1月 26日 火曜日

 朝の校門に立つ。
 眠い。
 テスト勉強で寝不足だ。
 栞のために時間を割きたいのに。
「どうしたんですか?」
「……」
 栞も、勉強遅れて大変だろうな。
 しかも……追いつくことなどできない。
 ……考えちゃ駄目だな。
「……?」
「何でもない」
 これからも空いた時間にはちょくちょく栞と会い、栞の弁当を食べ、他愛もない話をした。
 特筆するようなことはない、どこにでもいる仲がいい恋人同士の逢瀬。
 それこそが、栞の希望した物だったからだ。


 授業が始まるが、相沢と水瀬はまだ来ていない。遂にふたり揃って遅刻のようだ。
 1時間目の授業が終了する。
「……疲れた」
 相沢と水瀬が教室に駆け込んで来た。
「ついに遅刻だな、相沢」
「悪かったな……」
「しかし、1時間の遅刻とは豪快だな」
「昨日の夜、色々とあったんだよ」
「……色々?」
「うん。色々とあったんだよ」
 水瀬も脱力した顔で言う。
 ……。
 そうか、水瀬は信じて待った甲斐があったんだな。
 変に突っ込むまい。
「待てっ! 無言で去って行くな」
「やっぱりそういう関係だったんだな」
 よかったな。水瀬。
「だから、誤解したまま戻って行くなっ!」
「だったら、ちゃんと説明してくれ」
 俺には、久瀬みたいにさりげなく茶化す事は出来ないな。
「分かったよ……」
 そう言った後、ふてくされたように相沢は続ける。
「名雪の部屋で、一緒に試験勉強をしていただけだ」
 本当にそれだけじゃないだろう?
「似たようなもんじゃないか」
「どこが」
「真夜中に、女の子の部屋にふたりっきりでいたんだろ?」
 ……と、なれば……な。
「充分、驚くような事態だって」
「相手はいとこだぞ」
「でも、兄妹じゃないだろ」
「同じようなものだ……」
 やがて、2時間目の授業開始を知らせるチャイムが鳴った。
「……じゃあな」
 本当に何もなかったのか……。
 水瀬が不憫だ。


 昼休み。
 今日は、いつもとは逆に俺が誘おうと栞のクラスに行く。
 すると、顔を真っ赤にした女の子がこわばった顔で歩いて来てぶつかりそうになった。
 栞のクラスメイトだった。
 彼女が歩いてきた方向を見ると、栞の教室から、やり切れない顔をした相沢が出てきた。
 痴話喧嘩でもしたのだろうか?
 節操なくあれこれ手を出した挙句、破局を迎えたようだ。
 ……全く、何をやってるんだ。
 お前には水瀬がいるんだぞ。

 栞の弁当を食べて教室に戻ると、相沢が物思いに耽っていた。
「どうしたの?」
 水瀬が相沢に話しかけた。
「どうしたって?」
「だって、元気ないみたい」
 まあ、あんなことの後だもんな。
 それに、『何か』の問題もある。
「そうか? いつもと変わらないけどな……」
「なにかあったら言ってよね。同じ屋根の下に住んでるんだし」
 ……だからこそ、水瀬だからこそ言えない事なんだろうな。
「ああ」
 水瀬が自分の席に向かう。
 もう一度相沢を見つめる眼差しは寂しそうだった。
 力になれないのは辛いのだろう。


 放課後、学食の前を通る。中庭への通り道だ。
 相沢の訓練が気になるのだ。
 栞は学食でクラスメイトと話をしている。
 昼に相沢と起こした痴話喧嘩(?)の相談でもしているのだろうか?
 友人の色恋沙汰の相談に乗る……女学生らしい光景である。
 色恋と言えば……。
 川澄先輩のことで久瀬を茶化したら、取り乱してあそこの消火器に足引っかけて転んでいた……な?
 川澄先輩がいた。
 備えつけてあったあの消火器を取り外し、中庭に持って行く。
 もしかして……?
 そう思い、中庭を覗くと……。
 案の定、素振りをしている相沢の後ろから接近する先輩がいた。
 そして、さっきの消火器を相沢めがけて放り投げる。
 そして相沢は……。
 木刀で消火器に切りつけた!?

 ボオウウゥゥゥゥンッッ!!

 大爆発。
 木刀で鉄製の消火器をぶった切るとは!
 相沢祐一とは、一体何者なんだ!?


