1月 22日 金曜日

 授業中……。
「……熱でもあるのか?」
「はあ? どうしてだ?」
「真面目な顔で授業を受ける姿なんて、初めて見た」
「……真面目にもなるさ」
 何に真面目になっているのか?
 昨日の、川澄先輩の事だろうか?
 昨日は栞が来たことが嬉しくて、早く学食で会いたくてすっかり忘れていた。
 相沢は知っている。
 昨日、川澄先輩とは別に会場の破壊を行い、栞を攻撃した『何か』のことを。

 だが何度声をかけても返事はなく、昼休みを迎えた。
 チャイムと共に相沢は駆け出して行った。
 まるで超レア物のヒレカツサンドを追い求めるように。
 水瀬は美坂とここで弁当を食べるようだ。
 美坂と視線が合いそうになり、思わず避けてしまった。
 しかし、どうしたものか?
 今日は栞が弁当を作ってくれるというだけで、待ち合わせ場所は決めてなかった。
「あの〜、すみません〜っ」
 妙に緊張した声。
 緑のリボンの制服を着た……。
「北川さん、いらっしゃいますか?」
 栞だった。
「……」
 美坂が、複雑な表情で俺と栞を順番に見ていた。

 弁当は巨大だった。
 俺の胃袋の許容量を大幅に逸脱している。
『作りたいおかずがたくさんあって、それで……』
 そう言って笑う。
 俺のために沢山作りたくて、でも作る機会は限られていて。
 美味かった。
 そして苦しかった。
 腹も、心も苦しかった。
「作っているとき、楽しかったです。でも、好きな人に食べてもらっている時の方がもっともっと楽しいですよね」
 リンゴのウサギを頬張ったまま、今、この瞬間を心から楽しむように、涙の滲む目を細めて、精一杯の笑顔で、何度も何度も頷いていた。

 学校をサボりたかった。
 朝からずっと栞と居たかった。
 だが、それはできない。
『私の事を、普通の女の子として扱ってください』
 それが、栞の願いなのだから。

 教室に戻る途中……。
 廊下に相沢と倉田先輩が居た。
 舞踏会の時にガラスが割れ、その直後に倉田先輩は倒れていたが、どうやら栞と同様に酷い怪我はしなかったらしい。
 その時……。
「今度こそ連中に、目に物見せてくれるって?」
 突如、短髪の女がふたりの会話に強引に割り込んだ。
 3年生の女生徒、彼女は反生徒会グループのリーダー格の女だった。
 『権力=悪』という短絡的な価値観の持ち主だ。
 学祭の時に、BGMを流す校内放送にゲリラ的な割り込みをかけた前科がある。
 そして、連中の言う『主張』とやらを放送に乗せてぶち撒けたハタ迷惑な女だった。
 もっとも、そのゲリラ放送は愚痴のレベルに終始していた。
 こういう奴が親の金で進学させて貰った挙句に世の中にグダグダ文句を言い出して、変な宗教にハマって毒ガス撒いたり、大学の講堂を占拠し、経済的な事情で進学できず警官になった機動隊員に投石したり角材振り回したり火炎瓶を投げつけたりしたんだろうな。
 まさか、相沢はあんなテロリスト予備軍の女とも付き合っているんだろうか?

 教室に戻ると、斉藤が相沢の机の中に何かを入れていた。
「お前、何やってんだ?」
「北川には関係ないだろう?」
 確かに関係はない。だが、そういう問題でもないだろう。
 こいつも反生徒会グループのメンバーで、人の話に乱入しては、話の流れを無視して自分の主張を始めるうっとおしい奴だった。
 あれがいけない、これが問題だ、とわめき、うんざりした俺が……。
 『だったら代りに、どうすればいいんだ?』と、突っ込むと途端に口篭もった。
 反生徒会グループは、やる事なす事、万事がこのレベルだった。
「とにかくどけ」
 斉藤はそう言って俺を押しのけ、自分の席に戻って行った。
 その直後、相沢が戻って来た。
「北川、お前も舞踏会に参加したんだろ?」
「……ああ」
「だったらこれに署名してくれ」
「……ん? なになに……」
 手渡された文書の内容を要約すると……。

