この授業が終われば今日は終わりだ。
何とか眠気と戦ってきたが、それもこの授業が終わるまでの辛抱だ。
そして、明日は土曜日。
授業も半分で終わる上に次の日は休み。
つい気分が浮き足立ってしまう。
とりあえず、今は次の授業を終わらせる事に集中しなければ。
「なぁ、次の授業って猪林の授業だったよな?」
「ええ、そうよ。宿題も出ていたわ」
昨日大急ぎで済ませた甲斐があった。
「猪林先生忘れ物には厳しいからね〜」
「うむ、あのミドルキック… いつ見ても痛そうだ」
あれだけの威力があればその手の試合に出ても問題なさそうだ。
「………………」
さっきから北川が脂汗を流している。
「…参考までに聞くが、忘れたという事はないよな?」
「…問題ナイデスヨ相沢君」
カタコトなのはどうしてなんだろうか…?
「あたしに頼ってもムダよ?」
「そ、そんなっ! 何とかお願いします美坂様ぁ!!」
「………………」
「北川君…」
同じ男として非常に情けなくなってきた。
その後、北川は百花屋でおごりを条件に香里から宿題を借りて写すことに成功した。
なるほど、こうしてツケができていくわけだな…
今日も名雪は部活があるらしい。
もともと毎日行ってたものだから当たり前なのだろうけど、少しだけ不思議な気がした。
部室錬に向かう名雪に手を振ると、玄関へと向かった。
「さて、今日は本屋にでも寄ろうかな…?」
昨日は真っ直ぐ帰ったため、いつも買っている月刊誌が買えなかった。
靴を取ろうとしゃがもうとした時、突然俺を呼ぶ声が聞こえた。
その声の主は大き目のバッグを肩にかけている女の子だった。
「あの、相沢祐一さんですよね…?」
「ああ、何か用?」
「その… 水瀬先輩の事で相談したいことが…」
「名雪の事…?」
一瞬、嫌な予感がした。
どうしてか解らないが、心臓が鷲掴みにされたように疼く。
「…名雪先輩、まだ復帰できないんですか?」
「え? 名雪ならここ数日は部活に出てるんじゃないのか?」
「いいえ、その… あの日から一切顔を出してなくて…」
…ドクン
心臓が一際大きく動く。
「私たち、名雪先輩が心配で…」
そんな… 名雪…
「もしかしたら相沢さんが何か知ってるかと思って…」
…嘘だろ? どうして… こんな…
気がつくと、俺は走っていた。
唖然とする女の子を置いて、先ほど名雪が消えた方向へと走った。
…どうする?
この辺にある教室を一つずつ見ていったら日が暮れてしまう。
…とにかく、陸上部に行ってみよう。
陸上部の部室前。
なれない運動ですっかりと息を切らせ、しばらくドアの前で呼吸を落ち着けた。
そうしていると、ドアが開き、中から数人の女子が出てきた。
「あ、ちょっといいか?」
「はい?」
「名雪… 水瀬名雪は来てる?」
「いいえ、ここの所ずっと来てないです…」
「…そうか」
女子に軽く礼を言うと、次の場所へと走った。
…次の場所って何なんだ?
わからないけど、走るしかない。
ただがむしゃらに学校を走った。
そして、気がつくと俺は旧校舎に辿りついていた。
…旧校舎。
普段はほとんど使わない場所で、ここにある教室はそのほとんどが空き教室になっている。
暖房の効きが悪いせいか、少し肌寒く感じられる。
荒くなった呼吸を鎮めるため、少し歩くことにした。
歩きながら一つ一つ教室を探していく。
新校舎は一通り探し回った。
残っているのは旧校舎だけだが…
ここまでくると、名雪がどこにいるのかまるで分からなくなっていた。
名雪は何をするために嘘をついてまで学校に残っていたのだろうか…?
