5 人生相談――乙女の悩み
「なぁ、潤」
「潤クン」
「な……なんだよ」
「お前の胸……どうなってるんだ?」
「この前見たとき、膨らんでたよね? 女の子みたいに」
勝也と美雪に詰問される。
「そ、それは……」
「「それは?」」
ふたりの声がハモる、気が合うんだなお前ら。
俺は覚悟を決め、Tシャツを捲り上げる。
「「サラシ……その中は?」」
またハモった、お似合いだよお前ら。
「……こうなってる」
意を決してサラシに手をかける。
「お、おお……」
「なんか……いいかも。ドキドキするね」
爛々とした目をしたふたり。
「なんか恐いぞお前ら……」
サラシを解き始める。
「お、オレ、もうダメ、辛抱たまらん!」
「わ、わたしも!」
「……え?」
「「よいではないかよいではないか」」
ふたりは嬉々としてサラシの一端を掴み、引っ張って俺をコマのようにクルクルと回す。
「あ〜れ〜!!」
回転する視界の中では、楽しそうに共同作業にいそしむふたりと、両親と、腐女子どもと、御堂先生と、みかみ(どういう字か不明)親子が温かい目で俺を見ていた。
いつの間にか俺は下半身も真っ裸になり、男でも女でもある体があらわになる。
慌てて胸と股間を隠すが……。
「おいおい、それじゃ見えねーだろ」
勝也に羽交い絞めにされた。
「わぁ、わたしと同じ感じ……」
まじまじと観察する美雪。
「オレのとも同じ感じだな」
後ろから股間を覗き込む勝也。
「お、お前らなぁ!」
抗議するが聞き入れられない。
「ねぇ、おちんちん……入れちゃったらどうかな?」
「……え”」
「勝也クンのを潤クンに、そして、潤クンのを……」
はにかみながら自分を指差す美雪。
「ちょ、ちょっと待てー!!」
「待てねえよ、オレ」
再び勝也に羽交い絞めにされる。
「わたしも待てない! じゅ〜んくぅ〜ん♪」
美雪は一瞬で着衣を脱ぎ捨て、平泳ぎの体勢でルパンのように飛び掛ってきた。
俺が身をすくめたため勝也と美雪は激突し昏倒。だが、俺は腰が抜けてしまい立てない。
そこに、なぜか全裸の桜ちゃんがとてとてと歩み寄ってきた。
平坦な胸板より腹のほうが出ている胴体が目に入る。そして、視線を下に下げるとYの字を描く股間が目に入った。
「……ろりこん?」
「違あぁぁぁぁぁぁぁうっ!!!」
目が覚めた。
視界に飛び込んできたのは、何の変哲もないいつもどおりの俺の部屋だった。
「なんつー夢見てるんだ俺は……」
頭を抱え、自己嫌悪に陥る。
そのとき、股間に違和感を感じた。布団を捲り上げる際に腰が動き、ぬめった感触がして疑念は確信に変わる。
パンツの中を見ると、案の定だった。
「俺……最低だ」
そんな自己嫌悪を引きずったまま登校。
そして俺は今、クラスメイトの三上早苗と保健室でふたりきりになっていた。御堂先生は用事で出払っている。
「……やっぱり、不安で」
「だからって飯抜きじゃ体に悪いだろ」
「だって、どんなに体動かしても体重減らないんだもの。だったら、入るカロリーをもっと減らさないと……」
「バカ、あのな、今の俺らは成長期なんだから、そんなことしたら体壊すぞ? 下手すりゃ一生体にダメージ残る」
この前、銭湯の前でサラシ巻き忘れた姿を美雪と勝也に見られた上にあんな夢を見てしまったため、あのふたりに顔を合わせられなかった。
そして気まずい思いを抱えたまま廊下を歩いてたとき、突然クラスメイトの三上が俺にもたれかかってきた。
彼女のふくよかな体の感触が伝わってきてどぎまぎする暇もなく、彼女は盛大に腹の虫を鳴らしたので、俺が「腹減った……給食はまだか」などと言ってごまかしてやった後、そそくさと保健室に引っ張り込んだのだ。
「体壊すって……そういうものなの?」
「ああ、御堂先生の受け売りだがな。俺はそんなに詳しくないから、あの先生に相談してみろよ」
「え……だって、御堂先生って恐いよ」
噂は広範囲に広がっているらしい。まあ、あながち間違いでもないのだが。
