1月 11日 月曜日
予鈴と同時に水瀬と相沢と美坂が駆け込んできた。
水瀬があんな調子だから相沢も苦労するんだろうな。
席に着き、荒い息で突っ伏している相沢に話しかける。
「なあ、相沢」
「はあ……はあ……ん?」
「土曜日、商店街でお前を見かけたんだけどさ、あの女の子って何なんだ?」
「……見てたのか」
「ああ、ただ事じゃなかったぞ。あれは」
「俺にもよく分からん」
「へ?」
「超徳用サイズのおでん種だ」
「おでん種?」
「殺村凶子、自称記憶喪失家出娘だ」
「記憶喪失?」
さっぱり訳がわからない。
「祐一、変なこと言わないの。ちゃんと沢渡真琴って名前があるんだから」
水瀬がたしなめる。
「沢渡真琴?」
「ああ、心当たり無いか?」
「……無いな。力になれなくて済まん。で、あれからあの子はどうしたんだ?」
「一緒に暮ら……もがが〜!」
嬉々として答えようとした水瀬の口を相沢が慌てて押さえた。
美人な水瀬親子に加え、更にもう一人の女の子と同居か。羨ましい。
だが、いい噂にはならないだろうから黙っておいてやるか。
昼休み、学食に向かう途中でふと中庭を見ると……。
「……あ、潤さん、こんにちは」
栞は微かに目を細めて、少しだけ頭を下げた。
よく分からない女の子だった。
想像していたよりも元気な仕草と明るい表情。
言葉を交わせば交わすほど、最初のイメージがどんどん薄れていく。
これが本当の少女の姿なのだろうか?
だとしたら、最初に出会った時の思いつめたような、そして怯えたような表情は何だったのだろう?
更なる謎は、栞が手にした物体X。
昼飯まだなので一緒にどうか? という俺の提案に対し、栞が注文した……。
バニラアイス。
俺は、運良く獲得できたカツサンドを齧りながら、まるで珍獣を見るような思いだった。
確かに冬でもアイスは旨い。それなりに需要があるからこそ、学食にも置いてある。
しかし汗ばむほどにガンガンと暖房を効かせた場所での話だ。
この寒空の下で旨そうに食えるこの子の神経が全く理解できない。
「寒いぞ、校舎の中で食わないか?」
「ダメですよ……私、こんな格好ですから」
自分の服装を見下ろしながら、栞が首を横に振る。
「校舎の中も敷地の中も同じだろ」
「同じじゃないですよ。校舎の中には……」
栞が言い淀む。
「えっと、何でもないです」
そのまま視線を逸らした。色々と事情があるのだろうから、特に追求はしないでおく。
「それにしても、一体何しに来たんだ?」
「私にもよく分からないです」
「……は?」
「分からない答えを探すために来ている。という答えはどうですか?」
なんだそりゃ。
「潤さん、今の台詞、ちょっとかっこいいですよね?」
「ちっとも」
「うわっ、ひどいですよ。これでも一生懸命に考えたんですから」
「そんなことを考える時間があったら、風邪を治すことを考えろ……」
「こう見えても暇なんですよ」
「それはこの前も聞いた」
「明日は他の理由を考えておきます」
「考えなくていいから、家でじっとしてろ!」
「……残念です」
肩をすくめた後、悪戯っぽい笑みを浮かべてこっちを見た。
「本当は、潤さんに会いに来ました」
何で俺なんかに? まさか俺のことが……?
……マンガじゃあるまいし。
「ところで……雪、好きですか?」
唐突にそう言った。
「雪に好き嫌いなんて考えたことないな」
「私は好きですよ。雪」
そう言ってアイスを食べながら色々と雪を使った遊びを提案する。
楽しそうではある。だが、雪玉に石入れ可のエキサイティング極まりない栞ルール雪合戦は謹んで辞退した。
学校来れなくて退屈してるんだろうか?
