8 前途多難――『男』と『女』の決着
今日はテスト前のため部活は無し。少々ぎこちないものを感じながらも勝也と適当に話しながら帰っていたら、川原に差し掛かったあたりで尿意を催した。
堤防から下りると勝也もついてくる。
つれション……男としての行為。俺を同姓として扱ってくれてる証だった。
嬉しい。なのに、『女』はそういう形での勝也との接近は望まないのか激しく抵抗する。
それを押さえつけ、川に面した茂みの前でズボンのジッパーを開ける。
俺たちの股間から目の前の茂みに向かって放物線が伸びた。
「勝也……あまりジロジロ見るな」
「……悪い」
俺の体について勝也にはもう知られている、それどころかモロに女の部分も見られてしまった。だから、勝也はどうしても気になるのかチラチラと俺の股間に視線を向けていた。
男同士ならナニの比較は別におかしいことではない。だが……やっぱり恥ずかしい。
そのとき、聞き覚えのある妙な言い回しが聞こえてきた。
「かえでのなかでしっこ汁ぶくろパンパンになってしっこ穴ヒクヒクいってりゅうぅぅぅっ!」
「さくらもパンパンなにょぉおおおっ! いっぱいいっぱいしっこ汁でちゃいますうっ!!」
非常に嫌な予感がした。
「ん……? 女の子がふたり、こっちに走ってくるな」
「たぶん、三上の妹」
「あの空手やってる女? 知ってるのか?」
知ってるも何も、ションベン臭い小娘である彼女らを丸裸にひん剥いたのは他ならぬ俺だ。
ふたりは俺たちの目の前にある茂みに飛び込む。恐らく、その中で用を足そうと思ったのだろう。だが……。
「あれ? おねえちゃん?」
「おにいたん?」
茂みは小さすぎ、ふたりはあっさりとつき抜け俺らの前に飛び出してしまった。
「わ、わわわ、桜ちゃん、楓ちゃん」
「う……まだ出てる、止まらない」
俺たちは民間人と相棒を巻き込まないよう股間のレイヴンの射線を逸らす。
「「……ぞうさん?」」
「「見るな!」」
幼女にチンコを見せ付ける男……としか見えない光景。早いとこ放尿を終え股間のレイヴンを仕舞わねば通報されてしまう。
しかし、残弾はまだまだ余裕があり弾切れになる気配がない。姉貴からのプレゼントである赤いバンダナをなんとなく身に着けていたのがよくなかったようだ。
「おねえちゃん……おちんちんついてるの?」
「うぅ……そうじゃなくて」
「潤……そいつらと顔見知りだったのか」
桜ちゃんの発言に勝也は肩を振るわせ必死で笑いを堪えていた。悪かったな、女みたいな外見で。
「ちがうよ、おにいたんだからおちんちんついててあたりまえなの」
「かわいいからおねえちゃんだよー」
だからこの姉妹の会話にウケてるんじゃない勝也。
どうにか放尿は終わり、股間のレイヴンを収納する。なぜか残念そうにしてる彼女らの将来が非常に心配だ。
「ところでキミら、おしっこしたかったんじゃなかったっけ?」
俺の問いに我に返ったふたりはたちまち青ざめる。俺達の股間のレイヴンを見た驚きで尿意を忘れていたらしい。
「「も、もうだめへぇっ! でひゃうっ! しっこ汁! しっこ汁ビュービューってでひゃうっ! あ゛み゛ゃあぁ〜〜〜っ!」」
ふたりはまるで双子のようにハモって名古屋人的雄たけびをあげ、見事な水溜りを作り上げた。
さてどうしたものか。
ふたりは恥ずかしがって茂みから出ようとしない。乙女心を尊重してやりたいが、このままでは埒が明かないので携帯で三上を迎えに呼ぼうとダイヤルする。
『長嶺クン? ちょっと、どういうこと?』
「……え?」
三上は出るなり物凄い剣幕でまくし立てた。
『楓を保育園に迎えに行くと、年長組の子供たちが揃ってあたしの前に立ちはだかるのよ。まるで変質者から年少組を守るかのように! あんた、子供たちにナニ吹き込んだのよ!』
頭痛がしてきた。そりゃ、お前の言う『前途有望な顔立ち』の園児を爛々とした目で見るからだ。
「あのな……自分の胸に手を当てて考えろ。それより、その楓ちゃんと桜ちゃんだけど……」
妹のピンチを聞いた彼女は、細かい経緯など気にせず着替えを持って迎えに来ると言ってくれた。
すぐ着くという。このふたりだけで遊ばせていたことから察すると、三上家はこの川原の近くなのだろう。
電話の向こうではなぜか美雪の声が聞こえた、一緒にいたらしい。三上の一緒に行こうという呼びかけに美雪は戸惑っていた。修学旅行であんなことがあったから会うのは気まずいよな。
「おしっこといえば……」
思い出したように勝也が呟く。
「お前が銭湯でバイトしてたとき、オレ、美雪と一緒に歩いてたろ?」
