「ほら、これって雪うさぎって言うんだよ…」
   2本のお下げを揺らしながら微笑む少女。
  「わたしが作ったんだよ…」
   頭の上に雪うさぎを乗せる。雪の冷たさに驚きながらも、笑顔は絶やさない。
  「わたし、ヘタだから時間がかかっちゃったけど… 一生懸命作ったんだよ」
   雪うさぎは部分部分が不恰好だったが、手作りである事を主張していた。
  「あのね、祐一… これ、受け取ってもらえるかな…?」
   雪うさぎを両手で持ち、俺に差し出した。
  「明日からまたしばらく会えなくなっちゃうけど… でも、春になって、夏が来て…
  秋が来て、またここに雪が降り始めたら… また、会いに来てくれるよね?」
   少し、不安そうに俺の顔をうかがう少女。
  「こんなものしか用意できなかったけど… わたしから、祐一へのプレゼントだよ。受け取ってもらえるかな…?」
   少女が一歩踏み出す。
  「わたし… ずっと言えなかったけど… 祐一の事… ずっと… ずっと、好きだったよ」
   雪が砕けた。
   雪うさぎが、砕けた。
  



  「…雪、積もってるよ?」
   女の子が俺を見つめている。
   雪は俺だけじゃなく、少女の体にも降り積もる。
  「ああ、積もっているな…」
   かれこれ2時間も待っている。
   雪だって積もるだろう。
  「…一応言っておくが、遅刻だぞ?」
  「えっ!?」
   女の子は慌てて時計を見た。
   時計が示す時間に驚き、目を丸くした。
  「まだ2時ぐらいかと思っていたよ」
  「…残念だがそれでも遅刻だ」
  「………………」
  「………………」
   見つめあったまま、時間だけが流れる。
   そこで、はっと気づいたように女の子はポケットの中に手を入れた。
  「はい、遅れたお詫びだよ。それと… 再会のお祝い」
   差し出された缶コーヒーを受け取る。
   缶の熱さは冷えてしびれた手にはちょうどよかった。
  「7年ぶりの再会のお祝いが缶コーヒー1本か?」
   せいぜい120円ぐらいだろう。
   手の中の缶コーヒーを見つめる。
   手が温まってきたところで、プルタブを空ける。
   女の子も俺と同じコーヒーを持っていた。
  「7年、かぁ… そんなに経つんだね」
   この7年であった事を色々と思い出していくように、空を見上げる女の子。
   雪は止まない。天気予報では、今日1日降り続けるといっていた。
  「そういえば、わたしの名前… まだ覚えている?」
  「そういうお前はどうなんだ?」
  「もちろん覚えているよ〜」
   自信ありげに、胸を反らす女の子。
   7年前まで、よく遊んでいた女の子。
   語ることはいっぱいある。
   だから、今は少しでも時間を埋めよう。
   二人ほぼ同時に口を開いた。
  「祐一」
  「杏」
  「ちがうよ〜」
  「じゃあ、ジョニー」
  「わたし日本人だよ〜」
   困ったように眉を寄せる。
   これも挨拶のひとつだ。
   こうしてからかうのもずいぶん久しぶりだ…
  「う〜 ちゃんと答えてよ〜」
   雪は密度を増して、降り積もる。
   いつまでも止まない雪は、世界を白に染めていく。
  「…そろそろストーブが恋しくなってきたな」
  「な〜 ま〜 え〜」
   駄々をこねるように、袖を引っ張る女の子。
   懐かしさで、思わず笑みが浮かぶ。
   昔も、からかうとこんな風だったよな…
  「ほら、行くぞ。名雪」
  「な〜 ま〜 …えっ?」
  「だから、行くぞ? 寒くてかなわない」
   風が吹いた。
   雪まじりの風が吹き抜けた。
  「うんっ!」
   二人の間を、雪はいつまでも降り続けた…
  



