2月 上旬
あいつを、恨む事になるのだろうか。
病院の廊下を歩く私の脳裏に、そんな疑念が常に渦巻いている。
その時、慌しい足音が聞こえた。後ろから走って来た数人の看護婦さんが私を追い抜いていく。
行き先は私と同じ……あの子の病室!?
そこに駆け込もうとすると……。
「見ちゃ駄目!」
突然、看護婦さんに羽交い締めにされ、反対側を向かされた。
だが、もう目に入ってしまった。
病室に広がる悪夢のような光景。
ベッドの上でのたうち回り、滅茶苦茶に暴れるあの子の手足を数名の看護婦さんや医師が必死に押さえつけていた。
ガシャーン!
あの子が傍にあったキャスターを蹴飛ばした。
多量の医療器具や薬品のアンプルが床に散乱する。
「んんーっ! んぐぐぅーっ!」
あの子は、舌を噛み切らないようにするためなのか口にガーゼを押し込められていた。
声になっていない叫びは絶え間なく続く。
だが私には、あの子が何を言ってるのか分かってしまった。
長い時間を共有してきた私には分かってしまった。
『殺して』、と。
本心なんかじゃない。
あの苦痛が、心にもない事を言わせている。
そう信じたい。
看護婦さんの手が滑り、右手の拘束が解けた。
バグッ!
その手を苦し紛れに振るい、手の甲が傍に居た医師の顔に当たった。
床にたくさんの赤い点がばら撒かれる。
「大丈夫だ。絶対に助かる!」
その医師は、ぼたぼたと鼻血を流して白衣を赤く染めながらも私に力強く言って微笑んで見せた。
私は不謹慎だが喜んでしまった。
あの子にまだ、これだけの力が残っていたことを。
そして心が痛かった。
大人しかったあの子が、暴れ出すほどの苦痛にさらされているのだ。
「ふっ、いいパンチしてるぜ」
医師はニヒルな笑みを浮かべてそう呟き、場を和ませようとしているのは分かるのだが、とても笑う気にはなれない。
今度は点滴台を倒した。
チューブが外れて逆流した血液が漏れ出し、純白のシーツを真紅に染めていく。
血の匂いはしない。薬の匂いしかしない。
逃げ出したかった。
この悪夢のような病室から逃げ出したかった。
だが、それは許されない事だ。
もう、決めたから。
あの子の前から逃げない、と。
私は栞の……姉さんなのだから。
私は、あいつを恨む事になるだろうか。
栞がこの決断をするきっかけを作ったあいつを。
もう一つの可能性
1章 『相沢祐一』
作者 OLSON
原作 Key
清水マリコ
1月 8日 金曜日
学校帰りに商店街に寄ると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「よう! 相沢!」
「おう、えーと、北川……だよな?」
反応がぎこちない。警戒しているようにも見える。
転校早々、あんな事があったのだから仕方がないだろう。
俺が、無神経だったのだ。
転校してきた相沢がHRで自己紹介を済ませて、休み時間になった。
突然の転校生と言ったら美少女と相場が決まっているものだが、バブルの崩壊と共に相場も変動したようだ。
相沢と色々と話をして美坂チームの面子で意気投合し、次の休日は一緒にどこか遊びに行こうという運びになった。
そこで連絡のために電話番号を訊こうとしたのだが、相沢は口篭もっていた。
手続きがまだ終わっていないのだろうか?
と、思っていたら「わたしと同じだよっ」と、傍にいた水瀬が答えた。
水瀬と電話番号が同じって事は……!?