     川澄舞の処分は不当である
     破壊活動は彼女の本意ではない
     会場に乱入した野犬から参加者を守る為に戦った

「……と。これを、信じろと?」
「ああ」
「無理だな」
「……」
 憮然とした顔。
「オレは見たよ。彼女が剣を振り回して会場を滅茶苦茶にする所をな。それに、野犬なんて見ていない」
「……」
「……だが」
 そう言って俺の名前を書く。
「先輩以外の『何か』がいたことは知っている。少なくとも、彼女が全てを壊した訳ではないことは分かる」
「……ありがとう」
 とりあえず栞のクラスを教えて、栞にも当たってみることを薦めておく。
 別に、相沢に親切にしたわけではない。
 栞に攻撃した奴が許せなかっただけだ。

 授業が始まり、相沢が机の中から教科書を取り出そうとしたら……。
 文庫本が落ちた。
 しまった。斉藤が机に何かを入れていたのを相沢に教えておくのを忘れていた。
 その表紙は……。
 ふたりの全裸の女が、女同士で絡み合っているいかがわしい絵だった。
 どうやら嫌がらせのつもりらしい。
 確かに、これから持ち物検査を始められたら大変なことになる。
 しかし、こんな手段を取るとは……全く、レベルの低い連中だ。
 それにしても何故? 別に相沢が生徒会の人間って訳でもないだろう。
 ……! 舞踏会か。
『舞踏会は生徒会主催だから、それに参加すれば 参加者も生徒会側であり、敵だ』
 ……という理屈なのだろうか? 短絡的な連中だ。
 待てよ? 俺も参加した。って事は……?
 机の中を探ると、案の定、文庫本を見つけた。
 その表紙は……うげ。
 ふたりの全裸の……。
 ……男が、男同士で絡み合っている、相沢の物より更にいかがわしい絵だった。
 あまり考えたくないが、押し倒している男は俺に、押し倒されている男は相沢に似ているようにも見える。
 これはつまり、相沢と俺の関係はこんな物だろうと、暗に中傷してるということなのだろうか?
 ……頭痛がしてきた。
 吐き気もしてきた。折角の栞の弁当が逆流しそうだ。
 だが、何とか持ち堪えた。
 確かに破壊力はある。見つかったら一大事だ。
 後で川原にでも捨てておこう。この手の本はそこに捨てるに限る。
 机の奥深くに押し込み、相沢の方を見ると、相沢は文庫本を拾い上げてしばらく硬直し……。
「うおりゃーっ!」
 と、雄叫びを上げ……読み始めた!?
 おいおい! 何を考えている!?
「うるさいっ」
 回りの注目を浴びないように静かに相沢の頭を小突き、静止させようとするが……。
「ふむふむ……これはすごい」
 相沢の暴走は止まらなかった。
 水瀬が怪訝な顔で相沢を見ている。
『祐一? な、何読んでるの!?』
 水瀬が絶叫……てなことになったら一大事である。
 幸い、他に相沢の暴走に気付いている者はいないようだ。
 俺が騒いで発覚したら、俺の立場も危うくなるので大人しくしておく。
 暴走は授業中ずっと続き、その間は気が気でなかった。
 全く、栞が辛い思いをしてるってのに、俺は何でこんなことに必死になってるんだか……。

 授業が終わり、休み時間になると……。
「参りました」
 斉藤は相沢に土下座していた。
 常識的に考えると、そういうことだ。
 授業中に、いかがわしい小説を先生の目を逃れて読破するということは、凄いことなのだ。
 そして、奴は俺と相沢を含む参加者に仕掛けたブツを素直に謝りながら回収していった。
 相沢の暴走が斉藤を改心させたのであった。
 反生徒会グループの信念なんてその程度の物なのだ。

