6 修学旅行――理解と調和

【1】
「こら、いつまで騒いでいる! もう消灯だぞ」
「「「へ〜い」」」
 今夜は修学旅行の初日。色々回って疲れているというのに、旅館に着いてメシ喰い終えるなり定番の枕投げやらワイ談やらで盛り上がっていた。
 そして、旅行に同伴していた御堂先生にどやしつけられたのだった。
「じゃあ、俺も自分の部屋行くから」
「別に、こっちでザコ寝でもいいだろ? 潤」
「……いや、まずいよ。やっぱし自分が割り当てられた部屋で寝る」
 勝也の申し出も断り、廊下に出ると御堂先生が待っていた。
 御堂先生の好意で、俺は予約のミスという名目で他のみんなと別の部屋にしてもらっていたのだ。
「すまないな、寂しい思いさせて」
「……いや、本当は修学旅行自体諦めなきゃならなかったんだから、感謝してます」
 実際、旅行についてのプリントが配布され気が重くなった日に保健室に引っ張り込まれ、御堂先生から提案されたときは不覚にも涙が出るほどに嬉しかった。
 サラシに圧迫された胸板に手を当てる。こんな体だから、他のみんなと一緒の部屋ってのは不安だったのだ。
 実際、小学校のときの修学旅行は、体のことを知られるのが恐くて参加できなかった。
「そうか。風呂も話はつけておいた、ゆっくりと温まってこい」
「話って……俺の体のこと!?」
 さすがに風呂は無理だろうから、塗らしたタオルで体拭いて我慢するしかないと思っていた。
「安心しろ、具体的には話してない。これと言って介助がいらないなら旅館の人だってお前の体のことなど深く知る必要はないからな。参加者の中に、体にちょっと事情がある者がいる、というだけで時間外の入浴をOKしてくれたよ。元々、向こうも掃除はもっと遅くになってから行うと言ってたしな」
「そう……ですか、ありがとうございます」
 何から何まで俺のことを本当に良く考えてくれていた。御堂先生が居てくれて、本当に良かった。
「あのだだっ広い露天風呂にお前一人ってのは寂しいだろうが、我慢してくれ」
「……」
 前の銭湯みたいな状態か、仕方ないよな。
「なんだったら、私とご一緒するか? 凄い所を見せあい、触らせあった仲だからな」
「なっ……!?」
 御堂先生は凶悪な笑みを浮かべ、ヘッドロックをかましてきた。顔面に豊満な乳房が当たり、俺の心をかき乱す。
「はっはっは、冗談だ冗談。さすがに保健のセンセとしての一線を越える気はないよ。貸しきり気分でゆっくりしてこい」
 御堂先生は照れ隠しにバンバンと俺の背中を叩いて去っていった。まったく、かなわないな。
 着替えなどをまとめ、大浴場へ向かう。
 清掃中のフダがあるが、まだ入れるようにしておいてくれてるらしい。人目がないことを確認し、男湯ののれんをくぐる。
 数時間前まで、クラスメイトの喧騒に満ちていたであろう空間は静寂に満たされていた。その中、サラシが擦れる音が響く。
 やっぱり、この前の銭湯と同様に広い風呂で一人っきりってのは寂しい。かといって、御堂先生の申し出を受けるわけにはいかないのだが。
 軽く体を洗い湯船へ。乳白色に濁った温泉の効能は不明だが、体の奥深くからじわりと温まっていった。
「ひとり……か」
 前みたいに、俺はひとりぼっちで生きていくしかないのかと鬱になる。
 あの時は、腐女子どもが俺を励ますためというよりは己の趣味に忠実になって男湯に乱入し俺を弄んだが、さすがにこんなトコにまでくるわけないよな。
 と、そのとき扉が開く音が聞こえた。慌てて身をすくめ、乳白色の湯の中に上半身を完全に沈める。
 まさか、腐女子どもがここまで来たのか? はたまた、御堂先生か? と、思っていたが……。
「な、なんだ、潤も入ってたのか」
「勝也!? ど、どうして?」
「どうしてって……早めに寝てたら変な夢見て寝汗かいちまってさ、ちょっと夜風に当たろうとそこら辺歩いてたら風呂から水音して、覗いてみたら、誰か入るのが見えたからな。で、オレもひとっぷろ浴びようと思ったんだ」
 入るとこ……結局、見られたのか。
 勝也も湯船に入ってくる。
 怪しまれないよう自然に振舞い、旅行で回った様々な場所の話に適当に相槌を打つ。
 俺の隣で四肢を広げ湯船のへりにもたれる勝也の話し振りは自然に見えるが、チラチラと俺の胸を見ていた。やはり、この前の銭湯のバイトでのれんたたむとき、胸、見られてたんだろうな。気になるのだろう。
「潤、昔は、こんな感じでみんなで銭湯に行ってたよな」
「……ああ、懐かしいな」
「なあ、銭湯といえば、この前潤が銭湯のバイトしてたとき……」
「ご、ごめん、俺、もう上がる!」
 最も恐れていた話題。三上には偉そうなこと言ったのに、俺にはそんな勇気なかった。
 勝也に完全に背中を向け、湯船から上がる。
 だが、視界がぐにゃりと歪み、足から力が抜ける。のぼせていたようだ。
「うわっ……!」
 水音とともに視界は乳白色に覆われる。
「おい潤、しっかりしろ!」
 動転してもがいていたら後ろからがっしりとした腕で胸を支えられ、体を引き上げられた。