「えっ! それじゃ、お前ら一緒に住んでいるのかっ!?」
思わず大声を出してしまった。
「いや、それは」
「うん、そうだよ」
狼狽する相沢と対照的に水瀬は嬉々として頷く。
迂闊だった、教室に居た全員がこっちを見ている。これでは、妙な噂になってしまうだろう。
俺は前々から『相沢祐一』という男に興味を持っていた。
くれぐれも言っておくが、妙な性的嗜好はない。俺はノーマルだ。
水瀬は可愛い。だから人気も高い。
かく言う俺も、水瀬の事だけを見ていた時期があった。
だが、ちょうど1年前の雪の積もった中庭での告白は、あっさりと断られた。
「ごめんね。好きな人がいるの」
……と。
それからしばらくの間『いとこの祐一』の話を聞かされた。
そして、あっさり玉砕してからも『いい友達』でいられるお互いの淡白さに驚いていた。
そんな水瀬が7年も待ち続けていたのだ。その果報者とはいったい何者なのか? と、思っていたのだ。
まして今日、教室に入るなり、そいつがこの学校に転校してくる事を満面の笑顔で話させるとは。
同居していることを水瀬があっさりと認めたことでクラスメイトの注目を受けているが、彼女は呑気に更なる爆弾発言をした。
「今朝は、祐一に起こしてもらったの」
おおー! と、クラスの連中はどよめいている。
無理もない。水瀬のノロケ話により、相沢の事を知らない者はまずいない。
俺と同様に、興味を抱いている者も少なくはないだろう。
それに水瀬の寝顔なら誰でも見ているが、パジャマ姿となれば話は別だ。これは凄いことだ。
第一、あの水瀬を起こそうとして起こせる奴などそうは居ない。
これからは、水瀬の親も少しは楽になるだろうか?
周りは大騒ぎになっているが、当の水瀬は、
「みんな、何を驚いているのかな?」
と、首をかしげていた。
水瀬はこういうことにまっすぐというか、天然というか、無頓着というか、様々な意味でズレた少女だった。
「なんでかしらね」
美坂はあきれ顔で首をすくめていた。
相沢は周りの連中に茶化されて顔を真っ赤にしている。
転校早々、とんでもない情報を暴露されたのだから無理もないだろう。
「いいじゃない。人にはそれぞれ事情があるんだから、からかったりしたら失礼よ」
「ま、そうだな。もともといとこ同士だもんな」
俺と美坂でフォローに回って何とか事態は収拾したのだが、相沢が妙な目で見られることになるのは間違いなかった。
「相沢、電話の件は済まなかった」
「いや、気にしてない。あれがきっかけで話をして親しくなった奴もいるから」
いい奴なんだな。素直にそう思えた。
「そうか、ありがとう」
と、その時。
「きゃうっ」
どこかで悲鳴、というか情けない声が上がる。
声のした方を見ると、女の子が道で転んでいた。
口癖なのか『うぐぅ』という謎の言葉……と言うかうめき声を連発しながら立ち上がり、後ろを気にしながら俺たちの方に走り始める。
当然、前なんか見ていない。
「……ぶつかるぞ、あゆ」
相沢は冷静にそう言った。
『あゆ』とはあの子の名前らしい。
「……え?」
彼女は不意に名前を呼ばれて、視線を進行方向に向ける。
「えっ! あっ! ど、どいてっ!」
真正面に立つ俺たちの姿を認め、慌てて声を上げた。
「よし、とりあえず箸を持つ方に避けるんだ」
相沢は冷静にそう言って右に避けるが、俺はじっとしていた。
そしてふたりは激突した。
「うぐぅ……」
「断末魔の声を上げるあゆ」
相沢は冷静に自分でナレーションを入れた。頭打ったか?
「断末魔じゃ……ないよぅ」
鼻を押さえながら反論した。そりゃあ、生きてるもんな。
「うぐぅ……すごく痛いよぉ……」
「大丈夫だ。俺はたいして痛くない」
この反応……もしかしたら、相沢は意地悪な奴なのかもしれない。
「もしかして、わざと……?」
「全然、そんなことはないぞ」
「本当? 本当に本当?」
鼻をふさいでいるから変な声だった。
「大体、俺はちゃんと右に避けたぞ、お前が逆方向に避けるからぶつかったんじゃないか」
相沢、お前は重大な要素を見落としている。
「うぐぅ……左利きぃ……」
やっぱり。
「それは……俺のせいじゃないぞ」
「……うぐぅ」
やっぱり相沢は意地悪な奴なのかもしれない。
しばらくこのふたりを見物していたかったが、そうもいかない事情が発生したので突っ込む。
「取り込み中悪いんだが、後ろから誰かが追い駆けて来てるぞ」
商店街の奥からエプロンをしたおっさんが怒鳴りながら、真っ直ぐこっちに向かって走っていた。
どこかで見たことあると思ったら、時々買い食いしに行く鯛焼き屋のおっさんだった。
「ふぇ……?」
あゆが振り向く。
「……」
そして、もう一度振り向く。
「……えっと……逃げるっ」
あゆは相沢の手を掴んで、一目散に走り出した。
「またかっ? またなのかっ?」
「お、おい! どこ行くんだよ!」
「こいつに訊いてくれえぇぇぇ〜〜〜〜〜!」
相沢はドップラー効果で声を変調させながら、あの子に引きずられていった。
凄い力だ。火事場の馬鹿力ってやつだろうか?