 余談だが、この一件でグループの救いようのないレベルの低さが露呈し、壊滅することになる。


 放課後、帰る途中で生徒会室の前を通る。
 相沢の署名がどうなったのか気になったのだ。
 署名はかなりの量になっていた。
 参加者ではないのだが……舞踏会の日の掃除の時にムカデをかっ飛ばした川澄先輩をうっとりとした目で見つめていた女生徒たちの名前もあった。
 生徒会室の前には相沢が居た。壁にもたれて……聞き耳を立てているのか?
 ……!? ドアを乱暴に開け放ち、中に入って行った。
 中から相沢がまくし立てる声が聞こえる。
 反生徒会のゲリラ放送よりはマシだが、乱暴な口ぶりだった。
 あれでは交渉になる訳がない。
「どうしてそこに理由があると考えられないんだよっ!」
 殴る音がした。
 馬鹿! 暴力振るったら交渉どころじゃなくなるだろう!
 理由……つまり、栞を攻撃した『何か』の事は、話をしても到底信じられる物ではないのだろう。
 体験した者でなければ。
 だが、あれでもう終わりだな……あいつも、停学か退学になってしまう。
 生徒会室から男が出て来た。
 久瀬だった。
 額にガーゼが貼りつけられている。怪我させたって事は相沢の退学はもう確定だな。
 久瀬は、呆然と見守っていた俺に目を止め……。
「……ちょっといいかな?」
「ん? あ、ああ」
 向こうから話しかけてくるとは予想外だった。
「君、舞踏会の時に美坂さんと一緒に居た……」
「北川……だけど、栞のことを知ってるのか?」
「美坂……栞さんの事は生徒会では有名だよ」
「そうなのか?」
「ああ。入学初日に倒れたって聞いた」
「……あ」
「入学式の時の、生徒会長の挨拶が長すぎたかと責任感じてね。……実は、挨拶の文面は僕が考えたんだ」
 そう言って、頭を掻きながら苦笑した。
 だが、一転して真顔になる。
「彼女、体が弱いんだって? そう聞いて、万一の事態に備えて応急処置の講習会を開催した経緯から覚えていたんだ」
「……そうだったのか」
 春に生徒会主催でそういった講習会が開かれて、生徒会役員や有志の生徒が参加していた。
 ……俺は面倒で参加しなかったが。
 そう言えば、テロリスト予備軍の女は『偽善者!』『売名行為だ!』などとヒステリックにわめいていた。
「売名行為だと受け取る手合いもいたし、そういう側面があったことを否定はしない。僕の今の地位はその実績による物だからね。……だが、彼女にとっても悪い話ではないと思う」
 そう言ってから、久瀬は照れた顔で続ける。
「……特別扱いはいけないと思うけどね」
「ありがとう」
「……? 何で君が礼を?」
 久瀬の怪訝な表情は……。
「……なるほどな」
 不敵な笑みに変わり、俺の肩をバンバンと叩いた。
「幸い、学んだ知識を活かす機会はなかったけど」
 明るい口ぶりだったが、すぐに真面目な顔になる。
「幸いってのは不謹慎か。最近まで、学校来れなかったらしいからな」
 ……いい奴なんだな。

