翌日、俺は名雪を連れて病院で検査することにした。
   あれだけしてしまったから、心配なことがあった。
   妊娠、性病…
   そして、もう一つ。
   名雪の様子がおかしかったのだ。
   情緒不安定という感じに近い。
   でも、それは見過ごす事ができないぐらい怖かった。
   そのまま消えていってしまいそうな気がしてしまったのだ…
   検査の結果、幸い妊娠や性病の心配は無いとの事だった。
   だが…
  「精神が?」
  「…このままだと精神崩壊を招く危険性がある」
   医者から名雪の病状について詳しく説明を受けた。
   秋子さんの死で元々精神が不安定だった事。
   それの逃避から、今回の行動をとった事。
   逃避の手段を失い、最悪の状態を知られた事。
   これらすべてが名雪の精神面をひどいものにしているというのだ。
   体の傷はいずれ消えてしまう。
   だが、心の傷はどんなに努力をしても消す事はできない…
   状態が状態だけに、入院という処置を取ることになった。
   今日は検査などで名雪とは会えないとの事だった。
  「祐一君… だったかな?」
  「はい」
  「…彼女は今かなりギリギリの状態だ。君が支えて行かなきゃいけない」
  「…はい、頑張ります」

   バタン

   医者の最後の言葉が重くのしかかる。
   俺が… 名雪を支えていかなきゃいけない。
   今の俺にそれができるのだろうか…?
   ………………
   いや、やるんだ。
   俺以外にできる奴はいない。
   そして、俺自身… 名雪が傍にいることで心が安らいでいた。
   そうだ、簡単な事なんだよ。
   今までと同じように暮らせばいいじゃないか。
   秋子さんがいたあの頃の様に…




   家に着いた。
   ガチャッ
   ドアを開けて、玄関に入る。
  「………………」
   しんと静まり返った廊下はただ寂しくて、冷たかった。
   これからしばらくは一人でここにいる事になる。
   寂しさで胸が締め付けられそうになる。
  「ただいま…」
   つぶやいた言葉は冷たい空気に吸い込まれ、そのまま消えてしまった。
   晩飯は食う気がしなかった。
   疲れた体をベッドに投げ出した。
   そのままぼんやりと暗い天井を眺める。
  「………………」
   静まり返った部屋は俺の呼吸しか聞こえない。
   この家には俺以外誰もいない。
   広い家に一人きり…
   名雪を守れないでこうしている俺がいる…
   真っ暗な部屋の中で目を閉じる。
   思い出していく。
   昨日の事を思い出していく。

   視界を覆うぐらいの白。

   むせ返るような精液の臭い。

   壊れた瞳。

   名雪の声。

   名雪の肌。

   名雪の唇。

   名雪の…

   ………………
   涙が溢れてきた。
   名雪のした事にじゃない、名雪を守れなかった事にだ。


   …どうしてこんなことになってしまったのだろう?
   …どこで間違ってしまったのだろう?
   …何度問いかけても答えは出ない。
   …誰が悪くて、誰に責任があるのだろう?
   …何かが壊れ始めた。
   …歯車が狂い始めた。
   …間違った方向に道が進み始めてしまった。
   …俺たちの行き着く先はどこなんだろうか?
   …今いる場所はどこなんだろうか?
   …それはまるで、


   終わりのない迷宮のようだ…
  

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