「はあ……はあ……」
荒い息に振り向くと、おっさんが周りを見回していた。
あの子を見失ったらしい。
「君……紙袋を持った女の子を知らないか?」
そう言えば、あの子は大事そうに紙袋を持っていた。
「あっちに走って行きました」
ふたりの行き先とは反対の方向を指差して、おっさんの姿が見えなくなるまで待つ。
それから大まかな目星をつけ、ふたりを探し始めた。
コンビニのバイトまでまだ時間があったし、あのふたりを観察するのはとても面白そうだった。
そして、遊歩道のような並木道に出る。
そこにふたりを見つけた。
あゆはなぜか相沢にタックルをかまそうとして避けられ、後ろの木に激突していた。
その衝撃で木に積もった雪の塊に亀裂が入って少しずれるが、落下には至らない。
傍にいる相沢が2、3言葉をかけるが、あゆの反応はない。
『* へんじがない。ただのしかばねのようだ』
って、まずいだろ。それは。
「すっごく痛かったよぉっ!」
あ、復活した。
ふたりは口論を始める。
その時、木に積もった雪が遂に限界を迎え落下した。
それを目で追うと、落下した先には大きな紙袋を抱えた少女。
何か、思いつめたような表情をしていた。
「……きゃっ」
小さな悲鳴を上げて、座り込む。
文房具、お菓子などの様々な荷物が散乱した雪の上に、呆然としているストールをまとった少女。
あるものが目に入る。
お、新製品のスクリューパンチ味だ。
店長が、一応仕入れてみたが変な味なので売れんだろう、と、愚痴をこぼしていた。
お袋が友人から分けてもらったという怪しげなオレンジ色のゲル(ジャムらしい)に匹敵する変な味だった。
って、それどころじゃない。
「大丈夫か?」
俺は駆け寄り、とりあえず雪を払ってやる。
「え……あ……」
目の前に立つ俺たちの姿と、散らばる袋の中身を視線だけで交互に見つめる。
「……あ……の」
少女はまだ呆然とした感じだ。
「どうしたの……?」
相沢の後ろからのぞき込むように姿を見せたあゆが、どちらにともなく遠慮がちに口を挟む。
相変わらず鼻を押さえてて緊張感のない声だった。
「どうやら、雪の固まりが降ってきたみたいだな」
原因の一端を担った相沢が呑気に言う。
「さっきの衝撃で雪が落ちたんだろうな」
「……ボクが悪いみたいな言い方だね」
あゆは俺の突っ込みにしょんぼりとしていた。
「事実だろ?」
原因の一端を担った相沢が他人事のように言う。
「祐一君が避けるからだよっ!」
「いや、だって、いきなり襲いかかって来たから……」
「ひ、ひどいよぉっ! 襲いかかってなんかないよっ!」
なんとも奇妙なやり取りだった。
「襲いかかってきたんじゃないのなら、なんだったんだ?」
「感動の再会シーンだよっ!」
「……どこが?」
「だから、そうなるはずだったのに、キミが……うぐぅ、もういいもんっ!」
あゆは拗ねてそっぽをむく。なんだか微笑ましい。
「7年ぶりの感動の再会シーンで木にぶつかったの、たぶんボクくらいだよ……」
あゆは横目で相沢を睨みながらそう呟いた。
「やったな、世界初だ」
「ぜんっぜんっ、嬉しくないよぉっ!」
「まぁ、それはいいとして……」
「よくないよぉっ!」
俺と少女は、突然始まった夫婦漫才を呆然として見つめていた。
「……お前らが変なこと言うから、呆れてるぞ」
「ボクのせいじゃないもんっ」
あゆは、またも俺の突っ込みに拗ねてそっぽを向いた。
「北川に突っ込みを期待していた」
「勝手にお笑いトリオを結成するな」
「トリオと言えば、北川、お前、潤って名前だよな?」
「そうだが?」
「レツゴー3匹……」
そう呟いて笑い始めた。
「じゃあお前はチョーサクか?」
「ぶわははは!」
俺の発言は、相沢の笑いのツボ、を、通り越して経絡秘孔にはまったらしく、窒息しそうなくらいに大笑いを始めた。
「……それじゃあボク、ミナミハルオ?」
ぽか!