 話が長くなりそうなので学食へ行く。
 その前に、栞に事情を話して待っててもらおうと思っていたが、栞はここでクラスメイトと談笑していた。問題はないだろう。
「ところで、さっき生徒会室に入っていった奴、オレのクラスメイトなんだけど」
「ああ。倉田さんが『祐一さん』って呼んでたが、相沢って転入生はそんな名前だったな。君のクラスだったのか」
「ああ。それで……処分はどうなる?」
「処分? そんなの無いけど?」
「へ?」
「少々凄まれたけど、直接に僕を殴ったりはしなかったからね」
 そうか。あの音は威嚇のために壁を殴った音か。
「だとしたら、その額のガーゼは一体……?」
 考えてみたら、殴る音から俺と出会うまでの間に、手当てをする暇などなかったはずだ。
 だが、舞踏会の時は怪我などしていなかった気がする。
「これか? 昨日……ちょっと、ね」
 少々動揺しながら言葉を濁した。まあ、言いたくない事もあるか。余計な詮索はやめておこう。
「……殴らなかったとしても、脅したわけだろ?」
「まあ、仕方ないだろ」
 そう言って肩をすくめた。
「立場上、彼らの敵に回らざるを得なかったし、役員としての言葉は辛らつな物になってしまったけど、彼も川澄さんに特別な感情を抱いているようだからね」
 そう言って、なにやら遠い目をした。
「僕だって彼の立場なら……」
 ひと呼吸置き、不敵な顔で続ける。
「……僕なら本当にぶん殴ってただろうな」
 ぱん! と、拳を手のひらに当てて笑った。
「……でも、本当に川澄さんのことを考えてるなら自重するべきだ。後を追って退学にでもなったら、倉田さんをひとりにしてしまう事ぐらい分かるだろうに」
 そう言って溜息をつく。
「そんな事になったら、川澄さんが悲しまないわけがない」
 久瀬は呆れつつも、そこまで熱くなれる相沢の事を羨ましそうに語った。
「幸い、あの時役員は僕しかいなかったから他に目撃者はいない。だから、役員という肩書き抜きの一個人、久瀬和弥として、彼を大目に見る」
「……そうか」
 偉そうな奴だと思っていたが、違った。
 偉いんだ、久瀬は。
 必要な気配りをきちんと行い、いい意味で公私の使い分けと混同を行っている。
 上に立つべくして立つ人間なんだろうな。
「さて、前振りが長くなってしまったけど」
「話って何なんだ?」
「君と……あそこにいる彼女」
 相変わらずクラスメイトと談笑している栞を見る。
「あ、君の彼女か」
 さりげなく茶化された。食えない奴だ。
「ふたりの舞踏会での出来事についてだ。僕は非常口で避難の誘導をしていて、長瀬先生が駆け込んできた時に君たちを見た」
 神妙な顔で続ける。
「美坂さんが倒れた時、君たちの周りには誰もいなかった……違うか?」
「……違わない」
「そうだね。で、その直後君も倒れた……と言うより突き飛ばされた」
「分からない。栞が誰かに突き飛ばされたと思って、周りを見回してみたが誰も居なかった。そのあと俺も衝撃を受けて一瞬気を失ったらしい。気がついたらテーブルに叩きつけられていた」
「やはりそうか。どう考えても人間ができる動きじゃなかった。まるで目に見えない何かがぶつかったような不自然な動きだったよ」
「……そうか」
「で、他に気付いた事は?」
 久瀬が身を乗り出した。
「無い。それだけだ」
「……そうか」
 久瀬は残念そうな顔で座り直した。
「一体何なんだ?」
「これまで僕がやってきた事を川澄さん自身の手で台無しにされてしまった。自分が馬鹿馬鹿しくなり、自棄になって川澄さんをなじってしまったけど、冷静になると……ね」
「……彼女だけの仕業じゃない。と?」
「ああ。壊れた物を片付けていたら、どう考えても剣のソレとは違う壊れ方の物が沢山あった。だが、だからと言って相沢君たちが持ってきた署名に書かれていた野犬が入ってきたという話なんて到底信じる訳にはいかない」
「誰も野犬なんか見ていない……か」
「その代わり、倉田さんや君たちが不自然な倒れ方をしたり、川澄さんが居ない所でも物が壊れるのを見た者は少なくない。……大体、落下したシャンデリアは剣が届く高さじゃなかった」
