1月 27日 水曜日
今日はテストだが、これと言った事もなくテストは進行した。
昼休み、学食にて……。
「どうですか?」
「美味い。美味いんだが……」
「……?」
何も言うまい。作りたい……俺のために作りたい物は沢山あるのに、その機会は限られているんだから。
そう思い、気合いを入れて、改めて栞の弁当を食べ始めると……。
「あ、川澄先輩です」
「……ホントだ」
先輩は牛丼を3つもトレイに乗せている。
そして、この前の昼食会のように物凄い勢いで人ごみを掻き分けて走って行った。
やっぱり牛丼はこぼれていない。
「……凄いな」
「……ですね」
教室に戻ると……相沢は、食べ過ぎなのか机に突っ伏してへばっていた。
何やってんだか。
放課後、また相沢の訓練が気になり、中庭を覗きに行った。
今度は栞も同伴している。
相変わらず相沢は木刀の素振りをしていた。
「何なんですか?」
「見ていれば分かる、とにかく凄いんだ」
なにしろ、木刀で消火器をぶった切るんだから。
案の定、そこに川澄先輩が現れた。
また、消火器と……竹刀を持っている。
そして、俺たちの前を無言で通り過ぎ、中庭に入って行った。
それから、素振りを続ける相沢の後ろから接近して行く。
「どうなるんです?」
「これから相沢が凄いことをする」
先輩は、さっきの消火器を相沢めがけて放り投げた。
そして相沢は、両腕を広げる変わった構えを取り、飛んでくる消火器を……。
抱き締めてキスした!?
恥じらいに顔を真っ赤に染めながらも、なけなしの勇気を振り絞って相沢の胸に飛び込んだ消火器のキスはあまりにも情熱的だったため、相沢はあえなく鼻血を吹いて失神した。
「……えっと」
「……凄い……だろ?」
「新ネタ……でしょうか?」
「……体張ったギャグだな」
先輩は、大の字で倒れた相沢の傍にしゃがみ込み、近くに落ちていた小枝で相沢をつついている。
「あ……起きました」
「頑丈……だな」
ふたりは2、3言葉を交わす。
先輩が竹刀を地面に打ちつけ、相沢は木刀を構え直した。
「今度はどんなギャグなんでしょう?」
「いや、真剣にやってるみたいだけど」
ふたりはお互いに、じりじりと立ち位置をずらしながら睨み合っている。
「凄い気迫です。さすがは、レツゴー3匹です」
「……違うって」
「潤さんは練習に参加しないんですか?」
「俺には無理……」
と、言ってる間に……。
相沢は脳天に一発食らって昏倒した。
「激しい突っ込みですね……」
「まさに体張ってる……が、断じてギャグではない……」
ふたりはまた、言葉を交わしてから立ち上がり、獲物を構えた。
もう一本やるらしい。
「あー、舞ーっ、こんなところに居たんだぁっ」
この能天気な声は……。
倉田先輩だった。
いつの間にか、俺たちの後ろで見ていたらしい。
倉田先輩はパタパタと走って中庭に入り……。
ふたりと何やら話し始めた。
「誰ですか?」
「倉田先輩。川澄先輩の親友」
川澄先輩が相沢を竹刀で小突いていた。
「きつい突っ込みですね」
「……そうだな」
どうやら栞は、初対面の時の相沢のネタ振りで相沢はお笑い芸人だと信じて疑わないらしい。
……まあ、似たようなものか。
川澄先輩は相沢から木刀を受け取り、倉田先輩の目の前に投げた。
倉田先輩がそれを拾い上げ、構える。
「潤さんとあゆさんは抜けて、あのメンバーで再結成ですか?」
「……ああ、そうだろうな」
もう、突っ込む気力もない。
カーーンッ!
