「…彼女がいましている事はある意味最悪の行為」
   彼女の言葉がぐさりと胸に刺さる。
   逃げることがすべて悪い事ではない。
   自分も一度逃げようとした時期はある。
   でも、だからこそ頑張って欲しい。
  「…あなたが力を貸す事はできない。ただこうして見守るだけ」
   それはすごく辛い。
   今すぐ行って助けてたい。
   でも、自分にはそれが許されない…
   この体はもう存在しない体なのだから…
  「彼女はこのまま道を誤ってしまうかもしれないけど…」
   冷たくて、それでいて突き放すような声。
   でも、それはどこか優しさを含んでいた。
   その優しさを、私は知っていた。
  「それでも彼女の事を… まだ見守るの?」
   …もちろんだ。
   見ているしかできないのなら、せめて時間が許す限りこうして見守っていよう。
   それしかできないのだから…
  











   放課後、いつものメンバーで帰ろうとしていたときだった。
   廊下に人だかりができていて、なにやら騒がしかった。
  「ん? 人だかりができてるな」
  「何かしら…?」
   見ると、女教師が転んでケガをしているみたいだった。
   しかも運悪く、化学の授業に使うガラス製の実験用具を持っていたらしく、割れた破片で切ってしまったらしい。
   辺りには血が落ち、駆けつけた保険医が手当てをしている。
   まるで、あの日の事件のようだった。
   割れたガラスと一面に飛び散った血の跡。
  「っ!」
   途端に吐き気と息苦しさを感じた。
  「ぐっ…」
   こんな事で… こんな事ぐらいで… 挫けていられないんだ…!
  「ぁ… ぁぁ…」
   名雪の声が聞こえた。
   ああ、そうだ。
   俺でさえこうなったんだから、名雪が無事なわけがない。
  「名雪、大丈夫か?」
   気分の悪さを押し殺し、必死の思いで声を絞り出した。
  「ぃゃ …っ!?」
   自分を抱き、その場にうずくまる名雪。
   微かに震え、目は見開かれていた。
   俺より症状は重いのか…っ!
  「名雪、しっかりしろ! 大丈夫だから!」
   気力を振り絞って叫ぶ。
  「…たい」
  「ん? どうした…?」
  「…忘れたいよ。思い出したくない… もう嫌ぁ…」
   名雪は大粒の涙を溜め、俺にしがみついてくる。
  「忘れさせてよ… 全部白くして…」
  「…名雪?」
  「………………」
   一瞬、何を言ってるのかわからなかった。
   それはどういう意味を含んでいる言葉だったのだろう。
   名雪の心を分かってやれない自分が嫌になった。
   それから俺たちは保健室に寄って、少し休んでから帰った。
   思いのほか、名雪が早めに回復してくれたのは幸いだった。
  



   夕飯はとてもじゃないが食べる気にはなれなかった。
   名雪も同じようで、二人でそのまま風呂に入って寝ることにした。
   布団にもぐり、暗い天井を見上げて思った。
   …放課後の一件で、少なからずとも名雪の心に影響があっただろう。
   それは歓迎すべき内容じゃない。
   どうなるかはわからない。
   ただ、ここ最近の乱れようと何か関係がありそうな気がする。
   つい先ほど、セックスを済ませたばかりだ。
   名雪が激しく求めて、自ら積極的に動いてきた。
   そのせいか、名雪はすでに疲れて眠っている。
   俺もかなり疲れている。このまま目を閉じれば眠れるだろう。
  



   眠気は自然と…
   そして、俺は信じられないものを見た。
  「えっ…」
   涙を流しながら、俺の体を求めてきている名雪を…
   眠気なんてすぐになくなってしまった。
   俺の体は与えられる快楽で、ただ本能のままに動いていた。
   ………………


   …それから、俺たちは昼夜場所問わずするようになっていた。
   学校では空き教室やトイレなど人目の付かないところで。
   家では本当に何処でもしてしまう。
   さらに、外でしようと誘われたこともあった。
   肌を重ねるたび、名雪は乱れた。
   まるで、全てから逃げるように。
   記憶を雪のような白で染めるように。
   家でする時は、最後は名雪に浴びせる。
   絶頂を迎えるたび、名雪が白く染まる。
   むせ返るような匂いの中で、名雪は微笑んでいた。
   ただ、嬉しそうに。
   微笑を絶やさなかった。
  

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