………………
   …ここはどこだろう?
   暗い…
   それに、わずかに薬の匂いがする。
   保健室… でもない。
   寝る前に何をしていたんだっけ…?
   ………………
   たしか、名雪の見舞いに来てそれから…
   ………………
   そうだ、ここは病院だ。
   俺はずっと病室にいて…
   名雪はまだ目を覚まさなくて…
  「名雪っ!?」
   ぼやけていた意識が一気に鮮明になった。
   視界を埋め尽くす赤はもうない。
  「はぁ、はぁ…」
   苦しくて呼吸がまともにできない。
   目の前で大切な人を失った。
   そんな感覚をまた味わってしまった。
   でも…
   今回は、何かが変わった。
  「………………」
   名雪は目の前で、規則正しい呼吸をしている。
   ベッドの上で、深い眠りについている。
   一週間前にあんな事があったのに、いつものように幸せそうな笑顔。
   名雪は、生きている。
   俺の前から離れたりはしていない。
   失ってばかりだった俺。
   それが、今変わろうとしている。
  「はははっ…」
   思わず笑みを漏らしてしまう。
   あの時は取り乱してしまうぐらいだったのに、今はすごく冷静でいられる。
   名雪がそばにいる。
   それだけですごく安心する。
  「…俺ってすごく弱いんだな」
   大切な事を教えてくれた大切な人に語りかけるようにつぶやく。
   あゆは… 今はどこにいるのだろう?
   どんな形でも、もう一度会いたい。
   会って、きちんとお礼をしたい。
  「あゆは強いよ」
   自然と、言葉が出た。


  「ん…」
   名雪が小さく声を漏らす。
  「あ…」
   名雪は目を擦りながら起き上がろうとしていた。
  「名雪、ダメだ」
  「にゅ…?」
   名雪はまだ覚めきっていない目で俺を見つめている。
  「傷が塞がるまではあまり動かない方がいいって」
  「傷…?」
   名雪が不思議そうにする。
   そして、思い出したようにはっとする。
  「わたし… 何ともなかったの?」
  「命には別状ないって。ただ、結構深いみたいだ…」
   幸い、傷跡はそんなに目立たないらしい。
   だが、完全に消すことは難しい。
   一生残ることになるかもしれない傷跡。
   でも、それよりも名雪が生きていてくれたことが何より嬉しい。
  「名雪は、こうして生きているんだよな」
  「うん…」
  「正直、すごく落ち込んだんだぞ?」
  「にゅ… ごめんね」
  「…いや、謝るのは俺のほうだ」
   俺を庇って傷を負ったんだ。
   男の俺ならともかく、女の子が体に消えない傷を残すのは酷な事だ。
  「わたしは平気だよ」
  「そうはいってもな…」
  「祐一を守れた事が一番だから… それに、こうして祐一にまた会えたから。すごく幸せだよ」
   名雪の笑顔はまぶしい位だった。
   見ているこっちが恥ずかしくなるような笑顔。
   自信にあふれた笑顔。
  「名雪…」
   その笑顔に、自然と涙があふれてきた。
  「祐一、ちょっと起きたいな…」
  「ああ、ちょっと待って」
   肩と腰を掴んで、体をゆっくりと起こした。
  「痛かったら言ってくれ」
  「うん」
   できるだけゆっくりと体を起こしていった。
  「これで… よし、と」
  「痛っ」
  「あっ、ゴメン! 大丈夫か…?」
  「うん、平気…」
   平気だと思わせたいんだろう。
   名雪はがんばって笑顔を作っている。
   そんな名雪がすごく愛しくて…
   抱きしめようとした。
  「………………」
   いや、それはマズイ。
   下手に刺激を与えて傷口が広がってしまったら大変だ。
   ここは押さえるんだ…っ
  「ふぅ…」
   なんとか自分の欲望を押さえつける事ができた。
  「そういえば… あれからどれぐらいたったの?」
   そうだ、名雪は何も聞かされていなかったんだよな…
  「ちょうど一週間ぐらいだと思う」
  「え…」
   そんなに時間がたっていたなんて、名雪自身驚くだろう。




   名雪はあれからすぐに手術を受けた。
   病院以外の場所でこんなケガを負ったら助かっていたかどうかなんて言われるほど傷は深かった。
   幸い、狭く深い傷だったため傷跡はそんなに目立たないと言われた。
   だが、出血量と内臓を損傷しているせいで最初の1日目は絶対安静だった。
   それでも、このまま回復していけば後遺症の心配もないと言われたときには一気に力が抜けた。
   あの男はあれからすぐに逮捕された。
   詳しい話を聞いていないのでよく分からないが、分裂症に近い症状になっていると聞いた。
   責任能力を問えるかとかいう話もあったが… 気にしたくはなかった。
   名雪のそばにいてやれる。
   大切な人を失わなくてすむ。
   それが何よりも大切で、心が満たされた。
   それから、俺は病院で寝泊りするようになった。
   起きている時は名雪のそばにいて、できるだけ睡眠時間を削る。
   本当ならできない事だが、近藤先生の好意で許してくれた。
  「目覚めた時は愛しの人はそばにいるものだよ」
   近藤先生が許可を出すきめ台詞がそれだった。


  「…ごめんね、心配かけちゃったね」
  「いや、謝るのは俺だ。本当なら俺が受ける傷だったのに…」
  「ううん、いいの。この傷は祐一を守ったって証だから…」
  「それでも… ゴメン」
   やっぱり、謝りたかった。
  「それじゃあ… キス… して」
   名雪の目が潤んでいる。
   狂気に快楽を求めている時の目じゃない。
   純粋に、俺を求めている目。
  「名雪…」
   名雪の頬に手を添え、俺はそのままキスをした。
   唇と唇が触れ合う。
   ただそれだけのキス。
   気持ちと気持ちを交換するキス。
   唇が離れる。
  「はぁっ…」
   ぼーっとした顔で俺を見つめている。
   その顔があまりに可愛くて、直視できなかった。
   はっきり言って溜まっている。
   今下手に刺激されたら押し倒してしまいそうだ。
   だが、それと同時にある欲が働き始めていた。
   そういえば… ここ最近…
  「うっ…」
   足元がふらつく。
  「祐一?」
   ダメだ… こんなときに限界が来るなんて…
   そのまま俺は崩れるようにベッドに倒れた。


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