心臓が跳ね上がる。
のれんをしまうときサラシ巻くのを忘れたため、ふたりに俺の体について感づかれたあの夜。
夜も遅いのに美雪と歩いていた勝也。自分にはどうしようもないことであり関係のないことのはずなのに、あれこれと考えてしまい自己嫌悪に陥ったあのとき。
「部活で遅くなってふたりきりになったのは、美雪にとってはお前のこと相談するいい機会だったんだろうな」
「俺のこと……?」
「すっとぼけるなよ。修学旅行の二日目は、そりゃ、ちょっとやりすぎだったけど、お前らお互いあの調子でじれったくてな」
肘で俺をつつきながら言う。
修学旅行の二日目……? あのとき美雪が男湯に入ってきて凄いことになってしまったが。
「勝也、話が見えないんだが、それに、おしっこって」
「だから、すっとぼけるなって。確かにオレのしたことは軽率だったけど、告白させるチャンスだと思ってな」
「こ、告白ぅ!?」
それって、俺の体のことを美雪に話すってことだろうか。
「……すっとぼけるな、何度も言わすな。で、おしっこってのは、美雪がお前にホレたきっかけだ、本格的にな」
「ほ、ほほほほ、惚れたぁ?」
「……いい加減怒るぞ、オレとお前の仲だろ、何で隠すんだよ! 一年のとき、美雪はトイレ行きたかったのにホームルーム長引いたせいで、終わる頃には動けなくなって漏らしちまったことがあったろ」
「え? え? え?」
動転していたら、勝也は溜息と共に続ける。
「お前が機転利かせて、バケツに水汲んできて美雪にぶっ掛けてごまかしてやったろ。クラスのみんなや先生や親にどんなに責められても本当のことは決して言わず汚名をかぶるお前、本当に立派だった。男らしかった」
「へ? 確か……俺はあの日、見たいテレビがあったから掃除速く終わらせたくて、急いでバケツに水汲んで戻ってきたときコケて美雪にぶっ掛けちまったんだけど」
ずぶ濡れになった美雪の背中に透けて見えるブラに女を意識してしまった。美雪をそんな目で見てしまうことと、ずぶ濡れにしてしまった罪悪感が入り混じり、俺の胸に突き刺さった。
考えてみれば、隣の席だった美雪のことを意識するようになったのはアレがきっかけだった。
ただのクラスメイトだった美雪のことをよく見るようになり、あいつの女らしい仕草やはつらつとした笑みが脳裏から離れなくなり、心の中に居座るようになったのだ。
「……だからさ、クラスのみんなの前ならともかく、オレの前でごまかしてどうする。アレで、オレもお前のこと本当に凄いって思ったんだよ」
勝也の怒気をはらんだ声。
「いや、ほ、本当だって! 純粋な事故だ!」
しばしの沈黙。
「……マジ?」
「マジ!」
なんてこった。あんなことがきっかけでお互い誤解して両想いになるなんて。でも、美雪が真相を知ったら……。
「……まあ、アレが誤解だとしても、美雪が潤のことを真剣に見ているのは確かだ。お前のことで相談されたとき、お前のいいところをたくさん聞かされたよ。バケツの一件は気持ちを固めるきっかけにすぎなかったんだろうな」
「だけど……」
「保育園のとき、お前、変態の魔の手から女の子を守ったことあったろ」
一気に赤面する。
園長先生から聞かされた驚愕の事実。決して認めたくない、自分自身の、幼さゆえのあやまちである幼児多発エロ。その発端となった出来事だ。
「相談されたとき気づいたが、あの女の子が美雪だったんだ。あの頃からあいつは、ずっとお前のことを見てたんだよ」
「え? 美雪が……? 全然気づかなかった」
「まあ、小学校時代は美雪とはずっと別のクラスだったから仕方ないか。まあとにかく、そういうことだ。後はお前しだいだと思う」
「お、俺しだいって、じゃ、じゃあ、二日目の夜に風呂場ののれん架け替えたのって……」
「ああ、オレだ。美雪がどういうわけか単独で風呂の道具抱えてたから、一歩踏み出させるチャンスだと思ってな……その様子じゃ失敗だったみたいだが」
風呂場での遭遇は勝也のお膳立てだったのか。
俺に怒鳴られて出ていった後でふたたび戻ってきたとき、美雪はどれだけの覚悟を秘めていたんだろう。それなのに、あんなことになってお互い告白どころじゃなくなってしまった。
せっかく与えられたチャンスを潰してしまったことが、さまざまな意味で悔やまれてならなかった。
「そうだ、ずぶ濡れになっちゃえばいいんだ!」
「おねえちゃん名案〜♪」
ションベン臭い小娘たちの声に我に返る。
桜ちゃんと楓ちゃんは仲良く川に飛び込んだ。俺たちのバケツの話を聞き、それをヒントにしたらしい。
