気が付くと、夜の帳があたりを包んでいた。
どこをどう歩いたのかは思い出せない。
ただ、気が付くと俺はいつもの森にいた。
ここは嫌な事を思い出す。
自然と、涙が溢れてくる。
いつものように意識が途切れていく。
もう、思い出すことは何もないはずなのに…
全て思い出したはずなのに…
意識は深い闇に、記憶の底へと落ちていく…
いくつもの夜を越えた。
あれから2ヶ月たって、俺も少し落ち着いてきた。 あゆの事故から、俺はあの日の事を思い出すたびに意識を失っていた。
何もできなかった自分、ただ泣いているだけの自分。 罪悪感が俺を責め、思い出すたびに心に深い傷を残していく。
あゆは入院中だと聞いていた。それが本当に救いだった。 まだやり直せる。今度はあゆのためにがんばるんだ。
…あゆに会いたい。
会って、謝りたい。
まずはそれからだ。そうしないとあゆに合わせる顔がない。 それに、純粋にあゆに会いたかった。
あの日、渡しそびれたカチューシャは今もこの手にある。これをちゃんと渡さないと…
あの街までは電車を使えば半日で行ける。 明日から春休みで、明日から少しの間父さんと母さんは出かけて帰ってこない。 チャンスは本当にすぐだった。
電車に揺られていると、あの街の事を色々と思い出す。
丘で拾ったキツネの事。
麦畑で一緒に遊んだ女の子の事。
名雪と一緒に遊んだ事。
そして…
あゆの事。
自分自身にけじめをつけたい。
そして、また一緒に遊びたい。
それができるはずだ。
きっと… うまくいく。
駅から出て、真っ先に病院に向かった。 あゆの病室は分からなかったけど、看護婦さんに聞いたら教えてもらえた。
自然と早足になる。
もうすぐあゆに会える。
会ったらまずは何を話そうか?
お見舞いにたいやきでも買ってきたらよかったかな…?
しばらく歩いて、ようやくあゆの病室の前についた。
コンコン
ノックをする。
…返事はない。
もしかしたら寝ているかもしれないな。
ドアノブを回して押し開くと、ドアは簡単に開いた。
「あゆ、見舞いにきたぞー」
少し控えめにあゆに話し掛ける。ベッドを見ると、あゆは寝ていた。 返事が無かったのはやっぱり寝ていたからみたいだな。 ベッドの近くまで行って、近くの椅子に座る。
「あゆ、俺だぞ。電車に揺られてがんばって見舞いに来たんだぞ?」
寝ているのを起こすのも悪い気がしたけど、あゆと話がしたかった。
頬を指でつついてみる。
ぷにぷにとした感じがした。
…さすがにこれだけじゃ起きないか。
少し体を揺する。
名雪はこれじゃ起きないけど、あいつは特別だ。
しばらく揺すってみても、あゆは起きなかった。
…おかしい。
何かが違う。
「あゆ、ちょっと起きて欲しいんだけど…」
少し強めに体を揺すってみる。
反応は無い。
次第に、揺する力も声も大きくなっていく。
でも、あゆは何も反応しなかった。
「………………」
嫌な予感がした。
嫌な予感で頭がいっぱいになる。
もし、このままあゆが起きなかったら…
そんな事は考えたくは無い。
そんな未来は見たくない。
…そうだ、お医者さんに聞いてみよう。
それが一番だ。
お医者さんを探すために外に出た。
その時、遠くの方から聞いた事のある声が聞こえてきた。
「…そうですか」
秋子さんの声だ。
でも、どうして病院に?
「…今のところ、回復は見込めないと?」
「…ええ、残念な事ですが」
もう一人、聞いた事がある声が聞こえる。
数回しか話した事が無いけど、その声は覚えていた。
…あゆのお父さんだ。
「こういう事を私から言うのもおかしいと思いますが…」
「…分かります。彼は悪くありません」
遠くから聞こえる声はやけにはっきりと聞こえた。
そして、その内容もはっきりと分かった。
「あゆは… このまま眠ったまま大人になると思います」
「………………」
「それでも、生きてさえいてくれれば… それで充分です」
嘘だ。
生きていてさえいればなんて強がりだ。
でも、それなのに…
どうしてあんな事を言うんだろう…?
泣いていた。
「月宮さん…」
泣いていた。
「強がりかもしれませんが、これは一応本心ですよ」
泣いていた。
何もできない、何も守れない。
俺はどうしようもない人間だ。
自分で壊して、それを元に戻す事もできずに許される。
…俺は、いらない人間なんだ。
「うぐっ、ひぐっ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
声を押し殺しながら、俺は泣いた。
握り締めた拳から、血が出た。
それから、俺はカチューシャをあゆの寝ているベッドの近くにおいて、走って病院を抜け出した。
そして、そのまま帰りの切符を買って電車に乗った。
…俺はここにいてはいけない。
俺は何もできない。
忘れたい。
忘れたい。
ワスレタイ。
ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。
ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。
ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。
ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。
ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。
ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。
ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。
ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。
ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。ワスレタイ。