「………………」
…これが、全てなのか?
全て思い出したと思っていたけど、あれが全てじゃなかったんだ。
俺は、自分の目で確かめたんだ。
あゆはもう目を覚まさない。
だから、俺はその記憶を閉じ込めた。
自分の心を守るため。
幼くて、すぐに折れてしまいそうな心を守るため…
「…思い出してくれたんだね」
「…ああ、全部思い出した」
目の前にあゆがいた。
7年前の姿のあゆがいた。
「久しぶり… だね」
「そうだな」
空に雲は無かった。
青い空にいくつもの星と、少し欠けた月が昇っていた。
あゆは切り株に腰掛けている。
俺は、あゆの座っている隣に立っている。
しばらく言葉を紡ぐ事を躊躇っていたあゆは、意を決したように口を開いた。
「まずは何から話したらいいかな…?」
「そうだな…」
まず知りたい事は、あゆの安否だった。
まだ目が覚めないままなのか、もう目が覚めているのか、それとも…
「あゆは… まだ眠ったままなのか?」
「…うん、まだボクは眠ったままだよ」
眠ったまま…
良くも悪くもなっていないという事か…
「それじゃあ、今いるあゆや1ヶ月前に会っていたあゆは一体なんなんだ?」
「簡単にいうと生霊だよ。難しく言うと、実体のある精神体なんだって」
よく、霊を見たりする人がいるというのは聞いた事がある。
ただ、そのほとんどが半信半疑だった。
しかし、こうして本人から言われると信じてしまう。
「今はもう力がほとんど残っていないから、この体を作るのが精一杯だったよ」
「そうか…」
7年間ずっと待っていた少女。
停止した時間に生きて、朝を待ちつづけた少女…
何を言っていいのか分からなくなった。
ただ、一言。
その言葉を言うだけが精一杯だった。
「…ごめん、何もできなくて」
「ううん、祐一君は悪くないよ。危ないって言われたのに上ったボクが悪かっただけだから…」
「…でも、ごめん」
「…うん」
それから、俺たちは無言でしばらく見つめあっていた。
言葉をかけるのを躊躇ってしまう。
沈黙を破ったのはあゆの方からだった。
「祐一君は今は名雪さんが好きなのかな?」
「そうだ」
「そうなんだ… 名雪さん、素敵な人だよね」
「ああ」
名雪は本当にすばらしい女性だと思う。今なら名雪が救われるなら俺がどうなってもいいと思えるぐらいだ。
「名雪さんは7年前… ううん、もっと前から祐一君の事が好きなんだよ?」
「………………」
名雪の気持ち。
ずっと想い続けた気持ち。
結ばれる前に、それは全て名雪から聞いていた。
俺は一時、その思いを踏みにじる事をしてしまった。
あゆの事があったとはいえ、俺は…
「…祐一君」
「分かっている。後悔はするもんじゃない。けど…」
今日の名雪の行動。
それは、俺にも原因があった。
俺がもっとしっかりしていれば…
気持ちをもっと行動に移せていれば…
「祐一君、目を閉じてくれるかな?」
あゆが俺の額にてのひらを当てる。
「何をするんだ?」
「ちょっとしたおまじないだよ」
あゆが微笑む。
「仕方が無いな…」
目をゆっくりと閉じる。
同時に、俺とは別の思考が頭の中に流れ込んでくる。
それは強引にこじ開けるようなものではなく、自然と聞こえてくるように意識に溶け込んできた。
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