2 公衆欲情――栓と千尋の金隠し
【1】
下校中に携帯が鳴った。姉貴からだった。
銭湯に寄れとのこと。一体なんなのだろう?
姉貴は当然ながら俺の体のことを知っている。したがって人前に裸体を晒すわけにはいかないことぐらいわかるだろうに。
だが反論する暇もなく電話は切れた。かけ直しても繋がらなかったため、仕方なく銭湯に向かう。
まだ俺が小さい頃はアパート暮らしで、あの銭湯に通っていた。
今の一戸建てに引っ越したのは手狭になったってのもあるだろうが、真相は変化しつつある俺の体に配慮してのことと、もう一つのとある事情によるものなんだろうな。
サラシで乳房を圧迫した胸板に手を当てる。
存在を主張し始めた女、でも頑なに股間に居座る男。こんな体では男湯も女湯も入れっこない、どっちに入ったとしても大騒ぎだ。
もっとも、姉貴の性格ならソレをも楽しんでしまうのだろうけど。
そんなことを考えていたら、到着するなり先に着いていた姉貴に裏口へと引っ張り込まれた。
何のことはない、姉貴と番台のおっさんとは知り合いであり、バイトが急に休んだので手伝って欲しいとのことだった。
ここの釜は廃材や廃油を使うタイプなため、力仕事もある。
で、こんなときは男扱いである。それはそれで嬉しかったが。
従業員が廃材を適当な大きさに割ったり運んだりするのを俺が手伝う傍ら、姉貴はザルの補修などにいそしんでいた。
休憩で夕食をご一緒したのち、もうひと頑張りして終業時間を迎え、のれんをたたむ。
洗い場を掃除し、湯を落とそうとして番台のおっさんに止められた。
「汗かいたろう、湯船は後でウチでやるからゆっくり汗流していきな」
とのありがたいお達し。後ろでは姉貴がウインクしていた。
そういうことか、営業終わって貸しきり状態なら問題ないよな。というわけでありがたく頂くことにする。
Tシャツを脱ぎ、サラシを解いてゆくと柔らかい塊がすき間からはみ出してゆく。
パサ、とサラシが床に落ちると、胸には歳相応のサイズと思われる小ぶりな乳房が開放感をあらわすように呼吸に合わせて上下していた。
「これじゃ、男湯は入れないよな」
こめかみを掻いた。
「かと言って……」
ズボンを下ろすとトランクスが見える。ソレも下ろすと、ささやかな茂みの下から突起が露出していた。
「女湯に入るわけにもいかんよな……」
とはいえ、どちらを選ぶかと聞かれれば男湯である。やっぱり男として生きたい。
でも、好きになった人のひとりは……。
「……くそ」
かぶりをふり、妙な考えを振り払う。
体の一部が揺れる感覚を股間と胸の両方に感じながら洗い場へ向かった。
かけ湯を済ませ、湯船へ。
「ふぃ〜」
頭にタオルを載せ、四肢を伸ばしてくつろぐ。
「でかい風呂っていいな、やっぱし」
浴槽がかなり浅く感じる。かつてここに通っていた頃と比べて体が大幅に成長していることを実感した。
しばらく温まってから上がり、体を洗う。
体をこするたび、乳房が揺れた。
さっきはでかい風呂はいいと言ったが、一人で体を洗っていると、この広さが寂しさを感じさせる。
なぜ銭湯が好かというと、広いからではなくたくさんの人と一緒に入るのが楽しかったからだ。
友達と……それこそ勝也と一緒に入って洗いっこしたり持ち込んだおもちゃで遊ぶのが好きだったのだ。
湯船で泳いで近くにいたおっさんに拳骨貰ったのも、今となっては楽しい思い出だった。
あの喧騒が嘘のように静かな洗い場は、改めて自分の境遇を思い知らせた。
視界に入る胸の膨らみと股間の突起。
なんだかんだ言っても世の中は男と女で回っていて、そのどちらでもない存在はどちらにも属せなくて……。
「俺……一人ぼっちで生きてくしかないのかな」
脳裏に浮かぶ男女の姿。自分には望むべくもない、好きになった人と一緒に生きてゆく未来。
まだシャワー出していないのに、どこかから滴り落ちた水滴で、太ももに広がっていた石鹸の泡がピンポイントで流れた。
不意に人の気配を感じ、慌てて目の辺りをぬぐいながら顔を上げる。すると、目の前の鏡に髪の長い女の人が写っていた。
当然ながらというかなんと言うか、風呂なので全裸である。
拳を口に当てて恥じらいながらも、熱い視線を注いでいた。その視線は俺の顔から少しずれている。
その人は眼鏡をかけていた、当然ながら風呂場なためくもってくる。それを指で拭いてかけなおし、ふたたび視線を注ぎ始めた。
その視線は顔より下……股間? 鏡越しに俺の股間を見ている!?
