4 美桜軟骨――はじめてのおふろやさん

 久々に銭湯のバイトに駆り出された。担当はまたも釜場で、燃料運びなどの力仕事である。
 その釜場での作業も一段落して一休みしていたとき、クイクイ、とズボンの裾を引っ張られた。
 そこを見ると、髪の長い5、6歳くらいの女の子がちょこんと立っていた。
「こらこら、お客さんはこっち来ちゃ駄目だぞ?」
「おかあさんいないの……」
「え? 迷子?」
 こく、と頷く。
「そっか。待ってて、探してあげるから。お穣ちゃん、お名前は?」
「さくら……みかみさくら」
「みかみ(どういう字か不明)、桜ちゃんだね。わかった、呼んであげるから。おかあさん、すぐ来るよ」
 だが、番台のおっさんに呼び出しをかけてもらうも母親は出てこない。既に銭湯の外へ探しに行ってしまったようだ。
 桜ちゃんの顔は見る見るうちに不安に満ちてゆく。
「だ、大丈夫だから……」
「さくら……すてられちゃったの」
「……え?」
「さくらがおしっこお漏らしするから嫌われて捨てられちゃったのぉ」
「おいおい、そんなこと……」
 しばしの思考。
「……あるかも」
 こういうご時世だ、むしろ虐待で殺してしまわなかっただけマシかもしれない。
「えぐぅっ……!」
 失言だった。桜ちゃんの目はたちまち涙に満ちてゆく。
「わ、だ、大丈夫だってば」
「捨てられひゃったのぉおお、お゙ぉおォおーっおぉーっ漏らししてぇぇぇぇ゛るから捨てられひゃったのぉおお!」
「わー! 泣くな泣くな!」
 どうしよう? 今はみんな忙しそうだ。不用意な発言をした俺が責任取らねば。
 そう思い、変な顔をしたりしてあやすが泣き止む気配はない。
 さて、どうしたものか……と思っていたが、不意にソレが止まった。そして彼女はもじもじと身をよじりだす。
「……おしっこ」
「……え”」
「さくら……おしっこでちゃう。わがまま言ってジュースたくさん飲んだからおしっこでちゃう!」
「げ、ちょっと待て! 我慢我慢!」
 桜ちゃんの手をつなぎ脱衣所にあるトイレに向かうも使用中。ならば、と釜場と繋がった従業員用トイレに向かうも……。
「こっちも使用中……」
 番台のおっさんが中でいきむ声が聞こえた、しかも辛そうだ。大……しかも相当な強敵らしい。
 つまり長期戦は避けられない。
「さくらのお大事(女性器の名称)からでひゃう、でひゃうのぉおおっ! くしゃいくしゃいしっこ汁ビュービューってでひゃうのぉおお!!」
 再び泣き出した。
「そうだ、まだトイレはある。我慢だ!」
 母屋のトイレを借りよう。
「さくらのなかでしっこ汁ぶくろパンパンになってりゅうぅぅぅっ! いっぱいいっぱいしっこ汁でちゃいますうっ!!」
「わー! 桜ちゃん頑張って!」
 もう限界に達し歩けなくなった桜ちゃんを抱き上げ、釜場と母屋をつなぐ廊下を走る。
「うん、さくらしっこ穴がんばって締めりゅうっ!」
 よくわからない言い回しをする子である。
「あと少しだから!」
 段差を上り母屋の廊下を走る、この角を曲がれば……。
 だが、振動がとどめを刺してしまった。
「も、もうだめへぇっ! でひゃうっ! しっこ汁! しっこ汁ビュービューってでひゃうっ! あ゛み゛ゃあぁ〜〜〜っ!」
「名古屋人かおのれわぁああああ!」