 言われてみればそうだった。
「それに、今回も、以前も、割られたガラスの破片は屋内に向かって飛び散っていた。一階の時とは限らず、二階や三階の窓でもそうだった。そして、現場には石や氷などが投げ込まれた形跡はなかった。この意味、分るか?」
 ガラスを割れるほどの氷の塊だったら……夜間でもガンガン暖房効かせないと溶けて無くなるとは考えにくいな。
 物を投げつける以外の方法で外から割るには? ベランダのような足場は無いから窓から身を乗り出して棒か何かで割るしかないか? 他には……?
「……かなり面倒な方法をとらない限り、『不良』なんかに出来る事じゃないな」
「ああ、そして『不良』がそんな面倒な方法をわざわざ取るとは考えにくい」
 生徒会や教師達にはこう言った指摘すら聞き入れられなかったのだろうか?
「どうやら僕達一般人には到底理解できない非科学的な『何か』がいるらしい」
 久瀬も気づいていたのか。
「……だったら処分は」
「いや、取り消すわけにはいかない。全てではないが川澄さんが会場の物を壊したのは事実だ。それに、この新校舎は建設中から作業員の怪我や物品の破損が絶えなかった。完成してからもそれは続いている。だから教師も生徒会もメンツをかけて犯人探しに躍起になっていた」
 考えてみれば、ここは新築にも関わらず壁を塗り直したりタイルを張り替えた形跡がそこかしこに見受けられた。
「そんな折、ガラスが何者かに割られる事件が発生し、反生徒会の連中が『川澄舞は中学時代から木刀を手に権力と戦ってきた』等と言い出し、反体制の英雄に祭り上げてしまった」
 そう言えば、中学時代にここの建設現場を通りかかった時、木刀を手にしたセーラー服の女を見た記憶がある。
 昔のマンガに出てくる『スケ番』を連想してしまった。
 彼女は川澄先輩だったのか。
「川澄さんは……この学校にいるべきじゃなかったんだ」
 久瀬はやりきれない表情で呟く。
「保身しか考えてないサラリーマン教師や、とにかく体制に逆らっていればかっこいいと思っている若気の至りの反体制バカなど、川澄さんの立場を危うくする人間が多すぎた」
 ……結構きつい言い方するんだな。
「それに、川澄さんは子供の頃、UFOや幽霊の類のオカルト物TV番組に出ていたらしい。まるで悪魔のように描くかなり偏った編集をしていたらしく、真に受けて嫌がらせをするバカが多数いたそうだ」
 なんか、そういう話を聞いたことがあるな。
「そして、そのバカの一部がロクに反省もせず、よりにもよってこの学校で高い地位についていたのが最大の悲劇だった。そのバカの後押しもあって、生徒会や教師達は川澄さんを犯人と決め付けて証拠探しに全力を注ぐようになってしまったんだ」
 川澄先輩の噂の真相はそう言うことだったのか。
「まるで中世の魔女狩りだな」
「ああ、女子の制服といい、舞踏会といい、中世の様式を重んじるような校風なんだよ。ここは」
 そう言って自嘲する。相当な皮肉屋だな。
 一旦出来上がった『川澄舞=不良』という空気の前には、ガラスの破片の向きの指摘すら通用しないのか。
 一旦動き出した集団の前には個人の力などたかが知れている……という事か。
「その矢先に、この事件だ。当事者である君たちから有力な情報が訊き出せれば良かったが、他の目撃者と大して変わらない」
「そうか。力になれなくて済まない。それじゃあ……」
「いや、うやむやにはできるだろう」
「へ?」
「本心では『目に見えない何か』に気づいて怯えている者は少なくない。そして、それと戦う川澄さんがここを出ていけば余計にまずい事になる、と考える者もね。だから川澄さんを復学させたい……が、それぞれの立場上、そうする訳にもいかない」
「あれだけの事をした人間を弁護したらしめしがつかない、か」
「ああ。ここの生徒会は、『真面目』な生徒たちのための生徒会なんだ。大人にとって扱いやすい、上の人間のいいなりで、波風立てずに要領良く生きていく『真面目』な生徒たちのための、ね」
 やっぱりきつい言い方だな。