我に返り、慌てて股間と胸を押さえ身をすくめる。
「あっ……」
残念そうな声を漏らす。一体なに考えてるんだこの人。
「こ、ここ男湯!」
と叫んだものの、男湯に入る資格があるとは言えないのは俺も同じだった。
「あ、大丈夫です。わたし、番台の娘ですから」
赤面しながらもにこやかに言い放った。
「湯屋の子ー!?(本来の意味とは違う) いや、そういう問題じゃなくて!」
見覚えがあると思ったら、姉貴と一緒に色々と作業してた人だった。たしか、千尋とかいったかな。
「んふふー♪ あたし達、女湯だけでも先に洗いたいからって追い出されちゃったのよ」
いつぞやのように姉貴は背中から抱きついてきた。ふにふにとした乳房の感触が伝わってくる。
「ある意味では女同士……ですから、構わないですよね?」
「へ?」
「じゅ〜ん〜♪ 昔みたいに洗いっこしよー!」
「あ、いいなぁ。わたしも弟や妹欲しいな」
姉貴にじゃれ付かれる俺を見て千尋さんが羨ましそうに言った。
「わ! ちょっと! マズイだろこんなこと」
「いいじゃない、きょうだいのスキンシップよ♪」
「いや、そのりくつはおかしい」(AA略)
やはり、姉妹だろうが姉弟だろうがスキンシップの範疇を大幅に逸脱してると思う。
「お客さーん、こういうお店は初めてですか?」
いつの間にやら姉貴は石鹸で体中泡立てて俺に擦り寄ってきた。一体どういうお店だろう?(まだそっちの知識はない)
「ふふっ、可愛いおっぱい」
千尋さんは身動き取れない俺の胸を楽しそうにつつき始めた。女友達に妹(?)を交えて入浴したらこんな感じのじゃれ合いになるのだろうか。
「んふふー♪ 潤はおちんちんも可愛いよ、千尋」
「ええ……ぴくんぴくんって、元気いっぱいです。可愛い……」
千尋さんは俺のチンコも楽しそうにつつき始めた。
もしかして、このふたりは俺を元気付けようとしてこんな振る舞いをしてるんだろうか?
姉貴が妙にハイテンションなのも、あえて男湯に乱入したのも、落ち込んでる俺を見かねてのことだったのだろうか?
今も、いや、これまでも。そもそも、姉貴の無茶苦茶な行動の全てが、俺を傷つけまいと気遣った姉貴の演技だったのでは?
嬉しく思う反面、すまない気持ち、それと哀れみをかけられてるという屈辱感を感じた。
「すごい……やっぱり写真や絵で見るだけじゃダメですね。参考になります」
「千尋さんも腐女子かぁぁぁぁあ! というか、俺のはあまり参考にならないと思うんだが……」
「いいのいいの、所詮はファンタジーなんだから」
それを言っちゃお終いだ。というか、演技でもなんでもなく真性の腐女子だったらしい。もっとも、姉貴が目覚めたきっかけが俺である可能性は極めて高いのだが。
この腐女子どもは俺を元気付けるためでもなんでもなく、純粋に自分の趣味で俺を弄んでるらしい。
「ここ、苦しそう……出してあげたほうがいいのかしら?」
さっきから千尋さんは眼鏡がくもっては拭きくもっては拭きを繰り返しながら、股間を凝視し続けてる。
「可愛がっちゃえ♪ もっと参考になるわよ」
「じゃ、失礼して……」
ごくり、と生唾飲み込んだ千尋さんは、姉貴に羽交い絞めにされて身動き取れない俺のチンコをおっかなびっくりの様相でいじり始めた。
ぎこちない扱きかただが、女の人のほっそりとした指による刺激はたちまち俺を限界にいざなう。
「ちょ、ちょっと待って! ぅあ! 俺、で、出ちゃう……!」