そうこうしているうちに、強引に雪だるまを作る約束をさせられた。
陸上自衛隊の皆さんが作るような特大サイズの雪だるま。
「おいしかったです」
空のカップに蓋をして、幸せそうに息をつく。
しかし、俺は見逃さなかった。
蓋の裏についたアイスに未練がましい目を向けていたことを。
男の目の前で、蓋の裏をスプーンで削り取ったり嘗めるのは恥かしいのかもしれない。
「あ、予鈴だ。そろそろ戻らないとな」
「そうですね……残念ですけど」
「いいか、家で寝てるのが寂しい気持ちは分かるけど、ちゃんと安静にしてないと治るものも治らないぞ」
「……そうですね」
寂しそうな笑み。その後、ひと呼吸おいて続ける。
「潤さん……」
「何だ?」
「約束……ですよ。病気が治ったら、雪だるま作ってくれるって」
「おう」
「今日は楽しかったです」
「そうか?」
「はい。とっても楽しかったです。ありがとうございました」
やがて、栞の姿は雪の中に溶けていった。
放課後、バイトに向かうために商店街を歩くと見知ったふたりを見つけた。
何やら考え込んでいる相沢と、そいつの背中にしがみつく羽の生えた少女。
相沢は勢いよく後ろを振り返って、遠心力で少女を引き剥がす。
そして相変わらずの夫婦漫才を始めた。
「……仲いいな。お前ら」
「あ、潤君だ」
「レツゴー3匹の集結だな」
「勘弁してくれ、オレにはお前らの相方なんて勤まらん」
「それは残念。だけど、俺たちよく会うよな」
「うん、ホントに偶然だね」
「オレはバイト先がこっちだからな」
「俺はCD屋探してるからだが……あゆも毎日商店街うろついてるのか?」
「うん……探し物があるんだよ……」
あゆの表情は俺を見つけたときとは対照的に寂しげだった。
「分かった! ガードの甘い店を探してるんだな?」
「うぐぅ〜違うよっ!」
また漫才が始まった。
「だったら何を探してるんだ?」
と、俺が問う。
「えっと……落とし物……落とし物を探してるんだよ」
まるで、今思い出したかのように言う。
「大切な物……すっごく大切な物……」
「大切な物……?」
相沢が怪訝な顔をした。
「うん。ボクが落としたのは……」
あゆは突然に呆けた顔になる。
「……あれ? 思い出せない……」
「は?」
なんだそりゃ。
「どうしたんだろ……何を落としたのか思い出せないよ……。大切な物なのに……大切な物だったはずなのに……」
見る見るうちに顔に焦りが満ちてゆく。
「早く見つけないとダメなのに……思い出せないよ……」
泣き笑いのような表情で、自分自身に戸惑っているようだった。
「どうして……」
「ただのど忘れじゃないのか?」
相沢が呑気に言う。
「……ボク、探してみる」
「探すって、何を探すかも分からないんだろ?」
それなのにどうやるってんだ。
「でも、見たら思い出すもん!」
「確かに、その可能性はあるだろうな」
可能性ならある。見たら思い出すという状況に心当たりがないわけではない。
「だから、ボク、探してみるよ」
「分かった、俺も探すの手伝ってやる」
相沢がまたも呑気な口調で言う。
「え? 本当にいいの?」
「もともとCD屋を探してうろつくつもりだったから、そのついでだ」
「うんっ、ありがとう祐一君」
そう言えば、俺もCD屋がどこか知らない。あまり音楽に興味なかったからな。
「いけね、バイトの時間だ。手伝えなくて済まん」
「気にしなくていいよ。潤君は祐一君と違って忙しいんだし」
「俺と違って、とはどういう意味だ!」
「まあ気にするな。じゃ、オレ行くから」
「潤君ばいばい〜」
あゆは元気に手を振っている。
わめく相沢を無視して走った。
それにしても、あゆの探し物って何なんだろう?
バイト中……。
コンビニの奥にある倉庫の整理をしていたら、売れ残りの特大花火セットを見つけた。
どうやら大きな箱に隠れてたために忘れ去られていたらしい。
と、その時視線を感じた。
「済みません、こちらは従業員以外……」
と言いながら振り向くと、そこにいたのはこの前、相沢に殴りかかっていたあの少女だった。
殺村凶子って名前だっけ?
あ、水瀬が沢渡真琴って言ってたな。
「あの……」
「どうしました?」
年下のようだが、俺は店員でこの子は客。当然ながら敬語で話す。
「それ……いくら?」
「これ……ですか?」
指差す先には、俺が手にした花火セットがある。
真琴は、こく、と頷いた。
「ただでいいですよ」
湿気を吸っている可能性が高いので、夏が来ても再び店頭に並べるわけにはいかない。だから廃棄処分する事になっていた。
「ホント!? ありがとっ」
この子を初めて見た時は相沢に殴りかかっていたために警戒していたが、笑うと可愛かった。
「それと……肉まんと、これ下さい」
そう言って、はにかみながら少女マンガと発煙式の殺虫剤を差し出した。
「……少々お待ち下さい」
店を後にするあの子を見て首を傾げる。
冬に花火、それに殺虫剤なんかどうするんだろう?
虫のいないこの季節に置いておくこの店も問題だが。
後で売上げを集計してみると計算が合わなかった。どうやら万引きがあったようだ。
店長から厳重な注意を受ける。
それと、どういうわけかレジスターの中に葉っぱが入っていた。
狐に化かされた訳でもあるまいし、どうなってるのだろう?
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