「それに、そんな事をすれば今まで自分達がしてきたことを間違いだったと認める事になる。下らないプライドがそれを邪魔している」
 心底呆れているのだろう。吐き捨てるような口ぶりだった。
「大体、現実に認める訳にはいかないだろう? 『目に見えない怪物と戦う剣士』なんてRPGみたいな話。だから、『問題があった生徒が剣を手にして暴れた』という比較的分かり易い話を信じる事になった」
「……なるほど」
「その上で、だ」
「その上?」
「更なる分かり易い話をでっち上げ、みんなでその茶番に乗って納得することにした」
「茶番?」
「ああ。公演は明日の放課後だ。あんな事言った後で虫がいいかもしれないけど、これから主演女優として倉田さんに出演を依頼しようと思う。で、閉幕したら主演女優はもうお役ご免にする」
 ひと呼吸おく。
「相沢君の性格は……さっきの一件で見抜いた。特に演技指導しなくても、アドリブで最高のヒーローを演じてくれると思う」
 久瀬は自分自身に言い聞かせるように続ける。
「川澄さんに危険な思いはさせたくないが、他人に手出しは出来そうにない。第一、教師が退学にしても、僕が止めても、川澄さんが戦いをやめることはなさそうだ。だから他人である僕にできることは、余計なことで川澄さんを煩わせないことだけだと思う」
 俺の顔を見据えた。
「『目に見えない何か』については彼らに任せるとして、君らも、変に騒がずその茶番を受け入れてくれれば丸く収まるんだけど」
「……」
 参った。そこまで考えてたとは。
 幸いにして大怪我した者はいない。俺も、栞も。
 栞は、あの一件はあまり気にしておらず、居なくなったウサ耳の女の子の方を気にかけていた。
 それに、確かに俺なんかにも手出しできる問題ではなさそうだ。
「……分かった」
「ありがとう……ってのも変か。まあ、生徒会としては参加者に謝らなくてはならないだろうしな」
「何をだ?」
「危機管理の甘さだよ。会場に、参加者帳簿に記載されてない子供が紛れ込んでいたと聞いた」
 ウサ耳の女の子だな。あれからニュースや新聞をチェックしたが、行方不明らしい事件はなかった。あの子はちゃんと帰れたのだろう。
「別に咎めるつもりはないけど、何かと物騒なご時世だ。万一の時に親御さんに連絡がつかなくなったら困る。第一、不審者が簡単に侵入できるとしたら非常にまずい」
 それもそうだ。
「それに、避難に非常に時間がかかった。避難経路の確保も誘導も後手後手に回ってしまった。勿論、万一に備えてそういった事態も考えていた……つもりだったけど、あんなに混雑するとは思ってもいなかった。後でぞっとしたよ。あの騒ぎがもしも、火事だったら、てね」
「……死人が出てもおかしくなかった、か」
「不謹慎だが貴重なデータが沢山手に入った。これを活かして万全のマニュアルが作れると思う。その点で、生徒会は川澄さんに大きな借りができたんだ」
「……そうか」
「そう言うことだ。話、長くなって悪かった。デートの邪魔してすまない」
 いつの間にか一人で待っていた栞は、それを聞いて真っ赤になっていた。
 久瀬の奴……また冷静に茶化しやがった。
 だから、栞にウインクして去っていく久瀬に一矢報いずにはいられなかった。
「なあ、久瀬」
「何だい?」
 振り向いた。
「相沢の処分について聞いた時、『彼も川澄さんに特別な感情を抱いている』って言ったよな?」
「……?」
 怪訝な顔。
「彼も……って事は、久瀬は、川澄先輩が……」
「……!!」
 栞に負けじ、と一気に赤面する久瀬。
「こ、こここ、この話は他言無用だ!」
 そう言って走っていった。
 ……あ、消火器に足引っかけて転んだ。
 あれだけの行動力、洞察力と冷静さを持った久瀬が、自分自身の色恋になると物凄い取り乱し方で痛快だった。
「あの人……何なんですか?」
 栞がこっちに来た。
「いい奴だよ。あいつも、栞のことを色々と気にかけてくれていたんだ」
「……そう、だったんですか」
 俺は、久瀬のことを何も知らなかったんだな。
 ……相沢についてもそうなんだろうか?