苦悶の表情で身をよじり、必死で射精感を堪える。
「わぁ、出すとこ見たいです。目に入ると痛いそうですけど、眼鏡かけてるから大丈夫。思い切り出してくださいっ」
「そういう問題じゃなーい!!」
「あら? ここは、わたし達と同じなんですか?」
千尋さんはそろりそろりと俺の女の部分に指を伸ばした。
「わ! ちょっと」
「そうよ、中からも可愛がってあげて。たぶん準備はもうできてるはずだから」
「ちょっと待てー!」
つぷ
「うぁあ!」
姉貴の言うとおりで、俺の体は男女仲良く昂ぶり『男』は見事に勃ち、『女』は濡れていて、千尋さんの指をあっさりと受け入れてしまった。指の進入で『女』は歓喜に打ち震える。
「千尋、指、こんなふうにくいくいってしてあげて」
姉貴が人差し指を怪しげに動かす。
それを参考に千尋さんが俺の体内に進入させた指を暴れさせた。そこの刺激が『女』だけではなく『男』の根元も攻撃する。
「こう? わぁ♪ おちんちんがびくんっていった。トコロテン?」
「トコロテンって何ぃぃぃぃ!?」
千尋さんの歓声とともに俺のナニははじけた。
その後、脱力し切った俺は、お風呂だと掃除や体洗うのラクだだのと和気藹々な婦女子どもに体を洗われ、湯船に連行された。
もう『男』も『女』も満足しきってしまい、両手に花な状態にもかかわらず昂ぶることはなかった。
倫理的に非常に問題ある行為をしてしまったが、なんだか満ち足りた気分だった。
世間的にあまり褒められた状況ではないが、俺は一人ぼっちではない、どのような形であれ、誰かに受け入れられ、一緒に生きてゆくことは出来るんじゃないか? そんな希望が芽生えていた。
一方、女湯では……。
「潤の奴、大丈夫かな?」
「ふふっ、アンタがここに来たきっかけもあんな感じだったわね」
「で、お前にゃ頭が上がらなくなったんだよな。千尋はまさに湯屋の子なわけだが、まったく先代はナニ考えてたんだか」
「ウチは代々、あんな感じで従業員の男をムコに引きずり込んでたみたいね」
「……恐ろしい湯屋だ」
「後悔してる?」
「……う、うるせーやい」
仲むつまじき番台の夫婦であった。
【2】
さて、夜も遅いのでお泊まりすることになったのだが。
「なぜ3人一緒の部屋なんだ? そりゃあ、部屋に余裕ないんなら仕方ないけど」
年頃の男女……おかみさんや番台のおっさんは俺のこと男だと思ってるんだよな? 年頃の男女を一緒に寝させるなんてナニ考えてるんだ。
「いいじゃない、面白いから」
姉貴はそう言って抱きついてきた。
「それに、ある意味では女同士なんですから」
千尋さんは俺の胸を楽しそうに突付く。
俺たちは全員、風呂から上がるなり素肌にバスタオル巻いたままの格好で千尋さんの部屋にしけこんでいた。
着ていた服は洗われてしまったうえに、もともと銭湯入る予定じゃなかったから着替えなど用意してなかったのだ。
乾燥機は調子が悪くてなかなか乾かないとのこと。おかみさん、なんか狙ってないか? ナニ考えてるんだあの人は。
さて、ナニ着りゃいいのか?
ぬいぐるみやヒラヒラのカーテンなどのファンシーな品に彩られた部屋に居心地の悪いものを感じる。
ふと我に返ると、腐女子どもは既にパジャマに着替えていた。
俺にも女物のパジャマ着せる気か……と思ったが、彼女らの手には、女物の下着とブルマー。
「ちょっと待て、そんなのやだぞ」
「んもう、我侭ねぇ……」
溜息ついた姉貴がつぎに取り出したのは……スパッツ?