 ふにゅ

「……って、うわっ!!」
 勝也は飛びのく。
 そのことに俺は悲しみを抱いてしまった。飛びのかれたからって、なんだって言うんだ。俺は……俺は……。
「ご、ごめん、潤。お前、やっぱり……」
 やっぱり、のれんたたむときに胸、見られてたんだな。
「俺……中国で拳法の修行してたら変な泉に落ちちまって」
「だったら湯に浸かってるんだから男に戻るだろ」
 体張ったボケ(しかもネタは滅茶苦茶古い)に律儀に突っ込んでくれた。相方の長さは伊達じゃないよな。
 もう、ごまかしきれない。俺が三上に言ったことだ、ありのままの自分をさらけ出せと。男なら、自分の言ったことに責任を持たねば。
「今まで黙ってたけど、実は俺……これ、見てくれ」
 意を決して身を起こし、上半身を乳白色の水面から出す。
「お、おい、潤……!?」
 勇気を出し、胸を抱えていた腕を広げる。ふたつの柔らかい膨らみが外気に晒されるのと共に、重力に引かれるのを感じた。
「俺……こういう体なんだ」
「な、な、な……む、昔、潤はみんなで銭湯一緒に入ってたよな? お前……潤の、双子の妹とか?」
「そんなのはいない、居るのは凶悪な姉貴だけだ。俺は潤、長嶺潤、他ならぬ本人だよ。何年腐れ縁やってるんだ」
「でも……その胸、女? 性転換したのか?」
「とは違う……とも言い切れない、その……」
「……女性ホルモン?」
「間違いではないが注射も内服もしていない、自前だ」
「自前って……?」
「性転換とはちと違うんだ。ほら、ついてるだろ?」
 立ち上がり、体全体を見せる。ふたつの膨らみの下にはほっそりとした腹、女性的に丸みを帯びた腰周り、女体にしか見えない体の中、一点だけ残った男の部分。
「にゅ、ニューハーフ?」
「違う、天然だ!」
 勝也の頭に拳骨を浴びせる。
「あいてて……天然って……?」
「世の中にはな、男でも女でもない体で生まれてくる人がいる。半陰陽っていって、俺がそうなんだ」
「男でも女でもない……保健の時間に第2次性徴やったとき御堂先生は例外が居ると言ってたが、ホモとかオカマってんじゃなく、そういうことだったのか」
「いや、そういうややこしいの全部ひっくるめて例外ってことなんだろうけど……」
 羞恥を抑えきれなくなり、再び湯に浸る。
 しばらく沈黙が続く。お互い、どうリアクションしたものか。
 深呼吸して、言う。
「俺の体……どんどん女みたいに変化していく。この調子だと、男として暮らすのも難しくなるかもしれない。昔みたいにみんなで銭湯行くことも、もう出来ない。水泳だってこんな体じゃ無理だ」
「それじゃ……くそ、あの勝負は潤の勝ち逃げかよ」
「ごめん。勝也は、次の年こそ水泳の選手になってやるっていきまいてたっけな。結局、俺がこうなっちまって勝也が繰り上がりで選手になったんだっけ」
「あんなの、ちっとも嬉しくなんてなかったよ!」
 実際、大会ではうちのクラスが優勝したものの勝也の顔は浮かないものだった。
「……ごめん、勝也」
「バカ、謝るな。オレこそ、酷いこと言ってしまった」
「……」
「それ……女みたいになってくの、止められないのか?」
「ああ、俺の場合ヘタに手術したり薬飲んだらかえってやばいらしい。受け入れるしかないんだ」
「そうか……潤、お前、大丈夫だよな?」
 勝也の質問はあまりにも漠然としてたが、言わんとしてることはわかる。俺とあいつは長い長い時間を共有してきたのだから。
「大丈夫、俺は、大丈夫だよ」
 力強く答える。そして、深呼吸して続けた。
「俺の体、変わっていくけど……俺は、俺だから」