「噂を真に受けるな。御堂先生は本当に俺たち生徒のことを思いやってくれてるいい先生だよ」
少々暴走気味だが。
「でも……やっぱり、相談するのって恥ずかしいよ。男の人はもちろんだけど、女の人だって、その……」
確かに、同性とはライバルでもある。知られたくないってのはあるのかもな。乙女心ってヤツは複雑だ。
だが。
「あのな……俺だって(どちらかといえば、というか自分の願望としては)男なんだけど」
「あれ? そういえば、そうだよね。なんでだろ? 長嶺クンに話すのはなぜか全然嫌じゃなかった」
首をかしげる三上。
「……俺、男として見られていない?」
あんまりだ。でも、こういう体だもんな。男と話す感覚がしなくても仕方ないのかも。
「そ、そんなことないよ。長嶺クン、確かに華奢な感じで顔も可愛いけど……」
フォローになってないし、『女』も喜んでる場合じゃない。
「でも、行動はすっごく男らしいよ?」
「……え?」
「あたしがお腹鳴らしたとき、長嶺クン、自分が鳴らしたってことにして庇ってくれたよね? すっごく嬉しかった」
「そ……そうか」
嬉しい……俺が男だと、男らしいと言ってくれた。
「だけど、なんでだろ? ダイエットのこと男の人にも女の人にも話すの嫌なのに、どうして長嶺クンには自然に話せたのかな? なんか、そう、どっちの気持ちもわかってくれそうな感じがしたの」
どっちの気持ちもって、ソレはつまり、俺は男も女も入り混じってるって直感的にわかるのか? つーか、女の気持ちなんてよくわかんねーよ。
「あ、いやその、あの……それより、どうしてあんな無茶なダイエットしてたんだ?」
「だって、どんなに頑張っても体重落ちないばかりかどんどん増えてくし……コレ、触ってみてよ」
唐突な台詞だったが、うまく話題を逸らせたことに安堵する暇もなく俺は手を掴まれ、三上の二の腕に押し付けられた。
ぐに
「……へ?」
「痩せようと頑張って運動してたら、ムキムキになっちゃった。こんなこと続けてたら、あたしマッチョになっちゃう」
悲痛な声でまくし立てる三上の腕は、女のソレとは思えない弾力があった。悔しいが、彼女の体は俺以上に引き締まっている。
「ほら、お腹だって」
彼女がセーラー服を捲り上げ露出した腹には、よく見るとうっすらと田の字が浮かんでいた。
三上の大胆な行動に俺が呆然としていると、我に返った彼女は慌てて着衣の乱れを直す。
「あのな……太っていないんだからダイエットなんていらねーだろ」
実際、三上の見た目はふくよかな感じだったが、太っているという形容は似つかわしくない。
脂肪があってもソレを支える筋肉がしっかりしているからスタイルはよいのだろう。
そもそも、太目というかふくよかがいいって男もいる。好みなんて人それぞれだ。
男と女が入り混じった俺でもいい(どうも伴侶というよりオモチャのようだが)って女がいるくらいだからな。
「だって、こんな男女、彼だって気持ち悪がるに決まってる」
男女という単語が俺の胸に突き刺さる。なんか、腹が立ってきた。
「あのな、彼って……お前が好きになったヤツには話したのか?」
俺の問いに三上はかぶりを振る。
「だったら、わかんねーだろ! そんなんで自分の体壊すなんてバカだよ。もし告白した相手が男女だとバカにするなら、お前の豪腕で思いっきりぶん殴ってやれ」
言葉は自分自身に突き刺さる。俺に、こんなこと偉そうに言う資格なんてないのに。
「そ、そんなこと出来ないよ。彼、ひょろっとしてるから大怪我しちゃうかも」
なるほど、三上が惚れた男はひょろっとしてるのか、ソレがなんで好きになったのやら。それはさておき、好きになった男より体格がいいってのは女にとってはコンプレックスになるんだろうな。
だが。
「ダイエットのやり方に問題があるのかも知れんが、体重落ちなかったり筋肉付くってのは体質の問題だってある、変に逆らってもロクなことにはならん。ムキムキになったなら、いっそのこともっともっと鍛えたらどうだ?」
