朝日の中で目が覚めた。
切り株の上で、俺は寝ていた。
信じられない事に、こんな雪の積もる中で眠っても俺は何ともなかった。
栞に申し訳なくなるくらいに、俺の体は頑丈だった。
そして、俺は泣いていた。
頭の中に、ある少女が抱いた膨大な感情の奔流が渦巻いていた。
痛み、悲しみ、癒し、喜び、希望、不安……。
そして、最後に浮かんだ泣いている少年の姿。
相沢に似ていた。
相沢は、子供の頃に何度かこの街に来ていたと言っていた。
あれは、子供の頃の相沢?
今……頭の中に流れ込んできた思いも、相沢が背負っている物の欠片なのだろうか?
久々に制服姿の相沢を見た。
あいつは憔悴しきっている。
沢山のものを失ってきたのだから無理もない。
今になって思う事がある。
相沢と力を合わせる事ができていれば、どうなっていただろう?
俺も相沢も、背負った物を分かち合い、力と知恵を出し合えばどうにかなったのではないか?
少なくとも、より良い結末を迎えることができたのではないか? ……と。
本屋や図書館に通う。
医学書や医学の専門誌を読み漁る。
恋人の病死をきっかけに、医師を志す……。
栞の好きなドラマじゃあるまいし。
そう自嘲しながらも読み漁り、知識を身に着けていく。
そして、おぼろげながら栞を蝕んでいた病魔の目星がついてきた。
何を今更……とは思う。
知っていたとしても、プロの医者にもどうする事もできなかったのに、俺なんかに何ができた?
改めて自分が無力である事を知らされるだけだ……。
と、思うのだが、それでも何かをせずには居られなかった。
医学雑誌でとある記事を目にした。
『画期的な新薬』
栞がかかっていた(と、思われる)病気の特効薬と期待されている。
一般の使用が認可されたのは丁度、栞の誕生日からだった。
だが、激しい副作用が指摘されていた。
まだ臨床例も少なく、人体実験ではないか? と、記事は結ばれていた。
その時、美坂の言葉が脳裏に浮かぶ。
『栞に本当に何かあったら、その時こそ電話するから』
美坂からの電話はなかった。
栞の誕生日を迎えてからは思考が停止しており、そのことを疑問に思ってもいなかった。
美坂は学校に来ている。
そして、当然ながら栞の葬式が行われた記憶などない。
『過去形なんかに……しないでくれ……』
俺の言葉に対し、栞の答えは無かった。
確信する。
栞は生きている!
新薬に賭け、『これから』を取り戻そうとしている!
図書館を飛び出し、駆け出す。
どこに入院しているかは分からない。
だが、大きな病院を片っ端から当たれば、何とかなるだろう。
俺は街中を走りながら、冷静に考えてもいた。
なぜ連絡がない?
なぜ美坂は何も言わない?
『それ以上の時間は、潤さんにとっても、私にとっても、悲しい思い出を増やすだけですから』
栞は、そう言っていた。
しばらくの思考の後、ふたつの仮説に至る。
副作用によってボロボロになった姿を見せたくない。
そして、これはあまりにも分が悪い賭けである。
「栞……馬鹿だよ、大馬鹿だよ!」
駄目だった時に悲しませたくない?
ボロボロになった姿を見せたくない?
ふざけるな!
知らなかったら確かに余計に悲しむ事なんてないさ!
だけど、俺はもう知ってしまったんだ!
会いたいんだよ!
栞がどんな姿になっても会いたいんだ!
傍に居たいんだ!
俺は決して、そんなことで栞を嫌ったりしない!
見損なうな!
そして、この街1番の大病院の前に立つと……悲痛な面持ちの美坂が出てきた。
「美坂っ!」
駆け寄る。
「……北川君」
「……生きてるんだな?」
「何のこと?」
「すっとぼけるな! 居るんだろ?」
「……」
「美坂っ!」
「……」
そのまま美坂は立ち去った。
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