無邪気に水遊びを始めるところを微笑ましく見守っていたが……。
「あれ、ちょっと待てよ? なぁ潤、昨日は……」
「大雨!」
姉妹に目を向ける。
「え? ……きゃ!」
「あれ? あれ? あれ?」
増水のため水流が激しくなっているところに踏み込んでしまったらしく、ふたりは足をとられ転倒。たちまち流されてゆく。
「勝也!」
「おう!」
俺と勝也はルパンのごとく素早く服を脱ぎ、飛び込もうとするが……。
「あだっ!」
勝也はズボンから足を抜き損ね無様に転ぶ。助け起こしてる暇はないから俺は更にダッシュしジャンプした。
「ちょっと待て! 潤、お前……!」
「……あ”」
我に返った。今の俺の姿は下半身がトランクス、上半身はサラシのみ。そもそも、なぜ俺が体育をサボるようになったのか。
だが時すでに遅く、俺の体はニュートン物理の法則にゆだねられていた。
2
水音とともに視界は濁った水に覆われる。まだ足が着くのでそのまま立ち上がり、勝也に人を呼んでくるよう告げた。もう、後には引けない。俺がやるしかない。
慎重に、かつ素早く川底を蹴り、ふたりの元に近づいてゆく。足が届かなくなり泳ぎに切り替える。幸い、サラシはさほど動きの妨げにはならなかった。
人影のある辺りに手を伸ばすが空振り。何度やっても水を掴むばかりで焦りがつのる。そのとき、尻のあたりに何かが当たった。
「おにいた〜ん!」
俺をこう呼ぶということは楓ちゃんか。
がし
楓ちゃんは無我夢中なせいか、俺の下半身を覆う唯一の布、トランクスに手をかけた。
「こらこらこら! 女の子がそんな破廉恥なことしちゃダメー!! って、そういう場合じゃなくって!」
トランクスは濡れて体に張り付いているが、もがいてるうちにどんどん下がってゆき足を拘束してしまう。
「くそ!」
間一髪。トランクスが完全に脱げてしまう前に楓ちゃんの背中のサスペンダーをキャッチする。
もう、体を隠そうなんて言ってられない。足首に引っかかってる部分を引き抜き、足を自由にする。
次は桜ちゃんだ。
そのとき、周りの景色は不自然に回転を始めた。
そして、胸の圧迫感が妙な変化を始める。サラシが解けつつあった、そして、伸びる先には……。
「おねえちゃ〜ん!」
桜ちゃんが掴まっていた。
「だから違うっての……って言ってる場合じゃない! 手を離すなよ!」
サラシが完全に解ける寸前に掴み、どうにか手繰り寄せてゆく。このタイミングは絶妙だった、中途半端に残っていたら手繰り寄せてるうちに体に絡み付いていたかもしれない。
股間と胸のそれぞれに存在する突起が水で揺れるのを感じる。だがもう、全裸になったことなど気にしてはいられない。
楓ちゃんを胸に抱きつかせ、桜ちゃんを脇に抱え体勢を立て直す。
全力で水を蹴り、片手で水をかき、川岸へと向かった。
しがみつくふたりが抵抗となりなかなか進まない。でも、女性化により体力の低下した体に鞭打ち、根性でさらに進む。
俺は泳げる、まだ、泳げる。
腕が重い、足の感覚がない。全身の筋肉が悲鳴を上げている、いまにも攣りそうだ。でも、あともう少し、もう少しだけでも持って欲しい。
足が川底を捉えた。それと共に、力強い手とほっそりとした手で体を支えられる。
視界に飛び込む勝也の精悍な顔と、柔らかい曲線で構成された美雪のきれいな顔。同性としての安心感と信頼、異性としてのときめきが入り混じる。
気が遠くなり、視界はゆがみ、暗くなり、狭まってゆく。
「わ! 潤、しっかりしろ!」
「潤クン!?」
更なる水音、三上が目に入る。
ラグビーでトライするように倒れこみながら、三上にションベン臭い小娘たちを押し付ける。パトラッシュ疲れたろう。僕も疲れたんだ、なんだかとても眠いんだ、パトラッシュ……。
「楓〜、桜ぁ〜! って、なんであたしがパトラッシュなの! あ、いや、な、長嶺クン!? 女の子だったの?」
「わ、わ、わ! 美雪、水泳部で人工呼吸習ってたろ!」
「う……うん! ……って、別に呼吸は止まってないと思うけど」
声が聞こえる。
「……じゃあ、着替えとか取ってくるから」
「あ、あたしも千尋に無事だって電話してくる。あなたたち、潤のことお願いね」
……この声、お袋と姉貴? 他にも人の声が聞こえる。
柔らかい感触、ベッドに寝かせられているようだ。ここは病院だろうか。
「潤は……潤だ、それは変わらない。だけどあの夜、潤の胸見てから本格的に意識しちまって……美雪はいいよ、女なんだから」
この声、勝也?
