1月 25日 月曜日
朝、校門にて……。
「おはようございますっ」
「おう、美坂と……姉さんとお話できたか?」
「はいっ!」
栞と他愛のない会話をする。
焦らない。
『普通の女の子として扱う』
それが栞の望みなのだから。
1時間目終了……。
「ぐぁーっ」
「んーっ」
伸びをする。
偶然にも相沢と同じタイミングであった。
反らせた体を元に戻したら、水瀬が相沢に紙袋を渡していた。
相沢が紙袋の中身を出してみると、それは……。
カチューシャ?
見覚えのあるウサ耳のカチューシャ。
学祭で、このクラスは喫茶店をやった。
その時、悪ノリしてウェイトレスはバニーガールにしてしまった。
その衣装に使った物だ。
しかも、この企画を『本人が納得しているなら』という条件付きで、生徒会はあっさりと承認してしまったのだ。
ちなみに水瀬は、『うっさぎっ♪ うっさぎっ♪』と、ノリノリであった。
更に生徒会は万一のトラブルに備え、ガードマンとして柔道部員を派遣してくれた。
そんな至れり尽せりで、やりたい放題させてくれる生徒会の何が不満なのか?
(だからこそ問題なのかも知れないが)反生徒会の考えることはよく分からん。
まあ、どんな物であれ権力だったから悪と認識してたのかもしれないが。
それに、よく見ると舞踏会で出会った黄色のワンピースの女の子が着けてたのと同じ物だった。
相沢は、それを机の奥底に突っ込む。
一体何に使うのだろう?
一瞬、バニーガールの格好をした相沢の姿が脳裏に浮かび、寒い思いをした。
休み時間になる。この時間は教室移動だ。
何気なく中庭を覗くと……人影。
川澄先輩が一人で立っていた。
そして、側には山犬がいた。
また山から降りてきたらしく、弁当を餌にあげたようだ。
優しいんだな……とは思うのだが、餌付けしてたら後々大変な事になると思うのだが。
第一、彼女は次の授業に間に合うんだろうか?
昼休み……。
学食前にて栞が拗ねていた。
「潤さん遅いですっ」
「悪い、4時間目が長引いてな」
「栞ちゃん、一緒に食べよう?」
「そうしましょう、栞」
「はいっ!」
水瀬と美坂の提案に楽しそうに答える。
「わたしはAランチ〜」
「……名雪、注文はしなくていいわ」
「……?」
怪訝な水瀬と呆れ顔の美坂。
「……」
そして気まずそうにあさっての方向を見る栞。
「俺一人では食い切れん。みんなで食おう。……な?」
「……はい」
「もしかして……って思ってたんだけど、あれ……全部お弁当だったんだ……」
「そうなのよ……台所を朝早くから占領して作っていた力作なの」
「あは……あははははは……」
でかい。
この前作ってきた物よりもでかい。
この人数でも食い切れるかどうかは怪しい。
調度よく空いているテーブルに着くと……。
「お、倉田は身を引いて、晴れて堂々恋人同士か」
と、揶揄する声がした。
その方向には、パンを握り締めて赤くなる相沢と……。
牛丼を手にした、相変わらずの無表情な川澄先輩が居た。
「よう! 相沢! 先輩も一緒にどうです?」
食事は、沢山で食べた方が楽しいよな。
「お、北川か……それとその子……いいのか?」
「別に構わないよな?」
「……うん」
水瀬の返事には元気がない。しまった、水瀬には辛いか? やっぱり俺は無神経だな……。
「援軍が現れて嬉しいわ……」
「あは……あははははは……」
美坂姉妹の淡々とした会話。
川澄先輩との同席は舞踏会の一件で怯えるかと思ったが、栞は弁当が残されてしまわないか気がかりで、それどころではないらしい。
「そうか……なら、舞、いいよな?」
「……はちみつクマさん」
……?
川澄先輩の意味不明の返答に全員が首を傾げる。
と、川澄先輩が相沢の手を引っぱり、人混みの間を縫って素早く歩き始めた。
相沢は回りの生徒にぶつかり、顔面にエルボーを食らう。
そんな人ごみに突っ込めば牛丼がこぼれる!
