「いきなりゴメンね…」
  「ううん、時間は余ってるぐらいだから大丈夫だよ」
   病室には香里とわたしの二人きりだった。
  「相沢君や北川君にも話したほうがいいのかもしれないけど…」
  「最初に名雪に聞いてもらいたくて」
   香里は聞いてもらいたい事があるからってわたしを待っていた。
   わたしに聞いて欲しい事ってどんな事なんだろう…?
  「名雪には話してなかったと思うけど… あたしね、妹がいたの」
  「え…?」
   そんな事今まで全然知らなかった。
   友達としての付き合いは結構長いけど、今までそのことが話題になった事は一度もない。
   香里の家にはあまり遊びに行かなかったし、遊びに行った時はだいたいお父さんもお母さんもいなかった。
   それに、一つ引っかかる事がある。
  「"いる"じゃなくて"いた"って…」
   まさか… それは…
  「…ええ、想像した通り。もうあの子は死んでしまったわ」
  「………………」


  −何も分からないくせに… 大切な人をなくした事なんて無いのに、知ったかぶりで偽善なんて言わないで!!−


   わたしが言った事…
   それは間違いだった。
   香里も大切な人をなくした事があるんだ…
  「香里… その…」
  「あの時は知らなかったんだもの… 仕方がないわ」
   でも、香里を傷つけてしまった事には変わりはない。
   だから…
  「ごめんね…」
  「………ありがとう」


   それから、香里は妹の栞ちゃんの事を詳しく話してくれた。
   生まれたときから体が弱かった事…
   日に日に弱っていく栞ちゃんを見ているのが辛くて栞ちゃんの事を避けていた事…
   去年、誕生日まで生きられないと言われた事…
   そして…
   栞ちゃんの命日の事…
  「あたし、最低な姉よね…」
  「………………」
   わたしはなんて声をかけたらいいんだろう…
   悪い事をした… それは事実。
   でも、それは本当に悪い事なんだろうか…
   悪い事と決め付ける事ができるのだろうか…
   香里は左腕の袖をめくった。
   そこには比較的新しい傷の跡があった。
  「この腕の傷… 栞が死んだ夜のものなの」
  「………………」
   香里は自分で自分の事を裁こうとしたんだ…
   でも、それは間違っていると思う。
   だって、それじゃあ…
  「…栞ちゃんはきっと香里を許すと思うよ」
  「………………」
   こんなの自分勝手な思い込みだって思われるかもしれない。
   でも、わたしが栞ちゃんの立場だったら…
  「多分、悩んでいる香里を見たら自分のせいだって落ち込むかもしれない。
  自分の体が弱いせいで苦しめているんだ… って。だから…」
   そこまで言って、香里が笑顔になってることに気付いた。
  「本当、どこかで栞と似ているんだから…」
  「え… えっ?」
   香里はポケットから白い封筒を出した。
  「これね、栞が書いた手紙なの」
  「栞ちゃんの…?」
  「時期的に考えると… 栞が死ぬ2〜3日前に書いたみたい
  あの日の夜に栞の部屋で見つけたの。お父さんとお母さんの分も一緒に… ね」
  「………………」
   自分の命が消えてしまう少し前に遺した手紙…
   遺書として扱う手紙だと思う。
  「見てみる?」
  「…うん」
   わたしは香里から封筒を受け取って、中から手紙を出した。
   手紙には小さくて少し癖のある可愛い字が書いてあった。




   お姉ちゃんへ
  
 お姉ちゃんがこの手紙を読んでいるときは… きっと私は死んじゃってると思います。 お姉ちゃんが私の事を避け始めたときは悲しかったけど、仕方がないなって思っちゃいました。 だって、お姉ちゃん… 本当に辛そうにしていました。 お姉ちゃんがそばにいてくれるのは嬉しいけど、悲しい顔を見るのは辛いです。だから、こうなった事は仕方がないなって思ってます。悲しいけど… これ以上迷惑をかけるなんて絶対にいけないから… 我慢していました。

 もうすぐ私はこの世からいなくなっちゃいますけど、私を避けていた事で自分を責めないでください。 お姉ちゃんにもお姉ちゃんの生活があるから… 私の事で苦しむのはもう終わりにしてください。他の人なら許せないけど… お姉ちゃんだから許しちゃいます。 この手紙を見つけるまでどれだけ自分の事を責めているかは分からないです。もし、自分の事を責めていたらもう終わりにして欲しいです。 これからは前を向いて、自分の事だけに一生懸命なお姉ちゃんでいてください。

 何もできない私ですけど… 綺麗に終わらせる事ぐらいはさせてください。 お姉ちゃん。いっぱい迷惑かけちゃってごめんなさい。 そして… いままで、本当にありがとうございます。




   手紙はそこで終わっていた。
  「………………」
   栞ちゃん… 香里の事許していたんだ…
   でも、これじゃあ…
  「どうして… 栞ちゃん一人で抱え込まなきゃいけないの…?」
  「………………」
  「こんなの… 自己犠牲だよ…」
   涙が溢れてきた。
   どうしてかは分からない。
   でも、止められなかった。
   手紙があまりに悲しすぎて…
   込められた想いが痛すぎて…
  「もし、栞が生きていたら思いっきり怒ったと思う。自分の事を大事にしなきゃいけないのは栞も同じなんだ… って。
  こんな言葉残して逝っちゃうなんて… 卑怯よ」
   香里の言葉にすすり泣きが混じり始めていた。
   香里も泣いていた。
   守ることができなかった事をまだ悔やんでいるんだ…
  「…香里は自分の事、許せる?」
  「………多分、一生許せないと思うわ。だから、あたしは罰を背負っていこうと思うの」
   香里は泣きながら… でも、しっかりと意思の篭った目で言った。
  「栞の事を忘れないで、背負うことで罰を受けようと思うの。逃げたりしないで、まっすぐ前を向いて…」
   だから香里はわたしの事であんなに真剣になってくれたんだ…
   わたしの姿に香里自身を映して…
   親友として、わたしを叱ってくれたんだ…
   カーテンの向こうの空を見上げた。
   空は茜色になっていて、遠くの方から少しずつ深い青の空が迫ってきていた。
  「…わたしも、がんばるよ。お母さんの事は一生忘れられないと思うけど… 逃げたらいつまでも前に進めないから…」
   そう、もう顔も名前もあった場所も思い出せないけど…
   わたしはすごく大事な出会いをした。
   その出会いが… わたしに大切な事を気付かせてくれた。
   もう一度会えたら心から感謝したい。
   その人のためにも…
   わたしはがんばろうと思う。
   香里や北川君。
   そして、祐一。
   大切な人と一緒にこれからの道を作っていこうと思う。
   それが…
   わたしにできる事だから…


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