 ズキッ

「……気持ち悪いかもしれないけど、これまでどおりの腐れ縁として接して欲しい。俺のこと、避けたり……しないで」
 胸に痛みが走る。俺が言いたいのは、こんなことじゃないのに。
「見損なうな、そんなことしねーよ」
 勝也は胸板を叩いてそう言ってくれた。
「……ありがとう、勝也」
 とは言いつつも、嬉しくなんかなかった。俺が言って欲しかった言葉は、そんなことじゃなかったから。
「こ、これからも、ずっとずっと腐れ縁だ」
 俺の肩に勝也の手が載せられた。
 しばらくそうしていたが、限界を迎える。
「俺……もう上がる。勝也は、ゆっくりしてって」
 今度は、堂々と立ち上がる。もう、勝也には隠す必要がなくなったから。
 だが、脱衣所に向かう途中で無様にこける。やっぱりのぼせていたようだ。うつぶせの体勢から少し身を起こし、痛みに唸る。
「わ、潤のソコ……そんなふうになってるのか」
「……!!」
 今の俺は股を開き四つんばいになっていた。そして、尻の先には……。
 慌てて飛び起き胸と股間を隠すが、足腰に力が入らず、ぺたんと座り込んでしまう。
 足は腰の両脇に向かい、腰と内腿が床に密着した。
「潤、お前、か……可愛い」
 そう呟いた勝也の鼻から、紅い液体が滴り落ちた。
「ば、ば、ば、ば、馬鹿ぁっ!」
 傍にあった何か……ケロリンの桶を投げつけ、脱衣所に駆け込む。
 タオルで体全体をぬぐった後、トランクスを履いた。
 いつもの習慣にのっとり肩にタオルをかける。それはふたつの膨らみに押し上げられていた。
 湯上りに飲もうと持ってきていたビンの牛乳を掴み、腰に手を当て一気飲みする。
「んぐ……んぐ……ぷはぁっ! 勝也の馬鹿! 俺は男だ、湯上りにこんなことするんだから。こんなオヤジ臭いヤツのどこが可愛いんだ!」
 ジャージ着て自分の部屋へ向かい、布団にもぐりこむ。
「……」
 ぐっ、と握りこぶしを作った。
「うぅ……」
 こみ上げてくる想い。
 気持ち、伝えたかった、伝えられなかった。勝也に、抱きつきたかった、抱きつけなかった。
 今はサラシ巻いていないのに、胸は締め付けられるように痛かった。
『男』に押さえつけられた『女』は叫んでいた。わたしはここにいると、ここにいるんだと。
『女』は泣いていた。そして、それを押さえつける『男』もまた、泣いていた。