「……!」
「……!」
瞬きした後には、倉田先輩の手から木刀は消えていた。
木刀は回転しながら落下し、地面に刺さった。
しばらくの沈黙の後、言葉を交わしてから……。
倉田先輩は去って行った。
俺たちの後ろを走り抜ける倉田先輩の顔は沈んでいた。
「……ふう……」
「……はあ……」
お互い、息をするのも忘れていたかのように固まっていた。
「……芸……ではないですね」
「ああ、ふたりは戦ってるんだ」
「誰とですか?」
「誰……じゃない。舞踏会を滅茶苦茶にして、オレたちを突き飛ばした『何か』だ」
「『何か』……ですか?」
「オレたちには……手出しできない『何か』だ」
「……分かりました」
手を繋ぎ、ただ歩く。
雪の景色をふたりで楽しむ。
これと言った会話はなかったけど、静かで、満ち足りた時間だった。
バイト中……。
水瀬が来た。
手にはスーパーの袋を持っている。買い物の帰りに、ここに寄ったらしい。
レジにマンガ雑誌を置いた、青年誌だった。
「水瀬がこういうの読むなんて意外だな」
「ううん、祐一に頼まれたの」
「そうか」
水瀬はとても嬉しそうだった。
昨日、物思いに耽る相沢に相談もされないため、寂しそうにしていたのを思い出した。
こんな些細な用事でも、頼られるのは嬉しいのだろう。
「祐一ったらおかしいんだ。血湧き肉躍るような雑誌……とか、どきどきするような雑誌……なんてよく分からない事言うの」
心底楽しそうに言う。
……何か嫌な予感がした。
「そして、わたしが要領を得なくて痺れ切らしたのか『いやらしい雑誌』ってはっきり言ってきたの」
真琴に次いで水瀬にも同様のセクハラをしたのか?
相沢は、女の子にエロ本買いに行かせる性癖でもあるんだろうか?
「でも、恥ずかしくなったのか、週刊の漫画雑誌でいい……って言ってきたの。祐一って可愛い所あるよね」
そう言って微笑んだ。
「可愛い所って……」
「あの年頃の男の子なら普通の事なんだから、別に恥ずかしがらなくてもいいと思うんだけど」
……いや、十分恥ずかしいって。
「北川君だってそう思うよね?」
いや、同意を求められても困る。
……頭痛がしてきた。
物凄いボケで返すと言うか飲み込むと言うか……。水瀬は最強だ。
だが、楽しそうな表情は一変して深刻になる。
「だけど祐一……やっぱり変なんだよ。部屋にこもって木刀の素振りしたり、魔物と決戦だと言ったり……。祐一、何してるんだろう? 魔物なんて呼ばれるような怖い人と、あんな物を振り回すような危ないことしてるのかな?」
まだ、相沢は水瀬に『何か』について説明はしていないのか。
「……男の子ってのは、そうやって友情を作るんだろうけど」
俺は思わず転けそうになった。
友情を作る……?
昔の不良マンガにありがちな……。
「○○高校の魔物とはおんどれの事かい!」
相沢の学ランはボロボロ、下駄履き、学生帽のひさしは割れている。
「そうじゃい、勝負じゃあ!」
『魔物』との異名を持つその大男はてっぺんが破れた学生帽を被り、腹にはサラシを巻いている。そして学ランの裏地には虎、背中にはご丁寧にも『魔物』と刺繍されている。
ふたりは怪しげな関西弁を喋り、川原で決闘してボロボロになって、夕日をバックに肩を組んで……。
「お前やるな!」
「お前こそっ!」
そう言って笑い合うアレだろうか?
『何か』と分かり合う余地などないと思うのだが……。
「やり過ぎて、祐一が犯罪者になっちゃうんじゃないか。その前に、死んじゃうんじゃないかって……不安だよ」
水瀬は悲痛な声だった。
全く、何やってんだ。水瀬にこんなに心配させて。
だが、こうするしかないんだろうな。水瀬を巻き込む訳にはいかないだろう。
「……相沢はさ、水瀬を本当に大切に思っている。だから巻き込みたくないんだろう」
自分で言っといて何だが……本当にそうなんだろうか?
「周りの人間が変に騒いで煩わせないのが一番いいと思う。だから信じて待つしかないって」
……久瀬の受け売りだな。
「……やっぱり、そうだよね」
そう言って、水瀬は去っていった。
全く……手当たり次第に手を出すからこんなことになるんだ。
俺にできることは……何もないのだろうか。
NEXT
SSTOPへ