何を… するため…
別れ際の、抱いているときの名雪の顔。
名雪の体からした、精液の匂い。
…バカらしい。
俺が名雪を信じなければいけないんだ。
だから早く名雪に会いたい。
会って、確かめたい…
そして、この階に残っているのはすぐ手前の教室だけになっていた。
下の階は科学実験室など特殊教室がメインだ。
ここにいないとなると、もう帰ったのかもしれない。
扉に手をかけようと近づくと、少しほかの教室と雰囲気が違っていた。
扉の窓には黒っぽい紙が貼ってあって、中からは人の声が聞こえる。
一人や二人じゃない、数人だ。
そして、僅かに感じる不快な臭い…
それは汗と、愛液と、精液の…
ドクン
シンゾウが オオきく なっタ。
ミチャイケナイ
コノドアを アケテは イケナイ
コノサキにハ
ゼツボウしか ナイから
嫌な予感を振り払うように勢いよくドアを開け放った。
むせ返るような臭いがした。
精液、愛液、唾液… それら全てが混ざった独特な臭い。
勉強をするはずの教室で、そんな臭いが立ち込めていた。
そして、そこに名雪はいた。
全身を精液で染め、濁ったガラスのような瞳でどこともない空間を見つめ、狂人のようになっていた。
「な… ゆき?」
世界が凍り付いていた。
「はぁっ、はぁっ、ふとぉい… あついよぉ…」
俺を取り巻く全ての空気が急に温度を下げた。
「だめっ、またわたしいっちゃう… んあっ!? 」
俺の目の前で…
「やぁっ、かんじるよぉ! お腹の中にいっぱい… いっぱい…」
俺が愛した人は…
「んふっ、くはぁっ… お尻もアソコもおっぱいも気持ちいいのぉ… いじって…! いっぱいいじって…!」
白く穢れながら壊れていた…
「名雪っ!」
おもわずその場で叫んでしまった。
「あふんっ… ふぇ…っ?」
「お前、何やってるんだよ!? どうして… こんな…」
信じられない光景だった。
名雪は数人の男に貫かれ、快感を貪っていた。
全身精液まみれで、繋がっている部分からもドロドロと白く濁った液体が流れ出していた。
その間にも、口でされている男から吐き出された精液が名雪の口内を、顔を、全身を汚していった。
名雪はそれらを本当に嬉しそうに浴び、飲み干している。
どういう経緯でこうなったのかは解らない。
ただ、予想できるのは一つしかない。
名雪が何かしらの弱みを握られて…
「あ… 祐一だぁ… 祐一もいっしょにしよ? もうじゅんびはだいじょうぶだよ」
「………………」
名雪をここまで壊した奴らが許せなかった。
「あ、あんた。お、お姫様がお待ちかねだぞ?」
太った男が荒い息のまま俺に話しかけてきた。
滑舌が悪くて聞き取りにくい部分があった。
「で、でも俺のもお、おいしそうに舐めてくれるんだよな。ずっと憧れていた名雪ちゃんにしてもらってるんだぁ」
いちいち癪に障るしゃべり方だ。
こんな奴といつまでも話していたくない。
「で、でもあんなになって喜んでいるなんて… な、名雪ちゃんはい、淫乱なんだなぁ。ぼ、僕はそんな名雪ちゃんも好きなんだぁ」
刹那、俺の中の何かが壊れた。
「テメェ…」
「ん? どうした…」
バキッ!
「ぶべっ!?」
近くにいた豚野郎の顔面に拳を喰らわせる。
「ぴぎっ!? ば、ばながぁー!! いっ、いだいっ!!」
殴られた男は鼻を押さえ、悶え狂った。
「テメェ! 何してんだ!?」
男の一人が俺を睨んで近寄ってきた。
もう一人の男も俺を睨みつけている。
「それはこっちのセリフだな… 人の女こうまでしやがって… タダじゃ済まないぞ?」
「上等だテメェ、表出ろ!」
ギリギリと奥歯を噛む。
血が滲みそうなぐらい拳を握り締める。
どうなっても構わない。
今はただここにいる奴らを…っ!
「止めろ」
「村田?」
「何だ…?」
奥から来たのは短髪で、髪を金に染めた男だった。
耳には数個のピアスを刺してある。
男は苦虫を噛み潰したような顔で気まずそうにしている。
何かを言う事をためらっているようにも見える。
「…相沢、だったよな?」
「ああ…」
男は派手な外見に不釣合いなぐらい気まずそうにしている。
それほど言いにくい事なんだろう。
やがて、男は口を開いた。
「…相沢、水瀬は自分から俺たちを誘ったんだ」
「なっ…!?」
男の言った事。
それはあまりにありえなくて、すべての責任から逃れようとする言葉…
そんな事はありえない。
だから、瞬間的に怒りが限界を振り切れた。
「ぐっ!?」
男の襟首を掴んでギリギリと締め付けた。
「ふざけるな! どうして名雪がそんな事を…!」
「本当だよ」
「え…?」
名雪の声で、振り向く。
俺のすぐ後ろに名雪は立っていた。
全身の精液を拭き取る事もなく、ただ笑っていた。
いつものような無垢な笑顔で、笑っていた。
「祐一とエッチしてるときに感じた真っ白な時間が欲しかったの。真っ白になっている間は何もかも忘れられるんだよ?」
名雪は光を宿していない目で微笑んだ。
それはあまりに名雪らしくない、女が男を誘うような笑みだった。
「ねぇ、祐一もやろうよ。とっても気持ちいいんだよ」
「な… 何言って…」
「大丈夫だよ。この人たち、わたしが誘ったんだから。祐一とするのは好きだけど… 祐一だけじゃ足りなかったの」
「………………」
そんな… それじゃあ、名雪が望んでいたのは…
全てを忘れさせる「何か」を与える事だったのか…?
「わたし、寂しかったんだよ。忘れたくてこうしていても、結局一人ぼっちだったんだよ… 祐一一人だけじゃあ無理だったけど、やっぱり祐一じゃなきゃ…」
「………………」
俺は間違っていたのだろうか…?