……はずなのに。
着席した先輩の前には無事な牛丼があった。
もしかしたら、これも『何か』と関係があるのかもしれない……が、深くは考えまい。
川澄先輩は呆然と丼を見つめる俺に怪訝な顔をする。
「……牛丼、食べたいの?」
「いや、別に……」
「……そう」
なんか寂しそうだった。
「上級生の皆さんに囲まれて緊張します……」
固くなってる栞の頭をくしゃりと撫でる。
「別に知らない仲じゃないだろう? オレと、水瀬、美坂と……」
「チョーサクさんですね?」
「「「……チョーサク?」」」
栞を除く女性陣は呆然としていた。
まだ訂正してなかった。
「やっぱりレツゴー3匹結成するか?」
「勘弁してくれ、俺には相沢の相方など勤まらん」
「初対面の時のネタがまだ覚えられてたとはな」
「皆さん面白かったですから」
笑顔でそう言う栞。
「可愛い観客だったな」
「相沢、いいだろう」
赤面する栞の肩に手を回し、ちょっと自慢した。
「最初に中庭にいる栞ちゃんを見つけたのは俺だぞ。あの時、北川に言わないで俺が栞ちゃんに会いに行けば良かったなあ」
「結果は今と同じだと思うけどね」
相沢にクールな突っ込みを入れる美坂。
「どう言う意味だよ?」
「言葉通りよ」
「うぐぅ」
相沢は『うぐぅ』をマスターしたようだ。
ぽかっ!
川澄先輩が相沢にチョップを入れた。
「いでっ! 何すんだよ!」
「……なんとなく」
「なんとなくで叩くなっ!」
新しい相方だ。これはこれで強力な芸風だな。
水瀬は、そんなふたりを複雑な目で見ていた。
相沢と川澄先輩の関係は恋仲ではなく戦友だと思ったのだが、やっぱりそういう関係なのかも知れない。
「水瀬、あの時、無責任なこと言って済まん」
「……ううん、わたしなりに頑張るよ。7年も待ったんだもん」
「そうか」
水瀬は強いな。
「ところで先輩、倉田先輩はどうしました? いつも一緒だったでしょう?」
「風邪で早退だってさ」
あまり喋らない川澄先輩に振ったのだが、相沢が答えた。
当の川澄先輩は……。
「……卵焼き、美味しい」
「ありがとうございます、自信作なんです〜」
「……リンゴ……ウサギさん……?」
「あはは……ちょっとだけ苦戦しました……」
あっさりと馴染んでいた。
教室に戻る途中、美坂が話しかけてきた。
「……これで、よかったのよね」
「……」
「残りの時間、普通の女の子として過ごすことが、たとえあの子の体に負担をかけたとしても」
表情が悲痛なものになる。
「……例え……」
しばらくの沈黙の後、笑顔を浮かべる。
「……何でもないわ」
俺には、何を言おうとしてたか分かった。
『あの子が消える日を、早めてしまうとしても』
「栞は、本当に幸せそうに笑ってるじゃないか」
「北川君も笑っててね」
俺には、次の言葉を紡ぐ時の美坂の顔を見る事はできなかった。
「最後まで」
5時間目……。
「おい、シャーペンの芯無いか?」
「あるぞ」
「めぐんでくれないか?」
俺も、相沢の相方になってみるか。
今度こそ、他のみんなのように相方を勤め上げて見せる。
「……三べんまわってワンと言ったらやる」
よし、ネタは振ったぞ。
やれ! 相沢!! 再び高らかに、いかがわしい小説を読む時のあの雄叫びを上げるのだ!
「いらない……」
そう言って引っ込んだ。
何!? 授業中にアレを平然と読める相沢が何故それくらいできないんだ?
俺はまだまだだな……。
……って、俺は何に一生懸命になってるんだ。
放課後……。
1階の廊下を歩く。習慣で中庭を覗き見た。
もうそこで、栞が待っている訳ではないのだが……。
……!?
相沢がいた。
何かを振り回している……。
……木刀!?
昨日、コンビニに来た時に持っていた物だ。
どこに隠し持っていたのだろう?
何のため? 『何か』と戦うための訓練なんだろうか?
……と、思っていたら……。
「……邪魔」
振り向くと、川澄先輩がいた。
素直にどくと、そのまま中庭に入っていく。
鉄のバケツと、巨大なタライを持っていた。
……?
窓越しに見守ると……。
先輩は素振りをしている相沢の後ろから近づいていく。
……??
そしてバケツとタライを同時に放り投げた。
バケツは相沢めがけて、タライは空高く。
……???
気配に気付き、振り向いた相沢の顔面にバケツが命中し、素敵な音色を奏でた。
……????
尻餅をついた相沢と先輩が二、三言葉を交わすと……。
先ほど空高く投げ上げたタライが、相沢の頭上に落下し痛快な音色を奏でた。
……時間差攻撃?
再び相沢と言葉を交わした後、先輩はバケツとタライを回収して戻ってきた。
「……」
俺の後ろを無言で通り過ぎていく。
これも『何か』と戦うための訓練なんだろうか?
相沢は素振りを再開した。
努力家なのか……それとも頭打ったせいなのか、非常に心配だった。
同刻、すでに生徒のまばらになった昇降口。
「遅いです……」
その入口で、栞が拗ねていた。
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