「え? 勝也クン、それって……」
「オレ……もう潤のこと、これまで通りの腐れ縁としてなんて見れない」
な、なんだってー?(AA略 やっぱり、気持ち悪いのか? 俺が、こんな体だからなのか?
「そもそも胸見る前から、なんか潤が可愛いと思うことがあって、オレ、ホモなんじゃないかと悩んでた。潤が女でもあるって知らされてからは、もう……」
え、え、え? それって……どうしよう。目、開けるわけにはいかない。
「……でも、潤は男として生きることを望んでるのに! だからオレ、諦めようとして、お前とくっつくよう応援して、でも……ダメだった」
勝也の悲痛な声。のれんの悪戯……いや、美雪の相談に乗ったときから、勝也は辛い決断をしていたのか。
それなのに俺は、自分ばかり大変だと考えていた。
「勝也クン、わたし、思ったんだけど……潤クン、わたしに好きになられても辛いだけかも」
え? それ、どういうことだ?
「潤クン、本当は潤ちゃんなのかも。体同様に心も女の子みたいに変化してて、それなのに意地張って、無理して男の振りしてるのかもしれないよ?」
それって、かつての南先生みたいな状態ってことか? そんなことはない、本心から、俺は男として生きてるんだが。
「男らしいところ、全部演技だったのかも。もしかしたら……わたしが好きになった潤クンは、演技が定着しちゃった作り物なのかもしれない」
そうかな……そうかも……どうだろう……。
「難しいことを聞くな、本人だって困ってるだろう」
「……あ、長嶺のおじさん、お久しぶりです」
いつの間にか親父も来ていたようだ。
「そろそろ狸寝入りは止めたらどうだ。潤、盗み聞きはよくないぞ」
パキッと空気が固まる。
恐る恐る目を開くと、麻痺した左手をわざわざ右手首で押し上げ腕組みの体勢にして憮然としている背広姿の親父が目に入る。その向こうでは勝也と美雪が気まずそうにしていた。
「まったく、無茶するな! しがみつかれてヘタしたら一緒に溺れ死ぬところだったんだぞ!」
物凄い剣幕、まったくもってその通りだった、掴まらせる所が少しでも違ったら身動き取れなくなっていただろう。滅多に怒らないからこそ、本当に怒るべきときの親父は迫力があった。
「信賞必罰ぅ!」
「あだっ!?」
親父は、せっかく組んだ腕を解き俺の額にチョップを浴びせた。
親父が手を上げたことなど数えるほどしかない。だからこそ、その衝撃は肉体よりも精神に響いた。
「……だが」
途端に満面の笑みを浮かべる。
「父として、お前のことを誇りに思うぞ! お前は立派だ。男の中の男だ!」
俺の頭をわしわしと乱暴に撫でた。本来はデスクワークのはずなのに日々の激務ですっかりごつくなってしまった掌。そして、麻痺した左手と対照的な豪腕。さまざまな形で、俺はこの腕に支えられてきたんだな。
そんなことを考えしみじみしていたら、親父のポケットから携帯の着メロが鳴った。
「む……戻ってこいという催促か、無粋な連中だがほうっては置けないな。では父は仕事に戻るぞ」
親父は職場と他とで着メロを使い分けているようだ。
親父は床においてあったリュックを掴んでいったん空中に放り上げ、本体と肩バンドの間に右ストレートを繰り出す。
サイドステップを踏み、その勢いでぶらぶらと揺れる左手を反対側に通した。そして体勢を立て直し、手首のスナップを効かして右手一本で両側のバンドをまとめる胸元のバックルを止めた。
万事がこの調子、人の手を借りようとしないんだよな、親父は。
「皆様方、どんな形でも構わないから、潤とは仲良くしてやってほしい」
珍しく神妙な顔をした親父は、しゅたっ、と手を掲げて、足を引きずりながらも器用にのしのしと歩み去っていった。病院では携帯のスイッチ切っておけいやそう言うことではなく、親父のこのノリにはついて行けん。
親父と入れ違いに、御堂先生が三上姉妹を伴って入ってくる。
「長嶺、廊下から見ていたが、お前の御父上は物凄い御仁だな……」
