夢から覚めたように、暗闇から現実の世界に意識が引き戻される。
…懐かしい過去を見た。
覚えているかどうかも怪しかった事ですら、鮮明に思い出せた。
「名雪さんを守る事は簡単だよ。祐一君がそばにいてあげたら、それで名雪さんは幸せだから…」
「…そう、だな」
どうしてなのだろうか?
どうして、あゆは自分の事より名雪の事を…
「あゆは俺が名雪の関係をどう思っているんだ?」
一瞬、あゆの表情が固まる。
だが、その質問を受けると覚悟していたのかあゆは落ち着いた様子で話し始めた。
「確かに、羨ましいと思うよ。でも…」
「………………」
「ボクは、もう十分いろいろなものを貰ったから満足だよ。もう食べられないと思っていた
たいやきもたくさん食べられたし、それに… 祐一君と、会えたから。それでボクは満足だよ」
…自分の感情にブレーキをかけるための言葉だと思う。
本心がほとんどだと思うが、それだけで足りるわけはないと思う。
「それに、ボクはもうすぐ消えちゃうから…」
「え…?」
一体どういう事なのだろうか?
「そろそろ、お別れしなきゃいけないよ」
「お別れって… そのままの意味なのか?」
「うん… もう、ボクはこの世界にいれないから…」
あゆが消える… あゆが死んでしまうという事…
「何とか… ならないのか?」
「…多分、無理だと思うよ」
力なく笑う顔には、諦めも混じっているように感じられた。
「ボクはこのまま消えちゃうけど、その前にボクに何かできたら… と思って、色々としたけど、迷惑だったかな…?」
「いや、むしろ感謝しなきゃな… 大切な事を思い出させてくれて本当にありがとうな、あゆ」
あゆの頭をなでる。
「子ども扱いしないでよ〜」
「充分子供だ。諦めろ」
「うぐぅ」
その「うぐぅ」も久しぶりだったな…
…やっぱりこのままお別れなんて嫌だ。
諦めるより、希望を持ちたい。
「もし…」
「うん?」
「もし、あゆが目を覚ましたら… うちに晩飯を食べに来ていいぞ」
「…いいの?」
「いいぞ。それと、作るのは名雪だぞ」
「名雪さんなら安心して任せられるよ〜」
「そうだな。名雪の作る飯はうまいからな…」
もし、名雪が退院したら、俺の好きな物をたくさん作ってもらおう。
香里や北川… それに、あゆも呼んで皆でパーティーをしたいな。
あゆが切りかぶから降りた。
小さい体が、雪の上に着地する。
あゆは俺の方に振り向き、笑顔で言った。
「祐一君、覚えているかな?」
「何をだ?」
「ボクと祐一君が初めて出会った日の事」
「ああ、覚えているよ」
あの日は、名雪と一緒に買い物に行ったんだ。
買い物を済ませてくるといって名雪が俺から離れたんだ。
名雪が帰ってくるのを待っていたら…
どんっ
「ひぐっ、えぐっ…」
泣きながら、女の子がぶつかってきたんだ…
「あの時は本当に焦ったよ」
「し、しかたがないよっ」
あゆは慌てて当時の自分をフォローした。
「そういえば、再会したときも同じだったよな」
「確か、商店街だったよね?」
「ああ、あの時も名雪と一緒に買い物に行っていたんだ」
7年前と同じように、同じ場所で待っていたんだ。
そうしたら、声が聞こえてきた。
「うぐぅ〜 どいて〜」
「え…?」
どんっ
「うぐぅ、どいてって言ったのに〜」
また、泣きながらぶつかってきたんだよな。
「どっちかというと7年後のほうがいい迷惑だけどな」
「うぐっ、ひどいよっ!」
「食い逃げに加担されたわけだし」
「うぐぅ… それについては猛省しているよ…」
「…まぁ、あれもいい思い出だ」
「うぐぅ」
「そういえば…」
思い出した。
確か、あゆは落し物が見つかったとか言っていたな。
「落し物って、なんだったんだ?」
「あっ、それは…」
あゆが口篭った。
その顔はすごく寂しそうで、今にも泣き出してしまいそうだった。
「悪い、何か聞いちゃマズイ事聞いたみたいだな…」
「ううん、祐一君は悪くないよ…」
「………………」
「………………」
沈黙。
森の中がしんとなる。
しばらく、俺とあゆは身動きせずに見つめ合っていた。
「…これ」
あゆがポケットから何か取り出す。
「それは…?」
あゆの手の中にあったものは、天使の人形だった。
サイズはそんなに大きくはなく、キーホルダーぐらいのものだ。
どこにでもありそうなものだが、それはすごく特徴的だった。
「…ボロボロだな」
「うん、ビンが割れちゃっていたから…」
「ビン…?」
何か引っかかる。
天使の人形… ビン… あゆ…
「…そうだ」
思い出した。
それは、あゆと遊んでいるときにプレゼントしたものだ。
UFOキャッチャーでとって、それをあゆに渡したんだ。
そのとき名雪に借金したんだよな…
それで、その人形は3つの願いを叶えられる。
ただし、願い事には制限がある。
俺ができない願い事は受け付けられない。
つまり、俺が願いを叶えるという事だった。
一つ目はあゆの事を忘れないでいること。
二つ目はこの森を俺たちだけの学校にする事。
そして、もう一つは…
「まだ、願いは残っている」
もう一つの願いを叶える前に、落ちていたビンに入れてタイムカプセルにしたんだよな…
「願い、まだ一つ残っているな」
「うん…」
その願いは、俺ができる範囲しか効力を持たない。
俺が、あゆの望みを叶えるんだ…
「…今、このお願いを使ってもいいかな?」
「いいけど… 何を願うんだ?」
「お願い事はもう決めてあるよ。ボクがこの人形を見つけて、祐一君に会ったら言おうと思っていたお願い事だよ」
「そうか…」
きっと、その願いにはあゆの想いが込められている。
今までずっと抱えてきた想い。
それを今、言葉として願いとして解き放つ。
あゆが俺に向き合う。
人形を両手で抱え、笑顔を見せる。
「それじゃあ、発表します!」
笑顔がとても悲しみを含んだ笑顔になる。
「ボクの事…」
悲しい笑顔のままで…
「忘れてください」
あゆは、願いを言った。
「え…?」
あゆが何を言っているか分からない。
「ボクなんて最初から知らなかったって、ボクなんて最初からいなかったんだって… そう、思ってください」
あゆの言葉、あゆの願い。
『ボクの事、忘れてください』
『ボクなんて最初から知らなかったって、ボクなんて最初からいなかったんだって…』
『そう、思ってください』
最後の願い、最後の想い。
それは、自分の事を忘れてというものだった。
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