1月 28日 木曜日
「おはようございますっ」
朝も……。
「教室移動です」
休み時間も……。
「おいしいですか?」
昼休みも……。
栞は普通だった。
何の悲壮感も無く、元気に笑っていた。
時間はもう、残り少ないのに。
普通の女の子として扱う事を栞は望んだ。
そして俺は、その望みを叶えている。
だが、それでいいのか?
このまま最後を迎えていいのか?
そんな焦りもめばえていた。
「祐一さんっ、ちょっといいですかっ」
突如鳴り響いた天真爛漫な声がその焦りを吹き飛ばしてしまった。
「ぐあっ……」
「あははーっ」
相沢は硬直していた。
俺も硬直していた。
「出ようっ」
先に相沢の硬直が解けて、倉田先輩を引っ張って行く。
「佐祐理は教室の中でも良かったんですけど」
「俺が良くないっ」
「そろそろ、祐一さんのお友達にも顔を覚えて頂いた頃だと思ってたんですけどね」
……覚えている。
天真爛漫な笑顔も。
そして、昨日の悲しそうな顔も。
……でも、もう元気になったんだな。
「ふう……」
硬直が解け、大きく息を吐く。
俺は何を迷っていたんだ。
プレゼントを選ぶ時、あゆと笑い合って気付いていたはずなんだ。
笑うことで、救われるんだ。
……ありがとうな。相沢、倉田先輩。
だが、顔を真っ赤にして戻って来た相沢には、照れくさくて感謝の言葉は言えなかった。
放課後……。
相沢は鞄を掴んで駆け出した。
扉を開けると……。
「わっ……」
すぐそこにいた倉田先輩を引っ張り……。
「……いこうぜ、佐祐理さん」
と言って走って行った。
川澄先輩と仲直りしに行ったのだろうか?
そう思い、昨日のように栞同伴で中庭に行くと……。
川澄先輩は消火器とタライとバケツと竹刀を持って立っていた。
「チョーサクさんと倉田先輩は、先に行ったんですよね?」
「そのはずだが……別の所に行ったようだな」
「では、すっぽかされてしまったんですか?」
「……らしいな」
そのとき何かを思い出したのか、川澄先輩は廊下に戻って来た。
そして膨大な荷物を器用に担ぎながら去って行った。
「……今日は特訓お休みのようですね」
「……そのこと忘れてたんだな」
商店街を栞と歩く。
そうなんだ。
こうやって普通に過ごせばいいんだ。
「……何ですか?」
「何でもないよ」
「……あ」
「……何だ?」
「歩いてます」
「は?」
「あの時見つけたアレです」
「アレ?」
栞の視線を追うと……。
歩いていた。
身長1、8メートル。
だらりとぶら下がったように見えるやる気のない足を引っ込めて座らせたら、座高1、5メートルくらいだろうか。
手は……これまただらりとぶら下がり、やる気のかけらもない。そして大きな爪が付いている。
そんな奇妙な……。
「あの可愛いぬいぐるみですぅ!」
栞お気に入りの呪いのぬいぐるみであった。
手足をぶらぶらと揺らしながら、のっしのっしと歩いている。
「やはり呪いが掛かっていたか」
それも、自律二足歩行を始める程の強力な呪いだった。
しかも相沢が隣を歩き、何やら会話をしている。
ぬいぐるみにかけられていた呪いは、どうやら人間の生命力を吸収して歩き出す程の強力なものであり、吸収された相沢は支配されてしまったようだ。
「……残念です」
「残念なものか、一歩間違えば栞がああなってたんだぞ」
「その方がいいです〜」
「……何でだ」
「倉田先輩に先に買われてしまいました」
「……へ?」
よく見ると、呪いのぬいぐるみを倉田先輩が背負っていた。
まあ、常識的に考えればそうだよな。
「欲しいです……」
「子供みたいに駄々をこねるんじゃない。これで良かったんだよ。これで、な?」
「うー」
「石焼きイモでも食って機嫌直せ」
香ばしい香りを立てる軽トラックを指差す。
「子供扱いしないで下さいっ。……そういうこと言う人、嫌いです」
そっぽを向いたが……。
「でも、石焼きイモは大好きです」
そう言って微笑んだ。
バイトに行く。
結局、相沢は夜食を買いに来なかった。
今夜は戦わないって訳でもないだろうに……。
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