先生はあっけに取られ呟く。傍らでは美雪と勝也が無言で頷いていた。
「長嶺クン、えっと……体のこと驚いたけど、色々と納得できた。男でも女でもあるから、いろんなことを自然に話せたんだね」
三上は嫌悪感を抱くこともなく、こう言ってくれた。俺のこと、あっさりと受け入れてくれたのか。
だが、保健室でのあの会話が自然かどうかは疑問が残る。
「体のこと自信もてるようになったし、告白の勇気もくれた。あたし、長嶺クンと仲良くなれて本当によかった」
「……そ、そうか」
あの助言は、付き合うことになった佐藤にとって吉と出るか凶と出るか少々疑問であるが。
「妹を助けてくれて、ありがとうね。あのときの長嶺クン、本当に男らしかった……って、こういうこと言ってよかったのかな?」
慌てて口をつぐむ。俺がこういう体ということで、色々と気を遣ってしまうのだろう。だが。
「そう言ってくれて、嬉しい。ありがとう」
『女』は、せいぜい苦笑レベルの反発しか示さなかった。そういえば勝也に可愛いと言われたとき、『男』も大して反発を示さなかった。親父に男の中の男などといわれても、『女』はさほど抵抗を示さなかった。
折り合いをつけることができたのか、いや、そもそも『男』も『女』ももともと存在せず、自分の中のそういう要素をまとめて便宜的に作り上げた存在に過ぎず、それらをひっくるめたのが俺なのだろうか。
「……そう、よかった。ほら、桜、楓、ちゃんとお礼を言いな」
三上はそう言ってションベン臭い小娘(いや、もう体はきれいになってるわけだが)たちの背中を押すが……。
「「おにい……いや、おねえ……うぅ〜」」
「あは、悩んでる悩んでる」
苦笑する美雪。
モロに俺の乳房と股間のレイヴンを見てしまった小娘たちは、俺をどういう敬称で呼べばいいかわからなくなったようだ。
「潤でいいよ」
そう言ったものの……。
「「じゅんおにい……いや、じゅんおねえ……うぅ〜」」
根本的な解決にはなっていなかった。
「やれやれ、面倒だからこのさい呼び捨てでよかろう? さて、教師として生徒の無謀な行為は叱らねばならんが、すでに御父上から教育的指導は入ったことだし……」
どういう経緯か不明だが、この一件は御堂先生の耳にも入ったようだ。
「私からはこれだけだ」
そう言うなり、がば、と抱きしめてきた。豊満な胸の感触が俺の心をかき乱す。
「わぷっ!? せ、先生!?」
「なっ!」
「ちょ、ちょっと」
俺と同様に、勝也や美雪も驚きの声を上げる。
「教え子の立派な行為、私も誇りに思うぞ!」
頬にキスの絨毯爆撃をしてきた。
「あっ、さくらも〜!」
「かえでも〜!」
ションベン臭い小娘たちも飛びついてきた。
「「子供は素直になれて羨ましいな……え?」」
勝也と美雪はハモり、顔を見合わせている。気が合うんだなお前ら。
「何だお前ら、嫉妬してるのか?」
御堂先生の凶悪な笑みにふたりは赤面し狼狽する。
「お前らだってまだまだ子供だ。くっつけくっつけ!」
ふたりを俺のほうに押しやってきた。
俺の上にのしかかったふたりは気まずそうに固まる。
「……じゃ、あとは若い者同士ということで」
「あ、いやそのあの、せ、せんせえ?」
「ん〜、面白そうだからあたしも乱入したいけど浮気はまずいね、彼氏持ちは退散するか。桜と楓……は、そこに残ってな、あとで迎えに来るから」
小悪魔的に笑った三上は御堂先生と共に出てゆく。何考えてるんだあいつは。
「はっはっは! 悩め悩め青少年!」
楽しそうな御堂先生の捨て台詞、完全に楽しんでるなあの人。
きゃっきゃと楽しそうに俺にじゃれ付くションベン臭い小娘たちとは対照的に、赤面しうつむく勝也と美雪。でも離れたりはしないんだな。
俺たち、これからどうなるんだろ? 前途多難……。
潤クンのお話、とりあえず完。
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