 栞に渡す誕生日プレゼントについて考えながら、商店街を歩く。
 初めての事だから、何を贈ればいいのかさっぱり分からない。
 本人に訊く訳にはいかないが、遠回しにすると鈍いからさっぱり要領を得なくなる。
 そうこうしているうちに栞は、ぬいぐるみや人形が並んだ男には到底入れそうにない店に入っていった。
 プレゼント購入のチャンスだが、何にしよう?
 ぬいぐるみ……か。しかし、昨日栞が気に入っていた呪いのぬいぐるみを贈る訳にもいかない。
 絶対呪われている。決定だ。
 しかし、どうしたものか……。
「潤君っ」
 俺の背中をぽんと叩いたのは……。
「ミナミハルオか」
「うぐぅ……ミナミハルオじゃないもん。あゆだもん」
 涙目で拗ねる。だが、その涙はあっさり引っ込んで元気に話しかけてきた。
「ところで、どうしたの? 複雑な顔で考え込んでるけど?」
 あゆも一応、栞と同年代。信じられないが、栞より一つ年上の女の子だ。相談してみるか。
 こういう場合、まずは相手の特徴を考えて、それに合ったプレゼントを用意するものだと思う。
 だが、栞の特徴は……。
「なぁ、誕生日プレゼントに、アイスクリームとシャベルを貰って喜ぶ女の子がいると思うか?」
「……いないと思う」
「やっぱり、そうだよな。なら、女の子って、誕生日に何を貰ったら喜ぶと思う?」
「たい焼き!」(即答)
「……」
 頭痛がしてきた。さすがは相沢の相方だ。
「……それはお前だけだ。もっと一般的な助言をくれ」
「相手はどんな女の子なの?」
 栞は……。
「アイスクリームが主食で、夢は、巨大な雪だるまを作ること。そんな女の子は、何を貰ったら喜ぶと思う?」
「……」
 しばしの沈黙の後……。
「……アイスクリームとシャベル?」
 さっき俺が例として出したものに疑問符をつけて返してきた。
「……だろ?」
「う〜ん……」
「う〜ん……」
 商店街のど真ん中で、ふたり揃って考え込む。
「プレゼントする相手って、栞ちゃん?」
「ああ」
「他に、趣味とかないのかな?」
「趣味……あ、絵を描くと楽しいって言ってたな」
「それだよっ! 絵の道具なら喜ぶよっ」
「しかし、ヘタなんだよな……」
「ヘタでも楽しいならいいんだよっ」
 そう言って笑う。
「はは、そうだな」
 この前、美坂に見せられた7年前の絵からさほど進歩していない腕前を考えると、楽しければいい、という考え方には妙な説得力があり、あゆに釣られて笑ってしまった。
 不謹慎だろうか。栞の運命を知っているのに、こうして笑う俺は。
 だが、絶望に沈んだ心は笑う事でしか救われないのではないだろうか?
 無邪気なあゆと一緒に笑うと、栞の病気も、迫る別れも、笑って済ませてしまえる冗談のように思えてきた。
 ……そうなんだ。
「……?」
 突然真顔に戻った俺をあゆは怪訝な顔で見る。
 栞も、同じだったに違いない。
 だから、ああしていつも笑っていた。
 だとしたら、何も知らずに俺が栞の傍にいたのは無駄じゃなかったはずだ。
 そして、俺が全てを知って、それでも受け入れて普通の女の子として接し続ける事は、決して俺の自己満足なんかじゃないはずだ。
「よし、じゃあ早速買ってくる」
「うん」
 駆け出す。栞のために何かしてやりたくて、居ても立ってもいられない。
「いい物が見つかるといいね」
 足が止まり、振り向いた。
「見つかると言えば、落し物はまだ見つからないのか?」
「……うん」
「……そうか……今度……今度こそ探すの手伝ってやるからな!」
「うんっ」



※久瀬和弥(くぜかずや)……フルネームは本作のオリジナル設定です。詳細は『まもるべきもの』参照。




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