い闇に落ちて行った…




   祐一の部屋の方からドアの閉じる音が聞こえた。
   …わたしはそっと、部屋の鍵を閉めた。
   今、わたしの手にあるのは男の人のものに似せたオモチャだった。
   これで白い時間を求める。
   …生理は嘘だった。
   学校から出たあと、帰り道で偶然見つけた怪しいお店で見つけた物。
   少し高かったけど、ほとんど躊躇わず買った。
   黒光りしている本体が月明かりに照らされ、怪しく光る。
   電池で動くそれは、あるだけで異質だった。
   眺めているうちに、思わず微笑んでしまっていた。
   スイッチを入れてみる。
   ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…
   スイッチが入ったそれはふとんの上で振動しながら長い本体をうねらせた。
   スイッチを切ると部屋はまた静かになった。
  「………………」
   わたしは、それを両手で持つとそのまま…
   ………………












  「…彼女を救える人はただ一人」
   知っている。
   救える力を持っているのはあの人だという事を…
   でも、あの人も胸の中に影を宿している。
   その弱さは致命的なもの…
   あの人も乗りえなければいけない事を背負っている。
  「あの二人が救われる日は… いつなのか分からない」
   明日なのか数年後なのか、それとも一生…
   でも、乗り越えて欲しいと思う。
   乗り越えずに悲しみに飲まれてしまっては…
   先に待っているのは悲しい未来しかないから…
  「私とあなたはただこうして傍観しているだけ…」
  「行き先を見ている事しかできない…」
   力を貸せない事がこんなにも辛いなんて…
   いまさら後悔してももう遅いときに気付くなんて…
  











   やかましく繰り返している玄関のチャイムで目を覚ました。
  「ん…?」
   時計を見る。
  「っ…!?」
   一気に目が覚めた。
   時計の針が差す時間は、かなり… というよりほぼ絶望的な時間だった。
   急いで着替え、名雪の部屋に向かう。
  「名雪、起きろ!」
   ドアを何度も叩く。
  「んにゅ…?」
   しばしの静寂。
  「わっ!? もうこんな時間だよ〜」
   慌てているようだが、とてもじゃないがそんな風には聞こえなかった。
  「さっさと着替えないとヤバイぞ!」
  「う、うん」
   5分後、着替え終わった名雪が部屋から出てきた。
   名雪にしてはかなり速いペースだった。
  「急ぐぞ!」
  「うんっ」
   一階に降り、ドアを開けると、香里と北川が立っていた。
   2人とも息が荒い。
   …どうやら4人共々寝坊したんだな。
  「…面目ない」
  「あたしたちも寝坊なんだから気にしないで。とにかく急ぎましょ」
  「あの授業を遅刻するのだけは勘弁願いたいぞ」
   靴を履き終え、道路に出ると4人で走り出した。
   寝起きでここまでの激しい運動をするのは正直言って身体に悪いと思うんだが…
   喋る間もなく、懸命に走った。
  「はぁはぁ…」
  「はぁはぁ…」
  「さ、さすがに今日のは堪えたわね…」
  「気持ち悪いぞ…」
   満身創痍とも言える状態で、何とか間に合った。
   ホームルームが終わり、今日の授業が終わった。
   教室にいる奴らは今日の予定を楽しげに話したり、すぐに帰ったりとみんなバラバラだった。
  「さて…」
   隣にいる名雪を見る。
  「どうしたの?」
  「帰らないのか?」
  「あ、今日は… 部活に行こうと思ってたんだ」
  「そうか…」
   いままで前に進めなかった。
   でも、それも少しずつ変わっているんだな。
   名雪も変わろうとして、頑張っているんだ。
   だったら全力で応援してやらないとな。
  「わかった。俺は途中でどこか寄るかも」
  「あまり遅くなったらダメだよ」
  「あぁ」
  「あ、あと一つお願いしていいかな?」
  「買い物か?」
  「うん、この紙に書いてあるものを買ってきて欲しいの」
   紙には隙間なく買うものが書いてあった。
  「ごめんね…」
  「いや、お安い御用だ」
   俺はメモと財布を受け取ると名雪と一緒に教室を出た。
   部室の方角に玄関があるため、途中まで名雪と一緒に歩いた。
  「それじゃ、またあとで。部活頑張ってな」
  「うん、またあとでね〜」
   名雪に見送られ、俺は学校をあとにした。
   振り返ると、名雪は校内に入る途中だった。
   一瞬見えたその横顔は…
   抱いているときの顔だった。
  

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