「うぐぅ!」
相沢があゆにチョップの突っ込みを入れた。せめて、ハリセンを使ってやれ。
「うぐぅ……祐一君、何で叩くの?」
「3人目はそういう運命なんだ」
まあ、そういうものなのだが。
「ところで……」
俺は漫才コンビを無視して、改めて少女に声をかける。
「……」
相変わらず固まったままだった。
雪の上でもなお映える白い肌が印象的な、小柄な少女だった。
おそらくは俺よりも年下だろう。
「大丈夫か?」
「……」
声をかけるものの、少女からの返事はない。
脅えている……と、言うよりは、反応に困っているようだった。
「立てるか?」
「……え……あ……はい」
不意に我に返ったように、ゆっくりと頷く。
それでも、立ち上がる気配はない。
やはり、警戒しているのだろうか?
「こいつらはどうか分からないが、少なくともオレは怪しいものじゃないぞ」
「ボクだって、善良な一般市民だよ」
「善良な一般市民は食い逃げなんてしないぞ」
あゆの抗議に相沢が突っ込む。
「……くいにげ……?」
相変わらず呆然とした少女が呟く。
だからおっさんに追われてたのか?
そういえば、大事そうに持っていた紙袋がなくなっている。
紙袋の中身がたい焼きだとしたら、俺がふたりを探してる間に、もう食い尽くしたのだろうか?
俺も食いたかった。って、そうじゃない。
「あれは、たまたま」
「たまたま……って、2日連続だっただろ」
相沢があゆに引っ張られるときに、『またか?』と言ってたな。
「まぁ、二度あることは三度あるって言うし」
「それは、墓穴掘ってるだけだぞ……あゆ」
「……うぐぅ」
涙目で俯くあゆ。
頭痛がしてきた。
「えっと、とりあえず、拾うの手伝うよ」
あゆは少女の側にしゃがみ込んで、散乱している様々な品物に手を伸ばす。
「あ!」
驚いたような少女の声。あゆの手が止まる。
「……どうしたの?」
「え……いえ、なんでもないです」
早口に白い息を吐いて、今思い出したかのように、自分の頭や肩に積もった雪を払い落とす。
「自分で、拾いますから……」
品物を拾い上げながら、立ち上がる。
「あ……レシート落ちてるよ」
「……すみません、拾っていただけますか?」
「はい、拾ったよ」
「でも、ずいぶんとたくさんの買い物だね」
「私、あまり外に出ないので時々まとめ買いするんです……あ、ありがとうございます」
そう言って、あゆが差し出す長いレシートを受け取る。
「ふぅん、そうなんだ」
「金払ってるんだから、全然問題ないよな」
「……祐一君の台詞を聞いてると、ボクが悪人みたいだよぉ」
「事実だからな」
「ボクはいい子だもん」
「いい子は食い逃げなんかしないぞ」
「うぐぅ……ちゃんと後でお金払うもん」
ストールの少女は、相変わらず反応に困っているようだった。
俺は確信した。
こいつらの相方は、一朝一夕では勤まらない。
「おーい、お前らのせいで戸惑ってるだろ」
休戦を提案する。俺にはこの漫才に参加できるスキルはない。
「祐一君が変なこと言うからだよっ」
「全て事実だ」
相沢はしれっと答える。
「そんなことっ……あはは」
なおも食い下がろうとしたあゆは突然笑い出した。
「どうしたんだ、急に」
「昔のこと、思い出したんだよ」
「昔のこと?」
「そう言えば、祐一君って昔からこんな男の子だったなぁって、ね」
ふたりは幼なじみなのか?