名雪のためになる事を一生懸命探し、実行してきた。
それでも… まだ何か足りなかったのだろうか…?
「でも、間違っていたね。こんな事… 他の人とエッチして… こんなに汚れちゃって…」
名雪の目から涙が一筋流れ落ちた。
先ほどまで名雪を貪っていた男達は気分的に萎えたのか、一人、また一人と名雪から離れていた。
「名雪…」
「祐一… ごめんなさい… ひっく… ごめんな… さい… えぐっ… ごめっ… うぐっ…」
子供のように泣きじゃくる名雪を抱きしめた。
全身から精液の匂いがする。
むせ返るような匂いだが、そんな事関係なかった。
「うわぁぁぁぁぁぁ…」
俺の胸で名雪は子供のように泣いた。
「いいんだ、名雪。俺が… 悪かったから」
「うわぁぁぁっ、ひぐっ、えぐっ、うわぁぁぁぁぁんっ」
気がつくと、男たちは着替えて俺たちを見ていた。
さっきの怒りもすっかりと静まってしまったのだろう。
「…今日のことは全て忘れておく。だから、あんた達もこの事を忘れてくれ」
「ぞ、ぞんなぁっ! な、名雪ちゃんともっと…」
「おい、やめろっ! もう諦めろ」
「で、でもっ! ぼ、僕の名雪ちゃんがとられちゃうんだよ〜」
「元々テメェのじゃねぇよ。ほら、行くぞ」
「なっ、離せ! 離せよ〜!」
太った男を2人がかりで押さえつけて3人一緒に教室を出た。
教室を出る寸前、太った男子が俺を睨みつけたような気がした。
「………………」
つられて俺も男を睨みつけた。
睨みあいは一瞬で終わったが、なぜかあの男子の敵意を持った目が頭に焼き付いて離れなかった。
俺たちも早く帰ろう。
こんなところにいつまでもいるわけにもいかない…
「…相沢」
名雪をつれて教室を出ようとしたときに呼び止められた。
「………………」
他の男たちと違い、心から罪の意識でいっぱいなんだろう。
話せば分かり合えるやつなのかもしれない。
「…謝って済むような事じゃないと思う。でも… 謝らせてくれ」
「…ああ」
俺と名雪はそいつを残して教室をあとにした。
「あ、1階にシャワー室があるから先にそこに行ったほうがいいぞ」
「そうか、ありがとう」
礼を言って急ぎ足でシャワー室に向かった。
幸い、シャワー室は誰も使っていなくて無人だった。
蛇口を回すと、すぐに適温のお湯がシャワーから流れ出た。
「………………」
「………………」
お互い無言でシャワーを浴び続けた。
どんな言葉をかけていいか分からない。
こういうとき、どうすればいいのか分からない。
何もできないもどかしさで胸が苦しい。
気がつくと、体にこびりついていた精液は全て落ちていた。
あとは… 中を洗わなきゃいけないだろうが、さすがにそれは俺にはできない。
「それじゃあ… その、中は名雪がしてくれ」
どういっていいか分からず、結局ほとんど直球で言うしかできなかった。
一人、シャワー室から出る。
このあとはどうするべきだろうか…?
汚れた制服はクリーニングに出すとして、後は名雪だった。
あれだけの男を相手にしたとなると、性病や妊娠の心配があった。
特に妊娠なんてことになったら…
ガチャッとドアの開く音で意識が現実に戻された。
「終わった?」
こくりと縦に首を振った。
「さて、それじゃあ着替えて帰るか」
着替えは体操着しかなかったが、この際仕方がない。
着替え終わるまで退散しておくかな…
「ぁ…」
「ん…?」
ちょうど出ようとした瞬間、名雪の太ももを一筋の血が流れた。
血は止まることなく、流れ続ける。
「お、おい… まずいぞ…」
ケガかもしれない。
「な、名雪。急いで保健室… いや、病院かっ」
「だ、大丈夫。これ…せ、生理だと思う」
「何だ、生理…」
言って赤面する。
「と、とにかく急いで帰るか」
「うん…」
こくりと小さくうなずいた。
家に帰って、すぐに名雪は部屋に閉じこもった。
夕飯を作る気力も食べる気力もない。
心が疲れていた。
「名雪…」
名雪を責めるつもりはない。
俺が責める事なんてできない。
でも、名雪自身がそれを許さないだろう。
だから、俺は少しでも名雪が自分を許せるように努力をしたい。
「………………」
今日はもう寝てしまおう…
このまま考え続けるのは辛い。
少し休んで、それから頑張ろう…
ベッドに倒れるように横になる。
意識が少しずつ闇に侵されていく。
何も… 考えられなくなる…
NEXT
SSTOPへ
感想いただけると嬉しいです(完全匿名・全角1000文字まで)