買い物を一通り済ませ、俺は一息入れるため百花屋でコーヒーを飲んでいた。
   喫茶店といえばここしか知らないし、ここのコーヒーはお気に入りだ。
   ふと、外を見ると雪がちらついていた。
   帰るの面倒くさいな…
   ボーっと外を眺めていると、よく知った顔が二人入ってきた。
  「あら、一人でここにいるなんて珍しいわね」
  「てっきり水瀬と一緒かと思ったぞ」
  「それより、俺はお前ら二人の組み合わせが気になるぞ」
  「昨日の宿題のお礼がまだだったから」
  「納得」
   北川の財布がどれだけ薄くなるか非常に気になるな。
  「それにしても百花屋で一回奢りなんて高すぎると思うぞ」
  「今までの分のツケよ」
  「…北川、そろそろ一人立ちする年だぞ」
  「面目ない」
   そう言い、北川はうなだれた。
   ツケを計算するとどれだけの金額になるのかとても気になったが、恐ろしくなったのでやめておいた。
  「それより名雪は?」
  「部活にいってる」
  「そう… ついに前に進む勇気がでたのね」
   香里は子どもを見守るような優しい目をしていた。
   香里も喜んでくれている。
   2人のためにも、もっと頑張らなきゃな。
  「そういうわけで俺は買出し当番というわけだ」
   足元にある大量のビニール袋を見て北川が驚く。
  「すごいな… これ全部今日の分か?」
  「んなわけないだろ、一週間分だ。これ一日で処理するなんてどこの大家族だよ…」
  「ご苦労様」
  「いい旦那さんになってるよな。エプロン姿が似合いそうだ…」
   ばきっ
   グーで北川を殴った。
  「ってぇ!? 殴る事はないだろうが!?」
  「うるさい黙れ」
  「やっぱり恥ずかしいのね」
  「………………」
   ばきっ
   また殴った。
  「っ!? どうしてオレが殴られるんだ!? 死んだじいちゃんに殴られた事もないのに!」
  「女を殴る趣味はないからだ」
  「そうそう。女を殴るなんて最低の男よ?」
   それから北川と俺の口論が続いたが、しばらくしたら気づかないうちに笑い話に変わっていた。
   なんか、こういうのっていいかも…
   それから俺たちはしばらく百花屋で時間をつぶした。




  「はぁっ、はぁっ…!」
   今日もわたしは高井君としていた。
   白がわたしを支配する。
   白がわたしを染め上げる…
   放たれた白を浴び、わたしは心地よいまどろみの中で確かな幸せを感じていた。
   そのとき、教室のドアが開く音で、意識は現実に戻された。
  「ん? 高井じゃねーか、何でお前がこんなところで女とヤッてるんだよ?」
  「あ… む、村田君?」
  「へぇー… 気が弱いかと思ったらこんな派手な事できるなんてなぁ…」
   金髪の男子は男の子のクラスメイトみたいだった。
  「えーと、村田君?」
  「あ?」
   威圧的だった目が僅かに見開かれる。
   わたしは微笑みながらキスをした。
  「むっ…!?」
   僅かなタバコの香りと少し苦い味のキスだった。
   ………………


  「はぁ… はぁ… はぁ…」
   たくさんの人とするとこんなに気持ちいいなんて知らなかった。
   ちょっと疲れたけど…
   すごく癖になっちゃいそう…
  「ふぅ… 最高だよ、お前」
  「水瀬さん… 中でしちゃったけど…」
  「うん、大丈夫だよ」
   こんなに気持ちいいならまたしたいな…
   でも、しているうちにまた満足できなくなっちゃいそう…
   それなら…
  「それより、一つお願いしていいかな?」
  「あん? 金とか要求するつもりだったのかよ」
   村田君が嫌そうな顔をする。
  「ううん、違うの。…もっと、たくさんの人としたいの。だからいっぱい人を誘って欲しいな」
  「…正気か?」
  「うん。するのが好きなだけだから」
  「…だとしてもできねぇよ。他を当たれ」
   村田君はポケットに手を入れて帰ろうとする。
  「教室でしたのにそういうこと言うのかな…」
  「んだと? 誘ったのはテメェだろうが?」
  「オトコノコとオンナノコ。性的な弱みに弱いのはどっちかな〜」
  「……………… ちっ、わかった。考えておく…」
  「ふふっ、ありがとう。楽しみにしてるね」
   二人が帰ると、ティッシュで体をきれいにして、乱れていた制服を整えた。
   帰って晩ご飯を作らないと…
   祐一が待っている家に帰らなきゃ…