   名雪を抱きしめる。
  「えっ…?」
   そのままの格好で、俺は言いたい事を言う。
  「…好きだ」
  「っ!?」
   俺の腕の中で、名雪が驚いて、反応する。
  「今更かもしれないけど…」
  「………………」
   名雪を抱きしめたまま、動かない。
   答えを聞きたい。
   こんなやり方、卑怯かもしれない。
   でも、俺は…
   名雪のことが好きだから…
  「ずるいよ… 祐一は今になって…」
  「ごめん」
   あの日の心の傷は絶対に消えることは無いだろう。
   でも、その傷を忘れるぐらい俺が名雪といっぱい思い出を作る。
   だから…
   ここから始められるなら…
  「イチゴサンデー7つ」
  「……は?」
  「あの日の事… 7年分の事… それで、埋め合わせ」
   名雪の言っていることが理解できない。
   それは、あまりにとっぴ過ぎて思考が追いつかなかった。
  「イ、イチゴサンデーって… いつも百花屋で食べているあれか?」
  「うん」
   それを、7杯…
   思考がまだ追いつかない。
   あの日のことや、この7年をそれで許してくれるのか…?
  「だって… わたしは、まだ祐一の事が好きだから… だから、許せるよ」
   胸の奥から、何かが溢れてきた。
   それは、一言では表せないぐらい大きくて、それでもなんとか形にしないといけないもの。
  「名雪っ!」
   名雪を抱きしめる。
  「わわっ!? 苦しいよ〜」
   慌てて力を緩める。
   でも、名雪からは離れない。
   この温もりが、何より大事だから…
  「ずっと… ずっと一緒にいようね…」
  「ああ、ずっと一緒だ…」
   温もりが、俺を暖める。
   この幸せを、いつまでも感じていたい。
  



   雪が降っていた。
   あの日と同じ雪… 世界の全てを白く染め変えてゆく…
   悲しみに似た白い結晶。
   午前0時。名雪は来ない。
   それでも、俺はここから離れられなかった。
   信じたかったんだ、名雪を。
   吐いた息は白く煙り、空へと昇ってゆく。代わりに空からは降り止まない雪が帰ってくる。
   どのくらいここにいるのだろうか?
   名雪がくるまでずっと?
   もしかしたら永遠の時をこの場所で過ごすかもしれない。
   そんな気さえした。
   視線を地面に落とした。
   そして、もう一度空を見上げようとした。
   そのとき、俺は少女の姿を見た。
   俺が待っていた少女。
   誰よりも大事で、誰よりも守りたい少女…
   名雪が…


  「ギリギリセーフだよね?」
   名雪が目の前にいる。
   大粒の涙を瞳にためて、俺を見つめている。
  「バカ、もう少しでアウトになるところだったぞ」
   涙が落ちる。
   落ちた涙は地面に落ち、雪を溶かした。
  「祐一、…ありがとう」
  「メッセージ、聞いてくれたんだな」
  「うん…」
   名雪が頷く。
  「…一回しか言わないからな」
  「うん」
  「俺は名雪が… 名雪のことが、好きだ」
  「わたしも祐一の事が好きだよ」
   想いが溢れる。
   暖かい想いが、胸からこみ上げる。
  「待たせちゃってごめんね…」
  「ああ」
  「…遅れた、お詫びだよ」
   唇が重なる。
   熱い吐息を感じる。
   …届いた。
   今、やっと名雪に俺の声が届いた。
   涙が溢れ、頬を伝い、雫となって落ちていく。
   不器用だったけど、必死に伝えた言葉。
   俺と名雪はここで、ようやく一つになれた。
   降り止まない雪の中、俺たちは長い間口づけを交わしていた…
   …閉ざされた瞳からすっと一筋涙が伝った。名雪の涙だった。
   そして、俺の瞳からも涙が流れていた。
   涙の粒が宝石のように輝いていた。
   唇が離れる。
  「わたしたち、きっと幸せになれるよね?」
  「ああ、きっと幸せになれるさ」
   いや、してみせる。
   俺が、名雪を幸せにしてみせる。
   俺ができるすべての事で、名雪を幸せにしてみせる…
   だから、これからも…
   これからも、よろしくな。


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