【2】
 少し時は戻る。

 京都の町を班のみんなで歩く。
 オレも潤も他の男友達と普通に接してわいわい騒いでいたが、どうしても気になることがあって心の底から楽しむことはできなかった。
 それから班の面子はトイレや土産物屋に向かい、期せずしてオレは潤とふたりっきりになってしまい、どうにも居心地が悪くなる。
 ちらりと潤を見ると、あいつはきょとんとした顔で首をかしげた。
「どうした? 勝也?」
 胸が不意に高鳴る。 なぜだ、なぜ男である潤を見てこうなるんだ。
「その……」
 胸の高鳴りが収まらない。オレは、男なのに。
 考えうるひとつの可能性。いくつか矛盾はあるものの、もう、それしか考えられない。なけなしの勇気を振り絞り、口を開く。
「なあ潤、お前って……本当は女なのか?」
「……ばれたか」
「はっはっは、冗談だ冗談……って、えぇっ!?」
「勝也、今までだましてごめん。俺……いや、私、女なの」
 俯いた潤が学ランの前を開くと、この前銭湯の前で見たように内側からふたつのふくらみで押し上げられたTシャツが見える。
「や、やっぱり……」
「うん……そして、私は」
 深呼吸し、口を開く。
「勝也のことが好きなの」
 潤はそう言ってオレの腕を掴み、自らの胸に導いた。
 そこにある温かい塊は、かすかな反発を示すがオレの掌の形にへこみ、持ち上がる。
 柔らかい感触と共に心地よい重み、そして膨らみを通して伝わってくる激しい鼓動。
「じゅ、潤……」
「勝也ぁ……」
 甘い声を出してオレに寄りかかってくる。
 オレは潤の華奢な体を抱きとめ、腕を背中に回した。この行為に、ちっとも抵抗を感じない。
 しばらくそうしていたが、やがて体の奥底からこみ上げてくる熱いものを堪えきれなくなり、潤の下腹部へと手を伸ばす。
「んくっ!」
 潤は苦しそうな息を漏らし、身をこわばらせた。
「ご、ごめん、痛かったか?」
「ううん、大丈夫。もっとゆっくり……ね?」
「ゆっくりって、お前……いいのか?」
 オレの問いに、潤ははにかみながらコクと頷く。
「潤、オレ、もう我慢できない。御堂先生の教えを破ることになるけど……」
「破るのは教えだけでなく、俺のアレもだろ? 勝也」
 不敵な笑み、いつもの潤の顔だった。
「……こういうときにオヤジくさいこと言うな」
 オレの突っ込みに苦笑した潤は改めてオレに向き合い、顔を近づけ……。

 そして視界は突然、常夜灯の貧弱な明かりで照らされた木目の鮮やかな天井に満たされた。
「知らない天井だ」
 汗びっしょりになった背中の不快感を感じながら呟く。
「えっと……はっ!? ゆ、夢か……」
 なんて夢見てるんだ。潤が女で、オレのことが好きだなんて。その上、あんなことまで……。
 激しく自己嫌悪に陥っていた。オレはノーマルだ、ノーマル!
 それにしても、夢の中で触ったあいつの胸の感触、やけにリアルだったな、今も感触が……って。
 隣に寝ていたクラス一番のデブ、斉藤の胸にオレの腕が乗っていた。あの夢はその影響のようだ。
 ……切なげな息を漏らすな斉藤、気持ち悪い。
 だけど、このまえ銭湯の前で見たときの潤の胸……あいつ、本当は女なのか? だから、部屋は別々なのか?
 でも、物心ついた頃から銭湯だって一緒に入ってたし、体育の着替えも一緒だったし、立ちションだって一緒にしてたし、当然ながらあいつにはチンコだってついてたし……う〜む、判らん。
 汗かいて気持ち悪いので着替えようと立ち上がる。
「うああ……」
 股間は見事にテントを張っていた。一体、オレはどうなってしまったんだ。オレはホモなんかじゃない、それなのに……。
 時計を見ると、布団入ってそんなに時間は経っていなかった。どうにも目がさえて眠れそうにないので、夜風に当たろうと萎えるのを待ってから廊下に出る。
 ロビーに向かう途中で物音が聞こえた。音の方向を見ると、そこは大浴場だった。もう入浴時間が終わってるはずなのだが、聞こえてくる音は掃除の音とは違っていた、まだ入れるようだ。
 着替えなどを用意して戻り、のれんをくぐると広い脱衣所の中でかごが一つだけ使われてるのが見える。
 かごの中に学校指定のジャージが見えた。それには長嶺という縫い取りがある。その脇には包帯のような細長い布が丸めてあった。一体何なのだろう、コレは。
 そして、風呂場から「あ”〜」とオヤジくさい唸り声が聞こえてくる。
 この声、潤? そういえば、あいつは華奢な外見に似合わず男らしいというか妙にオヤジくさいところがあったな。
 潤のジャージの上にはビン牛乳があった。潤は銭湯で湯上りに牛乳飲んでたが、まさか、ここでもあの習慣にこだわるのか? あいつらしい。
 ……って、今、潤が入ってるのか?
 いったん脱衣所から出てのれんを確認する。間違いなく男湯である。
 しかし、この状況は一体? この前見た潤の胸。そして修学旅行に参加している今、こうしてみんなとは別の部屋で寝て、風呂も時間外に単独で入っている。
 そういえば、小5の夏、あいつが体壊して体育に参加できなくなってからは一緒に銭湯へ行くこともなくなっていた。
 潤……どうなってしまったんだ?
 再び脱衣所に向かい、服を脱いでゆく。
 真相を、この目で確かめるために。
 潤は親友だ。どんなことがあっても、オレは絶対に離れていったりはしない。
 意を決して、オレは大浴場のドアに手をかけた。