 その後、図書室で栞から色々な本の話を聞かせてもらった。
 栞と一緒に昇降口を出ると……。
 水瀬と相沢が芝生のある当たりでしゃがみ込んで、何かを作っている。
「あ、水瀬先輩とチョーサクさんですね」
 昨日の昼食会の時、水瀬たちも面白がって相沢をそう呼んでたな。
 相沢は永久にチョーサクで決定。
 ふたりは作業を終えて立ち上がり、去って行った。
 そこを見てみると……。
「うさぎさんですね」
 雪うさぎがあった。
 どういう訳か、片方の目は赤いビー玉だった。
「うさぎと言えば、舞踏会の時の女の子はどうなったんでしょう?」
「行方不明とか誘拐といったニュースはなかったから大丈夫だろう」
「そうですね。それにしても、あの子と川澄先輩って似てましたね」
「ああ、昨日訊きそびれちゃったな」

 栞と商店街を歩く。
 この、何の変哲もない時間がかけがえのない物となっていく。
 その時、相沢と水瀬と……真琴を見つけた。
 だが、真琴と話すのは相沢だけで、水瀬はあまり話していない。
 まだ、俺の助言の通りにする勇気が持てないようだ。
 でも、3人で肉まんを食べている。
 こうやって時間を共有するだけでもいいか。
 そうだ、冬にはやっぱり肉まんだ。
 ……それなのに。
「何ですか?」
 栞はやっぱりアイスを所望するのだった。
「……何でもない」
 真琴はゲーセンのプリント機をじっと見ていた。
 それを見た相沢たちが2、3言葉をかけた。
 一緒に撮ろうか? と、薦めてるんだろうか?
 あ、逃げ出した。
 前にも、寂しそうにプリント機の前の行列を見ていたのを思い出した。
 決して嫌ではないはずだ、それなのに。
 水瀬は、相沢と真琴はケンカする程仲がいいと言っていたが、真琴は相当なあまのじゃくのようだ。
「あ、プリント機ですね」
「撮ろうか?」
「はいっ! こういうの憧れてたんです」


 あれから更に色々寄り道して帰宅すると……。
 けたたましい笑い声が聞こえた。
 お袋が電話している。
 スーツのままだった。帰宅した直後に電話がかかってきたらしい。
「うんうん、青春やなぁ。ほなな、真琴によろしゅう」
 そう締めくくって切った。
「ただいま。母さん、あの子に何かあったの?」
「お帰り。あの子……言うたら、真琴の事やな?」
「ああ。機嫌いいけど、どうしたの?」
「今日な、うち、保育所の男の子にラブレター……」
 貰ったのか? その子はずいぶんと年増好みなんだな。
「……今、ごっつ失礼な事考えとらんかったか?」
「……いや、何も考えてない」
「うちはあんたの母親やで、一目見たら分かる」
「いや、ほ、ホントだって。で、ラブレターがどうしたの?」
「そうやった、男の子にラブレター……」
 良かった、どうにか誤魔化せた。
「の、代筆頼まれたんや……」
 落ち込む。
「……そりゃそうだろうな」
「納得すなっ!」
 拳骨が来た。
「ぐはっ!」
「乙女心はズタボロや……」
 寂しそうに俯く。
「……乙女? 誰が?」
「うちに決まっとるやないか!」
 再び拳骨が来た。
「ぐはっ!」
「はぁ……あんた、お父んに似て石頭やな。手が痛うなってきたわ。今日はこのくらいにしといたる」
「あいててて……けど、そんな事があって、なぜ機嫌がよかったんだ?」
「それはな、ラブレターの相手が『まこちゃん』だったんや」
 なるほど、どういうわけかお袋は真琴のことがお気に入りだから我が事のように嬉しいんだろうな。、
「で、秋子に相談したらしくてな。秋子は……『思いを伝えるのって、凄く大きな力が要るんですよ、付き合うにしても、断るにしても、誠実に考えて早めに答えなさい』……と、真面目な事言うたそうや。秋子らしいで、ほんま」
 水瀬のお袋さんの真似なのか妙な口調でそう言ってはしゃいでいた。
「なるほど、確かに青春だな」
「……それにしても、真琴は字が難しい言うて秋子に読んでもろたそうや。手紙、そないに難しい字使たかな?」
 真琴はよく少女漫画を買ってたが、けっこう漢字もあったよな。漢字の知識も抜け落ちてしまったんだろうか?
 そう言えば、この前真琴は大量の割り箸を買っていったな。
 お使い……に、しては何やら思いつめた表情だった。一体どうしたんだろう?




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