この頃、相沢は学校に来ていない。
 あいつの周辺で色々あり過ぎて、学校どころではないのかもしれない。


 昼休み。
 俺は生きている。生きているから腹が減る。
 学食に向かおうと廊下に出ると、栞のクラスメイトに出合った。
 今度は、水瀬を呼び出して欲しいと言う。
 教室に戻り、水瀬に伝えると立ち上がった。
 その表情からうかがえるもの、それは……。

 覚悟。

 気になったので後をつける。決して下世話な理由ではない。
 ある事を……俺の疑念を晴らすためだ。
 水瀬は中庭へ続く扉の前で立ち止まった。気付かれたか!?
 ……と思ったが違った。

 ぱん!

 まるで気合を入れるかのように、自分の顔を叩いた。
 やはり、別れ話なのだろうか? と、思ったが、水瀬は笑顔を作った。
 悲しみを無理やり抑えたような、悲壮な笑顔。
 俺は、その笑顔に見覚えがあった。

 中庭には相沢と真琴が居た。
 水瀬は相沢と2、3言葉を交わした後、真琴と雪遊びを始めた。
 笑う事がなくなってしまった真琴と、笑顔を絶やさない水瀬。
 真琴は、上手く歩けなくなっていたためか水瀬を巻き込んで転んだ。
 奇妙な取り合わせだが、仲良く雪だるまを作っていた。
 仲の良い姉妹のように……。
 姉妹……か。栞と美坂も、あんなふうだったのかな。
 しばらくして真琴は、完成した小さな雪だるまを抱えていた。
 そしてチャイムが鳴り、更に2、3言葉を交わした後、水瀬はふたりに背を向ける。
 俺が物陰に隠れると、水瀬が扉をくぐってくる。
 そして、駆け出した。
 その時に一瞬見えた水瀬の横顔はボロボロに泣き崩れていた。

 俺は早退した。
 見失ったふたりの姿を求めて街を走る。
 気になる事があった。
 真琴と一緒に雪だるまを作る水瀬の笑顔は、栞に似ていた。
 大きな悲しみを受け入れ、諦めて……それでも、大好きな人を悲しませないための笑顔。
 そんな、悲壮な笑顔。
 息も絶え絶えになった頃、商店街でふたりを見つけた。
 相沢はふたつの紙袋を抱えていた。
 一つは見なれない上品な柄の物。
 もう一つは、暖かそうに湯気を立てる……バイト先のコンビニの物だった。どうやら肉まんのようだ。
 ふたりは商店街と住宅街を抜けて、山沿いの道に向かった。
 そして林道のような小道に入って行く。
 林道は獣道となり、何度も足を取られる。
 だが、ふたりを見失う事はなかった。
 ふたりの足取りはとてもゆっくりだった。
 上手く歩けない真琴の肩を、相沢が支えて歩いていたのだ。
 見つからないよう距離を取って後を追うと、視界が一気に開けた。
 山の中腹のようだ。
 隣町が斜面の向こうに見える。
『ものみの丘』
 中学の頃、社会の課題でこの街の郷土史を調べた時に、そんな地名を目にした記憶がある。
 記述されていた内容を考えると、ここの事なのだろう。
 そして、ふたりは手を繋いでじっとしていた。
 側に、水瀬と真琴が作った雪だるまもあった。
 しばらくそうしていたら、真琴が相沢の上着を引っ張り、相沢が肉まんを食べさせる。
 ふたりは肉まんをしばらく食べ続け、昼寝をするように寝転んだ。
 日が傾き、何もかもがオレンジ色に染まって行く中、俺は考え続けていた。
 ふたりの目的は、そしてこれまでに何があったのか……。
 全く、俺は何をやっているんだろうな。
 恋人を失って、ひとりになって、かつて軽蔑していた相手のストーカーか。
 こんな救いようのない俺が栞を支えようなんておこがましかったな。
 そう思い、立ち去ろうとしたら不意に相沢が立ち上がった。
 そして真琴に白い布……ヴェールを被せた。
 結婚式……なのか?
 相沢は笑顔で……中庭に向かう時の水瀬のような悲壮な笑顔で、祝詞を口ずさんでいた。
 参列者は溶けかかった雪だるまと、こっそり参加のストーカー。奇妙な結婚式だった。
 祝辞が終わり相沢が真琴を抱き締める。
 何があったのかは分からない。それでもふたりの……相沢と真琴の幸せを祝福するべきだろうな。
 が、俺はどう考えても邪魔者なので『おめでとう』は心の中で言っておく。
 突風が吹き、ヴェールが飛ばされた。
 真琴は取り戻そうと手を伸ばしたが届かなかった。
 そして……子供のように泣き出した。
 相沢は、まさに子供に接するように真琴をなだめ、あやし始めた。
 だが、いつまでたっても泣き止まず、相沢は仕方なくしゃがみ込み、後ろから真琴を抱き締める。
 ちりん……と鈴の音がしていた。
 その音を聴いて真琴は泣き止む。
 ……ちりんちりん……ちりんちりん……。
 ちりんちりん……ちりんちりん……。
 眠そうにしていた真琴は、それを子守歌代わりにするようにして、目が閉じてゆく。
 ちりん…………ちりん……。
 音の間隔が長くなり……。

 ちりん……。

 と、最後の音と共に……。
 俺は目を疑った。
 真琴の体は透けてゆき、そこには誰も居なかったかのように消えたのだ。
 そこには相沢がひとりで、誰も居ない空間を抱き締めた形のままで固まっていた。
 相沢は震える手で、指に引っかかっていた鈴を握り締め……。

「真琴おぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 慟哭した。
 俺は駆け出した。
 その場から逃げ出すように山を降りる。
 相沢を女たらしだと軽蔑していた自分を許せなかった。
 相沢は……誠実だったのだ。
 同時に沢山の女性と付き合ってはいても、その全てに対して真剣に接していたのだ。
 相手の笑顔のために、一生懸命だったのだ。
 全てを愛していたのだ。
 そして、全てを背負ってきたのだ。
 人に言っても信じてもらえないような、不思議な運命を背負っていたのだ。

 ガッ!

 何かに足を引っかけ、体は地面に……いや、固いものに叩きつけられた。
 そのまま寝転んでベッドにできそうな大木の切り株だった。
 周りは、この切り株を中心に大きな広場のようになっている。
 どうやら途中で道を間違えたらしい。
 もう、立ち上がる気力もなかった。
 栞……。
 相沢……。
 水瀬……。
 あゆ……。
 美坂……。
 川澄先輩……。
 真琴……。
 そして無力な自分。
 これまでにあった色々なことが頭の中で渦巻いて、何もできなかった。
 そして、眠りに落ちる瞬間に、こう考えていた。
 栞も、俺なんかじゃなく相沢に愛されていた方が幸せだったのではないか……? と。




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