「では、今日はここまで。きちんと予習復習をするように」
日直の号令で全員が立ち、礼をする。
教師が教室を出て行ったところでチャイムが鳴った。
「今日も一日ご苦労さん〜」
椅子に座ったまま背伸びをした。
溜まった疲れが少し抜けたような気分だ。
「にゅ…チャイム鳴ってる?」
いつもの通り名雪は睡魔に屈してしまったようだ。
「本当、こういう所は変わらないのね」
「もうすぐ春だからもっと凄くなるかもな」
笑顔でひどい事を言う。
でも、その言葉には棘は含まれていなかった。
いつもの4人で交わされる、いつものふざけ合い。
「ひどいよ〜」
そして、いつものように頬を膨らませむくれる名雪。
なんでもない、普通の光景が何より嬉しい。
「さて、帰るとしますか」
「あ、途中で商店街に寄っていいかな?」
「ああ、買い物しなきゃいけないんだっけ」
最近まともに買い物していなかったせいで冷蔵庫の中はかなりスカスカだった。
昨日俺が買ってきた分だけではちょっと厳しいらしい。
「あたしたちはまっすぐ帰るわ」
「商店街に行くとつい金使っちまうんだよな」
「それは北川君だけよ」
北川はぐぁぁと呻きながら両手と膝を地面に着いた。
身に覚えのある事があり過ぎるらしい。
「それじゃあ、また明日な」
「じゃあね〜」
「ええ、荷物持ち頑張って」
香里の言葉に軽く手を振って答えた。
買い物はほとんど名雪主導だった。
俺の仕事といえば、カートを押したり荷物を持ったりぐらいだ。
素人の俺とは違い名雪の手際のよさは見事なものだと思う。
買い込む量は倍なのに、昨日俺一人で買い物したときと同じぐらいの時間しか掛かってない。
この辺りも少しずつ慣れていくんだろうか…
そんなことを考えているうちに、あとは会計を済ませるだけになっていた。
レジで会計を済ませ、ビニール袋に買ったものを詰め込んでいく。
この辺りも本当に名雪は手際がいい。
入れるものの順番までしっかりと考えながらやっているのだから、本当に凄いと思う。
「終わったよ〜」
「おう。それじゃあ帰るとするか」
自動ドアを抜けて、冷たい風が吹き抜ける外に出た。
買い物は済んだ。
あとは帰るだけなんだが…
「イチゴ〜」
さっきから名雪が百花屋の前から動こうとしない。
大荷物もあるし、さっさと帰るだろうと思っていたが甘かったようだ。
「荷物もあるし、一杯だけだぞ」
「うんっ! 早く早く〜」
途端に元気になる。
熟練した主婦のような手際のよさを見せ付けられてからこういう子どもっぽい一面を見せられるとどうにも困る。
まぁ、これが名雪らしさなんだな。
ドアを開けると上のほうについたベルが鳴る。
店内は人もまばらで、落ち着いた雰囲気だった。
窓際の席に座り、俺はコーヒーを、名雪はイチゴサンデーを頼んだ。
程なく注文したコーヒーとイチゴサンデーが届いた。
「それにしても、よくそんな甘ったるいもの食べられるよな…」
嬉しそうにイチゴサンデーを食べる名雪を見て、ついボヤキが出る。
「男の人って甘いもの苦手な人多いからね」
「まぁな。親父も甘いもの苦手だし」
コーヒーを飲んでいると、ふと視線が斜め手前に行った。
「…名雪、あれを見ろ」
「えっ、なにかあるの?」
斜め手前の席に数人の男がいた。
体育会系で筋骨隆々な男たちが食べているのは血糖値が2〜3倍になりそうなパフェやらプリンアラモード。
あそこまで行くと異質を通り越して、当たり前にあるような事と勘違いしてしまいそうだった。
それでもって、話していることといえば運動系の部活っぽいような内容のもの。
その姿は異常の一言では片付けられない何かがあった。
「…まぁ、特異な人もいるって事か?」
「そうだね…」
二人でその不思議な光景をしばらく見つめていた。
名雪も俺も注文したものは全て片付けていた。
すぐに出てもよかったんだが、最近学校で起きた事とかを話しだすとなかなか会話が止まらなかった。
そして、気がつけば外は薄暗くなっていた。
時計を見ると、一時間近く居た計算になる。
さすがにそろそろ帰らなきゃな。
「じゃ、そろそろ帰るか?」
「うん」
会計を済ませ、外に出た。
