「…だよ〜」
「…こう行くよ〜」
ん… 朝か?
薄く瞼を開ける。
真っ白い光に一瞬目が眩んだ。
「朝〜 朝だよ〜」
「朝ご飯食べて学校行くよ〜」
枕元から名雪の声が聞こえる。
名雪はもう起きてるのか?
まだ寝たりないと訴える体を奮い立たせてゆっくりと体を起こした。
「朝〜 朝だよ〜」
「…そういえばこれ使うのって久しぶりだったな」
念のためにセットしておいたんだっけ。
すっかり忘れてしまっていた。
名雪は… まだ寝てる。
起きていてくれると助かるのだが、寝ている名雪を起こすのも楽しいからいいだろう。
「名雪、朝だぞ」
軽く体を揺さぶる。
「んにゅ…」
…やっぱり治ってないか。
昨日寝た時間も結構遅かったからなぁ…
「おーい、起きないと遅刻するぞ?」
もう一度体を揺さぶってみる。
「くー…」
やはり起きない。
「そうか… 起きないか…」
悟られないように、そっと肩を掴んでいた手を胸の方へと持っていく。
そのまま一気に揉む!
大胆にかつ繊細に!
むにゅっ
まずは浅く一揉み。
むにゅむにゅ
そして両手を使って大胆に揉みあげる。
くりくりくり
とどめに親指で乳首を刺激する。
さぁ、どうだ! これだけすれば起きるだろう!
「くー…」
「………………」
これでも起きないとは…
ちょっぴりショックだった。
俺のテクじゃ起きてくれないんだな…
「はぁ… 仕方が無い」
ベッドから降り、部屋中の窓を全開にする。
そして、名雪から布団を奪い去る。
「くー…」
さすがにここまですれば起きるだろ。
新聞読みながら様子でも見るか。
寝ている名雪を置いて部屋を後にした。
開いた窓から吹き付ける風がすごく寒かった。
「くしゅん!」
盛大なくしゃみがリビングに響き渡る。
「…すまん」
「うー… ひどいよ」
あのあと、10分ほど過ぎても起きてこないのでさすがに心配になった。
恐る恐る名雪の様子を見に行ったんだが…
「くしゅん!」
「くー…」
名雪は寝ていた。
寒いのか体を縮こまらせて丸くなっていたけど、いつも通り気持ちよさそうに寝ていた。
「くしゅん!」
「くー…」
「………………」
「くしゃみをしながら寝るなんて器用だな…」
「うー…」
おかげで今日の朝食は俺が作ることになった。
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
昨日寝る前に名雪が突然、学校に行くと言った。
もちろん驚いたけど、正直嬉しかった。
それは、名雪が前に向かおうとした気持ちの一つなんだと思った。
これで益々頑張れそうだ。
一人ではいつか折れてしまうんじゃないかってずっと心配していた。
でも、名雪と一緒なら… 大丈夫だ。
「うん、大丈夫だよ。わたしも頑張りたいよ。それに… 祐一だけが行ったらわたし一人になっちゃうから」
「名雪…」
いままで一人にさせていた事が本当に申し訳なくなる。
ごめんな、名雪…
その分二人でいっぱい頑張ろうな。
「あ、それより香里たちは?」
「えーと、もう少しで来るはずだけど…」
「あ、それじゃあわたし着替えてくるね」
名雪はうれしそうに小走りでダイニングを出て行った。
ピーンポーン
階段を上がる音が聞こえてきたのと同時に玄関からチャイムの電子音が鳴り響いた。
時間に余裕があったので、コーヒーを入れた。
コーヒーの香りがいつもよりもいいものに感じた。
気持ち次第で感覚って変わるものなんだな…
「たまにはこういうのもいいわね」
「ああ。慌しい朝はできるだけ勘弁して欲しいな」
もっとも、俺と名雪の朝は慌しいもののほうが多いんだが。
「あれ、北川は?」
いつもなら一緒にいるはずの北川の姿が見えない。
「起きないから置いて来たわ…」
「1時間目には間に合うといいな…」
遅刻にうるさい先生が最初の授業だと嫌な具合に緊張感がある。
北川、頑張ってくれ。
「あ… それより」
心配そうに俯く香里。
「名雪か?」
「…ええ」
表情がさらに曇りだす。
それも仕方が無いことだよな。
でも、今日は…
「あ、おはよ。香里」
「あら、おはよう… って、名雪…」
笑顔で挨拶した香里の表情が緊張でこわばる。
突然制服姿で出てきたのだから仕方が無いだろう。
「わたし、少しずつでもがんばろうと思って… このままじゃあ祐一にも香里たちにも心配かけちゃうから…」
「…そう」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに香里は微笑んだ。
俺と同じぐらいに名雪の事を心配してくれていたんだな…
香里には本当に感謝してもし尽くせない。
その強さはどこから来るんだろうか…
香里の強さが羨ましかった。
「それじゃ、そろそろ行くか?」
「ええ」
「ふぁいと、だよ」
三者三様、気合を入れなおして家を出た。
外に出た途端、冷たい風が吹き付ける。
「もうすぐ春だってのに…」
この寒さだけはどうしても慣れそうにない。
毎年寒い寒いって言いそうだ。
「いつもはこの時期が一番寒いよ」
「ぐあ…」
もうすぐ春じゃないのか…?