下着は履かなくていいと言うので仕方なく履いてみるが、なんだか前がきつい。
もっこりと膨らんだ股間を腐女子どもは爛々とした目で見つめていた。
「……あのな、これ、女物だろ」
「あたりまえじゃない、千尋は一人っ子なんだから」
「とかいいながら、千尋さんが持ってるのはなんなんだ? キュロットスカートってのとは違うっぽいけど」
「あ、あは、あはははは……」
気まずそうに笑う千尋さんが持っているのは男物の短パンだった。
彼女の後ろにある洋服ダンスに見えるのは、どう考えても腐女子どもにはサイズが合いそうにない小さめのブラやショーツ、トランクスやブリーフ、褌、更にはスクール水着、巫女衣装、シスター服、メイド服、セーラー服、エプロン、園児服……サイズや品揃えは、千尋さんのお古というには無理がある。
更には……首輪? 何故にここにあるかね? おまけに革で出来たビキニ……なんなんだ一体。
「あは、こういう可愛いの、潤ちゃんに似合うかな……って」
そう言って次に千尋さんが手にしたのはフリルの飾りがついたワンピースの水着だった。
「似合わない! 俺は男だ!」
「性別なんて関係ないわ。想像してごらんなさい、ここにある服が潤の小ぶりな胸を覆う姿」
「潤ちゃんのおちんちんを無理やり収めた結果もっこりと膨む股間がいい感じでしょ? 目に浮かぶわぁ……布地の奥でおちんちんが窮屈そうにじたばたしてる姿」
「学ランなら学ランで、サラシが見えたら萌えるでしょ?」
「ある意味男装の麗人でしょう?」
「逆に女装っ子でもあるでしょ?」
「ロリっ子ですし」
「ショタっ子だし」
「性転換でもあるし」
「近親相姦という背徳感もともなうわ!」
爛々とした目で自分の萌えのツボを語る腐女子ども。
「これじゃ、これらを着せたくなるのも、当たり前よ。ね、千尋」
姉貴の隣でこくこくと頷く千尋さん。
「いや、そのりくつはおかしい(AA略)というか、何でもアリかあんたら! 節操ってモノはないのか?」
「あら、博愛主義と言って欲しいですね」
千尋さんはそう言ってにこやかに微笑み、手にした水着を俺に着せようと迫ってきた。
「いや、それ絶対違う!」
この腐女子どもは俺を元気付けるためでもなんでもなく、やっぱり純粋に自分の趣味で俺を弄んでるらしい。なんだか腹が立ってきた。
「俺は、男なんだぞ、男! それなのに無防備でいて、どうなるのかわかってるのか!?」
「あら? どうしてくれるんですか?」
精一杯虚勢を張ってみるが腐女子どもにはお見通しらしく済ましたものだった。
「くそぉっ!」
自棄になって千尋さんを押し倒す。
「きゃ♪ ごうい〜ん」
だが、千尋さんは悲鳴ではなく楽しそうな歓声を上げるだけだった。
「舐めやがって、舐めやがって……」
ムキになり、ひん剥いてやろうと胸に手を伸ばすが、
「あら、もっと見たいの? はいはい」
千尋さんは自ら胸をはだけた。
慌てて目を逸らす。
脳裏には、保健体育の時間に語られた、未熟な人間の後先考えないセックスとその結果の妊娠がもたらす様々な悲劇が生々しく蘇り、その先の行為には移れなかった。
「くす、ジュンなだけに純情なんですね」
千尋さんは押し倒されていると言うのに呑気に俺の頭を撫でた。まるっきり俺のことを子供扱いである。
体は昂ぶっているものの、衝動はあっさりと消し飛んでしまった。適わないよ、この人たちには。
「潤なだけにこっちも潤ってるわよ?」
つぷ
「うぁ!」
俺の女の部分に姉貴の指が進入してきた。いつのまにやら女としても昂ぶっていた。
なぜ、俺はこんなにも昂ぶっているのだろう? 女ふたりを前にしてるからか、それとも……ここにある様々な衣装を着せられようとしてたからか?
「さあさあ、これ、着てみて?」
更に水着を突きつける千尋さん。さっき言われたように、これに身を包んだ結果股間がもっこりと膨らんだ姿が脳裏に浮かぶ、それはそれで更なる昂ぶりをもたらした。俺って一体……
「ま、まずいよ、ここ、こんなに濡れちゃってる。こんな状態でそれ着たら汚しちゃう」
「「それはそれでOK」」
さわやかな笑みで親指を立てる腐女子ふたり組み。
「何でもアリかあんたら! 節操ってモノはないのかぁああああ!」
「夜はこれからですよ?」
「今夜は寝かさないわ♪」
男湯にて……。
ざっしゅざっしゅと湯舟を擦っていたモップが止まる。
「若いっていいわね」
微笑むおかみさんと、
「潤……強く生きろ」
番台のおっさんが合掌していた。
後日談
「う〜む、千尋さんから有無を言わさずプレゼントされてしまった女モノの下着、つけてみたらサラシ巻くよりは楽だし尻が包まれる感じが安心できるが、さすがにバレるな、こりゃ。
やっぱサラシのほうがいいや、脱ご脱ご……って、うわ!! いきなり入ってくるな!」
次へ
戻る