 たいむ、おーばー

 戦後処理を腐女子やおかみさんにまかそうとしたが、駄目だった。
 女同士のほうがよさそうな気がするが、おかみさんは多忙。
 腐女子どもは……。
 レズにロリにショタコンその他もろもろな属性を持つ自称博愛主義で実態は何でもアリな腐女子と、比較的年齢差のないどちらかといえば男で自分ではまともな倫理観を持っていると思う俺のどっちに任すのがマシだろうか?
 そしてなにより、桜ちゃんが他の人を呼ぶのを嫌がった。他の人に見られたくなく、もう見てしまった俺に後始末してもらいたいらしい。乙女心は複雑だ。
 当然ながら銭湯にて他の客の前で体洗うのも嫌がるだろうから母屋の風呂を借りた。
「はい、ばんざーいして」
 文字通りションベン臭い小娘を脱がしてゆく。
 ピンク色のシンプルなワンピースはスカートの部分がすっかり濡れていた。ソレを一気に捲り上げて脱がし、さくらんぼ模様のパンツも脱がす。
 本人にやらせりゃいいのだが、彼女はうっくうっくとしゃくりあげるばかりで自発的に脱ごうとせず、何の抵抗もなくごく自然に俺に任せていた。
 ぷにっとした触感、すべすべとした肌、ふくらみのない平坦な胸板、くびれのないウエスト、ぴたっと合わさった割れ目が覗く御堂先生と同様に毛の生えていないつるつるの股間。
「……」
「えぐっ……どしたの?」
 まだ完全に泣き止んでいない幼女は首をかしげる。
「いや、何でもない」
「……?」
 可愛い、抱きしめたい、と思った。だが、それはなんというか母性本能とか父性本能というやつであり、保護欲であって性欲ではない。
 俺はロリコンじゃない、ましてペドフィリアなわけがない。アレは男として決して背負ってはいけない十字架の一つだ。
「……くしっ!」
 可愛いらしいくしゃみで我に返る。
「あー、風邪引いちゃうね。シャワーかけるね」
「しゃわー♪」
 彼女は心地よさそうに湯を浴びる。母親も普段からこんな感じにしてるんだろうか。
 さてはて、桜ちゃんのお母さんは今頃どうしてるんだろう。
「きゃはははっ、くすぐったい〜♪」
 いつのまにか股間に重点的に湯をかけていた。
「こ、ここからおしっこ出たんだからキレイキレイしないと、ね?」
「あ、そだね。きゃははっ、くすぐったい〜♪」
 歓声や身をよじる様には色気もへったくれもない。あたりまえだ、こんなションベン臭い小娘に色気を感じたらやばい。
「じゃあ拭き拭きするねー」
 バスタオルを頭からぼふっとかけ、全身をくまなく拭いてゆく。
「ふきふき〜♪ さくら、葉っぱ?」
「よくわかんないよ桜ちゃん……」

 桜ちゃんの服は洗濯機の中。乾燥機はまだ故障中なため、釜場に干そうと思う。
 さて、ナニ着せるかだが……。
 さすがに腐女子どものコレクションに桜ちゃんのサイズに合うものはないだろう。そもそも、あの腐女子どもにコーディネート任せたらどんな事態が発生するか予想もつかない。
 幸い、今日はバイト終わったらココでひとっぷろ浴びようと思ってたので着替えを用意していた。
 俺は体型をごまかすため服のサイズは若干大きめのものにしている。だから桜ちゃんに着せたTシャツはソレ一枚で体をすっぽりと覆ってしまった。
 肩からずり落ちないよう首周りを絞り、釜場に落ちていた猫の飾りがついたファンシーな洗濯バサミで止めてやる。
 頭をなでてやると桜ちゃんは、にへら、と屈託のない笑顔を浮かべた。
 ソレを見て、胸の中が温かいもので満たされるのを感じる。熱いものではない、だから俺はロリコンじゃない、ペドフィリアじゃない。
「ありがと、おねえちゃん」
「はうっ」
 脱がされるのに抵抗なかったのは俺を女だと思ってたせいらしい。
「ちがうの? それじゃあ……」
 首をかしげ考え込む。
「……いもおと?」
「……もういい」
 おばさんでないだけヨシとしよう、プラス思考プラス思考……。
 それから、レモン色の水溜りを始末しているうちに桜ちゃんは釜場のソファで眠ってしまった。
 タオルケットをかけてやり、さてどうしたものか……と考えていたときにようやく母親が戻ってきた。
 今日は色々なところを回っていたため、はぐれてからは親子でお互い行ったり来たりですれ違いまくっていたらしい。
 目を覚ました桜ちゃんは泣きじゃくりながら母親に飛びついていった。
 桜ちゃんの格好から、俺がワイセツな行為をしたと誤解されそうだったが、そこらじゅうに漂うアンモニア臭と干された洗濯物で察してくれたらしく母親は深々と頭を下げた。
 どうせ安物なのでTシャツはあげることにする。
 母親はまだ生渇きの服を入れた袋を片手に、Tシャツ一丁の桜ちゃんを軽々と抱き上げた。母は強しである。
 母親……か。俺も、ああなれるのかな。
 ……って、俺は今なにを考えた!?
「ば……ばいばい、桜ちゃん」
 妙な考えを振り払い、母親に抱きかかえられた桜ちゃんの頭をなでて別れの挨拶をする。
「ばいばい」