この先まだまだ寒いのかと思うと気が滅入る。
「それなら少し走る?」
「走ったら多少は暖かくなりそうだな」
そういう点では賛成だ。
「でも、たまには歩いて行きたい気分だ」
「それもそうね」
二人で名雪をちらりと見る。
「うー… どうしてわたしを見るの〜?」
「深い意味はないわよ」
「さーて、今日も一日がんばるぞ〜」
「うー…」
拗ねる名雪をなだめながら、学校への道を歩いていった。
いつも通っている道なのに、今日はとても新鮮なものに感じた。
学校に着いた。
時間はかなり余裕がある。
「………………」
名雪はやはりどこか不安が残っているのか、じっと校舎を見つめている。
「大丈夫だ。みんな待ってるぞ」
「ほら、頑張らないと」
「…うん、そうだね」
名雪の顔に笑顔が戻る。
その笑顔を見るのがとても嬉しくて、幸せだった。
教室に繋がる引き戸を開ける。
「あ… 水瀬さんだ」
クラスメイトの一人が名雪に気付いた。
「水瀬さん… その… もう大丈夫なの?」
皆、どこか不安そうな顔で俺たちを見つめている。
「………………」
香里もこの視線に気付いているみたいだ。
名雪は…
笑顔だった。
この視線に気付いているはずだ。
その上で笑顔を向けている。
「えーと… これから頑張るつもりだよ。だから、今日は学校に来たの。えーと…『ただいま』でいいのかな?」
今までと変わらない名雪にクラスメイトが笑みを漏らす。
「…よかった」
「…ええ」
名雪の中に、頑張ろうという力が生まれたんだと思った。
もう、大丈夫なんだという安心感とちょっとだけ寂しさが胸を交差した。
最初にあった不安な空気はすでに消えていた。
今はクラスのみんなが名雪を笑顔で迎えている。
よかった。
本当によかった。
ここから…始められるんだな。
その後、石橋が来る直前に北川が息を切らせながら駆け込んできた。
最初、名雪を見たときは戸惑ったものの…
「水瀬、オレより早く来てたのか…」
その一言で回りは爆笑に包まれた。
名雪はかなり不服そうだったが。
「………………」
名雪が怒ってる時は決まって無口になる。
舞台は昼時の学食。
喧騒に包まれる平和そうな学食で、今怒りの炎を纏っている少女がいた。
名雪は普段からあまり怒る方ではない。
しかし、いざ怒らせたときの恐ろしさはよく知っている。
こういう所は秋子さんにそっくりだと思う。
「まぁ、確かに名雪の気持ちはわかるけど…」
「でも、それって怒るほどの事なのか?」
「………………」
膨れっ面のままの名雪。
分かる人は分かる、怒りの炎が背中でメラメラと燃えていた。
「なんか、無言の圧力というか…」
「これは相当怒っているわね…」
原因はもう分かっていた。
名雪がいつも頼んでいるAランチ。
デザートにイチゴのムースがついているということで学食では毎回このメニューだ。
しかし… 本日はツイてなかった。
偶然にも、イチゴのムースが切れてしまい、代わりにオレンジのムースがつくことになった。
それで、さっきからこの有様だ。
他人に話したらこんな事ぐらいでと思われそうだが、名雪にとっては重大な問題なのだろう。
「ひどいよ…」
「帰りに百花屋でイチゴのデザートでも頼めばいいだろ?」
「ここのムースお気に入りだったのに…」
「…ここまで行くと病的よね」
「確かに…」
放送委員が曲名を説明し、すぐに曲が流れ始めた。
ピアノ調のやわらかいメロディーが天井近くのスピーカーから流れている。
今日も校内放送は滞りなくやっているようだ。
校内放送は日によって内容が変わる。
今日は最新のJ−POPの日らしい。
聞いたことのある曲が何度か流れていた。
「そういえば、名雪ってあまり音楽聴かないよね?」
「うん。なんか最近の曲って難しいから」
「って言うか今からそんなこと言っててどうする…」
そういう台詞は俺たちの親ぐらいの年齢の人が言うもんだ。
…多分。
「そうだ。今度カラオケでも行くか? この前タダ券貰ったんだよ」
「お、いいなそれ。ここ来てからはまだ一回も行ってなかったし」
「あら、いいわね」
香里の反応に少し驚いた。
「香里ってカラオケ好きなのか?」
「ええ、暇があればよく行ったりするわ」
「それは意外だな」
これは本当に意外だった。
目立つことが嫌いだって言っていた記憶があるが、カラオケは別なんだろうな。
まだまだ香里や北川については知らない事がいっぱいあるんだな。
知り合ってまだ一ヶ月ちょっとしか経っていないことを改めて実感した。
「わたしあまり上手くないよ〜」
名雪は乗り気ではないらしい。
「上手い下手はこの際置いといて。楽しむのが前提なんだから」
「そうそう。俺もそんなにうまい方じゃないし」
「そういうものなのかなぁ…」
そういうものなんだ。
「それより美坂ってどんな曲歌うんだ?」
それは俺も気になる。
よく歌うって言うぐらいなんだから持ち歌の一つや二つはあるだろう。
「いろいろよ。その日の気分に合わせて」
「…って事は」
本日は晴天なり。
春も近づき暖かくなって来た今日この頃。
俺たち4人はカラオケボックスに来ていた。
トップバッターは香里。
「さて、今日もガンガン行くわよ〜」
既に暗記しているのか、本を見ないで数字を入力していく。
どうやら持ち歌を歌うようだ。
やがて、イントロが始まる。
しかし、この曲は… もしかして…
「いえーい!!」
「………」
「………」
「………」
皆、呆然。
こんな香里見たことがない。
それから、香里のショーが始まった…
「あれは マンピーのGスポット!」
(腰をくねらせながら熱唱)
「Gスポット! Gスポット!」
(下腹部に手を這わせ腰を振っている)
「………」
「………」
「………」
「それが マンピーのGスポット! Gスポット! Gスポット!」
「どんな想像してたのかしら?」
「…ゴメンナサイ」
その後、チャイムが鳴って御開きとなった。
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