 一方、女湯では……。

「う〜む、言えん」
 養護教諭、御堂真奈美(2X歳独身)が湯船に浸かっていた。
 たとえ女同士でも、ダーリンは愛してくれるとしても、おケケが生えてないのを生徒や同僚に知られるのはやっぱり恥ずかしい。
 だから修学旅行で引率に就くたびこうして時間外に入らせてもらってるなんて、体にちょっと事情がある参加者とは他ならぬ私だなんて、長嶺の件はそのついでだなんて、口が裂けても言えん。
 彼女は頭にタオルを載せ、そんなことを考えていた。




【3】
「……!? ぐはっ! な”!?」
 鼻腔への激しい刺激とともに覚醒した。
 水面から顔を上げ、激しく咳き込む。
 今夜は修学旅行2日目、昨夜と同様に御堂先生のはからいで時間外にゆっくり入ってたものの、疲れが溜まっていて湯船の中でうたた寝してしまい溺れたようだ。
 咳が収まり顔をあげると、そこには……。
「潤……クン!?」
 全裸の美雪がいた。
「わ! みみみみ美雪!? こ、ここ男湯!」
「え? の、のれんは女湯だったよ? だけど、潤クン……やっぱり」
 慌てて胸を抱きかかえ身をすくめる。
「うぅ……あのとき見られてたか」
「うん。潤クン……女の子だったの?」
「……ある意味では、そうなんだ。って、わ!」
 美雪の体を見たことで一気に『男』が昂ぶってしまった。そして、ここは昨夜の旅館と違い普通の湯であり透明。いきり立ったチンコは美雪にモロに見られてしまった。
「きゃ!? そ、それ、おちん……ちん?」
「ば、馬鹿あっ! 見るな!」
 胸と股間を押さえつけ、美雪を睨み付けてしまったところで我に返る。
 美雪は身をすくめ、一歩下がる。顔は引きつっていた。
 怯えさせた?
「ご、ごめんね。わたし……何も、見てないから」
 ぱたぱたと去ってゆく美雪。それを見送るわけにはいかなかった。
 扉がぴしゃりと閉じられるのが聞こえる。そして風呂場は静寂に満たされた。
「くそ……馬鹿は俺だ、何やってるんだ。女の子を……好きになった女の子を怒鳴って、怯えさせて」
 どうして男湯のはずのここに美雪が入ってきたのかわからないけど、俺のことをわかってもらう、知ってもらうチャンスだったのに。
 でも、怖い。誰もが腐女子どもや御堂先生や勝也みたいに受け入れてくれるとは限らないんだから。
 まして、知り合いや友達ではなく、それ以上の関係になれるわけがない。
「俺……やっぱり一人ぼっちで生きていくしかないのかな」
 俯いていたら、視界がぐにゃりと歪んだ。原因は涙だけではなかった、湯あたりしたようだ。
 平衡感覚が狂い、ふたたび湯船の中で溺れかける。起き上がるものの足腰に力が入らない。どうにか檜作りの湯船から上半身を乗り出すものの、そこで力尽きた。
 体が言う事を聞かない、でも助けを呼ぶわけにはいかない。この体を見られたくない。
 俺は一生、こうやって周りの人を拒絶して、自分のことを隠して生きていくんだろうか。
 人は、一人では生きていけないのに。