途端に冷たい風が体に吹き付ける。
「こりゃあ早く帰った方がよさそうだ」
「うん。ちょっと冷えるしね」
名雪にとってはこの寒さでもちょっとなんだよなぁ…
沈む夕日に急かされるように、二人で家へと走り出した。
家に着く頃にはすでに日もほとんど沈んでいた。
周りの家はすでに明かりが灯っている。
ポケットから鍵を出し、鍵を開けてドアを開けた。
ドアの向こうには薄暗い玄関があった。
そして、その向こうには薄暗い廊下が続いていた。
二人一緒に玄関に入って、ドアを閉めた。
「ただいま」
「ただいま」
………………
返事はない。
二人分の"ただいま"が、寂しく廊下に響くだけだった。
「………………」
「………………」
沈黙が支配する世界。
心が寂しさで埋められていく感覚。
このままじゃいけない…
寂しさに負けちゃ… いけない。
「…そういや、腹減ったな」
「え… う、うん」
ぽつりと呟いた言葉に反応する。
「…たまには名雪の作った飯が食いたいな」
これは本心だ。
少しずつ、きっかけを掴んでいけばきっとうまくいく。
だから、いつもより素直になろう。
「あ… うん! まかせて!」
名雪の顔に笑顔が戻る。
そう、この笑顔。
俺が見たかったのはこの笑顔だ。
そのまま台所に向かおうとする名雪を引き止め、着替えるように言った。
個人的には制服にエプロンというのも悪くはないんだが、汚してしまっては洒落にならない。
…むしろ不謹慎だ、俺。
包丁とまな板が出す小気味いい音がダイニングに響く。
俺はその間、新聞を読んで待つ。
名雪を手伝おうとも思ったのだが、いつものようにやんわりと断られてしまった。
なんかこういう光景って…
「新婚さんみたいだね〜」
「ぶっ!?」
飲みかけていたお茶を吹き出す。
「あ、あのなっ!」
「どうしたの? 祐一」
にこにこと笑顔。
やはりこの笑顔には勝てない…
「…料理頑張ってくれ」
「は〜い」
なんか楽しそうに料理してるし…
…もしかしたら秋子さんと名雪の親父さんもこういう感じだったのか?
少しだけ想像してみる…
………………
「ぐぁぁ…」
あまりにベタベタな内容に頭を抱える。
「そのうち俺もあんな事やそんな事をやるのか…?」
かなりイヤ過ぎる。
でも色々試してみたいという気持ちもある。
エプロン姿の名雪を後ろから… とか、むしろ裸エプロンで…
「あ、祐一。ちょっと…」
「うぉぉぉ!! 男の夢! 裸エプロンがすぐそばに!!」
「………」
「…失敬」
本当に申し訳なくなった。
風呂から上がって、タオルで頭を拭きながらソファーに座った。
「いい湯だったな〜っと」
テレビの電源を入れて、適当にチャンネルを回す。
数回変えていると、昔見た映画をやっていたのでそこで止めた。
「こりゃまた懐かしいものをやってるな」
その映画は主人公とヒロインがサイボーグと戦うアクション物だ。
結構古いやつなのに、こうして今見ても新鮮さがあった。
展開からすると中盤辺りだと思う。
そういや、このシーンの後で…
「あ、この映画…」
名雪がちょうど風呂から出て、リビングに入ってきた。
その瞬間、場面が変わる。
主人公とヒロインが求め合う場面。
所々表現を曖昧にしながらも、見ていれば何をしているのかははっきりと分かる… そんな場面だった。
「………………」
顔を赤くする名雪。
太ももを擦り合わせ、何かに耐えてるような…
昨日二人でした記憶が蘇ってきているのだろうか…?
そんな名雪を見て、俺もドキドキしていた。
「はぁっ、はぁっ…」
顔に赤みが増し、息が荒くなる。
無意識のうちに名雪は自分の手で下腹部を擦り始めていた。
もう場面は切り替わっているが、名雪の顔から火照りが取れることはなかった。
俺も名雪も、もうテレビを見てはいなかった。
俺は名雪に近づき、押し倒すようにキスをした。
「んっ…」
テレビの音がやけに遠くから聞こえるような感じがした。
今日も昨日と同じように、名雪を抱いた。
絆を求めるように、激しく…
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