  「ただいま」
   ドアを閉めると同時に名雪が顔を見せた。
  「おかえり〜」
   買い物袋を持とうとする名雪だったが、あまりに重かったのか、持ち上げることすらできなかった。
   とりあえず軽い方を持ってもらい、居間に向かった。
  「頼まれたものってこれでいいのか?」
  「えーと…」
   袋の中身を一つ一つ確認してゆく。
  「うん、全部あるよ。ありがとう」
  「それより、晩飯作るのに必要だったんじゃないのか?」
   名雪より遅く帰ってきてしまっては意味がないような気がするのだが。
  「あ、大丈夫。今日で冷蔵庫の中身がピンチになりそうだったから」
  「で、今日のメニューは?」
  「えーと…」


   今日のメニューは揚げ物だった。
  「祐一、おいしい?」
  「合格」
   多分、家事に関してはクラスの中でも上位に行くぐらいだと思う。
  「いい奥さんになりそうなんだけどな…」
  「えっ!?」
   名雪の顔は火がついたように真っ赤になった。
  「あの目覚ましだけは勘弁願いたい」
  「う〜 これから頑張るよ〜」
   困ったように眉を寄せる。
   あれを治すのはよほど大変みたいだな。
  「期待だけはしておく」
  「う〜」




   夜。
   夜は気分が鬱になる事がよくある。
   …秋子さんが亡くなったのが夜中だったことをまだ引きずっているみたいだな。
   そのまま眠れなくなってしまう前に強引に眠りにつく事にした。
   ………………………………
   …寝られない。
   ガチャッ
  「よかった、残ってたか…」
   棚の奥にあったウイスキーを出し、ついでにおつまみになりそうな物も出した。
   なんとなく寝酒でもしようと思い立ったのが始まりだった。
   寝れないときに無理に寝ようとしても辛い。
   秋子さんが死んでから、時々こうして寝酒をするのが習慣になっていた。
   明かりの落ちたダイニングには俺だけしかいない。
   グラスにウイスキーが満たされる音がしんとした室内に響き、また静寂が俺を包んだ。
   そのまま一気にあおった。
  「げほっ!?」
   あまり酒は得意ではなかった。
   でも少しでも酔えば寝られると思い、それからはゆっくりと空けていった。
  「秋子さんが見てたらなんて言うかな…?」
   自嘲気味の笑みが漏れる。
   やがて、アルコールが程よく回り眠気が起きた。
   グラスや食器を片付けると、部屋に戻った。
   ばたっ
   部屋に付くなり、ベッドに体を投げ出した。
   思ったより酔っているようだな…
   そのまま意識は暗い闇に堕ちてゆく。
   どこまでも果てしない、底なし沼のような闇へと…




   泣いていた。
   ベッドの近くで名雪が泣いていた。
   狂ったように泣いて、泣き止んだらまた泣き出した。
   涙が止まらない。
   俺も泣いたまま、その涙を拭うことをしなかった。
   大きい悲しみがあった。
   大切な人をなくした。
   その人はもう帰ってこない。
   どんなに、どんなに待っても…
   秋子さんは帰ってこない。
   それを知ったとき、涙を拭うのをやめた。
   涙なんて、枯れる事はないから。
   思い出せばそのつど溢れて頬を伝い、心を揺する。
   なくしたものが大きければ大きいほど痕は深く、癒すのに時間がかかる。
   多分、俺は…
   この傷を癒せないまま過ごすのかもしれない…


NEXT

SSTOPへ



感想いただけると嬉しいです(完全匿名・全角1000文字まで)