「びっくりしたよ、いろいろな意味で」
 うちわを手にした美雪は呆れた顔で俺をあおぐ。
 目を覚ますと、俺は脱衣所に寝かせられていた。
「やっぱりのれんは女湯なんだけど、よく見たら下げ方が変だったの。誰かがいたずらして男湯と女湯を入れ替えたみたいだね」
「……そっか」
「実はわたし、今日はアノ日でおフロ入れなかったの。だけど湯上りの御堂先生見つけて、事情ある人は時間外にこっそり入っていいって言ってくれたから、わたしも入ることにしたの」
「そっか、御堂先生が。うーむ、アレ、こういうときに来てしまうと厄介だよな、参るな、まったく」
「……潤クンも、あるんだ、生理」
「あ……! 実は、ね」
 互いに赤面して俯く。
 あれから美雪が戻ってきてくれて、のぼせて倒れた俺のことを見つけて、こうして引き上げてくれた。
 ほかの人は呼ばれていなかった、美雪一人でやったとのこと。水泳で培った体力は伊達ではないらしい。
 美雪が傍にいることに胸は激しく高鳴り、俺が男であることを実感させる。
「倒れてたのも驚いたし、潤クンがそういう体であることも、そもそも、そういう人がいることも知らなかった。世の中にはいろいろな人がいるんだね」
 あれから俺は、勇気を出して美雪にも説明した。
 否応なしに体を見られてしまったのだから、もう隠すわけにはいかなかった。いや、もう隠し事なんかしたくなかった。
「きゃ!」
 不意に美雪の体を包んでいたバスタオルがはだけ、俺のよりひと周り大きめな乳房が視界に飛び込み、慌てて目を逸らす。
「ごめん!」
「い、いいよ、お互い様だから……って、わ、本当に半分は男の子なんだ。おっぱいあるのに不思議……」
「う” あまりじろじろ見るな、と言うか胸つつくな」
 俺の胸と股間それぞれに存在する突起が元気に『男』と『女』を主張し、俺の体にかけられたバスタオルを押し上げてテントを張っていた。
「……それだけ元気なら、もう大丈夫だよね?」
 ふたたび呆れる美雪。
 身を起こすも、まだのぼせていて力が抜け倒れこむ。なのに『男』は昂ぶったままだった。
「うぅ……」
「大丈夫じゃないのにそうなっちゃうの? 男の人って……」
 更に呆れる美雪。
「どうしようもないよ、これは」
 まったく、男ってのは悲しい生き物である。
「えっと、どうしたらいいのかな?」
「え?」
「そのまんまじゃ表、歩けないよね?」
「ああ、しばらく放っておくなり、処理すりゃ収まるけど」
 って、処理って、なんてこと言ってるんだ俺。
「じゃあ……わたし、手伝ってあげようか?」
「え”」
「わたし、将来は看護婦さんになろうと思ってるの。だから男の人の、その、あの……お、おちんちん、触れなかったら勤まらないよ」
 なるほど、シモの世話があるもんな。この状況は、将来自分が目指した仕事が勤まるかどうか見極める格好のチャンスだったわけかってちょっと待てや。
「それに、男の人って……せ、精子、出してあげないと辛いんでしょ? 体が不自由になっちゃったら、介護の人がそういうのの処理もしてあげなきゃならないって聞いたし」
 なるほど、たとえば手が使えなくなってオナニーできなくなったらそうしてもらうしかないのか。でも、恋人でも奥さんでもない人にそういうことしてもらうのってやっぱり問題ないか? セクハラだろそれって。
 だが、美雪の目は真剣だった。男として、俺はその想いにどう答えるべきなのか。

