ブレイブハート 〜奇跡は心〜   TRAVEL 39  決戦前日 前編





    
     「これはどこに運べばいいのかな?」

  ナユキは商店街から食料を避難地区へ運ぶ仕事を手伝っていた。

  「ああ、ナユキちゃん、そいつはC区画に運んでくれ」

  「うん、わかったよ〜」

  やや軽めの箱を持ち上げよたよたと動くナユキ。

  そしてそれを影から眺める男。

  サイトウだった。

  (あいつがターゲットか・・・)

  気は進まない、とサイトウは考えていた。
 
  どうしてもある女性の姿がちらつくからだ。

  (俺は生きなければならない・・だが)

  腐れ下道、生きる価値の無い人間。

  そういう連中なら躊躇なくやってきたサイトウだったが。

  どうしても彼は女子供には甘かった。

  別に殺す相手の差別ではない。

  自身の信条に関わる問題だったからだ。

  (殺さなければならないわけじゃない・・
   だが、ある意味死ぬ方が楽な仕打ちがあいつを待つかもしれん・・)

  やがてサイトウは意を決したようにその場から姿を消した。

















  俺はユキトと共に街の全体を回っていた。

  進撃ルートの確保のための視察である。

  「やはり西側だな」

  「ああ、道が混雑してないぶん突破しやすい」

  モンスターと人が大量になだれ込むだろうが

  もともと突撃力のあるメンバーで構成されているから

  かえってそのほうが相手側の混乱をつきやすい。
  
  「さて戻るか。多少の準備が必要だろう?」

  「ああ」

  俺たちは来た道を引き返した。

  もう日が暮れる。

  











  ・・殺気。

  よく知る殺気。

  「ユキト、悪いが先に戻っててくれ」

  「ああ、お前の客らしいしな。だが明日に支障は出ないだろうな?」

  「心配するな」

  それほど愚かじゃないと付け加え俺は人通りの無い裏道に出た。

  そしてすぐにその姿をあらわした。

  ・・サイトウ。

  「随分と久しぶりだな・・」

  「ああ、まだこの国にいたのか」

  カチャと音を立てエターナルを構えるサイトウ。

  「仕事が残ってるんでな・・」

  「フォルンケスから依頼された、か?」

  サイトウの表情が少し曇る。

  だがさして問題ないとでも言うように

  「まあ大概の貴族は逃げ出したからな・・その中で俺に
   報酬を払えそうなのは」

  「おそらくあいつだけだ。サイトウ、お前の仕事に対する姿勢は
   誉められたもんじゃないが一つだけいいとこはあったな」

  俺はディザイアを抜く。

  「手段は問わないが、決して無力な存在を相手取ることはしなかったな」

  「ただの気まぐれだよ・・。相手をするだけ疲れるんでな」

  サイトウから氣が放たれる。どうやら問答は無駄らしい。

  まあ最初から期待はしてなかったが。

  「どうしてもやるのか?」

  ヒュオ!

  それが答えだった。

  俺はサイトウの鋭い突きをかわす。

  右方向からサイトウの頭上めがけて剣を振る。

  しかし返す槍で払われる。

  「はああっ!!」

  自分のリーチで戦おうとするサイトウのペースに乗らず

  俺は自分の間合いを保ちつつサイトウに剣撃を仕掛ける。

  ガキン!ガィン!

  何回か打ち合っているうちに妙なことに気が付いた。

  ・・キレが無い。
  
  今ひとつ奴の槍が鈍っている。

  「サイトウ・・お前」

  「俺がどうかしたか?」

  打ち合いながらも会話を交わす俺たち。

  「何かあったのか?技にいつもほどのキレが無いぞ」
  
  「ふん・・俺はいつもどおりだがな!」

  途端、向きになったかのように大振りの突きを連続で放つ。

  俺はそれを全て見切った。

  起動が単純だから次の手が読める。

  「サイトウ・・・」

  俺は剣を納めた。

  「どういうつもりだ?」

  サイトウは戦闘態勢は解除せずに俺を睨みつける。

  「今のお前なら・・あっという間に倒せる。迷いのこもった
   槍など俺には届かない」

  「・・!」

  サイトウは反論しなかった。

  おそらく自分でも感じてただろうから。

  「ふん・・だったら躊躇せずに倒せばいいだろう。
   だからお前は甘いんだよ・・」

  「かもな。だがお前がそうであるように俺もこれが俺だ。 
   変えろと言っても変えられないよ」

  「何があってもか?」

  「ああ」

  「たとえば・・・・」

  だが次のサイトウの言葉に俺は激しく動揺した。

























  「自分の大切な人を失ってもか?」

























  「・・・それは・・どういう意味だ」

  「ナユキ―ミナセ・・お前の知り合いだったな」

  ナユキの名前を出され俺はかなり動揺しただろう。

  「ナユキが・・・どうかしたのか」

  「フォルンケスはあいつを拉致しろと俺に言った」

  俺はその言葉に愕然とする。

  「殺すなとも付け加えられてな・・。この意味がわかるだろう」

  胸が激しく慟哭する。

  頭が真っ白になる。

  浮かぶのはナユキの顔。

  「守りたきゃ・・守りな」

  サイトウはそういい残して姿を消した。














  これでいい。俺がやらなければ奴は別の手配をするだろうが・・。

  もう時間がない。

  ユウイチなら守るだろ・・あの女を。

  あいつと俺とは違う。生きる意味が。

  俺は奪った命のために何があろうと最後まで生きる。

  奴は・・誰かの命を守るために生きる。

  あいつも俺も未来に生きる。
 
  ただ・・光の当たる道を奴は歩き

  俺は闇の道を歩く。

  そして時々その道は交差し俺たちはぶつかる。

  似た物同士だからか・・それともお互いにお互いの生き方が

  気に入らないのか・・・。

  答えなど・・ではしないか。

  それとも、やはり運命とやらには逆らえないのか・・。

  このエターナルの宿命が俺を・・・見逃しては・・・くれないのか。

  























  「もしもしお嬢さん?」
  
  「はい?」

  ナユキはローブ姿の老人に声をかけられ振り返る。

  だが、それが間違いだった。
 
  ナユキは老人と目を合わせた瞬間、意識を失った。

  首筋に何かを打ち込まれたのだ。

  「あ・・」

  だらりと力を失い倒れるのを抱きとめる男。

  「さすがに鮮やかな手並みですな」

  「・・・仕事だからな」

  老人はフォルンケスの部下の一人

  マンセムだった。

  彼はサイトウが動かないだろうと予測しこうして人攫いのプロを

  雇っていたのである。

  実際はサイトウがこういう行動に出るのを予測したのはフォルンケスだったが。

  「さてそれじゃ報酬は要塞に戻ってからです」

  「・・理解した」
  
  そして二人は瞬間移動の魔法で消えた。

  マンセムはかなりの魔道士だった。

  






  ユウイチ達がナユキの行方不明を聞いたのは

  それからしばらく後のことだった。

  決戦を間近に控え動揺がメンバーの間に走ったのだった。

                                   続く

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