香里、北川と一緒に朝の通学路を歩く。
少し前までは考えられなかった光景。
少しずつ、こうして前に向かっていくんだな…
新しいことをするのは怖さもあるが、それを超えていかなきゃいけないんだ。
「そういえば…」
あの事はちゃんと言うべきだな。
名雪にも頼まれている事だし。
「香里に話したいことがあったんだ」
「え、どうかしたの?」
…面と向かっていうの恥ずかしいけど、言わないとな。
「昨日のシチュー、美味しかったって名雪が言ってた」
「え…?」
驚いたように目を見開く香里。
「名雪、残さず食べていたよ」
それを聞いた瞬間、さっきまで翳りのあった顔は一気に無くなっていた。
…言ってよかった。
ちょっとした事でもこうして人を幸せにできるんだな…
「やっぱり、秘密の隠し味が効いたのかしら?」
「…それはもういいって」
それから学校に着くまで香里は終止笑顔だった。
久しぶりに来た学校は、少し戸惑うぐらい自然に迎えてくれた。
クラスメイトと話すことも、ごく当たり前の事だった。
すぐそこにある日常。
それがそこにあった。
やがて、授業が始まる。
先生の話していることは一言も耳に入らなかった。
こうして授業を受けている事。
授業が終わって、クラスメイトと話すひと時。
1ヶ月前までは当たり前だった事。
どうして…
どうして何気ない日常が奪われなければいけないのだろう…?
理不尽すぎる現実に苛立ちを感じる。
世界はどうしてこうも残酷なのだろうか…
どうして… 秋子さんは… 死んで…
「相沢君?」
「…っ!?」
香里の声で意識は現実に引き戻された。
「どうしたの…?」
心配そうに俺を見る香里。
また心配かけてしまったな…
「い、いや… なんでもない」
できるだけ平静を装ってそう答えた。
そうすることで少しでも心の負担を軽くしてあげたかった。
「そう… それならいいけど」
香里は納得がいかないようだがそれ以上の詮索はしなかった。
「それより昼はどうするんだ?」
いつのまにか北川は出かける準備を済ませていた。
「え、昼…?」
壁にかかっている時計を見ると、針はすでに昼休みの時間を指していた。
そんな事にも気付かないなんて… よほどボーっとしていたらしい。
ウジウジ悩むのはもう癖になってしまっているんだな…
「俺は知っての通り弁当は持ってきてないぞ」
「そうか。オレと美坂もいつもの通り弁当なしだぞ」
「それじゃあ学食にするか?」
みんなで学食に行く。
これもいつもの光景だった。
「あたしはそれでいいわ」
「オレもいいぞ」
「じゃ、行くか」
ポケットに財布が入っている事を確認して立ち上がった。
おっと、その前に…
「早く行かないと席なくなるぞ、なゆ…」
…言ってから気づいた。
いつもそうしているから自然と言ってしまった。
「………………」
「………………」
「………………」
沈黙が居心地の悪い、嫌な空気を作る。
どうしてうまくいかないんだろうか…
この場にいるはずの欠けた存在。
名雪の存在がすごく大きいものなんだって気づかされた。
「…行きましょう」
「…ああ」
周りは沈んだ俺たちとは無関係に明るい喧騒に包まれていた。
いつか俺たちもこんな喧騒に包まれる日が来るのだろうか…?
もう一度、笑いあえる日は来るのだろうか…?
そんな日が来ることを願うばかりだった。
学食に着いてからは気持ちを切り替えて明るく努めるようにした。
いつまでも沈んでばかりではいけない。
すこしでも楽しい時間を作りたい。
だから、できる事をする。
香里に席を取ってもらって、俺たちは買出しに走った。
思いのほかスムーズに進んで、すぐ席につくことができた。
「いただきます」
喧騒に包まれた食堂に3人の声が重なった
「そういやさ」
「ん?」
きつねうどんを食べながら答える。
北川はカツ丼だった。
「学校のすぐそばにマックがあるのに何で外で食べちゃダメなんだろうな?」
「確かにそうだな…」
やはり学食だけとなると飽きてくる。
いくらメニューが豊富といえど限界はあるのだ。
「非行防止の意味も兼ねているんでしょうね」
「そうか… 生徒会に掛け合っても実現は難しそうだな」
馬鹿らしいの一言で切り捨てられそうな気がする。
「何かいい方法があればいいんだけどな」
「それじゃあ学校に来る前に買っておくとか?」
「それだと飲み物がぬるくなる」
「薄まったコーラは拷問に近いぞ…」
何気なく一口飲んで盛大に逆流させた苦い過去を思い出した。
「でも、外に出たくない日とかあるじゃない?」
「吹雪の日なんかそうだな。まぁ、そういう日は学校にも来たくないんだが」
でも多少は出歩きをOKにしてもらえると助かるよな。
「おっ、いいアイデアが浮かんだぞ」
「どんなアイデアだ?」
「いっその事ここにマックの支店を置く。確実な売り上げになるから一石二鳥だ!」
「おぉっ、ナイスアイデアだな!」
「絶対無理よ…」
久々に意味のない論議をした。
こういう時間ってすごく大切なんだなって改めて分かった気がする。
昼食の後の授業はあっという間に過ぎていた。
授業の内容は頭に入っちゃいない。
ずっと、名雪のことを考えていた。
名雪のために何かできないだろうか…
俺ができることは一体どんなことなんだろうか…
そして気がつけば、既に放課後になってしまっていた。
チャイムが鳴って教師が教室を出るなり教室は喧騒に包まれ始める。
「それじゃあ帰りましょうか」
「ああ、長居は無用だ。帰って一眠りしたい気分だ」
二人とも鞄を持って立ち上がっていた。
俺も鞄を持って席を立った。
「途中まで一緒に帰ったほうがいいかしら?」
香里がこんな提案をするなんて少しびっくりした。
やっぱり気遣ってもらっているんだな…
「いや、いいよ。途中で寄るところもあるし」
名雪にしてやれることを一つ見つけたから、その準備をしたい。
上手くいくかどうかは分からないけど、試してみたい。
「それじゃあ仕方がないわね」
「昼の論議をまた続けたかったんだがな」
まだ続ける気だったのか。
「それじゃあね。車には気をつけて」
「変なおじさんやおばさんについて行っちゃダメだぞ」
「俺はガキかよ…」
3人一緒になって笑った。
それから二人は軽く手を振って教室を後にした。
さて、俺も帰るとするか。
軽い鞄を肩にかけるようにして持った。
教室内の喧騒はまだしばらく続きそうだった。
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