「そうだったか?」
「うんうん」
嬉しそうに頷くあゆ。その笑顔を、紙袋を抱えたストールの少女が複雑な眼差しで見つめていた。
恐らく、ふたりの関係を計りかねているのだろう。
「……とりあえず、気にしないでくれ」
「えっと……よく分からないですけど、分かりました」
ストールの少女は戸惑いながらも相沢に答える。
「運命だよね」
あゆは力強くそう言った。
「運命、ですか……」
「少なくとも、ボクはそう思ってるよ」
「俺はただの腐れ縁だと思うぞ……」
同感である。
「ねぇねぇ、キミって何年生?」
初対面にもかかわらず気さくに話しかけるあゆに少女は俺と相沢の学校と同じ校名を告げ、そこの1年生と答えた。
ということは、俺たちよりひとつ年下になるのか。
「ということは、ボクのひとつ下だね」
「えっ! あゆって俺と同じ学年だったのか?」
「そうだよっ!」
とても優秀なので飛び級……という風には見えない。
「全然分からなかった……俺はてっきり……」
俺は下の学……校だと思っていた。
「てっきり……何かな?」
「……ひっ!」
少女が後ずさった。
あゆは表情こそ笑顔だが、よく見ると額に青筋が浮かび、ビクビクと激しく脈打っていた。
浮き出た血管は今にも破裂して、熱き血潮が噴水のように吹き出しそうだ。
「あは、あはははは……」
それを見て怯えていた少女が場を和ませようとしてるのか笑いを漏らす。だが、その笑いは引きつっていた。
俺は口に出さなくて正解だった。
俺と相沢って気が合うのかもしれない。
「……もうすぐ、日が暮れますね」
あゆの青筋に戸惑っていた少女が、誤魔化すようにぽつりと呟く。
見上げると、確かにずいぶんと日は傾いていた。
「そろそろ帰らないとな」
相沢も賛同して話題を変ようとする。
「日が暮れると大変だしな」
俺も乗る。
「……そうですね」
「……うん。そうだね」
少女とあゆもそう答えた。
木々の隙間から覗く空は、少しずつ暮れかけていた。
「じゃあ、オレたちはそろそろ行くから」
「あ……はい」
「怪我はないな?」
「大丈夫だと思います」
それはなによりだ。
「ごめんね」
あゆの謝罪に、「…いえ。たぶん平気です」と、少女は笑顔で答えた。
手を振って、少女に背中を向け、そして歩き出す。
「……あの」
そんな俺たちを、背中から呼び止めた。
「ん?」
「……いえ、何でもないです」
数秒の間をあけ、うつむき加減に少女が呟いた。
「……? じゃあ、本当に帰るから」
「……さようなら」
「ばいばい〜」
あゆは元気に手を振っていた。
少女と別れて、とりあえず商店街に戻る。
「今日は、すっかり大冒険だったね」
「誰のせいだ、誰の」
相変わらず漫才が続いている。
このお笑いコンビは道に迷っていたらしい。
……コンビ!?
「いけね! コンビニのバイトの時間だ!」
「へえ、北川、バイトしてたのか」
「ああ。ここからは、もう自力で戻れるよな?」
「おう、今日はありがとな」
「ああ」
「じゃあ今日はこれでさよならだねっ。ばいばい、潤君」
「おう!」
あゆの声に力強く答え、コンビニへ駆ける。
あゆ……か、羽の飾りが付いた変わったリュック背負っていたな。あんなのがはやっているんだろうか?
それにしても、どこの学校だろう? ここら辺に私服の学校なんて聞いた事がない。
そして、あのストールの少女のことが気になっていた。
雪を被る時の思いつめた表情。
そして、ばら撒いた袋の中身を拾われそうになった時の怯えたような表情は何だったのか?
それに、なぜ私服だったのか? 少女は俺たちと同じ学校だと言っていた。
あゆも、あの少女も、帰宅して速攻で着替えて出かけたんだろうか?
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