「え?」
「男だ女だってこだわっても仕方ねーだろ。逆に惚れた男をお前が守ってやる覚悟でどうだ?」
「……」
「惚れた男を暴漢から守って、その豪腕で力強く抱きしめ、お前のふくよかな胸に顔をうずめてやったらいいだろ」
「……」
流石に悪ノリだったかコレは。
「……それ、いいかも」
両頬に手を当て照れていた。
……いいのかよ。
「……ま、頑張れ。強い女になれ。ありのままの自分をさらけ出せ」
投げやりに言い放つ。俺にはそんな勇気ないのに、こんなこと言う資格なんてないよな。
「うん、早苗ムキムキの体がんばって鍛えりゅうっ!」
聞き覚えのある喋りかたで力んだ。
脳裏に浮かぶ、アンモニア臭に彩られた光景。そういえば、あの子の苗字は……。
「なあ三上、お前、桜って名前の妹いないか?」
「え? いるけど、どうして知ってるの?」
「それはな、この前……!?」
つい自白しそうになった。いくらなんでも桜ちゃんとの一件を口外するわけにはいかない。
「そ、それより、妹って可愛い?」
あまりにも露骨な話の逸らしかただった、だが。
「うん、すうっっっっっっっっっっっっっごく可愛いよ!」
予想に反してものすごい食いつきぶりだった。
「歳離れててまだ小1でさ、くりっとしたお目々は見つめてると吸い込まれそうな深い色してて、胴体はのっぺりとしてて胸よりお腹のほうが出てるんだけど胸は膨らむであろう片鱗がかすかにあって、お風呂一緒に入ったり一緒に寝たりしたとき抱きしめたらちっこい体が腕の中にすっぽりと納まってふにふにぷにぷに〜って柔らかくって、お肌はすべすべで、すっごく気持ちいいの!」
「そ、そうか……」
鼻息荒くして身を乗り出す三上の勢いに引いた。
「この前迷子になっちゃったんだけど、なんとか見つかってさ、そのとき大っきなTシャツ着せられてたの。あのコ、すっかりそれがお気に入りで素っ裸の上に着てパジャマ代わりにしててさ、斬新な可愛さだったわぁ」
そうか、気に入ってくれて何よりだ。
「この前の創立記念日のときあの子の学校のぞいてみたらプール授業しててさ、妹と同じくらい可愛い男のコや女のコが子がたくさん水着でいたの。あれ見たらあたしもルパンみたいに飛び込みたくなっちゃった。それに、ついでに2、3人お持ち帰りしたくなっちゃった。あれだけいればばれないよね? ね?」
「……をい」
「妹が成長していくのは姉として嬉しいんだけど、あの年頃特有の可愛さが失われちゃうわけで、いっそのことあのまま冷凍保存しちゃいたいなぁ……あ、でもそれじゃぷにぷに感を楽しめないのよね……どうしよう長嶺クン、あたし、どうしたらいいんだろ?」
「……普通に可愛がれ普通に」
「だってぇ……あの年頃のコの可愛さってのは奇跡だよ奇跡! 天使というか森の妖精とか子鬼って感じで幻想的で手にしたら透けて消えてしまうようなはかない存在で、ソレを目にしたとき人はえもいわれぬ衝動に身を焦がすのよ! あぁ……やばいよね、あのコたち、やっばいよ!」
「あぁ……じゃねえだろ。やばいのはお前だロリコン女!」
祈りを捧げるように両腕を合わせ恍惚とした顔でくねくねと身をよじる三上に、頭痛を堪えながらチョップをかました。
というか日本語は正しく使え。
翌日、三上は童顔でよくからかわれていた男子、佐藤と手を繋いで登校してきた。
言われてみれば確かにあいつはひょろっとしてた。顔つきその他もろもろが保護欲というか母性本能をくすぐるのだろう。
三上と目が合うと、彼女は爽やかな笑顔で親指を立てて見せた。
彼女に抱きしめられる佐藤は、大まかな分類ではかろうじて笑顔と表現が可能な表情をしている。
もしかしたら、俺はとんでもない助言をしてしまったのかもしれない。
でもまあ、佐藤も幸せそうだ。だから俺は、彼が冷凍保存されないことを祈りつつ、ふたりを祝福するのだった。
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