 ちゅ

「わ」
 頬に温かい感触。幼女にキスされた……。
「あらあら、この子が男の人に懐くなんて珍しいわね」
「は、はは……男の人ですか、ははは……」

 親子が帰り、掃除の仕上げをして換気をするもアンモニア臭は引かない。なんのことはない、俺自身が桜ちゃんのおしっこを少し引っかぶっていたのだ。
 まだ営業中なので俺がひとっぷろ浴びるわけにも行かず、桜ちゃんのときみたいに母屋の風呂でシャワーを浴びることにする。
 汚れたTシャツと制服のズボンを脱ぐ。腹より上は汚染を免れていたがサラシまで濡れたら困るので結局は全裸となった。
 胸と股間に揺れる突起を感じながら洗い場へ向かい、下半身にシャワーの水流を当てる。
「桜ちゃん……くすぐったがってたよな」
 無意識のうちに股間に直接水流を当てた。
「んくっ……!」
 股間から走る刺激に身をすくめる。両膝が内側に向き、水流から身を守るように太ももがぴたりと合わさった。
 刺激は言葉にするなら確かにくすぐったいという感じだが、その中に痺れとむず痒さといったものも入り混じっていた。
 桜ちゃんと違い、けらけらと笑うような刺激ではない。
 俺も桜ちゃんくらいの頃は姉貴にシャワー浴びせられるとあんな感じではしゃいでいた記憶があるが、俺の中の『女』が目覚めてからは股間にシャワーを当てることに勇気を要するようになり、刺激はただくすぐったいものから快感、それも何らかの罪悪感を伴う快感へと変化していた。
 桜ちゃんも年頃になったらこうなるのかな……ってナニを考えてる?
 いつの間にか男の部分も昂ぶり、上に反り返っていた。
 そのためチンコに隠れていた割れ目がむき出しになって水流に直に晒され、強い快感を脳髄に叩き付け始めた。
 股間のひだが勝手にひくつくのを感じる。
「お、俺はロリコンなんかじゃない。桜ちゃんをオカズにしてるわけじゃない、純粋にシャワーの刺激を楽しんでるだけだ、女の昂ぶりに連動して男も昂ぶっただけなんだ……! って、仕事中にナニやってんだ俺わぁ!」
 般若心経や円周率や歴史年表を脳裏に浮かべて悶々としたものを追い出し、体を洗い終える。
「時間は……げ!」
 脱衣所にあった小さな時計は、終業間際であることを告げていた。
 用意しておいた着替え……私服のズボンと、汗かいたときのために余裕を持って複数用意していたTシャツに身を包み、釜場へと走った。
 番台のおっさんの指示でのれんをたたみに向かう。
 そのとき俺は慌てていたため、大事なことを忘れていた。
 のれんを下ろしていると、聞き覚えのある男女の声が聞こえてきた。
「あれ、潤?」
「潤クン? ココでバイトしてるの?」
 美雪と勝也だった。
 ふたりを前にしたことと、もう夜も遅いのにふたりで連れ立って歩いていることに俺の胸はかき乱された。
「あ、ああ……バイトしてる。それよりお前らは?」
 平静を装いながら、それでもやはり動転してるため、とてつもなく恐い質問をしてしまった。
 美雪と勝也がなぜ……でも、そもそもふたりが付き合っていようがいまいが、俺には関係ない。いや、関係を持つことは出来ない。
「お互い部活が長引いてな」
「女子は男子に護衛してもらうことになったの、ちょうど勝也クンとは帰る方向一緒だったし」
「……そっか、夜道、危ないもんな」
 そう言いつつも、その言葉を素直には信じられない、そんな自分が嫌でたまらなかった。嘘だろうが本当だろうが、俺には関係ないのに。
「あれ? 潤クン……?」
 美雪が怪訝な顔をした。視線を追うと、内側からふたつの膨らみで押し上げられただぶつき気味の俺のTシャツの胸……!?
「わ! こ、これは、その……」
 色々あって疲れていたうえ、桜ちゃんの騒ぎで仕事が滞り焦っていたこともあって、サラシを巻くのを忘れていた。そのうえ、胸が揺れることにも気づいていなかった。
「潤……?」
 勝也も違和感に気付いたらしい。
「わ、悪い! 今夜はまだ仕事あるから! また明日!」
 のれんを担ぎ慌てて引っ込む。
「見られた……ふたりに、俺の体……見られた……」
 サラシに圧迫されることなく開放感を味わっていた俺の胸は、激しく脈打っていた。




次へ
戻る