バタン
   今日も祐一と別々の部屋で寝る。
   一度ついた嘘…
   それはまだわたしを縛り付けていた。
   でも、今は…
  「はぁっ、はぁっ…」
   この気持ちを我慢できなかった。
   だからわたしは今日もする。
   今日も求めてしまう…
   ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…
   モーターで動くオモチャは今日も元気に動いていた。
   ………………








  「…もうあなたには時間が残されていない。これ以上彼女の行方を知る事はできない…」
   …それは自分でも知っている。
   もうここに留まっている事に限界が来ている事は…
   まだ手遅れではないと思う。
   でも、もしこのまま救えずに最悪の結末を迎える事になってしまえば…
   もしそうなればあの人も命を絶つだろう。
   あの子の今の状態に一番責任を感じているのはあの人なのだから…
  「私はもう少し見ていようと思うけど、その結果は伝える事はできない。もうすぐ完全にこの世界との絆が断ち切られてしまう…」
   そうなってしまえばもう何もする事はできない。
   このまま輪廻の鎖の向かうまま、進んでいく事しかできなくなる。
   このまま自分は何もできずに消えていくのだ…
   助ける事も、結末を知る事もできない。
   何もできないまま終わっていくのだ…
   だから、せめてもあの子の未来に光がある事を祈ろう。
   あの子が救われるように…
   あの人が救われるように…








   この授業が終われば今日は終わりだ。
   何とか眠気と戦ってきたが、それもこの授業が終わるまでの辛抱だ。
   そして、明日は土曜日。
   授業も半分で終わる上に次の日は休み。
   つい気分が浮き足立ってしまう。
   とりあえず、今は次の授業を終わらせる事に集中しなければ。
  「なぁ、次の授業って猪林の授業だったよな?」
  「ええ、そうよ。宿題も出ていたわ」
   昨日大急ぎで済ませた甲斐があった。
  「猪林先生忘れ物には厳しいからね〜」
  「うむ、あのミドルキック… いつ見ても痛そうだ」
   あれだけの威力があればその手の試合に出ても問題なさそうだ。
  「………………」
   さっきから北川が脂汗を流している。
  「…参考までに聞くが、忘れたという事はないよな?」
  「…問題ナイデスヨ相沢君」
   カタコトなのはどうしてなんだろうか…?
  「あたしに頼ってもムダよ?」
  「そ、そんなっ! 何とかお願いします美坂様ぁ!!」
  「………………」
  「北川君…」
   同じ男として非常に情けなくなってきた。
   その後、北川は百花屋でおごりを条件に香里から宿題を借りて写すことに成功した。
   なるほど、こうしてツケができていくわけだな…




   今日も名雪は部活があるらしい。
   もともと毎日行ってたものだから当たり前なのだろうけど、少しだけ不思議な気がした。
   部室錬に向かう名雪に手を振ると、玄関へと向かった。
  「さて、今日は本屋にでも寄ろうかな…?」
   昨日は真っ直ぐ帰ったため、いつも買っている月刊誌が買えなかった。
   靴を取ろうとしゃがもうとした時、突然俺を呼ぶ声が聞こえた。
   その声の主は大き目のバッグを肩にかけている女の子だった。
  「あの、相沢祐一さんですよね…?」
  「ああ、何か用?」
  「その… 水瀬先輩の事で相談したいことが…」
  「名雪の事…?」
   一瞬、嫌な予感がした。
   どうしてか解らないが、心臓が鷲掴みにされたように疼く。
  「…名雪先輩、まだ復帰できないんですか?」
  「え? 名雪ならここ数日は部活に出てるんじゃないのか?」
  「いいえ、その… あの日から一切顔を出してなくて…」

   …ドクン

   心臓が一際大きく動く。

  「私たち、名雪先輩が心配で…」

   そんな… 名雪…

  「もしかしたら相沢さんが何か知ってるかと思って…」

   …嘘だろ? どうして… こんな…


   気がつくと、俺は走っていた。
   唖然とする女の子を置いて、先ほど名雪が消えた方向へと走った。
   …どうする?
   この辺にある教室を一つずつ見ていったら日が暮れてしまう。
   …とにかく、陸上部に行ってみよう。
   陸上部の部室前。
   なれない運動ですっかりと息を切らせ、しばらくドアの前で呼吸を落ち着けた。
   そうしていると、ドアが開き、中から数人の女子が出てきた。
  「あ、ちょっといいか?」
  「はい?」
  「名雪… 水瀬名雪は来てる?」
  「いいえ、ここの所ずっと来てないです…」
  「…そうか」
   女子に軽く礼を言うと、次の場所へと走った。
   …次の場所って何なんだ?
   わからないけど、走るしかない。
   ただがむしゃらに学校を走った。
   そして、気がつくと俺は旧校舎に辿りついていた。




   …旧校舎。
   普段はほとんど使わない場所で、ここにある教室はそのほとんどが空き教室になっている。
   暖房の効きが悪いせいか、少し肌寒く感じられる。
   荒くなった呼吸を鎮めるため、少し歩くことにした。


   歩きながら一つ一つ教室を探していく。
   新校舎は一通り探し回った。
   残っているのは旧校舎だけだが…
   ここまでくると、名雪がどこにいるのかまるで分からなくなっていた。
   名雪は何をするために嘘をついてまで学校に残っていたのだろうか…?
   何を… するため…
   別れ際の、抱いているときの名雪の顔。
   名雪の体からした、精液の匂い。
   …バカらしい。
   俺が名雪を信じなければいけないんだ。
   だから早く名雪に会いたい。
   会って、確かめたい…
   そして、この階に残っているのはすぐ手前の教室だけになっていた。
   下の階は科学実験室など特殊教室がメインだ。
   ここにいないとなると、もう帰ったのかもしれない。
   扉に手をかけようと近づくと、少しほかの教室と雰囲気が違っていた。
   扉の窓には黒っぽい紙が貼ってあって、中からは人の声が聞こえる。
   一人や二人じゃない、数人だ。
   そして、僅かに感じる不快な臭い…
   それは汗と、愛液と、精液の…


   ドクン

   シンゾウが オオきく なっタ。

   ミチャイケナイ

   コノドアを アケテは イケナイ

   コノサキにハ

   ゼツボウしか ナイから


   嫌な予感を振り払うように勢いよくドアを開け放った。


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