 パサ
 ぷるん

「げ!」
「わきゃ!?」
『男』が元気になりすぎ、小さめでかろうじて胸と下半身を覆っていたバスタオルを押しのけ元気に虚空へ屹立してしまった。
 俺の意思はそっちのけですかい『男』よ。
「す、凄い……こうなってるんだ」
 そして生唾を飲み込み股間に手を伸ばす美雪よ、コレは別に同意のサインってわけじゃないんだぞ。
 ぐふふ、心は拒んでいても体は正直なものよ。ほれほれ、なんだ貴様、この節操なくいきり立ったチンポは。欲しいんだろう? 出したいんだろう? なら正直に言うんだな、自分は惚れた女に見られながら貧弱なチンポをおっ立ててる変態です。私の貧弱な腐れチンポをいじめてください美雪様とね……ってな感じですかい。
「ほんとに、半分は女の子なんだ、ここ、わたしと同じ感じ」
 女の部分をそうっとなで上げられ、むず痒い感触が走る。
「ふぁ! ちょ……待て、そこ違う」
 いや、違うのは場所じゃない。
「……あ、そうか、苦しいのは男の子のほうだっけ」
 おっかなびっくりの様相で俺のチンコをつつき、それからそうっとつまみ、そこで固まる。そこから先どうしていいかわからないようだ。
「美雪、えっと、その……あの」
「潤クンの……硬くて熱い。脈打ってる、凄い」
「いや、解説しなくていい」
「だって、不思議なんだもの」
 ゆっくりと手を動かす。
「うっ……!」
 不意の刺激に身をこわばらせる。自分の手で行う刺激に比べると美雪の手の動きは稚拙だが、好きになった女の手で行われることがそれを補っていた。
「えっと……痛かった?」
「そ、そうじゃなくって」
「じゃあ、気持ちよかったんだ」
 安心して手の動きを再開する。
 その刺激から逃げるかのように足腰が勝手に動き、上半身をよじる。
 だが、快感で勝手に体がこんな風に動いてしまう事は美雪も知っているのか刺激を中断はしなかった。
「うくっ……!」
 せり上がってくるものを感じ、それを硬く手を握り堪える。
「……なんか、面白いかも」
「ちょっと待てー! って、ちょ、ちょっと待って、俺……!」
 美雪の少々サディスティックな笑みを見た途端に急激に限界に達し、俺の体の状況を伝える暇もなく、彼女の手の中で爆ぜた。
「え? きゃ!」
「んっ……んくぅ……! うっ……! ……ふはぁ」
 チンコの中を粘った液体が一気に突き抜けて弾ける快感が収まり、刺激に硬くつぶった目を開けると、萎みつつある俺のチンコを掴んだままの美雪が硬直していた。
 俺が放った粘液で顔面はべとべとになっている。
 美雪はゆっくりと自分の顔に手を伸ばし、恐る恐る粘液の一部をすくい上げ、親指と人差し指を広げ糸を張る。恥ずかしすぎるからやめて欲しい。
 そして、マンガだったら耳からぷしゅぅ〜っと煙を吹くような感じで美雪がゆっくりと倒れこむのを慌てて支える。
「わたし……看護婦さん、無理かも……」
 いや、こんなの看護婦さんの仕事じゃない。
 美雪はなぜか恍惚としていて、そのまま失神した。
「お前がのぼせてどうする……」
 頭痛を堪えながら美雪をゆっくりと横たえる。
「告白……どころじゃないな、こりゃ」
 体の秘密だけじゃなく、気持ちまで伝えることなど到底できなかった。
 まして、こんな行為の後で告白なんてもってのほかだ。
「勘違いするな、俺」
 ティッシュを取る。
「美雪がこうしてくれたのは、別に俺のことが好きだからじゃない。あくまでも、将来の仕事のためなんだ」
 自分にそう言い聞かせ、まだ昂ぶったままの『女』を必死で抑え付けながら、美雪の顔を拭うのだった。




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